混沌の使い魔   作:Freccia

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 つい最近、起承転結で言えばまだ「承」じゃないかという感想があったけれど、おそらくこれで、「転」には入ったはず。もしかしたら話の結末がどうなるのか予想がつく人が出てくるかもしれないけれど、せっかく話を作るからには良い意味で裏切って行きたいところ。

 加えて、せっかくクロス小説として作ったからには、両者の世界観をうまく取り入れた形。ゼロの使い魔は永遠に未完という形にはなったけれど、自分なりに考える結末を反映させた形で。ペルソナではなく真女神転生を選んだからにはもちろんそちらも。







第37話 I want to protect my dear

 

 握りしめた手に伝わる、ゴツゴツとした感触。

 

 削りっぱなしの木刀も、随分と手に馴染んだ。 

 

 正眼に構える。

 

 踏み込み、振り下ろす。

 

 相手に見立てた巻藁。

 

 打ちすえ、そしてまた離れ、構える。

 

「──ちょうど100回、次に行こうか」

 

 デルフの声で、長く息を吐く。

 

 息切れはしなくなったから、体力がついたことは実感できる。地面に刺したデルフに振り返る。

 

「なあ、デルフ。確かに体力はついたと思う。ただ、これで本当に強くなれるのかな?」

 

 剣の鍔の部分がカタカタと揺れる。

 

 デルフにとっては口になるのか、笑われているようだ。お互いに相棒と思っているとはいえ、文字通り剣の表情が読めるようになったというのは、少しだけ不思議な気持ちだ。

 

「相棒も言うようになったなぁ。俺っちとしても嬉しいもんだ。弟子の成長を喜ぶってのはこんな気持ちかねぇ」

 

「茶化すのはいいから。で、どうなんだよ?」

 

 本人、いや、本剣曰く自分よりもはるかに長く生きているとはいえ、剣に子供扱いされるというのはやっぱり面白くはない。

 

「そりゃ、相棒。それだけで強くなれるんなら苦労はしないに決まってる」

 

「……そこは嘘をついてでもやる気を出させてくれよ」

 

「お、相棒も言うねぇ。もちろん意味はあるとも。さっき相棒が言ったように、体力がついたろ。いざやろうって時にまともに動けないんじゃ、話しになんね。それに、振るための筋肉もつく。腕だって一回りは太くなったじゃねえか」

 

「そりゃ、ごもっとも」

 

 自分の体のことは、自分自身で実感している。でも、どうしても時間が惜しい。誰かを守れるだけの強さが、早く欲しい。

 

「──それに」

 

 デルフが言う。今度は少しだけ真面目に。

 

「こりゃまあ、一朝一夕にはいかないけれどよ。何度も繰り返した動きは体に染み込む。奇を衒うより、そういう基本ってのがいざって時に一番頼りになる。考えるよりも先に体が動くといえば良いかね? 相棒もそのうち分かるだろうよ」

 

「……そういうもの、なのかな」

 

「おうよ。たまにくる、コルベールのおっさんだって言ってたじゃねえか。基本がなけりゃ、下手な小細工にも手玉に取られるし、策も弄しようがないってよ。あのおっさん、ああ見えて分かっているやつだ。──まあ、無理に今分からなきゃいけないってもんでもない。何年かすりゃ、分かる時がくるってもんよ。相棒はわけえんだ、急ぎすぎても良いことなんてねえ。地道に見えるものの方が、案外最短距離だったりするもんよ。年長者の言うことが全てじゃあねえが、自分で何かを掴むまでは素直に従っておきな。分を弁えずに怪我をするってのは、面白くねえだろ?」

 

「分かって、る」

 

「おう、相棒は素直で好きだ。さ、次に行こうか。せっかく体があったまってるんだからよ」

 

 もう一度木刀を正面に構え、振り下ろす。

 

 鈍い手応え、そして、ばきりと折れた。

 

「──あ」

 

 折れたものはクルクルと空を舞い、飛んでいく。やけにゆっくりと弧を描いて、そして、茂みに落ちる。

 

 手に残ったのは、短くなった柄だけ。

 

「まあ、生木を削っただけのもんだからな。しょうがねえよ。大事にしていても、いつかは壊れるもんだ」

 

 そう言うデルフは、少しだけ寂しそう。

 

「取ってくる。あいつも、壊れても、大切な相棒だから」

 

 それだけ言って、走る。

 

