混沌の使い魔   作:Freccia

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今回の話はいつもより短めで、どちらかというと「小話」にしているものに近いです。


第32話 Maiden’s Mind

 いつものように、机で何かを読んでいるエレオノール。

 違うのは、難しい顔ではなく、どこか嬉しそうだということ。

 

 机にあるのは、優美ながらもどこか可愛らしさを感じさせる装飾の封筒。

 見たところ、親しい人物からの手紙といった所だろうか。

 

「何か良いことでも書いてあるのか?」

 

 問いに顔を上げたエレオノールが、ふわりと微笑む。

 

 普段、生徒には険しい表情を見せることが多いエレオノール。それとは違う表情を、自分だけが独占している。

 

「ええ、カトレアから――妹からの手紙です。シキさんも一度会いましたよね? ほら、ルイズと同じ色の髪の。私の妹で、ルイズにとっては姉ですね」

 

「ああ、あの時の……」

 

 思い出す。

 

 健康な体をくれた、と自分に対して礼を述べた女性。母親譲りだろう、ルイズと同じ桃色の髪の女性。ただ、ルイズ、エレオノール、そして母親とも違う、柔らかな空気をまとっていた。あとはそう、胸元が豊かだった。体のラインが目立つ服装ではないというのに、ブラウスがその豊かな胸にそって強調されていた。テファまでとはいかずとも、マチルダよりも大きいかもしれない。

 

 それはさておき、エレオノールは一つ頷き、続ける。

 

「 あの子が言ったように、万全とはいかないみたいですが、外に出歩けるようになったようで。それで今、お父様と一緒に王宮に滞在しているんですよ。手紙には、時間ができたから学院に来るって書いてあって」

 

「それは、ルイズも喜ぶな」

 

 城――エレオノールの実家はそう呼ぶべきものだろう――に滞在した時、久しぶりの再開だと一緒に寝ていた。とても仲の良い姉妹なんだろう。

 

「そうですね。ルイズは私よりもずっと、カトレアに懐いていますから」

 

 ちょっと悔しいですけれど、と本当に残念そうに付け加える。

 

 どこか拗ねたようなその仕草は、やはり可愛らしい。可愛らしいなどと言うと恥ずかしがるが、それがまた、一層可愛らしい。以前そんな様子を見たルイズなどはその手にあったカップを取り落としたりもしたが、それもまた一興。

 

「ところで、いつ頃ここに来るんだ?」

 

 せっかくだ。何か歓迎の準備ぐらいはしたい。

 

「ええと、ちょっと待ってください。……うん、次の次の虚無の曜日みたいですね。ちょっと準備することがあるとか。あと、もしかしたら何か嬉しいニュースを伝えることができるかもしれないって書いてありますね。うーん、何でしょうね?」

 

 エレオノールが軽く首をかしげる。

 

「さて、何だろうな? 何か悪戯でも考えているのかもしれないな」

 

 自分などよりエレオノールの方が詳しいとは思うが、何となく悪戯が好きそうな印象を受けた。エレオノールとルイズの父と対峙した時、なぜだかそんな風に思った。それは楽しみでもあり、どこか怖くもある。

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、あっという間にやってきた。

 

 学院にいくつもある応接室、予約すれば生徒も使えるそこで会うことにした。エレオノールの部屋でも構わないといえば構わないのだが、無駄に華美すぎず、落ち着いた調度品が設えられたその部屋の方が適している。何だかんだで、エレオノールの部屋は書類が山となっているというのもある。

 

 部屋の中心のテーブルへ人数分の紅茶が並べられ、配膳したメイドであるシエスタが部屋の隅に佇む。エレオノールのお気に入りなようで、こういった場では必ず彼女が呼ばれる。俺に対しては警戒感があるものの、職務にはきちんと取り組んでいる。この世界で最初に仲良くできた人物であるだけに寂しいが、それは仕方がない。今は、目の前のことが重要だ。

 

