シロコ達は傭兵の襲撃に対して近くの建物に籠ることしか手段が無かった。
これで敵がチンピラなら単なる的当てで終わったかもしれないが、今回の相手は戦闘を生業にする専門家たちの集団だ。
武器の種類やグレードが優れているのはもちろんのこと、動きも素人臭さを感じさせない場慣れしたものだった。
ヘルメット団の時とは違って、先生からの細かい指示が無い中、代役のアヤネがドローンからの映像を元に状況を伝えていく。
[正面の車に2人、その隣の車に3人隠れています!]
「分かった!そっちは私がやる!」
[あっ、右から新たに3人近付いてきています!シロコ先輩の真下に取りつきました!]
「ん、手榴弾を投げる。セリカ。」
「ホシノ先輩!気をつけてね!」
[はいはーい、隠れるよー。]
シロコとセリカの姿は建物の2階にあった。
2人はピンを抜いた破片手榴弾を窓から放り投げる。
空中でレバーが外れたそれらはパンと軽い音を響かせた。
「ん?」
「やばっ……手榴だ……!?」
数秒後、手榴弾は地面へ落下すると同時に爆発し、大量の破片を周囲に撒き散らす。
フィクションとは違い、現実の手榴弾は加害範囲が非常に大きい。
建物に迫っていた傭兵3人は数メートル以上離れていたにも関わらず、全員が身体の耐圧限界を超える爆風と破片を食らってしまった。
ヘイロー持ちのキヴォトス人でなければ無惨な姿となっていただろう。
「うへ〜、やっぱり爆弾はおっかないね〜。」
破片は1階に居たホシノまで飛来していた。
彼女は傷だらけになった棚のバリケードから顔を出す。
敵集団は強行突破を諦めたのか、足を止めていた。
「ん……数でのゴリ押しはやめたみたい。」
「流石にヘルメット団とは練度が違うわね……このまま闇雲に突撃してくれた方が楽だったんだけど……。」
アヤネからの報告が激減したことを怪訝に思ったシロコとセリカはそっと下を覗く。
何やら敵は遮蔽に隠れたまま射撃を続けており、今は屋上のノノミと撃ち合っていた。
このまま消耗戦に持ち込ませる魂胆だろうかと予想するシロコだったが、そのアテはすぐに外れたことが分かった。
屋上のノノミから通信が入る。
[あのー、奥から何か運んできているのが見えますねー。かなりの長物ですー。]
「げっ!?重機関銃!」
「ん、分かってる。」
シロコとセリカは即座に壁から離れると、地面に這いつくばった。
直後、ドガガガガ!!!と、凄まじい轟音と共に破片と粉塵が彼女達へ降りかかり、部屋が柵無しのベランダへと加工され始めた。
傭兵団が持ち出してきたのは対物ライフルに使われるような大口径弾を発射する機関銃だった。
ノノミのミニガンによる分間6000発の弾幕も凄まじいものだったが、こちらは銃弾1発が持つエネルギーが桁違いである為、破壊力は比べ物にならない。
1発でも被弾すれば即座にノックアウトということから全員が撃ち合いを放棄して建物の奥へと避難していく。
「うわぁ……もうめちゃくちゃだよー。」
[ん、建物の持ち主がかわいそう。]
[多分、少し離れたとこに居る人ですかね。膝から崩れ落ちてます。]
[私達が勝手に巻き込んだんだけどねー……。]
気付けば3階建てだった建物の正面は窓も含めてほとんど壁が無くなっており、ぐちゃぐちゃになった内装と、剥き出しになった鉄筋が傭兵側からもよく見えた。
どうにか機関銃手を狙撃出来ないものかと、ノノミが顔を覗かせようとするが、すぐに鉛弾が飛来してくる。
機関銃の援護を受けながら再び傭兵団は突入を試みてきた。
シロコとセリカが撃ち下ろそうにも弾幕を前にしては動けず、遂には室内への侵入を許してしまう。
すかさずホシノがショットガンとバリスティックシールドを用いた持ち前の近接術で、敵を水際で食い止めるものの、状況は刻々と悪化の一途を辿っていく。
「うぅ……先生、まだですか……!」
今度こそ絶体絶命の場面に焦るアヤネだったが、ある時、ドローンの機器が近付いてくる1つの飛行体を捉えた。
そちらへカメラのレンズを向けると、プロペラが6つ付いた大型のヘキサコプターであることに気付く。
拡大すれば何か重そうな物体をぶら下げており、真っ白な機体には見覚えのあるロゴが施されている。
「あっ……!」
アヤネはそれの正体を理解すると、急いでホシノ達に通信を繋げた。
「全員、今すぐ遮蔽に隠れてください!」
[また新しい敵?]
