インビジブル〜神を貫いた音速の末脚〜   作:スタイニー

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完璧な支配によりレースは主役の掌の上で予定調和のように流れて行く。
そんな中、フサイチコンコルドは息を潜めつつ、ターゲットの喉元に着実に近づいていた。

ここまで、順調に事が進んでいる…かと思いきや、思わぬ落とし穴が待っていて…。
果たして訪れた窮地を脱する手立てはあるのか…


Lam tara

「んー、『あの子』嫌な位置に動いてきとるなぁ…。大先生、ダーク、気付くんやで…。このレース、今はもうお前さんたちが思っとるほど、楽なレースやないで…」

 

 

 

 

さあ!3番のダンスインザダークが内を突く!

外を突いてアドマイヤビコールも来た!

 

 

 

[僕の前には相変わらず、あの子がいる。今のところいい位置が取れてる。走りのリズムも取れてきたし、もう少し横に並んで、仕掛けの位置を確実に…]

 

 

チラチラ

 

 

[いや、ダメだ…。今並んだら、警戒される…。いや、今あの子は周りを警戒してるところだ…だったら…]

 

「ん?『あの子』なんで並びに行かへんのや?そら、悪手やろ…。今行かへんで、いつ行くねん…。なんや、期待しとったのに、こないなとこで自滅かいな…」

 

第4コーナーの出口に差し掛かり、各選手がスパートに向けたポジション争いに動く中、なんとフサイチコンコルドは『動かない』という選択をする。

 

それを見ていた橋本は失望する。

それはほんの少しの『致命的な』判断ミス。

歴戦のトレーナーである橋本の気付きは流石の鋭さだ。

ただ、その判断ミスがダンスインザダークに『どのような影響を及ぼすか?』をこの時の橋本は知る由もなかった。

 

[まもなく勝負所。レースの流れは完全に私に向いている。このまま、余裕で…とは思っていませんわ。仕掛ける前に周りの状況把握はしておきます]

 

フサイチコンコルドが『動かない』という判断をするほんの少し前。ダンスインザダークはスパート前の最終確認をしていた。

 

[前2名と側面の確認は済みました。さて、問題は後ろの方。その程度で身を隠せていると思っているのなら甘いですわね。私は既に気付いていますわ。"セオリー通り"ならそろそろ並びかけてくる頃合いでしょうか?さあ、どうされるのかしら?]

 

ダンスインザダークは自分の後方を付いてくる者がいることを把握していながら、その者に気を回すことをあえてしなかった。

何故なら、自身のポジションの優位性を考えれば、後出しでも対応が出来るからだ。

 

だからこそ、仕掛けの寸前になって初めて後方に警戒網を広げた。

何故なら、日本ダービーに出場できる程の実力者なら、『セオリー』は外さない。このタイミングで必ず"尻尾を出す"と予測していたからだ。

 

[さあ、警戒は出来ています。逆に返り討ちにしてあげますわ!]

 

 

………

 

 

[あれ?来ない?えっ、何故?深読みしすぎたのでしょうか…]

 

しかし、フサイチコンコルドはその"セオリー"に従わず、『動かない』という行動をとる。これによりフサイチコンコルドはダンスインザダークの警戒対象から外れることとなる。

 

[やっぱりあの子、僕の存在に気付いてる…。これだけ走りながら冷静に周りを見れてるなんて凄いなぁ…。ずっと僕のことを警戒してたんだ…。気付いていないフリをするのも上手いな…。危なかった…]

 

それはフサイチコンコルドの咄嗟の判断(アドリブ)だった。

 

フサイチコンコルドとしても『セオリー』を狙う方が勝率が高いとわかっている。ただ、時にはそれを"無視する"度胸も重要だとシンジから教わっていた。信頼するトレーナーの日頃の教えとフサイチコンコルドの天性のセンスがこのピンチを乗り切らせる。

 

 

さあ、その後ろの方からもイシノサンデーが外目を突いてきたぞ!

