混沌の使い魔   作:Freccia

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第48話 Strength in the Man

 

 

 肌に感じる空気が変わった。ただでさえ重苦しかったそれが、今は絡みつくように体に感じられるほど。

 

 理由など、言うまでもない。突如として現れた、遠目にも分かる巨大な2体。しかし、それだけではないと、この身が理解している。

 

「──おい!」

 

 急拵えの副官に呼びかける。不安げな顔は、何かを感じているからだろう。

 

「指揮は一旦任せる」

 

 この副官は、二人が死んだ上での三人目。しかし、小隊を任せられる程度には優秀だ。

 

「ワルド子爵? どこに行かれるのですか!?」

 

 背中にかかる、縋るような声。事ここに至っても臆病なのは欠点とも言えるが、逆に、きちんと危険を把握しているとも言える。無理をして死んだ、前の二人を思えば。

 

「上空から確認する。確認でき次第戻る。それまで持ち堪えろ」

 

 情けない声は無視する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 おおよそ200メイルの上空からは、戦場の「穴」が俯瞰できる。穴は4つ。

 

 1つ目の穴は、戦場の中心。

 

 カグツチとあの男との戦闘。元より最激戦の場が、一層激しくなったように思われる。カグツチの周りには、目が焼くほどの多様な光が暴れ狂っている。人など、いや、たとえ屈強な悪魔であっても、あの場では容易く蒸発してしまうかもしれない。そして、それを意に介さず殴りつけるあの男の非常識さ。互いに戦況をひっくり返す化物同士のぶつかり合い。

 

 何者も介在できず、全体の勝敗にも帰結する戦い。それは、周りの悪魔にとっても変わらない。あれは、そういうものだ。

 

 

 

 2つ目の穴は、左翼に。

 

 他の悪魔が可愛く思えるほどの巨体の、赤い凶獣。どういったものなのか、姿形こそ人を思わせながら、上半身を覆う赤黒い攻殻に、腰元に何本も蠢く触手、体をくまなく覆う鱗、甲虫の羽、あらゆる生き物を混ぜ合わせたと思しき異形。戦場でも一層際立つ巨体から振るわれる触手は竜種すらなぎ払い、そして口から魔法の光まで放つという出鱈目さ。まるで、出来の悪いお伽話にでも出てくるような怪物。そんなもの、どうやって退治しろというのか。

 

 そこには色付きのオーガの将達が向かっている。しかし、どうか。色付きは有象無象の悪魔共とは比べるまでもなく強力な個体揃い。それでも、赤い獣の巨大さの前には子供のようなもの。大きければ良いというものではない。人ですら強大な魔獣を倒すのだから。だが、巨体はそれ即ち力。剛力を持って戦うオーガには、分が悪い戦いではないか。

 

 

 

 3つ目の穴は右翼に。

 

 遠目には、白いヒトガタとしか分からない。むしろ、目に引くのはその傍にある、獅子と豹の如き獣頭の二戦士。獣の剣が幾度となく煌めき、その一瞬に、対峙するものは切り払われる。尋常なる腕前ではない。そこに、切られても捨て身でヒトガタへと向かう魔獣。しかし、ヒトガタの前にて消え失せる。何があったかは見えず、突如掻き消えた。何かしらの魔法を使用したのだということしか分からない。

 

 ここに、空より翼人達が向かう。あれは、指揮を取っていた者と、それを囲んでいたものか。空における本命の戦力、つまり、それだけ厄介な敵であるに違いない。

 

 

 

 

 4つ目の穴は正面にあり、そして、中心の巨体と共に移動している。

 

 遠目にも分かる、ずんぐりとした空を泳ぐ河馬の如き四足獣。体に比しても巨大な、額に瘤の張り出した人の如き顔部。びっしりと呪術的な不吉さを感じさせる文様に覆われた体は、赤い獣にも劣らぬ悪趣味な造詣。そんな化物が近づいてくる。早くは無いとはいえ、それは巨体に比較してに過ぎない。背中に並んだ「棘」から周りに、炎を、電撃を、様々な破壊の魔法を振りまく。目立つ悪魔がいない代わりに、多種のものが向かう。しかし、明らかに敵が優勢。

