混沌の使い魔   作:Freccia

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 時系列的には、混沌の使い魔 小話と別に分けている中にある「得たもの、失ったもの」の直後になります。

 今回の話は、ルクシャナ、ファーティマと正統派貧乳エルフ娘二人がメイン。原作でのファーティマは嫌われそうなキャラクターでしたが、従順なエルフであれば、それはそれで可愛いかな、と。


 


第34話 As it should be

 

一面に並ぶ、白亜の建物。

 

規則正しく揃ったそれは、たとえ美しくても、どこか物足りない。私にとっては、いっそ人間の街の乱雑さが心地良いのかもしれない。喧騒、食べ物の匂い、そんなものがいっぱいに集まった、生きていると感じさせてくれる空気。離れると、尚更に懐かしい。

 

本当は今ここにいるエルフの国のことこそを懐かしいと感じるはずなのに。私はいっそ、あの国に住んでも良いのかもしれない。

 

そして、中心にある、一際高い塔の天頂。目を凝らせば、赤い影がかすかに伺える。地上から見えるということは、それは成体のドラゴン以上の巨体であるという証明。鳥の王という二つ名も、なるほど、これ以上ないというほどに相応しい。街の守護者としては、これ以上ないほどに頼もしい。隣に並んだアリィーも同じ感想なのか、息を飲む様子をありありと感じる。

 

 ――不思議。

 

 どうしてか私はそれを誇らしいと感じている。一度は、食べられてしまうということだって覚悟したのに。うん、アリィーだって本当に驚いた顔して……

 

「本当に、化物……」

 

 アリィーは、言い終わる前にお腹を抑えてうずくまる。反射的に殴っていたけれど、我ながら惚れ惚れするほどきれいに鳩尾に入った。アリィーは、油断し過ぎだと思う。いや、まあ、少しやり過ぎた気がしなくも無いけれど、とりあえず、言うべきことは言わないといけない。

 

「ねぇ、アリィー。口には気をつけないと、殴るわよ?」

 

 アリィーは怯える子犬のような目で見上げる。ちょっと、可愛いと思ってしまったのは、いけないことだろうか。

 

 そんなアリィーが、躊躇いがちに口を開く。

 

「もう……」

 

「返事は、はいかイエス。分かった?」

 

 分かり切ったことは言うだけ時間の無駄だから。

 

「はい………。ルクシャナが本当に元気で、嬉しいよ……」

 

 アリィーはそれだけ言って、項垂れた。もう、私の初めてをあげて、アリィーも童貞を卒業したんだからもう少し堂々とすれば良いのに。そんな風にされると、またゾクゾクしてきちゃう。

 

 

 

 

 久しぶりに来た市場は、思ったよりも活気があった。もちろん、人間の国のような賑々しさとは違う。でも、人の行き来が多くて、景気が良いのかなと肌で感じるぐらい。擦れ違って行く人々の様子も明るい。

 

「ねえ、アリィー?」

 

 後ろを歩くアリィーを振り返ると、なぜかびくりと体を震わせた。確かにさっきは思わず殴っちゃったけれど、幾ら何でも、何も無しに殴ったりはしない。そんな不満を視線に載せて睨みつけると、今度はぶるぶると震え出す。

 

 もう一回殴っておこうかと一瞬だけ思ったけれど、そんな考えはすぐに追い払う。こういう場合は、むしろ優しくしないといけないんだと思う。

 

 だから、今日の夜は優しくしてあげよう。そういった方面での人間の文化の進み具合は私達とは比べものにならない。ちょうど参考にしたいと思うことがある。きっと、アリィーも喜んでくれると思う。

 

 ――更に怯えた様子のアリィーは、敢えて無視する。

 

「でね、ちょっと聞きたいんだけれど。ほら、街の様子って明るいじゃない? それってどうしてなの? どちらかといえば落ち込んでいるんじゃないかなって心配していたから……」

 

 事件があれば、どうしたって雰囲気は暗くなる。私がこの国の外にいる間に解決したわけでもないんだから、今の様子には誰だって疑問を持つと思う。

 

「ああ、そのことか……。まあ、あまりおおっぴらに言うことじゃないんだけれどね………」

 

 アリィーはごく自然な仕草でぐるりと周りを見渡す。そして、私にだけ聞こえる程度に声を落とす。どんなに情けなく見えても、やる時はきちんとやるのがアリィー。

 

