死神と皇帝   作:渋音符

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今回は結構粗雑な出来です。


4話

 

 

「お前を私の夫にする」

 

 夫。

 かつての僕の同期が「かっこいい旦那さんがほしい」と言っていたことが頭をよぎった。

 結婚。

 二人の人間が同意のもとで家族になること。それぐらいしか知らなかった。

 

 レティシアさんの表情はあまり読み取れない。鉄のように冷たい表情だけど、温かみも感じる。判断に困る表情だった。辛うじて、いまの発言が僕をからかうようなものではないことは分かった。

 側にいるセロさんもいつもとあまり変わらないように見える。彼女は冗談を言う時は分かりやすく笑みを浮かべる。自分の主人がいる前でもそれは変わらないであろうことは二人のやりとりを見て知っていた。

 

「え、と、どうして……?」

「?どうしても何も、お前が先に言ったはずだ。一字一句、(たが)うことなく覚えている。『僕の、お嫁さんに、なってください』――だったな」

「あ……!」

 

 そうだ。

 あの戦場でレティシアさんに斬られた時。口にしたのだ。かつての同期のことを思い出して、彼女のような人と結婚というやつをしてみたいと思ったのだ。当時、あまりにも意識が朦朧としていたから今の今まで忘れていた。

 

「いやっ、あの、あれは、口からこぼれたというか、言うつもりはなかったというか」

「ほう。冗談だったのか」

 

 眉をひそめるのが見える。これは、機嫌を損ねたのか。怒っているのか、それとも、悲しんでいるのか。流石の僕でも、結婚とは冗談で口にするものではないことくらい知っていた。だから、レティシアさんが気を悪くするのも当然だった。

 言うつもりがなかったのは本当だ。けれど、彼女と結ばれたいと思ったのは決して冗談ではない。僕は慌てて口を開いた。

 

「いや、冗談ではなくて、本当に、あなたのことは綺麗だと思ったんですけど……」

「……ならよかった」

 

 彼女はほっと息を吐いた。表情自体は読み取れないが、たぶん安堵している。……安堵?彼女は、僕の求婚をよしとしているのだろうか?

 構図だけを見ればおかしくはない話だ。僕がプロポーズし、彼女が了承した。けれど、立場とかを考えたならそう簡単な話ではないだろう。

 国で一番偉い人と、敵国の兵士。もっとこう、国の中でのいざこざとか、あるんじゃないだろうか。

 

 それに、僕はお世辞にもかっこいいとは言えない。肌の色や形がちぐはぐだし、腕や脚の長さだって違う。明らかに人間ではない。そんな僕で、彼女はいいのだろうか?

 

「いやいやいやー。よくないですよー」

 

 セロさんはレティシアさんに対してそう返しながらカップに茶を注ぎ直した。「グリムさんも遠慮せずどーぞー」と言ってくれたので、手錠の音を立てないように気を付けてカップを持つ。

 香ばしい風味が鼻をくすぐり、舌の上に上品な苦みとほのかな甘さが感じられる。初めて飲む味だった。

 セロさんの言葉について、レティシアさんは小首を傾げた。

 

「私が誰を夫にしようが構わんだろう」

「それはそうですけどねー。納得しない人の方が多いでしょー?実際、グリムさん関連で戦後処理が長引いたんですからー」

「え、僕?」

「そうですよー?敵国の兵士、それもウチの兵を殺し回った死神を夫にするなんて、正気の沙汰じゃあないでしょー。実際レティシア様が大臣を集めた時も、全員に反対されたじゃないですかー」

「しかし、もう決めたことだ」

「今回ばっかりはレティシア様のめちゃくちゃも簡単には通りませーん」

 

 セロさんは首をすくめながら、「やれやれー」とわざとらしくこぼす。ちら、とこちらに向けられた視線で、彼女はこの話を僕に聞かせたかったのだと察する。

 セロさんは気だるげに続ける。

 

「そもそも帝国に連れてきているだけでも問題なのに、結婚とかありえないでしょー。グリムさんはいい人っぽいですけどー、流石にねー」

「……そうか」

 

 レティシアさんもこちらに視線を向ける。碧眼が鋭くこちらを射抜く。思わず身を強張らせる。彼女はまたカップに口をつけた。

 

「あの、聞きたいことがあるんですけど」

「なんだ」

「僕はこれからどうなるんでしょう」

 

