混沌の使い魔   作:Freccia

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 流れる景色、そして、耳元のゴウゴウと唸るような風の音。まるで、怯えるよう。

 でも、怯えているというのは案外正しいのかもしれない。だって、風の声が聞こえない。風の精霊は、どこにだっているはずなのに。どこか遠くへ、もしかしたら逃げてしまったのかもしれない。

 ――風が緩んだ。

 見下ろせば、地面に映る二つの影が大きくなっていく。ああ、降りるんだと、どこか人事のように思った。東の果てから、今度は西へ。本当に、本当に遠くまで。






第26話 The eye of a typhoon

 ベッドの脇に座ってずっと考え込んでいたけれど、どうしてもうまくまとまらない。背中から倒れ込む。見慣れた天井が、どこか違って見える。

 

 私の世界が変わる――それは、きっと正しい。

 

 本当は使い魔の儀式でシキを呼んでからずっと続いていたんだと思うけれど、それがこの国の、ううん、世界の行く末まで変えるかもしれない。アルビオンでの出来事も大きなことだったけれど、私は流されるままだった。

 

 でも、今度は違う。私の行動一つ一つが大きな影響を与えるようになる。

 

 大きく息を吐いてみるけれど、固くなった体からは力が抜けない。たった一日で色々なことがありすぎて、頭が壊れそう。

 

 机に目をやれば、古びた一冊の本と青いルビーの指輪。

 

 預けられていただけの本と、姫様のものだった指輪。どちらも私が正しい持ち主だということで下賜された。本物だった始祖の祈祷書に水のルビーを、すなわち、虚無の担い手として。

 

 目を閉じれば、姫様の驚いた、それでいてどこか納得のいったような顔が浮かび上がる。

 

 姫様の言うままに、指輪を身につけて祈祷書に触れた。歴史はあってもただの白紙だったそれは、本当の姿を表した。本が輝き、文字が浮かび上がる。

 

 そして現れた。私が虚無の担い手だと、始祖であるブリミル様からの言葉が。

 

 教皇様が言われた、私の役目って何だろう?

 

 世界を救う私の役目って何だろう?

 

 ――シキじゃない、私ができることって何だろう?

 

 もしかして、夢じゃないのかな?

 

 ベッドからゆるゆると起きあがる。たったそれだけなのに、体が重い。机の上の本に手を伸ばしたけれど、届く前に、落ちた。

 

 やっぱり、恐れ多い。始祖から受け継ぐ秘宝、トリステインの宝その二つともを私がだなんて。自分の両手に視線を落とす。女性だということを差し引いても小さな手。子供とだって、きっとそう変わらない。私にどれだけのことができるんだろう。そんな考えが浮かんでは、また消えていった。

 

 そうだ、エレオノール姉様に相談しよう。アカデミーでは始祖の偉業を紐解く研究をやっていたはずだから。シキのことを相談した時と同じように、きっと力になってくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なるほどねぇ。姫様に呼ばれたと思ったら、そういうことだったのね。教皇様にガリア王までがわざわざあなたに声をかけたというのも、ようやく納得がいったわ」

 

 姉様が難しい顔をしてうなずく。

 

「私、どうしたらいいんでしょうか?」

 

 姉様が顔を上げ、そして、優しく笑った。まるでちい姉様みたいに。

 

「あなたはきっと、不安なのね。――そうよね。いきなりあなたが世界を救うなんて言われたんだもの。怖くなって当然よ」

 

「そう……ですか?」

 

 私は、怖がっているんだろうか。

 

「そうよ。もし私があなたの立場だったとしても、どうすればいいか分からなくなっちゃうもの。ね、あなたの役目ってまだ教えられてはいないのよね?」

 

「……はい」

 

 いずれ本当の意味で目覚める――つまり、今はまだ目覚めていないということだ。

 

「じゃあ、今すぐに答えを出さなくてもいいじゃない。四つの四、アルビオンの担い手が見つかるまでは時間があるということよ。だから、もう少し考えていたっていいのよ。まあ、私があなたの立場じゃないから言えるのかもしれないけれどね」

 

 珍しく、本当に珍しくいたずらっぽく笑って、ついでにウインクまでして見せた。

 

「……ウインクは、ちょっと似合わないですよ」

 

 くすりと笑ったら、つねられた。謝ったけれど、許してくれなかった。

 

「……まあ、いいわ」

 

 ひとしきりつねりあげて、ようやく離してくれた。上目遣いで睨んでいたら、またつねられそうになったので、渋々謝った。

 

「とりあえず、シキさんに預けたらどうかしら?」

 

「シキに、ですか?」

 

「ええ、自分の部屋に始祖の秘宝があったら落ち着かないでしょう? シキさんに預けていれば安心だし、始祖の使い魔が守るというのは、きっとブリミル様もお許しになるわ。決心がつくまで預かってもらいなさいな。一緒にお願いに行ってあげるわ」

 