「……だから、相棒は好きだぜ」

 

 耳に届いた声が、少しだけくすぐったい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしよう」

 

 折れたものはすぐに見つけた。けれど、同時に別のものも。

 

 目の前には、自分より2つ、3つは幼い女の子。たぶん、10歳かそこら。短い茶色の髪の、どこか小動物を思わせるような子。もとは白かったんだろうけれど、汚れた、布に穴をあけただけのような服。怯えるように自分を見ているけれど、気になるのはもう一つ。彼女の背中にある、大きな翼。

 

「──翼人」

 

 初めて見るけれど、間違えようがない。

 

 彼女は震えながらも、俺から目を離さない。怖いなら逃げればいいのに、その様子もない。

 

「……あ」

 

 ようやく分かった。

 

 奥に、具合が悪そうに木にもたれかかった女の人。たぶん、母親。

 

 たた、翼が赤黒く染まって、具合が悪そう。血は固まっている。けれど、怪我が熱を持っているのか、酷い汗で呼吸も荒い。

 

「えっと、言葉、通じるかな?」

 

 少女からは返事がない。

 

「……参ったな。そうだ、ちょっと待ってて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デルフを掴んで戻ると、女の子は一層怯える。それでも、母親を庇うように手を広げて守るように。

 

「……相棒。状況は分かったけれど、やり方がまずいな。ほら、いきなり剣なんて持ってきたら、そりゃあ、怯えるに決まっているじゃねえか」

 

「いや、それは……確かに。言葉、デルフならなんとかなるかと思って」

 

 どうすれば良いか分からないからって、やっぱり不味かった。デルフの言う通りだ。

 

「言葉は同じなんだが、ま、俺っちに任せない。相棒がどうしたいかは分かっているからよ。見捨てられないんだろう?」

 

「……当たり前だろ」

 

 翼人やら亜人のことを人間のできそこないだって悪く言う人はいる。けれど、俺はそんなことできない。それは、テファお姉ちゃんのことを否定すること。それに、テファお姉ちゃんなら、こうして怪我している人を見捨てることは絶対にない。

 

「それでこそ相棒だ。よっし、嬢ちゃん、俺っちが相棒の代わりに話させてもらうぜ。まずは自己紹介だな。俺っちはデルフリンガー。大いなる意思の力で生まれた、言ってしまえばお前さん方寄りだな。で、相棒は人が絶対だって面倒なやつじゃないから、お前さん方に危害を加えようなんてことはない。むしろ手助けしたいってわけだ。見たところ、随分長く旅してきたみたいじゃないか。……慣れない歩きでよ」

 

 デルフの言葉に見れば、確かに酷いありさま。靴の作りはどうにも簡単なもので、なんとか形を保っている程度。普段移動には飛んでいるというのなら、そうだと思う。そして、歩いていた理由は、たぶん母親のこと。

 

「なあ、悪いようにはしない。ちょっとばかり、その身を預けてみないか。そのままじゃ、どこにも行けないだろう」

 

 翼人の少女は、母親と俺とを見て、ずっと、ずっと悩んでようやく頷いた。どこか諦めたようにも見えた。やつれて、もう限界だったんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識のない母親を背負って学院に戻ると、師匠であるウリエルさんとウラルちゃんが待っていた。なぜ待っているんだとは思わない。きっと、知っているんだと思う。

 

 そして、話は自分がしなければいけない。デルフは、あとは任せたと黙ってしまったから。

 

 以前に色々とあって、ウリエルさんの前ではデルフがカタカタ震えてうるさいから丁度良い。

本人曰く、トラウマというそうだ。でも、先に口を開いたのはウリエルさんだった。

 

「怪我をしているようですし、話は後にしましょうか」

 

 ウリエルさんが近づくと少女が──道すがらサラサと名乗った子がおびえる。

 

 ウリエルさんが一つ考え、そして背中に真っ白な翼が現れた。

 

 ほとんど見ることはないけれど、ウリエルさんの背中には、本当は翼がある。ただ、普段は隠しているだけで。お姉ちゃんと同じで、面倒だから秘密だとは言われているけれど。

 

 そして、ウリエルさんが言う。

 

「こうすれば少しは安心してもらえるでしょう。さあ、傷だけでも治療しておきましょう」

 

 サラサは驚いた表情だったけれど、ウリエルさんの見るからに人を安心させる笑顔ですっかり気を許しているようだ。同じ姿というのも大きいかもしれないけれど、少しだけ羨ましい。

