朽ちた世界と、朽ちゆく世界。
振り返れば、ただの気まぐれだった。ささいな干渉が、予想外の稀有な結果を作り出した。数限りない試行を繰り返してきた中、どちらも唯一無二といって良い独自の結果を生み出した。
そもそも世界とは、一つの括り方に過ぎない。それこそ無限とも言うべき数が存在し、生まれ、朽ちる。あるいは、とある条件を満たすことによって生まれ変わる。それこそが新たな世界の創造──創世。その世界に住む者の強い意志こそが、それを成し遂げる。自らが生まれた世界の否定であり、同時に、巣立ちとも言える尊い行為。
ただし、それは可能性。事実として、とある世界では失敗した。世界は滅び、悪魔が跋扈する魔界と化した。
本来であれば、そのような結末を迎えるはずは無かった世界。何しろ、その世界には、最上の才覚を備えた創世の巫女が存在したのだから。甘言に容易く踊らされる愚かな娘ではあったが、その才は本物。停滞した世界を憂い、その世界を終わらせた。そして、その世界の全てを持って、カグツチを生み出した。
カグツチ、それはすなわち、全ての意志の結晶、始まりの卵に戻った世界を照らす太陽、新たな世界の核となるもの。それを率いるに相応しい強い意志こそが、カグツチを使う資格。強き意志は世界のいく末を示すコトワリとして形を取り、カグツチと共に新たな世界を創る。
その世界で育まれたコトワリは3つ。シジマ、ヨスガ、そして、ムスビ。いずれも新たな世界の礎となる資格を持った、類稀なコトワリ。その体現である守護を擁し、競い合った。
静謐なる秩序を願うシジマが擁するは、秩序を司るアーリマン。かのものが勝利すれば、秩序と法に導かれる世界が生まれたことだろう。それは「正しい」世界のあり方。つまらない世界であるが、それもまた、一つの真理。
力ある者の楽園を願うヨスガが擁するは、力を司るバアル。力こそが全ての単純明快なる法。競いあうことで磨き抜かれた者たちは「力強い」世界を生んだことだろう。猥雑であるが、それもまた美しい。
絶対なる自由を願うムスビが擁するは、自由を司るノア。他者に一切の関心を持たない、孤独という名の自由。決してぶつかり合うことのないそのあり方は「平和」な世界を生んだことだろう。世界の中に無限の世界を内包する、稀有なそのあり方は興味深い。
いずれであろうとも、新たなルールを礎として世界は生まれ変わるはずだった。
しかし、一人の悪魔によって全ては潰えた。全てのコトワリを下したのは、コトワリを持たない悪魔。コトワリがなければ、世界の卵は孵らない。カグツチは悪魔を呪い、去った。孵らない卵は、ただ腐り落ちる。その世界には、コトワリを持たない悪魔だけが残った。しかし、その悪魔こそ、僕の気まぐれと奇跡的な偶然とが重なって生まれた、ある意味では世界よりもはるかに希少な、究極の一。
そして、またある世界でも創世に失敗し、今は緩やかな滅びを待つ。気まぐれの干渉は、それで終わった──そう思っていた。
いずれ訪れる世界の終わりを知った、ブリミルという一人の男。才の無かった男は、足りないものを別のものから補おうとした。すなわち、その世界で最も優れた存在であったエルフから。しかし、それを良しとしないエルフによってうち倒された。最も信頼していた、愛情すら捧げていた者によって。お互いに憎からず思っていたが、最も大切なものが違うことを理解できていなかった。様々に工夫を巡らす様には見るべきものがあっただけに、残念ではあった。
しかし、それでお終い、期待はずれの失敗作かと思いきや、なかなかどうして、慎重な男であった。無様に失敗しても、復活までの道筋を備えておく、その生き汚さは大したもの。そして、悪運もあった。偽りとはいえ神に上り詰め、2度目の機会を掴んでみせた。ある意味では、とても人間らしい足掻きをみせた。
似ているようで、正反対の道筋を辿った2人。だが、どちらも予想をはるかに上回る成長を見せてくれた。どんな結末を迎えるにしても、楽しみでならない。
だから、僕は見届ける。たとえどのような結末を迎えようとも、何を生み出そうとも。
奇しくも、彼らが並び立つのは同じく3度目の生において。僕は、祝福しよう。ルシファーの名において。
白いローブを全身に被った始祖を追う。教皇である私も、始祖の前では付き従うべき信徒の一人に過ぎない。
始祖こそは、エルフにとってはこの上ない異物。しかし、この国の純白の街並みに驚くほど溶け込んでいる。歩みに迷いは無く、真っ直ぐに都市の中心部へと向かう。