「そう、ですね。それまでは、シキに預かってもらいます」

 

「それにしても……」

 

 姉様が言った。

 

「シキさんが始祖の使い魔、どれだけ特別かがはっきりしたわ。ガリア王のミョズニトニルン、教皇様のヴィンダールブとどれだけ強大な力を持っているんでしょうね」

 

 ふと、アルビオンでのことを思い出す。シキはたった一人で、文字通り地を割った。それこそ、神話の再現のように。

 

「もし力を合わせれば聖地だって。でも、エルフと争う、シキはそんなこと……」

 

「そうね。それに、きっとシキさんは聖地のことは知らない。でも知らないというわけにはいかないわ。だから、一度この世界の歴史については話しておかないといけないわよね。きっと、テファさんにも関わることだから。それからどうするか、それはシキさん次第よ」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いないわね」

 

 エレオノール姉様が、シキがここにいるかもと来た場所でぐるりと辺りを見回し、つぶやく。どこか拗ねたように見えるのは、私のことを口実にしたいからということがあったからに違いない。お姉様のそういうところには、もう慣れた。

 

 ならば子供達のところにいるかもと、彼らが暮らしている部屋に来てみたけれど、テファとウラルが子供達の相手をしているだけだった。二人とも私達に気づいたようだ。

 

 テファとウラルは本当に対照的だ。

 

 私が言えたことじゃないけれど、二人とも容姿はとても幼い。それなのに、与える印象は全然違う。まるで太陽と月。

 

 陽の光できらきらと輝く金の髪に、くるくると変わる表情を浮かべて子供達をあやしているのがテファ。一緒になって楽しんでいるようで、私から見てもほほえましくある。皆の母親でもあり、姉でもあるテファだからこその姿。

 

 少しだけくすんだ金の髪に、いつも眠そうなせいか、どこか無表情にも見えるのがウラル。どうしてか分からないけれど、ウラルも子供には懐かれているらしい。

 

 そんなウラルが、黒いワンピースに子供をまとわりつかせてトツトツと歩いてくる。無表情との対比が、テファとは違った意味でほほえましい。胸が控えめというのが、なお良い。それはお姉様とも一致した見解だ。

 

「――何かご用ですか?」

 

 少しだけ首を傾げ、ウラルが尋ねる。

 

「シキを探しているんだけれど、どこにいるか知っているかしら?」

 

「シキ様でしたら、外へ」

 

 そういってウラルの小さな指が、窓の外をさす。のぞく先には、木々が風に揺れている。薄暗いとまではいかないけれど、ここからでは奥はうかがえない。何をしているんだろうと思わず首を傾げると、ウラルが教えてくれた。

 

「東の地に行かれていた方々がようやく戻られたとのことです。詳しいことは私も分かりませんが、何でも、シキ様の言いつけで捜し物に行かれていたそうです」

 

 

 

 

 

 

 

 木々を抜けた先にシキがいた。ウラルが言った通り、別の人物も一緒に。シキと男の人が二人、そしてもう一人。腰元まで流れる金の髪、人よりも尖って伸びた特徴的な耳――エルフ。

 

 美しい顔立ち、どこか怯えた表情を見せてはいても、その美しさが損なわれることはない。人を越えたところにあるその美しさは、どんな状況でも陰ることはないんだろう。視線を落とした先の、スレンダーな体は均整がとれている。わずかな膨らみでしかない胸も、それとあわせて美しい。

 

 だが、それはエルフとして見慣れたものとは違う。あの凶悪な胸を持った彼女とは違う。エルフなんてテファが初めてだったけれど、小麦色に焼けた肌といい、全くの別人だ。

 

 ウラルが言っていたことを思い出す。

 

 

 

 ――東に行かれていた方々がようやく戻られた

 

 ――詳しいことは私もわかりません

 

 ――何でも、シキ様の言いつけで捜し物に行かれていたそうです

 

 

 

 

「……シキの言いつけで捜し物に行っていた、か。へえ、わざわざ東の地から調達してきたんだぁ」

 

 さすが、シキ。やることのスケールが違うなぁ。ほんと、軽蔑しちゃう。

 

「……シキさん、ちょっとお話しましょうか? ねえ、ルイズ、あなたはどう思うかしら?」

 

 傍らのお姉様と目が合う。考えていることは、きっと一緒。

 

「シキとはしっかりと話し合わないといけないと思います。ええ、しっかり、きっちりと」

 

 シキが言う。

 

「……まず、言いたい。二人とも誤解している」

 

 さて、シキは何を言うのかな? とりあえず、シキがスケベだってことは間違いないと思うんだけれどなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと長い話になるからと、たまたま空いていた教室へ移動した。10人も入ればいっぱいになるような部屋だけれど、中央に皆が囲んで座れる円卓があるというのがちょうどいい。特に、今回のようにシキの話をきっちりと聞かないといけない場合には。

 

