名家の誇りを胸に、世界を見据えるダンスインザダーク。
仲間と両親の想いを背負い、今を必死に駆け抜けようとするフサイチコンコルド。
誇り高い一族の血をその身に受け継ぎながら、対照的な人生を歩んできた2人の雌雄がまもなく決する…
「ダーク。明日はダービーね。勝てそうなの?」
「大丈夫。いけますわ」
「ダービーはダービーだ。気は抜かないように」
「ええ。もちろん」
ダービーの前日。
ダンスインザダークは姉たちと食卓を囲んでいた。
長姉・ダンスリムリック。
現在、怪我のため療養中。
GⅠ勝ちはまだないが、長距離重賞を3勝、ダービー2着など堅実な走りを見せる仕事人。
次姉・ダンスパートナー
昨年のオークスウマ娘にしてURA最優秀ティアラウマ娘。
実力もさることながら、昨年のオークス制覇後は果敢にも海外挑戦。
海外では勝ち星は挙げられなかったが、日本のウマ娘の新たな進路を切り拓いた開拓者。
今年は国内タイトルの奪取に力を入れている。
「でも、あなたのライバル、バブルガムフェローは骨折でいないんでしょ?あなたの今の充実ぶりを考えると、日本ダービーは簡単に獲れそうね」
「パートナー、それは考え方が甘すぎる。ダービーは簡単に獲れないからこそ、特別なんだ。一瞬の気の迷いや驕りが敗北に繋がる。過度な肯定は逆効果だ」
「リムリック姉様、パートナー姉様、大丈夫です。私は抜かりなく準備が出来ています。パートナー姉様の言う通り、私は今、充実期に来ていますし、リムリック姉様の言うようにダービーに侮りは禁物ともわかっています。どちらの話も理解した上で、私にはダービーを獲る自信がある!」
ダンスインザダークは堂々とした顔立ちでダービー制覇への自信を漲らせる。
「そうか。ならいいが。ところで、ダービーの後の目標はどう考えている?」
「ダービーの後は菊花賞を狙います。そこから年末の有馬記念でシニアクラスに挑みます。そして、来年にはパートナー姉様のように"世界"を目指すつもりです!」
「…」
「…」
ダンスインザダークが発した言葉を聞いた2人が動きを止める。
「あれ?私、何かおかしなことを言いましたか?」
予期しない姉2人の行動にダンスインザダークは少し困惑する。
「いや、おかしなことではないし、立派な志だ。私も期待しているし、応援したいが…」
「私も同じよ。日本のウマ娘はもっと世界へ出ていかなくては行けない時期にきていると思う。あなたはその先駆者になるべきよ。ただ…」
「ただ?」
「ダーク。世界と戦う準備は出来ているか?これは実力の話じゃなく、精神力の話だ」
「世界と戦う精神力?もちろんありますわ。私は既に日本のどんなレースであろうと動じない。明日のダービーですら心を乱していないんですから、もう日本のレベルでは収まりません」
「…」
「…」
姉2人は再び顔を見合わせて口をつぐんでしまう。
「それでは、ダメなんでしょうか…」
姉2人の反応にダンスインザダークはさらに戸惑う。
「ダメとかではないのよ。ただ、心配で…」
「心配とは何がですか?」
「目標を高く持つことはいいことだ。ただ、大事なことはそこじゃない。本当に大事なのは世界のレベルを知った後の立ち直りだ。私もなかなか苦労した。自分自身を信じられなくなるほどに、打ちのめされた…。あの感覚はとても言葉で伝えられるものじゃない…」
「姉さんの言う通りよ。私もあの感覚をあなたに教えることは出来ない…。身をもって知って初めてわかるわ。世界の恐ろしさを…。でも、それを乗り越えた先に世界での成功はあるのだから、いつか必ず経験はするでしょう」
姉2人が口を揃えて、世界のレベルの高さを語る。
「お姉様たちはどんな経験をしたのですか?」
そんな姉2人の表情を気にしてか、ダンスインザダークには先程までの威勢の良さはなく、少し神妙な面持ちだ。
そして、ダンスインザダークが姉2人に彼女たちの経験談を聞く。
「私は日本でしかレースをしていないが、世界レベルを経験した。全盛期の
ダンスリムリックはまるで思い出したくない経験かのようにナリタブライアンの強さを語る
「私もフランスで世界の恐ろしさを知った。あの時の私では何度挑もうとも勝ち負けにすらならない…。だから、私は国内でもう一度頂点を獲ろうと決めたわ」
ダンスパートナーもまた自分自身に失望するかのような表情でフランスでの経験を話す。
「…」
そんな2人を見てしまい、ダンスインザダークも表情が曇る。
「パートナーがどう感じたかはわからないが、私はこう感じた。あの怪物と競うのが『怖い』と。順位や着差、タイムの話ではないんだ…。ただただ、同じ空間で走っていることが怖かった…」
「私も近い感情でしょうか。一緒に走った海外のウマ娘の眼は皆恐ろしかった。皆あれほどの実力を持ちながら、決して驕ってなどいない鋭い目つき。きっと世界の頂点に立つウマ娘から見れば、私と走ったあのウマ娘たちも"平凡"でしかないのでしょう。それぐらいに世界は果てしないのです…」
「そうですか…。私もいつか経験するのですね…。では、その時までに身も心ももっと鍛えましょう。明日のダービー、私の相手は己自身。全身全霊をもって昨日までの自分を超えるつもりで挑みます!」
先頭はサクラスピードオー!
