混沌の使い魔   作:Freccia

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「――ん……」

 半ばまで毛布で隠れてしまっているが、ちょうど目の前にエレオノールの寝顔がある。右腕を枕に、抱きつくように体を預けてくるというのは、姉妹だけあってルイズと良く似た仕草だ。
 顔立ちなどはるかに大人びてはいても、それでも良く似ている。二人とも起きているときはしばしば険のある表情をしているが、寝ているときは無邪気なものだ。

 それが本来の表情なのかもしれない。ただ、二人ともなかなか周りには見せてくれないだけで。それを自分だけが独り占めにできるというのはどこか優越感を感じる。緩くウエーブのかかった髪に指を通すとふわふわと、色は違えど、これもまたルイズと良く似ている。

 ――それを思えば、一緒に寝て、それで何もしないのは別に変なことじゃない。

 それに、柔らかな髪に指を通す感触は好きだ。指の間をさらと髪が流れていくのは気持ちがいい。ルイズやエレオノールの髪は良く手入れされていて、どんなに最上級の織物だって勝てないだろう。




第17話 As You Wish

 

「……ん……ぅ……」

 

 エレオノールがもう一度身じろぎする。窓の方に目をやれば、カーテン越しながらうっすらと床に朝日が刺し込んでいる。

 

 ――長かった夜も、ようやく明けた。

 

「――そろそろ起きるか?」

 

 ちょうどすっぽり腕の中に納まったエレオノールが、ゆっくりと目をしばたたかせる。

 

「……い……や……」

 

 それだけ口にすると、ギュウと抱きつく腕に力を込める。

 

「――そうか。最近はろくに休めなかったみたいだからな」

 

 さっきまでと同じように頭を撫でると、くすぐったそうにはにかむ。まるで子供のように。きっとこんな表情を見たのは俺か――さもなくば子供の頃を知っている両親ぐらいなものだろう。そう思うと、なんだか嬉しくもある。それだけ何の衒いもなくということだから。

 

 そのまま、二人でまどろむ。こういう時間を誰かと過ごすというのは、とても贅沢だ。

 

 

 ――が、そういう時間ほど長くは続かないものだ。いきなり毛布を跳ね上げ、エレオノールが起き上がる。顔を真っ赤にして。

 

 もしかしたら、昨日以上に赤く染めて。

 

「どうした?」

 

「……ああああ、あ、あの……。き、昨日は……」

 

 そこまで言うと更に顔を染め上げ、起き上がったときと同じぐらいの勢いで毛布に包まる。

 

 手を差し入れ、毛布を少しだけずらそうとすると――噛まれた。結構な力で。

 

「……………………落ち着け」

 

今度は噛まれないように、注意を払って。めくってみると両手で顔を覆い、泣いている。

 

 落ち着かせようと、抱きしめる。最初は身を硬くしたが、さっきまでと同じように頭を撫でるにつれ、徐々に力を緩める。

 

「どうしたんだ、いきなり?」

 

 頭を撫でながら、できる限り優しく問いかける。

 

 エレオノールがおずおずとこちらに目を向ける。恥ずかしさと、申し訳なさとがない混ぜになった目を。

 

「……ごめんなさい」

 

 ポツリと呟く。

 

「……ああ、そういうことか。初めてなんてそんなものだろう」

 

「で、でも……。私、自分だけ……」

 

 そこまで言って俯く。昨日のことを気にしてしまっているんだろう。

 

 右手でエレオノールを顔をあげ――口付ける。

 

「最初は、これだけでも十分じゃないか?」

 

 そう笑いかけると、さっきとは別の意味で恥ずかしそうに俯く。

 

「なら、そろそろ起きようか? いつまでも二人でというわけにはいかないだろう?」

 

 そう言って腰を浮かせようとした所で、服のすそを引っ張られる。

 

「……良かったら」

 

「ん?」

 

 俯いたままのエレオノールに向き直る。

 

「……その、……今からでも続き、してくれませんか? ……良かったら、ですけど……」

 

