職場体験2日目。朝から晴天、雲ひとつない青空の下、都会の喧騒を背にしながら灯里はミルコと共にパトロールをしていた。
パトロールがいち段落し時刻は16:00、ミルコが唐突に口を開いた。
「アカリ、今から保須に行くぞ。」
不意に告げられた目的地に、灯里は一瞬眉をひそめた。
「保須は警戒が強いから、行かないんじゃなかったんですか?」
昨日の時点では、ステインの影響で、保須市には多くのプロヒーローが集まり、警備も厳重になっているとミルコは話していたはずだった。
「なんとなくだ。着いてこい。」
なんとなく…
ミルコらしい言い方だったが、灯里にとっては都合が悪かった。
ステインとは直接の遭遇を避けたい。
彼といずれ戦う可能性はあるが、今はその時ではない。協力関係になる可能性がある。だからこそ、今このタイミングで顔を合わせるわけにはいかなかった。
だが、それを理由に「行きたくない」と言うわけにはいかない。
ここで足を止めればミルコに疑問を抱かれる。
「……わかりました。」
灯里は何もなかったかのように答え、ミルコの後を追った。
パトロールをしながら、保須まで歩く。
そして、保須に到着した時、少し離れたところから爆発音が聞こえてくる。
遠くで爆発音が響くや否や、ミルコは地面を蹴り上げ、建物の上へと軽々と飛び乗る。そのまま街を縦横無尽に駆け抜けていく。灯里もその後を追い、建物を飛び越えながら最短ルートで目的地へ向かう。
「あそこか!」
そこは大混乱の現場だった。ヒーローたちが市民を避難させながら、複数の脳無と激闘を繰り広げている。逃げ惑う人々、破壊された街並み――灯里の目は、4体の脳無に向けられた。
上位1体、中位2体、そして……プラナリちゃんか
その場にいる脳無は4匹、上位の個体はUSJの時のよりも劣るが、中位たちに比べスペックは高い上位の脳無、中位はスピード型と飛行タイプの2匹。
そして自身が作成したプラナリちゃんだ。事前に弔が動くだろうと予想し、可能なら使ってとドクターに頼んでいた。
ミルコはすぐに建物から戦場へ飛び込むと、一番近くにいたプラナリちゃんに踵蹴りを叩き込む。
プラナリちゃんは反射的に防御の姿勢を取ったが、ミルコの強烈な一撃により片腕がボトリと地面に落ちた。
しかし、次の瞬間、その腕はまるで何事もなかったかのように再生する。
「なんだこいつは!?」
「ミルコ、こいつはおそらく脳無。雄英を襲った系統とみていいと思う。雄英の時は超再生を持っていたからおそらくそれ。」
灯里もミルコに追いつき簡単に脳無の説明をする。
「なるほどな…つまり再生できなくなるまで蹴ればいいってことだな!」
ミルコは笑みを浮かべると、間を与えず攻撃を仕掛ける。プラナリちゃんは個性を使用し、液状化と再生能力を駆使して防御を続ける。だが、絶え間ないミルコの攻撃に反撃の隙はなかった。
しかし、唐突にミルコの足が突然掴まれる。
「……!」
咄嗟に下を見ると、足元に白い手が絡みついている。
そして周囲を見渡すと、戦場に散らばっていたプラナリちゃんの破片が、独自の動きを見せながら人型に形成され始めた。
「分裂か…?」
ミルコは眉をひそめ、掴まれた足を振り解いて距離を取る。
「アカリ、こいつ分裂するのか?」
「雄英の時は複数個性を持ち、オールマイト並のパワーでした。可能性としてはあります。」