 エレオノールとルイズは、カトレアと、そして父親との再会を素直に喜び、俺は、三人の父親と軽く挨拶を交わすので精一杯。どうにも気まずいが、それは向こうも同様。世に溢れる義理の親子関係はどういったものか、寡聞にて知らず。ましてや、入り婿などというものの心労はいかばかりであろうか。それを思えば、自分はまだ気楽なものだ。二股という、その状況以外は。

 

「――シキさん」

 

 ふと、エレオノールの妹であるカトレアの声。目が合うと、柔らかく微笑む。そうやって笑う時は、やはり姉妹なのかと思う。

 

「シキさんのおかげで、遠出もできるようになったんですよ。心配性の主治医もようやく許してくれて。本当に、ありがとうございます」

 

「ああ、前にも言ったように、気にしなくて良い。俺自身が何かをしたわけではないからな。それに、エレオノールの妹なら当然のことだ」

 

「相変わらずですね、お兄様は」

 

 微笑むカトレア。

 

 そして、咳き込むルイズにその父親。エレオノールは至極当然と頷く。俺は、どう返すべきだろうか。とりあえず、一つ言うべきことがある。

 

「いや、兄というよりは………」

 

「嫌です」

 

 カトレアは微笑んだまま、ピシャリと言い切る。

 

「弟………」

 

「絶対に、嫌です」

 

 微笑みながらも、カトレアは決して目を逸らさない。そして、エレオノールが言う。

 

「前も言いましたよね? そういうのはシキさん、良くないですよ」

 

 更にルイズが同意し、そして、ルイズの父も無感情に同意する。

 

 エレオノールが続ける。

 

「シキさん。シキさんは別の世界の住人だったんですよ? だったら、時間の流れが同じとは限らないでしょう?」

 

「それはまあ、そうだな」

 

 体感での違いはないが、そういった可能性もあるだろう。当然、歳が下に離れる可能性もあるわけだが。

 

 知ってか知らずか、エレオノールは諭すように口にする。

 

「だから………、そうですね。取り敢えず、シキさんは40歳ということにしましょう。うん、それがいいですね。あなたもそう思うでしょう?」

 

 問われたカトレアも、我が意を得たりと、嬉しそうに頷く。

 

「はい、それがいいですね。シキさん、落ち着いていますし、きっとそうですよ。ルイズもそう思うでしょう?」

 

「え、私? ええと、私は歳が近い方が………。いえ、何でもないです。はい、シキは40歳ぐらいですね。お父様はどう思いますか?」

 

「あ、ああ………。まあ、違和感はないとは思う」

 

 俺以外の同意を一応は得たエレオノールが大きく頷く。

 

「じゃあ、そうしましょうか。誕生日はいつにしておきましょうか?」

 

「いや、そこまで決める必要があるのか?」

 

 代わりにカトレアが答える。

 

「大切ですよ。あとで辻褄が合わなくなったら大変ですし」

 

 エレオノールだけでなく、カトレアもやけに真剣だ。以前ルイズから人となりを聞いた時には、むしろ達観しているような雰囲気を受けたが。

 

 しかし、あり得ない話でもないのか。死が間近にあるという状況から解放されれば、自然、変わっていくだろう。それは、悪いことではない。例えば、結婚だって意識するかもしれない。

 

「そうだな。なら、この世界に来た日を誕生日にしようか」

 

 人として生まれ、悪魔として生まれ変わり、そして、この世界でルイズと出会って希望を見つけた日。三度目の誕生日と言っても良い。そう考えれば、年齢自体は大した問題ではない。

 

 とん、と肩を叩かれる。

 

 ルイズがはにかむように笑い、自分にだけ聞こえるようにつぶやく。あの日は、私にとっても特別だよ、と。ルイズの父親が本当に心配そうにこちらを見ているのはおいておこう。

 

 そういえば、と一つ思い出す。この話をこのまま続けるのも、気恥ずかしいものがある。

 

「確か、嬉しいニュースがあるかもしれないとか」

 

 エレオノールが受け取った手紙に、そんな言葉があったはず。今日来たのは、恐らくその報告もあったんだろうと思う。

 

 エレオノールも思い出したようだ。

 

「ああ、そういえば………。あなたにとって嬉しい話なら、私にとっても嬉しいわ」

 