 そこまで言ってもう一度毛布をかぶってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 左手で書類を抱えたまま、軽くノックをする。

 

「私です。昨日受け取った分が終わったので」

 

 片付いた分を渡すのと、新しい分を受け取るためだ。

 

 すぐに返事が返ってくる。声も随分と機嫌がよさげだ。部屋に入ると実に楽しそうに受け取りにくる。表情もニコニコというのがふさわしいぐらいで、まるで別人だ。

 

「何かいいことありました?」

 

「え、大したことじゃないですよ」

 

 言いながらも幸せそうな表情は変わらない。ただ少しだけ歩き方が違う。もしかして……

 

「――昨日はどうでした? うまくいきました?」

 

 少しだけカマをかけてみることにする

 

「え!? う、うまくというか……。わ、分かりません!! 初めてなんですから!!」

 

 いっきにまくし立てる。

 

 ――ふうん、やることが早い。

 

 ――どっちも。

 

 それにしてもいきなりそこまでいくとは思わなかったなぁ。

 

「そうですかー、もうしちゃったんですねー。わー」

 

 ちょっとだけジト目で見ながら。

 

「……う、うう。そんな目で見ないでください」

 

 一応は罪悪感を感じているようなので、からかうのはこれぐらいにしておこう。

 

 ――今の所は

 

「まあ、それはそれとして、どうでした?」

 

「え? そ、その、人に話すようなことじゃないですし……」

 

「あら、こういうことは女同士、話すものですよ? 多少はアドバイスできますし、男の人の喜ばせ方はそうやって情報収集するものですから」

 

「そ、そうなんですか? ……で、でも確かに、そんなこと本には……」

 

 そのままあごに手を当てて考え込む。

 

 ……嘘は言っていない。そんなことが描いてある本なんて普通はないし、女同士で話すというのも本当だ。

 

 問題があるとすれば、貴族の矜持がどうこうというものぐらいだろうか。だが、むしろ貴族の方がこういう話が好きだったりするものだ。だから、問題はない。

 

「――どうします? やっぱり恥ずかしいでしょうから無理にとはいいませんけれど」

 

 うんうんと悩んではいるが、ここまで来たら答えは決まっている。

 

「や、やっぱりお願いします。その、シキさんにも喜んで欲しいですし……」

 

 えへへと可愛らしく笑いながら。

 

「――お安い御用です」

 

 本当に可愛い。これは色々と教えてあげないと。

 

 ……ええ、色々と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――他にも口でしたりとか」

 

「え!? ……く、口で……。そ、そんなことまで……」

 

 

 

 

 

「――あと……、好きな人は好きなんですけれど……」

 

 

 

 

 

 

「む、無理です!! それだけは絶対に無理です!! シキさんでもそれだけは駄目です!!」

 

「まあ、無理にするものじゃないので」

 

 ちょっとぐらい悪戯をしてもばちは当たらないはず。なんていったってライバルだし、案外シキさんもそういうのが好きかもしれないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――シキさん」

 

「ん? なんだ?」

 

「え? あ、その――用というわけじゃないんですけれど……」

 

 手持ちぶたさに指を絡ませ、尻すぼみに。

 

「えっと、その、ですね。今夜……」

 

 うー、と唸るようにこちらをじっと見る。

 

「――別に何も予定していないが」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ、まあ……」

 

「じゃあ、良かったら私の部屋に来てください!」

 

 それだけ言うとパタパタと駆けていく。そして、やおら振り返って

 

「――待ってますから」

 

 照れたようにそれだけ言うと、またパタパタと駆けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――へぇ。もう自分から。人間、変わればかわるものですね」

 

 カラカラと笑う。「色々と教えた甲斐があるというものです」――というのは聞こえなかったことにする。

 

「でも」

 

 そっと体を預けてくる。

 

「何もせずにただ一緒にっていうのも、ものすごく贅沢ですよね」

 

「――あ、もちろん……やっぱりはっきりと口に出すのは恥ずかしいですけれど、その、私も好きですよ? だから……最期まで言わせないでくださいね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ねえ、シキ今日は一緒に寝られるのよね?」

