ちなみに先生の労働環境は原作とは真逆で、超ホワイトです。だから戦うだけの体力が残っているし、多少ユウカに仕事を丸投げしても大丈夫って感じです。
「ふあ……。」
先生は大きくあくびをしながらコーヒーポッドとカップを手に出勤する。
その時間は1秒ほど。
居住スペースからシャーレのオフィスに繋がる自動ドアを通っただけだ。
よって通勤時間は考えなくていい。
始業時間である9時を少し回った頃、先生はようやくオフィスへ入った。
「おはよう、先生。失礼させてもらったわ。」
「……うおっ!?」
オフィスの一角、応接用のソファーにひとつの影があった。
長く白い髪に黒い4つの角、薄紫の瞳を備えた少女。
小柄な体躯とは裏腹に大きなヘイローを備えたゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナだった。
先生は彼女の存在に一度は驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻すと、彼女の向かい側に腰を下ろす。
「……おはよう、お前さんも飲むか?」
「ええ、是非とも。」
カップに淹れたてのコーヒーを注ぐ。
どちらも砂糖やミルクは入れない。
香ばしい香りが立ちのぼり、口に含めば強い苦味が舌に広がる。
一息つくと、先生は話を切り出した。
「で……
「あったわ。相変わらずね。」
「そうかい。」
「……邪魔だったかしら?」
ヒナは少し心配そうに、先生の顔色を伺う。
対して先生は首を横に振った。
「いや、邪魔とかそういうわけじゃない。ただ風紀委員は大変と聞いてな。ここ1週間、休日を除いてほぼ毎日来て、ゲヘナは大丈夫なのかと思って……。」
「ああ、それなら問題ないわ。
「ならいいんだが……。」
それから先生とヒナはいつも通り雑談を始めた。
まあ、その内容は戦闘に関するものが大半を占めていたのだが。
「なるほど……その手があったわね。」
「あくまでも理想論でしかないがな。頭の片隅に置いといてくれ。」
「ええ、いつも私は力押ししか出来ないから勉強になるわ。」
「普通は力押しだけで勝つのは難しいから、そういう手を使うんだがな……逆にどの問題もパワーで解決できるヒナがスゴいよ。」
「ふふ……そうかしら。」
ヒナの羽根がパタパタと揺れ、頭上の巨大なヘイローがグルグルと回る。
その表情も心なしか柔らかいものとなっていたが、彼女はハッとしたように表情を戻す。
「こほん……そうだわ。今日はついでに他の話もあったわね。」
「またトリニティとのゴタゴタか?」
「いえ……もっと大事なことよ。先生にとってはね。」
ヒナは懐から1枚の紙片を取り出した。
「これ、ラーメンのクーポン券よ。あげるわ。」
「ん?どうも。」
先生は突然の、ヒナらしくない話題に首を傾げる。
だが手渡されたものに目を通すと、表情を固まらせた。
「……ありがとう。だが1人は少し心もとない。もしよければ、一緒に行かないか?」
「ではエスコートさせてもらうわ。」
先生とヒナはオフィスを後にする。
向かった先はラーメン屋……ではなく下のコンビニ、エンジェル24。
売り物の新聞を手に取りながら、口を開く。
「ここならカメラの死角だ。アロナの監視もつかない。」
「わざわざありがとう、先生。」
「短めに頼むぞ。ずっとは安全じゃない。」
ヒナは周囲を確認すると、小声で話し始める。
「先生はカイザーを追っているのでしょう?アビドスの借金を通じて。」
「……よく知ってるな。その通りだ。」
「ごめんなさい、ティーパーティが直に接触している以上、風紀委員としては無視出来なかったの。」
「アンタを責めるつもりはない。で、何があった?」
ヒナは先生を見上げると手招きをする。
週間漫画を手に持ち、このページを見てほしいとジェスチャーするように。
先生が膝を曲げると、ヒナは彼の耳元へ囁く。
「カイザーがアビドス砂漠で動いている。情報局がカイザー系PMCの陸上巡洋艦を砂漠の奥で捉えた。何をしているかは分かっていないけど、何かを企んでいるのは確か。」
「衛星写真があるのか?」
「いいえ、連中は巧妙よ。衛星からは何も見えなかった。この情報は先生……いえ、アビドスを監視していたアセットがたまたま見つけたものなの。多分、トリニティも知らないわ。」
「そうか……。」
これ以上は不自然だからと先生は会話を打ち切り、新聞を手にレジへ向かう。
会計を済ませると、不安げな様子のヒナが外で待っていた。
