その秘密はレースの本場ヨーロッパのウマ娘の歴史に関わることだった。
日本のレース文化とは違うヨーロッパのレース文化の真実とフサイチコンコルドが背負うものの正体とは…。
「これは失礼した。私はフサイチコンコルドの父です。お話は予々聞いています。娘を良くしていただいているようで、感謝します」
フサイチコンコルドの父親は日本人以上に丁寧な日本語でシンジに対して感謝の言葉を述べる。
「いえ、あのー、先程は失礼な言動をしてしまい申し訳ありませんでした…。いつも娘さんにお世話になっています。藤間シンジと申します。トレセン学園のトレーナーやってます…はい」
シンジとフサイチコンコルド、そしてフサイチコンコルドの父親の3人は宿舎近くの喫茶店にいた。レース場での立ち話も難だからとシンジが場所を移したわけだが、初対面の態度の悪さに気まずくなっているシンジは普段からは想像もつかない程に萎縮している。
「そう畏まらないでください。コンコルドからはあなたが良いトレーナーだと聞いています。とても熱いハートの持ち主で、チームの子たちからも非常に信頼されていると。私は娘のトレーナーがあなたで良かったと思っていますよ。なかなかにワイルドな佇まいも含めてね」
「いえ、そう言っていただけて何よりなんですが、先程の振る舞いは失礼かなって思うので、今後改めます…」
「…クスクス」
[うぜー、コンコルドのヤロウ。笑いまくってやがる…。後で覚えておけよ…]
父親の隣に座っているフサイチコンコルドは普段とは180度態度が違うシンジの振る舞いに笑いを堪えられない。そして、その様子が視界に入るシンジは恥ずかしさで怒りが込み上げていた。
「今日は娘のデビュー戦ということで観に来ました。私は今、大阪に住んでいるので、娘が気を遣って関西方面のレースを選んでくれたようです」
「そ、そうですか…。親御さん思いのいい娘さんですね…[コイツー。俺には『遠征慣れするために』って言ってたくせに…。本当は親父に見せたかっただけかよ!]」
普段の振る舞いからは考えられないほど、小悪魔的な対応をするフサイチコンコルドに対して、シンジは苦笑いの連続だ。
「娘は内向的な性格でいろいろとトレーナーさんは苦労されるかと思いますが、どうか娘のことをよろしくお願いします」
フサイチコンコルドの父親は丁寧な日本語で感謝を口にする。
「いえ、そんなことありませんよ。チームメイトとも上手くやっていますし、何よりもチームメイト全員が認めるほどの走りの才能がありますから、自分としてもこの子を見守ることが今の一番の楽しみですよ」
そんなフサイチコンコルドの父親に対してシンジも丁寧な言葉選びでフサイチコンコルドを褒める。
「それはよかった。これからも頑張りなさい」
「はい」
フサイチコンコルドの父親は嬉しそうな表情で娘を見つめていた。
「あの、失礼な質問かもしれませんが、コンコルドの容姿もあなたの容姿も欧米人のそれだ。きっとあなたの奥さんもそうだと思います。なのにどうして、コンコルドは日本国籍を持っているんですか?」
「あっ、それは…」
「コンコルド。彼に何も話していないのかい?」
和やかな雰囲気で会話が続いていたが、シンジの率直な質問に場の雰囲気が変わる。
「はい…まだ話していません…」
「もしかして、体質のこともかい?」
「……はい」
先程まで明るく振る舞っていたフサイチコンコルドが急に静かになる。
「まったく…。それだけは事前に伝えておかないとトレーナーさんに迷惑が掛かるとあれだけ言ったじゃないか…。すみません。この娘の体質のせいでトラブルは起きていませんか?」
「それは…」
「何かあったんだね?本当にこの娘は…。コンコルド。一度、席を外しなさい。私から彼に話す」
シンジのちょっとした挙動からフサイチコンコルドの父親は何かがあったのだと確信を持つ。
「でも…」
「ルールを先に破ったのは君で、これはペナルティだ。席を外しなさい!」
フサイチコンコルドの父親は先程までの穏やかな口調から一変して厳しい口調でフサイチコンコルドに"ペナルティ"を言い渡す。
「すみません。連絡をしなかったのは自分の判断です。確かに病院に行ったことはありましたが、大したことはなかったので、連絡は入れなくてもいいと自分が判断したんです。コンコルドは何も…」
フサイチコンコルドの父親の剣幕に対して、シンジがフサイチコンコルドを庇う発言をする。