 

 

 

[4コーナーに入ったわ…。そろそろ、イシノのギアが上がる頃ですわね。タッチもこのまま終わるはずがありません。いい展開ではありますが、やはり『四天王』の力は侮れません]

 

第4コーナーを回りながら、ダンスインザダークはライバルの警戒をさらに強める。ただ、その警戒にフサイチコンコルドは入っていなかった…。

 

 

 

 

 

「あなた。あの子は大丈夫かしら…」

 

「正直厳しいな…。きっと何かがあってあの子はあのポジションから動かなかったんだろう。それ自体が悪いわけじゃない。ただ、そのせいで、これからの展開で不利に見舞われる確率が跳ね上がった…。あの子は今、運に身を任せなければいけない状況にある…」

 

「…お願い…どうかあの子に加護を…」

 

険しい表情のフサイチコンコルドの父親。

必死な思いで祈るフサイチコンコルドの母親。

 

まもなく、運命の最終直線の攻防が始まろうとしていた。

 

 

 

[4コーナーに入る。ただ、仕掛けを遅らせたせいで、直線での進路確保に不安が残った。シンイチは…。ダメだ、あの位置じゃあ、簡単に…。いやいや何を考えているんだ僕は。もうここまでにシンイチは十分なアシストをしてくれた。これ以上を望んじゃいけない…。ここからは自分の脚で切り開くんだ!」

 

フサイチコンコルドは一瞬、フサイチシンイチのアシストに頼ろうとしたが、思い直し、自分で勝機を切り開く覚悟を決める。

 

 

 

さあ、4コーナーをカーブして直線コース!

18万の大歓声が迎えている!

 

 

 

[カーブの終わりで、外に持ち出せれば、あの子との間合いをとりもど…。あっ!しまった…]

 

第4コーナーの出口でフサイチコンコルドは少しだけ外に持ち出し、ダンスインザダークとの距離を詰めようとする。

 

それはダンスインザダークの警戒網を掻い潜るために一旦捨ててしまった『間合い』に再度入るための自然な行動。

しかし、それを行動に移そうとするほんの1、2秒前に外側にいた別の選手たちによって進路が閉ざされる。

 

フサイチコンコルドはこの大事な局面で内側に閉じ込められてしまった。

 

「マズった…。もともとのポジションでいられたらこうはならなかった…。きっとアイツなりに考えての行動なんだろうが、ここで裏目に出るか…」

 

観戦席から見守るシンジが痛恨の表情をする。

第3・第4コーナーの中間地点までの位置どりは完璧だった。

 

道中、実践経験の少なさをカバーするためにダンスインザダークの後ろに付いて、最適経路に"誘導"してもらい、直線を向く頃にはダンスインザダークの横に付けて最後の数百mで切れ味勝負に持ち込む。

 

宮下に授かった秘策をもとにシンジが完成させた今回限りの大博打。

その作戦は1700mまでは完璧に出来ていた。だが、残り700mを切り、突如としてプランが崩壊する。

 

とはいえ、それは全くの不運ではない。

外側にいる選手たちが内側に切り込んでくる行動は至って当たり前で、ダンスインザダーク(誘導役)の後ろに張り付いていなければ、進路を確保できない可能性が高くなると、事前の打ち合わせでも特大の注意事項として、刷り込まれていたことだった。

 

[しくじった…。あの子の警戒網を掻い潜るためのアドリブが失敗の原因だ…。これじゃあ、あの子の横には並べない…。これじゃあ、ターゲットとの勝負に持ち込めない…]

 

結果として、ダンスインザダークを欺くための咄嗟の好判断が別のピンチを招いた。

 

確かに仕掛けを遅らせたことで、ダンスインザダークの警戒は避けれた。しかし、あの位置取りをキープしなかったことで、仕掛けのポイントまでにダンスインザダークの真横に"付けられない"という事態が発生する。

 

予定の勝負ポイントはゴールまで残り300mの地点、そして相手との距離間は1バ身以内が射程圏。

シンジがフサイチコンコルドの瞬発力を見込んで計算に計算を重ねて弾き出したターゲットを一撃で仕留める"間合い"。

 

しかし、勝負ポイントまで残り500mを切っていながら、前方の進路が確保できていないというのは致命的だった。

 

