混沌の使い魔   作:Freccia

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第29話 Be Ambitious

 コトリと置かれた、何の変哲もないもない古びたオルゴール。テファは懐かしげにネジを巻き、そばの椅子へ腰をおろす。

 

 ゆっくりと、オルゴールが動き出す。どんな曲を奏でるのだろう。私は、知らない。

 

 テファの肩は揺れ、何かを思い出すように目が細められる。私には「聞こえない音」が、テファには聞こえているんだろう。

 

 聞こえないからこそ、私はとても怖くなる。できることなら、こんなオルゴールは捨ててしまいたい。

 

 でも、テファのことを思うとできない。いつの間にやら頬に涙を伝わらせるテファのことを思うと、そんなことはできない。私は、あの時にこそ止めるべきだったのだろうか。

 

 

 

 

 

「――何故、貴方がテファと一緒にいるんですか?」

 

 自分でも分かる冷たい言葉。

 

 テファが驚いたように私を見ている。テファのそばにいる男、アルビオンで見た、王子の付き人だった男が曖昧に笑う。

 

 

 

 

 あの夜のことを思い出す。

 

 テファから、私達から全てを奪った奴ら。それが今度は、唯の重荷でしかないものを押し付けようとする奴ら。それがなぜ、テファと一緒にいる。

 

 男が、申し訳ないと全身で示しながら口にする。

 

「ミス・ロングビル。我が主から、貴方へどうしても受け取って欲しいというものを預かってきました。ミス・ウエストウッドとは偶然に、本当に偶然なのです。貴方をお待ちする中でご一緒することとなりました。……白々しいと思われるかもしれませんが、それは本当のことなのです」

 

 そんなこと、信じられるはずがない。テファも、なんでそんな男を心配そうに。なんで私を咎めるように。

 

「姉さん、どうしてそんなことを言うの? パリーさんは良い人だよ? 子ども達にだって優しくしてくれたよ?」

 

「そういう問題じゃ、ないんだよ」

 

 歯痒い。

 

 良い人では、あるだろうさ。今でも王子に愛想を尽かさず、憎まれ役でもやろうという男さ。忠義心は私だって認めるよ。でも、私達にとっては疫病神でしかない。アルビオンなんていう泥舟をテファに押し付けようなんて考えているやつらの使いなんだよ?

 

 

「――どうしたんだ? 」

 

 シキさんが私の手を取ると、ズキリと痛んだ。いつの間にか、手のひらが血に滲んでいた。見る間に傷は塞がるけれど、赤い跡は消えない。

 

「パリー、だったか? 要件なら俺が代わりに聞こう」

 

 男は、シキさんに向き直る。

 

「先ほど申し上げた通り、王子よりミス・ロングビルに渡して欲しいとの言伝を受けまして」

 

そういって、懐から恭しく取り出す。とてもそんな大層なものだとは思えない、古びたオルゴールと小さな指輪。

 

「それ、は……」

 

 テファが声を上げる。ずっと昔に無くした、とても大切なものを見つけたように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 テファは、両親の形見になるようなものなんてほとんど持っていない。せいぜい、母親が使っていた、若草色の風変わりなワンピースとエルフの宝物らしい指輪ぐらい。パリーが持ってきたものは、テファにとっては父親を思い出させてくれるものなのかもしれない。ガラクタに見えても、テファにとってはかけがえのないものなのかもしれない。

 

 でも、それを見ていると心が騒ぐ。ただの勘なのかもしれない。でも、あの王子がわざわざ持たせたもの。きっと、王権に関わる厄介の種に違いない。できることならすぐにでも壊してしまいたい、どこか遠くに捨ててしまいたい。なのに、愛おし気にオルゴールに触れるテファを見ていると、取り上げようという気が見る間に薄れていく。

 

 なぜよりによってテファがいる時に。どうして執拗なまでに私達に。

 

「……シキさん。私達のこと、助けてくれるよね?」

 

 頼るだけの弱い女になんて、なりたくない。重荷になるだけの女になんて、なりたくない。でも、私達にはあなたしか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傍を歩くウリエル。ただ、一言。

 

「国が消えるとなれば、王族もまた然り。彼女達を何かに巻き込もうというのなら、そろそろ退場していただく頃合いかもしれませんよ?」

 

 その言葉に特段の感情は伺えない。言ってしまえば、道端の石ころをどうするかといったこと。万が一転ぶ可能性があるというのなら、どこかへ蹴り飛ばしてしまえば良い。ただ、そうしたいかどうか。そも、石ころに心をかけるなどということはないだろう。

 