 

 ウリエルさんがサラサの母親に触れると、苦しげな表情が和らぐ。ウリエルさんは剣だけなく、すごい魔法も使える自慢の師匠。見ると怯える人もいるけれど、どうしてだかよく分からない。

 

 ……いやまあ、ことがあれば容赦がないというのは良く知っているけれど、それは必要だからこそ。この世の中は綺麗事だけでできてはいないんだから。

 

 本当にそうなら、テファお姉ちゃんは誰よりも幸せにならないといけない。だから、俺は……

 

「さて、これで大丈夫でしょう。ただ、心労と栄養不良はしっかり休養をとる必要があります。そうですね、まずは湯浴みと食事の用意をしましょう。ウラル、手配は任せましたよ」

 

 ウラルちゃんは頷き、梟の姿に戻ると飛び立つ。サラサはその様子を、大きな丸い目を更に大きく、ただ見ていた。

 

 初めて見せた年相応な表情は、素直に可愛いと思う。辛そうな表情をしているより、ずっと良い。そうさせてあげたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 サラサは、どこか心細そうに座っている。

 

 話を聞くからということで部屋を借りたけれど、今はサラサだけで、母親はいない。無理に無理を重ねてここまでは来れたけれど、ついに倒れた。傷は治せても、まだしばらくは眠ったまま。酷く軽かったから食事を取らないといけないと思うけれど、それもしばらくは無理そう。

 

 でも、サラサは見違えた。

 

 体を拭いて、清潔な服に。羽を出せるように背中の部分を切り抜いたのは不恰好だけれど、汚れた服よりずっと良い。いきなり無理をしないようにとスープだけだけれど、温かい食事で頬に朱みがさした。

 

 本当はサラサも休ませてあげたい、母親と一緒にいさせてあげたい。でも、まずは事情を聞きたい、できれば力になりたい。サラサのことは、どうしても放っておけない。

 

 亜人との関係というのは、まだ子供の自分でも何と無く分かってきた。エルフであるお姉ちゃんと結局は同じ。人間に取っての敵、そして、邪魔者。強い魔法を使えるエルフは恐れるけれど、そうでなければ追い出そうとする。サラサのことも、もしかしたら。

 

 でも、だからこそ、見捨てるべきじゃないと思う。ウリエルさんに相談したら、まずは知識と経験をと、手伝ってくれると言ってくれた。今も一緒に話を聞いてくれている。

 

 これは、将来の目的の為にも必要なこと。俺はお姉ちゃんの力になりたい、なれるようになりたい。それは、亜人と、亜人だからこそ重要だと思う。どうすれば良いかを知りたいという打算。もちろん、助けたいというのは本当の気持ち。だから──

 

「サラサ。俺は君たちの力になりたいんだ。確かに、亜人だからと言う人は多いよ。サラサだって、危害を加えられたってことだってあるかもしれない。でも、俺は違う。亜人だからなんて言わない。そんなことを言う人は、許せない」

 

 信じてもらうことしかできない。だから、サラサの目をまっすぐに見つめる。

 

 先に目を逸らしたのはサラサだった。

 

「……村が、焼かれたの。人に」

 

 サラサちゃんが、ぽつりと呟く。ゆっくりゆっくり、噛みしめるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サラサが住んでいたのは、人里からは離れた、高い木のある森の中。

 

 地理には詳しくないけれど、たぶん、ガリアのどこかだと思う。そこで、ひっそりと暮らしていたという。人間と翼人、お互いに不干渉で暮らして来たけれど、それがいきなり終わった。

 

 近くまでやって来た人を追い払う。特にお金になるものがあるわけじゃないから、いつもならばそれでお仕舞い。その日もそれで終わったと安心していたら、夜に攻めてきた。夜目が効かないから反撃もできず、ただ逃げ出すだすことしかできなかった。

 

 何とか戻ったら、家にしていた場所は焼かれていた。そして逃げ遅れた仲間は捕まっていた。その中にはこれ見よがしに子供もいて、なんとか助けようとしたけれど、逆に数を減らすだけ。どうにもならなくて、諦めた。捕まった仲間は、どうなったか分からない。

 

 結局、どこか安全な場所へと移動することになった。でも、怪我をしていたサラサと母親は、はぐれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「……そっか」

 