誰何の声はない。馬車の横転という不幸な事故と、エルフ以外の姿が珍しくなくなっていたからには。
有事に備え、優れた防御機構をもったエルフの都市。いつか訪れる可能性に何千年も備えてきたのだろうが、その敵が最初から中に入ってしまえば無意味。転移の魔法は、都市の防御機構を容易く無効化する。ましてや、姿こそ変わろうとも、ここは始祖がかつて訪れた場所。どれだけの年月が過ぎようとも、その事実は不変。
道がひらけ、他とは違う物々しい威厳を漂わせた建物が見えてきた。
始祖が最優先の目標と定めた、議会と思しきもの。人間以上に理性を重要視するエルフにとって、全ての頭脳とも言うべき存在。
かのものとの不干渉を取り付けた以上、最優先の撃破対象とすべきはエルフ。ましてや、エルフの代わりを見つけたからには、躊躇する理由はない。
建物の前から訝しげな視線を向ける門番達。しかし、そんなものは単なる烏合の衆。何より、もう遅い。見掛け倒しの扉と共に千切れ飛んだ。
建物の内部は、全ての無駄を排除したエルフらしいもの。始祖はぐるりと一瞥し、最も広い通路を真っ直ぐに進む。
ただ偶然その場にいたのだろうエルフの女、紙束を大事そうに抱え込んで、目を白黒させていた。その首が地面に落ちた今も、何も理解できていまい。
順路と思しきものを、真っ直ぐに進む。
人影は無く、おかげで手間がない。遠くで悲鳴が聞こえたが、どうやら丁度、目的の場所についたらしい。始祖の前に、他とは異なる両開きの扉。
扉を抜ければ、長命のエルフには珍しい年かさのものばかりが揃っており、ここが正解だということを実に分かりやすく教えてくれる。
間の抜けた顔は驚愕に、そして、始祖の力の一振りで物言わぬ屍の群れに。
いや、異形に庇われた1人だけが残っている。
「──やってくれる」
空気の震えが感じられるほど憎しみが凝縮された声。
異形は、かろうじて人の姿を持ってはいる。広々とした室内の天井に届こうかという巨体に、それに相応しい雄々しい羽。例えるならば、猛禽の巨人。それが、1人のエルフの男の前に立ちふさがっている。
報告に聞いていた、エルフの国に在るかのものの配下だと理解した。男を庇っただけに、少なくとも、その男とは相応に友好的な関係であることがうかがえる。
ここで対峙することは好ましくない、はず。
私は、どうすることが正解なのか分からない。この配下がどれだけの力を持っているのか、それすら理解が及ばないのだから。先ほどの始祖の一撃、全力には程遠いとはいえ、この猛禽は健在。悪魔と呼ぶ者達の中でも、相当の高位存在であることが伺える。
だが、始祖は変わらず、静かに口にする。
「君らに関わりないことだ。ここで対峙などしても、互いに得などあるまい」
猛禽の射殺すような視線は変わらない。が、この状況で攻撃に移らないということは、始祖の言葉が事実であることの証明。
猛禽は、一層苛立たしげに体を震わせる。
「……しかり。だが、全てが思うままになるとは思うな」
呪詛にも、始祖は動じない。
「好きにすれば良い。ここでの用事は──1人残った程度なら良しとしよう。あとは……」
始祖の視線の先は、部屋の中心に鎮座する、ただ丸いだけの石。しかし、その実態は都市を防衛する反射の魔法、その要石の一つ。
石は、音も無く砂へと崩れる。
「さて、我々にはまだやることがある。ここで失礼させてもらおう」
始祖が踵を返すも、猛禽は何も言わない。
議会の次は軍本部、そして、行政府。効率的にまとまっているおかげで、我々としても無駄が無い。一つ一つ、順番に排除する。
エルフは長命種であることも相まって強固な文化基盤をもっているが、逆に言えば、融通の効かない硬直した組織だとも言える。だからこそ、その中心を潰してしまえば動き出すことすらままならない。
彼らがようやく事態を理解した時には、もう遅い。這々の体で出てきた戦艦も、守りの要がなければ丸裸も同然。始祖の、空に広がる神の炎の前に一瞬で燃え落ちる。
むろん、彼らが積み上げてきた歴史が生み出した、驚異となるべき数々の兵器は健在。しかし、使う者がいなければそれまで。過ぎ行く年月の中で、なぜそれらを生み出す必要があったのかすら忘れてしまったのだろう。
残るのは、悪魔と罵る怨嗟の声、憎しみ、悪魔を滅ぼせという叫び、あるいは、嘆き。そんなものが虚しく木霊す。