 既に、借りは返した。ならば、マチルダとテファのこと以外は瑣末なこと。

 

 しかし、同時にそれで良いのかとも思う。

 

 パリーがアルビオンの王子に代わって持ってきた、古びたオルゴールと指輪。恐らく、ルイズが預かった本と指輪と同じ来歴を持つもの。虚無とやらに関わるもの。

 

 そして、テファはあれを知っていた。そして、テファがあれに触れた時に確信した。

 

 そも、ルイズが虚無とやらの担い手と呼ばれるものだったように、テファがそうであるという可能性は決して低くない。4人いるとされるうちの3人が王族、もしくは、それに準ずる血脈を継ぐ者。であるならば、王弟を父にもつテファであれば条件は同じ。

 

 加えて、虚無と呼ばれるものは今、この時代に揃おうとしている。それは恐らく偶然ではない。伝説として残るものにはいくらかの真実が含まれる。ましてや、何千年も残った伝説だ。風化しないそれには強い意思が含まれる。ともすれば、妄執ともとれる意思が。

 

だが、使いようによっては、テファが人の中で生きる切り札になりえる。人と敵対しているエルフに虚無が目覚めたとしたら皮肉にもなるが、だからこそ、そこに強い意味を見出すこともできる。人とは、そういうものだ。

 

「アルビオンのことは、今は良い。今はまだ、そのままで良い。ただ、虚無のことは調べておきたい。虚無とテファ、そしてルイズの関係は」

 

「もし厄介の種でしかないようでしたら?」

 

「時代の流れの中で消えていく伝説は、多いものだろう?」

 

「――然り」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――面倒臭い」

 

 延々と続く退屈な「儀式」に、思わず漏れた本音。しかし、思っても見なかった相手に咎められる。

 

「私がどうこう言うべきものではないかもしれないが」

 

 男はそう前おく。

 

「もう少し本音は隠した方が良いのではないかね? 個室とはいえ、王女たるものがそのような言葉遣いではな。いくら面倒とはいえ、他国の王女が自国に留学しようというのだ。それなりの者らが挨拶に来るというのは、歓迎の為にも必要なのだろう。私が知る人の文化というのはそういうものだ」

 

 ソファーに腰掛ける男は、本から目を離すこともなく口にする。

 

 ともすれば私とそう年も変わらぬのではと思えて、どうして、私の何倍も生きてきているという相手。それがエルフというものだというのなら、私とて女の端くれ、羨ましくないといえば嘘になる。

 

 余計な軋轢を生まぬように、耳だけは魔法で姿を変えているのだが、案外その美しい容姿の方が特徴になるのかもしれない。このビダーシャル曰く、取り立てて自らの容姿が優れいているわけではないということだから。

 

「まあ、あんたが言うことはもっとも。でもね、私はそんな上等なもんじゃない。裏じゃろくに魔法も使えない落ちこぼれなんて言われてるんだ。むしろ、お似合いだろうさ」

 

 別に嫌味を言いたいわけではない。なんだかんだで、私とて理解してはいるのだから。

 

 しかし、ビダーシャルは言う。

 

「施政者に必要なものは魔法などではない。政治の場で魔法が必要となることなど皆無だろう? むしろ、相手へ与える印象が変わる立ち居振る舞いの方がよほど重要で有益だ。少なくとも、私はそう考える」

 

「これっぽっちも嫌味なんて入っていないんだろうねぇ。ま、そりゃそうか。魔法が使えて当然のエルフにとってみれば、それはどうこう言う対象にもなりゃしないか。なるほどねぇ」

 

 ガリアがそうであれば、私もこんなに捻くれたりしなかっただろうか。

 

「………下らない」

 

「無理に押し付けようとは思わんよ。エルフと人の価値観が同じとは限らん。それに、所詮私が知る人に関する知識など書物から得たものだ」

 

「ああ、違う、違う。今のは自分にさ。あんたが気にするようなことじゃあない。それより、あんたこそ早く学院の方に行きたいんじゃないのかい? えっと、ルクシャナと言ったか、あんたの姪というのは」

 

「気にはなっているさ。だが、それはあくまで私事。自分の役目は弁えている」

 

 忠君の鑑。しかし、気のせいだろうか。姪のこととなると、感情を見せないこいつのことが伺える気がするのは。無理に感情を抑えようとしている様子が見えるのは。

 

「――何が面白い?」

 

 ようやく私に目を向ける。冷静さを装っているのかね。ふふ、鉄面皮のこいつにも可愛いところがあるじゃないか。

 