分裂、正解だね。
プラナリちゃんは私の細胞を摂取させて作った脳無。ドクターの脳無とは変わってくる。分裂はこの子独自の能力。私同様の適応する能力を持つことは過剰な負荷がかかり、身体が耐えられない。そのため何かに特化させることで、その負荷を軽減し解消したのだ。
構造自体が異常な脳無―カオスエンドとでも言おうか。
この子はプラナリアをモチーフとして作った子。この子の断片から同一個体を作りだすことができる。まぁ、この子も研究所に置いてある断片から再生したものなんだけどね。
実戦データはまだないので、戦闘や炎などの耐久をテストしようと構える…
だが、他のヒーローと戦っていた上位脳無がこちらに攻撃を仕掛けてきた。
「邪魔」
上位脳無は灯里に向けてその大きな拳を振り下ろす。
灯里は体を捻り攻撃を避け、上位の脳無に極蝶をぶつけ、吹き飛ばす。
「アカリ、お前はこっちの分裂するやつをやれ。私はあっちの強そうなのを片付ける!」
返事を返す間もなくミルコは他の上位脳無に向かって飛び出していった。
「さて、こっちも始めますか。」
データ回収開始
白い分裂体たちは、灯里を囲むように配置を取り、一斉に攻撃を仕掛けてきた。その動きは滑らかで鋭い。液体化した腕が槍のように形状を変え、四方八方から灯里を貫こうとする。
灯里はその全てを冷静に見極め、避ける。
攻撃方法は……まだバリエーションと速度が足りないと
灯里は攻撃を避けつつ、周囲に炎の蝶を生み出す。その蝶がプラナリちゃんたちに触れると、じわじわと焦げ目をつけていった。
極蝶――
火力を抑えた極蝶で体を焼く。ただの蝶より体が少し焦げた。だが、焼けた部位は徐々に元の白い体表へと戻していく。
徐々に治るけど、炎耐性はそこまでないな。物理にはめっぽう強いからこの辺りを伸ばしたいね。
極蝶――
次の火力は雄英で使う程度、複数の大きめの極蝶で攻撃を仕掛け、3匹の全身を焼く。
一定時間焼き続け、細胞を残さないように完全に焼き切ると再生は起こらず、そのまま燃え尽きた。
思ったよりも炎耐性が弱かったけど、大体が予想通り。向こうも終わりそうだし、こっちも片付けるか。
極蝶――
自身を中心に大量の極蝶を出現させる。蝶たちはその場のプラナリちゃんたちを飲み込む。
「全員焼き切ると、まずいからね。君は大人しく拘束されてね。」
そうボソリと呟き、灯里は1匹を除いて全員を焼き尽くし終える。
「こっちは終わりました。」
灯里が手を振り払うように呟くと、どうやらミルコも上位脳無を片付けたようだった。
見る感じ脳をやられたらしい。USJに比べて弱いが、やはり完全に脳を攻撃されると回復困難なのが課題だ。
「しぶとかったが、頭を攻撃してやったら動かなくなったぞ」
ミルコは息を整えながら、笑みを浮かべている。灯里は一瞬、目を細めその場を見回す。
「あなたの蹴りが頭にあたれば、誰でも倒れるんじゃ…」
灯里はぼそっとツッコミを入れるが、ミルコの耳には入っていないように笑っていた。
弔には悪いが、脳無は片付けさせてもらった。まぁ連絡なしに脳無を投与する弔も悪いと思うが…
ここに弔がいないことから、どこかで見ているのだろう。
ステインの件といい、こっちの都合も考えず動かれるのは嫌だな。こっちも内通者として都合があるから…今回はデータも取れたしまぁいいだろう。
ん?