「コンコルドを庇ってくれたことは嬉しいですが、それではダメなんです。私はこの娘に『些細な病気でもトレーナーには必ず親に連絡を入れるようにお願いする』というルールを課したのです。もし、この娘がルールを"守っているなら"あなたは私に連絡を入れていなければおかしいのです」
「…」
シンジの咄嗟の行動にフサイチコンコルドの父親はありがたさを感じではいるが、それが真実ではないことを一瞬で見抜く。
「さあ、コンコルド。あっちに行きなさい。私とトレーナーさんで話をする。話が終わったら連絡するから待っていなさい」
「…はい。わかりました…」
フサイチコンコルドは抵抗を諦めてトボトボと店を出て行った。
「すまないね。娘の初勝利を祝いたい気持ちはあるが、それ以上に大切なことがある。ご理解いただけるかな?」
娘を立ち退かせたフサイチコンコルドの父親だが、フサイチコンコルドが店から出て行ったことを確認すると、すぐに元の表情に戻る。それは、あくまで表面上で怒りを表しただけとすぐにわかるほどに穏やかな表情だった。
「お気になさらずに。正直、自分もコンコルドが何を秘密にしているのかが気になっていましたから、親御さんと話をする機会が早く訪れて安心しています」
それを察したシンジも冷静な対応をする。
「そうですか…。いろいろとすみませんね…。あなたはあの娘の体質のことを医者から聞いているでしょう?」
「そうですね。『逆体温』という特異体質と聞いています。確かに体調管理が難しく、なかなかデビューが出来なかったです。レース直後の今は大丈夫そうですが、この後の反動があるかもしれません。なので、次のレースは1ヶ月以上は間隔を空けます」
「そうですね。理解が早く、助かります。決して無理だけはさせないでください。あの娘は無茶をしがちですから」
「もちろんです。焦らずにゆっくりと調整します」
シンジは毅然とした態度でフサイチコンコルドのこれからを語る。
「ありがとう。さて、話を戻して、あなたの質問に応えるとしましょう。私と妻はもともとイギリス、正確にはアイルランドの出身です。ただ、妻があの子を身籠ったタイミングで日本に移住しました。もう、15年以上前のことでしょうか。そこから私たち夫婦はすぐに日本に帰化しました。なので、私も妻も、この子も"日本人"です」
シンジの堂々とした態度にフサイチコンコルドの父親も安堵の表情を浮かべる。
そして、話の一区切りをつけて、シンジの質問に応える。
「そうでしたか…。どうして、日本に来たんですか?」
「理由の一つは私たちが日本が好きだったからです。見ての通り、私たちは日本語に不自由していないほどに日本に馴染んでいます。まあ、大阪に住んでいながら『関西弁』は話せませんがね」
「そうですか…。では、"一番の"理由はなんですか?」
シンジがフサイチコンコルドの父親との会話の中にある微かな違和感に鋭く切り込む。
「良いですね。些細な会話からでも情報を得る。あなたにもトレーナーとして必要な資質の一つがしっかりと備わっているようだ。一番の理由は『妻が母国に居場所を無くした』からですよ」
フサイチコンコルドの父親はシンジの鋭い質問に対しても余裕のある顔で対応し、理由を話す。
「それじゃあ、まるで『故郷を追い出された』みたいな話じゃないですか?何があったんですか?」
想定していた理由よりも遥かに重い理由にシンジは一瞬困惑する。
「まあ、だいたいそういう意味で間違いないですよ。ただ、この話の詳細を説明するにはまず、ヨーロッパのレース界、ひいてはヨーロッパにおけるウマ娘の歴史について話してからでないとわからないでしょうから、まずはそこから話を始めますね」
困惑するシンジをよそに、フサイチコンコルドの父親は淡々と会話を続ける。
「ヨーロッパにおいてウマ娘のレースというものがイベントとして認知され、文化として定着したのは日本よりもずっと早い。それは1000年以上昔から続く伝統的なものであり、300年前あたりからはレースに名前がつけられ、レースの勝者やタイムが文献に記録されていたほどです。そして、その中でもイギリスは世界の中で最も早くウマ娘のレースというものを『国家行事』としました」
「自分もトレーナー養成所の座学レベルですけど、知ってます。イギリスが『近代レース』の礎を築きたあげたと。そして、日本のトゥインクルシリーズはイギリスの近代レースの体系に倣って作られていると」
「ええ。おっしゃる通りです。日本のレース体系はイギリス式のレース体系を模範として作られた。ただ、倣っているのは"体系だけ"で、イギリスと日本ではレースで競うこと、勝つことの意味が全く違う」
