混沌の使い魔   作:Freccia

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 ――昨日、気になることを聞いた。

 今回アルビオンに行くのは、まあ、なんだ。シキに甘えているルイズを見ていたら、テファはどうしているのか気になったというのが一番だ。だが、別の理由もある。
 盗賊なんてものをやるには、それなりに情報が必要になる。狙うのが秘宝と呼ばれるようなものになれば尚更だ。そんなわけで、私もそこかしこに情報網を持っている。その一つがここ、ラ・ロシェールにある。


 貿易港になっているここには、様々な場所の情報が集まる。そして、情報を得るにはギブ・アンド・テイクが基本なのだが、信頼がその前提条件となる。信頼できなければ、ギブ・アンド・テイクが成り立たないのだから。そんなわけで、定期的にコンタクトを取る必要がある。もちろん、危険は伴うわけだが、それが一種の誠意を見せる形になっている。

 まあ、そもそも盗みは止めるように言われていなくもないんだけれど、どうしようもない貴族相手なら……たぶん、大丈夫、のはず。まあ、なんだ、コネクションは一朝一夕にできるものではないし、あって損はない。

 ――それに、テファ達にお金も送らなくちゃいけない。今は孤児達も養っていて、普通に働いてどうにかなるものでもないのだから。



第11話 Operetta

「よお、元気そうだな」

 

 片手を上げ、店に入ってきた男が気安げに声をかけてくる。それなりに身なりは整えているのだが、言葉と同様、やはりその雰囲気には軽いものがある。こいつは情報屋のジョン――偽名だろうけれど。まあ、私だって偽名で通しているしそれをどうこう言うつもりはない。

 

 とにかく、こいつはこんなやつだが、情報に関しては信頼できるし、勘もきく。私が盗賊として今までうまくいってきた一部には、こいつのおかげの部分もある。正確な情報がなければ、メイジである貴族相手に盗賊などということはできない。下手をすれば手間取って、あっさり包囲されてしまう。そんなことになってはいつ下手をするということがあったものじゃない。

 

「――そっちこそ」

 

 こちらも持っていたグラスを軽く掲げ、返す。ジョンは私のテーブルに向かい合って座る。遠慮なんてものは微塵もないが、それは何時ものことだ。

 

「最近はどうしてたんだい? ここしばらくは大人しくしていたようじゃないか」

 

 ウエイトレスにワインとパイ包みを注文すると、早速探りを入れてくる。まあ、教えるつもりはないし、その辺りは向こうも分かっている。これは挨拶みたいなものだ。

 

「ま、私も色々とあったのよ」

 

 グラスを軽く揺らしながら、答えてやる。それ以上は向こうも深くは聞いてこない。そのまま話を続ける。

 

「――ああ、そういえば下着がどうとかっていう話も出てたな。女なんだからありえないのにな」

 

 そうからからと、実に楽しそうに言ってくる。別にこれは嫌味でもなんでもない。ただ純粋に面白いと思って言っているんだろう。

 

「……全くだね」

 

 しかし、一応は事実ではあるのだから、私としてはあまり面白い話ではない。ここは適当に話題を変えよう。

 

「それで、アルビオンの戦争の様子なんかはどうだい?」

 

 アルビオンにはテファがいる。その辺りはきっちり把握しておきたい。

 

「ん? 知ってるだろ。まあ、時間の問題だな。すぐにでも総攻撃になって決着がつくだろうさ」

 

 軽く両手を広げ、当然とばかりに答える。

 

 まあ、そうだろう。それはある程度情報を得ることができる人間なら皆知っている。しかし、気になることがある。

 

「ま、そうなんだろうけれどね。ただ、あまりにも早すぎるのが気になってね」

 

 そう、戦争が始まって以来、ここまであっという間だった。最初は王党派についていた連中も、あっさり寝返ってしまった。憎い王家が滅びるというのは願ったり叶ったりだ。だが、どうにも腑に落ちない。妙なのだ。

 

 戦争の始まりは一つの反乱だった。そんなものはすぐに鎮圧されるようなものだ。だが、それがここまで、もうひと押しで国が倒れるというところまで来てしまった。

 

 貴族達に不満があったというのは分かる。私ほどではないにしても、それはどうしても出てくるものだ。だが、そんなものはどこの国でも似たようなものだ。それで国が滅びるなどということがあるのなら、何千年も前にとっくに王家なんてものはなくなっている。

 

 そう、簡単に国を潰すことなどできない。それが分かっているからこそ、半ば八つ当たりのような形で盗賊なんて事をやってきた。だから、今回の内乱はどう考えてもおかしい。いくらなんでもうまく行き過ぎている。

 

 極めつけは、内乱軍が掲げたスローガンだ。大陸を統一するだとか、聖地をエルフから奪還するなだとか、正直血迷ったとしか思えない。そんなことを掲げたものに、そうやすやすと加担するだろうか? 貴族共は無能ぞろいだが、自己の保身ということには鼻が利く。そんなやつらがあっさり乗るとは到底思えない。

 

「――いい所に目をつけたね」

 

 そう嬉しそうににんまりと笑い、続ける。

 

「そう、普通ならありえないんだよな。結果はまあいい。そういうこともあるだろうさ。けれども、展開が速すぎる」

 

 指を立て、もったいぶる。……分かっている。

 

「――買うよ。いくらだい?」

 

 その言葉に、毎度ありとばかりに今日一番の笑顔を見せる。余計な出費は避けたいけれど、仕方がないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 要約すると、今回の反乱の中心人物が「虚無」の奇跡とやらを見せたらしい。しかも、その奇跡とやらの内容が「死者を蘇らせる」といったものだそうだ。

 

