BLEACHー護廷の忘霊ー 作:二次創作用
忘れ去られた戦場の不敗神話がある。その結末は、唾棄すべき異物が外道へと、その果てに忘霊と化したというだけの下らない話。今や忘霊の名を知る者など居らず、その者はただ全てを傍観し続ける。鳴かず、飛ばず、羽ばたかず。その身が只人であり続けることを、護廷の名の下に誓いながら。英雄の物語が揺らがぬようにと、運命に願いながら。
「おんし、何時までそうしておるつもりじゃ?」
「さあ、いつまでもなんじゃね?」
澄んだ青に掛かる雲、陽を遮らない本日は晴れ。時折散り舞う花弁と人々の行き交う江戸に似た街並み。違和感など見当たらない日常の景色に溶け込む人々は、しかし生身の者では決して無い。此処に原子で構成された物体など存在しないのだから。
「すまんお姉さん、みたらし団子五つ貰えるかい?」
「はーい、少々お待ち下さい」
もっと込み入った話をすれば、日本の漫画雑誌、週刊少年ジャンプにおいて連載された『BLEACH』に登場する死者の世界。つまりフィクション、架空の設定、その筈だった。しかし今、俺の視界には黒い袴、
「みたらし団子お待ちー」
「おっ、ありがとうね」
てらてらとした茶色い蜜に包まれた串団子が運ばれてきた。団子の中じゃ一番人気があるんだそうな。……うん、上手い。あん団子の方が基本的に好みなんだが、最近はみたらしも悪くないと思う自分が居る。この甘じょっぱさを時折思い出して食べたくなるのは、長く生きてきた中でのささやかな変化だ。
「やっぱり、今日もここに居るんスね」
「ん?おお、死神様じゃねえですかって、……凄いですねぇ。昇進ですかい?」
不意に隣の席が埋まった。金髪の下に気弱そうな、もう少し言えば親しみやすさを張り付けたような顔の男が座ってくる。纏っているのは死覇装に白い羽織り。それが示すのは護廷十三隊の隊長、二百人強の死神を束ねる地位にまで登り詰めた強者ということ。以前までは只の隊士だった筈なのに、いつの間にそんなところまで。というか席官になったのすら知らされていなかったんだが……ああ、原作で彼は隠密機動出身だったか。最初に話した時の彼はまだ、隊士にすらなっていなかった気がするのにな。
「えぇまあ、お陰さまで。すみません、ボクもみたらし団子二つ」
「いやぁ、大出世じゃないですか。それなら、これからは隊長様とお呼びした方が良いですかい?」
たまげたなあ、もうそんな時期か。正確には覚えていないが、いやしかしもうそろそろなのだろう。少なくとも数百年以内には、激動の時代が始まるのか。
さて俺はどうするべきかね。横の彼は原作じゃあそれなりに重要なキャラクターだったが、その未来は残念ながら暗いものだ。彼らの、あの魂魄消失を巡る悲劇を俺は止めるべきだろうか。原作への介入がどれだけの影響となるか分からない中、軽率に動くことは即ち俺の死にも繋がる。一旦、保留だな。
「いえいえ、今まで通りでお願いしまス。それにしてもアナタと会うのも久しぶりっスねぇ」
「ええ、ホントに。死神様がここに来なくなってから数十年ですか」
彼はその間に隊士から席官へ、そして隊長の座にまで成り上がったのだろう。流石としか言い様が無い。欲を言うなら彼の成長を近くで見ていたかったが、俺はもう死神ではない。これも巡り合わせということだろう。
「……ここは変わらないですね」
「そんなこともありませんよぉ。看板娘も代替わり。品書きも味も以前とは違います」
どれだけ果てしない時間を過ごしても、時間の流れに慣れることは無い。変わらないものなど余りに少なく、俺はいつまでも眺め続けている。尸魂界は変化が遅く、進歩も日進月歩とはいかない。それでも、その在り方は変わっていくのだ。時間の流れが、あの殺し屋の集まりを矜持と利権に拘る組織へと変えたように。
「…でもアナタは変わらない。あの時のままだ」
「それはまあ、当たり前では?」
尸魂界では霊圧の高い者は長寿となり老いも遅い。霊力を持たぬ者は異なるが、一度持ってしまえば寿命は長くなり、見た目の変化は最早、心の持ち用によって支えられていると言っても過言ではない。俺の見た目の変わらなさなんてのもそれで説明が付く訳だ。実際には全く別モノだが、バレなければ問題ナシ。
「死神にはならないんでスか?」
「ないない、ありえないですよ。申し訳ないですが私はそこまで護廷を背負えませんから」
「……護廷、スか」
荒事をする必要など無い。例え人々を見過ごすとしても。誰かの死を分かっていたとしても、危険を犯す必要など何処にも無いのだ。彼の言葉を借りるなら、戦いなんだ。敗けたら、死ぬ。使い方は違うが、理由は変わらない。目の前で起こらぬ限り、俺の手に護廷は握られない。それこそ三界を揺るがす事態にでもならない限り。見ず知らずの者を助ける程俺に善性は無い。俺ではヒーローや正義の味方には成れないから。
「今日はどうしてこんなところまで?」