「いいやぁ、何でもないさ。さ、明日こそは学院へ行こうじゃないか。トリステインの王城なんか何にも面白いものなんかない。あの、あんた達が言うところの混沌王とやらをからかう方がずっと楽しそうだ」

 

 ビダーシャルがあからさまに眉を潜めて、困った顔を見せる。

 

 ふふ、楽しみじゃないか。どう転ぶのか分からない、それでこそ人生ってもんだ。私は、そういうのは嫌いじゃないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早速退屈な王城をお暇し、件の学院へと急ぐ。貴族の子弟ばかりが集まる学院だけあってそう距離が離れたものではない。龍籠で向かえば、それこそあっという間だ。

 

 ――そら、もう見えてきた。

 

 何にもない平原の中に、少しばかりに不似合いな高い塔が並び、その周りをぐるりと囲むように塀がある。今はともかく、もとは強国だけあって、結構なものじゃないか。

 

 真下に見える塀の中では子供ら遊んでいる。しかし、さすがに生徒というには幼すぎるし、子持ちの学生なんているのかーーまさかねえ。

 

 十分に開けた場所に降りると、さっきの子供らが遠巻きにこちらを伺っている。しっかし、子供ってのは物怖じしないもんなんだねぇ。感心するよ。むしろ、子供らを引率していた女の方が困った様子だ。どう宥めようかと目を白黒させている。

 

 しかし、随分と整った容姿だ。まだ幼さを見せてはいても、全てが完璧とも言えるほどに整っている。それこそ、エルフかと思うぐらいに。ほら、ビダーシャルと見比べてみたって………

 

「あんた、何でそんな驚いた顔をしているのさ?」

 

 ふと、先ほどの美しい少女に相応しい、澄んだ声。どこか恐る恐るといったていで。

 

「……叔父様?」

 

 えっと、それって……

 

「……ルクシャナ?」

 

 ビダーシャルが言うってことは、やっぱり。ああ、ビダーシャルの姪らしき女が走りより、ビターシャルに抱きつく。子供のように、本当に嬉しそうに。

 

「いや、驚いたねぇ。確かにいてもおかしくないとはいえ、最初に会うのは目的の人物とはこれまた」

 

 ビダーシャルは困った様子だが、やはり嬉しそうだ。まさに感動の再開。美男美女というには女の方が幼くとも、美少女とくればずいぶんと絵になるものだと、素直に思う。

 

「――ふふ。やっぱり退屈しなさそうだ。本当に、楽しいことになりそうじゃないか」

 

「――それは良かった。遥々遠くまで来た甲斐があるというものでしょう」

 

ふと、後ろからこれまた透き通るような涼やかな声。覚えがある。確か、あの混沌王とやらと一緒にいた男の声だ。いきなりというのは心臓に悪いが、「そういうやつら」だと思えば、案外図太くもなれる。

 

「ああ、楽しいね。……そうそう、一応は学院の責任者に会ってからにはなるけれど、あんたらの親分の所にも顔を出すつもりだったんだ。時間があるのなら伝えておいてくれるかい?」

 

 気配が、笑ったような気がした。

 

「――いいでしょう。勇気のあるお嬢さんは私も嫌いではありません。私達も、良い関係を築けることを望んでいますよ」

 

「それは嬉しいね。ところで、あんたの名前を教えてくれるかい? ガリアでは結局話をする機会もなかったからね」

 

「ああ、それは確かに。私のことはウリエルと。対外的なことは何かと私が担当していますので、以後、良しなに……」

 

 声が遠く、途切れる。振り返っても、既に影も形もなかった。

 

「――すまない」

 

 ビダーシャルが言う。

 

「何がだい?」

 

「私には、気配すら全く分からなかった。これが私と彼らの力の差だよ。護衛など期待できないというわけだ」

 

「ああ、そのことか。別に気にしちゃいないよ」

 

「すまない」

 

 だが、ビダーシャルは謝罪する。

 

「本当に、バカがつくほど真面目だね。私だって、一人だったら虚勢だって張れなかったよ。まあ、悪いと思うのなら、一つお願い事をしても良いかい?」

 

「私にできることならばな」

 

「肩を、貸してくれるかい? はは、今になって足が震えてきちゃってさ……。ああ、でもさ。ハッタリに関しては私もなかなかのものだったろう? それだけは私も自信があってね」

 

 ビダーシャルが無言で肩を貸してくれる。少しぐらいは恰好をつけたいものだが、ままならない。

 

 しかし、こいつぐらい真面目なら、私を裏切ったりはしないだろうか。少なくとも、利害関係が一致している間ぐらいは大丈夫、か。

 

