混沌の使い魔   作:Freccia

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拝啓

ラ・ヴァリエール公爵夫人殿

国家危急との話もある中、いかがお過ごしでしょうか。
伝聞ではありますが、お父様が此度の開戦に伴い奔走し、領地を守るお母様の心労は如何ばかりか、そしてそこに何もできないこの身が情けない限りです。
学院にて学び、微力ながらお手伝いできる日が来るのが待ち遠しいばかりです。




第18話 Malice hurts itself most

さて、この度はそんな中でも非常に喜ばしいことがあったので筆をとりました。

これを聞くに、お母様、お父様の驚く顔が浮かばんばかりです。

 

なんと、お姉さまに好きな人ができました。

妹である私の目にも、こんなに幸せそうなお姉さまを見るのは、初めてではないかと思うほどです。

見ること、話すこと、そんな何気ないこと一つ一つが楽しくて仕方がないという様子です。

 

本当に人を愛するということについては、まだ私には真には理解できないかもしれません。

ですが、その様子は見ているだけでうらやましく、お父様とお母様が出会った時もかくやと思わんばかりです。

そんなに幸せになれる素敵な恋、私も早く見つけたいものです。

 

しかしながら、そのことに関してもう一つ、お母様にはお伝えしなければならないことがあります。

お姉様は、本当に幸せそうです。

険のある表情をされることも少なくなり、それは妹である私にとっても嬉しいばかりです。

 

ただ、それでもわきまえるべきはあります。

若輩者である私が言うのはお門違いかと思われるかもしれません。

ですが、お母様が見ても同じ感想を持つのではと思います。

それほどまでにお姉さまは、私が使うにふさわしい言葉ではないかもしれませんが、あえて一言で言うのなら、節操がなくなりました。

 

その好きになった方の部屋を毎夜訪れる。

私とて、何時までも子供ではありません。

何のためかということぐらいは分かりますし、好きであるもの同士であるのならば、そういった感情を持つのも仕方ないのではということを思わなくはありません。

ですが、一般の民であるならばともかく、ヴァリエール家は由緒正しき血を伝える一族です。

おのずから、そこには民の見本となるべき責務があります。

 

おそらく、お姉さまはこのことはもちろん、好きな人ができたということも、お父様にもお母様にも伝えていなかったことでしょう。

両親の許しを受け、正式に婚姻を結んだのであるのならともかく、これはいかがものかと思います。

一度、しっかりと話す必要があるはずです。

 

そして、お姉さまが懸想する相手方にも言うべきことがないではありません。

そもそも、その人物というのは、何度か手紙にて記しました、私の使い魔となったシキです。

お母様もご存知の通り、使い魔としてではなく、一人の個人としてみるべき人物です。

貴族ではないながらも、類まれな魔法の才を持ち、姉のこと、そして私のことを大切にしてくれています。

朴訥ながら、人柄としても十分に信頼できる相手です。

余計なしがらみもないので、姉との関係について自由な感情を持つことは当然ですし、今の関係については、むしろ姉から求めたものです。

そこに責めるべきものはなんら有りません。

 

しかしながら、それとは別に非常に大きな問題があります。

なんと、関係を持っている女性が我が姉だけではないのです。

おかしなことかと思われるかもしれませんが、その相手には、私も面識があります。

 

その人物もまた、女性として、人としてとても尊敬できる人物です。

知的で女性的な魅力に溢れ、そこに魅かれるというのは分かりますし、そこは私も故なきことではないと思います。

しかしながら、それが複数の女性と関係を持つ理由にはなりません。

 

確かに、事情はよく分からないのですが、その一人の男性に対して好意を持った二人とも、そのような状況を受け入れている節はあります。

それでも、最初からそんな関係であるというのは、常識からは外れたことではないでしょうか。

今は、表面上は何も問題がないように過ぎております。

ですが、いつかはそれが対立、そして姉の不幸になるのではと、私は心配でなりません。

 

その思いから私は筆をとり、いわば告げ口という後ろめたい行為でありながらもそれをせずにはおられません。

このような状況に対し、恥ずかしながら私ではまだ子供です。

誰かとそういった関係になったこともありません。

私も、一度は姉に進言しました。

しかしながら、愛の前にといわれれば、それ以上何も言うことはできないのです。

 

ですが、それでも私はなんとかしたいのです。

どうかよき知恵を授けていただけないでしょうか。

今からでは遅いかもしれません。

それでも私は姉の幸せを願っているのです。

 

敬具

 

 

 

 

「姉を心配する」手紙を出した後、わずか数日で返事が来た。お母様もそれだけ重要なことだと思ってくれたということだろう。非常に頼もしい限りだ。

 

 ベッドに腰掛け、その手紙の封を切る。内容としては便箋の半分にも満たない、非常に簡潔なもの。でも、それで十分。

 

「――あらあら、お母様が直接学院にだなんて。私は助言だけでも十分だったのに」

 

 知らず笑みが浮かぶ。口元をゆがめた、歪なものかもしれないが。

 

 まあ、誰にも見られていないのだから大した問題ではない。それに、悪巧みの類なのだから、むしろ当然の反応だ。

 

「さて、来るのは、――あら、明日じゃない。そうねぇ、お姉さまたちには、明日伝えればいいかしら?」

 

