神から与えられし祝福/呪い それは死徒化   作:一般通過龍

11 / 13
11

社会人の朝は早い。

 

それは、専門学校生という肩書きを持っている人間にも、無関係ではない。既に社会の歯車に組み込まれている以上は。

 

「将来の職業、どうしようかな?」

 

男性は悩んでいた。━━━ここに勤めると決めていた就職先候補が突然なくなったからである。

 

ガス爆発を筆頭とした不発弾と地震等の色々な要因で就職先の会社がある地方はなくなったと政府やメディアは報道していたが、その時の彼は慌てなかった。一つの都市が消えたくらいで、日本経済にダメージが来ても、自身の生活に大きな影響さえ来なかったらいいと思っていたからである。

 

だが、あまりにも楽観的に見すぎていた。さっそく影響を受けて困る羽目になったのである。

 

そんな日本人が家としている部屋があるアパートに帰ってくる途端に。

 

「あ」

 

と言ったきり、無言の行に陥った。

 

ちゃぶ台が置いてある六畳間の部屋の中央にいたのは、爛々と輝く月の光を一粒の水に凝縮して凍らせた後、雪の結晶にしたような白い肌の持ち主の女性であった。

 

「待ちくたびれたぞ」

 

この部屋を所有するの真の主人というばかりに、堂々と居座っている女の朱唇から、獣より鋭い乱杭歯がのぞいた。

 

ギリシャ神話のメデューサを直視して、石と化してしまった数多の人間達のように硬直した男性が復帰するのを待つ女。

 

「え?あ?・・・・・あんた何者なんだよ。お嬢さん」

 

「この状況でお嬢さん呼ばりをするのか・・・・・初めてのケースだが、意外と悪い気はしないな。望み通りに自己紹介をしてやる。私はメツ=ストリガ=モルモー=ラミア=アラ=ガアシエンディエタ=オロチ。この世界に唯一存在する吸血鬼な怪獣である」

 

女が冬の清夜を思わせる美声を発した途端、再び石のように固まる男。

 

「名前が長いのは気にするな。人外としての自身の価値観でもDQNネームだと思うが、旧作月姫の死徒の設定の一つ。能力に相応しいコードネームをつけ、新しい特性が判明する度に教会が死徒の銘につけ足していき、古く多彩な力を持つ死徒ほど名が長くなるという設定を思えば、素晴らしい名前だとこの世界の両親に感謝しているからな」

 

だが、そんな事は女は気にしない。まくしたてるように、一方的に男に対して自己紹介をしていた。

 

・・・・・その姿勢は、見ようによっては、一方的に物事を起こして動かそうとする、自己中心的で自分勝手な今世の彼女の在り方そのものに見えるだろう。

 

「━━━━影響をあまり受けてはいなかったとはいえ、私の美貌からの立ち直りが予想よりも早いな。いや、予想した通りの復帰スピードとも言えるか」

 

彼女の瞳孔が獲物を捕食しようとする蛇のように鋭く細くなったことを男は気づかない。まだ事態を呑み込めない。

 

窓からは陽光が燦々と差し込み、こちらを向いた彼女の顔は薄い影に閉ざされている。

 

ここで吸血鬼と言われても、いまひとつピンとこない。気がふれているこの女性が、鍵を壊して我が家に入り込んだだけなのではないか?

 

いつの間にか、生えてきたように(・・・・・・・・)、何故か家に置いてあった十字架やニンニクといった、一般的に吸血鬼が苦手なモノを試しに近づけても、自身を吸血鬼と自己紹介した女は何の反応も示さなかった。

 

本当に吸血鬼なのか、この女性は?吸血鬼を名乗るただの不審者ではないか?