 それだけ、ようやく口にできた。

 

 もしかしたらとは思っていた。けれど、実際に自分の耳で聞くと胸が苦しい。お姉ちゃんと同じ、違う、もっと悪い。

 

 俺たちは暮らしていた場所が危なくなって、安全な場所にということで、ここに皆で来た。お姉ちゃんは、助けてくれる人がいて、人の中に身を隠せたからここにいられる。でも、2人には……。

 

 ここは、特別な場所。シキお兄ちゃんがいるから、ここは安全で、だから特別な場所。

 

 でも、小さな場所。2人を匿うだけならできるかもしれないけれど、それだけじゃ足りない。

結局、隠れ住むだけ。本当は自由に暮らせるはずなのに、それができない。何とか、したい。

 

「──あなたは、悪くないよ」

 

 サラサちゃんが言った。ただ、無感情に。

 

 悲しい。

 

 俺に期待していない、そう思われることが、悲しい。頼って欲しい、自分だけで全部を抱え込まないで欲しい、何かやらせて欲しい。

 

 心から、思う。

 

 どうしてそう思うか分からない。でも、止まらない。

 

「……どうして、あなたが泣いているの? あなたには、関係ないのに」

 

「違う! 違うんだよ、もっと、頼ってくれよ! 一人で何でもやろうとしないでくれよ!」

 

 思わず立ち上がる。

 

 手を振り回して、子供みたいだ。なんで、なんで俺はこんなに腹が立っている。

 

 ──分からない、分からない。

 

 肩に乗せられる手。

 

「少し、落ち着きなさい。彼女も、驚いているでしょう」

 

「……あ」

 

 サラサが、怯えたように俺を見ている。

 

「……ごめん。でも、もっと頼って欲しいんだ。何ができるかなんて、分からないんだけれど」

 

 そうだ、俺が悪いんだ。

 

 まだ子供で。今だって癇癪を起こすだけの子供で。だから、だから……

 

「ルシード。あなたも、一人で何でもできなくて良いのですよ? もっと、大人を頼って良い。まずはできることから、一つ一つやっていけば良い」

 

「……はい」

 

 俺は、まだ何もできない。

 

「……あの、ルシー、ド」

 

 サラサが俺を見ている。

 

「……あなたの気持ち、私は、嬉しい」

 

 はにかんだように、笑った。

 

 ウリエルさんが言う。

 

「ルシード。あなたの気持ちは尊いものです。私は、それこそが素晴らしいものだと思います。その気持ちこそ、忘れてはいけない。それに、これは少しばかり荷が重い。まあ、まずは私のような大人に任せておきなさい。身の安全は私の名にかけて保証しましょう。ですが、何とかするには少し時間がかかる。それまで、あなたが2人を守って欲しい。ここでの生活は、何をするにも分からないことばかりでしょうから」

 

「分かり、ました」

 

 できることから、一つ一つ。ほんの少しでもできることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の外で待っていたのは、ウラルちゃんと豚──じゃなくて、誰だっけ?

 

 癖のある金髪、それを真ん中から分けて垂らしたぽっちゃり体型。よくウラルちゃんに折檻されているのは見るんだけれど……

 

「やあ、ルシード君。こうして話すのは初めてだね。君の力になるようにと、ウラルちゃんに呼ばれたんだ」

 

 やけに友好的だけれど、名前が思い出せない。

 

「ウラルちゃんの頼みだからね、大船に乗ったつもりで居てくれて良いよ」

 

 差し出された手。

 

「えっと、その、よろしくお願いします?」

 

 握り返すと、ブンブンと振り回される。少し、汗ばんでいる。

 

「うんうん、ウラルちゃんに頼られるなんて嬉しいね。それに……」

 

 視線はサラサへ。

 

「君、可愛いね。それに良いおっぱ……」

 

 破裂音と、風。そして、太めの人がくずおれる。ウラルちゃんはその様子を冷たく見下ろしている。

 

「余計なことはしなくて良いです。それに、ルシードはあなたの名前を知らないでしょうから、まずは名乗るべきでしょう」

 

 太めの人がお腹を抑えて、けほっと咳き込む。でも、生きていた。

 

「さ、さすがだよ、ウラルちゃん。直接の風でなく、圧縮した空気の破裂。ふふ、内臓が飛び出るかと思ったよ」

 

 お腹を抑えながらも、なぜか嬉しそう。

 