始祖は嗤う。
「呪いは、甘んじて受け入れよう」
始祖が、フードが落とす。その姿は、その事実こそ知ってはいても、初めて目にするもの。
人でなくなった時、始祖の肉は腐り落ちた。残るのは、髑髏のように朽ちた、死体としてのその姿。見る者に、嫌悪の感を抱かせるもの。
「醜いものだろう? 生き汚い私には似合いの、悪魔に魂を売ったものにの末路にこれ以上相応しい姿はない」
しかし、その落ち窪んだ瞳には強い意思の焔。
「だが、私はこの世界を救う。去るのは、やるべきことを終えてからだ。それから先は……」
始祖は、私を見据える。私は、ただ頷く。
「──ヴィットーリオ。時は、近い。もうすぐ、カグツチに届く。生まれ変わる新しい世界は、お前が導くのだ」
ブリミル教の神は、誰もが分かる形でその復活を示した。人間に対する敵であり、そして、恐怖の象徴でもあったエルフ。その首都に対する痛烈なる打撃を持って。
ブリミル教のせいで私は全てを失い、テファの両親だって殺された。私は、あんなものを信じてなんかいない。そこらの人間だって、いくら貴族連中がありがたがっても、本心では信じてなんかいなかった。いや、貴族達ですらそうだろう。
それでも、人知の及ばないものがあるということは皆が知っている。だから、そんな形のないものに皆が祈りを捧げる。そして、ブリミルはまさしく祈りを捧げるものになった。皆が、それを理解した。
昼間でも遠く届いた光は、全てを変える巨大なものを感じさせた。教会が華々しく喧伝する、幸福の到来を思わせるには十分。復活した始祖こそが訪れようとする苦難を打ち払い、誰もが幸福になれる世界がやってくる、と。
その幸福がどんなものかは分からない、だが、きっと良いことが起こると、誰もが疑わない。そうさせる力が働いているとしか思えないほどに、無条件に信じてしまっている。まるで、そうでない人間の方が異端であるかのように。
これからどうなるのか、特別ではない私には分からない。
漠然とした不安だけがあって、何か取り返しがつかなくなるとしか思えない。全ては、ブリミルという神が復活した時から動き始めた。神が予言の通り復活し、私は、見えていなかったシキさんの本質に触れた。
そして、テファが、妹までもが変わってしまった。
あの子は、「神」につながった。妹として誰よりも理解していたあの子のことが、見えなくなった。かつての人を殺したという告白は、それでもテファだからだと理解できた。優しすぎるテファだからこそ、だった。
でも、今のテファは私の手の届かないところへ、遠くへ離れてしまった。まるで、人とは違う何かのように──それこそ、シキさんのように。こうして目の前にいても、姿形はそのままであっても。
「──ねえ、テファ」
「なに、姉さん?」
テファはふわりと微笑む。どこか大人びた表情で、テファの一番の魅力だった、子供のような分かりやすさとは、少しだけ違う。
「……ううん、何でもない。ただ、何となく、ね」
何となく、不安で。
「ふふ、おかしな姉さん」
テファは、困った子にでもするように笑う。こんなんじゃ、どちらが姉なのか分からない。
「──私は、私だよ。それは、変わらないから」
テファの諭すような言葉。
「……それは、分かっている。分かっている、けれど、ね」
私ばかりが空回りしているようで、息が詰まる。テファはテファ、そんなことは分かりきっていることなのに。何があったって、それは変わらないのに。
テファの表情が、ほんの少しだけ陰る。
「……本当は、私も分からないんだけれどね」
テファが、どこか遠くを見上げ、そして、目を閉じる。
「たぶん、私はブリミルって人に近づいたみたい。だから、あの人が理想としていることが何となく分かるの。死にそうな世界を生まれ変わらせて、もっと良い世界を作ろうって。この世界の色々な所が壊れそうだっていうことは、何となく感じる。まるで、長く生きた古い木みたい。新しい芽は生まれなくなって、強い風が吹いたら折れてしまう。方法は分からない。でも、あの人がそんな世界を救うことができるっていうのは、理解できる。それは、悪いことじゃないのかも。感じるの。ブリミルって人はとても純粋で、私はそれを手助けするべきなんじゃないかなって。私の罪だって……」
私は、何と答えるべきなんだろう。凡人の私に、今のテファのことを理解できるんだろうか。シキさんなら、何と言うんだろうか。