 目を閉じれば、お姉さまたちの慌てふためく様がありありと浮かんでくる。もちろん、非難されるかもしれないけれど、いつかは分かること。ただ単純に、それが遅いか早いかの違いだ。ならば、むしろこれは感謝されてしかるべきことだろう。

 

「――うふふ、あはははははははははははっはっははあはははっは」

 

 しぃっかり反省しないとね。やっぱりおかしいもの。お姉様もね、あれじゃ発情期かと言いたいぐらい。

 

 それにシキ。姉様とミス・ロングビル、確証はつかんでいないけれど、キュルケにも手を出している可能性がある。もっと言うなら、しょっちゅう町にも出かけているから、外でも。

 

 シキのことは信じている。けれど、はっきり言ってそのことに関しては全く信じられない。むしろ、いつどこから「シキの子供」というのがでてきてもおかしくはない。

 

 なにより、何で私だけはいつまでも子供扱いなのか。胸に関してはお姉さまとそんなに変わらないのに。

 

 ……いやいや、そういう話じゃない。とにかく、二人にはしっかり反省してもらわないと。

 

 ――ああ、明日が楽しみ。

 

 

 

 

 

 

 

 枝葉の間から、空を駆けるその姿が見える。今日は、変わった人が来たようだ。その人は、真っ赤というには少しだけくすんだ赤土色の、ライオンのような獣に乗っている。

 

 ただし、ライオンのようなというだけで、全く別の生き物らしい。顔つきは人のようだったし、何より、ライオンに羽はない。蝙蝠のような皮膜に包まれた羽を羽ばたかせ、真っ直ぐに学院の方向へと向かっている。

 

 ごくごく稀に、人が乗ったかごのようなものを下げた竜や、訓練中らしい竜と騎士とが近くを通ることはあった。とはいえ、目の前まで通りかかることはこれまでなかった。さて、この人は学院へと向かうのだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごうごうと風が頬を撫でる。動きやすい服装であるが、愛用していた隊服ほどではない、そもそも空を駆けることが前提ではないので、ばさりばさりと風にあおられる。

 

 もちろん魔法で風を受けないようにもできるが、あえてそうはしない。久しぶりに愛騎に跨っての遠出なのだから、風の感触と、そして、愛騎の乗る感覚を感じていたい。馬とは違うその背は跨るのに適しているとは言いがたいが、長年のことだったので、すっかりこの体になじんでいる。久しぶりに体に感じる、羽ばたくたびに伝わる筋肉の動きも、懐かしくてなんだかむず痒いほどだ。

 

 力強さという意味では昔に比べれば多少衰えたのかもしれない。しかし、私自身に比べればそれは些細なものだろう。私はここまで来るだけで少々疲れてしまったが、この子はまだまだ余裕がありそうだ。それを思うと、私も負けてはいられない。

 

 遠く、城壁が見えてきた。緩やかな弧を描いたその中に、中心部の尖塔、そしてそれをぐるりと囲むように大小さまざまな建物が並んでいる。大きなものが学び舎、その次に大きな、少しだけ距離をおいた二棟の建物がきっと寮だろう。ルイズと、少し前からエレオノールが暮らしているのがそこだと思うと、なんだか感慨深い。

 

 そして、少しだけうらやましく思う。私自身の少女時代が決して退屈なものだったとは思わないが、それとは違う、同年代に囲まれた生活というものもきっと得るものは多かっただろう。今ちょうど学院に通っているルイズには、それを知って欲しい。母として、それは正直な気持ちだ。

 

 魔法の使えないルイズにはきっと辛いこともあるだろう。それでも、それが今の貴族社会の姿。ならば、そこでルイズは生きていかなければならない。こればかりは手助けすることはできないし、魔法の才に恵まれていた私には、本当にルイズのことを理解することはできないだろう。

 

 だから、それにはルイズ自身で折り合いをつけなくてはいけない。そして、沢山の出会いのある今、ルイズ良き理解者になってくれる友人を見つけなくてはいけない。

 

 だが、少なくとも後者に関してはもう、その心配はしていない。

 

 学院に入ってからのルイズの手紙は、どこか無理している様子がありありと見て取れた。貴族たるべく、楽しむのではなく、常に闘っているようだった。

 

 それが、いつしか過去のものとなった。ここしばらくの手紙は、誰かとどこそこへと行った。そんな歳相応の姿があった。

 

 そして、その中には対等に付き合える友人の姿もある。お互いに助け合っているタバサという子、確執はあるけれど、なんだかんだで友人としてうまくいっているらしいツエルプストー家の娘。そのきっかけになったルイズの理解者。ずっと、ずっと無理していたのは知っていたけれど、きっともう心配要らない。

 

 それとは別の問題は、私がなんとかできる範囲だろう。

 

 そして、エレオノール。随分と楽しく過ごしているようだ。親としては、複雑ではあるが。

 

 ――と、もう学院の目の前だ。

 

 さすがに、いきなり来て学院へ空からというのはあまり好ましくない。マンティコアともなれば、生徒を驚かせてしまうだろう。すでに意図は察してくれているので、使い魔は一心同体、手綱を引かずとも、ゆっくりと高度を下げる。

 

 それに、ずっとついてきている鳥がいる。後ろに視線をやれば、梟だろうそれは、ずっとこちらを伺っている。誰かの使い魔だろうが、こんな時間からとは、意図はともかく、随分とご苦労なことだ。

 

 意図については、主人に聞けばいい。まるで知っていたかのように、学院の前から真っ直ぐにこちらを見ている男性。それがきっと主人だろう。

 