 ――死者を蘇らせるとなると眉唾物も良い所だ。そんなものは伝説の中にしか出てこない。だが、あいつの情報は信頼できる。ということは、真実といえるだけのものがあったということだろう。そして、そんなものでもないと、今回の展開はおかしい。死者の蘇生、不老不死にも通じるそれは、自己の保身を第一にする貴族共に取ってはこれ以上ないほどの餌だ。

 

 そして、サービスということで、今日の夜にも追加の情報を持ってくることになっている。それまでは、私も自分で動くつもりだ。といってもまあ、あいつ以上のというのは無理だけれど。それでも、自分で調べたものがあるのと無いのとでは多少は違ってくるというものだ。判断材料が一つというのは、全てをそれに任せてしまうということだから。

 

「――今日はここで宿を取って、必要な物資の調達と、情報を集めましょう」

 

 ……ん? 通りの向こうから話し声が聞こえる。何やら聞き覚えのある声だ。よく通る声だが、同時に気丈さを感じさせるような。その声の方向へと目を向ける。

 

 やはり、知り合いだった。さっきの声はエレオノール、そして、その後ろにはルイズ、キュルケ、タバサ……。男子学生の方は名前が分からない。加えて、もう一人男がいる。何時もならシキだろうが、今回は違うようだ。羽帽子をかぶった、そこそこの良い男だ。ついでに、遠目からでも鍛えていることが分かる。メイジであるのだが、足運びにも隙がなく、そこらの魔法だけのメイジとは違うようだ。どこかで見たような気もするが、いまいち思い出せない。

 

 しかし、なぜこんな所にいるのだろうか? あの中の半数以上は学生。今は別に学院が休みというわけではない。ならば今は授業を受けているはずではないのか。私のように休暇を取るということがないわけではないだろうが、一体何をしに来ているのだろうか? それに、シキがいないというのも気になる。何だかんだでルイズには甘い人だ。心配だとか言って来ないはずが無い。周りへと目をやる。

 

「……なんだ、後ろから来ていたのか」

 

 そんなことを考えながら彼らを見送ると、やや離れた場所から歩いてくるのが見えた。まあ、別に急ぎの用事もないし、挨拶ぐらいしてこよう。ついでに何をしに来ているのかを聞けばいい。ちょうど向こうも気づいているようなので、小走りに彼の元へと向かう。

 

「――シキさん、こんな所で会うなんて奇遇ですね。何をしに来たんですか?」

 

 手を振りながら駆け寄る。

 

「ん、まあ、たいした用事じゃないが、アルビオンとやらに用があってな。――そっちこそ何をしに来たんだ? 今はあまり治安も良くないだろう?」

 

 曖昧に返事をすると、こちらのことを尋ねてくる。まあ、そう深く聞くつもりも無い。

 

「私もアルビオンに用事があって。まあ、家族に会いに行くようなものです。……だったら、目的地は同じみたいですし、一緒に行きませんか? どうせ向かう船もそう無いでしょうし」

 

 アルビオンに向かう船は、戦争中である今に関してはそう多くはない。出ていても貨物船ばかりだ。加えて、アルビオンが一番近づく日に一斉に出ることになるだろう。

 

「――そうだな。女の一人旅というのも、危ないしな」

 

 顎に手をあて少し考え込むと、了解の意を示す。

 

 そういえば、何でさっきの集団と離れているんだろう。そんなことを言うのなら、前の集団とも、当然一緒にいるはずだ。

 

「さっき、ミス・エレオノール方が宿へと向かったようですが、どうして一緒じゃないんですか? 何時もならミス・ルイズの側には必ずいるでしょう?」

 

 そう、何時もなら本当にべったりといった様子だ。なんせ、そんな様子を見ていてテファに会いに行こうと思ったぐらいなのだから。

 

「まあ、色々あってな。……アルビオンに入る頃には合流するつもりだ」

 

 頭をかき、少し困ったように言う。まあ、喧嘩でもしたのかもしれない。といっても、あの子からの一方的なものだろうが。

 

「じゃあ、今はまだお一人ですね。だったら、私と一緒に町を回りませんか? この町のことは分からないでしょうし、案内ぐらいならできますよ?」

 

 そう言って手を取り、腕を絡ませる。今までの経験上、強引に行けば大抵のことは断らない。案の定、エレオノール達が向かった宿とこちらを交互に見比べ、「まあ、いいか」とあっさり折れた。

 

「――ふふ。じゃあ、行きましょうか」

 

 腕を絡ませたまま歩き出す。……情報収集は、まあ、夜にジョンからの情報を聞く前にでもやればいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ちょっと見に行きませんか?」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

「――随分美味しそうに食べるな」

 

「え? まあ、甘いものはやっぱり好きですし――そんなにまじまじと見ないで下さい……」

 

 

 

 

 

「――あ、可愛い」

 

「そういうものにも興味があるのか」

 

「……私だって女の子らしいものだって好きです」

 

「――女の子、か」

 

「…………」

 

「……いや、悪かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は初めて話した日のように、色々な所を回った。貿易港になっているだけあって、面白いものなら城下町などよりもよっぽど多い。まあ、ずっと私が引っ張ってという形だったけれど、それはそれで楽しかった。色々と買ってもらえたし。

 

「――随分と機嫌が良さそうじゃないか。何かいいことでもあったのかい?」

 

 落ち合ったジョンがそう言ってくる。

 

「ん、まあね」

 

 つい表に出てしまっていたようだ。……いけないいけない。浮かれすぎというのは良くない。私には少し詰めが甘い所があるようだし、普段から気をつけないと。おかげで盗賊なんてものをやっているのが極最近ばれたわけだし。心持ち、気を引き締める。