サクラスピードオー、1バ身のリード!
さらにその後ろから3番のダンスインザダーク来た!ダンスインザダーク来た!
[これが、お姉様たちが言っていた『恐怖』…。確かに初めての感覚です。ですが、だからなんだと言うのですか?既に先頭は捉えた。私の勝ちは揺るがない。あとは、この感覚を振り切るだけよ…]
ダンスインザダークは完全に進路を確保し、先頭だったサクラスピードオーと追い縋るメイショウジェニエを苦もなく捉え、振り切る体勢に入っている。
外から見る者たちからすれば、その光景は当然の光景だった。
何故なら、そのような状況が出来上がることが必然であるかのような完璧なレース運びだったからだ。
その場にいる誰もがダンスインザダークの勝利を確信した…はずだった…。
ザワザワ
「余力のない先頭はもうすぐ振り切る。なのに、何故…?先程の感覚が全く振り切れない…。勝敗はもう決した!なのに、この私にいつまでも刃を突き付ける不届者は誰!?」
いつまでも纏わりつく不快な感覚に苛つきを覚えたダンスインザダーク。振り返った彼女の目に映ったのは…
さらにその後ろからフサイチコンコルド!
「あなたは…中盤まで私をマークしていた方ね!何でここにいるの!?あなたは一度、私の側から離れたでしょう?」
「そんなの…知らない…。でも、君の"おかげ"で僕はここに辿り着くことが出来たんだ。それにはお礼を言わないと。ありがとう」
「何を訳の分からないことを!まだ私を抜かしてもいないのに!傲慢な不届者め!」
それは府中の長い直線の残り300mでの出来事。
単独先頭に躍り出たダンスインザダークに襲い掛かる赤と黄色の勝負服のウマ娘。
その光景を目の当たりにした18万人のほぼ全ての観客が思った。
『ダンスインザダークに迫るあの子は誰なんだ?』と。
完璧なレースを展開した主役に抗える者などもういない。
そう考えていた観客たちに、想定外の現実を突きつける名も知らぬウマ娘。
しかし、そのウマ娘が繰り出す凄まじい末脚は観客の認識を瞬く間に塗り替えていく。
まだ粘る子がいたんだな
頑張ってるが、届かないかな
意外と伸びるな…
もしかして、届くんじゃないか?
頑張れ!あと少し!
これ、いけるんじゃね?
たぶん差し切るぞ…
行け!行け!勝っちまえ!
思わぬ伏兵の登場を観客は、初めは驚きをもって迎える。
だが、確実に主役を追い詰めていく名も知らぬ伏兵の力強い末脚に、いつしか観客は魅了され、声援を送るようになる。
驚きを持って迎えられた伏兵は瞬く間に観客の心を掴み、主役に並び立つ好敵手の座を射止めていた。
「「「いっけー!!コンコルドー!!!」」」
凄まじい脚でダンスインザダークに追いつかんとするフサイチコンコルドに観客席で見守るチームメイトもまた声を張り上げて声援を送る。
仲間はみなフサイチコンコルドを認めていた。
無限の可能性を抱かせてくれる圧倒的な天賦の才能を認めていた。
自分の体にハンデがあっても、たくさんの不運に見舞われても、決して努力をやめない直向きさを認めていた。
だからこそ、仲間はみな願った『コンコルドがダービーウマ娘になれますように』と。
そんな仲間の声援に、想いに応えるかのように、一直線に伸びていくフサイチコンコルドの爽快な末脚が、前を行く主役の影をついに捉える。
外からフサイチ!外からフサイチ!
外からフサイチコンコルド!
「くっ、追いつかれた…。ですが、競り合いなら私も負けません!いざ、勝負!」
ダンスインザダークは並びかけてくるフサイチコンコルドに危機感を覚えるが、不屈の闘争心で迎え撃つ構えをとる。しかし…
「ごめんね。君と競り合っている時間はないんだ…」
「えっ?それはどういう…?」
「僕の"Target"は君じゃないんだ。君は僕をここまで導いてくれる"Guide"。だから、君には申し訳ないけど、僕は先に行く。じゃあね!ハァァァ!」
並びかけたと思ったのも束の間、フサイチコンコルドは競り合う暇など与えずにダンスインザダークを一瞬で千切り捨てる。
「待って…何なのですか…その眼は…。何故、あなたは私を見ていないの…。あなたの敵は一体誰なの…」
鮮やかにダンスインザダークを抜き去っていくフサイチコンコルド。
それに対してダンスインザダークは必死に追いつこうとする。
しかし、その最中にダンスインザダークは気付いてしまう。
自分を抜き去っていく名も知らぬウマ娘の眼には必死に競り合おうとする自身の姿が既に映っていないことを。
先頭はダンスインザダーク!