 

 

 

 

「わざわざ私の前に下り来てくださるとは、随分と親切ですね」

 

 地上に降り立ったところで、その男性がにこやかに話しかけてきた。

 

 二十台半ばと思しき、なかなかの美貌の持ち主だと言えるだろう。邪魔にならぬよう丁寧に整えられた金糸の如く流れる髪と、白い、文字通り透き通るような肌。神官服と思しき、中心の白地部分に銀の十字架をあしらった鮮やかな赤の貫頭衣、腰に刺した剣というのが少々奇抜だが、戦士の風格もたたえるその姿は、私にとっては軟弱なだけよりも好ましい。

 

 それでいて、その身にまとう空気はまさに聖職者のもの。普通、聖職者といっても、案外世俗的なものだ。最初はどうかしらないが、時を重ねるうちにそうなるものらしい。

 

 だが、目の前の人物にはそれがない。まさに聖職者のあるべき姿と言えるだろう。服装からすればロマリアの神官とは異なるようだが、さて、どういった人物だろうか。

 

「理由は分かりませんが、わざわざ私を待っていたとなれば無視するというわけにはいかないでしょう」

 

 男が微かに笑う。

 

「いえ、大したことではないのですよ。門番の真似事なんてことをやらせていただいておりましてね。武勇にすぐれそうな方がいらっしゃった時には、必ず会うようにしているのですよ」

 

 にこやかに、よどみなく答える。しかしながら、その内容はどうにも解せない。

 

「学院ではいつからそんなことを? 近頃は物騒になってきたとはいえ、学院をどうこうしようという人はいないはずでしょう」

 

「ああ、そのことですか。そうおっしゃられるのも当然かもしれませんね。実のところを言えば、私は学院自体とは無関係なんですよ。ですが、どうにも過保護な方がいらっしゃいまして」

 

 男が少しだけ困ったように笑い、少しおどけたように続ける。

 

「門番の真似事も基本的には不要なんですけれど。まあ、とはいえ、つい先日ちょっと物騒な方々がいらっしゃいまして、全くの無駄というわけでもないんですよ?」

 

 その言葉に、目を細める。

 

 もう一度、目の前の人物を見てみる。ずっと浮かべているにこやかな表情。透き通るような声と、私が知るどの神官よりも神官らしい穏やかな空気。悪意も、嘘をついているようにも感じられない。

 

 しかし、嘘をついているというわけではなさそうだが、おかしい。物騒なことがあった、それが私の耳に入らないということもおかしいし、なぜそれで目の前の神官らしき人物が門番のようなことを行う。誰がそんなことを行わせる。

 

「はて、そんなことがあったということは聞いていませんね? 事実なら、いくらなんでも私の耳にも入っているはずですが」

 

「いやいや、全く手厳しい。確かに、私達で処理してしまいましたしね。そこは適当に聞き流していただいて結構ですよ」

 

 どことなく不穏当な印象を受ける言葉ではあるが、にこやかな表情には全く変化がない。何かを考える様子もない。表情を除けば、ずいぶんと無機質な反応だ。

 

 いや、さっきから変化のないその表情も、ある意味、無表情と同じ種類のものなのかもしれない。この反応は、やり取り自体に大した意味を感じていないということだろう。たとえ、どういった返答であろうと構わないという。

 

 ――それに、私「達」ね。

 

「まあ、その辺りは言っても判断のしようがありません。しかしながら、個人的には気に入りませんね。いきなり門番云々、更には別に見張っているものがいるというのは。これでも風のメイジの端くれ。隠れているものがいるかぐらいはわかります」

 

 そこで初めて、ほんの少しだけ表情の変化があった。そして、草を揺らす音があった。

 

「――隠レテイタツモリハナイガ、マア、結果ハ同ジカ。アマリ良イ気ハシナイダロウナ」

 

 草陰から、くぐもった声が聞こえる。そして、視界の端にその姿が映る。ゆっくりと、その足先から。

 

 筋肉で引き締まった体が滑らかな曲線を描き、その上を幾分不釣合いな、触れれば怪我をしそうな硬質な毛皮とたてがみが覆っている。見た目にはオオカミか獅子か、全くの異形というわけではない。

 

 しかし、牡牛かと思うばかりの大きさだ。草陰から最後に、蛇を思わせる、のたうつ尾がゆらゆらと揺れている。

 

 初めて見るが、喋ることいい、歳を経た相当高位の幻獣だろう。

 

「それがあなたの使い魔ですか?」

 

「いえいえ、同僚のようなものですよ。私と同じく門番なんてものをやっています」

 

 なんでもないことのように言ってのける。

 

「で、従わなければ力づくで、ですか?」

 

 目の前の男性と、後ろの獣を交互に見やる。男性の方はよく分からないが、獣の方は人など触れるだけで引き裂いてしまうだろう。

 

「――まあ、今更言っても仕方がありませんね。確かに仰るとおりです。ですが、はっきりと敵対されればともかく、私達も争いごとが好きなわけではないんですよ。少々お時間はとらせてしまいますが、目的とそれさえ証明できれば何も邪魔立てなどするつもりはありません。お互い手っ取り早い方が良いでしょう?」

 

 空気が変わる。男は笑顔のままではあるが、与える印象は正反対に。

 

 言葉通り、もう隠す気はないということだろう。さっきまでの穏やかさがまるで別人のように、威圧感に包まれる。私にここまでの威圧感を感じさせる相手。

 