「事件は時折あるんだけれど、その分警備は強化されることになった。詳細については伏せられたままだけれど、状況としては可もなく不可もなくさ。一番大きいのはね、輸出が増えたということだよ」

 

「輸出って、人間の国に対してよね? 必要最小限というのがエルフとしての方針じゃないの?」

 

「それはまあ、本音と建前というやつかな。状況が状況だからね、情報を積極的に集める為にも一時的に譲歩するということになったのさ。そうすると今まで輸出拡大を狙っていた所が色々と頑張ったようだね」

 

「ふうん、私としては閉じこもっているよりはよほど健全だと思うけれど、人間の方はどうなの? ガリアという国は王が変わっているとはいえ、宗教上の問題でそう大っぴらには取り扱えないでしょう? 増やすにも限界があると思うけれど」

 

 色々と抜け穴を準備して、とても面倒な方法でやり取りをしていたはずだ。茶番も良いところだが、互いに誰とやり取りをしているのかを敢えてぼかすようにしている。そういった部分での面倒さは、エルフも人間も変わらない。

 

「ああ、そうか、君は知らなくても当然か……」

 

 合点がいったという様子のアリィー。

 

「なに? 改宗でもしたの?」

 

「いや、そういうわけじゃないよ。単純に、別の国とも貿易するようになったというだけでね。何て言ったか、そうだ、ゲルマニアという国だったかな?」

 

「ゲルマニア……。ああ、あの国だったら、あり得なくもないのかな」

 

 私が知る限り、実力があれば貴族以外も積極的に登用するなど、保守的な人間の国の中でも珍しい所だと聞いた。それに、ブリミルとやらの血を重視するというあの宗教の中では、直系ではないという理由で国の格を低く見られていたはず。足りないものを別の場所から持ってくるというのは理にかなったやり方だ。

 

「うん、まあ、そこは君の方が詳しいだろうね。ゲルマニアからの使者が砂漠を越えてやってきてさ。普段なら追い返す所だろうけれど、さっきも言ったとおり状況がね。一国からの情報だけに頼るのも危険だということで、ほどほどに付き合うことになったのさ。まあ、蛮族様々というのが難だけれどね……」

 

「ふうん、誇り高いエルフとしては複雑でしょうね」

 

 エルフという国は排他的だ。自分たちだけで完結しているけれど、それは閉じたもの。外からの影響がないせいで、変化というものがほとんどない。

 

 その証拠に、技術は別にしても、文化という意味ではもう何百年も変化がない。私達と人間の間には大きな差があるけれど、成長という意味では私達の方が大きく劣っている。認め難いけれど、それは事実だ。人間に私達の技術を渡すことは危険だけれど、少しは考えないといけないことだと思う。私達もいつまでも立ち止まってはいられないのだから。

 

 それはそれとして――

 

「ねえ、アリィー、そろそろお腹が空かない? 他にも変わったことがあれば聞いておきたいし、どこかのお店に入りましょうか?」

 

「え? 来る前にも食べた……ああ、いや何でもない。お腹、空いたね。うん、そうしようか。最近できたお店もあるし、そこにしよう」

 

 うん、物分かりの良い人って好きよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーブルには空になったお皿。

 

 アリィーの分より私が平らげた分の方が多かったけれど、まあ、それは仕方ない。味付けの繊細さに少しだけ物足りなりなさを感じてはいても、やっぱり懐かしい味。だから、つい食が進むのも仕方がない。アリィーだって何も言わなかったし。何も言わずに、私にお皿を差し出したし。

 

 さて、お腹も一杯になったし、そろそろ本題に戻そう。

 

 アリィーの話を聞くに、この国も色々と状況が変わったようだ。目を閉じ、聞いた内容を頭の中で整理する。

 

 悪魔に関しては大きな進展は無し。ただ、ガルーダ様、ジャターユ様の助力を得られる見込みということを考えれば、解決はともかく、街の安全という意味でなら先行きは明るい。

 

 外交に関しては、正直、私には分からない。もともと叔父様が人間の情報を得る為に接触していたガリアについては、今まで通り、つかず離れず。敵のことを知る為のパイプというのは必要だから、それは必要なこととして今後も継続していくべきだと思う。

 

