助けたかった友も殺した
最後の勝者となったはずなのに――結局、全てを無くした
足りなかったのは……
「宇宙の果てのどこかにいるわたしのシモベよ!
神聖で美しく、そして、強力な使い魔よ!
わたしは心より求め、訴えるわ……我が導きに、答えなさいッ!!」
ただ、叫んだ。何度も何度も失敗して、半ば意地だった。
ドオン、と景気良く巻き起きる大爆発。ようやくの結果がある意味では見慣れた失敗魔法で、思わず肩を落とした。立ち上る煙を睨みつけるが、それでどうなるものでもない。そう思ったが、煙の中に何かが見えたような気がした。
目を凝らしてみると、ちょうど人と同じぐらいの影が揺らいでいた。煙が晴れて、ようやく影がくっきりと見えるようになった。
「……何、あれ?」
思わず眉を顰めてしまった。途中経過はともあれ、初めて魔法が成功したことが、飛び上がりそうなほど嬉しかった。それなのに、その結果が思っていたものとは違いすぎた。
使い魔の召喚、メイジのパートナー。私の実力を誰にでも分かる形で証明してくれるドラゴンか、それでなければ、ずっと一緒にいられる猫を願っていた。それなのに、ようやく見えた影は人の姿をしていた。
顔の形云々はともかく、格好がおかしい。まず、上半身が裸だ。それはなんとか目をつぶるとしよう。だが、顔を含めて、体のいたるところに意味の分からない刺青のようなものがある。ついでに、よく見えないが首の後ろに黒々と伸びる角のようなものさえある。なんとなくだが、神聖な、というよりはむしろ禍々しいという気さえする。見たこともない、妙な亜人。強さからも、可愛らしさからもほど遠い。
「ちょっと、あんた何『ミス・ヴァリエール!! 下がりなさい!!』
思わず何者かと尋ねようとしたところで、監督のコルベール先生に遮られた。
思わず振り返ると、敵を見るような、という表現が相応しいのだろうか。いつもの、どこかのんびりとした様子はない。普段なら文句のひとつも言うところなのに、いつもとはまったく違うその剣幕に、思わず口ごもってしまった。からかうつもりだったらしい他の生徒達も、その変化に何事かと押し黙る。それくらい真剣な様子だったから。
「……君、いや、あなたは何者ですか?」
――絶対に勝てない。妙な胸騒ぎがしてディテクトマジックで魔力を探ってみたが、根本的に次元が違うということが分かっただけだった。いつでも魔法を放てるように杖を向けてはいるが、正直、時間稼ぎができるとも思えない。正しいのは、相手がその気になる前に、とにかく逃げ出すことだと思った。
只単に格上の相手なら何度も戦い、そして、勝ってきたからこそ今ここにいる。戦い方次第では多少の実力差など、どうとでもなる。そのことは、そうして生き残ってきた自分だからこそよく分かる。だが、目の前の相手は違う。ただ人の形をしているだけで、そもそもの存在からして違う。そんな相手には戦術も戦略も何の意味も持たない。今杖を向けているのは、単純に私が先生なんてものをやっていて、生徒を守ることが義務だからだ。
目の前の煙が晴れ、俺をまっすぐに見つめる桃色の髪の少女、それを遠巻きに眺める、少しだけ年上らしい少年少女。そして厳しい目を向ける中年男性。なんとなく、状況についての予想はついた。どうやら、自分が仲魔を召喚していたのと同じように呼び出されたようだ。実際、今までいたのとは別の世界だろう。明らかに世界の雰囲気が違う。すでに終わったあの世界のような、息苦しさにも似た閉塞感がない。
そして、何よりも違うものがある。目の前にいるのは、人間だ。あの世界にはマネカタはいても、もう人間はいない。久しぶりに人間に会えたのは素直に嬉しい。懐かしいとすら感じる。ただ、人間ではなくなったということを自分でも自覚しているとはいえ、流石に、こうはっきりと悪魔同様に扱われるのは、悲しくもある。向けられた言葉を心の中で繰り返す。