 ――おそらくは

 

「まあ、私もいきなり来たようなものですしね。あなた方が誰かはともかく、それくらいは構いません」

 

「ご協力、感謝します」

 

 一瞬前の出来事がまるで嘘のように、にこやかな笑みを浮かべる。ここまで鮮やかに切り替えられる。断れば切り捨てることに、何の戸惑いもないだろう。

 

「目的は大したことではありません。そう、ルイズとエレオノール、娘達に会いに来ただけです。――さて、何か問題がありますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お姉様を見つけて、自然と笑みを浮かべてしまった。ただ、はたから見れば、にこにこと言うよりは――どちらかというと、にやにやとした方が表現としてふさわしいかもしれない。だって、お姉様が慌てる様しか頭に浮かばないんだもの。

 

「――なに、下品な笑いかたをしているの?」

 

 開口一番、お姉様につねり上げられた。多少は自重すべきだったかもしれない。

 

「お、お母様から手紙があって」

 

 つねられて、熱を持った頬を押さえる。

 

「――ふうん、それで?」

 

「お母様が学院に来ると」

 

 その言葉にいぶかしんでいるのが分かる。少なくとも、お姉さまが学院に通っていたときにもお母様が来るということはなかったはずだから。

 

「何でわざわざ学院に。お父様が戦争にかかりっきりで、領地の管理で手が離せないはずだけれど。まあ、いいわ。それでいつ?」

 

「――今日です」

 

「はあ? なんで、そんなに急に!?」

 

「――さあ、何ででしょうね」

 

 わずかに唇の端をあげ、笑みを浮かべる。いや、あざ笑うというのがよりふさわしいかもしれない。自分でも分かっているから今度はつねられる前に距離をとる。

 

「――だからその下品な笑い方は止めなさいって言っているでしょうが。それになに? なんか馬鹿にされているみたいなんだけれど? 言いたいことがあるならさっさと言いなさい。聞くだけは聞いてあげるから、聞くだけは」

 

 私が逃げたせいで振り上げたままになっていた手をひとまず下ろし、睨みつける。思わず逃げ出したくなってしまったけれど、ちょうどいい。この際お母様と話す前に言うべきことは言っておこう。

 

「じゃあ、言わせてもらいます」

 

 意思を決め、睨みかえす。普段ならそれだけでもつねりあげられるところだけれど、本当に聞くだけは聞くということのようだ。ずっと、ずっと言いたかったことだ。あとがどうなれ、言うべきだ。

 

「毎日毎日、シキさんシキさん。夜になればなったで私の部屋にいたシキを呼びにきたり……。さっき私のことを下品だと言いましたが、その方がよっぽど恥ずかしいんじゃないですか? そんなの、夜這いと一緒じゃないですか」

 

 自分でも分かってはいるんだろう。うめき声を上げて目を閉じる。いつもなら力づくでどうにかしようとするのに、それがなくて。そうして、ようやく口を開いた。

 

「――そうね、でも、それがどうかしたかしら?」

 

「え?」

 

 帰ってきたのは予想とは随分と違う言葉だった。

 

「たしかにあまり褒められたことじゃないかしらね。でも、何か問題があるのかしら? それくらいシキさんのことが好きだもの。夜這い? いいわよ、言われたって。好きなら当然でしょう」

 

「う。だ、だからって変な薬に頼ってまで……」

 

「それでも好きなんだからいいでしょう。それに、薬の効果なんてもうほとんど切れているはずだもの。だから、私は私が本当にそうしたいからそうしているの。たとえ誰になんと言われようとも、止める気はないわ」

 

 真っ直ぐに私を見ている。

 

 根負けしたのは、私が先だった。

 

「お母様にも、同じことが言えますか?」

 

「……その為にお母様を呼んだのよね。いいじゃない、いつかは言わないといけなかったもの。ちょうどいいわ。シキさんにも少しははっきりしてもらいたかったところだもの。の、望むところよ」

 

 顔を青ざめさせているが、曲げる気はないようだ。そんな返事がくるとは、思わなかったのに。

 

 そもそも、どうしたかったんだか。

 

「シキさん。ちょうどいいところに……」

 

 ふと聞こえたお姉さまの声が尻すぼみになる。

 

 視線の先に目をやれば、私達を探していたのか、こちらに歩いて来ているシキがいる。ただし、女の子と一緒に手をつないで。

 

 年のころは12、3ぐらいとまだあどけなさが残っている。ほっそりとした体に黒いワンピース。どことなくくすんだ金色の髪を両端でまとめ、病的に白い肌、切れ長の目はどこか眠そうで不機嫌な印象も受ける。非常に整った顔立ちをしているが、どこか不健康そうでもある。

 

 それはそれとして

 

「「また女の子を連れて」」

 

 出てきた言葉は、お姉さまと全く同じだった。

 

「……なんでそんなに信用がないんだ?」

 

 表情を見るに、自分が悪いという考えは全くないようだ。お姉さまも相当なものだが、シキも負けていない。ちょうどいい。シキにも言うべきことは言っておこう。

 

「普段の行動を思い返したら? 私だって子供じゃないんだから。お姉さまとミス・ロングビルととっかえひっかえ。私と一緒に寝るのって週に二回ぐらいだからそれ以外は一緒なんでしょう? ああ、そういえばタバサの使い魔の子ともなんだかんだで仲がいいのよね。しょっちゅう街に出ているのだって知っているんだから。で、それでもそんなこと、言えるのかしら?」

