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迷っている。
砂狼シロコをアジトに幽閉することに成功したが、原作からの乖離は免れることは出来ない。
今までも原作から乖離するような行動は幾つかした覚えがある。
それこそ、原作キャラ同士の関係性が変化や、ストーリーが変化するなどの大きな行動をしたことはないものの、多少変化が出るような行動はしてきた。
“原作知識“というチート。
そのアドバンテージを残すためには当然の行動といえるだろう。勿論、事前から行動しバッドエンドの原因を潰すことも可能だったのかもしれないが、それでは先生が現れない可能性があるため危険すぎる。
『ブルーアーカイブ』は先生と生徒が織りなすストーリーなのだ。
………なんて言ってみたが実際自分の行動による変化からは逃れられない。
『原作前の砂狼シロコ拾ってみた by黒服』なんてあったら解釈違いだと叫ぶかもしれない。
自分という異分子が故の歪さ。それを感じざるを得ない。
何故砂狼シロコが自分の前に現れたのか、と言われると疑問が残るが自分のせいだとは想う。
砂狼シロコを拾った。
アビドス内における関係性の変化。アビドス外における関係性の変化。小鳥遊ホシノの自分に対するヘイト。小鳥遊ホシノの梔子ユメに対する思い。小鳥遊ホシノのおじさんとしての態度。十六夜ノノミの自分に対する認識。アビドス内における”悪“の対象。カイザーとの関わり方の変化。ビナーによる砂嵐の被害。ブラックマーケット内における治安。アビドス内における梔子ユメに対する認識。便利屋68への依頼の変化。etc……
たった一つで大きく変化する可能性がある。
「嗚呼、不安ではあるな………」
自分がいること、そしてこれまでの行動による変化。
ハッピーエンドのための布石ならば、それは仕方がないとしよう。
気になるのは、”自分が何処まで異分子なのか”という点である。
自分という異分子は平行世界にも存在しているのか。
プレ先ルートがあるのならば、自分ではない黒服なのか、自分である黒服なのかという点はよく考えなければならない。それは明らかな変化となり得るからだ。
連邦生徒会長に聞いてみるか…?
いや、聞くのは得策とは言い難い。
もし自分がこの世界線のみの異分子だった場合、それは連邦生徒会長からしても面倒な要素となり得る。
その場合自分を消しにくる可能性も考えておかなければならない。
ゲマトリア内での観測にも限界がある。
そもそも自分がゲマトリア内で少し浮いている、というのもあるのかもしれないが。
自分の『崇高』はゲマトリアでは中々理解されにくい。マエストロとは意見を交わし合ったりする仲ではあるものの、フランシスやベアトリーチェとは折り合いがつかない。
マエストロと同じような希望であるかもしれないが、”先生”ならば理解してくれるだろう。
だが、今はそんなことは忘れよう。
今目の前に佇むのは『柴関ラーメン』。そう、あの柴関ラーメンである。
原作においては黒見セリカのバイト先であり、アビドス編においては憩いの場として登場したり、爆破されたりと案外登場機会が多い場所である。
ここが初めて出来た時は真っ先に訪れた。勿論、聖地巡礼だ。
「へい、らっしゃい!」
「柴関ラーメンを一つ」
「あいよ!」
自分でいうのも何だが、この店の常連であるという自覚はある。
自分が定位置にいるのは後々問題となる可能性があるが、柴関ラーメンは中々やめられない。
前世からラーメンが好きだったというのも勿論あるが、この柴関ラーメンは素直に美味しい。そして何よりも大将の人となりがいい。これはアウトローにはなれない。
打算的な面でいうならば、大将の人を見る目を活用するためか、黒見セリカと交流を持っておくためと答えるだろう。
大将は人物を見る目に優れているため、情報源としては案外ありがたい。
黒見セリカは交流を持っておくことによって後々のストーリーに影響を及ぼすことが出来る。勿論、度合いを考えなければ面倒事になるのは確実であるためする気はあまりないが。
というか時期的に黒見セリカはバイトをしていない。
「はい、お待ち!」
と、もう出来上がったようだが…
「──おやおや、少し多くないですか?」
いや、柴関ラーメンでは珍しくないことなのだが、今回は特に顕著なようにえる。
もやしが山のように盛り上がっている。もやしが好きなのは当然バレているか…
