元傭兵先生、貞操逆転世界を行く   作:ゆうぐれ

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ラジャラジャー



第16話 戦略的転進

アビドスは戦場と化していた。

 

カイザーPMCの軍勢が幹線道路を埋め尽くし、装甲車列の後方からは巨大な陸上巡洋艦がゆっくりと進んでいる。

 

自衛火器しか持っていない住人は身ひとつで逃げるしかなかった。

 

一部のコミュニティが必死の抵抗を試みるも、数の暴力で次々とすり潰されていく。

 

それはアビドス東第三高等学校も例外ではない。

 

交戦開始からおよそ2時間。

 

既にシロコ達はボロボロだった。

 

半壊した教室の中、独り指揮を行なっていたアヤネのもとに、シロコが駆け込んでくる。

 

防爆用のヘルメットとアーマーリグは迫撃砲の破片で傷がつき、爆煙で大きく煤けていた。

 

「アヤネ、状況は?」

 

「カイザーの勢い、止まりません……先程、アビドス内のブラックマーケットが陥落したと……。」

 

アヤネの悲痛な報告にシロコは歯噛みする。

 

カイザーはアビドス侵攻にあたって、まずは武装勢力の跋扈するブラックマーケットへ戦力を集中していた。

 

違法なものばかりとはいえ、アビドス自治区の中で最も武器と兵士が揃っているからだ。

 

おかげで学校への攻撃はまだ控えめだったが、ブラックマーケットが落ちたとなれば、次はここだろう。

 

「シロコ先輩……先程、最後の自爆ドローンが敵車両を撃破しました。もし次に戦車が来たら……。」

 

「敵から鹵獲したRPGが残ってる。対戦車手榴弾も。」

 

「多勢に無勢です。このままでは私達は敵中に孤立することに……!」

 

「ダメ、学校を捨てるわけにはいかない。」

 

目の前の机には1枚の手紙が置かれていた。

 

内容はホシノからの別れの文。

 

自らを犠牲に借金を肩代わりしたことと、シロコ達それぞれへの言葉が記されていた。

 

もちろん、みんなはこれを認めなかった。

 

「学校が無くなれば、ホシノを戻すどころの話じゃなくなる。」

 

「ですが……もう、我々に継戦能力はありません……弾薬も手持ちのみです。」

 

「ん、弾が切れたら拳で戦うまで。それより先生に連絡は繋がった?」

 

シロコの質問に対し、アヤネは首を横に振る。

 

「電波妨害が激しく、依然シャーレに繋がらない状況です……。」

 

「そっか……。」

 

頼みの綱であったシャーレは別の自治区を挟んだ遥か彼方。

 

部屋に重苦しい空気が流れる。

 

だがその時、沈黙を破るように、アヤネの端末からアラート音が鳴り響いた。

 

「あっ、新たな敵部隊です!こっちに近付いてきます!」

 

画面に映ったのは残り僅かな偵察ドローンからの映像。

 

道路の向こう側から幾多もの車両が、随伴の歩兵を連れて、学校へ向かってきていた。

 

それも今までの軽装甲車や歩兵戦闘車ではなく、分厚い装甲と大口径の大砲を備えた主力戦車だ。

 

とても真正面から相手取れるものではない。

 

だがシロコはすぐに外へ足を向けた。

 

「シロコ先輩!」

 

「肉薄攻撃を仕掛ける。アヤネは引き続き状況の報告を。」

 

「ちょっと……まっ……!」

 

アヤネが手を伸ばそうとした時、敵戦車からの砲撃が校舎に直撃した。

 

ドッ!!と、轟音と共に粉塵が飛び散る。

 

次に彼女が身体を起こすと、既にシロコの姿は無かった。

 

そして当人は校舎の中を走り、窓の淵からそっと外を覗く。

 

「戦車は……3両、歩兵がたくさん……。」

 

シロコは姿勢を屈めると、肩に下げたバッグから手榴弾を取り出す。

 

複数の攻撃手榴弾を束ねた、即席の集束手榴弾。

 

装甲は抜けないが、履帯や転輪の破壊は可能だ。

 

完全撃破は無理でも、足さえ止めればいい。

 

「セリカ、ノノミ、まだ動ける?」

 

[え、ええ、私もセリカちゃんも大丈夫……けど、もう弾が無いです。ミニガンも撃ち尽くしちゃいましたし……。]

 

[シロコ先輩?何する気なの?]