「その、気分を悪くさせたのなら謝るわ。けれど、これが先生に返せる精一杯の償いだから……。」
「おいおい、償いだなんて……もうその話ならケジメがついてる。諸々の補償だって受けたし、気にしちゃいない。もしかして今日だけだと不自然だから、毎日顔を出してたのか?」
そう聞くと、ヒナは頷いた。
しかし変に間が空く。
「そうね……それもあるかも。さっきのこと、少しは役立てそうかしら?」
「ああ、助かったよ。」
「良かったわ。なら用は済んだし、私はこれで。」
ヒナは後ろを振り返ると、軽く手招きをする。
直後、周囲からどこからともなく風紀委員の生徒が現れた。
通行人や飲食店のウェイター、他校の制服を着た生徒など、今までの変装と仮の表情を取り払って、ヒナの周りに整列する。
近隣の立体駐車場から装甲車と歩兵戦闘車の車列が出てくると、ヒナの前で停まる。
彼女は車へ乗り込もうとしたが、もう一度先生の方を振り返ってきた。
その顔付きは既に委員長のそれへと戻っていた。
「先生、最後にひとつだけ。」
「なんだ?」
ヒナは先生に近付く。
「覚えておいて。貴方は単に珍しいだけの存在じゃない。シャーレが知れ渡った今、先生のことを狙っている勢力は多いわ。個人的にも、政治的にも。」
「お前さんもその1人と?」
「……そうね、このまま私と車に乗ってくれれば、風紀委員に先生のポストを用意するわ。もちろん、専属の部下もつける。」
「そいつは魅力的な提案だな。が、今回はやめとくよ。せっかく拾ってくれた職場を裏切るようなことはしたくない。」
「あら、残念ね。」
顔付きは変わらずとも、わずかにヒナの声色が落ちた気がした。
「ねえ……次も来ていいかしら?」
「勧誘か?」
「そういうことにしておいて。」
「おうよ。じゃあ、またな。」
「……またね、先生。」
先生の返答に満足したのか、ヒナは軽い足取りで車内へ乗り込む。
防弾ガラス越しに見えた彼女の口元は、少し上がっていた。
⬛︎
ここはアビドス高等学校。
シロコは今日も元気よく登校をしていた。
自転車を停め、対策委員会の教室に入る。
「あっ、シロコちゃん、おはようございます。」
「ん、ノノミ、おはよう。」
教室には既にノノミとセリカ、アヤネの姿があった。
しかしホシノだけは見当たらない。
彼女の机の上は昨日から何も変わっていなかった。
「あれ、ホシノは?」
「まだ来ていませんね……今日は先生のところでしょうか?」
首を傾げるノノミだったが、アヤネが補足を入れてくる。
「いえ、スケジュール的には今日はミレニアムの生徒さんが入っている筈ですよ。」
「何かあったのかしら?風邪とか?」
セリカは試しに電話をかけてみるも、留守電に繋がるだけで反応は無い。
だがおそらくは寝坊だろうと、彼女達は気にしないことにした。
「で、先日の銀行強盗で得た証拠だけど……。」
「遂に整理が終わりましたね〜⭐︎」
シロコは最も有力足る証拠、アビドスからの返済金をブラックマーケットに流した際の取引書類をボードに貼る。
盗んだ物である以上、表向きには使えないだろうが、少なくともアビドスの脅威がカイザーであることは明確になった。
あとはその脅威にどう対処していくかが課題だ。
「ん、やっぱりカチコミに行くべき。頭を潰すのが早い。」
「はいはい、借金を踏み倒す前に返済について話しましょうね。」
シロコの過激な意見にすぐさまツッコミを入れるセリカ。
そこへノノミがまたもや突拍子もない提案を挙げ、アヤネが冷静にそれを否定する。
いつも通りの光景。
ただ1人居ないだけで、随分と寂しく感じた。
別にホシノの遅刻なんて、珍しいことではなかったが、シロコは言いしれぬ胸騒ぎを覚えた。
「……ん?」
その時、シロコの犬耳がピクピクと動く。
彼女が捉えたのは遠くから迫るエンジンの音。
もしや先生ではないかと、シロコは心を躍らせる。
「ん、誰か来た。」
「先生かしら?」
同じく耳の良いセリカが席を立ち、双眼鏡で窓の外を眺める。
しかし彼女はすぐに踵を返すと、壁に立てかけてあった自身のライフルを手に取った。
「便利屋の連中よ!また攻撃を仕掛けてくるかも!」
一行は急いで持ち場につき始めた。
シロコとセリカはライフルを手に1階へ降り、ノノミは新たに設営した銃座へ座る。
アヤネは小型ドローン部隊を起動させると、学校の上空に占位させた。
[ドローンの配置完了!いつでも攻撃出来ます!]
「ん、私が合図を出す。それから撃って。」
[は、はい!]