 

「あの人だけかと我慢していたけれど、そう言われれば……。シエスタを部屋に呼んだ時にも話しかけようとしてたっけ……」

 

 お姉さまが力なくつぶやく。

 

「――シキ、ちょうどいい所に来たわ。今日、お母様が学院に来るの。シキももちろん同席するわよね?」

 

「――俺も、か?」

 

すでに足が一歩下がっていたが、何を言っているんだろうか。

 

「当然でしょう」

 

「シキさん、ちょうどいい機会だからしっかり話しましょう。お母様が来る前に」

 

 覚悟を決めたお姉さまがシキの右手を掴む。

 

「私もシキには言いたいことあるの。一緒にいる子のことも含めて」

 

 私がシキの左手、女の子と手をつないでいる方の手をとる。

 

「――私、どうしましょうか?」

 

 つないだ手はそのままに、女の子がシキに話しかける。困ったような顔をしているが、こんな状況でも目は眠そうなままだ。

 

「……あー、ウラルは、ウリエル達にしばらく『任せた』と伝えてくれ」

 

 

 

 

 

 比喩でもなんでもなく、ずるずると二人に引きずられる。二人の母親が来たということを聞いて、多少は嫌な予感がしていた。今まで干渉がなく、それなのに今の状況になって初めて。答えは一つしか思いつかない。

 

 エレオノールとロングビル――いや、マチルダ。二人が今の状況で満足だと言ってくれていたから、それに甘えていた。二人はそれで良くても、親からしたらどうだろう?

 

 人間だかもよく分からない相手で、なおかつ二股――それで何も言わないほどあの二人の母親が大らかだということは絶対にありえない。

 

 どうする。

 

 どちらかを選ぶ?

 

 ――無理だ。

 

 それができるのなら、そもそもこんな状況になってはいない。いや、現時点で二股になっているんだから、そういう問題じゃない。

 

 ならば、二人とも愛していると正直に。そうだ、地球では一夫多妻制というものがあるというのはどうだ? 少なくとも嘘ではない。しかし、嘘ではないがこの世界の常識としてはどうなんだろうか?

 

「――シキ! ぶつぶつ言ってないでちゃんとまっすぐ歩いてよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確認しに行ったという少女が戻ってきた。梟の姿から人の姿へというのは正直驚いたが、使い魔の、更にその使い魔ですら普通とは違うということだろう。ルイズが呼んだモノがどれほどのものかは分からないが、王宮からの「無用な干渉をするべからず」との厳命もうなずける。

 

 エレオノールも、大変な相手に惚れたものだ。

 

 

 

 

 

 

 ウラルが話を聞いて戻ってきたが、予想とは随分違う返事だったようだ。「しばらく任せた」、本当に母親だということは間違いないと思っていいだろう。それでいてしばらくは、と。

 

 直接聞いているわけではないが、今の、ありていに言えば女性関係を全く知らないわけでもない。ようは、時間稼ぎをということだろう。

 

「――それで、確認とやらはとれましたか? 『娘達』のことを守っていただくというのはありがたいのですが、私としては早く会いたいものですから」 

 

 あまり気が長くないのか、少しばかり不機嫌な様子が伺える。加えて、最初にあったようなひるんだような様子はない。やっかいなのは、こちらが手出しできないということをすでに理解しているらしいこと。

 

 面倒だと分かったのか。ケルベロスの方は早々に逃げだした。

 

 ――あの犬め。

 

 普段ならば絶対に出てこない言葉が頭をよぎる。

 

 とはいえ、どうしたものか。

 

 力づくでというのは論外。説得するにも、良い材料はない。そもそも、わざわざ来た理由を考えれば、時間稼ぎというのも良い印象を与えるはずがない。行うべきは時間を稼ぐことと、できれば機嫌良く話せるようにしておくこと。

 

 まあ、やれる範囲でやってみましょうか。

 

「ちょっと手間取っているようでして。そうですね、お茶でもいかがでしょうか?」

 

「せっかくのお誘いですが、それでしたらなおさら娘達と楽しみたいものですから」

 

「そうおっしゃらずに。珍しいものがあるんですよ。とても『美容』に良いもので、なにしろ、飲んだだけで若返るというぐらいですから。効果のほどは私が保証しますし、試してみるだけでもいかがですか?」

 

 ――若返り、その言葉にわずかに反応を示す。

 

 それは、女性である限り、抗いがたい魔力を持っている。それが限りなく本物の可能性が高いとなれば、なおさら。

 

「準備にもそう時間がかかるわけでもないですから。先ほどのお詫びも兼ねてと思ってください」

 

「――そういうことでしたら、無碍にするというのも失礼な話ですね」

 

 とりあえずは、これで十分だろう。それ以上は本人同士の問題で、そこはなんとかしていただきたい。それ以上は、私も席をはずすつもりなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこにあったのは沈黙だった。

 

 最初に一言二言話した後、誰も口を開かない。思ったよりもお母様が穏やかではあったが、それもささいなことだ。テーブルの上の紅茶も、何時の間にやら湯気を上げなくなった。

 

 いや、シキとお姉様のを除いてだ。沈黙に耐えられなかったのか、すぐに飲み干してしまい。二杯目の紅茶がゆらゆらと湯気を上げている。

 