しかし、コンコルドだ!コンコルドだ!
「ダメだ…レベルが…違いすぎる…。"今の私"では彼女には絶対に勝てない…。ああ、これがお姉様たちが言っていた"世界レベル"なのね…」
ダンスインザダークの心に驕りや慢心は一切なかった。
漲る自信は己の研鑽の賜物であり、溢れ出る闘争心もダービーという特別なレースに勝つことの価値と難しさを理解しているが故のもの。
だからこそ、ダンスインザダークは彼女との実力差を一瞬で理解してしまい、戦意を根こそぎ奪われてしまった。
完璧な準備を行い、完璧な作戦を携え、己が持つ才能を完璧に出し切りながらも、なお届かないフサイチコンコルドの才能が
そして、その領域に自分がまだ踏み入ることが出来ていないことを。
ダンスインザダークの戦意喪失によりダービーの勝敗は決したのだった。
「ようやく辿り着いた…。さあ、ここからが僕の"本当の"勝負だ!」
ダービーの勝敗は決した。
栄光のゴールまで遮るものはない。
しかし、フサイチコンコルドはその脚色を緩めず、さらに加速しようとする。
何故なら、フサイチコンコルドには倒すべき『本当の敵』がまだ残っているからだ。
「行きなさい、コンコルド。お前の自由のために…」
それは本当の自由を勝ち獲るための一撃だった。
「勝って…コンコルド。あなた自身の手で未来を掴んで…」
それは自らの意志で未来を掴むための一撃だった。
「行け!コンコルド!世界に届く、お前の脚を見せてみろ!!」
それは埋もれていた才能を世に知らしめるための一撃だった。
「僕はもう
その末脚は仲間とシンジ、そして両親の想いを背負ったフサイチコンコルドが放つ
外から音速の末脚が炸裂する!!
フサイチコンコルド!!!
「なあ、コンコルド。お袋さんとは最後に何話してたんだ?」
「えっ?ああ、僕の名前の由来の話です」
「へー、なんでまたそんな話をしたんだ?」
「レースに向かう僕への励ましですよ」
「励ましか…なるほど。で、お前の名前はどっちが付けたんだ?」
「母さんです」
「そうか。お袋さんセンスあんな」
「何でですか?」
「そりゃ、お前の切れ味ある末脚を予見してる名前だからだよ。音速飛行機の『コンコルド』が由来だろ?」
「あっ、それなんですけど、違いますよ。僕もそうかなって、思ってましたけど。違うって、さっき母さんが言ってました」
「あん?違うのか?じゃあ、お前の『コンコルド』の由来ってなんだ?」
「コンコルドはフランスにある広場の名前『コンコルド広場』かららしいです。まあ、大元の意味自体はどっちも一緒で『調和・協調』っていうフランス語からみたいですけどね」
「なんかスケールがメッチャ落ちたな…」
「そんなことありませんよ。むしろ、僕が背負うには大きすぎる名前です」
「どこが?"たかが"広場の名前だろ?」
「コンコルド広場は『凱旋門』の"前にある"広場ですよ。その広場から伸びる『シャンゼリゼ通』を真っ直ぐに歩いて行くと『凱旋門』に行き着くんです。つまりはそういうことです」
「ハハハ…。確かに大層な名前をつけられたもんだ…。もし、名前通りの人生を歩まなくちゃいけないなら、日本ダービーを獲るってのはただの"出発点"にすぎねぇ〜な!」
「やめてください、もう何かに縛られて生きるのはごめんです。僕は自由に生きます。でも、せっかく夢のある名前をつけてくれた母さんのためにも、日本ダービー"くらいは"勝っておこうと思います」
「おう!やってやろうぜ!相棒!」
「ええ。任せてください。相棒!」
勝ったのはフサイチコンコルド!!
そして、2着にダンスインザダーク!
今、今一つのトゥインクルシリーズの常識が覆された!
フサイチコンコルド!
なんと!
わずか3戦目でダービー制覇!!!
ゴールまで残り300m地点からのダンスインザダークとフサイチコンコルドの一騎討ちの場面もまた見応えのある名場面です。
全力で逃げるダンスインザダークに次元の違う末脚で迫るフサイチコンコルド。そして、馬体が並んだ瞬間にもう一段ギアが上がるフサイチコンコルドの末脚は本当に素晴らしく、実況が『音速の末脚』と讃えるのも当然だなと思えるくらいに爽快なものです。
エピソードの最後にあるフサイチコンコルドの名前の由来はファンの方々にとっては有名な話ではありますが、このダービーの末脚はまさにその名の通りに大きな夢を抱かせてくれるものだったと思います。