死神と皇帝   作:渋音符

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お久しぶりです。
年明けから夏にかけていろいろ忙しかったのと、夏から「小説家になろう」様の方で色々投稿していてこちらにあまり手を付けられませんでした。
思いついたらまた細々投稿していきます。


6話

 

 

 裸足で決闘場に上がる。小さな小石が足の裏に突き刺さる。

 思えば戦場ではいつもこうだった。少し懐かしい。寝て、起きて、殺して、死にかけて、生き延びる。まだ十日くらいしか経っていないのに、そんな日々がもう遠いようだった。そして、その遠かった日々が今、すぐ近くに来ていた。

 

「先ほどは、無礼な発言をした」

 

 唐突に声を掛けられて、反応が遅れる。視線を向ければ傷だらけの鎧を身に纏った兵士が、真っ直ぐこちらを見据えていた。

 兜の向こうから感じられる視線。間違いなくロランスさんだった。

 

「敵国の、ホムンクルスとはいえ、あまりにも配慮の欠けた発言だった」

「……取り消すつもりは?」

「すまないが、あれは本心だ。俺はお前を赦せない」

「なのに、謝るんですか?」

「無礼な発言は謝罪するべきだ。だが、本心は偽るべきではない」

 

 声音にぶれがない。どこまでも真っ直ぐに、自分に自信がある話し方。

 いい人だ。そして、こういう人は強い。

 

「この決闘、手加減はしない。俺はお前を殺すつもりで戦う」

 

 だから、お前も殺すつもりで来い。彼は言外にそう伝えてきた。

 ぴり、とした殺気があった。処刑場で向けられたものとは質が違う。敵意ではなく、殺意。僕を殺そうとする意志。それがあった。

 

「俺は、お前に同僚を殺された」

「……そう、ですか」

「覚えてはないだろう」

「はい」

「……俺も、ホムンクルスを殺した。どんなやつを殺したのか、正直覚えていない」

「だろうと思います」

「だから、お前も俺を殺す権利が――」

 

 そこで、やっと分かった。この人が僕に向けているのは、殺意だけじゃない。

 申し訳なさ。居たたまれなさ。後悔の念。そういったものが、混ざっているんだ。

 自分の国を守るために戦い。

 同僚を失った無念のために戦い。

 そうして、僕の同族を殺したことを、彼は正当化できていないのだ。

 

「ないですよ」

「――」

 

 無意識に言葉を紡いだ。

 

「僕にあなたを殺す権利は、ないんです。きっとあなたにも」

 

 殺す権利はない。殺される義務もない。

 僕も、彼も。

 あの戦場で散った帝国兵も、ホムンクルスも。

 殺していい人も死んでいい人も、いなかった。

 

「だから、本気で行きます。けど、僕はあなたを殺しません」

「……分かった」

 

 ロランスさんが構える。手に持っているのは補強と斬撃強化の術式が刻まれた軍用魔剣と、散弾銃(ショットガン)式の魔銃。近接戦闘に特化したスタイルだ。

 散弾は近距離では避けきれない。魔弾(マジックバレット)の密度が高く、火炎で誘爆させようとしても間に合わないだろう。防御魔術なんて以ての外だ。

 

「ふぅ……」

 

 息を吐く。思考を研ぎ澄ませる。無駄な思考を遮断(シャットアウト)。全ての脳機能(リソース)を戦闘のために使う。――ただし、殺害はなしという情報だけは、残しておく。

 心臓を魔力炉として稼働。魔力が生成され、全身に張り巡らされた回路を勢いよく走り抜ける。

 

 ばづ、と弾けるような感覚。燃えるような痛み。しかし熱はない。久々に感じるものに、僕はいよいよ戦場に帰ってきたのだと錯覚する。

 接続の魔術により無理やりつなげた魔術回路。その接合部から魔力が漏れ出ているのだ。漏れ出た魔力は回路を通り抜け、肌と肌の継ぎ目から外に流出する。勿論、右の眼窩や側頭部からも魔力は流出しており、普通の人間なら魔力が枯渇することだろう。

 

 だが、僕はホムンクルスだ。

 他のホムンクルスと接続するために最高級の魔力炉(しんぞう)を持ち、何日でも無茶が通せる。ここに来て十日余り。休養は十分だ。

 

「……死神(グリムリーパー)

 

 ()()()()の声が震える。そこにある感情が何なのか、今の僕には分からない。

 拳を握り締め、術式を励起する。

 