 共和国のホムンクルスとしては戦争が終われば廃棄される予定だった。しかし、その共和国は今や帝国のもの。つまり僕の処遇は皇帝である彼女の手の上だ。夫にする、と彼女は言ったが、今までの話からはそう簡単にはいかないと想像できる。

 レティシアさんが口を開く。

 

「グリム。お前は厳密には捕虜ではない。処刑を待つ囚人だ」

「……はい」

「だが、私の夫となれば、それを回避できる。……お前はどうしたい。私と添い遂げるか、処刑されるか」

 

 碧眼がこちらを見つめる。控えめな光が揺れている。僕を(おもんばか)っているのが感じ取れた。

 きっと僕のことを尊重してくれるつもりなんだろう。僕が生きたいか、死にたいか。それを聞いてくれている。

 

「……レティシアさんは、どうして、僕を?」

「む。それはプロポーズされたからだが」

「じゃあ、どうして僕のプロポーズを受けようと思ったんですか?」

 

 戦場での敵の言葉なんて信じられるものではないだろう。それも、婚姻に関することなんて。死の間際にあんなことを言うなんて自分でも信じられない。

 眉が寄せられる。瞳が揺れる。レティシアさんは言葉を探すように視線を動かし、部屋のあちこちを見た。微かに「うー」とか「あー」とか、唸り声のようなものが聞こえる。

 なんとなく彼女らしくないように感じた。あまり表情を変えないはずの彼女は、うろたえているようだった。

 

 セロさんの方を見れば、微笑んでいる。いや、ただ微笑んでいるだけじゃなく、そこにいたずらっぽさが混じっていた。にやにやしている、と言った方が正しかった。そういえばさっきからレティシアさんに話しかける度にどこかにやついていたような気がする。

 やがて、レティシアさんの視線が僕に向けられて。

 

「お前が欲しくなった。これじゃ、駄目だろうか」

 

 そんなことを臆面もなく言い放った。これには流石に、僕も面食らって、言葉が出なかった。

 

「え、と」

「私はな。死の間際にこそ人間の本性があらわれると思っている」

「それは……なんとなく、分かります」

 

 どれほど気丈に振る舞っている人間でも、自分が死ぬとなったら取り乱さずにはいられない。博識だった先輩も、元気だった同僚も、生存が困難な状況になると弱音を漏らしていた。僕だってそれは一緒だ。

 だから、と彼女は続ける。

 

「だから、死の間際の一言、遺言は、その者の本音があらわれる、と思っている。――お前が、本音から私を求めたとき、私も、お前が欲しくなった」

 

 気恥ずかしくなって、顔をそらす。すると、ぴと、と頬に手が当てられ、顔の向きが変えられた。レティシアさんが僕の両頬を手で挟み込んで、目線をそらさないようにした。

 心なしか、彼女の頬も色づいている気がした。

 

「グリム。改めて聞く。お前は、どうしたい?」

 

 僕がどうしたいか。

 生きたいか、死にたいか。レティシアさんと結婚したいか、したくないか。

 

 改めて彼女を見る。綺麗な人だ。虚飾がない。真っ直ぐで遠慮がない、鋭い刃のような人。そんな彼女が、僕のことを求めてくれている。欲しい、と言ってくれる。

 戦場で、僕は彼女の姿を最期の光景にしようと決めた。そうしたいと思った。けれど僕は結果的に生き残り、今はここにいる。

 見ることは所有することである。先輩が言っていたことだった。その碧の瞳が僕の姿を映している。僕のことを所有している。

 ならそれでいいと思えた。綺麗な人が持つには、僕は手が汚れているけれど。それでも彼女の隣にいたいと思えた。

 

「――僕は、あなたと結婚したいです。レティシア・ライズベルトさん」

「……ありがとう」

 

 レティシアさんは、僅かに頬を緩める。セロさんも、微笑みながらため息をついている。「やれやれですねー」なんて言って、カップにお茶を注ぎ足しながら口を開いた。

 

「それで、どうなさるおつもりなんですー?さっきも言いましたけど、認めさせるのは簡単じゃないですよー?」

「そうだな。早速で悪いが、力を貸してくれグリム。宰相や大臣、兵士たちを納得させるいい案があるんだが……それにはお前が必要だ」

 

 そうして彼女は、僕にめちゃくちゃなことを告げた。

 なるほど確かに、彼女は破天荒な皇帝だった。

 