「ミルコ!!どうしてお前がここに…」
戦闘が終わり、静けさが戻る中、後方から低く響く声が届いた。振り向くと、エンデヴァーが険しい表情でこちらを見ていた。
「エンデヴァー遅いじゃないか。こっちはアカリと片付けたぞ。」
ミルコが腕を組み、余裕の笑みを浮かべる。
エンデヴァーの視線が周囲を走り、転がる脳無の残骸と焼け焦げた地面を確認すると、わずかに眉をひそめた。
「こっちはすでに終わっていたか。」
灯里は無言のまま、その様子を横目で観察した。エンデヴァーの到着が遅かったのは、他の戦闘に対応していたからか、それとも単に動きが遅かったのか。いずれにせよ、この男が間に合っていたとしても、特に状況が変わることはなかっただろう。
その時――僅かに漂う砂煙の向こうで瓦礫が不自然に動いた。
ズル…ズル…
傷ついた中位脳無の一体が、ゆっくりと身を起こす。その動きはぎこちないが、まだ十分に戦闘可能な状態のようだった。
「まだ動くか。」
「しぶといね。」
ミルコと灯里が身構えると、中位脳無は羽を大きく広げ、一気に上空へと跳び上がる。
「逃げるぞ!」
その場にいた全員が脳無の意図を察した瞬間、ミルコが即座に地面を蹴り、建物の上へと飛び移る。
「逃がすか!!」
エンデヴァーも炎を纏い、すぐさま追跡態勢に入る。
灯里もまた、素早く屋根へ跳び上がり、上昇する脳無を狙う。
データは十分取れたけど…まぁ、追っておくか…
灯里もまた空へと飛び、逃げる脳無を追った。
街中を飛行し逃げる脳無を3人が追う。
脳無は路地裏に曲がったり、方向転換をしたりするが、まるでどこかに向かっているようだった。
3人が脳無を追い、路地から抜けた先には――
複数のヒーローに、飯田君、焦凍の姿があった。
「なぜ一塊で突っ立っている!!?そっちに一人逃げたはずだが!?」
「エンデヴァーさんそれにミルコも!!」
「あちらはもう!?」
路地を抜けた先にはヒーローたちと、少し離れたところに緑谷君を押さえ脳無を仕留めたステインの姿があった。
「すでに終わっていた。あの男はまさかの…」
すでにボロボロのステインは緑谷を押さえる手をどけ、ゆっくりと立ち上がる。
「ヒーロー殺し──!!!」
ステインに気づいたエンデヴァーは即座に戦闘態勢に入る。
「待て 轟!!」
咄嗟にグラントリノが制止する。
そして次の瞬間――
「贋物…」
まるで場全体に圧が押し寄せるような感覚が走った。
それは、ステインの信念が具現化したかのような圧倒的な威圧感だった。
「正さねば…“英雄”を取り戻さねば!!」
ステインの言葉が空気を震わせる。
その一歩が、まるで巨人が大地を踏み鳴らすかのように重く響いた。
「来い、来てみろ贋物ども」
その姿は、血に濡れ、満身創痍でありながら、なお”信念”を体現しているかのようだった。
「俺を殺していいのは
その場の誰もが、言葉を失った。
ステインの威圧感に押され、エンデヴァーも一歩足を下げる。
そんな中、冥は同様に気圧されるようにしながら、考えるのであった。
弔たちは確実にこの状況を見ているはず。黒霧がステインを回収しないということは、彼らにとっての目的は“戦力確保”ではないことは明らかだ。緊急でないのでわざわざ殺す理由も考えられない。つまり彼の名を使い、世間に敵連合を広め、“宣伝”することが目的だろう。
ならば…
冥は袖の中でスマホを3回タップする。
ミルコは勘が鋭いタイプだ。この場でメッセージを打つと、違和感を持たす可能性がある…
そのためいざという時に備え、事前にタップ数に応じてメッセージを送れるように用意していた。
1回『ステイン回収』
2回『ステイン殺害』
3回『敵連合宣伝』
4回『場の撹乱』
5回『爆発』
全員の視線はステインに釘付けになっていて、灯里の一瞬の動きに気づくことはなかった。
そして――