 とたん、さっきまで笑顔だったカトレアの表情が強張る。なぜか、その父親も合わせて。そして、ルイズはこういった時に空気を読まない。

 

「婚約する――とか?」

 

 加えて、そういう時限って勘が良いというのは、不幸だろうか。

 

 父親は、見てはっきりと分かるほどに顔を青ざめさせる。それには決して触れないでくれとばかりに。そして、カトレアが強張った表情のまま、震える声で呟いた。

 

「全部、断られたわ………」

 

 シン、と音を立てるように凍りつく空気。

 

 そして、それを破るのはまたルイズ。身を乗り出して驚いた声をあげる。

 

「そんなことあるはずが………。エレオノール姉様ならともかく………」

 

 空気を読まずにつねりあげられるルイズは、一先ずおいておこう。

 

 しかし、断られるというのはおかしいように思う。自分が想像が及ぶ限りでも、引く手数多となるはず。公爵という、貴族としては最上位に近い血筋。容姿振る舞いどれをとっても理想的。健康上の問題さえなくなったとなれば、むしろ、求婚を断るのに苦労するだろうとは想像に硬くない。エレオノールも、少なくとも最初はそうだったと聞く。性格上の不一致は、……あとの問題だ。

 

 カトレアがポツポツと続ける。今までの印象とはまるで別人、はっきりと影を纏って。

 

 

 

 

 

 

 

 父親が画策していた、カトレアに婚約者をというのは本人にとっても悪い話ではなかった。だが、いくら話を作ってもすぐに消えていった。様々なことを理由に、例外なく候補者が逃げて行く。

 

 例えば、こんなことがあった。

 

 相手方の両親は乗り気であったが、肝心の息子があそこだけは勘弁して欲しいと泣きついた。曰く、エレオノールの婚約者が、その性格の苛烈さから逃げ出したという話を知っていたらしい。公爵からの後ろだてを得られるという餌がありながら、それでも逃げ出すという苛烈さに恐怖したとのこと。いくら後ろだてを得られるといっても、家の中で自分がどのように扱われるか、一生をどう過ごすのかという恐怖から。

 

 むろん、それは承知の上。性格の苛烈さは長女だけだろうという可能性もある。だが、ここで三女にも問題があった。呼び出した使い魔が絶対不可侵の魔王のような存在だということ。更に、周りで問題のある人物が消えているという話は、まことしやかな噂として流れている。

 

 そうなると当然、皆が思う。次女にも絶対に何かがある、と。

 

 そして調べる中で、更なる事実が出てきた。三姉妹の母が半ば伝説、貴族の社会でそれなりに長く過ごしたものには恐怖の代名詞である、名高き烈風であると。戦争での鬼神のごとき活躍はもちろん、余計なことをして血祭りにあげられた貴族は、両手、両足でも足りない。

 

 無理やりにでも息子を出そうという者たちも、それで諦めた――というより逃げ出した。血縁関係を結ぶということはすなわち、烈風とも血縁関係になるということ。息子のことを道具して見ていなくとも、やはり自分は可愛い。余計なことを画策すれば自分がどうなるか、それを思うだけで皆が震え上がった。

 

 やがてそのことが表に出ると、噂はあっという間に広がり、一斉に引いて行った。あそこの娘は無理、と。

 

 ただ一人、公爵だけは真の剛の者だと尊敬を集めたが、本人としてはたまったものではない。そのような話をどこからか知ったカリーヌから、散々に嫌みを言われたのだかから。文字通りの烈風をまとったカリーヌからの言葉に、嘘偽りなく死を覚悟したとは本人の談。

 

 

 ――そんな話を、カトレアは涙ながらに語る。結婚に憧れていたのにとさめざめ。

 

 部屋には、沈黙。それぞれが顔を見合わせ、そして、視線はエレオノールへと向かう。耐えられなくなったエレオノールは、顔を引きつらせながらも謝罪する。

 

「………本当にごめんなさい。半分は、私のせいね」

 

 そして、エレオノールの視線はルイズと、そして、俺へ。

 

「え? う、ごめんなさい?」

 

 ルイズは反射的に謝ったものの納得がいかないのか、あんたが悪いんでしょうとばかりに俺を小突く。

 

 いや、まあ、確かにその通り。ルイズ自身は何もしていない。エレオノールも、そして父親も俺を見ている。いつの間にかカトレアも。

 

「その、済まなかった。そんなことになるとは思わなかったんだ」

 

 沈黙は変わらない。我ながら、もう少しまともなセリフはなかったのかと思う。ようやく沈黙を破ったのはカトレア。

 

「じゃあ………」

 

 顔を上げたカトレアがポツリと呟く。

 

「責任、とってくれますか?」

 

 ……責任というと、つまり、そういうことだろうか?