テファは、冗談めかすように笑った。
「──なぁんてね。全部を無かったことにして、なんてできないし、良くないよね」
「……そう、ね」
「そうだよ。そんなこと、できないもの」
テファの瞳は、雨上がりの空のように澄んでいる。降り注ぐものに綺麗さっぱり洗い流されて、どこまでも遠く、見通せないぐらいに。
倒れた時に、テファは色々なものを見たと言った。テファは、テファのままなのか、私には分からない。
ここ最近では日課になった、テラスへと向かう。
待ち合わせているわけじゃないけれど、今日は私の方が遅かったみたい。いつもの席には、既に先客がいる。
私に気付いたエレオノールさんが微笑む。
「マチルダさん。今日は私の方が早かったようですね」
「ええ、そうみたいです」
私は、彼女の真向かいの席に。
専属のメイドにでもなったのか、常にそばに控えるシエスタに紅茶をお願いする。いつものことなので、彼女も慣れたもの。流れるような動作で紅茶の準備を進める。
エレオノールさんが言う。
「昨日は、王宮に行ってきました。予想通りの状況で、行くまでもなかったですが」
「まあ、そうでしょうね」
この世界の絶対の神である始祖が、予言の通り復活した。
神の炎の事実と、そして、誰もが始祖を神聖を疑わないという状況。ならば、それに従おうと考えるのは当然の摂理。王権すらも始祖に由来するもので、それを前提にしてきた。数千年の時を経てもなお、そうあった。
いや、そのように作られていたんだろう。全ては、この時の為に作られてきた。そうだとしか思えない。
だとすれば、駒に過ぎない全ての国はその役割に沿って動くだろう。例外になりそうなのは新しい国であるゲルマニアぐらいだが、大勢は変わらない。変わり者であるガリアの王も、しっかりと首輪をつけられてしまった。
そんな中、ロマリアは始祖に対する正しい信仰を掲げ、他の国にも積極的に喧伝している。そして、貧者に対する施し。それこそ数ヶ月で蓄積の全てを使い尽くす勢いで、多くの者達が感謝を捧げている。形のある救いは、何よりも強い。空腹に苦しむ中でのパンは、絶対の正義。かつて、私自身が身をもって知ったこと。
今の状況では、疑問を持つ私達だけが異物──だった。
子供の頃から当然の如くあった倫理からか、はたまた、ごく僅かでもこの身に流れる血の仕業か、私自身感じるものがないではない。あの、怪奇としか言いようのない異界に居合わせた私達ですらそうなのだ。変わってしまった妹を持った私達ですら。
姉である私達の悩みは、同じ。
「……それに、ルイズも相変わらずね。別人のように大人びちゃって、可愛げがないったらないわ」
エレオノールさんは困ったものだと、肩をすくめる。
「テファも、同じようなものですね。始祖とつながることがどういうことなのかは、きっと、あの子達にしか分からないんでしょうね」
「まったく、ね。それに、シキさんもそう。何かをしようとしているのは分かるけれど、それは教えてくれないし。それは確かに、私達も聞いていないというのはあるかもしれないけれど……」
エレオノールさんの言葉に、いつもの気丈さはない。私だって、気持ちは同じ。
「……寂しい、ですよね。あの人の恋人なのに、あの子達の姉なのに。私達だって、何かできることがあれば良いのに」
「……ええ。何も、できないかもしれないけれど、それでも」
エレオノールさんの瞳に浮かぶ感情は、私と同じもの。だから、言葉が重なる。
「……それでも、あの人を、あの子達を支えたい」
シキさんが私達を呼び集めた。ようやく、これから起ころうしていることを話す、と。
シキさんは私達に言った。
「──ブリミルは、この世界を作り変えようとしている」
シキさんの口から聞いて、思い出すことがある。そんな話をシキさんから聞いたことがあったと。
「それは、シキさんがいた世界と同じようにということでしょうか?」
作り変える為に世界は一度終わりを迎え、そして、シキさんがその再誕を阻んでしまった。その、懺悔ともとれる言葉を。
シキさんもその質問を予想していたんだろう、ゆっくりと首を横に否定する。
「ブリミルがやろうとしていることは、違う。……いや、元々考えていたことはその通りだ。過去に世界を終わらせる時点で阻まれ、復活した後にそれを成し遂げようと手を打っていた。だが、世界を終わらせないで済む方法を見つけた。世界を作り変える為の力を見つけた。俺がいた世界に、その為の力がそのままに眠っている。それさえ使えれば、世界を作り変えることは可能だ。何千年と停滞した世界も、それを命に動きだす」