 ただ、ゲルマニアという国が接触先として増えた。確かにパイプが一つよりも二つである方が望ましい。情報の確度を上げるには効果的だから。でも、こちらから提供する技術が増えるということは、やはり危険があると思う。もちろん精査した上でだろうけれど、こちらが思いもよらない使い方を考えたり、あるいは、自分たちが持っている技術と組み合わせることで更に優れたものを発明する可能性だってある。逆だってあり得るのだから一概に悪いとは言えないけれど。

 

 そして、人間の亜人に対する扱い。しばらく前から、私達を頼って逃げてくる亜人が増えたという。例えばガリアから。人間が自らの領域を増やすため、積極的に追い出しているようだ。人間にとっては善政になるのだろうけれど、人間とはやはり相入れないのかとも思う。

 

 でも、それは私達が非難できることでもない。エルフを頼ってきた彼らを、私達も積極的には受けれることはない。エルフと他の亜人は違うというプライド、そして、彼らに比べてはるかに人口の成長率が低いということから。身の内に入れるべきではないという考えから、せいぜい外部の土地を教えるぐらいだ。アリィーは仕方ないというし、私もそう思う。でも、どこか言い訳をしているような居心地の悪さを感じる。

 

 そして、もう一つ――

 

「あなたはシャジャルという名前を聞いたことがある? 人間の国に渡ったエルフらしいんだけれど」

 

 私はアリィーに問う。

 

 トリステインからこの国へ向かう時、テファに頼まれたこと。名前しか知らない自分の母親のことを知りたいという、テファの純粋な願い。

 

「うーん、シャジャル、か。それだけじゃ何とも。僕よりも、君の伯父さんに聞いた方が良いんじゃないかな? もし人間の国に渡ったという話があるのならきっと知っているだろうし」

 

「やっぱり、そうかしらね」

 

「うん。ただ、あまり良い話じゃないと思うよ。蛮族の国に渡るなんてよほどの物好きか、君の伯父さんのように密命を受けているか。あるいは、追放されたとかじゃないかな? 」

 

「ええ、そうね……」

 

 私も、分かってはいる。ひょっとしたら、テファは知らないままの方が幸せかもしれないということぐらい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、一人の少女との面会を水軍に求めた。どういう配慮か、私の名と立場を知ると至極あっさりと会うことができた。

 

 連れられてきた少女は、何日も寝ていないかのようにやつれていた。そして、まるでつい先ほど殴られたかのように赤く腫れた頬。怯えるような視線に、思わず目を顰める。

 

 ルクシャナから相談を受けた、シャジャルという名。直接の面識こそないが、その名に心当たりはあった。我らの言葉で真珠という名に恥じない、美しい女性だったという。しかし、それは侮蔑と共にある名でもある。

 

 私とて人づてに聞いただけで、詳しい話は知らない。知っていることと言えば、ただ、一族の恥として追放されたということだけ。

 

 話としてはそう込み入ったものではない。シャジャルという女性が砂漠で行き倒れた蛮族を助け、その蛮族が恩を仇に、保管された場違いな工芸品を手土産に逃げたという。所詮はガラクタ、それだけと言えばそれだけのことで、大した被害でもない。しかし、それだけと済ますわけにはいかなかった。

 

 蛮族如きに騙されるなど、誇り高きエルフの恥。やがて話は、シャジャルが手引きしたのではという話になった。エルフの恥であり、裏切り者。そうして彼女は一族の恥として追放されたという。むろん、その事実は消えないから、今でもその一族は肩身の狭い思いをしているということだ。

 

 そして、そんな一族に一人、目立つものがいた。ファーティマという、ルクシャナともそう年齢も変わらない一人の少女。私がシャジャルだけでなく、彼女まで知る理由はその悪名から。

 

 彼女が何を考えてそうしたかは私には分からない。ただ、彼女にとってはそうすることが正義で、物事の解決の手段になると判断しただったというだけだろう。

 

 彼女は軍に入った。経緯などは知らない。自らの意思か、それとも、誰かに唆されたのか。例えば、エスマーイルにとって便利な駒となるようにと。

 

 実際、ファーティマは不幸な事故で死んだエスマーイルの後援で、水軍の中でめきめき地位を築いた。エルフの種族としての優秀さを説き、エスマーイルに言われるがままに蛮族に対する強硬論に凝り固まっていった。まるでシャジャルの存在を否定するように。少なくとも、今まではそれで良かったのだろう。