 

 ここ最近は毎日の日課になった質問をシキにぶつける。

 

「……今日は、ちょっと用事が」

 

 気まずそうに口にする。

 

「……ふうん、今日「も」いないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――今日も一人かぁ」

 

 ごろんとベッドに倒れこむ。やっぱり一人だと広すぎる。最近は一人で寝ることも多くて、その度に感じる。

 

 シキが今日、どちらの部屋にいるのかは知らない。でも最近は週の半分はどちらかと一緒だ。直接的には言わないけれど、私だって子供じゃない。どういう関係になっていて、男女二人で何をしているかぐらいは分かる。

 

 お姉様とミスロングビル二人というのはどうかと思うけれど、複数とというのはそう珍しくもない。甲斐性さえあれば――そうとやかく言うものでもない。なにより、二人があまり気にしていないようだから。

 

 たまにどちらをと迫ることもあるけれど、どちらかというと二人もただ困らせるのを楽しんでいるようだ。なんだかんだで皆楽しんでいる。

 

 ――私以外は

 

 私はたぶん、シキのことが好きだ。シキは優しいし、頼りになるし、いつだって一緒にいたい。でも、シキに対する好きってどういうものなんだろう? そう考えるとよく分からなくなる。

 

 たとえば肉親に対する親愛のようなものなのか……、それとも、お姉様たちと同じ、愛情なのか。よく分からない。兄のようにも思っている。でも、初めて抱かれるならと思うと、シキ以外頭に浮かばない。他の人なんて考えられない。

 

 結局、私はどうしたいんだろう。今までは独り占めできたけれど、今は違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ま、待ってくれ。誤解だ」

 

「へえ、何が誤解なの? あなたがあの子を見てたのは間違いないと思うんだけどなぁ。違うの?」

 

 ふと、最近聞きなれたやり取りに目をやれば、ギーシュとモンモラシーだ。最近ようやくよりを戻したみたいだけれど、こういうやり取りはやはりなくならないようだ。どうせなら、シキたちもあんな感じでもめればいいのに……

 

「……い、いや、見ていたのは見ていたんだけれど。その、つい、可愛い子がいると条件反射で見ちゃうんだ」

 

「……ふう。ねえ、ギーシュ。何度も言っているでしょう? あなたがそういう人だっていうことはよーく分かってるわ。でもね。二人でいるときぐらいは――」

 

 ゆっくりと拳を握る。

 

「止めろって、言ってるの!!」

 

 言葉と同時に拳がギーシュにめり込む。

 

「……いい加減懲りて頂戴」

 

 ふん、ときびすをかえすと、くず折れたギーシュをそのままに歩き去る。

 

「――ばかねぇ」

 

 全部がそうなんだけれど、少しぐらい隠せばいいのに。いつものこととはいえ、ちょっと哀れだ。自業自得だから可哀想だとは思わないが。でもまあ、多少は言ってあげるのが情けというものだろう。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ギーシュ、生きてる?」

 

 足元に転がったギーシュに声をかける。

 

「……なんとか」

 

 よろよろと立ち上がる。結構いいのをもらっていたが、さっきのやり取りを見る限りいつものことなんだろう。

 

「さっきのやり取りをちょっと聞いちゃったんだけれど、もう少しうまくやれないの? あんまりいいことだとは思わないけれど、もう少し隠すとかあるでしょう」

 

「――できないんだよ」

 

 ポツリとつぶやく。

 

「何言って……。って、ちょっと、何で泣いているのよ!?」

 

「僕だって、僕だってこんなことになるなんて思わなかったんだよ」

 

 そういうギーシュの目には大粒の涙が浮かんでいる。まるで一生の不覚とでも言わんばかりに。

 

「もう、何があったのよ。話ぐらいは聞いてあげるから」

 

「……うぅ。実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 ――知っての通り、僕はギーシュ。女性皆を楽しませる為にいる、バラのような男さ。

 

 聞くのを止めるわよ?