「――両者、準備はいいか!」

 

 声高に、凛とした声が響いた。皇帝だ。

 その声にロランスは我に返り、そして右手に剣を、左手に散弾銃を構えた。

 

「では、始めッ!」

 

 合図と共に、地面を蹴った。

 瞬間、大地が爆ぜる。展開した加速の魔術が身体活動を速め、周囲の空間を食い千切ってロランスへと迫る。

 

「っ、ぅおおおッ」

 

 捕捉(ロック)発射(ファイア)

 加速した僕を視認し、彼はすぐさまその二工程を完了させた。

 放たれた魔弾が分裂し、おおよそ二十の粒となってこちらに襲い掛かる。火炎魔術は間に合わなず、防御魔術も意味をなさない。このままでは胴体への直撃は免れず、当たればおそらくは死ぬだろう。回避しようにも距離と密度からして、普通には避けられそうにない。

 

(――なら)

 

 普通じゃない方法で避ければいい。

 

 魔力を装填。一秒の遅延(ラグ)もなく術式が励起し、魔術が展開される。

 地面がひび割れ、火炎が吹き荒れる。地面が遠く、遠くなっていき、僅かな圧力と内臓が浮かび上がる感覚を覚える。

 やったことは単純だ。高く跳躍し、魔弾を躱す。跳び上がると同時に圧縮した火炎を地面に叩きつけ、その反動で初速をさらに追加しただけ。

 

 兜の向こうで、目が見開かれる。僕の動きに目が追従している。動体視力の強化。兜のものだろうか。

 上空から取り囲んでいた兵士たちが見下ろせる。高速化された思考と拡張された視界には、彼らが僕を捉えきれず、未だに吹き荒れた火炎を見ている姿が映る。

 同じ兜をつけているのにロランスだけが僕を追えている。ということは、兜の性能ではなく彼自身の魔術なのかもしれない。

 

 一秒にも満たない時間で周囲を見渡していると、ちか、と視界の端で何かが光って見えた。

 

(……あ)

 

 碧眼が二つ、僕を見ている。

 綺麗な金の髪に、くすみのない白い肌。整った顔立ちは完成された美術品のようで、ともすれば冷たさを感じさせる。

 側のセロは火炎の中をはらはらした表情で見ている。僕のことを心配してくれて、なんだか気恥ずかしくなる。

 一方でレティシアは上空の僕をじっと見つめている。そこに心配はない。まるで、これから起こることが当然の出来事であるかのようだ。

 彼女は、僕が勝つことを信じて――否、確信している。

 

(それに、僕は応えなくちゃいけない)

 

 魔力炉がさらに回転する。

 心臓が破裂しそうなほど拍動を繰り返す。

 全身が燃える。脳みそが焼き切れる。それらの痛みをすべて塗り替えるような全能感が、僕を満たす。

 

「……加速(アクセル)

 

 口に出す必要はない。けれど、何となく声が漏れた。

 ()()()()

 瞬間、墜落。

 重力と魔力が僕を天から突き落とす。空気が僕を阻もうとして、継ぎ接ぎだらけの身体が崩れかける。即座に修復魔術を展開。並列して防御の魔術を重ね、身体を(ねじ)り、全体重を乗せた拳をロランスに叩きつける。

 

「――~~ッ!?」

 

 彼には反応できない速度のはずだった。よしんば眼が追いついても、身体が追いつけなかったはずだ。それでも凌がれたのは、彼の実力か、それとも僕に対する殺意からか。

 がき、と振り上げられた刃が拳を阻み、僕の拳は()なされる。体勢が崩れたけれど、流れに逆らわずに拳をそのまま地面にぶつけた。

 轟音。破砕。足場が崩れ、ロランスは慌てて後方へ跳びのきつつ、魔弾を放つ。近距離の散弾は強大な破壊力を発揮する。ただ不安定な足場(ゆえ)か、弾道は僅かに()れた。防御魔術を再展開し、身体を倒すことで被害を押さえることができる。

 

 追撃の射撃。しかし先程よりも距離が離れている。

 散弾は距離を離すと文字通り弾丸が散り散りになり、威力が減衰(げんすい)する。それに距離が離れるということは時間に多少余裕もできる。すぐに火炎魔術を展開し、誘爆させて目くらまし代わりにする。

 

「このッ、化け物め……!」

「この国の言葉を借りるなら、死神だ」

 

