──私は、ベッドの中にいた。
名残おしい毛布をのけて体を起こすと、見覚えのない部屋だった。寮の部屋よりはずっと広いけれど、ただそれだけ。いくつかのベッドとワードローブがあるぐらいの、簡素な部屋。
膨らんだベッドの一つには、見覚えのある金髪がこぼれている。緩やかなウエーブは、エレオノール姉様だと思う。それなら、もう一人の金色はテファ。細くてまっすぐ、羨ましいぐらいの綺麗な髪。その隣のベッドの柔らかな緑は、マチルダさん。
ここは、どこだろう。まだ、ふわふわと心許ない。私は、……そうだ。夢を見ていた。
あれは、私の夢。
民に対しても慈悲深い私は、誰からも尊敬の対象。そんな私は、自信に溢れていた。誰よりも優れた魔法を使える私は、特別。とても、俗っぽい夢。
そんな夢は何年も、ううん、私の運命が変わったあの日からずっと
見ていなかったのに。現金な私には、呆れるしかない。せっかく、もっと大切なものを見つけたはずなのに。
「──ルイズ」
テファが、ベッドから身を起こしていた。頬には、渇いた涙の跡。
「あなたは、悪い夢を見たのかしら?」
テファは、ゆっくりと首をふる。
「そんなこと、ないよ。とても、良い夢だったから。ルシードとサラサのね、結婚式。周りのみんなも祝福する、とても素晴らしい夢」
覚めなければ良い、テファはそう付け加える。
「そっか、私もそうだったよ」
手放したくない、とても心地良い夢。だからこそ、悪趣味。たとえ夢だと気付いても、離れたくない。
夢に落ちる前の最後の記憶で、シキは言った。
世界が終わろうとしている。だから、私達を守るために戦う、何をしてでも守ると。記憶は、そこでぷっつりと途切れている。
コン、コンと、軽くて小さな音。
ゆっくりと開かれた扉の前に、長い銀髪の少女が立っている。真っ白なワンピースに身を包んだ、雪のようにどこか儚げな少女。そんな印象のまま、ふわりと微笑む。どこかで会った気がするけれど、思い出せない。
「──イリヤ」
テファが少女に呼びかける。
ああ、そうだ。テファが面倒を見ていた子だ。とても仲の良さそうな姉妹の、妹だったかな。
「皆様、お目覚めですね。少しだけ、待っていてください。すぐに温かいタオルを持ってきますから」
振り返ると、エレオノール姉様と、マチルダさんも目を覚ましていた。2人とも、苛立たしさを隠せない、怖い顔をしている。
イリヤが持ってきてくれた温かいタオルが、肌に心地良い。軽く伸びをすると、体がぱきぱきと音を立てる。眠っていたのは丸一日、あるいは、もっと長い間だったんだろうか。
ふと、甘い香りに振り返ると、イリヤが人数分の紅茶とクッキーの準備をしていた。その香りに、私はお腹が空いていたことを実感する。
それは皆が同じで、行儀が悪いけれど立ったままクッキーを1枚、2枚とお腹に入れる。普段だったら甘すぎると思うぐらいに砂糖を入れた紅茶も、とても美味しい。
ようやく人心地がついて、イリヤを囲んで腰を下ろす。元々この部屋にあった椅子は足りなかったから、イリヤがどこからか持ってきてくれた。
八つ当たりをするかと思った姉さん達は、今は落ち着いている。むしろ、少女のことを案じている。テファの、アイリスはとの問いに、イリヤは曖昧に首を振った。よくよく見れば赤く腫れた目に、なんとなく、分かった。
そうして、ぽつりぽつりとイリヤが知っている状況を話してくれた。戦争と、その結果。
ほんの数日の間に、ハルキゲニアの人口が何百万人も減っていた。正確に言うのなら、最後の最後、その一瞬で。
あと少しでという勝利の間際、ゲルマニアが裏切り、全ての状況が変わった。そして、私達が呑気に寝ていた今のこの状況、それも長くは持たないということは、言われずとも分かった。遠くでの銃声だけでなく、建物の中の物音に。話の途中でも、少しずつ近くなっているような気がした。
