達成感に満たされる者、喜びを分かち合う者、夢破れ悔やむ者、敗北を乗り越え再び挑もうとする者。
それぞれがそれぞの想いを馳せる。
「ウソやろ…。ワシのダービー制覇の夢が…」
観戦席で見守っていた橋本が力無く項垂れる。
「何で、あの展開でダークが差されるんや…。ダークのレースは完璧やった。しかも、あの子があのタイミングで動かんかった時点で、道が閉ざされた時点で、このレースの勝ちは確定したはずや…。それが、何でまた道が開けんねん…」
レースを回想しながら信じられないといった表情で橋本は呆然とターフを見つめる。
「あれや…。あの時から全てが狂った。プリンシパルステークスで見定めができとったら違ったんや…。ワシはすみれステークスの走りを見てあの子に危機感を感じた。だから、大先生にわざわざステップレースを挟ませるように言うたのに、肝心のあの子は体調不良で回避って…何やねん。どんだけ、神様はあの子に"肩入れ"するんや…」
見初めた時からダービー制覇の夢を思い描く程の運命の出会い。
それは地方から身を起こし、業界のツテなどに頼らず、己の工夫と熱意で今の地位まで辿り着いた橋本にとって、悲願を叶えてくれるであろうダイヤの原石。
そんな長年探し求めていたダイヤの原石だからこそ、橋本は今回のダービーでは自身の立ち位置をあくまで『見出し役』と『アドバイザー』に止め、"実務"を現役No.1の腕前を誇る奈瀬に任せた。
それはダービー制覇の称号よりも、実を優先した保険に保険を重ねた堅実な布陣。
しかし、その堅実で周到な計画は"神の見えざる力"によって脆くも崩れ去ってしまったのだった。
「やった…。勝てた…。良かった…。みんなの想いが無駄にならなかった…。良かった…」
まだ、息が上がる中、フサイチコンコルドは勝利の喜びを噛み締める。
みんなで繋いだダービーへの道。それを勝利という最高の形で応えてみせた。フサイチコンコルドは人生最高の達成感に満たされていた。
「コンちゃん!やったーーー!」
「えっ?シンイ!?!?」
喜びに浸るフサイチコンコルドの背後からフサイチシンイチが猛スピードで抱きつき押し倒す。
「良かったねー!最後ヤバかったね!マジ、末脚ぱねー!」
「えっ、ちょっ、苦しい…」
フサイチシンイチがフサイチコンコルドの体を抱き寄せ喜びを爆発させるが、フサイチコンコルドは首が締まっていて苦しそうな顔をする。
「シンイチ、ちょっと苦しいから、どい…」
「やったー!コンコルド!」
「コンコルドすご〜い!」
「ダービー勝ったー!」
「焼肉決定だー!」
「えっ、ちょっとみんなまでー!?」
抱き合いながら倒れるフサイチコンコルドとフサイチシンイチの上に他のチームメイトものしかかり、人だかりの山が出来上がる。
「ダメだ…。潰れる…。誰か助けて…」
「お前らいい加減にどけ!コンコルドが死ぬだろうが!」
「あっ、トレーナー…」
苦悶の表情を浮かべるフサイチコンコルドの頭上にシンジが現れる。
「コンコルド。よくやった。おめでとう」
「あっ、はい。ありがとうございます」
地面に倒れるフサイチコンコルドにシンジが優しく声をかける。その目には薄らと涙が滲んでいるようだった。
「完璧な走りだった。きっと親父さんもお袋さんも喜んでる。最高の親孝行だ。よくやった」
「そうですね…。やっと、親孝行が出来た気がします…。でも、これはみんなのおかげです。僕1人じゃ、出来なかった…。僕はこのチームに入れたことを、トレーナーに出会えたことを誇りに思います…」
「ああ。俺もだ。俺のチームに入ってくれてありがとう…」
そう言ってシンジはフサイチコンコルドに手を差し伸べて、フサイチコンコルドを立たせ見つめ合う。
「…」
「…」
「何だお前らー!こんなとこで、良い感じ出すんじゃねぇーよ!私ら、立ち位置に困るだろーが!とぅ!」
バキッ!