 

「……そういえば、さっきから何だか荒くれ共が騒がしいようだけれど、何かあったのかい?」

 

 周りを見渡す。今いる酒場は普段からそういった連中が集まっていて騒がしいものだが、今日はそれに輪をかけて騒がしい。武装しているやつもそこかしこにいるし、そういうやつらが今日は一段と集まっているようだ。

 

「あ、それかい? まあ、急な話で詳しいことまで知っているわけじゃないが、王党派のことを嗅ぎ回っているやつらいるらしくてね。そいつらを宿ごと襲うらしい。そこまでやる必要は無いと思うんだが、まあ、見せしめの意味もあるんだろう。金に糸目をつけずに町中から集めているらしくてね。結構な数のメイジも加わるらしいぜ」

 

 ご苦労なことだと辺りを見渡しながら呟く。

 

「――ちなみにその宿は?」

 

「女神の杵亭だな。街中でそこまでなんて、何を考えているんだかな」

 

 特に金になる情報だとは思っていないからだろう。あっさりと喋ってくれる。すぐに終わるのなら価値などないも同然ということか。

 

 それよりも、さっきの名前、エレオノール達が泊まっている宿だ。――そうだ、昼間の羽帽子の男。グリフォン隊の隊長だ。これで大体の事情は飲み込めた。わざわざそんな人間が来るぐらいだ。おそらく、王族だけでも救出にということだろう。

 

「――ちょっと用事ができたから失礼するよ」

 

 席から立ち上がる。教える義理なんてものは無いけれど……罪滅ぼしみたいなものだ。アルビオンの王家はどうなろうと知ったことではないが、エレオノール達には死んで欲しいとは思わない。

 

「おや、もう行くのかい?」

 

 椅子から立ち上がった私を見上げながら言う。

 

「まあね、今度改めて礼はするよ」

 

 そのまま出口へと向かおうとする私に、後ろから声をかけてくる。

 

「――礼なら今度は体で頼むよ」

 

 からかう様な口調だ。まあ、本気ではないんだろう。

 

「――お生憎様。私はそんなに安くは無いよ」

 

 振り返らずに答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――今言った通りです。ですが……」

 

 あの後シキと合流、そしてすぐさま宿の方へと来た。だが、少し遅かったようだ。全員を集めるのに少々時間がかかってしまい、もう下の方が騒がしくなってきている。とっくに包囲されてしまっているんだろう。

 

「……そのまま逃げるというわけには、いかないようですね」

 

 エレオノールがカーテンをずらし、窓から外の様子を伺いながら言う。

 

「ま、何とかなるでしょ」

 

 キュルケが気楽に言ってのける。こういった場合、普通なら窘めるようなものだが、まあ、確かに何とかなるだろう。羽帽子の男以外がシキを見て頷く。ルイズだけはちょっと複雑そうではあるけれど。

 

「随分と信頼しているようだが、彼はそんなに頼りになるのかい?」

 

 羽帽子の男が疑問を口にする。そうしてシキの様子を少しばかり見た後、更に口を開く。

 

「――だったらこうしよう。こういった任務の際には、半数が辿りつければ成功とされる。だから、ルイズ達は先に船に向かうといい。僕と彼とで足止めをする。それでどうだい? どの道、このままにしておくというわけにはいかないからね」

 

 羽帽子の男が皆を見渡す。特に異論は出ない。まあ、妥当な所だ。このままにしておくわけにいかないし、下手に実力のない人間が残っても足手まといになるだけだ。

 

「……だったら私も残りましょう。傭兵達の中にはメイジも多いらしいですし、ゴーレムを使えば壁ぐらいにはなるでしょう」

 

 まあ、乗りかかった船だ。戦力を考えるに、そう危ないものでもない。それくらいなら別に手伝ったっていいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――大丈夫かな」

 

 隣を馬で走るルイズが後ろ振り返りながら口にする。

 

「大丈夫よ。シキさん一人で十分なぐらいだもの。あの人をどうにかできるような相手がいるのなら、見てみたいものだわ」

 

 その言葉に皆が頷く。

 

「だから、今は急ぐわよ。今のうちにシキさんに何て言うか考えておきなさい」

 

 ルイズに話しかける。

 

「……はい」

 

 少しだけ迷うような様子を見せたが、すぐに視線を前へと向ける。私の妹なんだから、そうでないと。

 

 何か巨大なもので空気を打ち付ける音が聞こえた。

 

 後ろからタバサの使い魔の風竜がやってきたようだ。少しずつ主人のもとへと下りていく。こちらまで下りて来たのを確認すると、タバサが馬からそちらへと移る。

 

「……私は先に船を調達する」

 

 いい判断だ。全員が乗るというのは、風竜とはいえ幼生、さすがにそれは難しい。ならば先に船を調達する方が効率が良い。今日はもともと船が出る日ではないのだから、交渉にも多少時間がかかるだろう。

 

「私も行くわ」

 

 キュルケがタバサを見上げる。それに対して小さく頷くと手を伸ばし、引っ張り上げる。

 

「……ぼ、僕は」

 

 ギーシュ君は迷っているようだが、キュルケの「あんたはここにいなさい。一応は男なんだから、体を張って守りなさいよ」との言葉に残ることを決めたようだ。まあ、別にいてもいなくても構わないんだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シキといったね。皆が期待するその力、僕も頼りにしているよ」

 

 予定とは違うが、まあいい。虚無の使い魔の実力とやら、どれほどのものか見せてもらおう。

 

 あまり魔力を無駄遣いしたくは無かったのだが、向こうには偏在を一体送った。邪魔になりそうなエレオノールさえ始末できれば、それで良しとしよう。ルイズに心の傷でも作ればやりやすくもなる。