「あんまり、筋肉はないんだね。……いや、それぐらいで睨まないでくれよ。悪かった。そうだ、姪は放っておいて良いのかい? せっかく会えたんだろう、それを邪魔するほど野暮じゃないよ。この様じゃ説得力はないけれどね」

 

「ルクシャナとはまた後で会える。生きていると分かったんだ。今はそれで十分。それに、最低限の役目ぐらいは果たさねばな」

 

「真面目だねぇ……」

 

 まあ、嫌いじゃない……けれどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先導するのは相当に高齢の老人。

 

 長くたくわえた髭とも相まって、80はとうに越えているようにも思える。しかし、魔法学院の長ともなれば、それ以上なのかもしれない。

 

 事実、ガリアではそうだからだ。もっとも、私に言わせれば自分の正確な年すら分からないような耄碌ジジイだが。

 

 さて、目の前の爺さんはどうだろうか? 動きはずいぶんと機敏なようだが。

 

「学院長殿。私も他国の王族とはいえ、ここでは一介の生徒。学院長自ら案内いただかなくとも構いませんよ」

 

老人が振り返る。

 

「明日からはそうさせていただきましょう。しかしながら、守るべき礼というものもありますからな。そうそう、勉学に関しては特別扱いすることはありませんぞ。それは返って失礼というものですからな」

 

「さすがは学院長殿。若輩者である私が言うまでもないことでしたね」

 

 ふうん、無闇に阿ることもなく、一角の人物ではある、か。

 

 胃を抑えながらも案内を買ってでるぐらいの気骨はあるようだし、なかなかどうして、曲がりなりにも由緒は正しい国の施設なだけのことはあるね。

 

 

 

 

 

 ガチガチに緊張した顔のルイズ。そして、至って冷静なな彼女の使い魔。

 

 全く対象的ではあるが、だからこそ似つかわしいのかもしれない。

 

 

「ルイズ、また会えましたね」

 

「は、はい! 私もお会いできて嬉しいです」

 

 ふふ、やっぱりからかいがいのありそうな子だ。予想通りに面白い反応を返してくれる。何をしたって鉄面皮の「あいつ」じゃあ、こうはいかない。

 

 そういえば、あいつも学院にいるんだから、一応はあっておかないとまずいか。わざわざ説明するつもりはないが、余計なことをされても困る。

 

 さて、まあ、「友人」をあまりからかうというのも宜しくない。今日は大人しく顔見せだけにしておこうか。

 

「私もこの学院の生徒となりした。とはいえ、私が知っているのはあなただけです。分からないことがあれば教えてくださいね」

 

「はい、喜んで」

 

 ルイズの使い魔はただ見ているだけ。

 

 こいつとは、学院長がいない時になるか。ビターシャルは何かを言いたそうだが、今日のところは我慢してもらおう。時間はある。その為にこそ留学までしたんだ。

 

「さて、学院長殿。あまりあなたの時間を取らせる訳にも参りません。学院の中をご案内いただけますか?」

 

 急ぐことはない。私は私なりに楽しませてもらわないとね。悔やむだけの人生で終わるなんて、私はごめんだね。

 

 例え短くても、私だって楽しみの一つぐらいあったって罰は当たらないだろうさ。

 

 

 

 

 

 

 

 一通り学院の案内を受け、ようやく自由に動けるようになる。そして、それはビターシャルも同じ。

 

「――邪魔だとは言わないよね? ここでどんな風に過ごしてきたかというのは私も知りたいことだからさ」

 

「好きにすれば良い。私が断る理由はない」

 

「そうさせてもらうよ。で、場所はどこだって言っていたっけ?」

 

「この学院のカフェテリアだそうだ。ある程度は自由に使えるらしい」

 

 カフェテリアとなると、さすがに貴族だけしか使えないはず。使用人などとは別になっていたはずだ。

 

「ふうん、じゃあ、まあ、ちゃんと扱われているということだね。良かったじゃないか」

 

「……ああ」

 

 どうにもはっきりとしない返事。

 

 まあ、そりゃそうか。見た目が大丈夫でも、中身はどうだかね。エルフには心を壊す薬なんてものがあるんだ。自分たちが考えるようなことなら、相手だってね。どこか雰囲気が違うというのはビターシャルが言っていたことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 指定された席には、ビダーシャルの姪が座って待っていた。

 

 そして、もう一人。黒いワンピースの小柄な少女。お目付役にしてはずいぶんと可愛らしい。まして、二人の前には既に空になった皿が並んでいて、どこか微笑ましくもある。

 

「やあ、あんたがビダーシャルの姪の、ルクシャナだね? 」

 

「……あ、はい」

 