 

  ◇

 

 

 

 そうして数日後。

 僕は今、ライズベルト帝国の処刑場に立っていた。

 

(……さすがに、怖い)

 

 目の前には処刑台。周囲を取り囲むのは処刑に携わる人たちと、兵士たち。空には遠視の術式が刻まれた鳥が何匹も飛んでおり、それを通じて国の偉い人が僕を見ている。皆、その目つきは鋭い。敵意、殺意、怒り。そういったものが直に肌を刺している。

 戦場とはまた違った緊張感があった。体が震えていたのだろうか、手錠が擦れてかちゃりと音を立てた。"死神(グリムリーパー)"と呼ばれながら、自分の死を恐れる。皮肉だった。

 

「そう緊張するな」

 

 隣にレティシアさんが並ぶ。横顔を覗くと、やはりその表情は変わらない。けれど、きっとそれは外面だけではない。彼女は内心でもこの状況を歯牙にもかけていない。恐れなどないかのようだった。

 彼女は一度周囲を見回し、それから声を張り上げた。

 

「ではこれより、"死神(グリムリーパー)"の処刑を行う!」

 

 空気がずしりと重くなる。周りの人の圧力が一気に強くなった。

 処刑人が僕の罪を並べ立てる。殺した兵士の名前や階級が流れるように告げられ、視界の中で兵士たちが特定の名前に反応しているのが見て取れた。

 (おびただ)しい言葉の羅列。それが終わると、処刑台の上の器具が準備されていく。

 

「――待った」

 

 その段階で、重苦しい空気を凛とした声が切り裂いた。

 兵士も処刑人も、何事かと自らが仕える皇帝を見た。彼女は表情を変えることなく、ただこう告げた。

 

「この者には、情状酌量の余地がある」

 

 ざわつきが広がる。兵士が次々に顔を見合わせ、今の発言に対して疑問を抱く。

 

「どういうことだ?」「情状酌量?」「許す余地があるってのか?あんな化け物に?」「オレの相棒はアイツに殺されたんだぞ!?」「戦争が終わったら結婚する予定のやつもいたんだ」「そもそもホムンクルスなんて兵器だろ?ほっといたらまた誰か死んじまうんじゃないか!?」「向こうから攻めてきておいて情状酌量?」「なんでまた皇帝陛下はそんなことを……」

 

 怒り、悲しみ、疑念。

 兵士の感情がより強くなって僕の上に注がれる。処刑人も同様で、彼らどうしで何かをささやき合っている。

 それを見て、皇帝は一喝した。

 

「意見のあるものは前に出ろ!」

 

 途端、しんと辺りが静まり返る。流石に面と向かって直接意見を申し立てるのは気が引けたのか、それとも、彼女の圧に口を開けなくなったのか。内々での話し声が収まるが、僕に注がれている敵意のこもった視線は変わらない。

 レティシアさんが周囲を見渡す。兵士も処刑人も動き出す気配がない。「では」と彼女が口を開きかけた。

 

「恐れ入りますが!」

 

 ざり、と地面を踏みしめる音が静寂を突き破った。兵士の集団の中から一人の男性が歩み出た。身に纏った帝国軍の鎧は細かい傷がいくつもついていて、軍に入りたての新兵ではないことが(うかが)えた。しかし、反対にその大きく張り上げた声は若い男性のように感じられた。

 おそらくはレティシアさんとそう変わらない、二十歳ほど。(かぶと)のせいで顔は見えないが、僕に向かって放たれている敵意は他の兵よりも強く思えた。

 

「……ロランスか」

「はっ。帝国軍第三魔術大隊所属、ロランス・ケリーであります」

「名乗りはいい。出てきたということは、言いたいことがあるのだろう。言葉にしてみろ」

「では……その者に情状酌量の余地などないと思われます」

 

 堂々と、怯むこともなく彼は言い切った。

 

「その者……"死神(グリムリーパー)"は、先ほど処刑人が申し上げたように、我々の同胞を数多く殺害しています。それを赦すなど、散っていった同胞に合わせる顔がありません!」

 

 ぴくり、とレティシアさんの眉が動く。ロランスさんの言葉は真っ当なものだった。それを彼女も分かっているのだろう。

 彼は続ける。

 