 

 だが、ただでさえ嫌われていたのがエスマーイルの作った鉄血団結党。そして、若造もいいところであるファーティマが凝り固まったご高説を説き、それだけで、少なくとも回りからはそう見える中で少校という地位まで得た。それで憎まれないはずがない。そして、厄介者であるエスマーイルが死んだとなれば、ほんの数日でもこの有様か。

 

 連れられてきたファーティマという少女。よくよく見ればなるほど、トリステインで見たテファというハーフエルフと似た面影がある。身体的な特徴こそ違うが、たれ目がちな眼差しなどはよく似ている。

 

 ただ、その怯えるような卑屈な視線と、痛々しい赤黒い頬の痣が目に付く。以前見た時には、高慢とも言えるほどだったというのに。無理に気丈に振舞っていただろうものが、すっかり折れてしまっている。

 

 私は、ファーティマを連れてきた男に席を外すよう促した。男は何を勘違いしたのか、邪魔はしないと下品に笑った。ファーティマは恨めし気に私を見つめ、自らの服に手をかける。まだ幼さを残した体には、やはりいくつもの痣。

 

 男が外へ出て、私はため息をついた。彼女と交わす初めての言葉は、服を着るように促すことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の中央のソファーへと腰掛け、向かい合う。体が痛むのか、ファーティマは少しだけだけ顔を顰めたが、すぐにそれを隠した。

 

 ファーティマは自らのことを話すことを頑なに否定したが、私がシャジャルについて知ることと、そして、ここ数日で起こったであろうことの予想を話すと、ようやく、ポツリポツリと口を開いた。

 

 エスマーイルが死んで、鉄血団結党はあっさりと瓦解した。急激に拡大したものの理で、崩れるのは瞬くほどの間に。ましてや、皆から憎々しく思われているとあれば。

 

 そして、そんなことは当事者とて、いや、当事者だからこそよく分かっている。だからこそ、軍の中でも高い地位にいたものは我先にへと逃げ出した。叩けばいくらでも埃の出る身であれば、それが賢い選択だ。

 

 無理して残ったものは惨めなもの。ただでさえ憎まれているというのに、我先にと逃げ出す恥知らずの集団としてのレッテルが加わるのだから。そして、ファーティマは後者であり、その筆頭となる。それまでのツケが全て、あるいはそれ以上のものが帰ってくる。要は、見せしめだ。

 

 これは私の想像だが、これには穏健派もあえて黙認しただろう。軍を私物化する鉄血団結党のやり方にはそれだけの問題があり、自業自得とも言える。であるならば、自主的に去ってもらった方がお互いの為になる。

 

 分からなかったのはなぜそんな針の莚の状態ですぐに軍を去らなかったということだったが、ファーティマの言葉で合点がいった。要するに、実家からも捨てられていたのだ。

 

 ファーティマはファーティマなりに一族の助けになろうとして、他の者もその稚拙なやり方を苦々しくも黙認していた。だが、更なる醜聞の種になるとなれば、切らざるを得ない。そして、周りに敵ばかりを作ってきたであろうファーティマには、もう行く場所がない。

 

 それでも、私は言わざるを得ない。

 

「ファーティマ。君の事情は分からなくもないが、このまま軍にいても何ともならないだろう? 田舎であれば、君のことを知らないものがほとんどだろうに」

 

 しかし、ファーティマは力なく首を振る。

 

「それでも、私は逃げられない、から」

 

 逃げて、これ以上の恥を重ねたくない。せめて、自分が作った恥だけでも濯ぎたい。自分のせいで一族を苦しめるなんて真似には耐えられない。逃げたら、もう何もできなくなる、と。

 

「残ることで何かが変わると思っているのかね?」

 

 私の問いに、ファーティマは唇を噛みしめる。言い返そうにも、パクパクと溺れる者のように口を開き、閉じる。

 

「ならば、一つ、私から提案をしよう」

 

 ファーティマが 胡乱げに私を見上げる。

 

「なに、それだけの覚悟があればきっとできることだ。君の恥を濯ぎ、更に一族の名誉も回復できるかもしれないとなれば、どうかね? その為なら何だってやろうと思えるだろう?」

 

「それは、もちろん………」

 