[一か八かだ!外側がダメなら内側からすり抜けられる可能性に賭ける。いや、可能性なんてなくてもいい!何かしろ、僕!みんなの期待を無駄にするな!このまま何もせずに終わるなんて、絶対に嫌だ!!」

 

客観的に見てもそれは『結果論』でしかないのだが、フサイチコンコルドは悔やみに悔やんだ。

 

ここまで、シンジとフサイチシンイチがダービーに勝てる様にといろいろなサポートをしてくれた。

チームのみんなが、ダービーに万全の状態で臨める様にと、普段の何気ないことから気を遣ってくれた。

いろいろな葛藤やトラウマがあっても両親はわざわざスタンドまで足を運んで、声援を送ってくれている。

 

たくさんの人々に支えられて辿り着いたダービー。そして、今の状況。

それがわかっているからこそ、フサイチコンコルドは本気で『悪足掻き』をした。

それはフサイチコンコルドに湧き出た『嫌だ』という感情から生まれた子供じみた悪足掻き。

 

そして、その悪足掻きが身体を突き動かした。

もはや、その行動に根拠などというものはない。

正真正銘の一か八か。

 

そうまでしても、覆せる可能性がないほどに絶望的な状況。

 

 

打開策はもうない…

 

 

 

このまま道は閉ざされる…

 

 

 

はずだった…

 

 

 

[くっ、少し寄れました…。ここまでペースとポジションをキープしてきましたが、流石に辛くなってきましたわ…。これを毎回やっていたメジロマックイーンさんの凄さが身に染みますわ…]

 

[ダメだ…無理ぃ…。ダンスちゃんに突っつかれまくって、体力がもうないよ〜]

 

それは突然起きた。

まず、先を行っていたダンスインザダークがほんの半歩内側へヨレる。

ここまで、"高位"追走をしていた代償なのか、完璧だった走路から少しだけ踏み外してしまう。

 

その少し後にダンスインザダークの横を走るトピカルコレクターも苦しさから口を割り、外へと逃げるかの様に進路を開けてしまう。

そして、そのヨレが大外を走る選手の壁として機能してしまい、他の選手が内側へ切り込めなくなってしまう。

 

[道が……開いた!今なら抜けられる!ここを抜ければ、もう一度間合いに入れる!]

 

絶対絶命のピンチから千載一遇のチャンスへ。

突然の状況の変化をフサイチコンコルドは見逃さない。

内に切り込みかけていた体勢を強引なステップで外へと方向転換し、開いた道に身体を突っ込む。

 

奇跡としか言いようのない状況の逆転。

閉ざされたはずの勝利への道が、再びフサイチコンコルドの眼前に開かれた。

 

後にこの奇跡的な光景を見た人々はその場面とレースの結末を振り返って口々にこう言った。

 

 

 

『神の見えざる手が勝利への道を開いた』と…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ、ハッ、あと少し、もう少しでダービーを獲れる…。お姉様たちから託された名家の誇りという名のバトンを手に、私はもうすぐ日本の頂に登り詰める。ですが、私にとってそれは通過点。狭い日本で私は終わらない!私は世界を目指して…」

 

 

 

ザワザワ

 

 

 

[えっ?何?背中から寒気…。この私に殺気のような鋭い視線を向けるのは…誰?]

 

 

 

ダービー制覇の先に世界で戦うことを見据えるダンスインザダーク。

自分を止める者など、もうこの日本にはいない。

その自負に恥じない『強者のレース』を堂々と展開した日本のエリートはその数秒後に世界レベルを知ることになる。

 

隠し続けた天才の刃は既にその背中に狙いを定めていた…

 




このエピソードで描いた道が開ける描写ですが、ぜひ実際のレース映像を見てください。
誇張でもなんでもなく、絶妙なタイミングで絶妙な進路が気持ちが良いくらいにポッカリと開きます。

それはまるでフサイチコンコルドにダービーを獲らせようと『何か』が働きかけたんじゃないかと思える程に奇跡的な光景でした。

もしかしたら、この光景は『神に選ばれた馬』と称されるフサイチコンコルドだからこそ起きた"本当の奇跡"なのかもしれません。
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