玉子やチャーシューなども普段よりも明らかに多い。
「そりゃあ、何だか迷ってるような顔してたからな」
「……私が?」
「おうよ」
確かに実際迷っている。
そこまで大きくはないものなのだが、やはり柴大将の目を欺くことは出来なかったらしい。
パワードスーツで顔を見ることは出来ないはずなのだが。
……深くまで考えた所で結論が出ることはないだろう。
「いただきます」
スープを絡めながら麺を啜る。
自分は所謂”通”ではないため、食べ方にこだわりはない。好きなように食べ、好きなように合わせる。それが自分なりのラーメンの食べ方である。
柴関ラーメンは基本は醤油ベースであり、さっぱりとした印象を始めは受ける。
だが、どんな需要にも答えるためか、食べ方によって味の濃さが変化しているように感じるなど工夫は枚挙にいとまがないほど施されており、その一つ一つに舌を巻く。
(こういうのでいいんだよ、こういうので)
啜る。絡める。食べる。流す。
一つ一つの動作に変化はないものの、一つ一つの動作で味が変化する。
一般的であり、独創的。これが柴関ラーメンの真骨頂だと勝手に思っている。
スープで舌を慣らし、麺を味わい、盛り付けで工夫し、水で流す。
このループがたまらない。
手が勝手に永久機関になってしまうのではないかと思うほど、止まることを知らない。
「ふぅ………」
そして、一息。気がつけば完食である。
「相変わらず良い食べっぷりだね」
「それはこのラーメンが美味しいからですよ」
「ハハッ、そりゃ嬉しいこって」
実際、行動食4号を食べた後だと感動するレベルである。
店内は今は人がいないからか、柴大将と自分だけの空間となっている。
こうして美味いものを食べれば自然と口が動くもので…
「年頃の女の子の扱いは難しいですね。まあ可愛らしいといえばそうなんですが」
「へえ、それは活動中のことで?」
「ええ、そうですね」
なんて、柴大将に話した所で仕方がないことも出てしまう。
実際、砂狼シロコとの距離感は中々掴みづらい。
原作時点ならば単純な敵対関係などで済むのかもしれないが、原作開始前、しかもアビドスの面子と出会う前の状態の砂狼シロコを拾ってしまったのである。
だが、拾った以上下手に扱うわけにはいかない。
研究対象として活用することが出来るのは勿論ではあるものの、自分の中の良心が年頃の女の子を粗雑に扱うことを拒否している。
いや、今までの人生から考えると可能ではあるものの、自分がやりたくないと思っているだけではある。
実際の最適解は砂狼シロコを徹底的に邪険に扱い、黒服に恨みを募らせることではある。
そのほうがストーリーは円滑に進みやすくなるだろう。
だがそうすると、大人に対しての信用度が下がり、先生が拾われない可能性も生まれてくる。
なにより、邪険に扱っている間に殺されることになるかもしれない。
「結局、私は彼女をどうしたいのかすら分かっていないのかもしれませんね」
「……そうかい」
たった一つの行動で、世界が変わってしまうことを認知している。
ただそれだけのことだが、変わった先を知っているために行動しにくい。
全てにおいて計画的に、打算的に。でなければ”ハッピーエンド”は訪れない。
大胆に行動するということが成功することもある。計画を練る時間のせいで失敗することもある。
原作開始に近づくにつれ、選択の数は段々と増えていっている。
最初に立てていた計画などすぐに没になり、すぐさま新たな計画を立てなければならない。
いや、今選択について考えた所で仕方がないか。
直近の問題は砂狼シロコについてである。
現在は自分のアジトに幽閉という形を取っているものの、数カ月後にはアビドスへと入学させなければならない。
まあ、それ自体は書類の偽造で何とかなる。
問題はストーリー中の行動である。
先生を拾う、銀行強盗をする。この行動はマストだ。
そのために気をつけなければならないのは、大人に対する信用とぶっとんだ倫理観である。
ならば、まあ…
「普通に接していくしかないかもしれませんね……」
普通に接していくならば倫理観を矯正することもなく、信用を大きく損なうこともないだろう。
だがその場合、最悪の可能性が生まれることもある。
『砂狼シロコがアビドス内で敵対視される可能性』
この後数ヶ月はアジトなどで自分の監視下におけるものの、アビドスに入学した後はどうなる?
