これにより、シンジとフサイチコンコルドのダービー出場には黄色信号が灯る。
絶対絶命の大ピンチ!
しかし、この大ピンチは反撃の狼煙の合図だった!?
「トレーナー。やっぱり私、ダービー出るの辞めるよ。私は記念出場みたいなものだから、勝てるかもしれないコンちゃんが出た方がいいから…」
「ダメだ。これはお前が勝ち取った権利なんだから出ろ!ダービーに出ることは誰でも出来るもんじゃねぇんだ。勝ち負けじゃねぇ。お前の人生のための経験にしろ」
それはダービーの1週間前のことだった。
シンジのチームのフサイチシンイチがダービーへの出場辞退を申し出てきた。
「いや、私はダービーに出ないよ。こればっかりはトレーナーが何を言ったって私は変えない!だって、コンちゃんのために私たちがこの1ヶ月やってきたことを無駄にはしたくないもん!」
「…お前」
フサイチシンイチは1週間前の3勝クラスのレースに勝っていて、獲得ポイントがフサイチコンコルドを上回り、ダービーへの自力出場がほぼ決まっていた。一方のフサイチコンコルドは獲得ポイント上位10枠の内の8番目とまさに当落線上。
フサイチシンイチはそのことをわかっていたため、レースに勝った直後からダービーには出ないと言ってはいたが、シンジはそれを制止していて、状況を見守る選択をしていた。
「すまねぇな…。とりあえず、木曜日の抽選を待つ。その結果次第でお前の心意気を受け取るわ。それでいいか?」
フサイチシンイチの覚悟を止めることが出来ないと悟ったシンジはその申し出を受け取った。
「いいって、いいって。確かにダービーは出たいけど、コンちゃんがダービーを獲るとこを見たいからね!やっぱりコンちゃんの才能はヤバいから!」
フサイチシンイチは晴れやかな笑顔でフサイチコンコルドの実力に太鼓判を押す。そして…
「よし!抽選なしでストレートに通ったぜ!シンイチもコンコルドもダービーに出れる!」
フサイチシンイチの身を挺した覚悟のおかげなのか、フサイチコンコルドもフサイチシンイチも抽選なしでダービー出場が確定する。
実はこれが単なる幸運のおかげかというとそうではなかった。
シンジは2戦目にOPクラスのレースを選択し勝利したが、もしこの時に"常識通り"に条件戦を使った場合、条件戦に勝ったとしてもダービーに出るためには1/9という極めて分の悪い抽選を潜り抜けなければいけなかったのだ。
「よかったー!コンちゃん、頑張ろうね!」
「う、うん…。ありがとう。シンイチも頑張ろうね…」
チーム全体が盛り上がる中、フサイチコンコルドはどこか、気まずそうにしながらもダービーに出場出来ることを喜んだ。
[とりあえず、一番の難関はクリアした。あとは、ダービーを獲る算段だが…。いかんせんコンコルドの実戦経験は少ない。しかも、府中も初めてだ。まだまだ、問題は山積みだな…]
シンジも抽選が通ったことに安堵はしたが、ダービーに勝つための方策はまだ決まっていなかった。
[俺もダービーは4年前から毎年出てはいるが、経験はまだまだ少ない。しかも今回のド本命のセコンドは奈瀬さんだしなぁ〜。よし!やっぱ、こういう時は"あの人"に聞くか!よし!今からアドバイスをもらいに行くぜ!]