 答えながらも、ファーティマは訝しげだ。そうだろう、誰よりも、自分自身がそれを難しいと思っていたのだろうから。

 

「順を追って話そう。君の方がよく知るであろうシャジャルだが、すでに蛮族の世界で死んだそうだ。ああ、いやそれは正しくないな、正確には、蛮族に殺されたそうだ」

 

「そう、ですか……。裏切り者の末路は、そんなものなんでしょうね」

 

 意外にも、ファーティマはそれ以上は言葉にしない。恥をさらした者の末路として、自分のことを重ねたか。何にせよ、勝手なだと激昂などされるよりは話が早い。

 

「だが、彼女には娘がいたそうだ。ハーフエルフとしての娘がな」

 

「あの裏切り者は、どこまで恥を重ねれば……」

 

 ファーティマは、わなわなと体を震えさせる。噛みしめた唇からは、血が零れる。さすがにこれは認められないか。

 

「――ふむ。君には、まずはその恨みから捨てて貰わねばな」

 

 ファーティマは飛び上がり、叫ぶ。

 

「そんなこと、できるわけがないでしょう!? あいつのせいで私は、私の一族はどれだけ苦労したと! 愚かで、救い様のないほど愚かなあの女のせいで皆が私を馬鹿にした! 何をやっても認められなかった……。所詮は裏切り者ものの一族だと皆が、皆が馬鹿にした……。あいつさえいなければ、私だって人並に幸せになれたはずなのに……」

 

 ファーティマも限界だったんだろう。ボロボロと子供のように泣いていた。実際、まだエルフとしてはまだまだ子供だ。だが、それでは困る。

 

「何でもできるといったのは、嘘だったのかね?」

 

「……え?」

 

 ファーティマは呆けたような声をあげる。

 

「その恨みすら捨てられないようなら、私も何ともできないな」

 

「……私に、何をさせたいんですか?」

 

 ファーティマも少しだけ冷静になったようだ。ならば、話すだけ話しても良いだろうか?

 

「では、話を戻そう。そのシャジャルの娘は、我らエルフにとって極めて重要な人物に近いところにいる。彼女がハーフエルフとして生まれた経緯が経緯なだけに下手に近づくわけにはいかんのだがな、彼女はちょうど、自分の母親のことを知りたいと思っているらしい」

 

「つまり、私にシャジャルの娘に尻尾を振れ、と?」

 

「冷静になれたようで何より。事がうまくいけば、シャジャルの娘は我らエルフを救う英雄となる。そして、そうなればシャジャルの名誉は回復され、合わせて、君の働きも評価されることだろう。ただし、件の重要人物というのが、極めて重要であると同時に、同じか、あるいはそれ以上に危険でな。最悪の場合、エルフ全てを危険に晒す可能性がある。――ああ、信じられないというのも無理はない。だが、それはすぐに身を持って知るだろう。君が軽率なことをすれば、どうなるかということをな」

 

「脅し、ですか?」

 

「いや、単なる事実だよ。君も軍でそれなりの地位だったからには聞いているだろう? 悪魔と呼ばれる者たちが現れたということは」

 

 ファーティマはソファーに座り直し、無言で頷く。

 

「ここまで言えば、ある程度は想像がつくだろう。私が言った重要な人物というのは、その悪魔達の王と思しき者だ。まあ、王というのは私達が仮に呼んでいるだけだがな。しかし、悪魔の門への先遣隊を容易く蹴散らした、現在確認される中で最強の個体の主であることは間違いない。つまり、君が軽率なことをすれば、現在中立の立場をとっている彼らが皆、敵に回る可能性があるというわけだ。むろん、君がどうなるかは言うまでもないな」

 

 ちらりと、ファーティマの様子を伺う。話はきちんと聞いてくれているようだ。

 

「――さて、君から返答はどうかね? 事が事なだけに、無理強いはしない。お互いに不幸になるだけだからな。だが、君にとっても悪い話ではないし、私としても、君を押したいと思っている。他の一族の者と違って、君は軍で心体ともに十分に鍛えられている。あえて心配事を挙げれば軽率なことをしないかどうかだが、後がない君は、それほど愚かではないだろう? 私が思うに、もう他にチャンスはないはずだが」

 

 ファーティマは俯き、握りしめた拳を震わせる。私は、すっかり冷めてしまった茶を口に運ぶ。質は悪くないはずなのに、どうにも渋い。

 

