見切り発車。
終着点なし。続くかも不明。
それでも良ければ、どうぞ。
――その日も、僕は戦場に駆り出された。
戦場に立っているのは僕独り。その他はすべて死体。味方と敵のが入り混じっているが、数としては味方の死体の方が多い。
絶望感はない。いつものことだった。僕はいつも生き残る。けれど、僕らはこの戦いに勝利することはない。不毛な戦争だった。
これ以上敵の増援がないことを確認し、戦闘用の術式を解除。魔力を心臓に回し、修復術式を励起。掠り傷はこれである程度元通りだ、と思っていたところで、不意に左肩がズキズキと痛みを訴えた。視線をやれば、左肩から先が
周囲を見回すと、すぐそばに、出発前に少し話した少女の死体があった。一年くらいの付き合いで、最近ようやく話し慣れてきたところだった。修復魔術の扱いが上手く、よく僕の傷を治してくれた。
「……悪い。持っていく」
比較的綺麗に残っていた死体の左肩に魔力の刃を通す。切断された肩からは赤黒い血が流れる。心臓が止まっているから、勢いよく吹き出ることはない。
切断された左腕を掴み、その断面を自分の左肩に合わせる。血管を魔力で無理やり繋ぎ、術式を行使するための回路も同様に繋ぐ。展開していた修復術式が肉体を繋ぎ、脱け殻だった左腕にも魔力が通っていく。
少女が愛用していた術式を励起する。すると、すぐに肉体の損傷が修復されていく。僕のものとは大違いだった。
「…………」
繋げたばかりの左腕。その動きを確かめるように手を握り、開く。
少女らしい華奢な腕。それが僕に生えているという事実は、僕が行っている所業も合わせて、他人の目には気持ちの悪いものに映るのだろう。
けれど、それももう慣れてしまった。今回吹き飛んだ腕も、元は僕のものではなかった。今では僕の身体だと胸を張って言うことの出来る部位はほとんどなかった。
『――――』
ザザ、という雑音混じりに、左耳に刻まれた通信術式の回路が励起する。しばらくすれば、無機質な命令が聞こえた。
『"プラナリア"、帰投せよ』
「分かりました」
身体を切ってもすぐに元通り。
僕にぴったりのコードネームだった。
◇
この国の正式な名前を僕は覚えていない。戦争相手の名前もはっきりしない。ただ、上からの連絡から察するに、この国は"キョウワコク"で、向こうの国は"テイコク"なのだろう。
数年前、キョウワコクはテイコクに戦争を仕掛けた。理由は定かじゃない。「人類の歴史は戦争の歴史だ」と博識な先輩が昔言っていた。理由なんて、いくらでもある。確かなのはキョウワコクが戦争を仕掛け、テイコクはそれに抗っているということだけだ。
キョウワコクは魔術研究の先進国だった。強力な魔術をいくつも編み出し、それを独占していた。だから戦争もすぐにケリがつくと思われていた。だが、そうはならなかった。
テイコクは、"不死の軍隊"を有していた。強力な術式で敵兵を焼き払っても、次の戦場には同じ顔ぶれが揃っている。いくら強力とは言えども、消耗戦に持ち込まれるとテイコクに軍配が上がった。敵の死体は戦場に残らず、味方の死体だけが戦場に散らばる。強力な魔術の使い手が次々に命を失い、だと言うのにテイコクの側には損害を与えられない。ジリ貧だった。
そこで、キョウワコクはこう思い立った。「"不死の軍隊"をこちらも作ろう」と。
結果的に死んでも蘇る人間は生み出されなかった。不可能だった。しかし、キョウワコクは代わりの武器を手に入れた。
ローコストで生まれる使い捨ての軍隊。
つまりは、人造人間――ホムンクルスの培養だ。
そうして生まれたのが僕らで、そして、幸か不幸か、そのホムンクルスの中から、テイコクの不死を破る者が現れた。
戦場から必ず帰ってくる、不死を破る存在。身体を失っても他のホムンクルスの肉体を使って生き残る正真正銘の
その存在によって、キョウワコクは今、余計に勢いづいている。
「はぁ……」
基地で最低限の身嗜みを整える。
修復術式を励起して、身体を精査する。それぞれの接合部に異常はなし。回路も問題なく繋がっており、肉体の内部に刻まれた術式も問題なく稼働している。