 私とエレオノール姉様、そして途中で合流したミスロングビル、それと差し向かう形でシキ、両脇に二人の男性と問題のエルフ。二人の男性は腕を組み、難しげにこちらを見ている。中年にさしかかろうという年に見えるが、どこか猛禽を思わせるような鋭い目に服の上からでも分かる筋肉といい、どうにも厳めしい。

 

 そしてエルフの――私とそう変わらない年齢に見えるが、実際の年齢はどうだろう。二人の男性と違い、どこか怯えるように、ちらちらと上目遣いにこちらを見ている。掛け値なしにきれいな顔立ちなだけに、こちらが悪者かと罪悪感を感じずにはいられない。

 

 ――悪者は、シキだというのに。

 

「……まず」

 

 エレオノール姉様がシキに問いかける。

 

「東で調達してきたというものについて教えてくださいな。というか、シキさん。よっぽどエルフが気に入ったんですね。わざわざ砂漠からさらってきたんですか? 今度はあえて胸の小さな……まあ、それが好きというのはいいでしょう。でも、わざわざ浚ってくるというのは私はどうかと思いますね」

 

 視線はエルフの少女へ。それを受けて、彼女は可愛そうなぐらいに身をすくませる。

 

「最初に言ったように、誤解をしているようだからそこから話そう」

 

 シキが訥々と語る。そもそも、傍らの二人にはあるものを探してもらうために東へ行ってもらっただけだ、と。それは以前、エレオノール姉様が見つけてきた「酒」に類する調味料であり、シキの故郷の味。その際、たまたまエルフの住む地域を通りかかり、争いになった。それで、案内役となる代わり見逃した、と。

 

「……なるほど」

 

 エレオノール姉様が、大きくうなずく。私も大まかに理解できた。だから、お姉様から言葉を引き継ぐ。

 

「東へ調味料を調達する中で、このエルフの少女も「調達」してきた、と。間違いないわね?」

 

「いや、俺が言ったのは調味料だけで……」

 

 シキが無用な言い訳をするのを、今度はミスロングビルが遮る。にっこりと笑いながら。半分、楽しんでいるのかもしれない。つい先日、シキに虐められたと言っていたから、その仕返しもあるのかもしれない。

 

「それはシキさんが「女好き」だから――だから言われずとも、ということですよね? 主思いの部下がシキさんの好みを考えておみやげにと。うふふふふふ、本当に気が利きますね?」

 

「まあ……、そういうことも……あるかもしれないが……」

 

 心当たりがあるのか、シキが目を逸らす。たぶん、それが一番の理由なはずだ。しかも……

 

「この怯えよう、シキが「食べやすい」ように、よね。本当に気が利いた部下ね?」

 

 シキがそれでもいい募ろうとするけれど、皆で入れ替わり立ち替わり言葉を投げかける。

 

 変態魔人、ドエス、むっつりスケベ、そして、年増好き――その言葉で私が両脇からつねりあげられるまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金色の髪の女性、緑の髪の女性、そして桃色の髪の少女が騒ぎたてる。私の持ち主になるシキ様を言葉で責めているけれど、それでいてガルーダ様もジャターユ様も困ったように眉をしかめるだけで、止める様子はない。

 

 私は考える。

 

 思うに、三人はシキ様にとって特別な女性。おそらく感情的なつながりが強いはず。そこに別の女である私がくることで……

 

 気づけば、ガルーダ様とジャターユ様が目を細めて私をみていた。

 

 今の状況、不和の火種は私。

 

 私はいらない――必要ない。

 

 体が冷えていく。

 

 早鐘のような心臓の音が、自分のものじゃないように鳴り響く。水の中にいるように息苦しい。

 

「――その子、様子がおかしくないかしら?」

 

 どこか遠くに慌てたような誰かの声が聞こえ、私は抱き抱えられていた。緑の髪の女性が私をのぞき込んでいる。いつの間にか、机に倒れ込んでいたようだ。

 

「ひどい汗。シキさん、今度は何をしたの?」

 

 責めるような声。

 

 良くない。

 

 それは、良くない。

 

 このまま、シキ様に迷惑がかかることは絶対に良くない。

 

「……何でも、ありません」

 

 頭を振り、自分で体を起こす。三人の女性が私をみている。

 

 ――私は考えないといけない。

 

 私はどうすべきか。大まかな状況は見たとおりだと思う。

 

 私の主人になるシキ様には複数の恋人がいて、とても大切にしている。でも、私がここに来たことで、そこに波紋が起きた。このままだと、私のせいで不和が起きる。私のせい――私が害悪、私はいらない。

 

 ――いやだ。

 

 いやだいやだいやだいやだいやだ……

 

 私ができることは、しなければいけないことは?

 

 シキ様の役に立つこと。

 

 そのためには女性たちを落ち着かせること。問題になっているのは何?

