ヒナってプロテクトギアが合いそう。まあ、あの身体そのものが防弾防刃のアーマーみたいなもんか。
ゲヘナ風紀委員会、委員長執務室。
ヒナは陰鬱とした気分だった。
もちろん、いつもはこんな酷い有様になっていない。
身体的に疲れても、精神的にまでは疲弊することはなかった。
「い、委員長……大丈夫ですか……?」
「無理。」
アコの言葉を適当にあしらい、ソファーへ倒れ込む。
しかし何か変わるわけではない。
まるで心にぽっかりと穴が空いているような気がした。
「駄目ね……アコ、事務仕事を頼めるかしら。」
「は、はい。委員長はどこへ……?」
「頭が働かない。身体を使う仕事から先に済ませてくる。」
「ああ、でしたら部隊の招集を……。」
「いらない。1人で行く。」
ヒナは仮眠室へ入ると、そこのロッカーを開けた。
取り出したのは小柄なヒナへ迫るほどに大きな得物。
フルサイズのライフル弾を毎分最大1200発で撃ち放つ怪物銃、MG3汎用機関銃だ。
交換用のバレルを腰に下げ、バスケットマガジンの入ったポーチを肩にかける。
更にはその上から、いくつかの弾帯をそのまま身体に巻き付けた。
「さて……。」
バイポッドをフォアグリップのように左手で握る。
問題が起こっている場所の確認は必要なさそうだった。
早速というか、建物の外から銃声と爆発音が聞こえてくる。
「はぁ……懲りない連中ね。」
おそらくは武装勢力同士の衝突だろう。
わざわざ風紀委員の庁舎の近くでドンパチするのは肝が座っているというか、大胆というか。
だが、ヒナが外に出ようとした時、それら銃声はピタリと止んだ。
怪訝に思っていると、入り口に人だかりが出来ていることに気付く。
その中に銀色のツインテールと細長い尻尾が見えた。
「イオリ、何かあったの?」
「あっ、委員長。その……あれです。」
振り返ってきたイオリは正面玄関の外、階段と広場の先を指さす。
ヒナは思わず固まった。
道端の駐車スペースに停められた白い装甲車から降りて来る1人の男。
まさかの先生だった。
彼の姿を見た時、ヒナはいつにもなく心が昂った。
しかしそれは一瞬だけだった。
ひゅっと息が詰まる。
彼に向かって、街路のあちこちから好奇の視線が向いていた。
あいにくと、ゲヘナ生には欲望の歯止めが利かない者が多い。
特に生のイイ男を前にしては、最初から理性が本能に従うだろう。
すぐさまヒナの意識は個人のものから、風紀委員長へと切り替わった。
「イオリ!広場に部隊を展開して!誰も敷地に入れないで!」
「は、はい!」
ヒナは重装備にも関わらず、いの一番に駆け出した。
ほぼ同時に、先生の背後でも動きがあった。
お互いに銃を向け合っていたチンピラ達が硬直から抜け出し、我先にと先生へ向かってくる。
それに釣られるように、周囲の野次馬まで数人が足を踏み出した。
好奇心と熱に浮かされた目。
もし先生が捕まった時のことなど、考えたくもない。
「先生!」
「ヒナ、おはよう。」
「伏せてっ!」
「うおっ。」
ヒナは先生を自身の背中へ押しやる。
そしてMG3を両手で構えると、トリガーを強く引き絞った。
バババババッ!!と、発射速度が速すぎるあまり、1つに繋がった銃声が響き渡る。
凄まじい勢いで空薬莢とベルトリンクが吐き出されていく。
高温の燃焼ガスがマズルブレーキから花弁のように、四方八方へ伸びる。
「男だ!男……ぐえっ!?」
「捕まえろ!遅れ……ぎゃあっ!?」
「やばっ、ヒナだっ……!?」
凄まじい弾幕が、先生へ殺到した暴徒を飲み込んだ。
ヒナが銃口を横へひと薙ぎしただけで、敵がバタバタと倒れていく。
同時にマガジンの中身も空になった。
「ぐっ……カイザーの襲撃か!?」
先生は拳銃を取り出すと、ヒナを庇うように前へ出ようとする。
だがすぐにヒナは、立ち上がってくる先生の頭に手を当てると、グイと下に押し下げた。
「先生は下がって。」
「ま、待て……俺も……!」
「いいから私の後ろに。」
ヒナは機関銃のマガジンを外すと、肩にかけていた長い弾帯を手に取る。
トップカバーを開け、フィードトレイに弾帯をセットする。
カバーを閉じると、ボルトを引き込んだ。
「先生。」
「何だ?」
「後で説教だから。」
そう言うと、ヒナは再び弾幕を張りながら敵へ向かっていった。
入れ違いでイオリの部隊が追いついてくる。
シールドを持った風紀委員の生徒が、先生の前に横列を作る。
「先生!引くぞ!」
「ヒナの援護は?」
「委員長なら大丈夫だ!むしろ私達が足手まといになる!」
「あ、ああ……。」
イオリに連れられて、風紀委員の庁舎まで辿り着く。
改めて広場の先を見る。