 

 エレオノールが吠える。

 

「待ちなさい、カトレア!? あなたどさくさに紛れて何を言っているの!?」

 

 父親もまた。

 

「そうだ! いくらなんでも娘全員を出せるか!?」

 

 そして、ルイズ

 

「シキはエロいだけだよ!」

 

 ――ルイズはちょっと、黙ろうか。

 

 

 詰め寄る3人を見て、カトレアが急に笑いだす。

 

「さすがに今のは冗談ですよ。姉さんの想い人をなんてダメですし」

 

 ちらりと舌を出し、そしてカラカラと笑うカトレアに、エレオノールは何とも言えない表情を見せる。

 

「今のは冗談にしても性質が悪いわよ………」

 

「あら、結婚に憧れていたのは本当ですよ? 子どもだって、ずっと欲しかったし………。だから、これくらいのいたずらは許してくれますよね?」

 

 当然とばかりのカトレアの言葉。そこにはエレオノールも反論できないのか、歯切れが悪い。

 

「え? ……うー、そ、そうね。私が原因だものね。それは確かに、私が悪かったわ………」

 

 小さくなる姉を見て、ルイズが一言。

 

「ちい姉様、性格が悪くなった?」

 

 父親も同意する。

 

「健康になってから少しずつ、な。それに、王宮の有象無象共と関わるようになってから更に。人を疑うようなことのない、純粋な娘だったというのに………。まさか一番カリーヌに似るとは思わなんだ。ここ最近はカリーヌと何やら話し込んでいることもあってな。儂も何とかしたいとは思っているのだが………」

 

 カトレアは涼しい顔をして、そんな二人の言葉を聞き流す。

 

 一番性格が苛烈なのはエレオノールかと思いきや、案外どうして、カトレアなのかもしれない。強がっては見せても実は臆病なところもあるエレオノール、良くも悪くも子どもらしいルイズ、対して、一見して全てを受け入れそうに見せながら、こうやって父親を含めて手玉にとるだけの強かさ。

 

 実際、今日のところはカトレアの独り勝ちといったところ。なんだかんだで自分も手玉に取られたのだから。

しかも、カトレアに関しては全く考慮していなかっただけに何も言えない。ルイズもいずれは同じ悩みを持つだろうだけに、何か考えないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、学院を見たいというカトレアを案内することになった。ただし、二人で。

 

 ついていくといって聞かなかったエレオノールとルイズ、そして父親をカトレアがあっさりとやり込めた。エレオノールなどは泣きそうな顔になりながらも諦めた。どうも、家族全員の弱みを握っているらしい。そこまで強かであればいっそ、清々しい。

 

 そんなカトレアは、何が楽しいのか、鼻歌交じりに教室を回っている。休日ということもあって誰もいないが、それでも嬉しそうだ。

 

 ただ机が並んでいるだけだというのに、カトレアには違ったものが見えているのかもしれない。黒いと表現するしかないほどの強かさを見せた人物と同一人物とは、とても思えない。

 

 不意に、カトレアに話しかけられる。

 

「私、小さな頃から体が弱かったので、学校なんて行ったことがないんです。いつでも治療を受けられるよう、実家で家庭教師に勉強を教えてもらっていて。だから、皆が集まる学校という場所に憧れていたんです」

 

 この告白に、何と返すべきだろう。同情などすべきものではないということは分かっている。そんな考えを知ってか知らずか、カトレアは気にした様子もなく続ける。

 