昔、魔術の存在が発見された当時は、長い詠唱をしなければ魔術は最大の威力を発揮しなかったという。けれど、当時の研究者たちはその詠唱を文字に起こしたもの――術式を武器に刻み込むことで、発声での詠唱なしに強力な魔術を発動することに成功した。やがて術式は武器だけではなく、身体にも行われるようになった。
術式の刻印には当然外科手術が必要となる。けれど、ホムンクルスは最初から刻印された状態で製造される。ある程度成長を促進させれば、たった数日で使い捨ての魔術軍隊の完成だ。
「……とは言え、正直もう詰みだ」
いくらホムンクルスがいるからって、キョウワコクは無計画に僕らを浪費し続けた。今や前哨基地にいるホムンクルスは僕だけ。後は命令の仲介を担う軍人たち。いくら僕らを無限に製造できるとはいえ、インターバルはある程度必要だ。僕の記憶が確かならば、まともに戦えるホムンクルスの育成には一週間は掛かる。その隙にテイコクが反撃に出れば、キョウワコクは為す術がない。
となると、次に僕に下される命令は、分かりきったようなものだ。
『――"プラナリア"、次のお前の仕事だ』
見計らっていたかのように、通信が入る。
内容は、概ね予想通り。
『お前には、ホムンクルスの準備が整うまでの時間稼ぎをしてもらう』
「……分かりました」
拒否権はない。拒否するつもりもない。
僕の死に場所が決まった瞬間だった。
◇
スパイでも忍ばせていたのか、あるいは亡命者がリークしたか。テイコクはキョウワコクのホムンクルスが尽きたことを知った。そして、数年間続いた戦争を終わらせる
戦場に立ち、身体の回路に魔力を通す。術式を励起させ、魔術をいつでも展開出来るように準備する。息を深く吸うと、土の匂いに混じって魔力の残滓が感じ取れた。テイコク軍が近づいてきているのだ。
視線の先には、百を越える魔術兵たちが空中を飛んでいる。資料で知った昔の戦争と比べると規模は小さいが、彼らの全員が規格化された強力な魔術を使う。ただ強力なだけではない、人の命を奪うことに特化した、洗練された魔術。そこに不死が含まれる時点で、キョウワコクに勝ち目はなかった。それなのに、未だに戦争を続けている理由はひとえに僕が原因だ。
僕が、テイコクの不死を破ったから。
「……」
後戻りはできない。テイコクに亡命するという道もあるのだろうが、僕は向こうからすればただの殺戮者だ。きっと処刑される。人里に逃げたところで、人を殺す以外に能のないホムンクルスには居場所はないだろう。
逃げ場はない。僕許されたことは、戦うことだけ。
正直、勝てる気はしない。僕が今まで生き残ったのは、
敵軍が近づいてくる。その手にはライフル。防御魔術をいとも容易く撃ち抜く弾丸は、テイコク産の魔術である
少し間を空けて、彼らが降り立つ。その戦闘には指揮官らしき人影がある。全身を鎧で覆い隠している。見たことのない鎧だった。
指揮官が手を上げる。兵たちが揃ってライフルをこちらに向けた。
手が振り下ろされる。
火蓋が切られる。
掃射。
「ッ」
励起した術式を展開する。地面がひび割れ、周囲の景色が引き伸ばされる。音を置き去りにする
ビュンッ、と空気を裂きながら迫り来る魔弾の戦闘に向かって、火炎の魔術を放つ。
(魔術は現実の物理法則に
博識な先輩の言葉だ。僕の使用した火炎魔術を例にしよう。
火炎魔術は魔力を燃料にし、何もない空間に炎を作り出す魔術だ。当然それは高熱で、人やものに燃え移る。水を掛ければ消えるし、酸素を送ればより激しく燃える。
一方、テイコクの魔弾は、魔力で形成された弾丸を、魔力を推進力として放つものだ。様式としては遥か昔に使用されていた火薬で弾丸を放つ銃に似ている。ただ、銃が放つ弾丸や火薬にあたるものはすべて魔力で代用されているため、あの魔弾は弾丸と火薬の両方の性質を
魔術はある程度物理法則に従う。そして、火薬に火を近づけたら何が起こるか。
ドンッ!!と大きく爆ぜるような音。それが連鎖し、魔弾の群れが次々に誘爆する。
即座に防御魔術を展開。魔弾の貫通力の前では紙切れ同様だけれど、余波くらいならこの魔術でも問題はない。誘爆によって白く染まる視界の中で、眼球に刻まれた術式を展開。視界内のものを細かく識別し、第二射を認め、再度加速。
(姿勢は低く、地面を滑るように)
戦場でのノウハウを教えてくれた誰かの言葉を
展開するのは破砕の魔術。かえって拳が砕けないように防御の魔術も重ね掛けしている。スピードを載せ、鎧の中心を穿つように拳を振り抜く。