「……あの人は、どうして私達を置いていったの」
マチルダさんが、悔しそうに爪を噛んでいた。
ふと、今までになく激しい音。止まない銃弾と、大きな爆発、そして、建物の揺れ。それが、唐突に止んだ。いや、ゴーレムが暴れるような、激しい音。まっすぐに近づいてくる。
エレオノール姉様が、扉を睨む。
「これからどうするかを考えさせる時間すらくれないなんて、本当にせっかちね。これだからゲルマニアは嫌なのよ」
姉様がせわしなく、部屋の中に視線を巡らせる。同じようにマチルダさんも。でも、2人して難しい顔で目を見合わせる。
ここは、建物の中。今必要なゴーレムを作れるような広さは無く、そもそも肝心の材料が無い。私の魔法じゃ、間に合わない。
しかし、騒々しさは、扉の前に。扉が、ゆっくりと開く。
入ってきたのは、どこにでもいそうな年若い一人の男。私達の数を確認すると、人懐っこい笑みを浮かべる。きちんとした身なりだけれど、だからこその違和感。開いた扉の奥からは、はっきりと分かる血の匂い。そんな中で、彼は笑っている。
「良かった良かった、いや、間に合わなったらどうしようかと、気が気でなかったんだ。ようやく入れたと思ったら、ここまで来るのにもなかなか難儀してねぇ。うん、元気そうで何より」
「あなたは、誰?」
エレオノール姉さんは、彼に剣呑な視線を向けている。ただ、その胸には、前に出ようとしたイリヤを抱えている。イリヤは何かをしようとして取り落としたのか、地面には小さな瓶と、それが作ったんだろう小さな水溜りがある。抱えられたまま、必死にそれに手を伸ばそうとしている。
男は、バツが悪そうに眉根を寄せている。
「すまないね。驚かせてしまったようだ」
パタパタと手を振って、少しだけ考え込んだ様子を見せる。
「名乗るのは、──今は控えさせてもらうけれど、敵じゃあない。君達に何かあってはまずいとの言いつけでね。だから、君達が無事で本当に良かったよ。せっかくまとまる話もまとまらなくなる。いや、俺の首が飛ぶね」
少しだけ、分かった。いくら冗談めかしてはいても、目の奥は笑っていない。こういう人には、覚えがある。無害を装っても、本質は違う。でも、今この時に大切なのは敵かどうか。騙されずに、よく見なければいけない。
「あなたは、シキの関係者なのかしら?」
男の人の、貼り付けた笑みは変わらない。じっと、私を観察するような視線。
「関係者と言えば、関係者。まあ、会ったことは無いから、難しいところではあるね。でも、君らを守る為に来たというのは嘘じゃない。実際問題、途中までは入り込まれていたことを思うと、肝を冷やしたよ」
つい先ほどまでは聞こえた銃声と、それが止んだこと。そして、彼の浮かべる安堵の表情、これは本心からのものだと感じた。でも、言葉を信じるなら、守るようにと言いつけたのはシキとは違う人。事実なら、その言いつけの理由を知りたい。でも、今はもっと大切なことがある。
「あなたは、シキがどうしているか知っているの?」
「さあ? 死んだんじゃないかな?」
視界が、揺れる。
「──いやいや、早合点しちゃあいけない!」
慌てた声。
「重ね重ねすまないね。言い方が悪かった。あいつなら死んだとても、そうそう魂の消滅なんてしない。君らの感覚で言えば、生きているというのが正しい。今は大切な話をしている真っ最中だと思うよ、うん」
「……だったら」
膝をついている、エレオノール様。今は逆に、イリヤに支えられている。
「生きて、いるのね?」
彼が、大きく頷く。
