ファンタジア・レコード外伝 新たな神と傭兵の青年   作:明日田錬武

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第一話 新たな神

 かつて幻想郷と呼ばれた地があった。

 しかし、今はその名を失いエルドラと呼ばれている。事の詳細はあえてここでは語らない。

 そのエルドラのとある廃神社に一つの影があった。

 影は女の姿をしていた。髪は茶髪でポニーテールにまとめられ、眼は紅く瞳孔が縦に裂けていた。服は茶色、焦げ茶色、黄土色といった土に似た色合いの斑模様が入った和服であった。

 影の名はレン。化けヤモリの妖怪である。

 化けヤモリとは、長い年月を生き延びてきたヤモリが文字通り化けたものである。

 レンはこの廃神社を住み処に気ままな日々を過ごしていた。

 ある晩の事である。その晩はやや風が強く廃神社の拝殿にはスキマ風が吹いていた。

 その風が気に入らないのか、レンは床ではなく拝殿の梁の上に寝転がってただ夜がふけるのを待っていた。

「少々腹が減ったな。この風ではその辺の虫も吹き飛んでしまっているだろうしな…… 何か食い物が向こうからやっては来ないものか」

 そんなことを言いながら梁の上で寝返りをうつ。

 するとその時だった。廃神社の境内が少し騒がしくなったかと思うと、拝殿の戸が勢い良く開かれ中に四人ほどの人間たちが入ってきた。

 幼い男児とそれよりも幼い女児、そして二人の両親と思われる大人が二人。どうやら家族のようだ。

 一家は拝殿の中央に固まってうずくまっている。父親と思われる人間は左腕から血を流しており、母親と思われる人間がそれを手当てしていた。

「くっ、ここなら大丈夫なはずだ」

 苦悶の表情を浮かべながら父親が言う。

「本当に大丈夫なの? 父さん」

 男児が不安そうに聞く。

「ああ、そうとも。それよりもここでは静かにしないとだぞ」

 父親が右手で男児の頭をポンポンと叩く。

 レンはその様子を黙って梁の上から眺めていた。

「ここはな、神様のいる場所なんだ。だから静かにしないと神様が怒って出てくるぞ」

 父親がそう言って辺りを見回した時だった。ふと上を見た父親の視線が梁の上から見下ろしていたレンの視線と交わる。父親は固まって震え始めた。

「お父さん?」

 女児が父親に声をかけるが父親はレンを見つめたまま動かない。

 すると次の瞬間、レンは梁の上で跳ね起きると軽く跳躍して一家の前にドスンと降り立った。

 目の前に現れたレンを視認して数秒後、悲鳴が上がる。

「うわぁぁぁぁ!!」

「きゃぁぁぁぁ!!」

 男児と女児はしりもちをつき、這って両親の影に逃げる。母親は子供たちの前に出ていながらも今にも叫び声を上げそうだ。

「人の寝床でずいぶんと騒がしいな。こちらは腹も減っていて気分が悪いんだ」

 レンは不機嫌そうに言いながら父親を睨み付ける。

 父親はいまだ血が流れる左腕を気にすることも無く、速やかに土下座をした。

「お休みのところ大変失礼しました。どうか、どうか御許しを」

 レンは父親から母親へと視線を向ける。母親はヒッと小さくうめき子供たちを抱え込む。

「御許しください神様。罰を与えになるというなら私たちだけに……」

「何? ああ、お前たちは何か勘違いをしているな。私は別にこの神社の神ではないぞ」

 親たちは驚いた表情を浮かべ顔を見合わせる。その間にレンは子供たちへと目を向けた。二人とも両手で顔を覆って震えている。

 レンはため息をつく。

「こんなんでは取って喰ってやろうとも思えんな。私の気が変わらん内にさっさと出ていけ」

 レンがそう言うと父親が足元にすがり寄ってこう言う。

「お、お待ちください。私たちは訳あって追われているんです。今晩だけでもここに隠れさせてはいただけませんか」

「ほう、聞くだけは聞いてやるか」

 レンがしゃがみこんで父親から話を聞こうとしたその時だった。

「オラァ! 権之助ッ! ここにいるんだろ! さっさと出てこんかい!」

 拝殿の外から怒声が聞こえてきた。一家は再び固まって頭を抱えている。

「あれは、お前の連れか?」

「ああ、もうおしまいかぁ……」

 レンは返答にならない返答を受けたあと拝殿の外の方を見る。

「オイッ! コラッ! 出てきやがれ権之助!」

 怒声はいまだに続いている。その声に苛つきを感じたレンは怒鳴り返す。

「やかましいぞ! お前の探しているであろう者はここにいる! だから静かにしろ!」

「女の声ぇ!? ハハッ! 権之助、お前追われの身の癖に嫁さん以外の女をたらしこんでるのか!? バカなことしてねぇでさっさと出てこい!」