もし、「ん、私を拾ったのは黒服」なんて言い始めたら小鳥遊ホシノからの砂狼シロコへの信用は一気に無くなると見ても良い。それか同情されるかもしれない。
そして、もし小鳥遊ホシノからアビドス内へとその話が伝わっていた場合、アビドス内で敵対視、もしくは疑念を抱かれる可能性もある。そうなると、完全にストーリーからは外れてしまうのだ。
契約で少しだけ意識させることは出来るかもしれないが、強制力は持っていない。
とすると、偽名でも教えるか…?
身体的特徴を言われたら終わりではあるが、一応保険にはなる。
身体的特徴を言わないように契約するしかないかもしれないが。
一つだけ、思いついたストーリーも存在する。
そのためには偽名を教えることが最も良いだろう。
「取り敢えず、その子の好きなことをさせてあげればいいんじゃないか?」
「好きなことを…?」
砂狼シロコの好きなこと…ライディングだろうか。
「おうよ、好きなことをさせてあげて、その子を理解する。話はそれからだ」
「“理解”ですか。中々難しいことを言いますね」
「だがやんなきゃならないことだろ?」
“理解”
砂狼シロコを『ブルーアーカイブのキャラクター』として見ている節があるのは自覚している。
キャラクターに対する理解というのは口調や性格、何等かの物事が発生した際にそのキャラクターがどのように行動するかなどを把握することである。
それまでのストーリー上の出来事などからの”情報”を元に理解を進めていくのだ。
だが、砂狼シロコはこの世界で生きているのである。
生きている者を理解するのはキャラクターを理解するよりも難しい。
生きているものの人生を把握することなど出来はしない、その時の心情なども理解は出来ない。
何処までいってもキャラクターの一人称視点になることなど出来はしない。
では、どうしたら理解をすることが出来るのだろうか。
対象の人生を追体験したところで理解が出来るわけでもない。
対象と普通に接した所で理解が出来るわけでもない。
対象を研究した所で理解出来るわけでもない。
科学的な”理解”ではなく、非科学的な”理解”。それが生きているものへの“理解“である。
ならば、必要なものは非科学的なものとなるのだろう。
今までの自分にとって、必要ではなかったものから探し出していく。
ストーリーをハッピーエンドへと導くため、そして死なないために様々なものを捨ててきた。
時には良識を捨て、時には信頼を捨て、時には自分を捨てた。
だが今はそれらが必要となってくる。
理解するために必要な人間性、とでも言えばいいのだろうか。
ストーリーに縛られない視点。
この世界に転生してきてから、随分と忘れてしまったもの。
それが他者理解には必要となってくるのだろう。
打算などではなく、自然に相手と接する。
「………ああ、そういうことですか」
必要なのは『愛』である。
愛という不確定要素かつ、自分の行動に影響が出るものは避けていた。
自分はブルーアーカイブを、ハッピーエンドを、キヴォトスを愛している。それは間違いがない。
ならばその愛を、構成要素の一つである砂狼シロコに注ぐだけ。
随分と簡単なことだったのではないか。
「おう、いい顔になってきたな」
「ええ、ありがとうございます。ところで、パワードスーツで顔は見えないと思うのですが……」
「そりゃあ雰囲気だよ、雰囲気!」
非科学的なものはすぐ近くにあったらしい。
神秘よりも理解が難しいのでは…?
「580円ですね」
「おう、毎度あり!」
こういった小さなことに悩むというのは久々な気がする。
勿論、これまでストーリーばかりに目を向けていたため当然なのではあるが…
バッドエンドには当然する気はない。
「また来てくれよ、
「――おやおや、私の名前はボンドルドなのですが?」
「黎明さんの方が呼びやすいからな」
自分には大層な名前だとは思うが、柴大将が気に入っているのならば否定することはない。
原作に介入し、ハッピーエンドに導くためには表で行動する必要があった。
だが、黒服として表で行動したら即お縄につくか、小鳥遊ホシノに殺されるかはするだろう。
そのため、ボンドルドという人物を作り上げた。
ボンドルドとして行動する際は少しだけ気が楽にはなる。
勿論交友関係やストーリーへの影響は気をつけなければならないが、黒服で行動する時に比べて影響は小さい。
しかし、この世界での自分の交友関係は大抵ボンドルドの時に築かれている。
ただ、一つだけ言えることは…
――自分の計画において、ボンドルドという存在がいるかいないかで大きな影響が出る。
ということだろうか。
あ、ライディング用の自転車を買っておかなければ。
ボンドルドについての説明はまた別の機会にします。
あっれ、駄作の臭いしかしてこないぞ?
戦闘描写
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省け(サクサク)
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書け(それっぽい)