怪盗ニンジャ   作:三輪

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「お嬢様、本当によろしいのですか?」

 

 黒いスーツの襟元を正しながら、彼女『篠原立花(しのはらりっか)』は後ろを歩くもう一人の女性にそう問いかける。

 すると、ランウェイを歩いていてもおかしくないような白いドレスに身を纏ったまだ少女と言っても間違いのない女性はくすりと微笑んで聞き返す。

 

「またですか? 立花は心配性ですね。ですかこれは私が判断したこと、それにここへ至るまでの情報は貴女が調べてくれたことでしょう? 自分の腕を信頼しないのですか?」

「……私はそんなに出来の良い人間ではありませんから」

「すぐに不安になって緊張してしまうところは貴女の長所であり短所でもありますね。しかし心配しないでください、私は貴女の腕を信頼しているのですから」

 

 日燐(にちりん)国。現存する王位の中で最古の歴史を持つ離島の国。

 そしてこの少女こそが、その正当なる皇の後継。

 名を空皇(そらめぎ)真理沙(まりさ)。空皇家の一人娘だ。

 

「ありがとうございます。しかしそのようなご恰好はおやめください。いつ誰がお嬢様を狙っているか分かったものではありませんから」

「それも貴女への信頼の現れです。それにこれは私の一世一代の大博打。『彼』の心を射止めることができるかで私の人生は大きく変わる。なればこそこの程度の着飾りは当然のことですよ」

 

 築三十年。それなりに古くなってきた三階建てのマンション。

 その一室を前に、近隣住民の注目を集めながら彼女たちはそんな会話をしていた。

 

「それでは心してください立花。これから会う御仁は海外の神話に登場するトリックスター、男神ロキにすら及ぶ力の持ち主。決して不快感を与えてはなりませんよ」

「はい。招致しております。それでは、いきます」

「はい」

 

 恐る恐ると言った様子で篠原はチャイムに指を添え、喉を鳴らし、汗を一滴滴らせ、意を決し――

 

 ガチャ。

 

「誰、お前等……てか人ん家の前でうるさいからね? このマンション防音とかほぼ無いから」

 

 ジャージに身を包んだ青年は眠気眼を擦りながら、金色の天パを掻きながらドアを開けてそう言った。

 

「は、初めまして! 私は空皇みゃひっ!」

 

 王女は盛大に噛んだ。

 

「え、もしかして自分の名前噛んだの? はははははははは! あんた可愛いね」

「お、お前、お嬢様になんて口の利き方を……」

「お嬢様? もしかしてその恰好相応に偉い人だったりするの? いやごめんごめん、でもまだ名前知らないししょうがなくね?」

 

 そんな会話をしている間、この国のファーストレディ空皇真理沙は自分の失態に脳が追い付かずに表情ごと停止していた。

 

「あれ、大丈夫? みゃひちゃん?」

「うう……空皇真理沙です……」

「そう。真理沙ちゃんね。そっちの人は? って、そらめぎって確か……」

「篠原立花だ。そしてお前も知っているだろうがこの方こそ、空皇家のご子息様であらせられる」

「あぁ……やっぱりそうなんだ。始めて見たよ、次期王様じゃん。敬語使った方がいいっすか真理沙ちゃん?」

「い、いえ結構です。楽にしてください」

「はーい。ありがとう。ちなみに俺は……」

石川五文(いしかわいつふみ)様ですね」

「あー、なんか調べられてるみたいだね。まぁ上がってよ。俺の通ってる大学理系だからあんまり女の子いないんだよ。だから可愛い子は大歓迎」

「ありがとうございます五文様。お邪魔いたします」

 

 六畳半の部屋の中へ入ると畳の床に窓が一つ。

 机にはゲーム機が乱雑に置かれ、ベッドの上には大学で使うであろう参考書が何冊か適当に置かれている。

 エアコンはついているが、掃除をしていないのか少し埃っぽい。

 

『昨日二十時頃、またしても怪盗『ファントム』によって日本に存在するダイアモンドの中で最大の大きさを持つ――』

 

 ついていたニュース番組を消した彼は、急ぎ早にちゃぶ台の上にお茶を置きながらクッションを二つ並べた。そしてその対面に石川五文は胡坐をかいて座り、二人に手を向けて並んだクッションを指す。

 それを見て二人もクッションの上に正座で座る。

 

「お嬢様、急に自信がなくなってきました。本当に彼がそうなのでしょうか?」

「貴女の腕は確かにです。絶対に、必ず、きっと、多分……」

「それで、俺になんか用って訳だよね? 何?」

「はい。折り入ってお願いがあってまいりました」

「うん、何?」

 

 笑みを絶やさないその表情で、彼は聞いてくる。

 その辺り、彼の異様さを篠原は察知していた。

 

(何故、王女を見て、そうだと理解して……全く緊張していないのだ……?)