そこには、暴徒が累々と倒れ伏す光景があった。
そしてその中心に、機関銃を片手にヒナが独り立っていた。
⬛︎
あれから少しして、執務室ではヒナの説教が行われていた。
生徒が教師に物を言うなど、おかしな光景だったが、ヒナは至って真面目に言葉を続ける。
「先生、私の言ったこと、理解したかしら。」
「ああ……迂闊だった。すまない。次からヘリで来るよ。」
「そういうことじゃない。撃ち落とされるだけ。」
「しかしだな……。」
「次からは迎えを寄越す、それか私が迎えに行く。いい?」
ヒナはずいと先生に詰め寄る。
風紀委員長としての、有無を言わさぬ圧に先生は首を縦に振った。
その反応を前にヒナは先生から離れる。
本当は内心、恥ずかしさで爆発しそうになっていた彼女だったが、いつものポーカーフェイスで乗り切った。
まあ、頭上のヘイローと背中の羽は正直だったのだが。
しかしそれを指摘される前に、無理やり話を進める。
「それで?わざわざ危険なゲヘナに来た理由は?」
「アビドスについてだ。どうせもう知っているだろう?」
「ええ、既に市街地の大半は陥落していることもね。」
何も言わずに、隣からアコがタブレットをヒナへ手渡す。
彼女はそれを一瞥すると、画面を先生へ向けた。
そこにはアビドスと他学園との境界地域が映されており、カイザーは境界線の手前にPMCの戦力を配置していた。
そんな状況に先生は息を呑んだが、対照的にヒナは涼しい顔で言葉を続ける。
「この流れなら、もしかすると、ギヴォトス初の企業による学園が誕生するかもしれないわね。」
「それを俺は止めたいんだ。」
「カイザーを倒す気?」
「いや、少し違う。」
先生はホシノのことを話した。
彼女を取り戻せば、学校を存続させることが出来ると。
カイザーの行為に正当性は無くなると。
「なるほどね……確かに筋は通っているわ。でも、どうやって小鳥遊ホシノを取り戻すの?戦力差は圧倒的だわ。」
ヒナの質問に対して、先生は頭を下げた。
「頼む、助けてほしい。」
先生の行動に、周りのアコやチナツは、ギョッとしたように目を見開いた。
しかしヒナは眉ひとつ動かさない。
「助けることで、ゲヘナに利益はあるのかしら。」
「それは……ある。シャーレに貸しを作れる。」
「なるほど、つまり……。」
ヒナは身を乗り出す。
そして頭を下げたままの先生を、下から覗き見た。
「キヴォトス唯一の超法規的組織を好きに使えるカードをゲヘナは……いえ、私たち風紀委員が手に入れられるわけね。」
「そうだ。」
先生の答えを聞いて、ヒナは姿勢を戻す。
そして機嫌良さそうに口を開いた。
「いいわ。シャーレに協力する。ただ、トリニティを刺激しない為にも、大々的な地上侵攻は無理よ。せいぜい支援攻撃が限界だわ。」
「十分だ。ありがとう。」
「ええ、では具体的な内容を……。」
ヒナの羽がまたも嬉しそうに動く。
だがその時、会話を遮るようにバタンと扉が開かれた。
「そ、その話!ちょっと待ってください!」
「ぬっ。」
「誰かしら?」
そこに立っていたのは1人の生徒。
風紀委員の黒いセーラー姿だったが、何故か頭を隠していた。
ファストフードの紙袋で。
その立ち姿と声には、覚えがあった。
「なっ……誰か!侵入者よ!」
すぐにアコがルガーP08を引き抜き、ヒナの前に立ち塞がる。
だが紙袋の少女は落ち着いたように懐から何かを取り出した。
握り込むタイプのスイッチのようなもの。
彼女はそれを見せびらかすように掲げてくる。
「お、落ち着きましょう?私も、これを使いたくはありませんし……。」
「自爆テロですか?委員長相手では力不足ですね。」
「でも、先生にとっては致命的ですよね?」
少女はセーラー服をたくし上げる。
すると、その下にはプラスチック爆弾らしき大量のブロックがベストに固定されていた。
もし起爆すれば、一瞬の爆轟の後、衝撃波と破片が執務室を破砕するだろう。
生身の先生がどうなるかは言うまでもない。
すぐにヒナは、アコとチナツに銃を下げさせる。
「何が目的?」
「いえ、上が少し話したいとのことでして……。」
少女は懐からひとつの携帯端末を取り出すと、地面に滑らせる。
ヒナが手に取った時、端末から着信音が鳴った。
すぐに通話ボタンを押す。
「私よ。」
[ごきげんよう。ゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナさん。]
聞こえてきたのは予想以上の大物の声だった。
ヒナは電話をスピーカーに切り替えると、音量を上げる。
「ティーパーティーが何の用?」
[その話、我々も混ぜてもらえないでしょうか?]