 

 化物の周囲で、光と光のぶつかり合い。そして、弾けた光が悪魔自身を襲う。巨体を幾重にも囲む光のカーテンの如き帯、それは魔法を反射するようだ。どういう仕組みか、通らない魔法と、わずかに通る魔法がある。しかし、新たな光の帯が浮かぶに、通った魔法すらも通じなくなっている。嫌らしいことに、作る毎に性質が変化しているのではないか。無敵では無いからこその、嫌らしさ。

 

 幸いと言って良いのか、離れた場所からの砲弾は反射されていない。あらぬ方向にこそ逸らされるが、光の帯を掻き乱している。榴弾であれば、爆発が広く光を波打たせる。しかし、それだけ。何より、巨体だからこそ何とか当たっているだけで、それにも限度がある。当たらないものがはるかに多い上に、敵は移動している。魔獣退治に大砲を使うことも無いではない。しかし、巨大な魔獣に使えるのは、それこそ、追い込みの技術があってこそ。留めようの無い獣には、いずれ蹂躙される。

 

 この状況において、今持って何とかせねばならないのは、この河馬の化け物だ。こいつだけは、明らかに留めきれていない。陣を浸透し抜けようとするこいつは、なんとかせねばらない。下手をすれば、いや、いくらも時間をかけずに全体が崩壊する。

 

 既に、影響の萌芽は見て取れる。友軍における強力な個体が抜けた分、汚泥の軍勢の圧力が増している。友軍の将が勝てば良いが、それは向こうも同じ。この止めきれていない個体をなんとかしなければ、戦力が損耗し続ける。

 

 見渡せば、戦場の至る所に、幾千、幾万もの人の死体転がっている。

 

 人の死体ばかりが増えていく。悪魔の死体は消え、汚泥は崩れるだけ。残っているのは、人の死体ばかり。延々と打ち捨てられた死体。引き取る余裕など無いのだから、当然だ。

 

 地獄が、広がる。地獄が、広がり続ける。

 

 この地獄を作ったカグツチは、聖地から這い出てきたという。聖地のことを調べるうちに、心を病んだ母。母を狂わせた絶望とは、このことか。抗いようのないこれは、紛うことなく絶望だ。

 

 地に降りるなり、走り寄ってくる副官。しかし、訝しげな顔を向ける。

 

「どうした?」

 

「あ、いえ……。どうも、子爵殿の顔が、その、笑っているように見えたもので」

 

「──そうか? ああ……。そうかも、しれないな」

 

 俺は、ようやく見つけた。

 

 俺が真にやるべきこと、やりたかったこと。 俺は狂人となった母を疎み、そして、死に追いやった。母が狂った理由も知らず、知ろうともせず。だが、俺は見つけた。今、この場所、この時こそ俺が探し求めてきたもの。

 

「えっと、これからどうされるので?」

 

 おずおずと、副官の問いかけ。何を疑問に思う必要があろうか。

 

「やることは変わら無い、戦うに決まっているだろう。何をおいても、あの河馬の化け物を何とかしなくてはな。それに、アレも無敵ではない。どうにも、何か規則的なものがあるようだ。それさえ分かれば何とかなるかもしれない」

 

「まさか、あれに挑むつもりですか!?」

 

 副官の当然の反応が、どうしてか可笑しい。

 

「そのまさかだ。ただし、精鋭のみで挑む。もちろん、お前もだ。お前のことは認めているからな。──喜べ、あれをなんとかできれば英雄だぞ。ここはジュリオに任せて、俺はいく。こればかりはあいつに譲れないな」

 

 俺の贖罪だ。ここで逃げては、母に顔向けなどできはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上空より近付くに、河馬の巨体が一層大きくなる。

 

 聖獣騎士団より借り受けた、新たな相棒のグリフォン。あの常識外の化物と対峙するのを理解しているだろうに、怯えなど無い。

 

「──良い子だ。それでこそ、安心して命を預けられる」

 

 背後に続く、所属も出身もバラバラの精鋭達。彼らも皆、相棒を上手く宥めているようだ。

 