「生きているとも。大切な君達の為に、必ず生きている。だから、少しばかり待っていてくれ。どうか大人しく待っていて欲しい。帰ってくるまでは、俺が何とかするからさ。約束する。君らはそうだね、まずは湯浴みでもしてきたらどうかな。大丈夫、覗いたりなんかしないからさ」
にこやかに、最初の人好きのする笑みを浮かべる。
部屋を出て分かった。私達が眠っていたのは、学院にある来客用の宿泊部屋。近くには、大浴場とまではいかないけれど、それなりの大きさの浴場がある。
皆で汗を流して、イリヤが準備してくれていた衣服に着替える。私達の部屋にあった着替えを、予め持ってきてくれていたんだと思う。働き者の子で、今は片付けもしてくれている。
さっきの部屋に戻ると、寛いだ様子の彼がワインを瓶のまま飲んでいる。既に空になった瓶が並んでいるのを見るに、どうやら、口調に相応しい大雑把な性格のようだ。
さっきは紅茶とクッキーだけだったので、彼に勧められるまま、手をつけていなかったクラッカーとチーズをいただくことにした。
残りが心許なくなった所で、ふと彼が立ち上がった。彼の視線の先、部屋の中央の空間がゆらゆらと波打っている。
そんな揺らぎを通って、始祖と、見覚えのない金髪の子供と、そしてシキ。シキは、私達を見るなり表情を強張らせる。
そんな中、口火を切ったのは子供。労いの言葉を出迎えた彼に投げかける。良くやってくれたと、尊大なのにそれがしっくりとくる。
「いえいえ、うまくいったようで何より。では、俺は先にお暇しましょう。帰る前に、もう一回りしてきましょうかね」
彼は、私達に振り返る。
「じゃあ、またね?」
そして、シキと始祖へ。
「今後ともよろしくな──兄弟」
楽しそうに声をあげて笑い、ヒラヒラと手を振りながら部屋の外へと出ていたった。
現れた3人は、それぞれ。始祖は、面貌と相まって、その生も感じられないほどに静かに佇む。シキは、耐えるように表情を強張らせたまま。子供は、自信に満ちた笑みを浮かべている。
この子供こそが、言いつけをした相手。そして、シキとの交渉の相手。交渉の結果は、きっと子供にとって満足いくものになったんだろう。シキと敵対したわけではない。でも、何らかの取引の結果、この子供こそが優位になった。私達の知らない所で、また何かが決まった。
始祖と子供とがその位置を譲り、一歩離れる。自然、シキが一歩を出る形になる。
シキに、また会えて嬉しい。無事であったことが嬉しい。
でも──
エレオノール姉様とマチルダさんが前へと出る。そして、姉様が言う。
「あんなことをして、良く顔を出せましたね?」
これは、八つ当たりでは無い。怒りの矛先を向けるべき本当の相手だから。
シキは、2人の視線に狼狽える。
マチルダさんの語気も厳しい。
「何をするつもりか、話してはくれましたね。でも、話しただけ。有無を言わさず眠らせるなんて、黙っていたのと一緒でしょう」
シキは、ただ謝る。そして、危険な目に合わせたくなかったと、言い訳の言葉を並べる。
エレオノール姉様にマチルダさんは肩を震わせ、力なく落とす。怒りは、嗚咽に変わる。
それでも、シキはただただ狼狽えるばかり。やっぱり、分かっていない。
「──シキ、あなたは本当に馬鹿ね。どうして2人が怒っていたのか、これっぽっちも分かっていない」
シキは、守りたかったと、同じことを繰り返す。
「それぐらい、分かるわよ。でも、どうして、私達の言葉も聞かずに、あなた一人で決めてしまったの? こうしたいと、こうしようと、どうして言ってくれなかったの? 私達だって、何かしたい。あなたを一人にしたくなんかない。あなたは、どうしてそれを分かってくれないの?」
「それ、は……」
こんなこと、言いたくなかった。