「航空支援です!爆風と衝撃波が来ます!」
⬛︎
傭兵による一方的な攻撃は離れた位置に退避していた先生とアル達からもよく見えていた。
傭兵団の部隊長からの報告を受けて、満足そうにアルはほくそ笑む。
先生はというと意外にも平静を保っており、ハルカに銃を向けられたまま、露天商に並べられた椅子に腰を下ろしていた。
その冷静さにムツキは興味を覚えると、彼の顔を覗き込む。
「ねえ、随分と余裕そうだね。心配じゃないの?」
「ああ、彼女達なら大丈夫だ。お宅らが雇った連中じゃあ倒し切れんよ。」
「ふーん……もっと慌てふためくかと思ったんだけどなぁ……。」
「あいにくとこういうことは初めてじゃないんでね。それより、この後はどうするつもりなんだ?俺を拉致するか?」
先生の挑発にカヨコがすぐさま反応する。
「私達をそこらのチンピラと一緒にしないで。少なくとも社長は関係ないカタギに手を出すつもりはないよ。例えウン千万で捌けそうな男でもね。」
「そうかい……おっ、もうそろそろお前さんらも加勢した方がいいんじゃないか?今もまた1人やられたようだぞ。」
その時、傭兵の突入部隊が屋内へ侵入し、直後に激しい黒煙が屋内から吹き上がる。
時間差でアルの通信機にBチーム全滅の報が入った。
正確には半数が戦闘不能という意味だが、欠員だらけの部隊では十分に戦うことは出来ない。
建物を制圧しつつあるにも関わらず、増え続ける損害にアルは歯噛みしながら後退と再編を支持する。
「どうした?もう終わりか?」
「ふ、ふん……!まだよ!まだ負けたわけではないわ!」
アルは気丈に振る舞いながら先生へ顔を向けようとするが、異性への耐性ゼロということから瞬時に正面へ向き直る。
幸いにも先生からすれば彼女は堂々としている風に見えたが、実際は照れと焦りと不安で情緒はぐちゃぐちゃになっていた。
しかしどうにか便利屋68の社長としての威厳を保たんと、必死に表情と所作を保ち続ける。
まあ、室長と課長にはバレバレだったのだが。
「アルちゃん焦ってるねー。」
「便利屋の資金全てを投入した一大ギャンブルだからね。失敗すればまたオフィス無くなるかもだし。」
「ちょ、ちょっとそこ!変なこと言わないの!」
「あはは、ごめんごめん。フラグだったね。」
「だからそういうことは……!」
言うな、というアルの言葉はムツキ達には届かなかった。
何故ならそれ以上の轟音と衝撃波が襲ってきたから。
ドッッッッ!!!っと、巻き上げられた砂煙が黒煙と共に通りを覆い尽くしていく。
アルは風でぐしゃぐしゃになった髪の毛を直しながら後ろを向くと、視界に映ったのは道路上に発生した巨大な爆煙だった。
突然のことにあんぐりと口を開ける。
「えっと……ハルカ、爆弾をしかけた?」
「い、いいえ?私はアル様に言われた通り、銃を向けていました。」
「ムツキ、C4は……。」
「ここにあるけど?」
「カヨコ……。」
「知らない。少なくとも傭兵じゃなさそうだけどね。」
アルは慌てて通信機を手に取り、傭兵側に連絡を取る。
しかし聞こえてくるのは代理の副隊長の悲痛な報告だけだった。
状況がひっくり返ったことに頭の中が真っ白になっていると、背後からわざとらしい演技がかった声が聞こえてくる。
「あーあー、随分と派手にやっちゃって。しかし威力は絶大だな。爆薬の塊を非武装のドローンから落とすだけの即成兵器だったが、上手くいったみたいで良かった。」
「あ、貴方……!」
「どうする?まだやるかい?」
「い、いや、まだよ!傭兵の数はそっちよりも多いわ!」
懲りずに攻撃命令を出そうとするアルだったが、先生はやれやれとかぶりを振る。
「リーダーならもう少し潮時ってものを見極めるべきだったな……ユウカ、カマしてやれ。」