「レースの意味?」
「先に断っておきますが、私は日本のトゥインクルシリーズが好きです。特にオグリキャップが引き起こした日本全土を巻き込んだレースブームは本場であるイギリス出身の私から見ても驚くべきことであり、感動すら覚える素晴らしいものだった。ウマ娘のレースが日本において、一般の人々を熱狂させる"スポーツイベント"として、"エンターテイメント"として確立されていることに私は敬意を表します」
フサイチコンコルドの父親は日本独自のレース文化を褒め称える。
「…その言い方だとイギリスではウマ娘のレースはスポーツイベントでもなければ、エンタメでもないということでしょうか?」
シンジはトゥインクルシリーズのことを褒めるフサイチコンコルドの父親の言葉の裏側にある本当の意味を察したようだ。
「そうです。もちろん今はヨーロッパでも一般にレース文化は普及していて、エンターテイメント性も帯びています。ただ、もともとのヨーロッパのレース文化、特にイギリスでは支配者階級の『権力闘争』としての側面があります」
「権力闘争ですか?かなり物騒な表現ですが、昔のレースはそんな物騒なもんなんですか?」
「ええ、日本のようなスポーツイベントとは真逆の"真剣勝負"の場でした。王室がレースの主催をするイギリスでは、大レースに勝つとその勝者の一族や勝者の支援者は王室から勲章という名の"お墨付き"をもらえます。それは階級意識が強いイギリスにおいて絶大な影響を持ちます。それこそ、庶民が貴族に成り上がれるくらいにはね」
「庶民から貴族なんて、生活環境が一変しますね…」
シンジは話のスケールの大きさにいくらか圧倒されている。
「まさにその通りですよ。だから、才能あるウマ娘の確保に人々は必死だった。最初はスカウトによる専属契約が主な手段でした。そこからレーサーを育成するトレーナー業が発展し、それを大規模に効率的に行うレースクラブの設立が一般化します。そして、最終的には計画的な結婚による『サラブレッド』と呼ばれる"レーサーになるため"の『家系』まで出来てしまうほどでした」
フサイチコンコルドの父親はヨーロッパの事情を包み隠さず話していくが、その表情にはどこか嘲笑混じりな部分がある。
「確かに、日本にはそこまでの重いものはありません。あくまで学生スポーツの一環ですから、それで社会的なものまで変わるもんじゃない。ヨーロッパは凄まじいですね…」
「そうでしょう。だからこそ、私は日本のレース文化が好きなのです。だって、未来ある子供たちを大人のエゴに付き合わせるなんてナンセンスでしょう?レースは日本のような健全なスポーツマンシップに則ったカタチが本来のあるべき姿だと私は思うのです」
フサイチコンコルドの父親は自身が抱える疑念と本心をシンジにはっきりと訴えかける。
「あなたの話を聞くと、日本のウマ娘たちは恵まれているんだなと思いますよ…。ヨーロッパのレース界事情は分かりました。それは分かりましたが、あなたの奥さんが母国に居場所を無くした理由とはどんな関係があるんですか?」
話を理解できたシンジが次の質問を投げかける。
「私の妻、あの子の母親の名前はバレークイーンといいます。妻は小学生くらいまでは大レースに出るための教育を受けていました。ただ、妻は先天性の脚部不安と繊細な気性を持ち合わせてしまったために、デビューする前にレーサーの道からドロップアウトしてしまいました。それが原因で妻のお母様、ひいては親族からも『落ちこぼれ』の烙印を押されてしまい、肩身の狭い思いをしなくてはいけませんでした」
フサイチコンコルドの父親が妻の出生について語るが、その表情はどこか寂しそうだ。
「…。デビュー出来ない子は日本にもたくさんいますが、流石にそこまでの差別は受けない。ヨーロッパは厳しいんですね」
またも展開されるスケールの大きな話にシンジは再び困惑する。
「ここまで厳しい扱いをするのはサラブレッドの一族だけですよ。まあ、不幸なことに妻はサラブレッドの一族の生まれです。とはいえ、もともと由緒ある一族ではなく、妻のお母様が祖の新興の一族でしたがね」
「それはつまり、コンコルドのおばあさんが一族を作り上げたってことですか?おばあさんはそんなに凄い人なんですか?」
「ええ。歴代のイギリス・アイルランド出身選手のトップ30くらいに名前が必ず挙がるほどには。妻のお母様の名はサンプリンセスといいます。走ったレースは僅かに10戦ですが、エプソムオークス・ヨークシャーオークス・セントレジャーに勝って、凱旋門賞で2着・キングジョージで3着にもなった名選手です。特にエプソムオークスのパフォーマンスは圧巻で、レース史上最大着差の12バ身をつける歴史的な圧勝劇でした。妻はその娘で、コンコルドはその孫です」