 良く、分からない。サラサが背中に隠れようとする気持ちも分かる。太めの人は、こっちを見ないで欲しい。

 

「そういえば、皆で豚って呼ぶから知らないよね」

 

 朗らかに笑うけれど、相当のことだと思う。豪華な服で、貴族には違いがないわけだから。例え、中身が変態でも。

 

「じゃあ、改めて名乗ろうか。風上、改め、狂い風のマリコルヌ。最近なったばかりとはいえトライアングルだからね、それなりに頼りにしてくれて良いよ。なんなら、兄貴と呼んでくれてもいいとも」

 

「えっと、……遠慮します」

 

 なんとなく断ったけれど、それでも機嫌良く続ける。

 

「そうかい? まあ、それならそれでいいさ。で、だ。君は平民だからね。おっと、それが悪いわけじゃないよ。ただ、ここって貴族の学院だからね、色々と面倒事があるだろうからさ。その時は僕を頼ってくれていいよ。さっきも言ったけれど、トライアングルになって一目おかれるようになったからね」

 

「それは、どうも。でも、なんでそんなことを?」

 

 色々とやらかしてテファお姉ちゃんの手伝いをやっていたりはするけれど、こうして上機嫌な理由が分からない。

 

「いやあ、罪滅ぼしというかなんというか。正直に言うとね、報酬としてウラルちゃんにご褒美を貰えることになっているんだ。1日デート、むしろ感謝したいぐらいだね」

 

 本当に嬉しそうに、人として最低なことを言っている。

 

 大人にはなりたいけれど、こうはなりたくない。サラサにも、できるだけ近づかないように言わないといけない。

 

「でも、ウラルちゃんは良いの?」

 

 もしかしたら役に立つかもしれないけれど、それが一番の気がかり。

 

 ウラルちゃんはそっと目を閉じる。

 

「……私のことは、良いんです」

 

 でもウラルちゃん、この人のこと本当に嫌いだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 予定を変えて、最初は食事に来た。

 

 サラサのお腹が鳴って、それならと豚が張り切った。さっき食べたのはスープぐらいだったから、それで我慢ができなくなったみたい。

 

 食堂の外の席で、サラサは恥ずかしそうに小さくなっている。

 

「やあ、お待たせ」

 

 豚がトレイ一杯に載せた食事をテーブルに。色とりどりのサラダに、まだ香ばしい匂いをたてるパン、やけに手の込んだ料理がいくつかに、メインはサラサの希望に合わせた川魚。

 

 そして、ウラルちゃんがデザートを。ウラルちゃん、これで結構甘いものが好き。

 

 見れば、サラサの目は料理に釘付け。手を出そうとして、止まる。

 

 ああ、やっぱり遠慮しちゃうよね。自分だって、初めて豪華な食事を見た時はそうだった。

 

「好きなだけ食べて大丈夫だよ。せっかく持ってきてくれた料理だから」

 

 豚も言う。

 

「そうだとも。一杯食べてもっと大きくなれば、それは素晴らしいことだよ」

 

 何か違うけれど、それは言わない。

 

「食べて、いいの?」

 

 うなずくと、サラサはゆっくりと手を伸ばす。フォークの使い方が少しだけぎこちなかったけれど、切り分けられた魚を口に運び、ゆっくりゆっくり噛みしめる。

 

「美味しい?」

 

 サラサは頷いて、涙をこぼした。

 

「え!? た、食べられないものだった?」

 

「……違う、の。こんなに美味しいもの、初めて食べたから。村にいた時も、ほとんど火は使わなかったから。火を使った料理は特別な時だけで」

 

「そっか、そうだよね。木の上で暮らしているなら、難しいよね」

 

 ウラルちゃんが、デザートのお皿をサラサの前に押す。

 

「甘いものは美味しいですよ。初めて食べた時、私は感動しました」

 

「甘いもの?」

 

 思案げなサラサに、ウラルちゃんが力強く頷く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、重くない?」

 

 耳元にサラサの声。

 

「むしろ、軽いよ。やっぱり、そうじゃないと空なんて飛べないんだね」

 

 サラサは今、背中に。

 

 初めて甘いものを食べたサラサは、限界になるまで食べたみたい。歩くのも辛そうだったから、背負うことにした。豚が自分こそといったけれど、何と無く良くない気がしたから。

 

「……分からないけれど、そうかも」

 