「あ、気にしていただかなくても大丈夫ですよ。ずっと、長生きはできないだろうなぁと思っていたので、こうやって普通に外に出られるようになっただけでも幸せですし」

 

 カトレアはくるりと振り返り、微笑む。少しだけ遅れて、スカートがふわりと膨らむ。

 

「それに、ほら。こうやって時間があれば、教室に来ることだってできますし」

 

 さすがにこの歳になって学生になるのは恥ずかしいですし、と舌を出す。そして、別人のように表情を引き締める。

 

「さて、じゃあ、そろそろ本題に入りますね」

 

「王宮で何かあったのか?」

 

 カトレアはここしばらく王宮に滞在していたという話は聞いている。

 

「うーん、何かがありそう、という感じですね?」

 

 カトレアの言葉には若干の迷い。まだ事は起こっていないが、これから起こるかもしれない、と。

 

「私、何と無くなんですけれど、目の前の人が考えていることが分かるんです。家族にもはっきりと言ったことがないので、ものすごく勘が良いという風に思われているみたいですけれどね。例えば、動物達の考えていることも分かるので、彼らが望むことをやってあげるとすごく懐いてくれますね」

 

 確かに、エレオノールの実家では、猛獣であっても懐いていた。ずっと人と暮らしてきたというのなら分かるが、そうでなくとも同じらしい。

 

「なら、俺が考えていることも分かるのか?」

 

「いいえ。あなたの心は全く見えません。まるでそこがない湖みたい。そんな人はあなたが初めてです」

 

 しかし、あっさりと首を振る。

 

「でも、悪い人じゃないというのは分かりますよ。だって、姉さんとルイズが心の底から信頼しているんですもの。あ、でも、女癖に関しては心の底から信頼されていないみたいですね?」

 

「……それも、心を読んだからか?」

 

「えっと、それもありますが、お母様に堂々と二股のことを言ったんですよね? だから、それだけじゃ信じてもらえないですよね?」

 

「いや、信じよう」

 

「あら、いいんですか? そんなにあっさり」

 

「ああ、似たような相手を見たことがあるし、それに、そんな嘘をつく必要はないだろう? エレオノールとルイズの信頼する家族がそんなことをするとは思わないしな」

 

「えっと、それは惚気というものですか? だとすると、ちょっと反応に困るんですけれど………」

 

 本当に困ったように笑う。

 

「………なら、忘れてくれ。こちらも反応に困る。それより、わざわざそんなことを言うということは、それだけ重要なことなんだろう? 例えば、アルビオンのことか」

 

「あら、もうご存知でした?」

 

「知っているといっても、何とかしてアルビオンという国を守ろうとしていることぐらいだがな」

 

 テファに王家の証とも言える宝を渡したというのは、そういうことだろう。まだ相談は受けていないが、マチルダにも接触しているようだった。決して悪いことばかりでもないだけに、あえてそのままにしているが。

 

 カトレアが息を吐く。

 

「やっぱり、知っていたんですね。ええ、そのことです。王家の、そして虚無の血を引いている少女に国を託すことを考えているようですね。そうして、ある意味では新しいアルビオンとして、枷のない国を作ろうと考えている。そして、その少女はあなたの近くにいるんでしょう?」

 

 確信を持った言葉。

 

 王子から決してそのようなことを言うはずはないだけに、心を読むという能力も本当だろうか。あるいは、その能力もまた虚無に関係するものなのかもしれない。血がそれをつなぐものであるのなら、ルイズの姉であるカトレアにもその資格は十分にある。

 

 真偽はともかく、そこまで知っているというのなら、こちらから情報を出すことも悪くはない。

 

「ああ、その通り。当の本人はそのことを知らないだろうがな。それで、そのことは他の誰にかも話しているのか?」

 

 カトレアは否定する。

 

「いいえ、話したのはあなただけです。証拠なんてない話ですし、何より、私自身がどうすればいいか分からないんです。あの人達は本当に国を守りたいと思っているだけで、私はそれを悪いことだとは思わない。そして、託そうと考えている少女が国を率いること、それは正しいことなのかもしれない。虚無に目覚めたということは、それが始祖の御心に叶うことなのかもしれない。ただ………」