 

 シキ様が、他の女にまで手を出すこと。それは、私にはどうしようもない。

 

 だったら……矛先を私に向けること。そうすれば、少なくともシキ様に迷惑がかかることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 急に倒れこんだエルフの少女。ミスロングビルが抱えあげたけれど、様子がおかしい。服の上からでも分かるぐらいの酷い汗。荒い吐息が私にも聞こえる。思わず、エレオノール姉様と顔を見合わせる。

 

 ふと、少女の声が聞こえた。初めて聞く声。澄んだ、きれいな声なのに、どこかかすれ、うわずった声。エルフの少女。

 

「――私は、ただの道具です。道具に嫉妬するなんて恥ずかしくありませんか?」

 

 思わず眉をしかめた。挑発的な言葉に、じゃない。エルフの少女が体を震わせ、ひどく怯えながらそんな言葉を言ったから。きっとシキをかばう為に。

 

「別に、あなたがどうこうっていうわけじゃないんだから」

 

 思わずそう口にしていた。見ていて可哀想だと思うほど怯えているのに、そんなことを言うから。

 

 エレオノール姉様も言う。

 

「そうね。あなたにどうこう言うというのは、お門違いよ。あなたは、無理矢理に浚われてきたんでしょう?」

 

 姉様の言葉に、慌てたようにエルフの少女が言う。

 

「ち、違います! 私が、私達が身の程を弁えていなかったから……。だから、悪いのは私達なんです。私の自業自得なんです」

 

 エルフの少女は訴える。自分達が愚かだった。通りがかっただけの二人に攻撃を加えた。皆殺しにされても文句を言えなかったのに、寛大な二人が私一人で他の皆を見逃してくれた。だから悪いのは自分達で、贖罪のために尽くさなければならないのだと。

 

 エルフの少女は、涙ながらにシキをかばおうとしている。

 

 なんだか、これ以上シキに言えなくなった。どこまで本当かは分からないけれど、見ていて可哀想だと思うほどに必死だから。

 

 ――どうせ、誰が悪いのかと言えばシキが悪いんだから。

 

 

 

 

 

「……それで、あなたはどうしたいのかしら?」

 

 見かねたのか、エレオノール姉様がエルフの少女に問いかけ、さらにシキの両脇の二人に問いかける。

 

「えっと、ガルーダさんに、ジャターユさんで良かったかしら? 取引をしたのはあなた方ですね。取引したといっても、シキさんさえ認めれば、別に解放したっていいんでしょう?」

 

 二人が目配せしあい、ガルーダと呼ばれた方の男の人が言った。

 

「――むろん。必要な役割は十分果たした。主が不要だというのなら、それでかまわん」

 

 とても簡潔な言葉。二人にとっては、シキが気に入りそうだったから。本当にそれ以上でもそれ以下でもないんだろう。だったら、やっぱり悪いのはシキだ。

 

 そして、ミスロングビル。

 

「ねえ、シキさん。もうこれ以上女性は必要ないですよね? さすがに、これ以上増やすつもりはないですよね?というより、許しませんから」

 

 詰め寄るのは、エルフに対して、何か思うところがあるんだろう。

 

「……ああ、まあ、それでいい」

 

 シキが口にする。今更惜しい、ということは恐らくないはず。エレオノール姉様がにっこりと笑う。

 

「ルクシャナさん、で良かったかしら? とにかく、良かったですね。シキさんも心良く送り出してくれるそうです。だから、安心して故郷に帰っていただいてもいいですよ」

 

 エルフの――ルクシャナという少女が恐る恐るといった様子で、何度も私達の様子をうかがう。シキも他の二人も何もいわないからか、上目遣いに、縋るように言った。

 

「……本当に、本当に帰ってもいいんですか?」

 

 テファもそうだけれど、どこか卑屈さを感じさせる。その様子は、今までイメージしていたエルフとは何だったんだろうと思わせる。たとえ話半分だとしても、エルフは人間を蛮族と見下す、高慢な種族だったはずだ。それが目の前の少女のように酷く怯えるというのは、言い方は悪いかもしれないけれど、可哀想だと思ってしまう。よほど怖い目にあったのだろうか。

 

 シキの傍らにある、二人の男性を見る。

 

 厳めしい表情で、それでいてどこか困ったようにルクシャナを見ている。どこから見ても、人にしか見えない。

でも、もしかしたら違うのかもしれない。

 

 タバサの使い魔は、韻竜という人の姿を取ることができる特別な竜だった。二人も同じようように、そんな存在なのかもしれない。ルクシャナの話が本当ならば、エルフの戦士達を苦もなく蹴散らして見せたわけだから、更に格上の。

 

 そして、一番困った顔を見せているシキ。

 

 どうしても言いたい、そんな二人に何をさせている、と。

 

 シキの話が本当なら、たかが調味料が欲しいからと、言ってしまえばお使いのようなことに使ったわけだし、もしかしたら本当は女目当てのエロ魔人のようなことをやったのかもしれない。どちらにしても性質が悪い。

 

「シキ、ちゃんと責任をもって送り届けてよね」

 