 

 ま、待ってくれ。話はこれからなんだから。

 

 とにかく、ちょっと失敗することもあるけれど、そのことに関しては誇りを持っているんだ。ただ、最近困ったことになっていてさ。

 

「ギーシュ、私のことを本当に好きならこれを飲んで」

 

 そうモンモラシーに薬の瓶を突き付けて言われてさ。最初は毒かと思って焦ったよ。本気で逃げようかとも思った。でも、「別に毒なんかじゃないし、私のことを本当に好きなら害はない」そう言ってモンモラシーが半分飲んだんだ。そこまで言われたら、さすがに飲まないわけにはいかなくて、その場の勢いで飲んじゃったよ。

 

「本当に好きな相手に正直になる」

 

 飲んだあとでそれを聞いたよ。僕がモンモラシーのことを本当に好きかどうかを知りたかったっていうことだから、少し困るけれど、それならそれでいいやって思ったんだ。不安にさせたのは僕のせい、それなら仕方がない。

 

 それに、もし他の女の子に目を奪われた時、本当に好きなのはモンモラシーだってことを分かってもらえるのなら、それぐらいやすいものさ。

 

 ――そう思ってたんだ。

 

 

 

 

 

 

 ――あ、あの子可愛いな

 

そばを通り過ぎていった、緩くウエーブのかかったロングの髪の子、ついそっちを見ちゃったんだ。

 

「ねえ、ギーシュ。今あの子に見とれていたわよね?」

 

「見てました。――すいません、許してください。僕、条件反射で見ちゃうんです」

 

「――毎回言っているわよね。デート中はそんなことしないでって」

 

 その時からさ。モンモラシーから手が出るようになったのは。

 

 

 

 最初はさ、遠慮もあったんだ。それが毎日毎日続くうちに的確、かつ破壊的になってきたんだ。君も見ていたから分かると思うけれど、さっきのなんて、しっかり腰の入った良いパンチだったよね? 僕も見る側だったら、きっと見ていてほれぼれするぐらいさ。

 

 

 

 それでさ……

 

 

「僕どうしたらいいのかなぁ!? つい見ちゃうんだよ、本能なんだよぉ!? このままだと僕、いつか死んじゃうよ!!」

 

 足元にすがりつき、必死の形相で訴えてくる。実際、毎回毎回やられても直らない。本当に本能なんだろう。ついこのまま踏みつけたくなる。だが、馬鹿馬鹿しいが、ちょっと可哀想にも思えてくる。

 

 

「……分かったわよ。モンモラシーにちょっと控えるようにぐらい言ってあげるわよ」

 

「ほ、本当かい!? 頼むよ! いや、お願いします!!」

 

 もうそのことに関してはプライドがないのか、その場で土下座の体勢を取る。よっぽど辛いんだろう。確かに可哀想になってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ねえ、モンモラシー、ギーシュのことなんだけれどちょっといいかしら?」

 

 あまり人に聞かれてもいい話ではないので、ちょうどモンモラシーが一人になったところで話かけた。おあつらえ向きに、人通りも少ない場所でもある。

 

「なあに、ギーシュがどうかしたの?」

 

 さっきギーシュを思いっきり殴ってストレスはなくなったんだろう。不機嫌になるかと思いきや、そんな様子は一切ない。ちょっと拍子抜けだ。

 

「……えーと、どうしたというか、さっきのやり取りを見ていたんだけれど。ちょっとやりすぎかなぁって」

 

「あら、だっていくら言っても聞かないんだもの。それに、ああすれば私もストレスを解消できてそれでおしまいにできるじゃない」

 

「……まあ、そうね。実際言っても治らないものね。本人も本能だって認めていたし」

 

「でしょう?」

 

 ――いやいや、説得されちゃ駄目じゃない。

 

「で、でも……。そう、「正直になる薬」って、言葉はいいけれど、そういうのってやっぱりまずいじゃない。そういうものを使うのはどうかと思うの」

 

 「正直になる薬」、それを聞いて一瞬焦った表情を浮かべる。でも、「ルイズなら問題ないか」とすぐに元に戻る。

 