 

「ん、戦車を潰す。そっちで敵の目を引いてほしい。」

 

[えっ?何言って……!?]

 

通信を途中で切り、移動を開始する。

 

ノノミとセリカは敵部隊の正面に位置している。

 

敵が2人を攻撃する間に、側面から奇襲をかける作戦だ。

 

「……来た!」

 

1階の教室の窓から外を覗く。

 

キュラキュラと履帯の音を鳴らしながら、敵の戦車が校庭へと入ってくる。

 

その後ろからは歩兵の列が続いていた。

 

直後、敵部隊の正面、校舎の上階にマズルフラッシュが光った。

 

ほぼ同時に、ドォン!と、重い銃声が響き渡る。

 

鉄のひしゃげる音と共に、カイザーPMCのロボット兵が撃ち抜かれた。

 

いや、消し飛んだといった方が正しいだろうか。

 

「ギャアッ!?」

 

「狙撃ダ!正面ノ建物カラダ!撃テ!」

 

「敵ハ対物ライフルヲ使ッテル!戦車ヲ盾ニシロ!」

 

ロボット兵と戦車の意識が正面の校舎へと向く。

 

すると続いて狙撃地点とはまた別の窓から、ドッ!っと、ロケット弾が撃ち出された。

 

それは戦車の砲塔を掠めて、歩兵の列へと突っ込んだ。

 

ロボットの部品が宙を舞い、爆発が砂塵を巻き上げる。

 

視界が悪くなったところでシロコは動き出した。

 

「ん……!」

 

下手に発砲はしない。

 

校庭の水飲み場に背を預けると、集束手榴弾のピンを抜く。

 

そしてすぐそこを進んでいる敵戦車へ、履帯を狙って投げ付けた。

 

手榴弾は放物線を描いて飛び、履帯の付近に落ちる。

 

「ン?何ダコレ?」

 

「オイ!ソレハ爆弾……!」

 

次の瞬間、轟音が響き、周囲のロボット兵が吹き飛ばされた。

 

爆風は履帯の留め具を断ち切り、敵戦車は動きながら自ら履帯を脱いでいく。

 

そして車体の片側を校庭に埋めてしまった。

 

「セリカ!」

 

[わ、分かってる!]

 

シロコは水飲み場の影で身を伏せる。

 

次の瞬間、校舎の一角から再びロケット弾が撃ち出された。

 

向かう先は碌に動けず、巨大な的となった敵戦車。

 

ロケット弾は砲塔の斜め上から食い込んだ。

 

一拍置いて、炎の柱がキューポラから立ち昇る。

 

[やったわ!]

 

「まだ。あと2両残ってる。それより早く……!」

 

逃げろと、シロコが言う前に耳をつんざく砲声が響き渡った。

 

校舎の一角が吹き飛び、粉塵が撒き散らされる。

 

2両の敵戦車は続けざまに爆煙の中へ戦車砲を撃ち放っていく。

 

まさにしらみつぶしといった風に、校舎を制圧し始めた。

 

「セリカ!ノノミ!このっ……!」

 

通信機の奥から雑音しか聞こえてこないことに歯噛みしながら、シロコは次の集束手榴弾を手に取る。

 

しかし今回は敵兵に見つかってしまった。

 

「オイ!敵ダ!撃テ!」

 

「アッチニ居ルゾ!」

 

大量の火線がシロコ1人に迫ってきた。

 

たまらず水飲み場に身体を引っ込める。

 

「集中攻撃を受けてる。動けないから援護を……だ、誰か聞こえる?」

 

しかし通信機からは何も返ってこない。

 

シロコは息が詰まった。

 

「そんな……。」

 

シロコは壁を背にうずくまる。

 

いつの間にか銃声が止み、背後から敵兵の足音が迫ってきていた。

 

彼女は顔を上げた。

 

「いや……まだ……!」

 

こうなれば、差し違えても戦車を止めるしかない。

 

幸いにもキヴォトス人は爆風に巻き込まれようが、踏み潰されようが死ぬことはない。

 

気絶し、自閉状態になるだけだ。

 

そして時間が経てば、何事も無かったように蘇生する。

 