 シキを見る目には、どうしても軽蔑の色が混じらざるを得ない。そのせいか、シキが少しだけ悲しそうにうなずく。ミスロングビルが、机をタンと叩いて立ち上がる。

 

「じゃあ、さっさと準備をしましょう。あんまりのんびりしているとシキさんが手を出さないとも限らないですし」

 

 シキは泣きたそうな表情だったけれど、シキに対しては可哀想だと思わなかった。いいかげん、色々と自重するべきだと思うから。

 

 

 

 

 

 

 

 ルクシャナは、辺りをもの珍しそうに見ている。まだまだ怯えが完全に消えているわけではないようだけれど、好奇心が勝っているのか、控えめではあっても楽しそうだ。私にとっては見慣れた城下町であっても、ずっとエルフの世界に暮らしていた彼女にとっては珍しいんだろう。本当は、好奇心が旺盛な快活な性格だったのかもしれない。

 

 そして、そんな彼女をテファが手を引いて案内している。ここに来たばかりの頃はテファも似たようなものだったけれど、すっかり慣れたということなんだろう。そんな二人の耳元にはお揃いのイヤリングが揺れている。

 

 帰る前にということで、ミスロングビルが一つだけお願いをした。それが、妹であるテファにエルフのことを話してあげて欲しいということだった。

 

 テファにとってルクシャナは、母親以外に初めて会ったエルフだ。だからか、耳元のイヤリングをはずして、本来の自分の尖った耳を見せた。ハーフだということを聞いて驚いていたルクシャナだったけれど、半分とはいえ同族ということで少しだけ安心したようだった。

 

 そんなルクシャナに、テファはいくつもいくつも質問した。

 

 自分の母親の故郷はどんな場所なのか、他のエルフはどんな人達なのか、食べ物は、気候は、思いつく限りの質問を。

 

 ルクシャナは一つ一つ丁寧に答えていって、そうして、テファにも質問した。ハーフであるあなたは、ここでどんな風に暮らしているのかと。

 

 テファの答えはとても簡単だった。毎日が楽しい。昔は辛いことが沢山あったけれど、お釣りがくるぐらい今は幸せだと。

 

 大切な子供達と一緒に暮らせる。人前にもなかなか出られなかったけれど、耳を隠すイヤリングのおかげで普通に買い物ができて、食べ物屋さんで色々なものを食べて、沢山の人と普通に話すことができて、毎日が刺激的で楽しいと。

 

 本当に楽しそうに話すテファに、ルクシャナがぽつりと言った。うらやましい、自分も見てみたいと。

 

 だから、私は二人に提案した。

 

「じゃあ、しばらくは観光でもしてみたらどうかしら? せっかく遠い国まできたんだし、色々見て帰ったらいいと思うわ。なんだったらシキにテファと同じイヤリングをお願いしたっていいし」

 

 もしかしたら貴重なものなのかもしれないけれど、シキが悪いんだから、イヤとは言わせない。

 

 

 

 

 

 そして、ルクシャナにテファ、そして私とシキとで城下町へと出てきた。

 

 テファがルクシャナの手を引いて案内している。二人とも整いすぎているほどに綺麗な顔立ち。加えて、テファには不必要なほどに大きな……胸がある。

 

 本当に普通の服を着ているのとても目立っていて、食べ物屋さんで何かを買うと必ずおまけをしてもらっている。もちろん、絶世の美女と言っても良いルクシャナも。

 

 テファ以上に体の細いルクシャナは小食かと思ったけれど、ガツガツという表現がぴったりなほどに急いで食べる。小さな口で精一杯に、どこか小動物のように可愛らしく、それはそれで人目を引いている。

 

 そんな風にテファと町を回るうちに、どこかぎこちなかったルクシャナも、少しずつ自分の希望を言うようになった。あれを見てみたい、あれを食べてみたいと。もともとの好奇心が少しずつ表に出てきたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 そんな二人を見ながら、隣を歩くシキに言う。

 

「――こうやってみると、エルフも人間も何も変わらないのね。恐ろしい魔法を使って悪魔みたいに怖いと思っていたけれど、むしろ子供より純粋なぐらい」

 

「分からなければ恐れるものだからな。実際に話してみれば案外そんなものだ。第一、その結果がテファだろうしな」

 

 言われて気づく。テファのことは本当に特別なことだと思っていたけれど、テファの母親だって同じだということだ。むしろ、ハーフとして生まれたテファと違って、母親は純粋なエルフだったはずなのだから。

 

「そっか。そうだよね。むやみに恐れたりしなければ、テファのお母さんだって……。シキ、テファは守ってあげてね。もちろん、シキが手を出すのもダメだから」

 

「……分かっている。少しは信用してくれ」

 

「じゃあ、信用できるような行動をしてよ」

 

「……善処する」

 