「私もどうかなって最初は思ったけれど、あの薬ってね、もとから好きな相手にしか効果がないの。だから惚れ薬みたいなものとは違うわ。それに、それってあなたのお姉さまにもらったのよ? 本当、感謝しているわ」

 

 お姉さまに、そう聞いてふと思いつくことがあった。ギーシュのことよりもとても重要なことだ。

 

「ちなみに、何時ごろもらったの?」

 

「……ええと、何時だったかな? 2週間ぐらい前だったと思うけれど」

 

「……そう」

 

 ――ちょうどお姉さまがおかしくなり始めたぐらいだ。

 

 正直になる、まさに今のお姉さまの状態。多分――いや、絶対に自分でも飲んでる。そうでないとあのプライドの塊のようなお姉さまが……

 

 

 

 

 

 ずんずんと廊下を歩いて行く。お姉さまの部屋へと行くのはいつもならしり込みするところだけれど、今回ばかりは違う。だから、歩くのにも自然、力がこもる。おかげで、いつもの半分ほどの時間でお姉さまの部屋の前までたどりついた。いつもなら扉の前に来てもノックするまでに時間がかかるけれど、今日ばかりは違う。

 

 ――コンコンコンコンコン

 

 ……ちょっと叩きすぎた。

 

「……だ、誰!?」

 

 普段ならこんな呼び出し方をされたらその場で怒り出しそうなものだが、今回に限ってそんな様子はない。

 

「私です」

 

「……ちょっと待っていなさい」

 

 しばらくしてようやく鍵が開く。

 

「な、なんのようかしら?」

 

 半分だけドアを開けて、なぜか遠慮がちに口にする。もしやと思って覗き込もうとすると、体でさえぎられた。

 

 ――まあ、大体分かった。

 

「――単刀直入に言います。モンモラシーに渡した薬の解毒薬をください」

 

 それで全て解決する。ギーシュのことも、何より、お姉さまのことも。

 

「……確かに私が作ったんだけれど、どうしても必要なの?」

 

 作った人間まで知っているということで引け目を感じているのか、いつもに比べて随分と弱腰だ。たぶん、お姉さまが飲んでいるのも間違いないだろう。

 

「ええ、すぐにでも」

 

 ――お姉さまに飲ませないと。最近のお姉さまは「本能」にまで正直になり始めているし。

 

「……すぐには無理よ。材料の一つは手配しないといけないし」

 

 チラチラと私の反応を伺っているが、それぐらいで諦めるつもりなら最初から来ない。

 

「すぐに手配してください」

 

「別にそのうち効果も切れるし……分かったわよ、手配すればいいんでしょう?

 

 お姉さまも、私のお願いの視線に折れてくれたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「材料なんだけれど。ちょうど今手に入らないみたい。しばらくは無理そうだから我慢しなさい。ね?」

 

「ちなみに、何がないんですか?」

 

「精霊の涙よ。それが大本になるから、ないとどうしようもないの」

 

「じゃあ、取ってきます」

 

「ちょ、ちょっと、何言っているのよ!? 精霊の涙は契約を交わした水のメイジだけが手に入れられるものなのよ? だからあなたが行ったって……」

 

 お姉さまとしては色々な意味で行かせたくないだろうが、当てはある。

 

「――シキも一緒に行くから大丈夫です」

 

「え? なら私も……。何よ? なんでそんなに嫌そうな顔をするのよ」

 

 今度ばかりは思いっきりつねり上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひゅうひゅうと風が顔を撫でていく。竜籠には何回も乗ったことがあるけれど、今回はちょっと違う。直接竜の背中に乗っている。だから、風を直接体に受けることになる。もちろん、シキが目の前にいるから、そういった意味では随分と楽だ。

 

 今回は、私とシキとタバサ、そして私達を乗せてくれているシルフィードだけだ。タバサも私の頼みなら、シルフィードも行きたいということで二つ返事で引き受けてくれた。特にシルフィードは最近シキと仲が良いようで、よくじゃれている。

 

