ステインとの戦闘から一夜明け――
朝日が病室の窓から差し込み、静寂に包まれた白い部屋を淡く照らしていた。
規則正しく並ぶベッドの上には、戦いの爪痕を残した3人の少年が横たわっている。
緑谷出久、轟焦凍、飯田天哉。
彼らは昨夜、“ヒーロー殺し”ステインと戦い、そして生き延びた。
だが、戦いの余韻はまだ体と心に色濃く残っている。
緑谷は静かに天井を見つめながら、昨夜の戦いを反芻していた。
包帯の巻かれた腕が痛むのを感じながら、ぽつりと呟く。
「僕の脚、多分……殺そうと思えば殺せたと思うんだ」
隣のベッドで座っていた轟が、僅かに眉を寄せた。
「ああ、俺らは明らかに生かされた。あんな殺意を向けられて立ち向かったお前はすげえよ」
焦凍の言葉は率直な賞賛だったが、飯田は首を横に振る。
「いや……俺は違うさ……」
苦しげに呟いたその瞬間、病室の扉がゆっくりと開かれた。
ガラ…
「おおォ、起きてるな怪我人共!」
陽気な声が病室に響き、視線を向けると、そこにはマニュアルとグラントリノの姿があった。
そしてその後ろには、1人の少女――橘灯里の姿もある。
「みんな調子はどう?」
灯里は微笑みながら、病室へと足を踏み入れた。
「マニュアルさん……!グラントリノ、それに橘さんも」
「3人に来客だよ。」
灯里がそう言うと、さらに後ろからスーツを着た大柄な犬の姿をした男が入ってきた。
広い胸板を張り、鋭い眼光で3人を見つめる。
「保須警察署署長の面構犬嗣さんだ。」
グラントリノが紹介すると、面構署長は静かに頷いた。
彼の瞳には、鋭さとともにどこか優しげな色も宿っている。
「君たちがヒーロー殺しを仕留めた雄英生だワンね」
低く響く声には威厳があり、病室の空気を一瞬で引き締めた。
「ヒーロー殺しだが……火傷に骨折となかなかの重症で、現在治療中だワン。」
緑谷たちはその言葉を集中して聞き入る。
昨夜の戦いを経て、彼らは確かに命を落としかけた。
それでも、彼らは戦い抜いたのだ。
だが、話はそこで終わらない。
面構署長は腕を組み、静かに続ける。
「資格未取得者が保護管理者の指示なく“個性”で危害を加えたということが規則違反だワン。君たち三人及びプロヒーローのエンデヴァー、マニュアル、グラントリノの六名のには厳正な処分が下されなければならない。」
その言葉に、3人の表情が曇る。
そして焦凍が反論した。
「飯田が動いていなきゃ死者が出ていた。緑谷が来なけりゃ飯田まで殺されていた。誰もヒーロー殺しの出現に気づいてなかったんですよ。規則を守って見殺しにするべきだったって!?」
焦凍の言葉を遮るように灯里が焦凍を止めた。
「焦凍、黙って話を聞いて。規則は規則、結果オーライであればいいなら、この社会はできてないよ。」
轟は驚いたように灯里を見た。
彼女の声には、感情的な響きはない。淡々としていて、どこか冷静すぎるほどだった。
面構署長は彼女の言葉に頷き、さらに話を続ける。
「彼女のいうとおり、今の社会は先人たちがモラルやルールをしっかり遵守してきたからあるワン。」
それでも納得がいかないのか焦凍は目を細め睨む。
「以上が警察としての意見、処分云々は、あくまで公表した時の話だワン。」
「公表すれば世論は君たちを褒め称えるが、その代わり、処分は免れない。一方で――汚い話だが、公表しない場合、エンデヴァーを功労者として擁立できるワン。」
3人は顔を見合わせる。
「だが、君たちの英断と功績も誰にも知られることはない。」
静寂が落ちた。
面構署長は、まっすぐに問いかける。
「どっちがいい!?一人の人間としては、偉大なる過ちにケチをつけたくないワン!!」
静かに、しかし確かに重くのしかかる選択。
3人の中で、それぞれの思考が駆け巡る。
名誉を得るか、汚名を回避するか。
灯里は無言のまま、じっと彼らを見守っていた。
「判断は三人がしてね。ヒーロー殺しを倒したのは三人、私がどうこういう資格はないから。」
灯里はそれだけを告げ、あとは彼らの決断に委ねた。
やがて、緑谷、飯田、轟はゆっくりと前を向いた。
そして深々と頭を下げる。
「「…よろしくお願いします」」
それを見て、面構署長もまた、静かに頭を下げた。
「大人のズルで、君たちが受けていたであろう賞賛の声は無くなってしまうが……せめて共に平和を守る人間として……ありがとう!」
