死神と皇帝   作:渋音符

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プロポーズとプロローグって語感が似てますよね。
ぶっちゃけここまでがプロローグみたいなところあります。


3話

 

 セロさんによる尋問から数日が経過した。戦後の処理が長引いているのか、それとも他に理由があるのか。僕の置かれている立場にあまり変わりはない。毎日セロさんが牢屋までやってきて、尋問という名目で雑談を行っている。

 また、彼女は食事も運んできてくれるので、牢屋の中で飢え死ぬといったこともなかった。むしろ量が多くて食べきれないほどだった。今日も彼女が運んできてくれた食事を完食すると、ここ数日ですっかり習慣と化してしまった尋問の時間になった。

 

「もしかして、セロさんってすごい人だったりするんですか?」

「なしてそう思ったんですかー?」

「よく考えたら、捕虜に一人で会いに来て、尋問……というかほぼ雑談ですけど、そういうのをするのって、普通の兵士にはできないことなんじゃないかなと思って」

「なるほどー、グリムさんは鋭いですねー」

 

 実際、セロさんはただものではないと思う。僕は一応、帝国軍にかなりの損害を与えたホムンクルスである。詳しいことは知らないけれど、戦争犯罪人、というやつなのかもしれない。

 そんな僕の牢屋の鍵を任されていて、一対一で尋問したり、食事を運んだり……そんな役目が普通のメイドに任されるとは到底思えなかった。

 僕の疑問に対して、彼女はあまり間を置かずに言葉を返した。

 

「私は普通のメイドですよー?」

「普通じゃないと思いますけど」

「ふーむ。確かにお勤め先的には普通じゃないかもですねー。私、皇帝陛下の専属メイドなので」

「……」

「おっと、あんまり驚きませんね?こう言うと大抵の人はびっくりするんですけど」

「えっと、コウテイヘイカって、何ですか?」

「なるほどそこからかー」

 

 皇帝陛下。陛下というのはあんまり気にしなくてもいいらしいので、単に皇帝とだけ覚えることにした。その皇帝がどういうものであるかについて、彼女はざっくりとしか話してくれなかった。簡単に言うと「帝国を治めているとても偉い人」なのだそう。

 そこまで聞いてようやく、皇帝のメイドというのがどれくらいすごいのかがピンときた。つまり彼女は、とっても偉い人のお世話をする人なのだ。

 

「じゃあ、セロさんが僕とこうしてお話しているのは……」

「皇帝陛下直々(じきじき)の命令ってことですねー」

「……なんでそんなことを」

「さー?ウチの皇帝は破天荒で有名ですから」

「はてんこう?」

「むちゃくちゃってことです。近隣諸国では結構有名なんですよ?魔剣に選ばれた若き女帝、レティシア・ライズベルトってねー」

 

 それから聞いたレティシアさんについての話は、確かにむちゃくちゃなものばかりだった。

 曰く、生まれてすぐに魔剣を振り回した。

 剣術指南役を一日目で打ち負かした。

 国内の剣術大会に飛び入りで参加し優勝した。

 嫁に出されるはずだったが「自分より弱いやつと結婚する気はない」と言い張り、婚約相手を次々と(文字通り)斬り捨てた。

 隣国(共和国ではない別の国)との戦争にしれっと混じり、対象首を討ち取った――などなど。

 まるで本当のこととは思えない、この世の英雄譚を全てかき集めて混ぜて煮詰めたような所業を、生まれてから十数年で引き起こし、その末に十六歳という若さで帝国史上初の女皇帝になったそうだ。

 だから、とセロさんは言葉を続けた。

 

「だから、グリムさんの面倒を私に任せたのもきっとむちゃくちゃな考えからでしょうねー」

「……よくそれで国が成り立ちますね」

「成り立ってませんよー?」

「え」

 

 セロさんは何を馬鹿なことを、とでも言いたそうにこちらを見る。でも、国が成り立ってないなんて、そんな。

 

「レティシア様のめちゃくちゃを、周りの部下が必死に尻拭いして、それでどうにかこうにか国として回っているだけですよー。まあ、レティシア様の部下って正直みんな螺子(ねじ)トんでるんで、嬉々として尻拭いしてますけどー」