 ただ、それだけなら良いが、油断できない。韻竜ということで人間の姿になることもできるらしいし、平日には一緒に町に食べに行ったりしているようだ。ついでに人の姿になった時には胸も結構ある。

 

 ――別に、うらやましくはないけれど。

 

 ちなみに、お姉さまも行きたがったが、すぐに戻るということで遠慮してもらった。

 

「――ところで」

 

 シキが口にする。風で聞き取りづらいが、全く聞こえないというほどではない。

 

「何?」

 

「水の精霊っていうのは、どんな相手なんだ?」

 

 ――そう改まって何かと言われると難しい。

 

 直接見たことはないので本からの知識になるが、どうしても相手が相手なので抽象的なものになる。

 

「えーと、何と言えばいいのかしら……。生きた水っていうのが一番ふさわしいのかしら? 高い知能を持った優れた先住の魔法の使い手であると同時に、その体の一部が「精霊の涙」として秘薬の材料にもなるの。普通は先住の民とは相容れなかったりするんだけれど、水の精霊に関してはそういった理由から一定の交友もあるわね。でも、実際に会ったことがあるわけじゃないから……。ちなみにタバサは会ったことがある?」

 

 シキの前に乗っているタバサに声をかける。シキよりも離れているから、心持ち、声を大きくして。

 

「……一度見たことはある。けれど、同じ程度しか知らない」

 

 おそらく魔法を使って声を流したのだろう。別に声を張り上げた様子はないのに、風に邪魔されずにはっきりと聞こえる。もっと詳しいことを聞ければと思ったのだが、知らないものは仕方がない。

 

「会ってみれば分かるのね。だから、そんなこと考えても仕方がないのね。それに、もう湖が見えてきたのね」

 

 途中で割り込んで来たシルフィードの声に下を見てみれば、確かにもう見えてきた。馬だと休み無しで走らせても時間がかかるけれど、もう目に見える範囲で湖が日を反射しているのが見える。

 

 ……ただ何となく違和感がある。空の上からなんて見たことはないけれど、昔見た記憶よりもずっと大きい気がする。子供の時に見たのだから、むしろ小さく感じる方が自然なはずだが。

 

 高度を落として近づくにつれ、その違和感が確信に変わる。やっぱり広がっている。半ば水の中に木が立ち枯れているのだ。それも、古いものではない。少なくとも数年前は地上に生えていたはずだ。

 

 ゆっくりと旋回し、ちょうど湖の近くに開けた場所があったのでそこに降りた。地面に降りて見渡すが、やっぱり数年前までは地上だったと思しき場所まで湖の中に沈んでいる。

 

「――湖が広がるなんてこと、あるのかしら?」

 

 思わず口にするが、実際に目の前にあるのだから、そういうこともあると考えるしかない。それに、今は「精霊の涙」を手に入れることの方が重要、そして、今思ったのだが、そのことに問題がある。

 

「水の精霊にはどうやって会えばいいのかしら?」

 

 水の精霊と契約を交わした水のメイジが必要だということを考えていなかった。シキがいれば危なくなんてないと思っていたけれど、会えなければ意味がない。

 

「心配ないのね」

 

 そうシルフィードが口にする。そうか。韻龍もいわば先住の民のようなもの。だったら関係を持っていてもおかしくはない。

 

「水の精霊なら誰かが近づいたら分かるのね。だから、必要なら向こうから来てくれるはずなのね」

 

 えっへんとばかりに、人の姿なら胸を張っているんだろう体勢をとる。多分、シルフィードにそういうことまで期待してはいけないんだろう。

 

 が、言っていること自体は正しかったらしい。

 

「――そう。いわば湖そのものが我。必要があれば姿も見せよう」

 

 声のする方に目を向ければ、湖の水面にゆらゆらと浮かぶ人型がある。人型と言っても、人間のそれとは全く違う。単純にシルエットとしてなら間違いなく人だ。しかし、ゆらゆらと蠢く水が無理やりその形をとっているだけなんだろう。すこしずつ姿を変えていくように、一定していない。水の精霊ということでもっと美しいものを想像していただけに、裏切られた気分だ。加えて、声を出すときの口を開いたさまはグロテスクですらある。