 恐る恐るといったていでうなずく。はて、ビターシャルに聞いた様子じゃあ、私が言うのも何だが、お転婆だった。さて、悪魔とやらに躾でもされたかね。

 

「ビダーシャルに聞いているだろうと思うけれど、私の名はイザベラ。ガリアの、一応、第一王女さ。ここには……」

 

 ルクシャナと一緒の少女に向き直る。

 

「あんたはルクシャナのお目付役かな?」

 

「――そう思っていただいても構いません」

 

 特に興味もなさげでやりづらい。ああ、誰かに似ていると思ったらタバサに似ているのか。知ってて選んだというのなら、ずいぶんと嫌味なものだ。まあ、それはいい。

 

「そうかい。昨日、ウリエルというやつにも話したんだが、 私達はあんたの親分とは多少なりとも仲良くしたいと思っているんだ。その為にはお互いのことを知らなくちゃいけない。その為にも私はここに留学することにしたのさ」

 

 ウリエルと呼び捨てにした時、少しだけ敵意が伺えた。この少女にとって特別なのかね。そして見た目通り、まだ幼いのか。どちらにしても、少しだけ安心した。本当に人形のようなやつは、詰まらない。

 

「そしてルクシャナのことは、まあ、言ってみればついでになるのかね。私の護衛役として一緒に来たビターシャルの姪がトリステイに攫われているということでね」

 

 しかし、とうのルクシャナが否定する。

 

「攫われた、というのは少し違います。叔父様は私の手紙、読んだんですよね?」

 

「ああ」

 

「手紙に書いたことが真実。私が、私達が愚かだった、自業自得なんです。それに、国に帰る許しは既にいただいています。今は、私がこの国のことを知りたいと残っているんです」

 

「お前は、人間の文化に興味を持っていたな」

 

 ビターシャルが言う。そういう所はルクシャナもビダーシャルも似ているのかね。ビダーシャルとて蛮族と蔑む人の国行きに選ばれたぐらいだ。

 

「ええ。それに、今はそれだけじゃありません。この国にいたエルフと友人になりました。私は、彼女がどんな風に暮らしているのか、どんなことを思っているのか、私はそれを知りたいとも思っています」

 

 ルクシャナがビダーシャルをまっすぐに見据える。

 

 少なくとも、私にはそれがルクシャナ自身の願いだと思えた。私よりもルクシャナのことを知っているのはビターシャルだ。だから、私よりも感じたのかもしれない。

 

「ルクシャナ。お前が本当にそうしたいというのなら、止めない。不自由していることは、ないんだな?」

 

「はい。街は面白いし、毎日が新鮮です。それに……」

 

 ルクシャナが少しだけはにかむ。エルフのように綺麗な顔でそんな表情を作ると、女の私でも可愛らしいと思う。

 

「食べ物だって美味しいです」

 

「それは良かった。これまでお前がどんな風に過ごしてきたのか、教えてくれるか?」

 

 ルクシャナが傍の少女を伺う。

 

「私を気にすることはありませんよ。シキ様が気にされることは、すでにあなたもご存知でしょう?

 

「そう、ですね。じゃあ、あの砂漠での出来事から………」

 

 ルクシャナという少女は目を閉じ、語る。

 

 砂漠での巨鳥との戦い――いや、一方的な蹂躙から。エルフの戦士達は鎧袖一触、あっさりと蹴散らさられた。

 

 そして、行き違いはともあれ、エルフの愚行をルクシャナが償うことこととなった。小娘一人で手を打つというのだから、その巨鳥はなんとも「慈悲深い」

 

 そして、ガルーダとかいう巨鳥に連れられ、話も聞いたことがない東の地へ。何が目的だったかは知らないが、無事目的のものを手に入れ、戻ってきた。そうしてビダーシャルがいうところの混沌王の役にたった功績で、晴れて自由の身に。なるほどね。

 

 さて、ビターシャルの話も踏まえると、どうにも途方もない話だ。

 

 曰く、エルフは突然現れた「悪魔」の対処にかかり切りとのことらしい。守るばかりでどうにも温いところがあるエルフとはいえ、その戦力は相当のもの。個体の能力でそれを凌ぐ悪魔とやらは文字通りの化物といえる。

 

 そして、まず間違いなくそれらを凌ぐ巨鳥は天災の類だ。世界を渡る強靭さ、エルフ以上の魔法の使い手となれば、それこそ神の領域。それを従えるというのなら、悪魔の王、混沌王というのも相応しい。なるほど、直接ビターシャルから聞いたわけではないが、どうにかして助力を得たいと考えるのもうなづける。

 