 

「何を考えているのかは手に取るように分かるが、いい加減部屋に起きた異変に気づけ」

 

しばらく閉じていた女性の口がようやく開いた。

次の瞬間、世界は赤く染まった。

 

眼を押さえる必要はなかった。女性の口から洩れた赤い霧のせいだとは確認済みである。

 

しかし、まさか一瞬のうちに、六畳間とはいえ天井も床も真紅に、塗り替えられていたとは。おまけに、渦巻くばかりに立ち込める臭いは━━━血だ。血のニオイだ。

 

むせかえる程の血の臭いが部屋中に蔓延している。

 

ここまで臭うと外まで血の臭いが洩れてもおかしくはないはずだ。どうして、異変に気が付かなかったのだ。

 

「ようやく気がついたか、鈍臭いぞ。この世界の日本人も全体的に危機感が足らんな。さて、問題だ。この血は誰の血だと思う?」

 

憑依転生した際に得た人間の身体が純粋な日本人でないことと、種族が人外であることをいいことに、前世の前世の死因。さっさと避難しないから、前世の自分に喰われて死ぬ羽目になったという事実に対する自嘲も含めて日本人を雑に愚弄する女性は舌舐めずりをして、唇の脇についている血の粒を舐め取りながら、男性に聞いてくる。

 

「・・・・・・誰の血だ?」

 

━━━ああ、嫌な汗が流れてくる。

 

心臓の鼓動が早くなる。

 

心無しか、身体の体温や部屋の気温も下がっているような気がする。

 

「この血は貴様の家族━━━祖父母と両親と妹の血だ」

 

声に足でも払われたように、男性はへたり込んでしまった。

 

この女性は何を言っているんだ?

 

「あんた・・・・・一体?・・・・・家族をどうした?」

 

「冗談だよ、吸い殺してはいない。そもそも貴様の家族構成はどういうのかは知らぬ。私の血を垂れ流して適当に言っただけだ。元より狙いは貴様一人。・・・・・もしかしたら、私が捕食してきた有象無象の存在に貴様の家族が混じっているかもしれないな」

 

冗談だと言わんばかりに小さく笑う女。

 

醜悪に歪んでいないのに、微笑を浮かべている女からは可憐という言葉とは程遠いと男に感じさせる。今の彼女の美貌から感じ取れるのは濃密な『死』の気配だけだ。この怪物に殺される!!

 

本能に従って男は逃げようとした。だが、己の意思に反して身体は動かない。蛇に睨まれた蛙のように。

 

男性はいつの間にか、狭い三和土(たたき)にへたり込んでいた。

 

「どうして・・・・・?なんで・・・・・僕を?」

 

この世のならざる鏡のようだった。確かにヒトのカタチを取っているが、近づいてくる女の形状は男からしたら、根本から人間とは異なるナニカのようにしか見えなかった。

 

「貴様が私の邪魔になりそうな運命力が高い人間で呪術師になれる才能を持っているからだよ。たいしたことはないが、立派な呪術師になって私の眼の前に立ち塞がる未来を想像したら、ウザったいと感じる。で、先手を取ることに決めたのだ」

 

彼女は、歪んでいるがそれなりに慈悲の精神(こころ)を抱いているようだった。自分の台詞を部分的でもいいから理解できるまで男性が呑み込めるまで慈顔を浮かべながら待っていた。

 

「邪魔なんて・・・・・そんなことしないよ。・・・・・僕はただのゲーム製作の専門学校に通っている学生なんだ」

 

「貴様、何の自覚症状もないのか?一般人ならぬ逸般人の素質があるように見えるが?」

 

「ない。ないよ、そんなもの」

 

「それは気の毒だ。周りの人間達と何処か違うという認識はさぞや受け入れ難いだろうよ。だが、安心しろ。貴様は私の血液()になることができるからな」

 

六畳間の上がり口まで来て、彼女はいただきますの代わりにもなる、三位一体を表わす神への祈りの行為。親指、人差し指、中指を合わせた三本指で十字を、男性の眼前で切った後、見せびらかすように口を大きく開いた。真っ赤な口腔を背後にのびた肉食獣よりも凶悪な歯の白さが、男性の眼が最期に映した光景だった。