「………さい」

 

 聞き取れないほどに掠れた、ファーティマの声。

 

「これは大切なことだ。はっきりと言葉にして欲しい」

 

 ファーティマは顔をあげる。いつか見た時とも違う、意思の強さを感じさせる瞳。

 

「私に、やらせてください。お願いします」

 

 深く頭を下げる。

 

「――よく言ってくれた。ならば、私もその為に動こう。あとは、……そうだな。君は私の養女としよう。その方が動きやすいし、私も君を守りやすい。ああ、これは嫌なら嫌と言ってくれ。君の一族の汚名を灌ぐという意味では、その方が良いかもしれないからな」

 

「いえ、嫌なんてそうな……。もう、家からは絶縁状を出されていますし……。でも、良いんですか? 私なんかを娘にして。私は誰にとっても厄介者で、養女にしていただくなら、事がうまく行ってからの方が、その、迷惑もかからないし………」

 

 おどおどしい、戸惑った様子のファーティマ。小動物を思わせるその様は、生来的なものを思わせる。本当は、ごく普通の少女だったんだろう。無理に無理を重ねて自分を偽ってきただろうということは、やはり哀れだ。確かに間違いはあったが、それも、純粋過ぎたんだろう。

 

「なに、厄介というのなら、これ以上ないほど厄介な姪が既にいる。今更そこに一人加わった所で変わりはない。それに、君だけに押し付けるべきではない。何かがあれば、私も責任を取るべきだからな」

 

 ファーティマは、ポロポロと涙をこぼす。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 縋るように見上げるファーティマ。

 

 これには少しばかり罪悪感を覚える。エスマーイルの死には私も関わっており、今もまた、それを利用しようとしているのだから。むろん、私は私でやるべきことをやるだけだが。今更都合の良いことだけを言えるほど恥知らずでもない。

 

 それには、まず、あの悪魔達に伝えなければならない。それは少しばかり気が重い。

 

「あの、……えっと、お父様?」

 

 心配そうに、そして、頬を赤らめたファーティマ。ファーティマは更に言葉を重ねる。

 

「その、疲れたような表情だったので……。それと、ダメ、ですか? そんな風に呼んじゃ……」

 

「ああ、いや、どちらも気にしなくて良い。それに、父と呼ばれるのも、まあ、悪くはない」

 

 あえて、心配があるとすれば、姪であるルクシャナが何と言うかぐらい、か……。以前ルクシャナがそう呼びたいと言った時には、私も少しばかり若かった。気恥ずかしさから断ってしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある面倒事から、急遽会合を開いた。

 

 そして、話を持ってきたガルーダが言う。

 

「……で、アルシエル。状況を聞くに、連れ帰らざる得ないと思うが、どうする?」

 

 だが、私としては賛成し難い。

 

「女はまずいでしょう。これ以上増やさないようにと何度も念を押されていますし。テファ嬢が会いたいというのは母親のことを知りたいから。ならば、適当な他の男でも問題はないわけで」

 

 ジャターユが口を挟む。

 

「だが、話を聞くに、そのファーティマという者をそのままにすれば、遠からず死ぬかもしれんな。それは、あまり宜しくないのではないか?」

 

 私としても、それは分かっている。テファ嬢が知れば、それを良しとしないであろうことも。だが、大きな問題がある。

 

「このことを何と伝えれば良いか……」

 

 ガルーダは鼻をならし、両断する。

 

「知るか。自分で考えろ。考え無しに食ったお前が悪い」

 

 そう言われるのならば、私としても言いたいことがある。

 

「もともとはと言えば、あなたがルクシャナを連れ帰ったことがあったからでしょう?」

 

 ガルーダは少しだけ言い澱むが、すぐに反論する。

 

「――役に立ったのだから問題無い」

 

「開き直りましたね」

 

「知らんな。とにかく、お前が責任を持って連れ帰ることだ。まあ、せいぜい、色目を使わないように言い含めておくことだな」

 

「ぬぅ……。止むを得ない、ですね」

 

 

 

 

 

 ひっそりとそんなやり取りがあったのは誰も知らない。

 

 そしてもう一つ、こちらは少しだけ先の話。案の定増えたと、責めるでもなく、呆れの目で見られて一人涙した誰か。


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