「不満とか、出ないんですか?」

 

 セロさんが声色を少し変える。おそらくは皇帝の真似なんだろう。

 

「レティシア様のむちゃくちゃな名言の内の一つにこんなのがあるんですよ。――『不満がある奴は正面からかかって来い。聞いてやらんこともない。どうしても言うことを聞かせたいのならば、私に勝って見せろ』」

「それは、何というか」

「むちゃくちゃでしょー?」

「……ですね」

 

 ただ、そこまで突き抜けていると、むしろ清々しさを感じる。きっと、そういう点を好んで着いていく人が多いのだろう。セロさんだって、見るからに頬が緩んでいる。

 それに私に勝って見せろ、だなんて言えるくらいだ。剣術の大会で優勝できるらしいし、とても強いのだろう。それこそ、あの戦場で僕を斬った女性みたいに。

 

「ちょっと、一度会ってみたいかも。どういう人なのか気になるし」

「え」

 

 セロさんが驚愕の声を上げる。目を見開いて、顔をこわばらせている。今まで見たことのない表情だった。……まあ、皇帝に会うなんて烏滸(おこ)がましいことか。

 

「グリムさん、マジで言ってますー……?」

「えっと、まあ、こういう立場ですし、会えるとは思って ませんけど……」

「あー、うん、なるほどねー」

 

 彼女は嘆息しながら、しかし「まあ面白いからいいか」と呟きを漏らした。それから何事もなかったように気だるげな表情に戻った。

 

「まあ、すぐに会えると思いますよー」

「えっと、皇帝が捕虜に会いに来るなんて、あるんですか?」

「さあ?明日にでも会えるんじゃないですかー?」

 

 

 

  ◇

 

 

 ――そして翌日。

 

「レティシア様が会いたいそうでーす」

「……えっ」

 

 まさか本当に会えるなんて思っていなかった。

 セロさんに案内された部屋は、牢屋や尋問部屋に比べると豪華だった。促されるまま座ったソファはふかふかで座り心地がよく、目の前のテーブルには細かな装飾が施されていて明らかに高価なものだと分かる。テーブルの上の花瓶には傷一つなく、活けられた花も綺麗だった。

 

「すぐに来るそうなので、しょーしょーお待ちくださーい」

 

 そう言ってメイド服の少女は僕を一人残して出て行った。……捕虜から目を離していいのか、とは思わないでもないけど、魔術を封じる手錠があるから問題ない、のか?

 位置情報を知らせる魔術とかもかかっている様子だし、おかしな行動を取ればすぐ検知されるようになっている。それが監視代わりになっているんだろう。

 

 ほどなくして、コンコンコン、とノックの音が響く。「失礼しまーす」という聞き慣れた声がして、扉が開く。

 セロさんを伴って部屋に入ったのは、見覚えのある女性だった。綺麗な長い金髪とくすみのない白い肌。碧色の瞳は、戦場で出会った時と同じように、静かにこちらを見つめていた。

 

「久しぶりだな、"死神(グリムリーパー)"。いや、今はグリムだったか」

「……まさか、あなたが」

 

 腰に佩かれた二振りの魔剣。赫い両刃の剣と、蒼い片刃の剣。それらの魔剣は量産型とは思えないほど精緻(せいち)な術式が刻まれていて、国宝と呼んでも差し支えないものだと思う。

 セロさんの話によれば、今の皇帝は魔剣に選ばれた若き女帝と有名らしい。二振りの魔剣を使う女性というのはその前評判にかなり符合している。

 女性が頷いて、口を開く。

 

「ああ。私が皇帝レティシア・ライズベルトだ」

 

 そう言った彼女に嘘を吐いている様子はなく、その必要もない。セロさんはその後ろで「すぐに会えるって言ったでしょー」といたずらっぽくほくそ笑んでいる。昨日僕がレティシアさんに会ってみたいと言った時に彼女が変な表情をしていたのは、レティシアさんから直接僕のことを聞いていたからだったのか。

 

 レティシアさんがテーブルを一つ挟んだ正面のソファに腰を下ろす。その所作は上品で、綺麗だ。

 セロさんが「お茶を淹れてきますねー」と部屋を出て行く。どうやら彼女は仕えている主人の前でもあんな感じらしい。豪胆と言えばいいのか、それともそれほどまでに二人は仲がいいのか。