 

 

 ――さて、お手並み拝見といこうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どうしますか? このままだと、二人は、追いつかれる、でしょう」

 

 ユニコーンが駆けながら私に話しかけてくる。喋ることができるということを知らなかったルイズとギーシュ君の二人は驚いたようにこちらを見たが、後ろから追いかけて来る者があるということで、すぐに注意をそちらへと戻す。

 

 後ろには、仮面を着けた男が追ってきている。私が跨っているユニコーンはまだ余裕があるようだ。その点では心配が無い。だが、ルイズとギーシュの二人は違う。乗馬が得意なルイズはともかく、ギーシュ君の方は明らかに後ろから追ってくる男に劣る。今はまだ距離があるが、確かにいずれは追いつかれるだろう。そうでなくとも、もしメイジであるならば、魔法を使ってこないとも限らない。

 

「――あなたは戦えるの? 護衛を任されたからには、それなりの能力があるんでしょうね?」

 

 ユニコーンへと問いかける。シキさんがわざわざ護衛にと寄こすぐらいだ。ただ喋れるだけではないはずだ。

 

「――それなりには。ただし、後ろの二人にまでは、手は、回りませんよ」

 

 何時ものように皮肉げに答える。しかし、自信は見て取れる。 

 

 後ろの二人にまでは手が回らなくとも十分だ。ルイズとギーシュ君には期待できない。ルイズの起こす爆発にはそれなりの威力があるようだが、精度は低い。馬を走らせながらでは尚更だ。ギーシュ君は、とにかく怯えており、とてもではないが期待できない。……となれば

 

「――ルイズ、ギーシュ君! あなた達は先に行きなさい! 私たちは足止めだけでもしてから向かいます!」

 

 二人に聞こえるよう、体を後ろへと向けながら声を張り上げる。その言葉にルイズが不安そうな顔をしているが、先に行ってもらわなければならない。たぶん、私だけでもユニコーンにとっては重荷になるんだろうから。

 

「行きなさい! このユニコーンはシキさんから預けられたもの! 何とかなります!」

 

 その言葉に、大丈夫だと判断したのか不安そうな顔をしていた二人も馬を急がせる。逆に、こちらはゆっくりと速度を落とす。少しずつ位置がずれていく。ルイズとギーシュ君の馬が前に出て、代わりに、私達と追っ手との距離がじりじりと近付いていく。二人が完全に前に出てしまってから、ユニコーンに顔を寄せ、語りかける。

 

「――ああ言ったからには、何とかできるんでしょうね?」

 

 後ろを伺いながら、ルイズ達には聞こえないように。もうすぐ、魔法で攻撃できるぐらいには近づくだろう。そして、ルイズ達との距離はますます離れていく。

 

「――そうでなければ、主に、示しが付きません。……しっかり掴まっていてください!」

 

 その言葉に、何をするのかまでは分からないが、手綱を強く握る。それを確認すると、ユニコーンが右へと体を傾け、前足を止め、くるりと体を前方へと流す。そのまま、ちょうど追っ手と向かいあう形になる。

 

「何を……」

 

 いきなりの行動に私が疑問を呈す前に、ユニコーンが前足を浮かせ、何事かを呟く。

 

「――――――」

 

 人語とも、獣の雄たけびとも付かない。しかし、これは魔法だ。魔力が渦巻き、目の前で形を成していく。魔力の渦が広がり、地面を凍らせていく。氷の侵食が進み、追っ手へと向かっていく。

 

 その様に気づいた相手が馬を止めようとするが間に合わない。もともと無理をさせていたんだろう。氷に足を取られ、馬が地面へと転がる。だが、乗り手は無事だ。レビテーションでも予め唱えていたんだろう、綺麗に地面へと着地している。その様子に危なげな様子はない。

 

「このまま行く、というわけにはいかないようですね」

 

 動きを止めたユニコーンが、相手へ警戒の視線を向けながら呟く。向こうもユニコーンが魔法を使うなどとは思わなかったんだろう。杖を前へと掲げながらも、様子を伺っている。杖を剣に見立てたような独特の構えで、素人目にも隙が無いことが分かる。かなりの訓練を受けた人間なんだろう。

 

「ええ、残念だわ。さて、これからどうしようかしら?」

 

 私には下手な援護もできそうも無い。情けないが、このユニコーンだけが頼りだ。

 

 ユニコーンと一瞬だけ目が合うと、何やら呟いた。いきなり攻撃に移ったのかと思ったのだが、違うようだ。魔力が私とユニコーンを包んでいく。ほんのりと、温かい。おそらく、防御魔法なんだろう。本当に大したものだ。人語を話し、見たこともない魔法をいくつも使いこなす。

 

「私はあなた方の護衛を命じられていますからね。守ってみせますよ」

 

 相手からは視線を戻して、実に頼もしいことを言ってくれる。

 

「――期待しているわ」

 

 そう言い終わるや否や、今の魔法を警戒してか動かなかったんだろう相手がこちらへと駆けてくる。

 

 

 速い。10メイルは離れていた距離が、一瞬でゼロになる。あちらも魔法を使いこなしている。

 

 ――ギインと激しい音が聞こえる。

 

 相手の杖と、ユニコーンの角がぶつかり、金属を打ち合わせるような音が辺りに響く。一度ではなく、続けて何度も。相手のメイジは杖をレイピアのように振るい、打ち合わせてくる。私にはとても目に追えない。だがユニコーンも負けてはいない。角を振るい、騎士顔負けの速さで合わせていく。小回りが効くのはもちろん相手の杖の方だが、受けながらも果敢に相手へと突き返していく。私は振り落とされないように必死に捕まっていることしかできない。