 

 

 

「食事は終わりましたか?」

 

「終わったとも。で、虎杖悠仁が宿儺の指を飲むという展開は起きたか?」

 

自身の血を回収するのと同時に男性を欠片も残さず捕食するという行為を終えた、彼女がいるアパートの部屋に入ってきた存在がいた。朧絶という名前の特級呪霊である。

 

「起きましたよ。貴方様の言った通りですね」

 

「ご苦労。予定通りに世界(物語)が進んでいて、安心したぞ」

 

大抵の呪霊は彼女を見たら、敵対することを選ぶか、その美貌に魅了されるのかの二択になる。自然体でいることを許されているが、朧絶は後者であった。

 

魅了の魔眼の効果も対象に発揮していることもあるが、朧絶が本来の目的を余所に彼女の命令を聞く程に隷属することになった理由は、摂取した彼女の血液にあるだろう。

 

食人思考(カニバリズム)の気のない正常人ですら、彼女の一部を喰らえると言うのならば、全財産どころか妻や子供、自分の魂ですら(なげう)つであろう。それ程までに、魅力的な血液。単なる一滴の血液ですら、彼女の『美』は、美しいと言う規矩を超越する。

 

「ところで、なんで貴方様は世界を物語として認識するのですか?」

 

「単に世界五分前仮説や胡蝶の夢と言った言葉や概念が好きだからよ。後は・・・・・私という生物の特性上とこれまでの体験で時空間は順不同で曖昧なモノ、と捉えているのもあるな。・・・・・もしや、原作知識という未来を知っている事実と曲がりなりにも時空連続体に干渉できる生態を持つ私という生物が虎杖悠仁を観測したおかげで、形のない茫然たる非実在(未来)世界の波動関数が収束して実在化したから原作通りの事態が起きたのか?いや・・・・・この仮定が正しかったら、天与呪縛のフィジカルギフテッドを持つ人間としての私の側面が因果律を喪失させて、波動関数を再発散させなければおかしいではないか・・・・・?」

 

「よく分かりませんが、深く考えすぎですよ」

 

世界は一種の物語である。という彼女の思想と時空間に対する解釈は、自身が神によって造られた被造物であると認識していることもあるが、ブンダーや魔デウスといった世界観という名の物語や時空間に干渉して改変する存在(モノ)が多くいて、過去現在未来も保証できない泡沫な夢に等しいアンバランスゾーンな世界出身であることと、未来が曖昧なように、ラグナロクが『紀元前に起きた大噴火』と認識されるようになったことから、過去もテクスチャの関係上で現在の定義で逆説的に変質したりする事実と編纂、白紙化、再編・・・等の用語や詳細が明かされつつある第一魔法の特性といい、世界そのものが一冊の本であると例えることができる型月世界観にも原因があった。

 

 

故に彼女は世界を物語として認識するのだ。

 

 

 

 

「それにしても食べ過ぎなのでは?」

 

「失礼な。これでも充分に抑えている方だぞ。人間達の文明は消費文明だ、それに即って同じように人間という資源を消費しているのに過ぎん。謂わば郷に入っては郷に従えという諺の実践だな」

 

しゃくり、という音がした。

 

朧絶に向けて、彼女が気づかれないように、さり気なく手で触れるのと同時に、身体を削り取って自然に捕食した音である。

 

 

「ッ━━━━!?いきなり食べようとしないでください!私の存在が血袋という名の携行食も兼ねているとはいえ、貴方のような存在なら私との繋がりを通して、逆に血液を略奪する芸当も可能なのでは!?」

 

「人間呪霊限らず、直接食べた方が美味く感じる。以上」

 

 

少し捕食しただけで何を抗議しているのだ?この特級呪霊は?全く・・・・・存在規模が両者共に元に戻っただけではないか。それに、呪霊ならこの程度の負傷はしばらくしたら自然治癒できるだろうに。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。