「そっか。飛ぶのって気持ち良さそうだね。それより……」

 

「なに?」

 

「その、汗臭くないかな。君に会う前に運動していたから」

 

「ううん。それに、あなたの匂い……嫌いじゃない、かも。

 

 なんだか、くすぐったい気がする。

 

 そして、後ろから声。

 

「──ぬぅぅぅぅ、妬ましい。背中に、背中にぃぃぃ……。そうだ、ウラルちゃん──はい、ごめんなさい。調子に乗りました」

 

 もう、黙っててくれないかな、この人。

 

 確かに、サラサの胸は大きいのかもしれない。今も背中に当たっているのが分かるぐらいだから。

 

 テファお姉ちゃんとマチルダお姉ちゃんが普通だと思っていたけれど、実際はそうじゃないみたい。平均というのが分からないけれど、年にしては大きいんだと思う。お母さんの方は、テファお姉ちゃんと同じぐらいかもしれない。

 

 そういえば、ウラルちゃんも大きい。鳥っぽい人って胸が大きくなるものなのかな? あれかな、羽を使うとそうなるとか。エレオノールおば──お姉さんに教えてあげようかな。気にしているみたいだし。でも、胸が大きいと大変だって言うけれど。テファお姉ちゃんも、肩が疲れるってよく言っているし。

 

「あの、ルシード。やっぱり下りるね。もう、大丈夫だから」

 

「そっか。疲れたら言ってくれれば良いから。後ろのは、気にしなくても良いと思うから」

 

 離れた体温が、少しだけ名残おしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サラサを見たお姉ちゃんは、随分と驚いた顔をしていた。

 

 サラサのこと、そして、自分がどうしたいかを話すと、困ったような、泣きそうな、そんな不思議な表情になった。

 

「翼人、なんだね。そっか、ルシードは皆のお兄ちゃんだもんね。うん、ルシードなら大丈夫だね。その子を守ってあげて。でも、無理はしないでね。何かがあれば、私ができることなら何だってやるから。だから……」

 

 テファお姉ちゃんは何かを言おうとして、止める。そして、にっこりと笑う。

 

 視線はサラサへ。

 

「大切なものが無くなるのは、悲しい、ね。静かに暮らせれば、それで十分なのにね。いる場所が無くなるって、本当に悲しい。よく、分かるよ」

 

 お姉ちゃんはそっと、魔法のかかったイヤリングをはずす。自分にとっては見慣れた、尖ったエルフとしての耳。

 

 サラサの、息を飲む様子。

 

「エルフ、なの?」

 

 テファお姉ちゃんは困ったように笑う。

 

「うん、ハーフだけれどね。だから、あなたの気持ちは分かるよ。私も、色々とあったから。ルシードがあなたのことを助けたいのなら、私も同じ。私も、あなたの味方になるよ。どこかに行く場所はあるの?」

 

 サラサは悲しげに俯く。

 

「もしなければ、ここにいても大丈夫だよ」

 

 テファお姉ちゃんはサラサに微笑んで、そして、悲しそうに俺を見ている。

 

「ルシードは、この子を助けたいんだよね?」

 

「……うん」

 

「そっか。でも、無理はしないでね。私も、手伝うから」

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学院の中で用が出てきそうな場所を、一緒に回る。

 

 亜人というのは、やっぱり色々と言われるし、何かされるかもしれない。だから、最初に見せておく必要がある。誰の関係者であるかを。

 

 シキお兄ちゃんを利用するようで気分は良くないけれど、必要だから。

 

 それと、意外なことに豚──マリコルヌさんが役に立った。学院のことを知っているのはやっぱり生徒だし、それに、この国のことはもちろん、貴族としての風習だって自分は理解しているわけじゃないから。だからこそ、本当に涙を飲んでウラルちゃんが……

 

 それはそれとして、もちろんお姉ちゃんが耳を隠すように、羽だけを隠すということもできる。

けれど、それは難しい。

 

 サラサは今だって難儀して歩いている。体つきそのものが華奢だけれど、足は尚更。それこそ、折れそうなぐらいに細い。少なくとも、母親が元気になるまでは学院にいることになる。その間、飛ばずに過ごすというのは難しい。

 

 今も、休み休み歩いている。また負ぶおうかとは言ったけれど、何のために歩いているかを話した後は、今度はサラサも首を横に振る。頼るばかりだと、それが辛いからと言われた。

 