 

「まずは、長らく放置していてすまなかった。本当ならすぐに会うべきだったが、戦後処理があってな」

「えっと、はい」

「ああ、敬語は抜いていい。私は堅苦しいのが気に食わなくてな。戦場ではもっと砕けていただろう?あんな風で構わない」

「こっちの方が素なんです」

「そうか、少し残念だな。あちらの方が個人的に好みだったんだが」

 

 どう反応すればいいのか分からない、というのが正直なところだった。

 相手はこの国で一番偉い人。対して僕は敵対していた国の兵士。変えの利かない存在と使い捨ての駒。立場があまりにも違い過ぎるし、それに、そんな人と二人きりという状況自体が言葉にできない居心地の悪さを醸し出していた。

 

 なんとなく視線を落とすと両手首を繋いでいる手錠が目に入る。鎖が擦れる度にきゃりという金属音が鳴るのにも慣れてしまった。それを見咎めたのだろうか。レティシアさんは少し眉をひそめた。

 

「すまないな。窮屈だったろう」

「いえ、当然の扱いですし」

「そうか」

 

 顔を上げると、碧の瞳と目が合った。吸い込まれそうになるほど綺麗な瞳は、控えめな光を(たた)えている。話に聞く限りではむちゃくちゃな人だということだけれど、実際に対面して受ける印象はむしろ理知的な人といった感じだ。

 しばらく見つめ合っていると、レティシアさんの方から話し出した。

 

「お前の瞳は、不思議な色をしているな。それも、他のホムンクルスのものなのか?」

「まあ、はい」

「どんなやつだったんだ?」

「……なんで、そんなことを」

「私の兵が奪った命だ。知っておきたい」

 

 無遠慮な発言だった。

 表情には嘘偽りがないように見える。いや、正しく言えば戦場で出会った時から、彼女の表情はあまり変わっていない。辛うじて雰囲気だけは感じ取れるが、きっとこの皇帝はずっとこんな感じなのだろう。嘘をつかず、自己を偽らず、持って回った言い回しをしない。

 見た目もそうだけど、内面も綺麗だと思った。

 

「――右目は、同期のやつのでした。製造機が隣で、訓練もよく一緒に。一年間の付き合いでした」

 

 そう言うと、彼女は相槌を打つように頷いた。

 

「そうか。不思議な色合いだな」

「僕が『水溜まりの色だ』って言うと、いつも不機嫌そうにしてました。本人は『空の色だよ!』って毎回怒って……でも、空って呼ぶには、透明すぎるから。レティシアさんはどう思います?」

「どちらかと言えば水の方が色味は似ているが、空と呼んだ方が聞こえはいいだろう」

「あはは、そうですね。……彼女は、最初の戦場で死にました。僕はその時、右目と右脳がなくなりました」

 

 だから、光を失った彼女の瞳を、眼窩に収めた。脳も無理やり繋いで、頭蓋骨も移植した。頭皮もだ。

 

「だから周辺の肌や髪の色も違うのか。……どうして肌や瞳、髪の色が個体によって違うんだ?共和国民には見られないような肌の色も混じっているが」

「組み合わせる遺伝子のパターンと、刻む術式の相性を確認するためです。僕らの製造は実験でもありましたから。……彼女は認識した情報の識別が得意でした。この目と魔術のおかげで、僕はそれ以降の戦場を生き抜けました」

「身体は継ぎ接ぎしているようだがな」

「即死じゃなきゃ、どうとでもなるので」

 

 少し、迷う。けれど、どうなったとしても悪い方向には転がらない気がしていた。だから話すことにした。自分の根幹について。

 

「僕は刻まれた術式の内、接続の魔術と相性がよかったみたいでした」

「聞いたことのない魔術だ」

「僕が勝手にそう呼んでいるだけですから。物と物を繋げる、たったそれだけの魔術です。他のホムンクルスと魔力の回路をつなげ、補助を行う。そういう役割を求められて僕は戦場に送り出されました」

 

 高威力の魔術のための(にえ)。コンセプトはきっとそんなところだろう。製造時に刻まれた他の術式も明らかに補助を意識したものばかりだった。けれど、実際はその想定とはかけ離れた存在となった。