「グヘッ…。テメェ…やりやがったな!」
2人の間に流れる良いムードに苛立ったチーム最年長のウマ娘がシンジに飛び膝蹴りを喰らわせる。喰らったシンジはヨロケながらそのウマ娘を睨みつける。
「辛気臭いんだよトレーナー!さっきまで派手なガッツポーズと雄叫びあげてたじゃねぇ〜か。何、コンコルドの前でスカしてんだよ!まあいいや!とりあえず、お前らコンコルドを胴上げだー!」
「「「「はーい」」」」」
「そうだな…。しんみりしちゃあ、ウチのチームらしくねーな!よし胴上げだ!」
「えっ?ちょ?えー」
リーダーの号令に対して、他のウマ娘たちは一糸乱れぬチームワークでフサイチコンコルドを取り囲み、胴上げの準備に入る。
「そーれ、わっしょい、わっしょい、わっしょい、わっしょい…」
瞬く間に担がれたフサイチコンコルドが数度宙に舞った。
「よーし!胴上げお終い!この後のライブの…」
「すみません!少し、お話を宜しいかしら?」
「おっ、これはこれはダービー2着のエリートコンビ様じゃねぇか!奈瀬さん、ご無沙汰っス。で、何か用か?」
胴上げが終わり、チームの輪が解散しようとした時にシンジの背後から声が掛かる。
その声に反応して振り返るとそこにはダンスインザダークと奈瀬がいた。
「藤間君。今日は我々の完敗だ。鮮やかなレースだった。相変わらず、君のレースは予想外のところから来る。セオリーが通じないな…」
「まあ、そりゃ、そうっスよ。完璧なレースをする奈瀬さんには『予想外』で対抗するしか勝てないんスから。でも、今日勝てたのはコイツのおかげっス。自分は何もやってないっスよ」
「そうか…。しかし、素晴らしい選手だね彼女は。次の菊花賞は必ず君たちをマークするよ」
「いやー、それはやめてくださいよ。お手柔らかにお願いしまっス」
奈瀬のライバル宣言にシンジは渋い顔をする。
「それは無理ですわ。彼女のレベルは身を持って知りました。私はあなたをライバルと認めます!次は必ず私が勝ちますわ!」
シンジの発言に対して、ダンスインザダークも釘を刺すようにライバル宣言をする。ダンスインザダークは悔しそうな雰囲気があるものの、新たな好敵手の出現に胸が踊っているようで、フサイチコンコルドに握手を求める。
「わかった…。僕も今日勝てたからって侮らない。君は強かった。でも、次も僕は君に勝つよ」
そして、フサイチコンコルドもまた同じ感情を抱いているようで、ダンスインザダークが差し伸べた手に握手で応える。
「では、また次のレースで会いましょうね。フサイチコンコルドさん」
「はい。よろしくお願いします。ダンスインザダークさん」
ダンスインザダークはペコリと一礼して、その場を立ち去る。
「なかなかの大物にマークされたな。次はたぶんこうはいかない。秋までにもっとお前の末脚を磨くぞ!」
「はい」
ダービーが終わり、勝利の余韻がまだ残ってはいたが、シンジもフサイチコンコルドも既に次を見据えた目をしていた。
「観に来てよかったわ…」
「そうか。それはレースに勝ったからかな?」
「いえ、レースに勝ったからではありません。あの子が"自由に"生きている姿が見られたからです。あの姿が私が望んだ姿。もう、私の心配は必要ないみたいね…」
「ああ、そうだ。あの子はもう自由だ。私たちの願い通りに自由に生きているよ」
「そうね…。それにしてもあの子は凄いわね。初めてのグレードレース、初めてのGⅠで勝つなんてね。日本とはいえ、こんな奇跡的なことはないでしょう?」
「そうだろうか?確かに側から見ればそうだが、あの子は君のお母様の孫だ。"3戦目"にGⅠを勝つのは君の血筋のおかげじゃないかい?」
「フフフ…。確かにそうね…。こればかりはお母様に感謝しなければ…。でも、あなたの血筋のおかげもあるでしょう?あなたのお母様の最後の娘さん、あなたの一番下の妹が昨年、あの子以上の大偉業を成し遂げたじゃない?たった4戦での『ヨーロッパ三大タイトルの完全制覇』をね」
「確かにね。まったく、こればかりは私も母に感謝しなくては…私の末の妹『ラムタラ』。別名『神のウマ娘』。コンコルドにも妹と同じ血がいくらか流れているのなら、あの子もまた『神様に選ばれた』子なのかもしれないね…」
「そうかもしれないわ…。ねぇ、私はあの子がずっと神様に嫌われていると思っていたわ。でも、今この光景を見て思います。あの子にも間違いなく神の祝福はありました。神よ、感謝いたします…」
「ああ。あの子にも神の祝福はあった。そうでなくては僕らの目の前にこんな夢のような光景があるはずないのだから…」
フサイチコンコルドの両親は観客席の最前列からたくさんの拍手と歓声を浴びながら満面の笑顔で応える我が子を見つめていた。
フサイチコンコルドはトゥインクルシリーズ史上初の『キャリア3戦目でのダービー制覇』を成し遂げた。
後に『和製ラムタラ』『音速の末脚』と称されるフサイチコンコルドの成した偉業は、何年経ってもトゥインクルシリーズの歴史に輝き続けることになる。
レースの決着が着きましたので、今回も少し長めに後書きを書きたいと思います。今回は物話の構成の話を中心に。
フサイチコンコルドの物語を書くにあたってテーマにしたかったのは神様とフサイチコンコルドの『関連性』でした。
やっぱり『神の馬』と称された馬ですからそこらへんは外せないなと思いましたが、冷静にエピソードを拾うと神様、コンコルドに辛すぎる(笑)
『神の恩恵』というものがあったとして、恩恵らしい恩恵は『天性の走りの才能』と『ダービーの幸運』くらいしかない。
むしろ、『神様、フサイチコンコルド嫌いすぎる』ということで、だったら、フサイチコンコルドとトレーナーと仲間が『神様に叛逆した方が絵になるな』と思い、この物語になりました。
ただ、自分が思うに、史実のフサイチコンコルド陣営もたくさんのアクシデントがありながら、この馬の能力を一度たりとも疑ったことがないくらいにフサイチコンコルドを献身的に支えていました。
そういった史実もあるので、この馬の物語に『奇跡』というものがあるのなら、それは『神様に授けられた何か』ではなく、馬と人との絆によって『神様に一矢を報いたこと』が『奇跡』だったんじゃないかなと考えて物語をこのように描きました。
さて、次回が最終話になります。
ダービー後の2人はどのように過ごし、現在に至り、これからを歩むのでしょうか?あと少しだけ、物語にお付き合いください。