フサイチコンコルドに不安材料はたくさんあるが、シンジも同様に不安材料は多々あった。なので、シンジはその日の夜にアドバイスを貰うためにある人物を訪ねた。
「先輩を頼るのはわかる。で、何故僕なんだ?」
「いやー、やっぱ、こういう時は宮さんが一番頼りになるんスよ!それに昔ダービーでも2着に来てるじゃないっスか!その経験を教えてくださいよ!」
「いや、おかしいよね。確かに僕はダービー2着の経験はあるが、ダービーに出たのは1回だけだ。そもそも勝っているわけじゃないし、なんなら君の方がダービーに出ている。アドバイスをもらうにしても、僕ではないだろ…」
「いやいや、そんなこと言わずに、可愛い後輩のために一肌脱ぎましょうよ!」
「…」
シンジが頼ったのは宮下直治。
トレーナー歴17年のベテラントレーナーだ。
宮下はシンジが新人だった頃からの付き合いで、右も左もわからなかったシンジにトレーナーとしての心構えや指導理論を教え込んでくれた間柄でもある。
また、現在のシンジの彼女の両親が宮下夫婦の仲人というプライベートな部分での関わりもある。なので、基本的にどんな先輩に対しても余程のことがない限り、頭を下げないシンジが"唯一"問答無用で頭の上がらない先輩が宮下である。
「まったく…。なんで僕が君に教えなくちゃいけないんだ…。逆に僕が君に重賞の勝ち方を聞きたいくらいだよ」
宮下が顰めっ面でシンジに対して毒づく。
「前から言ってますけど、宮さんは喋らなすぎなんスよ。宮さんのしゃべりが上手くなって、いい選手のスカウトが出来たら、自分の成績なんて一瞬で追い抜けますって!自分からのアドバイスは以上っス!」
「…僕はそのしゃべりが何よりも苦手なんだが…。まあ、いいよ。それで、何が聞きたいんだい?」
「どうしたらダービーで奈瀬さんとダンスインザダークに勝てるか教えて欲しいっス!」
「…あのね、そんなことを僕がわかるわけないだろ…。相変わらず、困った時の思考が雑だね」
あまりにも元も子もない質問内容に宮下が苦言を呈する。
「すんません!ただ、正直お手上げっス!なんで、宮さんの知恵を借りたいんスよ!なんか、いい案ないっスか?」
そんな宮下に対してシンジは潔すぎるくらいに白旗宣言をし、アドバイスを求める。
「まったく…。とりあえず、君の担当はどんな子なんだい?」
あからさまに嫌そうな表情をする宮下だが、どうやらシンジの頼みを断るという選択肢はないようだ。
「そうっスね…」
非常に軽い感じのやり取りで、宮下に対してのリスペクトがまったく感じられないように見えるが、これでもシンジは宮下をとてもリスペクトしている。
実績自体は宮下はシンジに及ばない。しかし、それはスカウト出来る選手の質の差でしかないとシンジは思っていた。
それにシンジは宮下の指導理論やレース知識・レース戦略の組み立て能力が自分以上であることを素直に認めている。ともすれば自分がここまでの成績を挙げられている理由は宮下の教えがあったからだと本気で思っている。
だから、シンジがリーディング上位の成績を残せるようになっても、困った時に一番最初にアドバイスを求めに行くのは宮下と決まっていた。
「なるほどね。能力面はともかく、問題は体調面と実戦経験の少なさから来るレースプランの構築か。確かにダンスインザダークの評判は高い。簡単に勝てる相手ではないね」
シンジの話を聞いた宮下が見解を示す。
「そうっス。コース設定がシンプルな府中の2400っスけど、レースプランまでシンプルで勝てるかっていったら違うじゃないっスか。それに相手は奈瀬さんス。いくらコンコルドの能力が高くてもレースプランがしっかりしてないと勝てないと思ってるっス」
「まあ、それはそうだ。ちなみに君の担当がダンスインザダークより確実に勝っている部分はないのかい?」
宮下がフサイチコンコルドの長所を尋ねる。
「経験値は足りないっスけど、先行〜中団の広いレンジでレースが出来るセンスはダンスインザダークとタメ以上だと思うっス。あとは一瞬の切れ味は勝ってるかもっス!これはマジっス!盛ってないっス!」