 その気持ちは、何と無く分かる。だから、意識して休憩を入れる。

 

 他の建物とは少しだけ離れた場所にある、そして、少しだけ見窄らしい建物をノックする。

 

「──おや、ルシード君。……と、珍しい客人だね。まあ、何だ。中においで。散らかっているがね」

 

 顔を出したのは、頭髪が少しだけだけ寂しいけれど、メガネをかけた優しげな雰囲気の顔。もう一人の師匠であるコルベールさんの所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 他の建物から離れた所にあるコルベールさんの研究室は変わっていて、人もあまり近付かない。理由は、前に爆発事故があったから。

 

 安全策を考えていたから最悪にはならなかったということだけれど、やっぱり近づきたくはないと思うのが自然だと思う。今だって、壊れた修理跡が残ったままだし。

 

 そして、当然中も変わっている。入ると色々な発明の試作品が積み上がるように並んでいる。

サラサも不思議そうにキョロキョロと見回している。自分が初めてここに来た時もそうだったなと、少しだけ懐かしい。

 

 と言っても、鉄の筒によく分からない管が束になってくっついたものだとか、使い道というのは未だによく分からないけれど。正直に言えばガラクタにしか見えないけれど、コルベールさんの人の役に立つものを作りたいという熱意を分かっているから言わない。

 

「──やあ、お待たせ。安物のお茶だけれどね。砂糖は好きに使ってくれて良いから」

 

 ウラルちゃんがザラザラと砂糖を入れて、マリコルヌさんもそれに負けず、そして、サラサもそれにならう。随分と贅沢、というか、体にあんまり良くないんじゃないかなと心配になる。ふと、コルベールさんと目が合う。

 

「まあ、女の子は甘いものが好きだというからね」

 

「そう、ですね」

 

 一人女の子じゃないけれど、それは言わない。それより、コルベールさんも聞きたそうにしていることを話さないといけない。

 

「この子の名前はサラサ。母親と一緒にしばらくここで暮らすことになりました」

 

「そうか。この辺りに翼人の集落は無かったと思うが、どこから来たんだね?」

 

 コルベールさんがサラサに尋ねる。サラサは困ったように、俺とコルベールさんを見比べる。

 

「たぶん、ガリアの方だと思います。土地の呼び方は違うみたいですね」

 

「なるほど。確かに土地の名前は勝手に私達が呼んでいるだけだからね。むしろ、違って当然だ」

 

 俺はサラサに予じめ言っていたことを、もう一度伝える。

 

「コルベールさんは亜人だからとか言ったりする人じゃないからね。頼りなる人だよ」

 

「いや、そう言ってもらえるのは嬉しいが、しがない一教師なんだけれどね」

 

 コルベールさんは困ったように笑う。

 

「ああ、そうだ。もし話す機会があればと思っていたんだ」

 

 コルベールさんが何かを思い出したように口にする。発明家という人がそうなのか、唐突に言うことがある。疑問はそうなると止まらない。

 

「サラサ君で良かったかな? 君に是非聞きたいことがあるんだ」

 

「私に、分かることなら」

 

 サラサの警戒心も少しは薄れたみたい。

 

「そう難しいことじゃないさ。君らはどうやって飛んでいるのかね?」

 

 サラサが首をかしげ、コルベールさんが続ける。

 

「ああ、もちろん、背中の羽でというのは分かるんだ。ただ、それだけだと少し辛いんじゃないかと思っていてね」

 

 サラサが納得したようにうなずく。

 

「それは、大いなる意思が助けてくれるから」

 

「つまり、先住の魔法の力と合わせて飛ぶということかね」

 

 サラサは顔を顰める。不機嫌そうに、そして、どうしてか悲しそうに。

 

「あなた達は、大いなる意思のことを見ていない。大いなる意思は全ての物に宿っていて、皆、そのおかげで生きることができるのに。どうして、分かってくれないの。どうしてそんな、蔑んだ言い方をするの」

 

「あ、いや、そんなつもりはないんだが……。すまない。確かに、君たちがどう思うかを考えた言い方じゃないな」

 

「……ごめんなさい。あなたが、悪いわけじゃないのに」

 

 サラサは俯き、コルベールさんも困ったように目を泳がせる。

 

 先住の魔法。亜人が使う恐ろしい魔法だとした聞いたことがない。人の魔法よりも前からあって、だから先住と言うんだと勝手に納得していた。でも、それは人から見た一方的な言い方、なのかもしれない。