「……俺は何者か、ね。自分でもそれを知りたい」
――人間なのか、悪魔なのか。結局、自分はどちらにもなりきれなかった。そんな中途半端な自分だからこそ、中途半端なことしかできなかったのかもしれない。
「それよりも、なんで俺を呼び出したんだ?」
さきほどの中年男性に問いかける。それが分からない。今更自分に用があるとは思えないし、たとえ力を求められたとしても、それで戦うつもりもない。それに、周りの人間の様子にも分からないことがある。自分を警戒するというのは分かる。純粋に力という意味では、どんな悪魔にもそうそうは負けない。実際、高位の悪魔達も数多く打ち破ってきた。ならば、警戒するというのは当然のことだ。
ただ、それならばなぜ周りにいるのは子供ばかりなんだという疑問が起きる。男の言葉からすると意図して自分を呼び出したわけではなさそうだが、もし悪魔を呼び出すのに子供ばかりでは、下手をしたらそのまま餌になるだけだ。
「それは……『私が使い魔として呼び出したのよ!』……ミ、ミスヴァリエール!」
男の言葉を遮って少女が叫ぶ。
男の方は慌てているが、少女には何の恐れもない。真っ直ぐにこちらを見すえ、男とは対照的に対等の立場として言葉を投げかけてくる。目には怯えといったものは全くなく、幼げな容姿であるというのに、はっきりとした意思の強さを感じさせる。
――まるで、見ている方が眩しいと思うぐらいに
「……使い魔、か」
一般的な意味で考えるなら、主の望むままに行動し、自分で何かを考えることのないモノ。
――自分の道すら決められなかった俺には、お似合いかもしれない
「分かった。使い魔になろう」
「な、なぜ?」
男の方は心底理解できないといった様子だ。確かに、わざわざ使い魔などというものになる必要性などない。そもそも、今の自分を無理やり従えさせられるものなど、思いつく限りは存在しない。
「……別に、他にやることもないからな」
本当に、何もない。やりたいことも、何も。
キスという、随分と簡単な契約を済ませた後、その相手であるルイズの部屋に移動した。見た目通り学生であり、住んでいるのは寮というからには質素なものを想像していたのだが、随分と立派なものだ。ぐるりと部屋の中を見渡してみても、家族で過ごせそうなほどの広さもさることながら、家具の一つ一つがアンティーク調の高級品だ。高級品ばかりといっても、成金趣味といった類のものではなく、細部にまで丁寧に手をかけて作られた、むしろ高貴さを感じさせるようなものばかりだ。
それと、今現在部屋にいるのは、ルイズと自分の二人だけだ。コルベールという男は最後まで警戒していたようだが、契約が一応成立したということと、学院長に相談するとかいうことで分かれた。
「そういえば、アンタの名前はなんていうの?」
部屋に入って最初の言葉がそれだった。コルベールと比べて、ルイズには俺を警戒するといった様子はない。身長差からルイズが見上げる形になるというのに、むしろ、ルイズがこちらを見下しているようですらある。それに思うことはないではないが、恐れられるよりはよほど良い。コルベールのような反応が自分を知るものにとっては当然なのかもしれないが、俺は違うものだと突きつけられているようで、あまり良い気分はしない。
「俺の名はシキだ。……人修羅とも呼ばれていたが、できればシキの方がいい」
――人であり、修羅。その名は自分を良く表しているが、あまり好きじゃない。特に、せっかく自分のことを恐れていないこの少女には、そう呼んで欲しくない。
「ヒトシュラ? 変わった呼び方をされてたのね。まあ、呼びづらいし、シキって呼ぶわ。それよりあんたの仕事だけど……」
あまり興味がなさそうに首をひねる。
「使い魔の仕事か?」