 魔獣と共に戦うのに大切なことは、対等であること。魔獣は単なる獣ではない、しかし、人とも違う。それを理解し、それでありながら対等であること。どうやら、命をかけた戦の中で、十二分以上に学んだようだ。こいつらになら、安心して背中を任せられる。

 

 地上にて化物に向かう悪魔達は、有効打を与えられないままにその数を減らしている。化物の魔法だけでなく、自らの力を込める程に手痛い反撃に。

 

 あの化物に、単なる力押しは無駄だ。力押しならば、悪魔の方が俺たちよりもはるかに上。しかし、こちらにも頼もしい援軍が来た。

 

 合流の為に、速度を落とす。

 

「──生ける伝説、烈風のカリン殿の戦線復帰とは頼もしいですな」

 

 凛々しい女騎士に、それに率いられるトリステインの主力であるマンティコア隊の面々。

 

 見紛うはずも無い。カリン殿はかつての相棒であるマンティコアに跨り、そして、戦装束こそ色褪せたとはいえ、その全て蹂躙する気迫は変わらない。身をもってその実力を知るに、これ以上心強いものは無い。

 

 カリン殿が左手に並ぶ。

 

「アレを何とかしないわけにはいかない。あなたと一緒ですよ。私は、夫と違い前線に出てこそ。あの人がいるからこそ、私も気兼ねなく杖を振るえるというもの。それに、私だけではありません」

 

 彼女が振り返る先には、マンティコア隊の面々。一糸乱れぬ編隊は、かつて無く高い士気が見て取れる。当然だろう、トリステインにおいて烈風のカリンの勇名を知らぬものはいない。人が持てる戦力として、これ以上は無い。

 

 ならば、あとはどう戦うか。皆の視線も俺たちに集まる。それ次第で彼らの生き死にも変わるのだから。

 

「カリン殿、あの厄介な怪物の魔法障壁をどう見ますか? 俺は、全ての魔法に対して無敵ではなく、ある法則を持って変化するものだと見ています。それを見つけられるかが鍵でしょう」

 

 カリン殿が同意する。

 

「ええ。それに、あの怪物が使用する魔法も変化しています。自分の魔法だけは通すなんて都合の良すぎるものはないでしょうから、そこに法則があるのではと考えています」

 

「しかり。これまでに確認したのは炎、氷、風、電撃ですね」

 

 背中に生えた「棘」が魔法的な器官らしく、そこから、遠く離れた場所でも見える馬鹿げた威力の魔法が放たれていた。

 

「……だったら」

 

 気弱な声に二人して振り返ると、とたんに口を噤む副官。しかし、そういった軟弱な態度を嫌うのがカリン殿だ。

 

「思ったことがあるのならば、言いなさい」

 

 言葉は丁寧でも、そこに込められたものは誰でも分かろう。俺とて、幼い頃に身をもって知った。しかし、優柔不断は戦場で死を招く。そして、常識外の化物に挑むには、少しでも有効な作戦は不可欠だ。出し惜しみはできない。

 

「あ、そ、その……。炎と氷は反目しあうので、炎の魔法の時には氷が有効なのかと」

 

「では、風と電撃は?」

 

 カリン殿が問う。

 

「炎と氷と同じ関係じゃないかと……」

 

「雷は、風と水が生み出す複合魔法なのですよ。あの怪物が使わないだけで、地属性の魔法が対応するものかもしれません」

 

「……すみません」

 

 副官がうなだれる。

 

「気にする必要はありません。結局の所、私も同じことを考えていました。だからこそ、確証が持てないでいる」

 

 カリン殿の視線は俺に。

 

「俺も同じです。しかし、悪魔達の魔法を見るに地属性の魔法が無い。いっそ別世界のものと考え、常識を捨てても良いかもしれないとも考えています。それに、俺とカリン殿には保険もある」

 

 カリン殿が、微笑む。

 

「規格外の怪物に挑むには、賭けも必要でしょうね。何のリスクも無しに勝とうなど、おこがましいというもの」

 