 

「――かの人修羅とあれば、姿も見せよう。今更我に用があるとも思えぬがな」

 

 ヒトシュラ、一度どこかで聞いたような……

 

「……俺のことを知っているのか?」

 

 シキが答える。そうだ、ずっと前、初めてシキと会った時に、そう呼ばれていたと言っていた。

 

「むろん。我、いや、我らは一にして全。たとえ世界を隔てようとも、アマラでつながる限り、同じこと」

 

「……そういうことか。なら、あの世界のアクアンズと共有しているのか」

 

「完全にというわけではないが、間違いではないな」

 

 ――二人で話しを進めていく。シキはもともと別の世界にいたと言っていた。普段は意識することがないけれど、こうやって全く人外のものと平然とやりとりをしているのを見ると、改めてそうだと感じる。

 

「……ルイズ」

 

「え? 何?」

 

 つい考え込んでしまって反応できなかった。

 

「水の精霊に頼みごとがあったんだろう? 話ぐらいは聞いてくれるはずだ」

 

「あ、うん」

 

 水の精霊は、先住の民の中でも、純粋な生き物とは違う、特別な存在。だから、人間に対しても決して態度を変えることはない。それなのに、シキに対してはそれが当てはまらないように感じる。感じる、だけかもしれないけれど。

 

「――水の精霊よ。あなたにお願いがあるの。私達に精霊の涙を分けて欲しいの」

 

 私の言葉を聞いて、水の精霊がぐにゃりぐにゃりと形を変える。どうやら形を変えることで感情を表しているらしい。それがどういった意味かというのははっきりとはしないが。

 

「――わざわざその為に、か。かの人修羅とあらばここに来ずとも手はあろうに。まあ、いい。」

 

 水の精霊が腕、でいいのだろう、腕らしき部分を私の方へと延ばす。意図を理解して、腕から落ちた雫を慌てて瓶に受け取る。たぶん、これが精霊の涙。精神に干渉する強い力を持つ水の精霊の一部なら、そういった力を持つというのも理解できる。

 

「――用件はこれだけか?」

 

 水の精霊は予想していたよりもずっと親切らしい。もしくは、シキがいるからか。おそらくは後者だろう。でも、せっかくだ。気になっていたことも聞いておこう。

 

「教えて欲しいことがあるの。この辺りの水かさが随分と増えているみたいだけれど、何か理由を知っている?」

 

「むろん。奪われた秘宝を取り戻すため、我が行っているのだから」

 

「えっと、誰かに盗まれたのよね?」

 

「そうだ」

 

「ということは、ゆっくり侵食していけばいつかは見つかるということ?」

 

「そうだ」

 

「ええと、随分気の長い話ね……」

 

「我とお前とでは、時に対する概念が違う。我にとって全は個。個は全。時もまた然り。今も未来も過去も、我に違いはない。いずれも我が存在する時間ゆえ」

 

 まあ、確かにそうなのかもしれないけれど、私にはとても理解できそうにない。

 

「……ところで、奪われたものというのは何だ?」

 

 シキが間に入る。そういえば、その奪われたものとやらを聞いていなかった。

 

「アンドバリの指輪。我が共に、時を過ごした指輪」

 

 その名前には聞き覚えがある。

 

「聞いたことがあるわ。確か水系統の伝説のマジックアイテム。確か、偽りの生命を死者に与えるという……」

 

「ろくなものじゃないな」

 

 確かにシキの言うとおりだ。でも、求める者というのはいつの時代にもいた。偽りの命とは言え、死者に新たな生を与える。不老不死にも通じるそれは、何時の時代の権力者にとっても魅力的だった。たとえ得られる命がどんな形であってもだ。

 

「そう。所詮は仮初の命。だが、死を避けられぬ人の身には魅力的なのであろうよ。我と、不死にも等しい力を得た者には分からぬものではあるがな」

 

 水の精霊がシキに目を向ける。顔がはっきりしないから断言できないが、ここでいう、不死というのはシキのことだろう。

 