 たぶん、自分でも難しいとでも思っているんだろう。シキは遠回しにできないと言っている。まあ、それができるのならとっくに行動を振り返っているよね。わざとらしくらしく溜息をついてみせると、シキがまた悲しそうに視線を落とす。本当に、そうやって反省するだけでなく行動に移してくれればいいのに。

 

 ああ、そうだ。シキに話さないといけないことがあったんだ。

 

「今度は、真面目な話だからね」

 

 そう前置く。

 

「姫様の結婚式の後、私が呼ばれたでしょう」

 

「……ああ」

 

「前にシキが言っていたように私、虚無の担い手で、ある役目の為にいずれ本当の意味で目覚めるんだって。言われた訳じゃないけれど、もし聖戦が始まったりしたら――始祖が降臨した土地をエルフが占拠していてそれを取り戻そうという話なんだけれど、私はエルフと戦わないといけないかもしれないの。エルフは悪魔のような相手だからそれでもいいと思っていたけれど、他のエルフもテファやルクシャナと同じだったら、私、そんなことできないよ」

 

「それは、ルイズが絶対に関わらないといけないのか?」

 

「私が本当に虚無の担い手なら、始祖の意志を継がないといけないわ。もちろん聖戦を起こすとなったらだけれど、遅かれ早かれ、そうなると思う。聖地の奪還はブリミル教の悲願だから。それこそ何百年、何千年と続けてきたことだから」

 

 少しだけ考え込むようにしてシキが言った。

 

「……聖地の奪還か。俺のいた世界でも、似たような話があったな。同じように何度も戦争をして取り戻したという話だった」

 

「それで、どうなったの?」

 

 同じように戦争をして、そして、取り戻した結果は。

 

「はじめに行っておくが、俺もすべての歴史を知っている訳じゃないし、間違った理解もあるかもしれない」

 

「それでもいいから」

 

「なら、全く同じかは分からないから、最初の話からだな」

 

 思い出すようにシキが目を閉じる。

 

 シキの世界で言う聖地。不遇の民、故郷を失い、迫害を受けながら世界を放浪した民。そして過去の伝説に従い、その故郷として伝わる聖地を別の国の力を借りて取り戻した。そこにすんでいた人間を力で追い出して。

 

 追い出された方はたまったものじゃない。ずっと昔の、言ってしまえば本当かどうかも分からない伝説で住んでいた場所だったからという理由で追い出されてたんだから。

 

 追い出されたその時に住んでいた住民は難民になっても行く場所がない。当然だ。彼らにとってはそこか故郷なのだから。彼らを受け入れた側だって面白くはない。もともと仲が良くなかったところに、そんな厄介ごとを押し付けられたのだから。

 

 その後は、「故郷を奪われた」住民がその地を取り戻すために戦争、戦争。たとえそんな大規模なものはなくなったにしても、局所的なテロとして終わらない。それからは、報復の連鎖。

 

「――もし、ルイズの言う聖戦なんてものが起こったら、勝ってもろくなことにはならないだろうな」

 

 シキがそう締めくくる。

 

「……そっか。きっとそうだね。だったら、誰にも言わないでね? そんなことになるぐらいだったら聖地なんて取り戻さなくていいや。取り戻して誰かが幸せになるんじゃないなら。エルフがテファ達みたい人なら、話合いで済ませた方がずっと良い」

 

 シキが笑った。

 

「それが一番いい。力付くだと、相手を完全に屈服させるまで終わらないからな。そもそも、終わらないかもしれない」

 

「でも、難しいんだよね。それができないから、ずっと、もう何千年も続いているんだろうし」

 

 シキが私の頭に手を乗せ、クシャリと撫でる。

 

「ルイズは、頭がいいな」

 

 シキは自分のことも重ねているのか、目を細めてどこか遠くを見ているようだった。戦争の話をすると、いつもそんな顔をする。

 

 ふと、シキを呼ぶ声か聞こえた。

 

 見れば、テファがぶんぶんと手を振っている。そのそばには屋台。鉄板に、おいしそうな狐色に焼けた平べったくて丸い、パンのようなものが載っている。ここからでも香ばしい匂いが分かる。ルクシャナもちらちらとそちらをうかがっている。ずいぶんと印象が変わったけれど、テファと一緒というのがきっと良かったんだろう。

 

「ルイズも食べるか?」

 

「もちろん」

 

 外の屋台で食べるものが案外美味しいっていうことは、シキに教えてもらった。あの丸いパンのようなものは食べたことがない。だったら食べてみないともったいない。

 

「ああ、そうだ」

 

 シキが言う。

 

「東の方には調味料を探しに行ってもらったんだ。念のために言っておくが、それは本当だからな? 今度それを使って何か作ってみよう」

 

「――へえ、それは楽しみ」

 

 丸いパンのようなものは、子供たちにもお土産として買った。きっと喜んでくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「――いつ頃戻りたい? 二人に送らせよう」

 

 帰り道、シキがルクシャナに問いかけた。

 

「本当に、いいんですか?」

 

 帰りたいだろうに、ルクシャナはやはり半信半疑なようだ。

 