 

「……イング ……ハグル……」

 

 杖を激しく打ち付けながら、相手が何事かを呟いている。少しづつ、周りの空気の温度が下がっている。

 

「――いけない!! 下がって!!」

 

 ユニコーンも気づいたのだろう、すぐに反応して距離を取ろうとする。

 

「――ライトニング・クラウド!」

 

 しかし、下がりきる前に相手の呪文が完成する。いや、そもそも雷よりも速く動くことなどできない。相手の杖から放たれた雷がこちらへと絡み付いてくる。違う、私が見たのはその残像だ。すでに、ユニコーンへと絡み付いている。

 

「……ッ……」

 

 人間ならば致命傷となるはずの魔法も、さすがに耐え抜く。しかし、見れば何時もの余裕のある様子とは異なり、苦悶の表情だ。直撃を受けたわけではない私は大したことはない。さっき私達を包んだ魔力の影響もあるんだろう、火傷も負ってはいない。だが、ユニコーンの方は違う。真っ白なはずの体にははっきりと焦げた跡があり、そこからは肉の焼ける嫌な臭いとともに煙が上がっている。後ろへと下がろうとするも、さっきよりも動きが鈍っている。そして、その隙を相手が逃すはずがない。一気に距離を詰めてくる。

 

 激しい金属音が何度も続く。

 

 逃すまいと、さっきまで以上の猛攻だ。ユニコーンも打ち合うが、防戦一方になってしまっている。反撃する余裕も無い。少しづつ、傷が増えていく。それに、こんな状況でも私を庇っているんだろう。例え自分が傷つこうとも、私に向かってくる杖を優先して弾いている。相手も、それに気づいたようだ。

 

 今もまた、私を庇って体に受ける。致命傷となるのは避けるも、じわじわと真っ白な体が赤く染まっていく。

 

 何もできない――いや、はっきりと邪魔になっている自分が歯がゆい。唇を噛み締める。口の中に血の味が広がる。だが、何もできないことには変わりが無い。

 

 そして、相手は今も呪文を唱え続けている。もうすぐ、詠唱が完成する。そうなれば今度こそおしまいだ。

 

「――ライトニング……」

 

 相手も電撃が有効だと分かったんだろう。さっきと同じ呪文。そして、それが放たれる。

 

 

「――ただでは、死なん!!」

 

 今までにない、はっきりと感情の露になった言葉で叫ぶ。防ぐなどということは考えていないんだろう。相手の心臓を穿つように一気に角を突き出す。――だが、もうすでに相手の詠唱は完成している。雷が絡みついてくる。だが、それでも退かない。体を焼きながらも、相手への足を止めない。

 

 何かにぶつかった。男が跳ねあげられる。相手を穿ち、角が相手の体を抜ける。

 

 ――だが、もう立っている力も残っていないのか、相手を穿った勢いのまま地面に倒れこむ。足をつくということもできずに、頭から地面へと。

 

 私も投げ出され、地面を転がる。体を強かに打ちつけ、ようやく止まる。そこかしこが痛む。だが、無理やり腕をついて起き上がると、服についた泥も払わずに駆け寄る。

 

「――しっかり!!」

 

 ユニコーンの側へと駆け寄る。

 

 だが、もう助からないのは分かっている。無理な体勢で倒れこんだせいか、前足からは骨が皮膚を突きぬけ、顔の半分は焼け焦げてしまっている。ひどい場所は完全に炭化している。残った目も見えていないんろう。駆け寄った私が見えていないようだ。

 

 そして、少しずつ存在が希薄になっているのが分かる。あんなに魔力に満ち溢れていたのに、今は穴の開いたバケツのように、どんどんそれが感じられなくなっていく。それにつれて、本当に少しづつ、姿が薄れていく。触れている手にも、体温が感じられなくなってきた。

 

 その様子に呆然となる。何とかしようとするが、何も思いつかない。必死に何か無いかと考えているが、助からないということがはっきりとするだけだ。――ふと、口元が動いているのが分かる。すぐに耳を寄せる。

 

「……主を……あの、方は……人と、会いた……、そばに……」

 

 途切れ途切れではあるが、言いたいことは、なんとなく分かった。

 

 前にシキさんが言っていた。「もう人と話せることはないと思っていた」と。ここにいられることが本当に嬉しいと。

 

 こんなになっても、あの人のことを……。

 

「……私の、せいで」

 

 そうだ。私のせいだ。私がいなければこんなことには――

 

 涙が、頬を伝う。

 

 

「……ァ……、…………」

 

 見えていないだろう目をこちらに向け、更に何かを伝えようとする。――だが、その姿は更に薄れていく。

 

「ま、待って……」

 

 手を伸ばすが、虚しく空を切る。まるで、その場所には最初から何もなかったように。

 

「………あ……」

 

 伸ばした腕が、地面に触れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お姉さま!!」

 

 遠くから、ルイズの声が聞こえた。

 

 きっと、心配になって戻ってきたんだろう。困った妹だ。それじゃあ先に逃がした意味がない。右手で涙を拭い、立ち上がる。すぐ近くまでルイズが来て、馬を止める。

 

「――戻ってきたら意味が無いじゃないの」

 

 無理やり困ったような笑顔を作る。今は――それが精一杯だ。

 

 もうここには私しかいない。魔法で作った分身だったんだろう追っ手は消えてしまったし、ユニコーンも消えてしまった。でも、私の赤くなった目を見て、大体の事情は察したんだろう。それ以上はルイズも何も言わない。

 

 

 

 

 ――あなたのことは、嫌いではなかったですよ。

 

「……え?」

 