「陛下はいったいどのような理由でその者を赦免されるおつもりですか!」

「……彼はホムンクルスだ。共和国により強制的に製造され、戦うことを余儀なくされた。この責任を負うべきなのは共和国であって、彼ではないだろう?」

「いいえ。共和国のホムンクルスは我々の軍隊を殺せませんでした。その者のみが我々を殺すことができたのです。殺すことを選んだのは彼の責任でしょう!」

「確かに、彼が殺すことを選ばなければ、私たちは誰も死ぬことがなかっただろうな。だが、そうしなければ彼は死んでいた」

「ホムンクルスなど、いくら死のうが我々には関係ありません!この者らは人間ではないでしょう!」

 

 ちくり、と心が痛んだ。

 忘れていた。レティシアさんとセロさんという、僕のことを人間と同じように扱ってくれた人たちと長く触れ合っていたからその事実を忘れていたんだ。僕は人造の人間。普通の人間ではない、化け物。死神。そんな存在に、人権はない。

 

「そもそも、戦争とはそういうものです!負けた者は死ぬ。より多くを殺した敵は処刑する!陛下、どうかご理解ください。そいつは――」

「もういい」

 

 冷たい声だった。有無を言わさぬ声。圧力が増し、空気が軋むような錯覚があった。ロランスさんは言葉を失い、一歩後ずさりした。大声ではなかったが、今のレティシアさんの言葉には力があった。

 彼女が息を吐き出した。圧力が少しだけ和らぐ。

 

「確かに、彼を赦すことは簡単にはできん。ロランス、()()が言った通り、彼にはそれだけの罪がある。責任は取らせなければならん」

「――では」

「しかし、先ほどの貴様の発言は気に食わん」

 

 間髪入れず、彼女はこの場に相応しくないことを言ってのけた。

 罪とか責任とか、そういったものを問う場で、たった一つ、気に食わないと。

 その言葉にロランスは茫然としているようだった。

 

「彼と言葉を交わした私が、彼が知性を備えた人であると保証しよう。その上で今の発言は彼の人権を無視している。少し頭を冷やせ」

「……はい」

「続いて、戦争とはそういうもの。確かにそうだ。負けた者は死ぬ。どんな者でも簡単に死んでしまう。しかし、私たちは、その戦争においてイカサマをしている」

 

 そうだ。帝国軍には安全装置(セーフティ)がある。殺すことのできない軍隊。不死。その力が彼らには備わっている。

 

「戦争とは命を失うものだ。しかし貴様は、貴様らは」

 

 彼女は言い直し、視線をロランスさんから周囲の人間すべてに向けた。碧色の眼光が、鋭く周囲を睨んでいた。

 

「自らが死なないということに胡坐をかいて、戦争を楽しんではいなかったか?」

「そんなことあるはずが!」

「ロランス。貴様はそうだろう。しかし、私の耳に入っている限りでは、ホムンクルス(かれら)をまるで訓練用の的のように――あるいは射的の標的のように扱っている者がいるという話だ。中には賭け事をしている者もいたそうだな?」

「……え?」

 

 ロランスさんが、辛うじてそのような声を絞り出した。本当に信じられない、という声だった。嘘なんてついていなかった。

 彼はレティシアさんが言うようなことはしていないだろうし、本気で僕の罪を糾弾していた。僕のことを責め立てているとはいえ、好感が持てた。きっとそのことはレティシアさんも感じ取っている。

 では、僕たちを的にして遊んでいたのは、その他の――今僕を取り囲んでいる兵士たちの中にいる。

 

「私は彼に向けられた悪意を考えれば、情状酌量の余地があると言いたい。だが、ロランス。貴様の言う通りでもある。彼には償ってもらう必要がある」

 

 そこで、と彼女は言葉を区切った。周囲の視線が彼女に向けられている。この場の空気はすべて、彼女が支配していた。

 

「ロランス。お前に機会をやろう」

「機会……」

「そうだ。彼を、"死神"を処刑する機会だ。……決闘を行う。貴様が勝てば、彼の首を()ねるといい。その代わり彼が勝てば、処刑はなしだ。シンプルだろう?」

 

 ややあって、ロランスさんが頷き、僕と彼の決闘が行われることとなった。

 

 





次回は多分木曜日か金曜日です。


以下、設定。

・帝国軍第三魔術大隊
 帝国が有する魔術大隊の一つ。役割としては防衛が主。共和国との戦争で帝国領を守護する役割を担っていた。現在の隊長はロランス・ケリー。

今回はこれだけです。
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