 戦場にふさわしく無い──いや、戦場においてもなお艶やかな笑み。3人の子持ちだと知らなければ、惚れてしまうかもしれない。ある意味で罪深い戦乙女としての伝説は、未だに健在だ。彼女となら、負ける気がしない。

 

「では、彼の考えを前提に行きましょう」

 

「ちょ、ちょっと、それで良いんですか? 違っていたらどうするんですか。もし違ったら……」

 

 副官の慌てた声。

 

「なに、違ったら死ぬだけだ。ここにいる者ならその覚悟はできている。そうだろう、皆?」

 

 返ってくる、応という威勢の良い声。

 

 副官は違ったようだが、他は皆が覚悟している。そも、戦場に絶対安全などということは無い。死ぬ時は死ぬというのが戦場だ。ましてや、敵はおとぎ話にも出てこないような化け物。例え刺し違えでも、大金星だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 化物の「棘」が、放電を始める。

 

 足元の悪魔達に、雷の嵐が襲いかかる。そして、悪魔達の魔法が光のカーテンに反射される。多くの者達は自らの魔法に焼かれ、凍らされる。しかし、風のみは化物の体表を引き裂く。人間など気にもしていないこと、今は感謝しよう。

 

 一番槍はカリン殿。化物の周りに渦巻く暴風、巨体を覆うほど超特大のカッタートルネード。そこに、俺も同じ魔法を重ね合わせる。二つの災害が現象として融合し、化物の体を引き裂く。

 

 が、浅い。人ならば肉片も残さないというのに、この巨体には足りない。新たな光のカーテンに、残る風も掻き消える。化物の不細工な顔は、こちらを見ている。肌に、空気の流れを感じる。その中心は、化物の背中の「棘」

 

「風だ! 散会せよ! 回り込め!」

 

 化物の魔法がいくら反則染みて強大でも、真正面でなければ逃げ道はある。グリフォンの背中にしがみつき、化物の右側面に回り込む。

 

 風が、爆発する。

 

 結界越しでも体を押しつぶす風に、ただ耐える。苦しいのは、グリフォンの方だ。グリフォンが一つ羽ばたき、体勢を立て直す。幾人かは、余波だけで墜落したかもしれない。俺も、自らを守るので精一杯。

 

 しかし、カリン殿は違う。風を読み、化物の背中にまで回り込んでいた。紫電を散らす、彼女の杖。化物の棘へ、雷が落ちる。表面を焼くまでとはいえ、雷が通った。騎獣を含めて構築した「遍在」は力尽きて消えるが、その役目は十二分に果たした。

 

 化物を包む、光のカーテン。そして、炎の世界が顕現する。

 

 逃げ遅れたものは、灰も残らなかった。しかし、化物に幾本もの氷の槍が突き刺さる。体表ではなく体の内部への攻撃、悪くない選択だ。

 

 続く、力の限りの雄叫び。青いブレイドを突撃槍に、化物の巨大な顔へ突き進むもの。駄目だ。それは逸り過ぎだ。化物は見ている。俺たちを「敵」と認識している。

 

 化物の人面が、裂けんばかりに顎を開く。青白い光が吸い込まれていく。光は、落ちていく騎士から抜け出たもの。人も、騎獣も落ちていく。奇妙に萎びた体が落ちていく。化物は、何かを咀嚼している。新たに光のカーテンが張り巡らされたが、今のは何だ。範囲こそ狭いが、明らかにこれまでと違うもの。そして、とてもまずいものだ。一所にいるのはまずい。

 

「──そう、上手くはいかないようですね」

 

 隣を並走するカリン殿。

 

「ええ、別の属性でしょう。明らかにおかしな現象。まるで命ごと喰われたように見えました」

 

「虚無、かもしれませんね」

 

 カリン殿の言葉は、俺も考えていたこと。

 

「今度は俺がいきます。4体が限界、一回こっきりです」

 

「分かりました。予備に私が2体、それで駄目なら一旦引きます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 化物は、悪魔達を含めて喰っている。悪魔すら及び腰なのか、反撃はわずか。だから、俺がいく。

 

 一体目は、風。自らの風に引き裂かれ消滅する。

 