ガキンッ、と、拳に固い感触。そして重ねた防御魔術が斬り裂かれる感覚。マズい、と考えた時には既に拳の半分ほどに刃が埋まっていた。
「――」
修復魔術を展開。刃を肉に埋めたまま右手を修復させ、固定。指揮官の腹部に蹴りを入れ、足の裏から魔術を展開。火炎が噴き出し、鎧はたちまち包まれる。
もし防御魔術が展開されていても熱自体は防げない。鎧が赤熱すればそれを纏う人物は一溜まりもない。数年の戦いで培った行動だった。
ずるり、と刃が右手から引き抜かれる。こちらも鎧の腹部を足場にして後方へ跳躍。右手から鮮血が舞う中、周囲から魔弾の群れ。指揮官を巻き込まないように、距離を取ったタイミングでの射撃だ。火炎をそのまま周囲に振り撒き、魔弾を誘爆させる。
「ぐっ……!」
けれどすべては相殺しきれず、隙間を縫ったものが背中に着弾。吹き飛ばされ地面を数度バウンド。追従するように放たれる魔弾を、接地時に横合いに跳んでどうにか避ける。
(指揮官から倒すのは失敗。次は)
思考を巡らせつつ、疾駆。直線での突撃ではなく、曲線を描きながら迫り来る魔弾を躱す。敵軍右翼にそのまま近づいて、跳躍。相手の視線が上空へ釘付けになり、銃口をこちらへ向けようとするのを見計らって――
「な、クソっ」
「死ね」
魔術を展開。
魔力で構成された刃が一人の魔術兵の首を捉え――
魔術の中身は知らないが、たぶんこれが不死の元。ただ発動までに
「ひィッ!?」
仲間の死を初めて目撃したのだろう、隣の兵が悲鳴を上げる。
その隙を突いて、刃を振り抜き、魔力による防護が張り巡らされた鎧を打ち砕き、斬り裂く。
噴き上がる鮮血を目くらましに使い、火炎魔術を出力。三人ほどまとめて炎に巻く。
怒りに身を任せて魔弾を放とうとした兵士のライフルを掴み、強引に魔力を流して暴発直前に跳躍。馬鹿正直に兵士が
(今ので二十……いや、十九か?まだ後八割残って――ッ)
無駄な思考を
が。
「――脆い」
スパン、と。
まるで紙でも切るかのように。
術式を幾重にも刻んだ武器。相乗効果により、握るだけで強力な力を手にできるテイコクの技術の結晶。
「魔剣……?」
「正解だ」
凛とした声。乾いた戦場に染み渡る、潤いの風を思わせる。鎧の中には女性がいるようだった。
すぐに再加速。他の獲物に狙いを
「……何?」
相手の声に必要以上の敵意が含まれていない。不思議に思って少し立ち止まる。
「一騎打ちをしよう」
一騎打ち。
「僕に、何のメリットがある」
「他人に邪魔をされずに私を殺すことができる。――このままなら、私は兵と連携してお前を殺すだろう。そうなればお前に勝ち目はない。違うか?」
正しかった。そもそも一度距離を取ったのは、兵士の邪魔があっては倒せないと踏んだからだ。しかし、それでも解せない。有利なのはあちらだった。
「……質問を変える。あなたに、何のメリットがある」
「兵の命を無駄に散らさなくて済む」
「――は?」
「お前は私たちの命を奪うやり方を知っている。無為に兵を死なせたくない。私にもメリットはあるだろう?」
「――」
思考が止まる。それは価値観の違いだった。
キョウワコクとは考え方が違う。僕らのようなホムンクルス兵とは、命の価値が違う。
テイコクにとって、兵は使い捨てではない。それは不死の魔術を使っていることからも明らかだった。
死んで欲しくないから、そのような魔術を使っているのだ。
「私が死んだら、残りは有象無象だろう。数分で二十人ほどを倒したお前の敵ではない」
「……」
「お前が負けたら、私は兵を温存したまま攻め入ることができる。どうだ?」
「……乗った」
悪い話ではなかった。
言葉を交わして少し分かったが、この人は、指揮官として兵に慕われている。昔、似たような先輩がいたから分かる。こういうタイプが死ねば、周囲の士気は間違いなく下がる。
それに、もし僕が死んでも、この長い戦いから解放される。きっとこの人は一思いにとどめをさしてくれるだろう。苦しまずに済む。そう思えた。
彼女は兵を下がらせた。意外なことに兵たちは大人しく引き下がった。彼女を慕っているからなのか、それともその強さを信用しているからなのか。
「では、始めよう」
「……ああ」