だから特攻をしても、敵を全滅させればこちらの勝ちとなる。

 

ホシノの帰る場所を失うより、遥かにマシだ。

 

「この学校は渡さない……絶対に……!」

 

集束手榴弾を腰に下げ、ライフルを構える。

 

敵兵の影が遮蔽の外に見えると、シロコは動いた。

 

「……っ!!」

 

腰だめにライフルを乱射し、続けざまにロボット兵を薙ぎ倒す。

 

遮蔽から飛び出すと、目の前の敵兵にライフルを押し当て、即座に鉄屑へと変えた。

 

「グギャア!?」

 

「ナ、ナンダコイツ!?」

 

「撃テ!戦車ニ近付ケルナ!」

 

弾が切れると、すぐにサイドアームの拳銃に持ち変えた。

 

そしてロボット兵の残骸を盾にしながら戦車へと進み続ける。

 

だがその時、シロコの犬耳がとある音をかすかに捉えた。

 

それは風切り音のような、甲高いもの。

 

反射的に地面へ身を伏せていた。

 

「ン?味方二爆撃ノ要請ナンカ出シ……。」

 

次の瞬間、シロコの目の前で戦車が吹き飛んだ。

 

続いて、細長い黒い影が次々と降り注いできた。

 

まるで地面へ線を引くように、爆発の列が伸びていく。

 

戦車もロボット兵も、まとめて爆炎に飲み込まれていく。

 

ふわりと、身体が浮き上がった。

 

「うっ!?」

 

爆風に吹き飛ばされ、シロコは背中を建物に打ち付けた。

 

自閉状態にならない程度の、ジンジンとした痛みが走る。

 

すると、ぼやけた視界の中、校舎の頭上を複数の黒い影が飛び去っていった。

 

続いてまた別の黒い影が現れると、それは風を吹き荒らしながら校庭へ着陸してくる。

 

真っ白な機体と、そこに描かれた何かのロゴ。

 

左右のスライドドアが開き、中から数人の武装した人間が降りてくる。

 

何かの指示を出しているようだが、よく聞こえない。

 

「先生……こっちに……!」

 

その時、人影のひとつがこちらを指さしてくる。

 

急いで銃を取ろうとしたが、身体は上手く動いてくれない。

 

そうこうしているうちに相手は目の前まで迫ってきていた。

 

撃たれるかと思ったが、気付けば身体を持ち上げられていた。

 

抱き抱えられていると理解した時、覚えのある匂いと温かさを感じた。

 

「せん……せい……?」

 

「よく頑張ったな。今は寝ていろ。」

 

「ん……。」

 

その声を聞いて、胸の奥に張り詰めていたものがほどけていく。

 

不思議と安堵が広がって、重くなった瞼に逆らえなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

⬛︎

 

ハッと目が覚める。

 

最初に目に入ってきたのはどこかの天井だった。

 

薄暗い室内に夕焼けの赤い光が差し込んできている。

 

そして今朝の出来事が一斉にフラッシュバックした。

 

「っ……みんなは……!」

 

急いで身体を起こし、周囲を見渡す。

 

すると別のベッドに眠るセリカとノノミ、アヤネの姿があった。

 

腕や頭に包帯が巻かれており、アヤネに至っては割れたメガネが傍らに置かれていた。

 

ヘイローが消えていたが、彼女たちの胸は呼吸に合わせて上下している。

 

格好も煤けた制服ではなく、清潔な病院服となっていた。

 

もちろん自分も含めて。

 

「はぁ……。」

 

安堵から肩の力が抜けた。

 

しかし遅れてここが学校ではないことにも気付く。

 

「カイザーは……学校は……!?」

 

手首に刺さっていた点滴を抜き、ベッドから降りようとする。

 

その時、部屋のドアが開く。

 

現れたのはピンク色のナース服を着た生徒だった。

 

彼女は立ち上がろうとするシロコを見つけると、慌てたように駆け寄ってくる。

 

「だ、ダメです!まだ寝ていてください!安静にしないと……!」

 

「貴女は……ここは……!?」

 

ガシリと、目の前の少女の肩を掴む。

 

相手はシロコの圧を前に、大人しく口を開いた。

 

「わ、私はセリナって言います。トリニティの救護騎士団に所属してて……。」

 