 二体目は、近づく前に喰われる。

 

 三体目は、炎。通った。表面を炙るだけとはいえ、通った。

 

「──ならば、いける」

 

 分かった。青白い魔法は、弱点を隠すためだけのものだ。

 

 化物が新たな光のカーテンを構築する。化物はこちらを見ている。化物の表情など分からないが、きっと、忌々しげにこちらを見ている。

 

「──聞け! 俺とカリン殿の遍在が弱点を探る! お前達は全力でそこを突け!」

 

 張り上げた声に、生き残りが集まってくる。20人はいる。よくぞ生き残ってくれた。留まれずに移動しながらであるが、数人づつの班として、皆ついてきている。

 

 先頭グループの男が左翼につく。

 

「いや、捨て駒は俺たちに任せて欲しい。俺たちでは、打撃力にかける。消耗の大きい遍在は、攻撃に温存すべきだ。決め手を持っているのはあなた達だけだ」

 

 言う間に、男が空を駆けていく。続く二人の男。

 

「聖獣騎士団第一部隊、いくぞ! 無駄死にするな! 死ぬなら、役に立ってから死ね!」

 

 全ての班が、示し合わせたかのように後に続く。重ならぬよう、広く散会していく。

 

 カリン殿の声。

 

「──確かに、これが一番勝算が高い。行きましょう。無駄死ににさせない為に」

 

「……確かに、あいつの言う通りだ」

 

 

 

 

 

 

 最初の班が自らの魔法で全滅した。使わなかったのは、電撃。続く電撃が化物の棘を、体表を焼く。喰われたものもいたが、まだいける。光のカーテンが新たに現れる。

 

 次の班は、炎の魔法を使った者が生き残った。幾つもの炎の魔法が化物に殺到する。その中には、生き残りの悪魔からのものもある。大きく数を減らし、強力な個体ほど既に倒れている。しかし、心強い。光のカーテンが新たに現れる。

 

 三つ目の班は、皆生き残っている。代わりに、何かが崩れ落ちていった。重い羽音と共に、次々に集う。空に幾つもの、千に届こうかというほどのガーゴイル。残る悪魔の元にも集っていく。

 

 俺のそばにも、ガーゴイルが来た。奇妙な配管が巡り、口元がラッパように拡がったもの。くぐもった声が、しかし、まだ少女かと思しい声が聞こえる。

 

「──兵として立派だが、命を無駄にしているんじゃないよ。こういうのは適材適所、使い捨てるにはそれに相応しいものがある。あんたらは、あんたらの仕事を正しくやりな。敵が正真正銘の化物だってのに、馬鹿正直に挑んでどうするよ」

 

 化物の回りで重なる爆発。空からの砲撃が、光のカーテンを激しく揺らす。途切れぬ砲撃の元は、艦隊。旗印は、エルフ。

 

「──ようやく、きたか。たく、遅いんだよ。あいつは」

 

 悪態ながらも、どこか誇らしげな少女の声。

 

「さあ、今度こそあんたらの出番だ。あいつには魔法しか効かないらしいからな。だから、こっちはあんたらが全力を出せるよう、全力でサポートする。良いところは、譲ってやるよ。民草には、英雄が必要だからね」

 

 楽しげな声に釣られたのか、カリン殿までもが声をあげて笑う。

 

「──これは急がねば。英雄と讃えられるのは、存外悪くないものですよ?」

 

 その心持ち、今の俺には分かる。

 

「──ならば、俺は烈風のカリンを越えてみせましょう」

 

 母を狂わせたもの、俺が蹴散らしてみせる。

 

「良くぞ言いました。しかし、まだ譲る気はありませんからね」

 

 少女のように笑うカリン殿は、紛うことなくルイズの母。

 

 ここに、心強い相棒がいる。共に戦う仲間達がいる。悪魔も、エルフすらも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳をつんざく轟音に、船が揺れる、揺れ続ける。

 

 砲撃が空を泳ぐ化物に集中する。壊れることも厭わぬ連射は、あとどれだけも持たないだろう。どれだけ効果があるのかも分からない。

 