 

「初めて魔弾(マジックバレット)に吹き飛ばされた時、死にたくないとしか考えていませんでした。近くにいた見知った顔を見つけて、安心して、そして彼女が死の間際だと知って、絶望しました」

「接続。物と物を繋ぐ。……それで、その子の身体を繋げたのか」

「はい。……脳を繋げたけど、記憶は入ってきませんでした。どういう原理かは知りませんが、きっと彼女が持って行ったんだと思います」

「……そうか」

 

 沈黙が訪れた。博識な先輩によれば、こういう状況のことを天使が通ると称するらしい。とてもお洒落な表現だと思った記憶がある。

 

「お前の身体は、今どれくらいのホムンクルスの身体でできているんだ?」

「数えていません。たくさんの死体から、生き残るために必要な術式が刻まれている部位(パーツ)を選んで繋いできたので……心臓と顔の左半分は一切入れ替えていないのは確かですが、その他はほとんど別の身体だと思います。それにそうしてつなぎ合わせた身体も何度か入れ替わってますし」

「……私から言えることは何もない。謝罪もできん」

「仕方ありません。戦争ですし。その代わり僕も謝ることはしません。少しは申し訳ないとは思いますけど」

 

 ホムンクルスたちを殺した帝国を、その帝国を統べているレティシアさんを恨む気持ちは、ない訳ではない。けれど、最初に戦争を仕掛けたのは共和国だし、僕らのような存在を造ったのも共和国だ。本当は死ぬことがなかったはずの帝国軍を何人も殺したのは僕だ。

 それなら一方的に恨みつらみを述べるのは、見当違いだった。帝国が勝ったのなら、その結果を受け入れるべきだ。

 重たい空気が流れる。彼女は瞳を閉じ、何かを考えている。僕はそんな彼女をぼんやりと眺めていた。その目蓋の奥で何を考えているのだろうか。

 

「シリアスな雰囲気の中失礼しまーす」

 

 ばたんと音を立てて大きく扉が開き、セロさんが空気を読まずに――いや敢えて空気をぶち壊すように入ってきた。テーブルの上にてきぱきと茶器を並べ、二杯の香ばしいお茶を用意する手腕はメイドらしいと言えばメイドらしかった。

 

「しんみりした空気はあんまり好かんですよー。それに本題は違うんじゃないですー?」

「……ああ、そうだったな。ありがとう、セロ」

「いえいえー、どういたしましてー」

「本題?」

「そうだ。お前に話しておかなければならないことがある」

 

 レティシアさんはカップに口をつけ、口を湿らせてから言った。

 

「お前を私の夫にする」

 

 かなり大胆なプロポーズだった。 

 





次の更新は土日のどっちか。

以下設定。

・魔道具
 術式を刻んだ道具。魔力を流すだけで魔術が即時(ノータイム)に展開される。ただし、素材や構造を考えなければ魔術が暴発する恐れがある。そのため基本的に一つの魔道具には一種の術式が刻まれている。多くても二種類が限度。

・魔銃
 帝国が製作した、魔弾(マジックバレット)の術式が刻まれた銃。帝国独自の技術が使われており、その製造方法は秘匿されている……という訳ではないが、使用感に難があるため、軍に導入している国は片手で数えられるほど。

・魔剣
 剣に術式を刻んだもの。大きく二種類存在する。
 まず、魔道具としての魔剣。これは他の魔道具と同様に術式が一種から二種刻まれている。ベターなのは耐久性を向上させる魔術や切れ味を維持する魔術。
 そして、もう一種類の魔剣ははるか昔に製造されたもの。レティシア・ライズベルトが保有している魔剣もこちらの部類。1000年以上前は地上の資源が豊富で、いくつもの術式を刻み、数十もの魔術を同時に展開しても耐え得る魔道具が製造できていた。発掘されたそれらは現代に製造される他のどの魔道具よりも強力で、しかしそれを扱うには才能が必要だった。
 剣の他にも槍や槌、弓なども発掘されているが、そのどれもが発掘された国で国宝として扱われている。ライズベルト帝国で発掘されたそれらも例外ではない。

他の用語はまた気が向いた時に。
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