「まあ、ただの息抜きッス。仕事も少し一段落したので」
「お、そりゃお疲れ様でした。ゆっくり休んで下さい」
「アナタは最近何を?」
「何も変わらず、ただ悠々と過ごしておりますが───」
何でもない世間話が続いていく。そう、何気なく彼が来て、何でもない世間話と愚痴を言う。俺達はそんな関係だった。色々思い出してきたところだが、そろそろ結論を出す時だ。
友人か、知り合いか、何とも言えない曖昧な関係の彼を助ける義理が、果たして俺にはあるか?──ないな、あるわけがない。
ならば彼らを助けるメリットは?──それもない、わざわざ助けても原作が変わるだけだ。彼に恩が売れたとしても俺にとってはどうでも良い話。
それならば漫画で見たことがある彼らを、次元の先で心踊らせる技を放っていた彼らを助けたいか?──ない、愛着は有れど未来を変えたいとは思えない。
何より奴らとの、和尚、そしてあいつとの契約を破る程の必要性は?──断じてあり得ない。あの契約は、俺の中でそんなに軽いものじゃあない。それに、俺が何をせずとも誰も死なずに居るのだから、別に良いだろう。態々介入して敵対者を増やす必要などそれこそ無い。同情はしなくもないが、しかしそれまでだ。
結論、また俺は何もしないのだ。今はまだその時ではないと、今まで幾度も納得してきた。結末の知れた歴史が訪れる度に、黒崎一護という英雄を思い出す。最早顔すら忘れてしまったというのに、その名前と背格好が脳裏を過る。彼へと辿り着く為に、真に変えたいと願う悲劇の為に、まだ刀を握る訳にはいかない。
「──さてそろそろ、良い時間なのでボクはここらで行かせてもらいまス」
「あぁ、もうそんなに経ちましたか」
未だに迷いはある。優柔不断なのは悪い癖だが、人とはそんなものだろう。最後かもしれないのだがら、助言くらいはするべきだろうか。悪手だ。分かっている。それでも身体は、理性による制止の掛かる前に動いてしまう。
「…死神様」
「どうしました?」
あぁ…やってしまった……。つい声を掛ければ、護廷を背負う人の歩みが止まる。振り返った彼の顔を見て、何も伝えるべきではないと思えた。まだ何処か頼り無さの残る彼の姿が、胡散臭い店主の姿と重なって言葉が出なかったから。帽子の下に科学者としての信念を宿した男の片鱗が見えた気がしたのだ。この男の前でどう取り繕えば、俺は納得出来るだろう。
「ははっ…あー、いや、どうかお身体にお気をつけて」
「?ええ、ありがとうございまス」
結局捻り出したのは曖昧で何も伝わらない言葉。しかしまあ、これで後悔はしなくて済みそうだ。
暖かな日差しの中、十二と書かれた白い羽織が遠ざかっていく。少しだけ特別な日常の中で、下らない悩みが軽くなるのを感じた。
「いつかまた会いましょう、死神様」
現在はまだ死神の隊長。しかし後に現世に追われる身となる大天才、浦原喜助。彼の死神姿を見送ったのは、これが最後だった。花が咲き誇り散り舞う、そんな季節のことである。
△▽△▽
それから数年、ある噂を小耳に挟んだ。何やら死神の隊長や席官が一斉に失踪したと。
最初は流魂街の人間が消えるところから、死神の
多くの魂魄と死神が犠牲になっただろう。悲惨な話だ。しかし俺はそれを見過ごすことにした。止める力は幾らでもある。数千年生きるということはそれぐらいの強さを持つということでもある。それでも目を逸らしたのは、ここでその犠牲を許容しなければ詰むからだ。これが後々の特記戦力、黒崎一護、藍染惣右介の誕生に繋がる。
それにしても因果なものだな。俺と出会ったのがあの浦原喜助だとは。藍染惣右介でも他の席官や隊長でもなく、BLEACHにおける最重要人物である彼。あれだけ長い間関わったのもここ数百年間で彼だけだ。彼が俺に気付くことが出来たならもしかしたら……いや、気付いていない訳がないか。ある程度は分かっていて、見逃して貰ったんだろうな。
「……ま、あの人ならそれなりに楽しくやってるだろ」
気にしてもしょうがないことだ。藍染にもユーハバッハにも気付かれる訳にはいかないからな。
「そろそろここも潮時だな…」
奴らとの契約故に俺は誰かに自身の力を悟られる訳にはいかない。霊圧は勿論、その素性も。まあ俺の記録なんてのは一切残っていないから、運良く俺に出会うしか方法は無いんだが。しかし何十年も同じところに留まれば怪しまれもする。この数百年は各地を転々としてこの身を隠してきたのだ。
「あー、美味かった……次は、潤林安にでも行こうかね」
最後のあん団子を食べ終えて、俺もまた去る。奇しくもそれは、彼と同じ花の舞う季節。しかし今度は俺が花の下に居る。見送る人も別れを告げる人も居やしないが。時間の流れの中で、また忘れ去られながら、いつかこの手で護廷を拾い直す日が来るだろうか。それは全てを手放すことと同義だが。
「生きれるだけ生きたいもんだね」
黒崎一護と朽木ルキアの出会いから百年前、俺は未来の物語に想いを馳せていた。