「マジか…コンコルドのばあちゃん、超エリートじゃねぇか…」
フサイチコンコルドの父親が明かす祖母の実績にシンジは目を丸くする。
「そして、妻はお母様の実績があるということで、サドラーズウェルズから特別に直々の英才教育を受けていました」
「はっ?サドラーズウェルズ?!今のヨーロッパのレース界を牽引する名指導者じゃねぇッスか!」
「さすがに知ってますか…。『サドラーズウェルズの教えを受けないとヨーロッパのトップにはなれない』とまで言われている、現在のヨーロッパレース界最大勢力の指導者。妻はアイルランドの名選手の娘で、かつサドラーズウェルズから直接英才教育を受けていたウマ娘です」
「なんだそれ?コンコルドのお袋さん、超が何個も付くエリート中のエリートじゃねぇ…じゃないですか…」
フサイチコンコルドから明かされる更なる大物の名前にシンジは更に驚愕する。
「まあ、確かにそうですが、そんな生い立ちが妻の人生を縛る原因になったのは皮肉な話だと思います。自らの脚で社会的な地位を勝ち取ったお母様の才覚は走ることだけにとどまらず、後進の育成能力も非凡だった。妻の姉妹兄弟たちはお母様ほどではなくとも、ヨーロッパのレースシーンで一定の成績を上げ、瞬く間に新興のサラブレッド一族となったのです」
「…その話だと奥さんが『落ちこぼれ』と言われても仕方がないですね…」
話の経緯がわかり、シンジが渋い表情をする。
「そうです。残念ながら、妻がそう言われるのも無理はありません。妻は高校卒業を期に親族との関係を絶つために国外に出たいという願望を抱きます。まあ、親族全員がレース界の関係者ですからね。母国とはいえ、居所なんてないでしょう。私はそんな願望を持っていた妻と20年ほど前に日本で出会いました」
「えっ?日本でですか?」
出会いの場所が意外な場所だったことにシンジが驚く。
「ええ。彼女は旅行者として、私は仕事の視察で来ていました。ちょうどその頃の私は仕事の新しい拠点を探していて、日本に興味を持ち、たびたび来日していました。初めはビジネスライクな来日でしたが、次第に日本の文化が好きになり、ここに住みたいと思うようになり始めていた時に妻と日本で出会います。同じアイルランド出身ということと、いろいろと価値観が似ていたこともあり、すぐに恋に落ちました。そして、アイルランドに戻ってしばらくして結婚します。そして、この娘を身籠ったことで、これからの生活を考えるなら絶対に日本がいいと、意見が一致して、アイルランドから離れたのです」
フサイチコンコルドの父親が自身の馴れ初めを話す。
「なるほどですね。あなたたち家族が日本に来た理由はわかりました。じゃあ次の質問ですが、コンコルドがこの学園に入学した理由はなんですか?しかも、自分の体質がレーサーに向かないとわかっているのに」
「まあ、それは端的に言えば『私たち夫婦の名誉回復のため』なんですが、これにも複雑な事情がありましてね…。本当に嫌になりますよ…。まるで私たち家族はウマ娘の神様から"不興を買ってしまった"ようにしか感じないほどにね…」
話を振られたフサイチコンコルドの父親は今まで以上にやるせない表情をする。
「"私たち夫婦の"とは…。もしかして、あなたも何かレースの世界に関係があるのですか?」
「これは本当は内密なことなのですが、あなたには信頼してお伝えしておきましょう。実は私も『トレーナー』なのですよ。まあ、もう近々引退しますがね…」
「えっ?」
ここから独自設定によるヨーロッパのレース文化の話になります。
大まかな設定としては実際のヨーロッパの中世、近代の『貴族主義社会』をベースにしています。
作中に『サラブレッド』という単語を使っていますが、実際に政略結婚やら近親なんちゃらなどが横行していた時代なので、ウマ娘もおんなじ感じになってるやろ!ということで設定しました。
実馬フサイチコンコルドの祖母に当たるサンプリンセスですが、実際の実績もかなりヤバめの超名馬です。エプソムオークスの映像があるサイトがあるので、暇があれば見てみてください。
https://keibascore.hatenablog.com/entry/2021/08/15/114712
これだけの実力があったら一族みんな頭上がらないですね。