 席についているのは私と、顔色の悪いシキにお姉様、反してやけに肌つやの良いお母様、そして関係者ということでミス・ロングビル。ああ、あとはシキと一緒に来た女の子、ウラルと言ってたかしら。

 

 たまにシキと一緒にいる、ウリエルと名乗った男性が置いていった。女の子はすがりつくような視線を送っていたけれど、そそくさと去っていった。優しげに見えて結構外道だと思う。

 

「……なんで私まで」

 

 ぼそりとミス・ロングビルがつぶやくが、もちろん関係者の一人だからだ。

 

「……私、関係ないのに」

 

 ウラルという子がつぶやく。この子は、関係者なんだろうか? 最初に見たときもなんだか不健康そうだったが、今では本当に病気のようだ。こちらはちょっと可哀想だったかもしれない。

 

 そんな状況なので、もっとも口火を切るべき二人、シキとお姉様に皆がちらちらと視線を送るが、二人ともひたすらに紅茶を飲んでいる。もうすぐ三杯目に突入するかもしれない。

 

「――まあ、お茶を飲みに来たわけではないですから。それで、あなたがシキさんですね? 話は聞いています」

 

 やはりというか、痺れを切らしたのか、お母様が口火を切ることになった。

 

 シキと実際に会うのは初めてのはずだ。シキの話は色々と出ているようだけれど、そこはさすがお母様、冷静だ。向かう側になるとお姉様以上に怖いけれど、今日、この場に限ってはこれ以上頼もしい味方はいない。

 

「――そうそう、門番というのはあなたがさせていたんでしょう? 結構な歓迎をいただきました。害があるわけではないでしょうが、独自にやるにはいささかやりすぎかと思いますね」

 

 意図した本題ではないようだが、なんのことだろう?

 

「――そうだな。しかしまあ、結果論だが、ここを襲いに来た人間がいたんだ、全くの無駄でもなかった」

 

 ようやくシキがまともに口を開く。

 

 しかし、初耳だ。少なくともそんなことは聞いていなかった。言葉通りに捉えるなら、夜盗の類が来たということだろうか。学院を襲いくるなんて自殺行為もいいところだ。先生方は高位のメイジばかりだし、生徒も皆貴族。よっぽどの大戦力か、最精鋭でもなければ無謀もいいところだ。

 

「門番の方もそんなことを言っていましたね。なんでも内々に処理したとか」

 

 ああ、フーケのことだろうか? 学院内でという意味でなら確かにその言い方で間違いはないが、シキにどうこう言う話でもないように思う。見れば、お姉様もミス・ロングビルも怪訝そうにしている。

 

「話を聞いただけだが、ウリエル達――この子を含めた門番達で処理したと」

 

 ウラルに視線をやり答える。さっきの男性を含めて、門番というには少々頼りないようだが、シキが門番というから、そういうものなんだろう。

 

「……そうですか。随分と頼りになる部下をお持ちですね。まあ、そこはあまりどうこうと言うつもりはありません。そういったことについては干渉しないよう厳命されていますから。ただ、私も『歓迎』を受けることになったので、個人的に一言言いたかっただけですので」

 

 言葉にどこか棘がある。シキが一瞬顔を引きつらせた辺り、あまり穏やかでないことをやっているのかもしれない。おそらくは、私達のためなんだろうけれど……。

 

 それと、干渉しないように。これもまた初耳だ。厳命というからには国からということだろう。なぜ――いや、アルビオンでのことを含めて考えれば当然か。何をしたかはともかく、『誰が』というのは分かっているはずだから。

 

「……できるだけ、穏便に済ませるようにする」

 

 シキがようやくそれだけ口にする。

 

「それで、十分です。もともと、そんなことを言うつもりはなかったので。そもそも、今日は母親として来たのですから」

 

 シキと、お姉様の動きがぴたりと止まる。皆の視線が二人に集まる。ウラルは心配そうに、ミス・ロングビルは面白そうに。

 

 しかし、ミス・ロングビル、この人はどうしたいんだろうか? シキのことが好きなんだということは分かるけれど、どうにも一線を引いたところがある。まるで、シキがお姉様とくっつくのならそれでもいいというような。私にはどうしてもそこが分からない。

 

「私が聞きたいのはまず一つ。どうして今のような関係になっているのですか?」

 

 シキとお姉様とミス・ロングビルの関係。そのことはお母様に手紙で伝えているし、それを知っているということも、シキとお姉様はすでに理解している。さて、どう答えるだろうか。

 

 二人を見れば、目を泳がせている。

 

「――今のような関係というのは、私達の関係のことですよね?」

 

 なぜか、この場ではあまり積極的には関わらないと思っていたミス・ロングビルからだった。沈黙から肯定と受け取ったのか、更に言葉を続ける。

 

「今のような関係になったのは、まず第一に、私もエレオノールさんもシキさんのことが好きだからですよ。私とシキさんが、まあ、有体に言えば男女の関係になって。それでもエレオノールさんがシキさんのことが好きだというのは関係ないですからね。私が勧めたんですよ。本当に好きならちゃんと伝えるべきだってね。その結果が今ですね」

 

「――あなたは、それで良かったんですか?」

 

 何かを思い出すような、何かを懐かしむようなお母様が尋ねる。ただ、なぜそこでそんな表情を浮かべるのか分からない。普段のお母様ならばっさりと切り捨てるはずの言葉だ。

 