 だが、それで良い。イザベラからの情報に従い、艦隊を2つに分けた。一部をこの化物に、残る主力を戦場全体に対する援護の為に。全艦隊が、その全砲門を解放する。ここで出し惜しみなど、愚か者のすること。真に混戦になれば、艦砲など飾りにしかならない。

 

 安堵する。この場に艦隊を連れてくること、何とか間に合った。内戦になろうかというルクシャナとアリーの行動は、行動への呼び水となった。若い意思に奮い立たぬ者などあろうか。子供にだけ重荷を背負わせるなど、範となるべき大人としてあってはならぬこと。

 

「──ビダーシャル艦長。主砲、全弾を撃ち尽くしました。副砲も、半分を切っています」

 

「ならば、竜騎士達の出番だ。残弾は援護に回せ。防護用の最小限を残せば、撃ち尽くしても構わん」

 

「承知しました」

 

 敬礼と共に、伝令へ走る。

 

 無駄な驕りの無い将兵達は、エルフの国の精鋭としての名を恥じぬもの。軍に巣食っていた濁りが除かれ、在るべき姿に戻れたか。

 

 しかし、まだ足りない。

 

 空を泳ぐ化物だけを見ても、未だに健在だ。数限りない攻撃が集中するも、巨体は悠然とある。戦いの初めに強力な悪魔こそが自滅したからだろう。決め手にかけるままでは、持久戦となる。反射の魔法の使い手同士の戦いの常とはいえ、この化物には別の問題もある。イザベラから、あの化物は命を食って再生している可能性があるとの情報があった。長期戦がこちらに優位とは限らない。そも、相手は一撃で戦艦を落とすことも可能な、正真正銘の化物だ。

 

 ふと、悲鳴が聞こえた。ルクシャナの、そして、他の者達からも誰かを引き止めようとする声。

 

「──まさか、動けるとは」

 

 ルクシャナ達が引き止めようとしていたのは、ガルーダという名の高位悪魔。見つけた時には、文字通りの半身だった。体の右半分が消し飛び、それでも生きていることに驚嘆した。

 

 甲板を歩くその姿は、巨体を支えるに足りる羽を含め、復元している。しかし、分かる。どう取り繕おうとも、かつての圧倒的な存在感が薄らいでいる。それが分かるからこそ、ルクシャナが縋り付いてでも止めようとしているのだろう。ルクシャナは、アレに心酔している。どうあれ、エルフの国を守ったことは皆が認めるところ。遠巻きの者達の視線にも、それが表れている。

 

 ガルーダは、目の前で歩みを止めた。見上げるほどの、しかし、かつての姿を知るからこそ、死に体だということが嫌でも分かる。

  

「……行くつもりですか?」

 

「叔父様も止めてください!」

 

 ルクシャナの懇願も、通じないだろう。自らの状態など、自分が一番把握しているはずだ。

 

「──そなたらのおかげで生き恥を濯ぐ機会を得られたこと、感謝する」

 

 猛禽の表情など、どう読めば良いのかなど、分からない。しかし、言葉通り、退くことなどないと理解している。誇り高い戦士とは、そういうものだ。それに、無駄死にしない為の切り札があるということだろう。

 

 ガルーダは、背中の羽を広げ、あらん限りの声を張り上げる。

 

「我が真なる主よ! 我が忠誠の対価、今ここに貰い受けたい!」

 

 天を衝く光と共に顕現するは、優しげな風貌ながら、上半身を露わにした人とは違う4腕の偉丈夫。かつてのガルーダに、いや、それ以上の存在感を漲らせた男。その手には、武器であろう棍棒に円刃、戦場に似つかわしくない、しかし、この男には相応しい、柔らかな丸みを帯びた花と法螺貝を持っている。

 

 男が、ガルーダに声をかける。

 

「そなたとまた共に戦えることは、我にとっても喜びよ」

 

 ガルーダが跪き、男はその背に跨る。男は、私達を見下ろし、言った。

 

「さあ、小きものものよ。我らが渾身の一撃、とくとご覧あれ」

 

 男は笑い、ガルーダと共に飛びたった。ガルーダは最後にルクシャナを見たが、それが優しげなものだと感じたのは気のせいか。

 