「ここはどこなの?」

 

「えと……シャーレの医務室です。」

 

「シャーレ……なら先生は?居るの?」

 

「せ、先生なら、隣のオフィスに……。」

 

シロコはセリナの制止を振り切り、ふらつく足で部屋を出る。

 

通路を抜けた先に見慣れた空間があった。

 

そして、今自分が最も頼りにしていた人物の姿も。

 

「起きたか。」

 

「先生……。」

 

シロコはグッと歯を食い縛った。

 

本当は先生に追求したかった。

 

なぜ学校を離れたのかと、なぜもっと早く来てくれなかったのかと。

 

しかし、理性がそれを抑える。

 

あれだけの軍勢を前に、シャーレが太刀打ち出来る筈がない。

 

ヘリを数分間着陸させるだけの余裕を作ることが精一杯だろう。

 

そんなシロコの意図を読んだかのように、先生は謝罪の言葉を発してくる

 

「すまない。カイザーの侵攻に気付くのが遅れた。救援に向かうにも、手数を揃えるのに時間がかかった。」

 

「そう……。」

 

シロコは感情と理性の板挟みに合いながら先生へと近付いていく。

 

そして弱々しく、ぽすんと、頭を押し当てた。

 

悔しさからか、涙が溢れ出していた。

 

「学校……守れなかった……。」

 

シロコの両肩に手が置かれる。

 

彼女が見上げると、そこにはいつにもなく闘志に満ちた双眸があった。

 

「勘違いするな。これは一時的な撤退に過ぎない。学校にはすぐに帰ることになる。」

 

「でも……学校どころか、アビドス全体まで……。」

 

「まだ終わっちゃいない。連中はアビドスを不法に占拠しているだけだ。」

 

先生は1枚の紙を取り出すと、シロコに突き出した。

 

それはホシノの字で書かれた退部届。

 

その一角へ先生は指をさす。

 

「顧問の欄が空欄……先生がサインをしていないから、これは無効……?」

 

「そうだ。ホシノの退部は認められていない。」

 

「……つまり、アビドス生徒会も消えていない?」

 

「そうだ。生徒会が残っている限り、アビドスという学校は消えていない。カイザーが今やっているのは、ただの不法占拠だ。」

 

「なら、ホシノを取り戻せば……。」

 

「アビドスも取り戻せる。連中も連邦生徒会を敵に回してまで、実効支配はしない筈だ。」

 

先生の言葉にシロコの目は輝きを取り戻していく。

 

しかしすぐに壁にぶつかった。

 

「ん……けど、ホシノの位置が分からない。」

 

「それについても問題は無い。これから対応するところだ。」

 

その時、ロッカールームから複数の人影が現れた。

 

軽量アーマーや暗視装置などを身に付けた便利屋の面々だった。

 

「先生、待たせたわね!出動準備完了よ!」

 

アルは得意げに胸を張る。

 

自慢のコートを脱ぐ気は無いようで、無理矢理アーマーの上から肩にかけていた。

 

「アル様カッコいいです!」

 

「くふふ……アルちゃんテンション爆上げだね〜。」

 

「まあ、久々の依頼だからでしょ。というか初めてマトモな。」

 

アルの後ろからは同じく装備を整えたムツキとカヨコ、ハルカが続く。

 

「先生、何でコイツらが居るの?」

 

シロコが懐疑的な視線を向けると、すぐにカヨコが答えた。

 

「私達は先生から傭兵としての依頼を受けたの。一応、貴女のお友達を瓦礫の中から掘り出したのも、私達なんだけど?」

 

「シロコ、彼女らには手伝ってもらっているだけだ。」

 

「そうだったんだ……ありがとう。私の仲間を助けてくれて。」

 

シロコは頭を下げる。

 

それにカヨコは冷めた顔のまま、ふいと顔を逸らすが、彼女の片翼の羽は少し活発に動いていた。

 

「それで、先生。どこか行くの?」

 

「ああ、ホシノの位置を聞き出してくる。」

 

「ホント?なら私も行く。」

 

シロコは近くのガンラックにかけてあったAKを手に取る。

 

しかしすぐに先生の手がそれを取り上げた。

 

「待て。今は安静にしているんだ。」

 

「兵士は1人でも多い方がいい。」

 