「……気を失っている」
エンデヴァーがそう呟いた。
ステインは立ったまま、気絶していたのだ。
まるで”贋物”に屈することを拒むかのように。
その異様な姿に、誰もが息を呑んだ。
そしてステインを拘束し、警察が来るのを待っていたその時だった。
どこからか、かすかな羽音が響いた。
「……なんだ?」
誰かが不審そうに呟く。
次第に音は大きくなり、頭上を見上げると――
闇に紛れるように、数匹の蜂が飛び交っていた。
そして、その蜂たちから、機械的な音声が流れる。
『あーあー、ステイン?ステイン?……悲しいね、君が負けてしまうなんて』
一瞬、誰もが警戒する。
だが、蜂はただ宙を舞いながら、淡々とメッセージを続けた。
『でも安心して。君の意志は……我々敵連合が引き継ぐ!』
「敵連合!!?」
エンデヴァーや緑谷たちが声を出す中、
音声は淡々と響く。
『本当は君も回収したいんだけどね、君はよく働いた。ゆっくり休むといい』
『……ヒーロー諸君、またどこかで会おう』
音声が途切れた直後――
爆発。
蜂たちは一瞬にして爆ぜ、灰となった。
爆煙が立ち上る中、誰もがその”不気味なメッセージ”を考えながら、ただ静かに警戒を強めていた。
────────────
冷たい風が夜の街を吹き抜ける
死柄木弔はビルの屋上から、戦闘の一部始終を見ていた。
強い風が吹き抜ける中、手にした双眼鏡をゆっくりと下ろす。レンズ越しに確認できたのは、完全に制圧された戦場だった。
保須の街を混乱に陥れるはずだった4匹の脳無は、ミルコと冥、他ヒーローたちによって全滅させられ、さらにはステインによって脳無1体が殺されたのだ。
「……クソが。」
弔の指が首元へと伸びる。爪が皮膚をかく音が響いた。
「あいつ、自分で渡しておいて、自分で倒しやがった……どういうつもりだよ……」
苛立ちに任せ、無言で首を掻く力が強まる。次第に爪が皮膚に食い込み、赤い傷が滲みそうになるほどだった。
だが――
「……はは、あいつやってくれたよ。」
ステインが拘束されている姿を見て、弔は不意に笑った。
遠くの空には、まだ残った蜂たちがゆらゆらと飛んでいる。
蜂たちから流れるメッセージは、ただ戦場だけではなく、保須の街全体に響き渡っていた。
蜂の羽音とともに、戦いの終わりを告げる声が保須を覆う。
先ほどまでの苛立ちは、いつの間にか消え去っていた。
背後に控えていた黒霧が、静かに問いかける
「満足いく結果は得られましたか?死柄木弔」
弔は肩をすくめ、薄く笑う。
「明日次第だな。」
そう言い残し、弔は黒霧のワープゲートの中へと姿を消した。
────────────
〈脳無データ〉
プラナリちゃん
区別: カオスエンド
適合率: 50%
形状: 人型(スライム型)
「個性」
・超再生
・液状化…自由に身体を液状化し、形状を変化させる。
「特性」
・全身を巡る幹細胞
身体の20%を占める幹細胞が、どの体細胞にも分化できる能力を持つ。これにより、肉体の断片から同一個体の生成が可能。
身体の中心に「核」が存在し、幹細胞を生成する役割を担う。この核が破壊されると再生能力が著しく低下するが、一定時間後には核も再生する。
「説明」
全体的に白い色をした人型の脳無。通常は人のような形状を保つが、液状化によってスライムのような軟体に変化する。身体の一部を鋭く変化させ、刃や鞭のようにして攻撃することができる。切断されると、その切断部位が新たな個体として分裂し、オリジナルと同じ形状を持つようになる。ただし、再生直後の分裂体は細胞がまだ柔いため、オリジナルに比べて防御力や攻撃力が劣る。
また、「核」が存在する部位が破壊されると、その個体は再生能力が大幅に低下するが、核の幹細胞の生成機能は時間経過とともに回復する。
※ 脳まで再生可能だが全身を完全に焼き切ると再生や分裂は不可。