思いつくのは吸血鬼の蝙蝠とかいったものだが、それにしても何をするのかというのはよく分からない。仲魔のようなものかとも思うが、流石に合体の材料にというのは困る。
「そうね、まずは使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるんだけど、……無理みたいね。そんな気配まったく無いし」
魔力が通りづらいせいだろうか? 少々の魔力には耐性がある。まあ、曲がりなりにも契約はできたんだから違うかもしれないが。
「次にあげられるのは、主人の望むもの見つけてくる事。 例えば秘薬ね」
秘薬。そう言われて真っ先に思いつくのはソーマだ。あれならば秘薬というのにも相応しい。
「こんなものか?」
ルイズの手に、ポケットから取り出した小瓶を渡す。
「……何これ? なんかの薬?」
瓶を揺らしたりと中身を見ているが、さすがにそれで何かは分からないようだ。
「そんなものだ。大抵の傷は一瞬で治るし、魔力も回復する。まあ、死んでさえいなければ何とかなる」
最後まで温存し過ぎてあまり世話になることはなかったが、効果は大したものだった。
「……本当に?」
いぶかしげにルイズが呟く。どうやら半信半疑らしい。俺と瓶の中の液体を交互に見つめ、疑うような視線を向けてくる。
確かに、自分もそういったものを最初にしった時は信じられなかった。まあ、悪魔がいるのだからそんなものもあるだろうとすぐに納得できたが。
「この世界の秘薬というのは違うのか?」
「そんなに出鱈目なものじゃないわよ。確かに傷の治りは早くなるけれど、傷が深ければ治るまでに何日もかかるわ」
「そんなものか」
ルイズに右手を差し出す。
「何?」
「いや、返してくれ」
「何で?」
心底不思議そうだ。返そうという気は全くないように見える。ころころと変わる表情が可愛らしくもあるが、言葉通りの小悪魔のようにも見える。
「それは、結構貴重なものなんだが……」
それに、あげるなどとは一言も言っていないはずだ。
「だから?」
今度は何を馬鹿なことを言っているんだという表情だ。
「……返す気はないと?」
――ないんだろうな、とはもう理解できているが。
「何で返す必要があるのよ? 使い魔の仕事は主人の望むものを見つけてくること。だから、使い魔のものは主人のものよ」
腰に手を当て、まさに当然のことといった様子だ。
「……おまえのものは?」
「もちろん私のものよ。何、馬鹿なことを言っているのよ」
何の淀みもない。
「そうか。……まあ、いいか」
こういうのをジャイアニズムと言うんだったか。まさか、こんな女の子がそんなことを言うとは思わなかった。思った以上にがめついらしい。
「それと、私のことはご主人様と呼びなさい」
いくらなんでもそれは……
「――ルイズ、そんなことばかり言っているとろくな大人にならないぞ」
自分が誇れる大人だとは言わないが、子供の時からそうでは先が思いやられる。
「……私、何歳ぐらいに見える?」
さっきまでのコロコロと変わる表情は消え、急に無表情になる。子ども扱いされるのはイヤなんだろうか? しかし、どう見たって子供だ。小学生でも通りそうな身長、幼げな顔立ち、当然、胸もない。
「そうだな、……せいぜい12,3歳ってところか?」
話しぶりからするともっと上なんだろうが、そうは見えない。それ以下になら見えるが。
「あんた、しばらく食事抜きね」
「…………」
――まあ、理不尽な扱いには、慣れている。
「……あと、使い魔の仕事としてはこれが1番なんだけど……使い魔は主人を守る存在なのよ」
少しは気が晴れたのか、とりあえず無表情ではなくなる。
「それは問題ない」
進んで戦おうとは思わないが、守るということならば構わない。自分の身を守るためにも、今まで散々戦ってきた。
ルイズはこちらを見ると、鼻で笑う。