「俺も探しておこう。代わりに水かさを増やすのは止めてくれないか? この辺りに住んでいる人間も困るだろうからな」

 

「――承知した。手段はどうあれ、戻るのなら方法は構わない。風の力を行使して奪っていったのは数個体。……確か個体の一人がこう呼ばれていた。クロムウェルと」

 

「――覚えておこう」

 

「ところで、人修羅よ。この世界で何をする。その力があればできないことはない。また世界を滅ぼすも良し、作り変えるも良し……」

 

 一瞬、ぞくりとした。理由は、分からないし、たぶん、知る必要もない。

 

「……言葉が過ぎたな。もう用はあるまい。我は戻るとしよう」

 

 それだけ言うと、もとから何もなかったように水面へ溶けていった。

 

「――さあ、目的のものも手に入った。早めに戻ろう」

 

 シキがくるりとこちらに顔を向ける。優しそうな、いつも通りのシキだ。

 

「う、うん。早く帰らないとお姉さまが待ちくたびれちゃうしね」

 

 ――水の精霊が言ったことって、前にシキが言っていたことだよね。また世界を滅ぼす。またということは……

 

 ……ううん。シキは、シキだよね。最近はちょっとだらしないけれど、優しいし、頼りになるし。例え昔に何があったって。それに、シキの昔の話は本人から直接聞いている。あれは、本当に他にどうすることもできなかった結果だから……だから、仕方がなかったこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――できたわよ」

 

 お姉さまが不機嫌そうに小瓶に入った解毒薬を差し出す。

 

 戻って早速、お姉さまに精霊の涙を渡した。もしかしたら作ってくれないかと思っていただけに一安心だ。あとは……

 

「――ところで、お姉さまはもう飲んだんですか?」

 

 まずはお姉さまに飲んでもらわないと。そうでないとわざわざ取りに行った意味がない。目的の半分以上はお姉さまに飲ませるためなんだから。

 

「な、なんで私が飲まないといけないのよ?」

 

 プイと顔をそらす。いつも通り強情だが、今回ばかりは引き下がるつもりはない。

 

「お姉さま、あの薬飲んでいますよね?」

 

「…………」

 

「飲んでますよね?」

 

「――どうしてそう思うのかしら?」

 

「見れば分かります」

 

「……あなた、最近生意気よ」

 

 ギロリと睨みつけてくる。いつもならここで逃げ出すところだけれど、今回は私の方に分がある。だから、目を逸らさない。目を逸らしたら負けだ。

 

「……随分と意地を張るじゃない」

 

 ふん、と目を逸らしたのはお姉さまが先だった。

 

「じゃあ……」

 

「……飲まないわよ。一言も飲むなんていっていないでしょう。私が良いって言っているんだからいいの。なに、それにも文句をつけるの?」

 

 ――開き直った。いい年をして子供か、この姉は? そんなだから嫁ぎ遅れるというのに……

 

「……分かりました。もう「私から」は何も言いません」

 

 そう、「私から」は。お姉さまがそこまで言うのなら私にも考えがある。

 

「……分かればいいのよ。ほら、早くその薬をギーシュ君に渡してきなさい。全部飲んじゃって良いから」

 

 さっさと行きなさい、と半ば追い払うように急かされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これが!? ありがとう、ありがとう!!」

 

 涙を流し、ガシッと手を握ってぶんぶんと振り回す。

 

「な、泣かないでよ。それより、解毒剤を飲んだからってモンモラシーを悲しませるようなしたら駄目なんだからね?」

 

「分かっているさ、もちろんだとも!」

 

 そう言うと一気に飲みきる。

 

 ――まあ、浮気癖は直らないと思うけれど、少しは懲りたでしょう。いい薬になったろうし、これはこれでいいのよね。あとは、お姉さまをなんとかするだけ。

 

 さて、部屋に戻って早速準備しないと……

 

 お姉さまがどんな顔をするか、楽しみね。

 

 ――そうそう。

 

 シキにもちょっと反省してもらわないと。

 

 うふふふふ、本当に楽しみだわ。

 

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