 飛び立った姿は、瞬く間に空を泳ぐ化物のそばにあった。

 

 男の声が聞こえた。

 

「我が4つの武器──貴様にくれてやろうぞ!」

 

 男が手に持ったもの掲げると、一面の空を照らす光が化物を覆った。化物を包む光のカーテンを消し去るほどの、莫大な光。光は、幾条もの柱の如き巨大な槍へと収束、何度も、何度も化物を貫く。化物の体にいくつもの大穴を残し、名も知らぬ悪魔とガルーダは消えた。

 

 そして、二条の光の剣が化物の体を通り抜ける。巨体は4つに分かたれ、消え落ちた。

 

 最後の最後、見せ場は人間の魔法使いが持っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い魔王、バアル・アバターが笑う。互いに余力など無いにも関わらず、愉快この上ないと。

 

「まさか、まさか、ノアこそがまずもって堕ちようとは! 死に損ないの足掻きはともかく、塵芥如きが存外にしぶとい!」

 

 確かに、認めねばならない。頭数に無かった者達が、その力を見せたことを。ノアは、再生できていない。この勝負所に、乗らぬわけにはいかない。何より、我らが遅れを取るわけにはいかない。続くものが、あるのならば。

 

「──兄弟達よ! その血を、我に捧げよ!」

 

 呼びかけに兄弟達が赤い光へ、マガツヒへと姿を変える。力として取り込むに、かつての戦いの時の如く、溢れる力。ここに、全霊を持って挑もう。三対の羽、熾天使のウリエルとして。

 

 バアルは、なお一層愉快気に笑う。

 

「共食いとはまた、らしからぬ! しかし、良い! 弱者は強者の糧となるべし! 一度は滅びた身なれど、強きものとの戦いは我が喜び、死力を尽くすは我が本懐!」

 

 バアルの右手が、配下であるものを貫き、食らうが如く同化する。そして、もう一体も。残るは、両手、両羽の、完全なる姿の魔王。白く、ただ白に染まる、他の存在を許さぬ、罪深き白の姿。

 

 力こそが全て、力無きことこそが罪。ヨスガのコトワリに傾倒するきっかけとなった、弱さゆえの身体の欠損。バアルの化身としての礎となった少女の残滓は、完全に消え去った。

 

「ゆえに、我は全霊をも持って貴様と戦おう!」

 

 真なるバアルとしての宣言。

 

「望む所! 我らは元より、相容れぬ!」

 

 滅ぼし合うは、根源からの定め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相対するは、アーリマン。暴れ狂う触手が地を打ち、地を砕く。

 

「ノアが落ちた! バアルとウリエルが全霊にて打ち合う! さあ、貴様らは如何する!」

 

 天を衝く巨体に相応しい堅牢さで、未だ触手の一本をとったのみ。水鬼と風鬼の半身と引き換えでは割りが合わぬ。人が存外に力を見せたというのに、我らはこの体たらく。

 

「──我らだけが遅れを取るわけにはいかぬ! 水鬼! 風鬼! 金鬼! 例え道連れでも、叩き潰してくれようぞ!」

 

 この身を二つに分かつ。影ではなく、分体として。

 

 金鬼が雄叫びをあげ、地面を喰らう。土も、岩も、地にある何もかも。全てを喰らい、その身へ取り込む。

 

 我は、二つを、四つへ。魂から、分かつ。

 

 水鬼と風鬼、互いに喰らう。喰らい、喰らわれ、残るものは一つ。水鬼であり、風鬼であるもの。

 

 我は、四つを、八つへ。この身を裂こうとも、敵を喰らう為に。

 

「──いいぞ、それでこそだ! 我らに言葉など不要! 理性など邪魔なものは不要! 我らが根源に、愚かしく従おうぞ! 殺し合おうぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 両手でも足りない数の鏡が並び、そこにガーゴイル共が見た視界が映し出される。一時の膠着が嘘のように、目まぐるしく移り変わる。

 