 防御魔術を重ねても地面と衝突すればこちらも無事では済まない。ぐちゃぐちゃに砕けた腕を修復しながら、魔力で刃を形成。地面を蹴って再加速する。

 向こうの魔剣とこちらの斬撃魔術がぶつかる。鍔迫り合い。彼の魔剣に補強の術式が丁寧に刻まれているからか、圧縮された魔力の刃がそれ以上先へ進まない。

 

 数瞬の攻防だが、分かる。ロランスは攻撃を剣で防ぎ、隙を晒した敵を銃で殺す戦い方を得意としている。近接戦しかできない僕にとってこれは致命的だ。火炎魔術で距離を離すことはできるけれど、僕の本領は加速からの一撃。それをいつまでも防がれれば、勝ち目はない。

 つまり勝つには、彼から魔剣を奪わなければならない。

 

「……先に、謝る」

 

 僕の声に、ロランスは油断せずに短く返した。

 

「何を」

「あなたの魔剣を、これから壊す」

 

 返事を聞かずに、刃を解除する。

 迫り合っていた刃がなくなり、その勢いのままロランスの魔剣が空を進む。刃を形成していた魔力が魔剣を包み、浸透し、そして、内部に刻みこまれた術式に触れる。

 僕の手から魔剣の内部まで繋がった魔力。それは、形のない導火線。

 火炎を放つ。

 誘爆。

 周囲が纏めて爆ぜ、彼の魔剣が内側から爆ぜる。

 

「ぐ、ぁ」

「……ッ」

 

 防御魔術を易々貫くほどの衝撃。それを間近で食らったロランスは軽く吹き飛ぶ。僕も例外ではないが、事前に覚悟をしていたから着地は上手くいった。

 魔銃に魔力を流し込んで暴発させることができるのであれば、魔剣でもそれを行えるはずだ。そう思って実行したが、予想通り彼の武器を奪うことができた。

 

 魔力を全身に回す。身体のあちこちが爆発の余波で焼け(ただ)れ、そこら中から魔力が漏れる。

 燃える視界の向こうで、砕けた鎧をそのままに、ロランスが身体を起こす。焼けた肌に魔剣の破片が突き刺さり、流れる血が高温で乾き、肌にこびりついている。

 それでも彼は残された武器をこちらに向けた。

 

 お互いに声は出せない。恐らくは高熱の空気に喉が焼けたのかもしれない。それでも彼の言葉が伝わった。

 来い、と。

 

「――――」

 

 地面を蹴る。結局、僕の一番の武器はこれだ。

 加速、防御、修復の魔術を並列して展開。原型のない、握れているかも分からない拳を振り上げる。

 銃声とほぼ同時に跳躍。今度は力が足りず魔弾が身体を貫いた。

 それでも、まだ、死んでいない。

 着弾の衝撃で幾らか勢いは減衰したが、何とか着地。そのまま再加速。

 魔弾の装填は間に合わない。

 拳を、振り抜く。

 直撃(クリーンヒット)

 ロランスの身体が数度地面を跳ねた。

 

「……ぅ、ぇ、ごほ、えほ」

 

 咳が漏れる。喉が痛い。それどころか全身がぐちゃぐちゃだ。

 油断せず、修復魔術を展開する。まだ終わっていない。彼が立たないとは限らない。魔力を全身に回し、術式を常に励起した状態を保たないと。

 そう考えていると、背後から肩に手を置かれた。

 予想外の感触に振り向くと、間近に碧い瞳が覗いた。

 

「よく頑張った」

「レティシア、さん……?」

 

 彼女は僅かに顔を綻ばせて、それからすぐにいつもの冷たい表情に戻り、声を張り上げた。

 

此度(こたび)の決闘、勝者は"死神(グリムリーパー)"とする!異論のある者はいるか!」

 

 誰も声を上げない。

 異論はなかった。

 

「おめでとう、グリム。お前の勝ちだ。……グリム?」

 

 レティシアさんの言葉が嬉しくて、僕は返事をしたかったけれど、久し振りに魔術を使い過ぎた影響か、意識が明滅を繰り返していて。

 

「……そうか。いい。もうしばらく休んでいろ」

「……ありがとう、ございます」

 

 彼女の言葉に甘えて、目を閉じた。

 





久し振りすぎてクオリティが不安。こんな感じだったっけ……?ってなってます。

今回は設定語りなし。
次回は未定です。また気が向いたら。
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