「──結局、あなたは誰も信用していない。私達のことも信用していないんじゃないの?」
いつもそうだった。全てのものから一歩引いている。
「……違う」
「あなたは、未だに裏切られることを恐れているんじゃないの? だから、一人で閉じてしまっている」
「……違う」
私は、知っている。シキがかつて友人にも裏切られて、そして、自ら手を下したことも。
シキは、関わりの中で最後の一歩を踏み出さない。本心も、語らない。たとえ近づきたくても、最後の一歩を拒絶する。きっと、愛にすら疑いを持っている。
「あなたは、どうして私達を信じてくれないの? 私達は、あなたを裏切らない。家族のように思っている。それなのに、あなたは違うの? 裏切るのが前提なんて、私達のことを馬鹿にしているんじゃないの?」
シキが私の召喚に応えたのは、信じられる家族を求めから。私は、そう思っていた。でも、そこには壁があった。どうしてもそれを超えられなかった。越えてくれなかった
シキは、体を震わせ、私に何も言えかえせないでいる。シキ自身が、その事実を認めた。
痛いほどの静寂に、カツ、と足音が聞こえた。
始祖が背を向け、その前には空間の歪みが見える。
「……ああ、なるほど」
子供がうなずく。
「これは、君にとっても耳の痛い話だね。せっかくだ、君からもアドバイスの一つぐらい、あげたらどうだい?」
始祖は、振り返らずに空間の穴を通っていく。誰に言ったのか、愚か者は刺されても分からないという言葉だけを残して。
その良くわからない言葉の意味を知っているのか、子供がクツクツと見た目に似つかわしくない笑い声をあげる。
ひとしきり笑うと、子供は私をじっと見つめる。視線に感情は無い。あるのは、ただ知ろうとする観察者のもの。
「君は、真っ直ぐで良い子だ。見込み通り、聖女に足る素質がある」
子供は、シキに向きなおる。
「さて、ブリミルはゲルマニアに行ってしまったよ。だから、代わりに僕が先達としてアドバイスしよう。まず、君はきちんとルイズの言葉に向き合うべきだ。自分を開かなくては、お互いに届かないものがある。これからどうしたいのか、よくよく話し合って決めればいい」
子供が、私に微笑む。
「君達の希望は、最大限尊重するよ。残るもよし、一緒に来るも良し。ただ、あまり時間はないからね。さて、僕も行こうか。ゲルマニアの困ったさんには、是非とも会っておきたかったんだ」
耳障りな叫び声で、目が覚めた。続く、荒々しい足音。
気怠い体を起こすと、私を無理やりに組み敷いていた男がいない。
「……何があった?」
あれほどに余裕ぶっていたアルブレヒト、そんな男が今更に慌てる理由が分からない。しかし、尋常なことではない。仕方ない。破れたドレスの代わりにシーツを体に巻きつけ、追いかける。あいつはきっと、あの場所にいるはずだ。
アルブレヒトは、果たして鏡の間にいた。しかし、その様子はおかしい。
錯乱したとしか思えない様子のアルブレヒトは、鏡を握りしめて怒鳴りつけている。そして、鏡を地面に叩きつける。鏡の残骸が、そこここにある。アルブレヒトは頭を掻き毟り、私の国がと、壊れたように繰り返す。そして、いきなり動きを止める。
「……また、死んだ」
疑問に思うより先に、銃声と爆発音が聞こえる。音は、近い。止まない銃声は、本陣の中だ。永遠に続くかと思った喧騒は、唐突に止んだ。
続くのは、散発的な銃声。それが近づいてくる。
「バケモノ……」
地面にへたり込んだアルブレヒトは、酷く怯えた様子で入口を見ている。
入口には、子供が笑っていた。
「やあ、お邪魔するよ」
鎖に繋いだもの、赤く汚れた生首が三つ、子供の手に揺れている。滴る血の匂いが、これが夢では無いとうるさいぐらいに主張している。