 

 沈黙、そして、不意に控えめなノックの音が聞こえた。

 

「──今日は来客が多いな。ちょっと失礼」

 

 コルベールさんが立ち上がり、積み上げた物を崩さないように入り口へと向かう。

 

 サラサに、何か言うべきなのかな。

 

「おや、テファ君じゃないか。ちょうど、ルシード君達が来ていた所だよ」

 

 振り返ると、テファお姉ちゃんが何かの包みを持っている。

 

「もしかしたら、こっちにお邪魔しているかなと思って、クッキーを。お腹も空いたかなって」

 

「わざわざありがとう。ちょうど良かった。甘党が多いようだけれど、見ての通り、そういう気の利いたものは置いていなくてね」

 

「ふふ。ルシードが良くお邪魔していますし、また持ってきますね。じゃあ、ルシードのこと、よろしくお願いします。……どうかしました?」

 

「あ、いや、その指輪が……」

 

 コルベールさんの視線は、テファお姉ちゃんの手、正確にはその指輪に。

 

「これですか? こっちがお母さんの形見で、こっちは少し前にもらった指輪なんです」

 

 テファお姉ちゃんが指輪を見せる。肌身離さず身につけている形見の指輪と、しばらく前からつけるようになった、透明な石の指輪。

 

「そう、か。あ、いや、そのもらったという指輪に見覚えがあったような気がしてね。しかし、気のせいだったようだ。変なことを言って済まないね」

 

 何でもないと言うけれど、視線はその指輪に。どう見ても動揺しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──翼人と呼ばれる種族の親娘が、学院を訪れました。いずれ、他の亜人と呼ばれる種族も訪れるかもしれません。どうも、それぞれの国が動いているようですね。

 

 まず、翼人の親娘はガリアの方から来たようです。ガリアでは、表立っては評価されていないようですが、十分に「善政」と呼べる政治を行い、結果が出てきているようです。積極的な投資を行い、街道を整備し、富国強兵策を進め、そして、人の領域の拡張。今回の大元は、それでしょう。

 

 なかなか大したものです。3桁に届くかという実験的な試みを同時並行で行い、それぞれを取捨選択、改善、組み合わせるといったことを繰り返している。政治、軍備を問わずに。近く、完全な中央集権体制を築き上げるかもしれません。一人でそれをやっているのですから、称賛すべき天才。今代の王、間違いなく歴史に名を残すことになるでしょう。名声か、悪名となるかはまだわかりませんが。

 

 

 そして、ゲルマニアという国も、この世界では少々特異な方向に進んでいるようです。科学技術と呼べるものの積極的な開発。

 

 もともと技術発展の土台があったとはいえ、性急に発展が進んでいます。魔法があるということで進み辛かった発展を、むしろ危険視する側の支配層が積極的開発している。生産技術の開発まで含めた地に足がついたものです。

 

 この世界特有のものと融合することで、参考にしている科学技術とは違った発展するかもしれません。事実、魔石を使った動力などの萌芽があります。特異な動力源と参考にする材料、そして、それを忌避する思想を積極的に排除しているとあれば、大きく進むことでしょう。一部、この世界で特に進んだエルフからの協力まで得ようとしているようですしね。

 

 ロマリアという国は、こちらは未だによく分かりません。何かと小賢しい真似をしているようですが、かといった自ら積極的に動くというわけではなく。ただ、何かを探しているか、もしくは待っているのか……。探らせてはいますが、あまり芳しくはないですね。

 

 まあ、何にせよ、この状況は少々よろしくない。どうにも、急に過ぎます。バランスが崩れてきているので、後々のこと、例えばテファ嬢の将来を考えるとよろしくないでしょう。例えば、余計な手出しができないよう、力を削ぐなり──お互いに食い合わせるというのも良いかもしれませんね。

 

 

 ──そうかもしれないな。だが、もう少し様子を見たい。この世界は、この世界の人間が決めるべきことだ。その時は、それで良い。あるいは、テファがどう考えるか。ただ、気になるのは悪魔の門というものだ。

 

 

 

 ──確かに。あれは、この世界だけのものではない可能性が高い。何かしらの意図があるものです。それも、大物の。誰でしょうね、そんなもの好きは。

 

 

 ──さて、暇を持て余すと、碌なことをしないものだからな。

 

 

 

 


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