先生がそう言った次の瞬間、シュアアッ!!っとけたたましい音を立てながら何かが、尾部に長い紐らしきものが繋がったそれが頭上を高速で駆け抜けていった。
そしてアルが指示を出す前に再び大きな爆発が発生する。
「なっ……なぁっ……!?」
「あちゃー。ありゃキツイねぇ。」
爆煙が消えると見えてきたのは破壊し尽くされた道路と建物。
衝撃波と破片のダブルパンチを食らってダウンした傭兵団の死屍累々とした姿も確認出来る。
もはや作戦継続が可能かどうかは言うまでもない。
しかしアルの脳裏に諦めの2文字は無かった。
こうなったら自分達が行くしかないと、肩に下げたG3バトルライフルを手に取ろうとする。
だがそれはハルカの焦ったような声によって中断された。
「あ、アル様、後ろから何か来ています!」
「うわ……社長、逃げた方がいいかもよ。」
「今度はいったい……げっ!?」
後ろを向いたアルの目に入ってきたのはキュラキュラと履帯の音を立てながらこちらへ近付いてくる1両の装甲車だった。
真っ白に塗装された車体には砲塔が載っており、機銃も含めてしっかりとアル達の方向へ指向されている。
「さて、ここらで終わりにしないか?もうこれ以上の戦闘は不要だ。」
「う……うぐ……。」
「俺は先生だが、別に君たちを上へ突き出したりはしない。逃げても追いはしないさ。俺もここへお忍びで足を運んでいるわけだし、それに……。」
耳をすませると、かすかにサイレンの甲高い音が聞こえてくる。
おそらく通報を受けた自警団が近づいて来ているのだろう。
そのことに気付いたのか、遠方では傭兵団も這う這うの体ながら勝手に撤退を始めていた。
「うぅ……。」
アルは作戦の完全な失敗を理解した。
嫌が応でも理解せざるを得なかった。
初めてのマトモな、『それらしい』依頼だからと、一生懸命に考えた作戦は完膚なきまでに叩き潰され、自分達は戦うことすらしないまま、敵に早く逃げろと諭されている。
それもよりにもよって希少なイイ男に。
アルは惨めでならなかった。
悔しくてしょうがなかった。
アウトローとしても、女としても。
銃で仕留められるより、よっぽど屈辱だった。
「……ぐすっ。」
「あっ……アルちゃん……!」
「社長……。」
感情が一気に膨れ上がり、遂には溢れ出てしまう。
俯きながらポロポロと涙を流すアルを前に、すかさずムツキが駆け寄ろうとするが、先に先生が歩み寄る。
そして彼女の肩に手を置いた。
「まあ、作戦自体は悪くはなかったぞ。殿様みたいに離れた場所で指揮ってところがアレだったかもしれないが。」
「だ、だって……そっちのほうが……アウトローっぽいと……思って……。」
「ん?アウトロー?なら、尚のこと前線を張るべきだろうな。ああ、言われなくても分かっている。俺を現場から避難させるってのもあったんだろう?」
「それは……その……。」
「ありがとうな。わざわざ気遣ってくれて。本当なら俺達がチンピラと戦っている時に、混乱に乗じて丸ごとやれたろうに。」
「うぇっ……!?」
先生はポケットからハンカチを取り出し、腫れる前にと、涙でいっぱいになっていたアルの目元を拭く。
アルは突然ことに飛び上がりそうになった。
そして遅まきながら先生が、その匂いがハッキリと分かるくらい近くに居ることに気付いた。
泣き顔から一転し、目元どころか顔全体を真っ赤にしてしまう。
しかし幸せな時間はすぐに終わりを迎えた。
すぐ後ろで歩兵戦闘車が停まり、ハッチから1人の生徒が顔を出してくる。
「先生!大丈夫ですか!?」
「ユウカ、助かったよ。ありがとう。」
「いえ、そんな……ご、ご無事なら何よりです。」