「私ですか? ええ、構いませんよ。たとえシキさんがどちらを選んでも恨むつもりはないですし。別に、二号さんでも、私には十分ですから」

 

 きっぱりと口にする。こちらも、私には分からない。なんで好きなのにそんなことを言えるのか。

 

「――そうですか。では、エレオノール。あなたはどうですか? 今の関係について、どう思っているのですか?」

 

 お姉さまが一瞬だけシキを見る。

 

「……私には、シキさん以外は、考えられません。他に好きな人がいても関係ありません。私が――愛していることにはまったく関係ありませんから」

 

 たどたどしくはあるけれど、はっきりと口にする。

 

「そうですか。まあ、私の娘ですしね……」

 

 お姉様の言葉にも、やけにあっさりとした反応だった。むしろ、仕方がないと納得しているようですらある。

 

「……シキさん。あなたはエレオノールを、いえ、二人を真剣に愛していますか?」

 

 ただ、静かな声で質問する。そこには、純粋に確かめたいという想いしか見えない。

 

 何か、違うような気がする。もっとこう、他に言うべきことがあるはずだ。シキの二股しかり、お姉様の行動しかり。

 

「俺は……」

 

 シキがお姉様と、ミス・ロングビルを交互に見やって口ごもる。何かを考え、そうしてようやく口にする。

 

「二人のことを、愛している。二人とも幸せにしてみせる」

 

 ようやくまっすぐに見て、きっぱりと言い放つ。

 

 ――えーと、三人とも開き直った?

 

 ちょっと、待ってよ!? 何よそれ!? お姉様、最初から二股オーケーって!? ミス・ロングビル、二号さんってそれでいいの!? 何より、シキ! 母親相手に二股しますって、なんてこと宣言してるの!?

 

 恐る恐るお母様を振り返る。全くの無表情だ。だからこそ、怖い。

 

「――皆で了解済みですか。それなら私が口出しするようなことではないですし、そもそも私にとやかく言う資格はないですしね。まあ、父親が、少なくとも公爵としてどう受け止めるかとは別の話ではありますが」

 

 それなのに、随分あっさり口にする。思わず机を叩き、立ち上がる。

 

「ちょっと待ってください。了解済みだからってやっぱりおかしいです。最初から複数となんて……。それにここはカッタートルネードとかじゃないんですか!?」

 

「さっき言ったでしょう。結婚云々は公爵が判断すること。今回はあくまで母親として確認したかっただけです。感情は抑えられないもの。その感情が本物なら私は否定するつもりはありません。身分だとか、亜人だからということは、些細なことです。相容れないかどうかぐらい実際に話してみれば分かります。それに――エレオノールの歳も考えなさい」

 

 その『歳』という言葉にお姉様と、なぜかミス・ロングビルがうめき声を上げる。

 

「もう27でしょう。その歳で初めて本当に好きになった。今後はもう可能性はないでしょう。夜這い云々は――あとでエレオノールと二人できっちり話します。もちろん、シキさんにもエレオノールの『母親』として少々話はあります」

 

 あとできっちり、その言葉にお姉様とシキが顔を青ざめさせる。でも、それだけ? いや、夜這いと二股のことをきっちり注意してくれるんだろうけれど、何かが違う。

 

「――それよりもルイズ」

 

 なぜか私に、体の芯から底冷えするような声がかけられる。

 

「私はあなたの方が問題だと思っているのです。なぜだか分かりますか?」

 

 今までとは違い、そこにははっきりと感情が見て取れる。それも、本来ならシキ達に持ってしかるべきものを。

 

「え、え? わ、わかりません……」

 

「そうですか。では一つ一つ教えてあげましょう。まず一つ。私に出した手紙。あれには悪意しかありませんでした。しかも貴族にあるまじき姑息な。二つ。人の恋路を邪魔するというのは無粋にもほどがあります。そして最後に、さっきの発言。いきなりカッタートルネード? あなたが私のことをどう思っているか、よく分かりました」

 

 浮かべたのは笑みだった。ただし、あえてもう一つ付け加えるなら、壮絶なとつけるべき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――遠く、幻視した。

 

 温かくふりそそぐ光。

 

 そのなかをゆっくりゆっくり空から降りてくるこども達。

 

 背中にある小さな羽がとても可愛らしい。

 

 目を閉じれば、様々なことが浮かんでくる。

 

 いつもいつも魔法を失敗して、メイドたちにすら馬鹿にされて。

 

 それが嫌で毎日毎日練習しても、結局は失敗してその繰り返し。

 

 だから、シキを呼べた時はすごくうれしかった。

 

 それは最初ははずれかと思ったけれど、なんだかんだで初めて成功した魔法だったし。

 

 後にはなるけれど、何より、シキがすごい人だって分かったし。

 

 ああ、シキを呼んでからはすごく楽しかったな。

 

 すごく安心できたし、なんだかんだで友達もできた。

 

 私の人生の中でも短い時間だけれど、毎日毎日色々なことがあった。

 

 ふわりと体が浮かぶ。

 

 目を開けると、さっきの子供達がそばにいる。

 

 ああ、これが空を飛ぶ感覚なんだ。

 

 一度ぐらいは、自分で飛んでみたかったな。

 

 ふと、下から腕を引っ張られる。

 

 目を向けると――たしか、ウリエルさん?