 ふとそんな声が聞こえた気がした。聞き覚えのあるような、少しばかり嫌味なその声に振り返る。もちろん、そこには誰もいない。だが、月明かりに照らされるものがある。

 

 金属のような光沢を持ったそれは、最後まで私を守ってくれたユニコーンの角だ。最後の最後に折れてしまったものだろう。半分ほどになってしまっているそれの側へと駆け寄り、そっと拾い上げる。傷だらけになってしまっているそれを、抱きしめる。それは、どこか温かかった。

 

「――ルイズ、船に向かうわよ」

 

 せっかく体を張って守ってくれたんだ。何としても任務を達成しなければならない。そして、絶対に生き延びなければならない。今更に彼に……本当の名前すら知らなかった彼だけれど、そうでなければ顔向けできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どれくらいで合流できそうかしら?」

 

 船の中でタバサに尋ねる。タバサの使い魔であるシルフィードをシキさんたちのもとへと迎えに行かせたのだ。

 

「あと一時間もあれば」

 

 淀みなく答える。心配なんてしていなかったけれど、とっくに襲ってきた相手は片付けたということだろう。

 

「そう……。なら後はアルビオンについてからの事を考えるだけね」

 

 皆で集まり、アルビオンに着いた後、どうやって城まで向かうかを話し合う。戦地に向かうわけだから他人を頼りにするのは難しく、自力で城まで向かわなくてはならない。それぞれが案を出すが、どうにもうまい方法が見つからない。どれも時間がかかりすぎたり、危険すぎたり、これはと思うようなものが浮かばない。そんな中……

 

 ギシリ、と船全体が一瞬軋む。そして、さっきまであった振動も感じなくなった。たぶん船が止まったんだろう。だが、なぜこんな場所で? まだアルビオンに到着するには随分と時間があるし、わざわざこんな所で止まる理由なんてないはずだ。

 

「――何かあったのかしら?」

 

 誰にともなく呟く。もちろん誰も分からないんだろう。私と同じように、皆分からないといった顔をしている。そんな中、私達のいる部屋へと足音が近づいてくる。しかし、妙だ。船の中にも関わらず、走っているのがはっきりと分かる。しかも、一人や二人じゃない。

 

 皆もおかしいと思ったんだろう。全員が顔を見合わせる。タバサだけは一人、杖を取り身構える。

 

 しかし、扉が開くのが早すぎた。バタンと、荒々しく扉が蹴破られ、マスケット銃を持った男達が一斉に部屋へと雪崩込む。そして、油断なく銃を私たちに突きつける。今ここにいるのは三人。しかし、さっきの足音からすると他にも数人。これで全部ではないということだろう。男達の中の一人が一歩踏み出す。

 

「……貴族か。大人しく杖を捨てな。下手な抵抗なんて考えるなよ? 今から呪文なんて唱えても間に合わないんだからな。それに、外からは大砲が狙いを定めているんだからよ」

 

 身構えているタバサを目で見ながら、後ろ手に合図を送る。更に二人が入ってくる。一人は銃を持った男、もう一人は杖を持っている。

 

「――『今は』、言う通りにするしかないようね」

 

 ――カラン――

 

 ルイズ達に視線を送り、杖を下へと落とす。皆も素直にそれに従う。

 

「……物分りが良くて助かる。何、女子供ばかり。大人しくしてくれれば手荒な真似はしないんだからよ」

 

 リーダー格らしい男が顎をしゃくると、一人の男が杖を集めていく。そして、一人ひとり予備の杖がないかを調べていく。

 

 ――当然のことなんだけれど、あまりいい気はしないわね。全く運の悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――困ったことになったわね」

 

 今のままならそう危険はないだろうが、やはり不安はある。閉じ込められた船倉が明かりが乏しくて薄暗いのも、それに拍車をかけているのかもしれない。酒樽や穀物の詰まった袋、火薬だかを入れた樽、他にも物騒な砲弾だとかがそこかしこに雑然と積んである。

 

 杖は取り上げられたが、ここから出るだけなら何とかなる。だが、わざわざ危険な真似をする必要はない。もうすぐシキさんたちが追いつくだろう。ならば、今はただ待てばいい。

 

 皆もそのことは分かっているんだろう。こんな状況ではあるが、誰も必要以上に慌てたりはしていない。まあ、本来はここでしっかりするはずの、唯一の男の子が一番怯えたりしているんだけれど。

 

「さて、これから……」

 

 念のためにこれからのことを皆に確認しようとした所、扉からガチャリと音がして遮られる。皆が一斉にそちらへと目を向ける。

 

 扉が開き、さっきとは違う男が姿を現す。いかにも屈強な男だ。しかも、油断なく銃を構えている。その男が、私たちを見渡し口を開く。

 

「おめえらは、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」

 

 低い、威圧的な声だ。その言葉になんと答えるべきか迷う。私たちに必要なのは時間を稼ぐことだ。ここで下手なことを言うわけにはいかない。

 

「――おいおい、だんまりじゃわからねえよ。でも、そうだったら失礼したな。俺たちは、貴族派の皆さんのおかげで、商売させてもらってるんだ。王党派に味方しようとする酔狂な連中がいてな。そいつらを捕まえる密命を帯びているのさ」

 

 銃はそのまま、空いた片手をあげ、さっきとは打って変わって親しげな口調で話しかけてくる。

 

「じゃあ、この船はやっぱり、反乱軍の軍艦なのね?」

 

 ルイズが疑問を呈す。わざわざ言うからには何か考えがあるんだろうか?