シキさんの話は、とても抽象的なもので難しい。
でも、言葉通りに私が理解した通りで間違っていなければ。同じことを思ったんだろう、エレオノールさんが疑問を投げかける。
「元々は世界を一度終わらせてということを考えていた。でも、それをせずに済むということですよね? 大隆起なんていうとんでもないことが起ころうとしているのも、この世界をそのままに作り変えるということで何とかなるということをじゃないんでしょうか? 世界を作り変えるという話が大きすぎて理解仕切れていないかもしれないんですが、もしかしたら、悪い話じゃないのかと……」
テファが言っていたこととも重なる。
「ああ、それだけなら、な」
シキさんは続ける。
「世界を作り変える力──既に生まれているカグツチを利用することで、この世界をそのままに生まれ変わらせることができるはずだ。だが、この世界の根本に流れるルール、コトワリは変質する。それは、この世界にある全てのものに影響する。全てが、ブリミルという存在の一部になる。恐らく、ルイズとテファの今の状態か、もしくはそれ以上に強い繋がりを持つことになる」
エレオノールさんと目が合う。きっと、私達だけが理解仕切れてはいない。そこには言葉以上の意味があるはずなのに。
「……理解することは難しい、かな」
ポツリと、ルイズさんの困ったような言葉。
「悪く言えば、命を握られているようなものなのかも。多分、死ねと命じられたら、その言葉を受け入れてしまうかもしれない、そんな風に感じるの。でも……」
ルイズさんとテファ、2人は互いに見合い、ゆっくりと頷く。そして、テファが言葉を引き継ぐ。
「怖くはないの。むしろ、私達も守ろうとしている、そんな風に感じたの。あの人に悪意は感じないし、あの時に見えた、あの人の記憶だって、ただ、この世界をなんとかしたいっていう純粋なものだった」
「確かに、悪意は感じない」
シキさんも、認めた。
「ただ、それが絶対の本心なのかは分からない 。どんな変化が起きるのかだって分からない。仮に、今はルイズとテファのことをあえて支配していないにしても、いざとなれば、どうなるのか分からない。そうなれば、手の打ちようすらなくなるかもしれない」
シキさんの言葉には、苛立ち、そして、不安を感じた。
「だから、選んで欲しい。新しい世界と新しいコトワリを受け入れるか、それとも、今のままに在り続けるか。受け入れれば、その支配には誰も手が出せない。拒否すれば、この世界では永遠の異物になる。たとえ死を迎えた後も、世界に還ることもなくなる」
永遠の異物という言葉は、実感のこもったもの。シキさんの全てに距離を置いたあり方は、そういうことなんだろうか。自分は、違うものだと。だとしたら、とても寂しいこと。
「私は、受け入れても良いと思う」
テファが、はっきりと口にする。
「私自身には元々選択肢なんて無いようなものだけれど、この世界がもっと良い世界になる可能性があるのなら。自分でもより良い世界に、皆が差別されないで生きられる世界を作るようにしたい」
「私は、まだ、保留かな」
今度は、ルイズさん。
「まだ、良いか悪いか判断できていないから。でも、より良い世界を作ろうという意思に、悪意は感じていないわ」
テファもルイズさんも、自身のことは受け入れている。だから、これはまだ選択肢のある私達にということ。だったら……
「じゃあ、シキさんはどうして欲しいんですか?」
私は、それが聞きたい。
エレオノールさんも続ける。考えていることは、きっと同じ。
「どうして、そこで選択に任せるなんて言うんですか?」
シキさんは、何も言わない。エレオノールさんの、嘆くような吐息。
「一緒にいて欲しい、お前達は俺のものだって言ってくれれば良いのに」
それでも、口にしない。だから、エレオノールさんも言ってしまう。
「──意気地無し。こんな時にも男らしさを見せられないんですか?」
私達が、ずっと言いたかったこと。この人に対する不満も同じ。だから──
「あなたの、そんな所が嫌いです。どうして自分は独りだって考えるんですか? どうしてそんなに寂しいことを言うんですか?」
お待たせしました。
年度が変わって仕事の繁忙期が終わるはずがそうならず、個人的に予定していたよりは遅れそうです。