地面を蹴る。斬撃魔術を放つ。赫い魔剣が尋常ならざる魔力を放ち、刃ごと僕を斬り裂く――直前に魔剣の側面を蹴りつけて軌道を逸らす。剣閃が僅かに頬を裂いた。
眼球が魔剣を識別する。純粋な斬撃の強化。遣い手の防御。魔術に対する特効性。その三種類の術式がそれぞれ十数節も刻まれている。シンプルで強力な魔剣だった。
彼女は剣を蹴り飛ばされた衝撃を活かして回転。遠心力を載せ魔剣を振り抜こうとする。それに対して僕は合わせるように手刀を振るった。手刀と魔剣がかち合い、赫い刃が右手に埋まる。そのまま行けば半ばで切断されるだろう。そんなことは分かりきっていた。
手刀の指先が鎧へ向く。そして、その五本の指から、膨大な魔力の奔流が吹き荒れた。
「な、にっ!?」
「喰らえ」
純粋な魔力の弾丸。魔術とも言えない杜撰な攻撃。それが五つ、僕の目の前で炸裂する。
吹き飛ぶ身体。宙を舞う魔剣。刃は右手から抜け落ち、衝撃により互いに後方へ。だが、識別魔術により爆風の向こうが見える。今の攻撃は鎧を破壊しただけに過ぎず、まだ勝負は終わっていない。
修復魔術と加速魔術を出力。右手を繋ぎ直して前へ。
あの人の最大の武器。それを拾われる前に、僕が確保する。そうしなければ斬り捨てられて終わりだ。
「――取った」
赫い魔剣の柄を握る。刻まれている術式が励起される。魔力を流して、強引に起動。そのまま相手へと――。
そう思ったところで、身体が熱を持った。
同時に力が抜けていく。
「私の勝ちだ」
握った剣を取り落とし、地面に倒れる。肩口から脇腹にかけて、袈裟懸けに深々と斬られている。視界に映るのは、蒼い片刃の剣。
「に、ほん、め――」
「ああ、そうだ」
ボトボトと地面に血を垂れ流しながら、見上げる。
破損した鎧を脱ぎ捨てたのは、僕の目にも分かるくらい整った女性だった。齢はたぶん、二十歳かそこら。金色の髪を長く伸ばし、肌はくすみのない白で、瞳は碧色に輝いている。そして、まるで宝石か何かのようなその瞳は、こちらを静かに見つめている。
綺麗だと思った。
姿かたちが、という訳じゃない。こんな戦場にいるのに、血の匂いが染みついていない。人を殺したことはあるだろう。なのに、それを感じさせない雰囲気があった。
目の前がちかちかする。黒が視界に混じり、意識が閉ざされていく。戦闘用の術式が解除され、思考が戦闘中のそれから、普段のものに戻る。血まみれの地面に手をついて、身体を起こす。そうして女の顔を視界の中心に捉えた。
「言い残したことは?」
言葉を聞いてくれるのだと言う。
こんな戦場で、先ほどまで命を懸けて戦った相手の、言葉を聞いてくれるのだと言う。
つくづく、綺麗な人だ。そう思った。
だから、これでいいと思った。
僕の人生は、これが最期の光景でいいと。
「僕の、お嫁さんに、なってください」
意識が途切れる直前、最後に視界に映ったのは。
きょとんとした綺麗な女の顔だった。
次は来週の木曜日更新予定。
以下、本文中でできなかった細かい設定の話(いつか本文でも書くかも)。
・魔術
昔(1000年以上前)に発見されたとされる技術。物理法則に依存しないが、物理法則と同じような働きをする。例えば魔術でできた炎は水を掛ければ消えるし、魔術で作った水に電気を流すと水素と酸素に分解される。基本的には魔力の装填、詠唱、魔術の展開というプロセスを経る必要がある。
・魔力
生物のある臓器や、空気中に存在する物質。魔術の動力源であり、生物の活力源でもある。生物内の魔力は生物が生きている限り生成されるが、臓器の働きによるもののため、魔力を生成しすぎると臓器の機能不全を起こすこともある。
・回路
魔力に関連してこの語が用いられる場合、生物の体内に存在する魔力専用の血管のようなものを想像すると分かりやすい。ここを通じて魔力を外部に出力する。
・詠唱
魔力に方向性を与え、魔術に変更するためのもの。暗示的なものであり、世界へ訴えかける祝詞のようなものでもある。発声が必要。
・術式
詠唱を文字列に置き換えたもの。これを物体に刻み、その物体に魔力を流し込み、励起することによって詠唱なしで魔術を展開できる。ただし前もって刻印する必要があるため、事前に決めた魔術しか展開できない。現在の主流。
他の用語はまた気が向いた時に。