 

 なんで良く知らない人が私の……

 

 

 

 

 

 

 ――そんな夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――本当に、良いんですか?」

 

 キャミソールの上にガウンを羽織ながら、エレオノールが尋ねてくる。おどおどとした様子が、昔いたずらをした時の様子を思い出させる。

 

「さて、何がかしら?」

 

似たような格好のまま、エレオノールの対面のソファーに座る。今日はエレオノールの部屋に泊まることにした。色々と伝授しないといけないこともあったから。

 

「その、何がというと難しいんですけれど、言うなら全部です。えーと、夜に通っていたこととか、二股をかけられていることとか……」

 

「あら、今からでも反対して欲しかったのかしら?」

 

 自分でも意地悪な返し方だと思う。

 

「まさか。でも、何も言われないなんて思わなかったので……」

 

 まあ、普段のことも思えばその反応も仕方がないのかもしれない。

 

「あの時も言ったけれど、実際に結婚ということならそれは公爵が判断することです。だから、私は母親としてだけ。そもそも、見合いの話を断った時からうすうす分かってはいました。きっと好きな人がいるんだろうと。それがまさか亜人の、それもルイズの『使い魔』として呼ばれた人だとは思わなかったけれど」

 

「それは、まあ……」

 

 困ったように目をそらす。

 

「でも、ルイズの使い魔だからこそ良かったのかしらね。直接確かめることはできなかったけれど、ルイズからの手紙はずっと受け取っていました。二股というのはともかく、ルイズにとってどんな存在かは分かっていましたから」

 

「……それでも」

 

 やはりそれだけでは納得できないんだろう。もちろん、他にも理由はある。

 

「――ここだけの話だと、約束できますか?」

 

 今まで誰にも話したことのない話だ。本当は墓まで持っていくつもりだったけれど、少なくともエレオノールには話しておくべきだろう。

 

「え、あ、はい」

 

「私と、公爵の話です。そもそも公爵には私とは別に、いえ、私と出会う前から愛している、愛し合っている人がいました。それなのに、私はその公爵を愛してしまいまいました」

 

「……それって」

 

「ええ、あなた達とほとんど同じです。まさか細部まで一緒だとは思わなかったけれど。公爵には愛している人がいて、それでも私は好きになってしまって。なかなか伝えられなかったけれど、あなたと同じで、言わば恋敵からの助けで想いを伝えて……。その後も同じですね。結局どちらかを選べなかった男性まで。だから私も公爵も、あなたのことを責めるなんてことができないのですよ。夜這い云々は……まあ、あまり褒められたことではないですが、抗いがたいものですからね。私もあなたぐらいの時が一番、その、行為に……」

 

 夜這い云々を含めて、少なくとも私にはエレオノールに何かを言うことはできない。

 

「くれぐれも他言は無用ですからね」

 

「――はい」

 

 ようやく安心したのか、エレオノールが笑顔で返事をする。二股に関しては、あとはエレオノールが頑張るだけだ。その為の知識はしっかり伝授する。公爵に妾を一切作らせなかった私のテクニックだ。エレオノールならきっと役立てることができるだろう。

 

 お世辞にも、私も、エレオノールもスタイルが良いとは言えない。恋敵のスタイルが良いとなると、そこはおのずから努力が必要となる。

 

「でも、亜人か」

 

 少しだけ気になることがある。

 

「……亜人というのは、やっぱり駄目ですか」

 

 エレオノールが心配そう眉根を下げる。どうやら余計な心配をさせてしまったようだ。

 

「少なくとも、私は亜人だからとは思いませんよ。たとえ吸血鬼でも、必ずしも敵対者とは限らないでしょう?」

 

「吸血鬼が敵じゃないかもだなんて、そんなことを言えるのはお母様ぐらいでしょうね。やっぱり吸血鬼は怖いものですし。まあ、シキさんがいれば怖くないですけれど」

 

 からからとエレオノールが笑う。つられて私も笑う。

 

 だが、不安は消えない。アルビオンでの戦争のことだ。

 

 結論から言ってしまえば、すぐに決着がつくだろう。トリステインにゲルマニア、ウェールズ王子が陣頭に立っているから離反者も期待できる。何より、どういう風の吹き回しかガリアが正式に参戦することを表明した。普通ならそこで降伏することもあるはずだが、実際にはそうなっていない。

 

 どこからか亜人を結集させて、見境なく破壊活動を行っている。戦争の終結については時間の問題ではあるのだが、亜人たちに話を受け入れる様子はなく、それだけに殲滅戦という双方にとって非常に被害の大きな状況になっている。

 

 だが、妙だ。なぜ亜人達が結集してそんなことをする。知能が低い者達も多いが、それでも戦況ぐらいは分かるだろう。そんな状況でなぜ戦う。

 

 亜人だからと、それが全て悪ではないということを私は知っている。だが、一般の感情としてはあまり良いものではない。エレオノールとて、吸血鬼に対してそうだったように。

 

 だが、エレオノールは分かっているのだろうか? あなたが愛するといった相手、はたから見れば、吸血鬼や、あるいはエルフよりもはるかに恐ろしい相手だということを。

 

 亜人に対する感情。今回のことで変な方向にすすまなければ良いのだけれど。この二人とルイズの為にも。

 

 ――そして、おびえて暮らす、亜人達のためにも。

 

 結局は、彼らも人と何ら変わらないのだから。誰かを愛するということには人と変わりなく、誰かに残虐になることもまた、人と変わりなく。

 


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