「今更嘘なんて言わないさ。責任をもって送り返すと約束したからな」

 

 ルクシャナは嬉しそうにしていたけれど、思い出したようにテファを見た。

 

 テファは優しく笑っていたけれど、やっぱり寂しそうだった。

 

 ルクシャナが言った。

 

「……本当はそんな立場じゃないって分かっています。でも、一つだけ、お願いをしてもいいですか?」

 

「できることなら、な」

 

「私、人の世界を見てみたかったんです。それに、人の世界で暮らしていたテファさんのことをもっと知りたい。だから、もうしばらくだけここにおいていただけませんか。その間は、使用人扱いでも、何だっていいですから」

 

 ルクシャナがシキに懇願する。そして、テファが言う。

 

「シキさん、私からもお願いします。私も、ルクシャナさんともっと話してみたいです」

 

 そういうことなら、私も別にかまわないと思う。ただ、これだけは言わないといけない。

 

「二人とも、シキに手を出されそうになったらちゃんと言ってね」

 

 そう言って二人を見たら、なぜか揃って不思議そうな顔をしていた。

 

 テファは、むしろ嬉しそうに言う。

 

「私は、シキさんがそれで喜んでくれるのなら」

 

 ルクシャナも当然と。

 

「私も……、私なんかでよければ」

 

 私はシキに向き直り、とりあえず股間を蹴りあげる。

 

 ……受け止められたけれど。

 

「ねえ、二人ともこんなことを言っているけれど、シキ、どうするつもり?」

 

 じいっと睨みつける。たじろぐようにシキが言った。

 

「……二人とも、それは本当に好きになった相手と、そうしたいと思った時だけだ。いつかはそんな相手ができるだろう」

 

 でも、テファは言う。

 

「私には、そういうことは分からないです。でも、シキさんとなら」

 

 ルクシャナは一瞬だけ悲しそうな顔をしたけれど、何も言わなかった。

 

「シキ、本当にお願いだから、シキのこと信じさせて……」

 

 私には、それしか言えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 版面には、精緻な細工が施された駒が並ぶ。

 

 ひょいと一つをつまみ上げる。馬の形を象った駒。はめ込まれた宝石と、当代随一だとか言う細工士の技、一つの駒で一人の一生分の価値があるとのことだ。遊技とはいえ、王たるもの、それにふさわしい道具でなければならないとのことらしい。貴族優位というこの世界の理を守るという意味では重要な意味があると同時に、この上なく無駄でもある。

 

 もし、そこで浪費される金銭をもっと別の使い方をすればどうであろうか。

たとえば、商業活動を活発化させるために港湾、街道を整備する。はたまた、もっと直接的に見込みのある産業の活性化に使っても良い。浪費は浪費で意味はあるだろうが、所詮それは一時的なもの。長く続かせなければならないのが国であるならば、当然、それを考えたものでなければならない。

 

 長い戦いの為にはそういう土台も必要だ。でなければ、途中で息切れしてしまうではないか。それは、あまりにも詰まらない。せっかくの仕込みが無駄になってしまう。

 

 版面に目を戻せば、「聖職者」の駒を中心にぐるりと囲む他の駒。せっかく版面に集めたこの駒も意味がなくなる。ふと、聖職者の傍らにある駒が揺れる。

 

「――余のミューズ、頼んだことはうまくいっているかね?」

 

 かたりと人形が揺れ、声が聞こえる。しっとりとした女の声。しかし、潜むように沈んだ音色。あまりよろしくないということだろう。

 

「……申し訳ありません。思いの外用心深いようで、機会を得ることができておりません」

 

「ああ、それはあわよくばというものだから気にしなくとも良い。ミューズの能力を知れば警戒してもおかしくない上に、そう簡単に答えが分かっては面白くない。では、墓の方はどうかね?」

 

「そちらは無事、手に入れました。抽出に多少時間はかかりそうですが、時間さえいただければ必ず」

 

「――そうか。であるならば余は待てば良いというわけだ。が、ただ待つというのも芸がないな。少しばかり推理してみるとしようか。余興としても悪くはない。ミューズよ、どちらが先にたどり着くか比べてみるとしよう」

 

「……畏まりました」

 

 駒がカタリと揺れて、それきりとなる。

 

 腰掛けていた椅子へ深くもたれ掛かると、柔らかく沈みこ込む。華美な装飾は無駄であるかもしれないが、この柔らかさは存外悪くない。

 

 さて、順を追って考えるとしようか。

 

 教皇の言う、大隆起。地下深くに風石が大量に生成され、大地がめくれあがる。まだ調査の段階だが、これは嘘ではないだろう。何せ、調べればすぐに事実が分かるのだから。それに、アルビオンという空を飛ぶ大地のことを考えるに、決してあり得ない話ではない。

 