 

「いやいや、俺たちは雇われているわけじゃねえ。あくまで対等な関係で協力し合っているのさ。まあ、おめえらには関係ねえことだがな。で、どうなんだ? 貴族派なのか? そうだったら、きちんと港まで送ってやるよ」

 

 その言葉に、一気果敢にルイズが口を開く。

 

「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか! バカ言っちゃいけないわ。私達は王党派の使いよ。まだ、あんたたちが勝ったわけじゃないんだから。アルビオンは王国だし、正統なる政府は、アルビオンの王室ね。私達はトリステインを代表してそこに向かう貴族なのだから、つまりは大使よ。だから、大使としての扱いをあんたたちに要求するわ!」

 

 指を突きつけ、言い放つ。ルイズ以外は誰も口を開かない。時間が止まったように感じられる。

 

 ――最悪だ。ただ時間稼ぎさえすればよかったのに、余計なことまで……。

 

 ルイズに指を突きつけられた男は唇の端を吊り上げ、ニヤリと笑う。

 

「――正直なのは美徳だが、お前達はただじゃ済まないぞ。頭に報告してくるからよ。その間に良く考えておくんだな」

 

 そう言い残すと、再び扉を閉め、報告のためだろう、戻っていく。

 

 

 

 

 

「……馬鹿」

 

 キュルケが呟く。もちろん誰もそれを否定するものはいない。ルイズだけは食ってかかっていくが。

 

「……あなたは黙っていなさい」

 

 手を伸ばし、キュルケに文句を言おうとしていたルイズの頬を引っ張りあげる。

 

「にゃにふぉふるんふぇふか!?」

 

 目に涙を浮かべて抗議してくる。だが、誰も同情などしない。タバサに助けてくれるよう視線を送っているが、フイと目を逸らされる。――当然だ。

 

「……呆れて何も言えないわね。あなた、ちゃんと考えているのかしら? そのピンクの頭は空っぽかしら?」

 

 更にギリギリと引っ張りあげる。

 

 ――ガチャリ――

 

 そんなことをしている内にさっきの男が戻ってきた。今度は三人。油断なく銃を構えている。

 

「頭がお呼びだ。そうだな――桃色の髪の嬢ちゃんと、端っこでびびってる坊主だけでいい。……きな」

 

 そう言って促す。銃を突きつけられたこの状況、従わざるを得ない。

 

 重々しい音を立てて扉が閉じられる。二人を連れて部屋を出て行ってしまった。

 

「……ようやく近くにまで来たみたい」

 

 少し間をおいてタバサが口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――韻竜だったというのも驚きだが、まさかいきなり空賊に出くわしているとはね。なんとも運の悪い」

 

 私の背中に乗ったワルドとか言う人が呟く。

 

 今回だけは仕方がないと、人前で喋ることをお姉さまが許してくれたのだ。喋っていいのは嬉しいけれど、お姉さまが危ない目にあっているというのは心配だ。

 

「どうするのね?」

 

 あまり船に近づき過ぎないように気を配りながら、シルフィに乗った人たちに尋ねる。お姉さまは杖がなくてなんともできないみたい。今はこの人たちだけが頼りだ。

 

「強行というわけにもいきませんよね。全員が一箇所にいるのならともかく、お二人の場所が分からないなら、下手をすると人質になってしまいますし。せめて場所さえ分かれば……」

 

 ロングビルとか言う人が、考える込むように口にする。

 

「……それは、俺が何とかしよう」

 

 シキが言う。何となくこの人は怖いんだけれど、今回はこの人が一番の頼りだ。

 

「どうするんですか?」

 

 さっきの女の人が尋ねる。その相手は、見ていろとばかりに何かの呪文を唱え始める。――何となく、不吉な呪文を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――今、何か横を通らなかったか?」

 

「気のせいじゃないのか? いくらなんでも何かが目の前を通れば気づくだろう?」

 

「まあ、それもそうか」

 

「……念の為見ておくか。ここでへまをするわけにはいかないからな」

 

「そうだな。注意するに越したことはないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――大使としての扱いを要求するわ。そうじゃなかったら、一言だってあんたたちになんか口を利く者ですか」

 

 私達が連れてこられた船長室には武装した空賊達が何人もいて、こちらの様子を面白そうに見ている。怖くないわけがない。今だって、必死に足が震えるのを我慢しているぐらいだ。でも、それを知られるわけにはいかない。

 

「王党派と、言ったな?」

 

 無精ひげに左目に眼帯をした、手入れもしていない長い髪の男が威圧するような声で言ってくる。部屋の中の空賊たちは豪華なディナーテーブルの周りに陣取り、この男が一番上座に座っている。きっとこいつが空賊達の頭だ。

 

「ええ、言ったわ」

 

 声が震えないよう、拳を握り締めて口にする。

 

「何をしに行くんだ? あいつらは、明日にでも消えちまうよ」

 

 感情のない目でこちらを見てくる。

 

「あんた達に言うことじゃないわ!」

 

 精一杯の強さで口にする。側にいるギーシュが驚いたようにこちらを見ているが、無視する。

 

「――貴族派につく気はないかね? あいつらは、メイジを欲しがっている。たんまり礼金も弾んでくれるだろうさ」

 

 頭が、さっきとは打って変わって実に楽しそうに言う。実際こいつらにとってはそんな程度のことなんだろう。私の答えは決まっている。

 

「死んでも嫌よ!」

 

 きっぱりと口にする。すると、頭を含め、他の空賊たちも一斉に笑い出す。

 

「どうしてもかね?」

 

 私の答えは決まっている。

 

「どうしてもよ!!」

 

 それを見て、頭が楽しそうに口にする。

 

「……なるほど、なるほど。実に勇気のあるお嬢さんだ」

 