 

 しかしその警戒が言葉に出されることはなく、真理沙は話を始めた。

 

「私のボディーガードになっていただけませんか?」

「そりゃ、君みたいな可愛い子とずっと一緒に居れるって考えると凄いハッピーな提案なんだけどね……なんで俺なのかな?」

 

 最後の一言だけ一オクターブ下げた声を使って五文(いつふみ)は問い直す。

 

「この国には何百年も前から要人警護を生業とする者達が居ました。彼等の仕事はそれだけにとどまらず敵の諜報活動や罠の作成、時には色恋を利用して敵の幹部に取り入るなんてことも仕事にしていたそうです」

「へぇ……」

「そして一般に知られることではありませんは、その一族は現在も健在です。彼等の仕事は有力な政治家やこの国にとって必要不可欠な技術者や科学者を敵国の工作から守ること、または敵国での諜報活動が総理大臣直轄のもと任されています」

「はぁ、そっすか……」

「この国最古のシークレットサービス。それは俗に【忍者】と呼ばれる者達です」

「なんつーか、色々調べてる訳ね」

 

 それは認めたに等しい答えだった。

 だからこそ自分の調べた情報に確信を持った言葉を篠原は発した。

 

「貴方も忍者の一族ですよね?」

「まぁ……」

 

 忍者の家は本家が二つと、そのいずれかに属する分家は三十六家存在する。

 彼はその分家に生まれた男だ。

 

「けど俺勘当されてるんで。それに腕だって大したことない」

「嘘です」

 

 真理沙がキッパリと言い放ったそれは後ろの言葉についてだ。

 

「貴方が勘当されていることは調べて理解しています。しかし、貴方に腕がないというのは真っ赤な嘘です」

「なんでそう思うの?」

「立花。説明してあげて」

「かしこまりました。石川殿、実は私も忍者の末裔の一人です」

「そうなんだ。篠原なんて知らないけど」

「はい。私は服部の家系でして風魔の家系に属する石川家とは犬猿の仲ですから」

「まだそんなことやってんだ。くだらねぇな」

「はい、全くです。それで私はある怪盗について調べていました」

「怪盗?」

「今世間を騒がせている怪盗『ファントム』。誰も姿を見たことがないという特徴からそう名付けられています。彼は忍者の警備する美術館などからも何度も盗みを成功させている。しかもその忍者たちですら一切観測できていない忍びようで」

 

 快調だった口は閉じ、少し視線を逸らして五文は続けるように、どうぞと手を向ける。

 

「私はそんなことが可能なのは同じ忍者だけだと考えました。なのでファントムが盗みを働いたと思われる犯行時間のアリバイを調べました。本家二家と分家三十六家の全ての忍者のアリバイを……そして、貴方だけが全ての事件の犯行時間のアリバイが存在しなかった。以上の証拠から貴方が『ファントム』であると断定しました」

「忍者って隠れるのが仕事でしょ。どうやってアリバイなんて調べたの?」

「そういう『印』を持っているので」

「なるほどね……」

 

 そこまで黙って聞いていた真理沙が頭を下げた。

 

「お願いします。私に雇われてください。国の危機なのです」

「国の危機? よくわかんないけどさ、俺みたいな紛い物じゃなくて本当の忍者に頼めばいいじゃん。俺の実家とか、本家とかさ」

「その程度の実力ではだめです。私はこの国最強の忍を求めているのです」

「俺が? 勘当されてるって言ったじゃん」

「それでも忍者が護衛する施設を含めた約五百件の怪盗行為の成功。そしてその全ての物品を元あった場所に戻す技術。それは正しく国一番、いいえ世界一の才能でしょう」

「買い被りだよ」

「貴方は自分の実力を試したいのではないのですか? 証明したいのではないのですか? だから宝物を盗みそれを元の場所に戻すなんてことを繰り返しているのではないのですか? 私なら舞台を用意できます。影の世界にはない栄光を与えることができます」

 

 もう一度、国を担う王女は深く頭を下げ願う。

 

「どうか、私と一緒に来てください」

「どうしても?」

「はい」

「なんでもしてくれるの?」

「はい。私に可能なことならば」

「じゃあさ、うまくやったら俺と結婚してよ」

「は……い……?」

「できる? 具体的には俺と籍を入れたあとそっちの意志で離婚をするのを禁止する。それと夫婦として適切な関係を構築維持することに可能な限り努めて貰う。要するに真理沙ちゃんの人生半分……いや、疎遠にするのも離婚もできないってことを踏まえると……人生の七割を寄越せって言ってる。俺、可愛い子には目がないからさ」

 

 篠原はその物言いにギョッと目を丸め異論をはさもうとしたがそうできなかった。

 五文の顔を見た瞬間、言い知れぬプレッシャーに気圧されたからだ。

 

 一時無音となった部屋の中で、微笑みの表情を浮かべる五文の瞳は、一切乱れることなく真理沙の目を覗いていた。

 

「俺を使いたいならさ、それくらいの覚悟は当然あるんだよね?」

 

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