ホシノの不在に心許なさを否めないが、それでもやるしかない。
シロコは可変倍率スコープを覗き込むと、近付いてくる黒塗りの車両へ照準を合わせる。
しかし意外にも、目に入ってきたのは運転席の窓から突き出された白旗だった。
ブンブンと必死に振り回されるそれを見て、シロコはライフルを下げる。
「セリカ、このまま待機して。私が戦闘不能になったら攻撃して。」
「分かった……って、ちょっと……!?」
シロコは遮蔽から身を乗り出し、自ら車の方へと近付いていく。
黒塗りの車は停車すると、中から数人の生徒が降りてくる。
記憶に新しい便利屋の4人だった。
「ん、何か用?それともまた吹っ飛ばされに来た?」
シロコの背後を、対地ミサイルを搭載した彼女のドローンが旋回する。
それを前にして、アルは平静を保ち……なんてことはなく、冷や汗をかきながらわざとらしく両手を上げた。
「ま、待ちなさい。依頼は関係ないわ。いるのも私たちだけ。」
「そーそー、ちょっとお話しをね。」
シロコは鋭い視線をムツキヘと向ける。
すると頭上のドローン隊の一部が便利屋の背後に回り込んだ。
[怪しいものは持っていません。車内に銃はありますが、至って普通のものかと。]
アヤネからの報告を受けてシロコは少しだけ態度を軟化させる。
「それで?話って何?」
「ええ……そうね……。」
アルは少しの間を置いて、口を開く。
「さっき、柴関ラーメンの大将に会ってきたわ。もう目を覚ましてたのね。」
「っ……!?」
別にアルは事実を話していただけなのだが、彼女の悪人顔が誤解を生みかける。
シロコの反応からアルは慌てて訂正を入れた。
「待って、別に何もしていないわ。単にお見舞いに行っただけよ。巻き込まれた身とはいえ、私たちがエサに使われたのは本当だし。」
「……続けて。」
「彼、本当は店を畳む気だったそうよ。だから気にするなって。」
「そう……わかった。」
その報告にシロコは肩を落とす。
だがすぐに疑問が残った。
「……どうして?柴関ラーメンは毎日繁盛していた。店が壊れて閉めるならまだしも、元からだなんておかしい。大将だって元気だったし。」
「そう、そこよ。私たちも気になって聞いたら、土地を買い取られたとのことよ。あれだけラーメンが安かったのも、その資金を使った閉店セールだったのかもしれないわ。」
アルは鞄からファイルを取り出すと、シロコへ手渡した。
「これは?」
「ここら一帯の登記簿よ。最後に確認したのは?」
「ん、数ヶ月前。」
「なら読んでみて。」
「?わかった。」
シロコはファイルに入っていた書類に目を通す。
そしてギョッと双眸を見開いた。
「土地の所有者が全部カイザーになってる……!?」
所有者が書かれた列、そこには『カイザーコンストラクション』の文字がビッシリと並んでいた。
唯一の例外が、ここ旧アビドス東第三高等学校。
カイザーはまず学校を手に入れようとしているのではなく、既にアビドス全域を掌握した上で、残りの消化試合をしているに過ぎなかったのだ。
「どうして……今までは色んな人が持ってたのに……!」
「カイザーと繋がりのある個人の名義にするなり、ペーパーカンパニーを使うなり、やりようは幾らでもあるわ。でも問題はそれら全てがカイザー名義に切り替えられたこと。」
「カイザーは何かを企んでいる?」
「警戒すべきとしか言えないわ。持っている情報もこれ以上は無いのだし。まあ、強いて言うなら……カイザーは有益なら何でも狙うわ。気をつけるべきね。」
「貴方達も襲う目標を変えると?」
「心配しないで。それは無いわ。カイザーとは手を切ったもの。」
やれやれとアルは肩をすくめる。
「確かに、便利屋は金を貰えば何でもするわ。でもね、人道に反することまではしたくないの。カイザーは明らかに土地を買収してるってレベルじゃないわ。」
「だからカイザーの敵である私たちに情報を?」
「それもあるわね。けど、それ以上に借りを残すのが嫌だっただけよ。これでチャラだから。」
「……そう。」
シロコは意外に思うと共に、アルへの認識を少しだけ改めた。
「ありがとう。貴方、良い人の可能性がなくもないわね。」
「そこは良い人ってハッキリ言いなさいよ……。」
「ん、チョロいと社会では生き残ってはいけない。」
「ええ、そうかもね。じゃあ、用は済んだし、私たちはこれで。」
「ん、またね。」
「もう会うことはないわよ。」
アルはサッと踵を返し、車に乗り込む。
まあ、相変わらず運転席だったのだが。
妙に締まらない退場を見送ると、シロコも校舎に戻る。
手に入れた情報を仲間へ伝えるために。
「……ん。」
その時、ふと携帯端末を開く。
しかしモモトークに新たな通知は無い。
胸の奥で、少しだけざわめきが強くなった。
⬛︎
「……来たよ。黒服の人。」
「おやおや、ホシノさん。時間通りとは感心ですね。」
「で?何なのさ、わざわざ呼び出すなんて。」
「くっくっ……少し状況が変わりましてね。実は新しい提案を持ってきたのです。」
「提案?ふざけるな!それはもう……!」
「まあまあ、まずは聞いてください。」
「何度言われようが同じだけどね。」
「今回は違いますよ。なんたって『選択肢』があるのですから。どちらか1つを飲んで下されば……貴女の問題解決に大きく寄与出来るかと。」
「ふーん……けど、どんな美味しいエサを吊るされても、私の答えは変わらないから。」
「どうでしょうかね?私の予想では、きっと貴女はこれを断れない……くっくっくっ……。」
トライデント級ではありませんよ?
個人的にはビックトレーよりヘビーフォークかダブデがすこです。
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