フサイチコンコルドの長所をシンジはとても笑顔で楽しそうに語る。
「シンジ。楽しそうだね」
そんなシンジを見た宮下が優しく微笑む。
「えっ?まあ、そうっスね。アイツを見てると夢が湧くんスよ。アイツの脚はどこまで行けるのかって。だから毎日楽しいっス!」
フサイチコンコルドを語るシンジの顔はとてもイキイキしていて、シンジのフサイチコンコルドに対する期待や信頼が如実に現れている。
「君の強さはそこにあるよね。多少の困難も担当への信頼と持ち前の冒険心で楽しさに変えてしまうんだ。やっぱり、シンジはトレーナーとして優れたメンタルを持っているよ。君のチームにいる子たちは楽しいだろうね」
宮下がシンジの良さを褒める。ただ、シンジを褒める宮下の表情にはどこか羨ましげな雰囲気がある。
「マジっスか!あざっス!ただ、夢見て期待してるだけじゃあ、勝てないのがレースですからね。なんかいい案ないっスかねぇ〜」
宮下に褒められてシンジは一瞬喜ぶが、肝心のお題に対しての名案が思い浮かばずにシンジが困り顔をする。
「…。よし、ギャンブル要素は強いが、これはどうだろうか?まずは…」
困るシンジに対して宮下が、ようやく案を出そうとする。
「とりあえず、あざっス!上手くいくかはわからないッスけど、いろいろと吹っ切れました!これで腹括って戦えます!さっすが俺の第二の師匠っス!やっぱスゲーっス!」
宮下の作戦に可能性を感じたシンジの顔が明るくなる。
「凄いかどうかはわからないが、可能性のあるギャンブルではあると思う。ただ、君の担当の才能にかなり依存した一回限りの大技だ。確実に勝てる案が思い浮かばなかったのは申し訳ない」
シンジの喜びように対して宮下は謙虚で冷静な態度を崩さない。
「いや、コンコルドのセンスを考えたらなんとかなる気がしますよ!ってか、よくそんな作戦思い付きますね。やっぱ、あれっスか?『麻雀理論最強』みたいな感じっスか?」
「いや、まあ、そうはそうなんだが、そのネーミングはやめてくれないか…。僕が"麻雀好き"みたいじゃないか…」
「いやいや、実際宮下さん麻雀強いじゃないっスか。マジで人の心読めるみたいな感じしますよ!」
シンジが宮下をべた褒めする。
「…。まあ、『人間心理』を学ぶために始めた趣味だからね。とりあえず、この作戦で行ってみてくれないか?」
そんなシンジに対して、宮下は少し困り顔をする。
「オッケーっス!マジで感謝っス!相手が天才だろうと良いとこのお嬢様だろうとやってやりますよ!」
シンジは名案を得たことで自信もモチベーションも最高潮のようだ。
「ああ。その粋だ。僕も現地に応援に行くから頑張ってくれ」
「あざっス!じゃあ、俺行きますね!本当にあざっした!」
「ああ。また」
「いやー、やっぱ宮さんは頼りになるなー。これで3日後もなんとか…」
トゥルルル トゥルルル
フサイチコンコルド
「ん?コンコルド?どうしたコンコルド?何があった?」
「すみません…。また体調を崩したみたいで…」
「マジか…。今行くからちょっと待ってろ!」
ダービーの出場が決まり、良い作戦も授かったし、チームのムードも最高潮。
もう、ダービー制覇へ向けた準備は万全だ!
と、思っていた矢先のトラブル発生。
トラブルがわかった瞬間は冷や汗が出たね。
神様のヤロウ、マジで往生際が悪りぃなって。
ただ、今だから俺は思う。
たぶんこのアクシデントがなかったらダービーは獲れてなかったかもしれないなって。
そう考えたら、もうこの時には流れが完全に俺らに傾いていたんだろうな。
この話に登場するフサイチシンイチですが、後にも活躍してくれるこの物語の名脇役です。容姿、雰囲気はコパノリッキーを2/3、トーセンジョーダンを1/3くらいの割合でイメージしています。
あと、この話には前作の主人公の宮下トレーナーが登場します。
実際にこんなアドバイスはなかったでしょうが、現実でシンジトレーナーのモデルの騎手の方が『頭が上がらない』と言う数少ない人物なのでこんなやりとりがあってもいいかなと思い登場させています。