 私が見るに、あのシキという男、そこまでのものとは見えなかった。虚無の使い手などという大したものなのかもしれないが、ルイズという小娘にたいそうご執心のようだった。どうにかして悪魔を従える術を持っていにしても、分かりやすい弱みがあるわけだ。あるいは、ルイズ経由で頼みごとをすれば、あっさり首をたてに振るかもしれない。

 

 今のところ、権力や富だとかには一切興味がなさそうである以上、取引できるかどうか分からない。だが、人となりは分からないが、素直に頼んでみる、決して馬鹿げた考えというほどでもないように思う。人間相手なら馬鹿げていると笑うかもしれないがね。

 

 となると、状況を把握するにも、ルイズと良い関係を築くということはガリアとしても必須だね。敵対などというのは愚の骨頂、そうなる可能性は潰しておく必要がある。そして、エルフとの仲立ちができれば恩を売ることができる。もちろん、表立って動けば教皇庁が面倒だからこれはあわよくばというところだが。

 

 さて、これでとりあえずの方針は固まった。学院生活を過ごす中でルイズと接近、そして、混沌王のことを探って行く。今の所はそれで十分。

 

 結局、私をトリステインなんかに留学させたのはそういうことだろう? 貴族なのに碌に魔法を使えない、そんな惨めさを本当に分かり合えるのは私ぐらいだ。

 

 もっとも、虚無に目覚めることもなさそうな私こそが本当の落ちこぼれだがね。同じ醜い家鴨に見えても、本当に醜いのは私だけだってオチなんだろうさ。

 

 ――だが、ね。

 

 私だって惨めなまま終わるつもりはないからね。

 

 そう、これまでの道筋を語る、ルクシャナという少女。確かにあんたはエルフである以上、私なんかよりはるかに優れた魔法の才能があるんだろう。だが、悪魔の機嫌を伺い、随分と卑屈になっているようじゃあないか。私は、私が私であることは決して捨てないよ?

 

「……あの、私が何か?」

 

 怪訝な顔を見せるルクシャナ。

 

「ああいや、何、大変だったんだと思ってね。しかし、早く帰りたいとは思わないんだね。そういえば、エルフの友人がいると言っていたっけ? エルフと一緒にこの国に来た私が言うのもおかしな話だけれどね、エルフなんてばれたら大変だろう? 私達だって最初にあんたを見つけなければバラすつもりなんてさらさらなかったしね」

 

「彼女も、ずっと隠していましたよ。私がエルフだと知ったから初めて明かしたんでしょうし」

 

「まあ、そりゃそうだろうねぇ。この学院にいるのかい?」

 

「えっと………」

 

 気づいたように、ルクシャナは傍の少女を伺う。つまり、悪魔達にとっても特別扱いされている人物ということだね。

 

「別に無理して知りたいというほどじゃないよ。単なる興味だからね」

 

 少女は言う。

 

「――いえ、構わないでしょう。いずれは分かることですし。それに、同じくエルフとともにこの学院にやってきたあなたがたが軽々しく口にするとは思いません」

 

「はは、全くもってごもっとも。私もそういうことがバレるとさすがにまずいねぇ。これでも一応はガリアの第一王女だしさ」

 

「そういうことです。ただ、テファ様に要らぬ干渉をすることはおすすめできませんね。私達もそれなりの対処が必要になりますし」

 

「そりゃあ、怖いね。本当に怖い。少なくとも私はあんた達仲良くできるにこしたことはないと思っているんだよ?」

 

 それは私の本心。私だって死にたくはない。無意味に死にたくなんて、ない。

 

「私達もそうしたいと願っています。私達は、あなた方に何も望みません。それだけ覚えておいて下されば、それで十分です」

 

 見た目には10かそこらの少女。でも、その金色の目は作りものじみて冷たい。

 

 昔、人が変わったように感情をなくしたタバサもそうだった。人を殺すのに全く躊躇がない連中はそういう目になるのだろうか。

 

 ――でも

 

 例え言外に殺すと脅されてもね、人間引けない状況っていうのはあるのさ。何せ私は、尻に火がついているんだ。結果を出さずに国に帰れるなんてほど甘くはない。私には何の取り柄もないんだから。

 

 それに、ガリアという国だってそうだ。教皇庁はもちろん、ゲルマニアも何かしらをやろうとしているみたいだしね。そんな状況で自分だけが足を止めるというのは、それこそ自殺行為なんだよ? それこそ、いくらあんたらが文字通りの人外であっても、止まったままならいつかは追いつかれるのが道理さ。

 

 

 

 

 

 

 

 鉄と油の匂い。

 