「……それはあんまり期待できないから、あんたは洗濯掃除、その他雑用かしら。」
「そんなに俺は頼りないか?」
曲がりなりにもあの世界で生き抜いた自負はある。
「うん」
「……そうか、即答か」
――構わない、全く構わないが、何か納得がいかない。
他にもこの世界について聞いてみたが、最初の予想通り、平和そうな場所だ。もっとも、前の世界に比べてだが。ドラゴンなどがいる辺り、やはり普通とは違う。魔法が生活の中でも重要な地位を占めるなど、まさに本で見たお伽の国の世界だ。いくつも質問をしているうちに、ルイズが時折眠たげな表情を見せるようになった。一度に尋ねすぎたかもしれない。
「……ふ、あふ……。今日はもう疲れちゃった。そろそろ寝るわ」
そう可愛らしい欠伸をしながらつぶやく。それだけならそうか、の一言で済むのだが、次の行動には流石に驚いた。着替え着替えとブラウスのボタンに手をかけ、一つ一つボタンを外していく。
そして、投げ渡してきた下着を思わず受け取る。ブラなんてものはもちろんない。というよりも必要ないんだろう。
「明日になったらそれ洗濯しといて」
凹凸の全くない体で、胸を張って実に偉そうだ。おかげで、胸がないのが尚更目立つ。
――自虐的だってことに気付いていないないんだろうか?
「……恥じらいってものはないのか?」
自分のことを警戒しないというのはありがたいのだが、いくらなんでもそういったことについては警戒して欲しい、いや、警戒するべきだと思う。
「……上半身裸で平気な顔して歩き回っているあんたにだけは言われたくないわ」
「……そうだな」
自分の姿を思い浮かべて納得した。常に上半身裸、しかも怪しげな模様まで入ったのが自分の姿だ。全く持ってその通りだと思う。誰だって、俺にだけは言われたくないかもしれない。
「じゃ、おやすみ。」
「……おやすみ。」
床に寝ることになったがそれは構わない。今まで散々野宿してきた上に、下手にベッドなどに寝ると、首筋の後ろにある角が刺さる。
パチン、とルイズが指を鳴らすと、部屋のランプが消える。センサー式ということはないだろうから、これも魔法だろう。随分と便利な代物だ。
部屋の中が暗くなる。そうすると、俺の体の刺青は光る。暗闇を照らすほどではないが、俺の姿を浮かび上がらせるのには十分なほどに。一旦目を閉じたはずのルイズがまじまじと俺を見ている。
「……寝辛いからあんたは外で寝なさい。」
「……分かった。」
――本当に、何のために光るんだろうか。洞窟などでは的にしかならない。よくよく考えてみれば、自分の体にある悪魔らしいものはよく分からないものだ。暗闇で光る刺青はもちろん、首の後ろの角もだ。武器にも威嚇にもならない上に、寝るときには邪魔だ。光るおかげで外では安心して眠れないことだってあった。
せっかくだから、と外を歩いてみることにしたが、ここは随分平和なところだと思う。つい癖で周りに悪魔がいないのかを警戒していたのだが、自分に敵意を向けてくるものなどいない。だからだろうか、月を見る余裕があったのは。
空には二つの月が浮かんでいる。二つあるとはいえ、見た目は普通の月と変わらない。そういえば、月なんてものを見るのも随分と久しぶりのような気がする。
この姿になる前も月なんて落ち着いて見たことはなかったが、こうして見ると素直に綺麗だと思う。ただ、その姿が最後に見たカグツチのそれに重なる。人の世界から、悪魔が跋扈する世界へ変わり、その中心で輝いていたもの。そして、そこから更に新しい世界に生まれ変わる、その始まりになるもの。その始まりの中心になるはずだったもの。
――呪う
そう言葉を残して消えたカグツチ。ふと、思う。もしかしたら、自分の行動次第では別の結果もあったのかもしれない。例えば、変わり果てたあの世界をもとの形に戻すことも
――足りなかったのは