「ここにあった予備はこれだけだと思うけれど、どうかな? ゲルマニアはブリミルの八つ当たりで無くなったからね、本体の君で最後だと思うんだけれどな?」
アルブレヒトは、いない。いや、壁の隅に這っていく。
子供は、困ったなと言いながら歩いていく。
「──君は、誇っていいんだよ。君が考えた不死というのは、なかなかに面白かった。自らを複製し、記憶を共有する。手勢の指揮には最適だし、統治の仕組みとしても粗がない。君と似たような存在は見たことはあるけれど、人格が壊れていて意思の疎通なんてできたものじゃあない。もちろん、それはそれで面白かったんだけれどね」
子供の手に揺れる生首は、四つになっていた。
「欲をかかずに、ちゃんと時間をかければどうとでもできたのにね。でも、君のことも評価しているよ。君は、本当に良くやった。だから、君のことも有効活用するつもりだよ。……さて」
バケモノの視線に、身が竦む。
「──年頃の娘がむやみに肌を晒すものじゃないよ。大丈夫、君をどうこうしようなんて気はないからさ」
バケモノが、コトリと首をかしげる。
「君は、ジョセフの娘だね? うん、君の周りに集まる男は優秀だけれど、人格的には難がある。つくづく男運が無いね。……せっかくだ、恨み言の一つぐらい、言っておくかい? 使えそうだからね、こっちも回収しておいたんだ」
バケモノの手には、青い髪の何か。
「──素晴らしきかな、この世界。豊かな実りに感謝を」
バケモノが、笑う。
サラサが、頬を染めてはにかむ。
大きく肩口の空いた純白のドレスは、その背中の羽と相まって美しい。
サラサに腕を取られたルシードも、仏頂面ではあっても、頬が赤くなるのは我慢できずにいる。そんなルシードが、テファに複雑な表情を向ける。
「全部、テファ姉さんのおかげだよ。とても嬉しかった。でも、パレードをやるなんて聞いていなかったよ。おまけに、他の国の王族の人までいるし……」
テファが微笑む。
「あら、とても意味のあることよ。人種の違いなんて関係無いって、すごく分かりやすいでしょう? 利用するみたいなのは、ごめんなさいね。それとね、皆お友達だから、大丈夫」
ルシードは、言い返せずに口元を引き結び、そして、肩を落とす。
「姉さんの為、だからね。嬉しいことでは、あるし。でも……」
コトリと、テファが首をかしげる。
「なあに?」
「女王から降りるつもりって、本気? せっかく姉さんが統一した国。頑張ったんだから、一生贅沢をしたって誰も文句は言わないのに」
「私は、十分贅沢をしたよ。だから、良いの。本当はすぐにでもそうしたいんだけれど、あと少しだけ、責任を果たしてから。それにね。アルビオンは、血よりも、それができる人が引き継いでいく方が皆にとっていいことだと思うの」
ルシードが、テファをじっと見つめる。
「それから先は、どうするの?」
「静かな所で暮らすわ。私より、マチルダ姉さんが……」
眉根を下げるテファ。そんなテファの額を、マチルダが小突く。
「あなたを一人にはできないでしょう? 大切な、妹だもの」
そんな様子を見ていたキュルケは、傍で行われる会話にため息をつく。
ルイズがイザベラに言う。
「あなたは、条件がある?」
イザベラが答える。
「馬鹿は問題外。だが、頭が良すぎるのも嫌だ。絶対に嫌だ。お前は?」
ルイズがうなずく。
「同じく。じゃあ、一月後にパーティを開くから。最低3人は見繕ってちょうだい。ああ、そっちはシャルロットも連れてきてね。私も姉さんと一緒に行くから」
再び、キュルケがため息をつく。
「あんた達は、何て夢の無い会話をしているのよ。純情な恋愛結婚の2人を見て、何か思うことは無いの?」