 そして、金属を打つ音。

 

 この工房に溢れるものこそ、平民が言うところの科学というものだろう。

 

 もちろん、こことてハルケギニア。何処かにか魔法の恩恵はあるのかもしれないが、それはあくまで一つの道具として。それがこのゲルマニアと、故郷を悪く言うつもりはないが、トリステインとの差だろう、活気が違う。ここ最近とのことだが、貴重な火石すらも潤沢に使えるとのことだから。

 

 実際にこうやって目にして思う、私の夢はゲルマニアでしか叶えられない。彼と出会ったのは本当に偶然だが、あれこそ、ブリミルの思し召しというものだろうか。

 

 

「――よお、おはようさん」

 

 騒々しい中でもよく響く声。

 

 近づいてくる、にかっと人好きのする笑顔。頭は薄いのに髭だけは立派、加えていつも油で黒く汚れた作業服。そんなむさ苦しいおっさんであっても、こうやって歓迎されるのは悪くはない。

 

 人付き合いの少なかった私にとっては慣れるのに時間がかかったが、毎日続けば、それが当然となり、心地良い。

 

「ああ、おはよう。今日も私が最後かね」

 

「まあ、そりゃあ、そうさ。でもよ、最初に比べりゃあ、頑張っているんじゃねえの。そもそも、俺らが早いってのあるんだからよ」

 

 そうだろう。

 

 まだ日が昇ってそうたっていないのに、既に工房のそこかしこから金属を叩いたり、削ったり、そんな音が聞こえる。それが夜にまで続くというのだから、ただただ感心する。好きでもなければ続けられない。

 

 そして、もともとそういうものが嫌いではない私も影響を受ける。こうやって慣れない早起きをするぐらいには。

 

「さすがの私も、一人だけ高いびきでは恥ずかしいじゃないか」

 

「違いない」

 

 男は笑う。

 

 しかし、馬鹿にする響きなどない、気持ちの良いものだ。と、そこで思い出したらしい。

 

「そうそう、あんたが昨日言ったものはできているぜ」

 

 男が顎でしゃくる。

 

「おお、さすがに早いな」

 

 机の上にあるのは、曲がったクランクシャフトという部品。本の中にあったものを実際に形にしてもらった。シキ殿に話は聞いているが、実際の動きとなると実物がないとなかなか思い描けない。

 

「何の、何の。俺らも改良のヒントになれば儲け物ってところだからな。もともとここの作品らは試行錯誤でどうにかこうにか組み上げているものばかり。まず作ってから更に作り直すってのがいつものことだ。何はなくとも手を動かせってね」

 

「そう言ってもらえると助かる。私も自分で作って見るということもやったが、どうにも思った形にならなくてね」

 

「そりゃあ、そうさ。そもそもあんたは学者、俺らは技術者。適材適所ってやつだよ。こんなものを試したいって言ってくれりゃあ、俺らが形にする。とはいえ、すぐに壊すのはやめてくれよ? 一つ一つの部品にも結構手間がかかるし、同じものを作るっていっても、それはそれで結構大変なんだぜ?」

 

「わかっているとも。決して無駄にするつもりはない」

 

「ま、実際に試して初めて分かるっていえば、そういうものだ。あんまり遠慮する必要はないからな。ああ、そうだ」

 

 少しだけ意地悪く笑う。

 

「場違いな工芸品の仕組みもそうだが、作り方についても考えてくれていいんだぜ。いっそ職人じゃないあんたの方が奇抜な方法も思いつくかもしれんしな」

 

「作り方か………。そういうことを考えたことはなかったが、実際にものを作らない私が思いつくようなものなのだろうか?」

 

 男は言う。

 

「今のこそ、ものの試しというものだ。そこまで気にすることはないからな。ま、頭の片隅にでもおいておいてくれれば良い」

 

「善処はしよう」

 

 もちろん、本の中で見たことがないではない。しかし、作っている様子らしきものの絵は良く分からなかったのだ。

 

 この、そこここに人がいる工房とは全く違う。そして、極端なものだった。人がひたすらにならんで何かを作っている様子や、よく分からないものが並んでいる中で、逆に人がいないというもの。場違いな工芸品を作った人間は、確かに特別な製作法を持っていたのだろう。

 

 場違いな工芸品を見るに、一つ一つの部品がとんでもなく精密なものだ。だが、精密さだけなら手をかければ出来ないものではない。本当に驚嘆すべきは、その一つ一つががっちりと噛み合う、その統一された正確さだ。しかも、それを大量に作るというのだから。

 