「戦いに行くわけじゃない。いいから寝てろ。」

 

「でも……。」

 

「決戦の時は嫌でも前に出てもらう。だから今は英気を養ってくれ。」

 

「……分かった。先生がそう言うなら。」

 

先生は通路から顔を覗かせていたセリナへ視線を送る。

 

彼女がシロコを連れて行くのを見届けると、先生は腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。

 

弾倉と薬室を確認し、再び元の位置へ戻す。

 

「さて、行こうか。」

 

先生と便利屋の一行はシャーレを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⬛︎

 

車で向かったのは同じ区内の某所、ビル街の一角。

 

既に日は落ち、交差点を往来する車は少ない。

 

先生が車内で住所を確認していると、アルが心配そうに声をかける。

 

「先生、本当に大丈夫なの?」

 

「何がだ?」

 

「知らない奴から送られてきたんでしょう?小鳥遊ホシノについて知ってるって。」

 

「ああ、だが俺たちの一件に関わっている人間は少ない。というか、このタイミングでこんなメールを送ってくる時点で、十中八九関係者だ。」

 

「罠かもしれないのよ?」

 

「だからお前さんらを連れてきた。行くぞ。このあとは説明した通りだ。」

 

先生が車を降りると、便利屋の4人もそれに続く。

 

しかし便利屋は2組に分かれ、別の方向へと歩いていく。

 

先生はとあるビルの前に立った。

 

「おい、来てやったぞ。」

 

監視カメラに向かってそう言うと、勝手に目の前のガラス戸が開いた。

 

まるで誘導するように、数あるセキュリティゲートのひとつが開き、暗闇の中、エレベーターホールの電気だけが点く。

 

エレベーターに乗って向かったのはビルの上階。

 

広いフロアの一角にその人物の姿はあった。

 

「わざわざ敵を呼び出すなんて、変な奴だ。」

 

「その誘いにわざわざ乗ってくる貴方も、おかしな人なのでは?」

 

「そうだな。男ってのは変なヤツしか居ないのかね。」

 

「少し訂正すると、特区の外に居る男と言ったところでしょう。安心安全な場所を抜け出すような命知らずですから。」

 

黒いスーツに包まれた、人ならざる身体と顔。

 

ホシノを連れて行った『黒服』だった。

 

彼は応接室へ手を伸ばす。

 

中にあったソファーに腰掛けると、先生は話を切り出そうとした。

 

しかし、すぐに黒服がそれを手で制する。

 

彼はスーツの内側を見えるように開いてきた。

 

「この通り、私は丸腰です。貴方を攻撃する意思はありません。お仲間にもそう伝えてもらえると。」

 

「……アル、トリガーから指は離しておけ。追って連絡するまでは待機しろ。」

 

先生はインカムを外すと、腰のホルスターから拳銃を取り出し、弾倉も引き抜く。

 

薬室の弾を抜き、スライドを後退させた状態で、黒服の前に置いた。

 

「これでいいか?」

 

「ええ、では話を始めるとしましょう……単刀直入に言います。先生、ホシノさんからは手を引いていただけませんか?」

 

「断る。」

 

「即答ですか……まあ、予想の範疇です。むしろ貴方ならそう言うと思っていましたよ。」

 

「そうかい。なら帰っていいか?」

 

「もう少しお付き合いください。貴方に法的正当性を説いても、どうせ拳と弾丸が飛んでくるのがオチですので……では、これならどうでしょうか。」

 

黒服は懐から端末を取り出すと、先生の前へ滑らせた。

 

そこに映っていたのはアビドスが抱えている負債の額面。

 

——ではなく、借金と同じ額のお金だった。

 

正確には、ホシノの身売りによって減額した借金の、更に残りの分だ。

 

「随分と気前がいいじゃないか。さっきも払ったばかりだってのに。」

 

「それだけ、ホシノさんが我々『ゲマトリア』にとって有用な存在なのです。お金なんて些末なことですよ。」

 

「ほう……だがこれだけじゃあダメだな。借金が消えても、ホシノ本人が居なければ、アビドス生徒会の正当性が無くなる。またカイザーに攻められるだけだ。」

 

「それについても問題ありません。カイザーにも我々が取り計らいましょう。アビドスは無事存続し、生徒さんは学校へ通えます。なに、送金の額が2、3桁増えるだけです。」

 