面構署長は、続いて灯里に向き直り、深く頭を下げる。
「君にも悪いが、この話は黙ってもらいたいワン。」
「……」
灯里はその言葉を黙って聞いていた。
「汚い話を聞かせ、君にも背負わせてしまう。本当にすまないワン。」
だが、灯里はそんな彼に向かって微笑みながら首を横に振った。
「いえいえ、署長さん、顔をあげてください。私はクラスメイトの彼らを助けてくれたことに、むしろ感謝したいですから。」
こうして、ヒーロー殺しを巡る真実は、一部の者たちだけの記憶に封じられた。
この日はミルコから休息を言い渡され、2日間を振り返る時間となった。
病院でステインとの戦いを振り返る彼らの言葉を聞きながら、灯里は改めて「ヒーロー殺し」の影響力を実感する。
四日目
休息を挟み、灯里は再びミルコと共にパトロールへ復帰した。
ステインは逮捕されたが、前日よりも街の警戒は強まり、ヒーローたちの巡回も増えていた。
保須の街は落ち着きを取り戻しつつあったが、それでもまだどこか緊張感が漂っているのを感じた。
五日目、職場体験最終日
「今日で終わりだな。」
「ですね。」
短いようで、濃密な五日間だった。
保須での騒動、ステインの逮捕――
「私のとこに来た感想は?」
ミルコは腕を組みながら、ニヤリと笑う。
灯里は少し考えた後、静かに答えた。
「……刺激的で、勉強になりました。」
「そりゃ良かった!」
ミルコは満足そうに笑いながら、灯里の肩を軽く叩く。
「また機会があったら、一緒に暴れようぜ!」
「その時は、ぜひ。」
そうして、五日間に渡る職場体験は幕を閉じた。
そして再び雄英高校での日常へと戻っていくのだった。
──────────
『ヒーロー殺しが逮捕されました。』
『そして、ヒーロー殺しは先月雄英高校を襲った“敵連合”と繋がりを持っていたことが判明しました。』
『事件当日、保須市では「ステインの意志を敵連合が引き継ぐ」というメッセージが確認されており、敵連合による新たな活動の兆候が見え始めています。』
『また捕らえた四人の敵のうち、一人が逃走。いずれも住所・戸籍不明の男で、現在行方を追っています。』
『”オールマイト“以降、最も多くのヒーローを殺害したと言われているヒーロー殺し。しかし、彼の逮捕は事件の終わりではなく、むしろ新たな脅威の始まりなのかもしれません。』
そんなニュースを横目に、灯里は雄英へと向かっていた。
朝の通学路はいつもと変わらないように見える。制服を着た生徒たちが談笑しながら学校へと向かう姿がちらほらと目に映る。しかし、街の雰囲気はどこか張り詰めていた。
ヒーロー殺しの逮捕、そして敵連合の声明――
それらが世間に与えた影響は決して小さくない。
灯里は小さく息を吐いた。
敵連合の名は広がった。
彼の名はやはり効果的だった。
盤面は整った。
この事件によって、敵連合へと興味を持ち、感化された者たちが自ら手を挙げるだろう。組織はより大きくなり、力を得る。小さな悪意は集まり、そして巨大な花を咲かす。
ここまできたら、サポートは減るかな…
いつまでも手を貸し続けるわけにはいかない。
時には見放し、自ら学ばせ、成長させる。
弔は、悪意を統括する者となる――
教室に入ると、すでにクラスメイトたちがそれぞれの職場体験の話で盛り上がっていた。
「敵退治までやったんだ!うらやましいな」
「避難誘導や後方支援で実際交戦はしなかったけどね」
敵退治やパトロール、プロヒーローたちとの訓練――
それぞれが異なる経験を持ち帰り、それを共有し合うことで、改めて自分たちの成長を実感しているようだった。
そんな中、上鳴がふと口を開く。
「一番大変だったのは、お前ら三人…いや、橘も入れたら四人だな!」
そう言われ、教室の視線が一斉に灯里や緑谷たちへと向く。
「私はステインと戦ってないけどね…」
肩をすくめながら答える灯里。しかし、彼女の言葉が終わるよりも先に、話題は自然と“ヒーロー殺し”の方へと移っていく。
「でもさあ、確かに怖えけどさ、一本木っつーか、執念っつーか、かっこよくね?と思っちゃわね?」
軽い口調でそう言ったのは上鳴だった。
その瞬間、緑谷の表情が固まる。
「上鳴くん……!」