 実際に部品を作ってもらう中で、同じものを作ってもらおうにも、何度も手直しが必要だった。精密なものを作るのが難しいのと同じぐらい、同じものを作るというのは難しい。それはそれで一つの技術なんだろう。人がつくる限りばらつきというものはどうしても出てくるのだから。

 

 シキ殿はトリステインに先に戻っているが、少し聞いてみようか。

 

 ああ、いや。実際に作ったというわけではないと言っていたから、そういうものには詳しくないかもしれないな。自分で試そうにも、技術もその為の道具もないとか。

 

「……何か作ろうというのなら、それに見合った道具が必要なのかね」

 

 つい漏れた言葉に返事があった。

 

「そりゃあ、そうさ。だから俺らも出来の良い道具を使う。もちろん技術で補うこともできるが、それだって限界がある。道具の限界が作れるものの限界にもなる。それに、人が作る限りはバラツキだって出るしな」

 

「場違いな工芸品を作っていた連中はどんな道具を使っていたのかね。いっそ、完璧な技術者でも作っていたのか。正確な加工ができて、まったく同じ動きができる。それでいて疲れない、ゴーレムみたいなものが理想かね」

 

「確かにそりゃ、完璧な技術者だな。それができりゃあ、確かにできるかもな。しかしまあ、本当にそんなものができたとしたら俺たちはお払い箱だから困ったものだな」

 

「……完璧な技術者、か」

 

 加工場に人がいない絵というのは、そういうものだったんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石造りの薄暗い地下室。

 

 効率的に魔力が集まるように計算されて作られたものらしいが、どこか淀んだ空気の中にはそれ以外のものも混ざっているのではと思えてくる。そんな部屋の中心。

 

 ――ヒトガタ。

 

 素っ裸ではあるが、二本の腕と足、きちんと頭もある。

 

 しかし、人と呼ぶにはどうにも不細工に過ぎる。指の一本や二本足りないのは可愛いもの。力任せに捻じり、引き伸ばされたように醜悪に歪んだ顔には、怒りとも憎しみとも悲しみともよくわからない感情がごちゃ混ぜになったようで気味が悪い。

 

 そして、見るはしからグズグズと体が崩れて行く。

 

 ヒトガタのそばにある砂の山。時をおかず、これも同じように塵に還ることだろう。

 

 これがかつての聖戦を率い、教皇として尊敬を集めていたものの似姿とは哀れなものだ。いくら名高きスキルニルとはいえ、何千年も前の死体からの再生ではこれが限界らしい。

 

「……ジョセフ様。今準備できるのはこれで最後になります」

 

「では、尚更に無駄にできぬな」

 

 ジョセフ様がヒトガタに尋ねる。

 

 これまでと同じく、聖地のこと、始祖のこと……。しかし、少しずつ変えて、確かめるように。

 

 そして、ヒトガタは答える。酷く聞き取り辛い、途切れ途切れではあっても、逆らうことはない。

 

 不意に途切れる。

 

 ああ、と嘆く間にヒトガタのクビが落ちる。それが地面に落ちるころには、全てが塵へと返っていた。

 

 これで、本当にお役に立つことができたのだろうか。ヒトガタ達が言ったことのほとんどは、私には理解ができなかった。

 

 せいぜい、聖地で始祖と呼ばれるものが生まれ、この世界を救おうとしたらしいということぐらい。この地に残る言い伝えと大差ないことだけ。

 

「ジョセフ様、お役に立てずに申し訳ありません」

 

 現教皇の血を手に入れることができれば、もっと簡単なことだったのだ。いくら警戒されていたとは、それが出来なかったことが口惜しい。

 

「余のミューズよ」

 

「はい」

 

「十分な働きをしてくれたよ。何、これはイカサマのようなものだ。確認作業ができただけでも儲け物。ヒントが多すぎるというのもそれはそれでバランスが悪いしな」

 

 ジョセフ様は楽しげだ。

 

「余は、あいつらのことを須らく欲深い坊主だと思っていた。しかしな、こいつは私欲以外で聖地の奪還を考えていたというのだ。そして、単なる言い伝えを事実として捉えていたという。余にはそこに確信が持てなかっただけに、大きな収穫だよ。それに……」

 

 ジョセフ様がポツリと呟く。

 

「聖地には余が求めるものがあるのかもしれない」

 

 その表情は伺えない。

 

 だが、ジョセフ様が望むのもの。それを見つけることができれば、本当に喜んでいただくことができるかもしれない。私を愛していただけるかもしれない。

 

 もう少し、もう少しでジョセフ様が本当に望む物が見えるような気がする。ならば私は、やるべきことをやるだけだ。

 

 

 

 


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