「いつも通り、がめついわね。」
[行動が早いと言ってほしいところです。]
ヒナは紙袋の少女へ視線を送る。
この距離では、相手が起爆装置を握り込む前に制圧することは不可能だ。
「けれど、先生を人質に取るなんて、流石に度が過ぎてないかしら?女としても、軽蔑に値する行為だわ。」
[ええ、本当ですね。我ながら心の痛い限りです。まさか先生の拉致未遂を犯した某組織と同じ過ちを犯すとは……。]
ギクリと、背後のアコが肩を震わせる。
部屋中の視線が彼女へ向く中、先生は口を開く。
「俺に用があるのか?」
[……っ。]
電話の相手は先生の声を聞くと、急に黙り込んだ。
深呼吸だったり、何か小声での会話が漏れてくる。
ガンバレだのヘタレだの、励ましや罵声が飛び交うこと5秒ほど。
ようやく返事がきた。
打って変わって緊張したような雰囲気だったが。
[はっ、初めまして、先生。私、『
「あぁ……もしかして、ヒフ……そこの紙袋の上司か?前は世話になったな。」
[い、いえ、我々と……いえ、私と先生の仲です。協力することに何の躊躇いがありましょうか。]
直後、またもや会話が途切れる。
何やら電話の向こうで揉めているらしい。
[ちょっ……ミカさ……このっ……。]
「あー、それで、要件は何だ?話に混ぜろってどういうことだ?」
[えっ、ええ、我々トリニティはシャーレへの軍事支援の用意が出来ています。ゲヘナと違って、限定的な火力支援ではなく、直接、先生を護衛することが可能です。]
「なるほど……見返りは?」
[そうですね……こうしましょう。次のお茶会に先生を招待しますので、出席してもらえば。]
「ほう……随分とこちらにとって魅力的な取引だな。」
[でっ、ですよね!?では、我々のアセットが案内するので……。]
その時、話を遮るようにバン!と、ヒナが机を叩く。
彼女の機嫌は見るからに急降下していた。
「手羽先が勝手に話を進めないで。」
[あら……ちんけな支援で恩を売ろうとした悪魔が何かほざいているようです。]
「こんな下劣な手を使う時点で、負けていたのはそっちよ。それも自分の部下を自爆犯に仕立て上げるなんて、どっちが悪魔なんだか。」
[条約締結前に学園間のパワーバランスを崩そうとした貴女の落ち度とまだ理解出来ませんか?ああ、手羽先よりほっそい羽持ちには不可能ですね。]
売り言葉に買い言葉。
ヒナもナギサも、先生と話す時とは真逆の、非常に低いトーンで言葉を投げ合う。
だが彼女達はヒートアップするあまり、先生の存在が頭から抜け落ちていた。
「つまり、双方の均衡を考慮して、どちらにも支援は得られないってことだな?」
「だから……えっ?」
[……あぁ、いやっ、そういうわけでは!]
「エデン条約に関しては聞いている。少なくとも今は、こっちが話を持ち込むべきじゃなかったな。すまなかった。」
先生は席を立った。
「他のところを当たってみるよ。邪魔した。」
ヒナはらしくもなく右往左往し、ナギサは電話の向こう側で言葉を詰まらせている。
だがその時、先生の前に紙袋の少女が立ち塞がった。
彼女は重い溜め息をつく。
「はぁ……あの、お二人とも。協力するという考えはないんですか?先生のことになると周りが見えなくなるのは分かりますけど、側から見ればかなり滑稽ですよ?」
少女の言葉にヒナは押し黙り、ナギサは電話越しにドタンと倒れ込む音が聞こえてくる。
「ゲヘナとトリニティがシャーレと協力してカイザーを撃退。シャーレには見返りとして、仲裁役をやってもらう。その流れで条約を締結する。これでいいじゃないですか。」
「……そうね。それがいいわ。」
[がふっ……ひ、ヒフミさんの言う通りだと思います……。]
ヒナとナギサは渋々ながらも、首を縦に振った。
もちろん完全に納得したわけではない。
だが、先生がこの場からいなくなるよりは、100倍マシだと判断した。
それからはとんとん拍子に話が進んだ。
会合はトリニティも交えて、シャーレで行うこととなった。
ゲヘナの車列に前後を守られながら、先生は装甲車を発進させる。
隣に座った紙袋の少女に、先生はサムズアップをした。
「また助けられたな。ありがとう。」
「えへ……先生のためですから。」
「あと、もう『チーズ』は外していいんじゃないか?」
「はい、そうで……えっ、気付いてたんですか?」
「そりゃまあな。バラすと、お前さんが取り押さえられそうだったから黙ってたが。」
先生は少女の爆弾ベストからブロックを1個手に取る。
コードを引き抜くと、出てきたのは信管ではなく、ただの鰐口クリップだった。
包装を剥がせば、香ばしい良い香りが漂ってくる。
「匂いもそうだが、起爆装置もちぐはぐだぞ。持ってるそれだって、ただタイマーを設定するだけのヤツだ。」
「あぅ……まだ勉強不足みたいです。」
「補習が必要だな。」
「先生がやってくれますか?」
「俺で良ければ。」
車内は和やかな雰囲気が広がっていた。
その光景を背後の護衛車両から、そして上空のドローン越しに恨めしそうに眺める者たちがいた。
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