 そうして不意にガラリと雰囲気が変わる。さっきまでの粗野な雰囲気はなりを潜め、随分と穏やかな笑い方。まるで別人だ。

 

「無礼を働いたこと、どうか許して欲しい」

 

 そう言うと頭へと手を伸ばす。

 

 

 

 

「――ミツケタ」

 

 ふと、耳元でそんな声が聞こえる。冷たい、思わず震えるような。しかも……

 

「――ミツケタ」

 

     「――ミツケタ」

 

「――ミツケタ」

 

 いくつもいくつも、そんな声が聞こえてくる。声が私の周りを囲んでいく。いや、声だけじゃない。ぼんやりと、もやみたいなものが見える。それが少しづつ形になって……

 

「……顔?」

 

 はっきりとは分からない。でも、もやの中に、目、鼻、口と見える。その口がぐにゃりと歪んで――笑って、いる? 更に大きく開いて……

 

「「「「「ィィィィィィィィィ――――!!」」」」」

 

 聞き取れない、ただ、耳障りな音が辺りに響く。思わず耳を押さえる。

 

「な、何なのよ!?」

 

 誰にともなく叫ぶ。わけが分からない。このもやみたいなものは何?

 

 大きな音が聞こえた。

 

 今度は、船に何か重いものが落ちてきたような音だ。たぶん、甲板だけでは勢いが止まらなかったんだろう。そのまま続けて床を破るような音が響く。そして、止まった。

 

「何だ!?」

 

 空賊達も口々に叫ぶ。いや、もしかしたらこの人たちは……

 

 また、音とともに船が揺れた。

 

 さきほどと同じぐらいの破壊音が響く。今度は、垂直にではなく、横に。……しかも、こっちに向かってくる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――飛び降りちゃいましたね」

 

 竜に乗ったまま、はるか下を見ながら呟く。

 

「……ああ」

 

 同じように下を見ながら、気のない返事を返す。

 

「――船、穴が開いちゃってますよ」

 

 はっきりと上から見ても分かるほどの穴が開いている。あの勢いだったら普通の人ならただでは済まないだろう。

 

「……ああ」

 

 再び気のない返事が返ってくる。

 

「――私達は、どうしましょうか?」

 

 顔を上げ、もう一人の男と目を合わせる。

 

「……待っていれば、いいんじゃないかな。たぶん、やることはないだろうし」

 

 困ったように言うが

 

「――ですよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 船の中、破壊槌で壁を破るような音が響き渡る。振動がこちらにまで伝わってくる。

 

「――私たちも出るわよ。人質なんかになるわけにいかないもの」

 

 キュルケとタバサ、そしてギーシュ君に向かって口にする。

 

「でも、どうやって?」

 

 キュルケが疑問を口にする。

 

「――これを使って」

 

 懐から取り出した石を示す。

 

「それは?」

 

 今度はタバサが口にする。首をかしげ、何時もとは違う歳相応の仕草だ。

 

「――シキさんがくれたの。魔法の力を結晶にしたものだそうよ」

 

 言いながら扉へと投げつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また船が揺れた。

 

 向かってくる音とは別の場所からも、何かが爆発するような音が聞こえてくる。そして、さっきから聞こえてくる方の音はどんどん大きくなっている。もうすぐ、ここまで来る。たぶん、何かは分からないけれど、このもやみたいなものが呼んだんだ。

 

 ゆらゆらと揺れているそれを睨みつける。もう、はっきりと分かる。私の周りにいくつも浮かんだそれには、顔がある。それも人の……。本当に何が何だか分からない。さっきから色々なことが起こりすぎて、頭がパンクしそうだ。

 

「お、王子を守れ!!」

 

 いよいよ音がここまで来るとなって、頭を他の者達が守るようにと囲む。皆、銃ではなく杖を構えている。もうはっきりとした。この人たちは王党派。しかも、王子と近衛だ。

 

 目の前の壁から音が聞こえた。

 

 そうして壁ごと砕ける。穴からはとてもそんな破壊ができるようには見えない手が覗いており、すぐさまその持ち主が部屋へと入ってくる。そして、す私の方へと視線を向ける。

 

「ルイズ! 無事か!?」

 

 何時もとは違い、はっきりと感情が表れていて、本当に心配していたということが分かる。

 

「……え、あ、うん。大丈夫だけれど……」

 

 肝心のことを言う前に、すぐにシキが王子たちへと向き直る。

 

「待っていろ。すぐに片付ける」

 

 本当に頼もしい。本当に、あっという間に片付けてくれるだろう。だが、それは非常にまずい。その前にと止める前に、私を囲んでいたもやのうちのいくつかがふわりと前に出て行く。

 

「――オレ、スウ」

 

 シキはそれにちらりと視線を送ると。

 

「――死なない程度ならかまわない」

 

 よりによって、そんなことを言った。それを聞いたもやは嬉しそうに口元を吊り上げると、王子たちへと向かっていく。

 

「――だ、駄目……」

 

 あまりのことに思考がついていかない。

 

 シキはこちらを振り返ると、安心させるつもりなんだろう、にっこりと笑ってみせる。

 

「すぐに終わらせる」

 

 いつもなら頼もしいはずが、今は何よりもまずい。更に悪いことに、シキまで向かっていく。

 

「ま、待って……」

 

 もう、間に合わない。

 

 そうしてあっという間に戦い、いや、そんなものですらない。もやにとっては単なる食事。皆、魔法も使えず、一人ずつ倒れていく。あるいは、シキに首をつかまれて持ち上げられ、壁に叩きつけられている。手加減はしているようだけれど、そういう問題じゃない。

 

 

 

 ――ああ、終わった。

 

 

 

 

 ……私が。

 

 ペタリとその場にくずおれる。


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