ルイズがぴしゃりと言い放つ。
「それとこれとは別よ」
イザベラが続ける。
「それが女王というものだ。というか、お前だって他人事じゃないだろうが?」
ならばと、ルイズが提案する。
「あなたも混ざる?」
キュルケは一瞬だけ無表情になり、そして答える。
「──のるわ。……のる、けれど。私は、もっと自由な恋愛をしたいのに。なんでこんなことに。どうして私が女王なんて……」
頭を抱えてうずくまるキュルケに、ルイズが現実を突きつける。
「なっちゃったものは仕方ないじゃない。良いじゃ無いの、どこの国も女王なんだし」
イザベラがうなずく。
「だな。少なくとも今は問題が無い。もっと言うなら、問題が起こらないよう努力するのが私達の義務だ。そういう意味では、真っ当なパートナー探しは重要だ。国と国とを結びつけるにも最適だからな。顔だけで選ぶだとか馬鹿なことをしたら、ただじゃおかないからな」
止めの言葉に、キュルケが唸る。
「うう……。私の情熱は、どこに向ければ良いの……」
ルイズが冷たく言い放つ。
「良いじゃない、どうせ微熱だし。さっさと現実を見なさいな。私達がやるべきことは山積みなんだからね」
そんな中、使いの者が呼びに来た。
寒そうに身を抱えるキュルケが、テファに尋ねる。
「……ところで、何で木なんて植えるの? 記念にっていうのは分かるけれど、残すなら石碑とかで良いじゃない。固定化をかければそうそう壊れないでしょうに」
テファが微笑む。
「うん、それはキュルケの言う通り。これはね、エルフの習慣なんだって。特別なシンボルに、長い寿命の木を植える。ね、素敵だと思わない? この世界を生きるものが、記憶をつないでいくって」
「──あの世界は、もう大丈夫。これ以上は、手を出すべきじゃない。ところで、君達は後悔しないね? エレオノールに、サーシャ」
「ええ、この人を1人にしたら駄目だって、よく分かったから。シキさんの勝手は、もう許しませんから」
「ブリミル、あんたもよ。あんたは死んでも治らないぐらいの馬鹿なんだから」
「──これは手厳しい。しかし、愛されているねぇ」
「──大きな木だね」
「うん。この木、アルビオンの新たな門出を記念して植えたんだって。まあ、おばあちゃんが植えたんだけれどね」
「ってことは、300年ぐらい? やっぱり、長生きだね」
「そりゃあ、ハーフエルフだもの」
「色々、あったんだろうね。お葬式には、すごい人達が来てたし」
「そうだね。青い髪の人はガリアの王族の人だろうし、桃色の髪の人はトリステイン、赤い髪の人はゲルマニアからだよね。そんな人が何をおいても来るって、凄い人だったんだよね。やっぱり、大々的にお葬式をすれば良かったのに」
「そういうの、好きじゃないから」
「おばあちゃんらしいね。おばあちゃんは、幸せ、だったのかな?」
「こんな話、聞いたことある? 人の幸せは、最後に笑っていられるかだって。だから、幸せだったんだと思うよ」
「そっか、あなたが看取ったんだよね。私も、そこに居たかったな」
「うん、最期に初恋の人に会えたって笑っていたよ」
「そっか……。その人も随分長生きみたいだけれど、エルフ?」
「そういえば……。あれ? そもそも、誰かが来たりはしていなかったはず。ずっと一緒にいた私が知らないなんて、ないと思うんだけれど」
遅い、ですよ。
私だけが長生きで、すっかりおばあちゃんになっちゃいました。
ああ、大丈夫です。
私は、満足しています。
姉さんはそばにいて支えてくれたし、皆と一緒にこの世界を精一杯生きました。
皆、先に逝ってしまったけれど……。
でも、皆の子供達が可愛くて、寂しくなんてなかった。
だから、私は幸せでした。
私の夢は、叶ったから。