 では、その大隆起を止める「魔法装置」とやらはどうであろう。全くあり得ないとは言わないが、少しばかり疑問がある。そもそも、どうしてそれが聖地にある? 始祖が聖地に光臨したというのだから、一緒にやってきたということで辻褄が合わないでもない。が、いささか都合が良すぎないだろうか? それに、そんなものが本当にあるというのなら、なぜ欠片もその話が伝わっていない。いずれ訪れると分かっているのなら、その備えをしてしかるべきであろう。

 

 次に、別の側面から見てみようか。

 

 エルフにとって、始祖、そして虚無とは悪魔の術らしい。そう言うからには、過去、明確に敵対したということだろう。エルフという種族を考えるに、高慢ではあるが、あえて自ら敵対するということは考えづらい。ならば、エルフにとって始祖ないしは虚無が害悪であったということだ。だが、余が知る限り、虚無は強力ではあるが、エルフに全く対抗手段がないというほどのものでもない。ならば、余が知らぬ何かあったということか。もしくは、エルフにとっても看過できなかったのか。

 

 まず思いつくのは、エルフに伝わる大災厄とやら。ビターシャルも多くは語らなかったが、相当数のエルフが死んだとのことだ。だが、人の間にその話は聞かない。となると、エルフにとってより大きな被害を出したということになる。シェフィールドがいたという東の地でも同様であるというのは、どういった災厄だったのあろう。

 

 強大な攻撃魔法、疫病、自然災害……。候補はあるが、どうにもしっくりこない。人間の中に話としても残らないというのは不自然ではないだろうか。

 

 大災厄に関連するだろう悪魔の門。門であるならば、何らかのモノが入った、ないしは出ていった。明確に門というからには何らかの意味があるはずだが、さてそれは何であろう。

 

 ふむ、考えてはみるが、どうにも推測の域を出ない。ありきたりな答えでは詰まらないが、これではシェフィールドに先を越されてしまうかもしれぬなぁ。

 

「――まあ、それはそれで面白い。予想しきれない、やはり人生とはそうでなければな。……あいつがいればもっと楽しめただろうがな」

 

 遊戯室にある、余が座っているものとは別の椅子を見る。自分のものとも、そう劣るものではない。座るのを許されるものがいるとすれば、余に並ぶに相応しい者だけ。それに相応しい者は、もうこの世にはいない。その椅子は、誰にも使われることのないまま朽ちるだけだろう。

 

「……残念だ」

 

 そんな言葉が、意図せずに口をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緊急の召集だというのに、議員全員が集まった。それぞれが「悪魔」からの被害という難題を抱えて忙殺されているというのにも関わらず。

 

 ――せめて敵が組織だっているのなら軍として当たることができるのだが、あくまで個、それでいて軍に匹敵するものがあるというのが始末に追えない。

 

 それはそれとして、今回の召集、驚くべきことに、理由は一通の手紙、それも若輩者が書いたものだ。が、その手紙の内容、そして、若輩とは言え、その人物が問題だ。

 

 何せ、その人物というのが、先日「悪魔」に連れ去られた「ルクシャナ」という少女が残したものだからだ。

 

 手紙にはこうある。

 

 ――自分は、皆を見逃してもらう代わりに、悪魔の所有物となった。蛮族の地にいるという、悪魔の主の所有物になった、と。

 

 これは、とてもつもないことを意味している。今までの状況より、基本的に悪魔達は個として行動する。が、例外として悪魔は自らよりも強い個体には従うということが分かっている。だが、調査隊と交戦した2体。精鋭のみを集めた部隊にも関わらず、それを歯牙にもかけなかった。話を総合するに、今まで確認された個体の中でも際だって強力な個体ということになる。であるならば、その主という存在は、その2体を遙かにしのぐ強力な個体と考えるべきだ。それこそ、悪魔の王と呼ぶべきほどに。それは、軍の総力で当たっても手におえない可能性がある。

 

 だが、すべてが悪いニュースというわけでもない。

 

 交戦した2個体は、どうにも他の個体と異なり、それなりの理性を持っているようなのだ。その2個体曰く、自分達は攻撃されたから応戦したのだ、と。もちろん本当のところは分からない。だが、純然だる事実として、調査隊の中には死者も、食われた者もいなかった。連れ去られたルクシャナとて、残された手紙の筆跡から本人であることの確認がとれている。となれば、対話の可能性が全くないではない。

 

 これは一つの光明となりえる。対話にて協力を得ることができればすべてが解決する可能性があり、もし敵対することになったとしても、敵がまとまりさえすれば軍としての行動が取れるのだから。

 

 幸いなことに、我々には現在、向こうから求めてきた蛮族との接点がある。我々は蛮族の地のことを知らない。だが、協力者がいれば、その悪魔の王と接触できるかもしれない。

 

 悪魔という善悪の別なき混沌の者達。もしその王たる存在がいるのならば、彼の者は混沌王と呼ぶのがふさわしいだろう。混沌王とは何者なのか、何か目的があるのか、味方と成り得るのか、何を優先しても確かめなければならない。


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