「え?あっ……飯…ワリ!」
慌てて手を挙げる上鳴。だが、飯田は静かに首を横に振った。
「いや、いいさ。確かに信念の男ではあった、クールだと思う人もわかる。」
飯田の声は落ち着いていた。以前のように感情的に怒ることはない。
「ただ、奴は信念の果てに粛清という手段を選んだ。どんな考えを持とうとも、そこだけは間違いだ。」
彼はまっすぐに前を向き、力強く続ける。
「俺のような者を、これ以上出さぬ為にも!!改めてヒーローの道を歩む!!!」
その言葉には、以前にはなかった確固たる決意が宿っていた。
吹っ切れちゃったか…
灯里は笑顔のまま、飯田の言葉を聞き流した。
やはり雄英は、そう易々と素材をくれはしない。
だが、まだ機会はある。
飯田の変化に多少の落胆を覚えながらも、それを気にしてはいられない。
雄英にいる以上、彼らとの関わりはまだまだ続くのだから。
そんなことを考えているうちに、時間は過ぎていった。
今日のヒーロー基礎学は救助訓練レース
密集した工場地帯を、個性を使用してゴールを目指す競走形式の訓練らしい。
至ってシンプルなルールだが、地形が入り組んでいる分、空間認識力や機動力が試される内容となっている。
灯里は淡々と準備を進めながら、他のクラスメイトを見渡した。
今回のレースはグループごとに行われるらしく、灯里は緑谷、飯田、瀬呂、尾白と同じ組に振り分けられた。
機動力に優れた面々が揃っている。
それぞれの持ち味を生かせるレースになるだろう。
START
スタートの合図が鳴ると同時に、全員が駆け出した。
灯里は迷いなく地面を蹴り、瞬時に加速する。
反発する力を巧みに利用しながら、しなやかに体を前へと押し出す。
筋肉が弾けるように躍動し、一歩ごとに速度を増していく。
工場の入り組んだ鉄骨やコンテナを、足元の障害物など意に介さぬように軽々と飛び越える。
その動きはまるで無駄のない獣のようで、どこまでも滑らかだった。
個性を使わずとも、鍛え上げた身体能力だけで充分に先頭をキープできる。
背後を振り返ることなく、最短ルートを選びながら突き進む。
だが、数メートルほど先のパイプの上に飛び移った時、ふと背後に気配を感じた。
――驚いた。
飯田や瀬呂を抑えて、緑谷が現在2位の位置についていた。
灯里は視線を横に流し、緑谷の動きを観察する。
彼は手ではなく足を使って移動していた。
今まで超パワーを腕に集中させ、強烈なパンチを繰り出していた。
しかし、今はそれを足へと応用し、建物を蹴って跳躍しながら、器用に障害物を越えていた。
力を手から足へ――適応させたことで、彼の機動力は飛躍的に向上している。
飯田のエンジンほどの直線速度はないものの、細かい動きや方向転換の自由度ではむしろ上回っている。
その証拠に、後方にいた瀬呂との距離は徐々に開いていっていた。
灯里は薄く笑いながら、再び前方へと意識を戻す。
もう少しギアを上げようかな。
鉄骨を蹴り、さらに加速。
工場地帯を縦横無尽に駆け抜けながら、灯里は緑谷の背後に迫る気配を感じながらも、前へと進み続けた。
「フィニーッシュ!」
1位は灯里、2位は瀬呂、3位は飯田と緑谷の順位は落ちていた。
どうやら途中で足を滑らせ落ちたようだ。
「一番は橘少女だったが、皆入学時より“個性”の使い方に幅が出てるぞ!!」
オールマイトが5人を見ながら大きく頷く。
しかし、その中でオールマイトはふと、小さな声でボソリと呟く。
「橘少女は……その身体能力で突破してるけど……」
その言葉を聞き逃さなかった灯里は、目を細める。
「この調子で期末テストへ向けて準備を進めてくれ!!」
オールマイトが締めくくると、皆が一斉に動き出し、談笑しながら戻り始めた。
灯里も、瀬呂、飯田、尾白と並んで歩き出す。
しかし、その間も彼女は耳を澄ませていた。
背後で交わされる会話。
「この授業が終わったら私の元へ来なさい」
「?はい…」
「君に話さなくてはならないことがある。私とワン・フォー・オールについてだ。」
灯里は口元をわずかに緩める。
おおよそ、わかってはいたけど……
やっぱり、アタリ。
何気にプラナリちゃんは脱走してます。
一応冥の細胞を持って、DNA鑑定でバレる可能性があるのでしっかり逃げてもらいました。
次回は冥録を出します。