 

 カトレアがそっと顔を伏せる。

 

「ルイズのことか?」

 

「ええ、もしそうだとしたら、ルイズもそうそうすべきとなるかもしれない。でも、それはあの子が望むことではないです。そんなことになれば、現王家と反目することにもなるでしょう。悪いことに、それは望めば容易く叶う。国をまとめられない今の王家より、ヴァリエール家をと望む声は少なくないですしね。何より、ルイズの後ろにあなたがいます。でも、あなたはどうすべきか迷っている」

 

「――本当は、俺が考えていることも分かるんじゃないのか?」

 

 カトレアはただ微笑む。

 

「いいえ、これは単なる想像です。あなたがルイズのことを一番に思ってくれているのは分かっています。だったら、こう考えているだろうな、と」

 

 カトレアは、頭の良い女性なんだろう。

 

 一つ一つのヒントを積み上げて、客観的に事実を見つける。それは、心が読めるというのはまた違った強み。

 

「ああ、認めよう。ルイズと、もう一人の虚無の担い手のテファ。二人ともが俺にとっては妹のようなものだ。二人にとっても好ましくないのなら、アルビオンはもちろん、この国のことだってどうだって良い。必要なら、いくらでも手を汚そう。これ以上、汚れようがないのが俺だからな。――軽蔑するか?」

 

「まさか。私も家族のことが大切ですから。私の知っている世界は狭い。私の世界の中心は家族もだけです。でも、お父様は違う。トリステインの貴族としての誇りを持っています。だから、私は伝えるべきかどうかも決め切れませんでした」

 

「それは、俺も同じだな。何が正解なのか分からない。そして、中心にある虚無というものが何なのかが分からない。だから今、それを調べている」

 

 カトレアが浮かべる、本当に安心したという表情。

 

「あなたみたいな人がルイズの使い魔になってくれて良かったです」

 

「俺も、ルイズの使い魔になって良かったと思っている。俺もルイズに救われたんだ」

 

 それは、紛れもない事実。だから、ルイズのことは絶対に守りたい。

 

「ふふ、お互いがお互いがの為にって、本当に良いパートナーですね。良かった、私が王宮で調べてきたことも無駄にならないですね。人の心が分かるというのは、良いことばかりじゃないんです。純粋な悪意は、心が痛むんです。でも、私のこの力は、この為にあったんだと思えばとても嬉しい。私が知ったこと、あなたにだけは伝えます。どうか、それを役に立ててください。ルイズのことを、守ってください」

 

「ああ、約束する。必ずルイズのことを守る。もちろん、その家族も」

 

 カトレアは嬉しそうに頷き、そして、上目遣いに見上げる。

 

「じゃあ、私も囲ってくれますか? 相手が、本当に見つかりそうもないんです。国内だと皆断るし、今の状況だと他国というわけにもいかなくて………」

 

「それは、何というか………」

 

 どうにも切実な言葉に、思わず、目を逸らす。

 

「子どもが、私が生きた証がどうしても欲しいんです……。いいじゃないですか、今更一人増えたって………。お姉様とお父様のことは私が説得しますし、お母様は今更何も言わないですよ? お母様も似たようなことをしたみたいですし」

 

 カトレアは、確かに魅力的な女性だ。だが、そうは言っても……。エレオノールとルイズに合わせたプレゼントを準備していたが、これは別の日にするか。

 

 

 

 

 それから、今後のことを考えてテファを紹介した。決して、逃げたわけではない。

 

「ずいぶんと信頼されているみたいですけれど、さすがに囲うつもりはないですよね?」という言葉は、あえて無視した。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、心配そうに部屋の前で待っていたエレオノール。こちらもまた、信用されていなかったようだ。それに対して言うべきこと、言えることはないが。

 

 駆け寄り、不安そうに見上げてくるエレオノール。良い子ですよねと言いながらも、どこか不安そう。聞きたいことがありながらも口にできない、まるでそんな風に。そんな様子を可愛いと思いながら、それでいて、そんな思いをさせてしまったということに罪悪感を感じる。






33話ではエルフ、ロマリア近辺での話を予定しています。

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