 空を泳ぐ巨大な化物は、討ち取った。悪魔からの増援もあったが、「人」こそがそれを成し遂げたのは大きい。新たな「英雄」の誕生は、希望。士気をこれでもかと高め上げる。敵であったエルフとの共闘も、驚くほどうまくいっている。人も、エルフも、悪魔までもが共に戦っている

 

 翼人と白い化物との一騎打ち。翼人の剣が振り下ろされ、白い化物の羽が受け止める。白い化物の羽から放たれる光を、翼人の翼が受け止める。互いに退かぬ、激しい応酬。しかし、全力同士だからこその決着。翼人の剣が白い化物の腹部を貫き、白い化物の腕が負けじと翼人を貫く。そして、互いに光の塵となって消えた。

 

 オーガ達と赤い化物との、獣の戦い。赤い化物に比肩する岩石の巨人が、化物の触手を抑え込む。掴みそこねた触手が岩石の巨人を激しく打ち据えるが、その触手に二頭四腕の奇怪なオーガが触れるなり、砕け散る。押さえ込んだ赤い化物に、黒いオーガが獲物に群がる蟻の如く這い登り、その手の獲物で激しく打ち据える。何度払い落とされ、潰されても、執拗に食らいつく。赤い化物の頑強な外殻も、そこここで崩れ落ちていく。

 

 あの男とカグツチという名の敵との戦いは、他にも増して一層激しい。破壊の光は耐えることなく、その戦いを彩る。カグツチの体表に寄生するかの如く覆う、幾つもの顔。そこから放たれる魔法に、さすがのあの男も無傷では無い。いや、激しく疲弊している。しかし、それにも負けじとあの男の拳、幾条の光の槍がカグツチを貫く。いつからかあの男に寄り添うようにある羽の生えた小さな人型も、その外見に見合わぬ凶悪な破壊の魔法を放っている。戦況は、あの男が優勢──

 

「……消えた?」

 

 突如、鏡の光が消えた。

 

 あの男の戦いの映像が消え、間抜け面を晒す私の顔が写っている。いや、他の鏡もただの鏡になっている。

 

「ガーゴイルが壊れた? あり得なくは、無いけれど……。でも、なぜ急に、それも、全て?」

 

 分から無い。もし壊れたとした、何ともできない。父の残したノートには、必要最小限の情報しか残されていなかった。使うのに必要な情報はあったけれど、何かがあった時の対処方法は書かれていなかった。今は戦況が優位に傾いているからまだ救われているけれど、どうにも嫌な気配がする。

 

 人の走ってくる気配。

 

「──イザベラ!」

 

 走り込んで来たのはタバサ。その顔には、はっきりと困惑の表情が浮かんでいる。

 

「何があった? あんまり良い報せじゃ無さそうだけれど……」

 

 タバサは眉根を寄せ、どこか私のことを探るような視線。

 

「ガーゴイルにあのゴーレム達、急にゲルマニア軍と一緒に戦場から離れ始めた。あなたは、何をした?」

 

 違う、そんな命令はしていない。私は、何もしていない。父の残したガーゴイルとゴーレムを制御する為の指輪、これも反応が無い。父は、私に教えていない何かを仕掛けている。そして、父は既に死んでいるとすれば。

 

「──アルブレヒト、お前か?」

 

 不意に、空気が、地面が、世界が揺れるほどの巨大な爆発音。幾つものそれが重なった、世界の崩壊を思わせる不吉な響き。頭の奥底から、じんじんと痛む。そして、体を包む熱気に汗が噴き出す。肌に服が張り付く、真夏の、いや、火に炙られるような熱気。

 

 陣幕の外に、不可思議な光景があった。空高く昇っていく、ひたすらに巨大な、丸い雲。戦場から今も伸び上がる、幾つもの、巨大で、不吉な雲。

 

「……あれは、何だ?」

 

「──どうかね、大したものだろう?」

 

 自信たっぷりに笑う、アルブレヒト王。

 

「実際に使うのは初めてだが、予想以上だ。不安もあったが確信を持てたのでね、切り札を使わせてもらったよ」

 

 

 




独自解釈ではありますが、ゼロの使い魔原作の完結に先駆けて、自分も完結まで持っていきたいと思います。

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