青みがかった髪色のツインテールと白を基調としたミレニアムの制服が特徴の生徒、『早瀬ユウカ』は視線を逸らしながらそう呟く。
彼女は前述したシャーレの当番の生徒であり、先生の業務においてのサポート役を務めている。
今回、先生の救援に対してドローンを飛ばしたのも、再生したばかりの
ただ今はそのことを賞賛している暇は無いようで、先生はさっさとトリニティの生徒を連れて車両へ乗り込んだ。
かと思えばハッチから再び顔を出し、アル達へ手招きをする。
「やっぱり乗れ。早く逃げるぞ。」
「えっ……わ、私達は敵よ?」
「でも生徒に変わりはない。急げ、自警団が来る。」
アルは困惑から思わず固まってしまう。
だが背後から軽く押されたことで我に返った。
「アルちゃん、早く行こ。」
「でも……。」
「社長、信用しても良いんじゃない?」
「わ、分かったわよ……。」
それから一行はシロコ達を回収すると、サイレンを鳴らしながら追ってくるジープの群れから逃げ出した。
⬛︎
先生達は乗ってきたバンを回収し、どうにかブラックマーケットを脱出することに成功した。
ある程度安全なところまで行くと、便利屋を降ろす。
「ここからは歩いていけるな?」
「え、ええ……その……ありがとう。」
「ああ。」
さっさとアルに背中を向ける先生だったが、そこへ彼女からの待ったがかかる。
再度振り向くと、アルがゆっくりと近付いてきた。
「どうかしたか?」
「き、聞きたい事とか無いのかしら?借りを作りっぱなしは癪なの。」
「そうか……じゃあ、雇い主の名前は?」
「っ……。」
先生の質問にアルは一瞬黙り込んだ。
周りのムツキとハルカ、カヨコも心配そうな視線を彼女へ向ける。
しかし結局、アルはすぐに口を開いた。
「か、カイザーよ。あの有名なカイザー。」
「カイザー……分かった。」
アルから発せられた単語について、あいにくと先生は心当たりが無かった。
しかし先生の後ろに居たホシノ達アビドス組はどうやらあったようで、各々目を見開かせていた。
それに先生も気付く。
「……いや、どうやらウチにとっては意外な存在だったらしいな。情報ありがとう。」
「いいの。どうせ盛大にしくじったんだし。」
アルは背中を向けると、軽く手を振ってその場を離れていく。
便利屋一行の姿が小さくなると、先生達もそれぞれ帰路についた。
「……で、カイザーって何なんだ?」
ユウカの装甲車と別れ、バンを運転しながら先生はそう呟く。
すると通信機を介してアヤネが答えてくれる。
[大手複合企業『カイザーコーポレーション』です。文字通りスプーンから陸上戦艦まで何でも扱っています。]
「テラグループみたいなやつか……それがお宅と何の関係が?」
「ん、お金を借りてる先がカイザーの銀行、カイザーローン。」
「あー……なるほど、こりゃあ単に金を返すだけじゃ終わらなそうだな……。」
事情を理解した先生は軽く溜め息をつくと、自身へ向けられる複数の視線に、心配そうな感情を含んだそれに気付いた。
「大丈夫だ。こういうことには経験がある。俺も一度裏切られた身だからな。」
そう気丈に振る舞ったものの、先生に何か有用で具体的な案があるわけではなかった。
どうしたものかと頭を抱えていると、バックミラーの中に白い制服が、アビドスとはまた違うデザインの上着が映り込んでくる。
ここであることを思い出した。
「あっ………そういえばトリニティの子、名前は?」
「「ん?」」
「「えっ?」」
「ぴいっ……!?」
先生を除く、その場に居た全員がバンの中を見る。
そこでは一度に注目を集めたおかげか、隅っこで縮み込まっている1人の少女が居た。
よろしければ高評価又は感想をお願いします。作者のモチベが爆上がりするので。