「……本当に気前がいいな。」

 

黒服からの提案は非常に魅力的なものだった。

 

誘惑に釣られ、先生は押し黙る。

 

何のリスクもなく、ただホシノを犠牲にさえすれば、アビドスの問題は解決されるのだ。

 

「先生、戦争だって同じです。戦史において完全な勝利なんてほとんど無い。大抵は妥協を重ねて、講和という形で折り合いをつけるものです。ここは、手打ちと行くべきなのでは?」

 

「確かに……そうだな。それは正しい。」

 

「ご理解いただけて幸いです。では、ここにサインを。」

 

黒服は1枚の書類と万年筆を先生の前に置く。

 

それは、シャーレがホシノの件に介入しないことを認める同意書だった。

 

先生は万年筆を手に取り、書面の欄にペン先をつける。

 

「正しい……か。」

 

状況は違えど、同じような場面に直面したことはある。

 

戦場から撤退する時、4人の小隊の為に1人を置き去りにした。

 

負傷者をテントに運び込んだ時、まだ生きてはいるが、傷の深い兵士を見捨てた。

 

全ては合理的で正しい。

 

しかし、今は違うとも思えた。

 

黒服が怪訝に思った時、先生は万年筆を卓上に置いた。

 

「……今までの俺だったら、書いてただろうな。」

 

「利益よりも優先すべきことがあると?」

 

「ああ、こんなんでも俺は教師なんでね。そして、生徒の為に動く義務がある。利確の為に切り捨てるなんてもっての他だ。」

 

「それによって、自らの命を危険に晒すとしても?」

 

「信じちゃくれんだろうが、既に一度落とした命だ。今回は、もっと清廉な生き方をしたい。裏切りや暗躍はもう御免なのさ。」

 

「なるほど……リアリストの貴方が理想を語るとは。」

 

「ああ、自分でも信じられんよ。多分、光に晒され過ぎたな。」

 

先生は拳銃を手に取ると、弾倉を差し込み、スライドを戻して初弾を薬室へ送った。

 

引き金に人さし指はかかっている。

 

「さて、話し合いが決裂すれば、残った解決手段は暴力だけだ。ホシノの居場所を教えてもらおう。」

 

先生は、教師から兵士への目付きへと戻る。

 

対して黒服は大人しく手を上げた。

 

「残念です。数少ない男同士、貴方とは仲良くしたかったのですが。」

 

「個人的にアンタは悪くないと思ってるよ。アンタの組織とは上手く出来そうにはないが。」

 

「……そうですか。それはせめてもの慰めです。」

 

黒服は端末を手に取ると、ホログラムを空中に映し出す。

 

どこかの砂漠を映した三次元マップだった。

 

一見して何も無いように見えたが、目を凝らすと、地下への入り口らしきものが小さく確認出来る。

 

「ここにホシノが居ると?」

 

「はい、彼女に対して『神秘』の実験を行う予定です。ただ、地下実験場には容易に行けないものかと。」

 

ホログラムの地図が大きくズームアウトする。

 

地下実験場を指した赤いピンから少し離れた位置に、見覚えのある巨大な施設があった。

 

中央には大きなドームが位置している。

 

「カイザーPMCのお膝元ってわけか。」

 

「実験場に行くには、彼らの巨大な軍勢を突破する必要があります。少なくとも、貴方の生徒たちとシャーレの戦力だけでは不可能でしょう。」

 

「そんなこと、素人でも分かりきったことだよ。」

 

先生は腰を上げると、拳銃をホルスターに戻した。

 

しかし彼の動きに恐れや不安はない。

 

黒服は不思議に思った。

 

「自信がおありのようですね。貴方のことですから、良い案があるのでしょう。」

 

「もちろん……と、言いたいところだが、あいにくと無い。これから考える。」

 

清々しいまでに開き直った先生の態度に、黒服は肩をすくめた。

 

「呆れました……まあ、微力ながら幸運を願っています。」

 

「おう。」

 

先生は応接室を出ると、そのままビルから出て行った。

 

黒服は窓から外を見下ろすと、便利屋の4人と合流し、車に乗り込む先生の姿が見えた。

 

「先生……ゲマトリアは、貴方のことをずっと見ていますよ。」

 





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