「そんなに会いたけりゃ自分から来たらどうなんだ!?」

 怒声がピタリと止み、風の音だけが聞こえる。

「そうか。そんじゃあ!!」

 次の瞬間、拝殿の戸が内側に蹴破られバラバラになる。そして外から筋肉隆々の厳つい大男がヌッと現れる。

 大男はレンを一瞥したあと父親を見据えニタリと笑みを浮かべた。

「やぁぁぁぁっと見つけたぞ。権之助ッ! さあ逃がさねぇぞ!」

 大男は父親に飛びかかろうとしたがレンに制止された。

「ぁん? 邪魔すんなよ」

「人の寝床で散々騒ぎ立てておいて、やることやって『はい終了』はないだろう。訳ぐらいは話してもらおうか」

「へっ、理由もクソもあるかよッ。この野郎は親の代からの借金を溜め込んだままトンズラかけやがったんだよッ!」

 そう言って大男は父親を指差す。父親は母親と子供たちを庇うように前へと出た。

「私は返せるだけの金は返した。あくる日も働いて働いて…… でも最初の話になかった高額の利子を付けてきたのはそっちのはずだ! それに、担保として妻と子供たちを出せって言うじゃないか! そんなことを言われれば、私たちは夜逃げするしかなかっただろう!」

 レンは大男に侮蔑の目を向ける。

「親の業を子にまで負わせ、更にはその子供にまで。金貸しとしては上等だが、人としてはいささか底辺であるとしか言えんな」

「何だとッ!?」

 大男は懐から大ぶりのナイフを抜き払うとレンに突きつけた。ナイフには血が付いており、父親の傷はこれによるものと思われる。

「どこの誰だか知らんが、人の商売にケチつけやがって……! へへっ、こんな廃神社にたむろってるようなやつだ。殺っちまったところで誰にも迷惑はかからんなぁ!」

 大男はナイフを振りかぶるとレンに向けて振り下ろす。レンはそれを立ち尽くしたまま黙って受けた。

 左の肩口から入った刃はそのまま胸を切り裂き、腹を切り開いて右の脇腹から抜ける。袈裟斬りというものだ。時間差で傷口からパッと鮮血が噴き出す。

「ハンッ、他愛もねぇ。次はてめぇだ権之…… す…… け……?」

 大男が異変に気がついた時には既に遅かった。レンの傷口から流れ出した血の量は致命傷レベルである。しかし、レンはそれでもなお平然と立ったままだ。

 そればかりか傷口が塞がりつつある。これはただの人間にはあり得ない現象だった。

「まさか…… 妖怪!?」

「ご名答」

 レンは目にも止まらぬ早さで大男の首を鷲掴みにすると、尋常でない握力でこれを締め上げる。

「うぉ、あ、が、ぐぇ」

「人の夜を荒らした上にいきなり切りつけるとは。不愉快この上ないな」

 レンの紅い瞳が強く光を放つ。大男は先程までの威勢を完全に失い、レンから逃れようと死にものぐるいでもがくがその度に首にかかる圧が高まっていく。

「往生際が悪いな。さっきの威勢はどうした?」

 その時、レンの腹からクゥゥと音が鳴った。

「そういえば腹も減っていたな」

 レンはそう言うと大男を見て舌なめずりをする。大男の顔はそれまでの赤さを失い真っ青となる。そして一層暴れて拘束を逃れようとした。

「久々に大物だな……」

 ふとレンは後ろを見た。そこには唖然とした表情の一家が彼女を見ている。それはこれから起きるであろう事への恐怖が混じっているようにも見えた。

 レンは再びため息をつくと大男を引きずって拝殿の外へと歩き出す。

「お前たちはそこにいな。特に子供たち、お前たちは絶対に外に出るなよ」

 そう言い残して。

 レンと大男が外に出てから三十秒程が経った時、耳をつんざくような悲鳴が一瞬上がり後にはまた風の音だけが聞こえてきた。

「お父さん、今の何……?」

 女児がふるふると震えながら父親の袖をギュッと掴む。

「大丈夫だ。きっと大丈夫だ」

 父親は腰砕けになりそうなのを必死にこらえ、壊れた戸から外を見ている。

 五分ほど過ぎた頃、レンは拝殿に帰ってきた。その服は真っ赤な鮮血に染まっており、口元も赤くなっていた。

「ふぅ、満腹満腹。久々に大層喰ったな」

 その様子を見て一家は凍りついている。

「で、お前たちはこれからどうするんだい? 追っ手はこの通り私の腹の中さ。人里に帰るのかい?」

「いえ、私たちは既に家すらも売り払ってしまっているので…… 今さら人里に戻っても帰る場所がありません」

 父親が答える。

「そうかい。まあいい、今晩はここで過ごせばいいさ。お陰様で腹も膨れたしな」

 そう言い残すとレンは跳ね飛んで梁の上に飛び乗り、そこで横になって寝始めた。

 一家も各々顔を見合わせた後、拝殿のすみに固まって座り込み寝息を立て始める。

 外はいつの間にか風が止んで静かになっていた。

 

***

 

 レンが目を覚ますと既に日は高く昇っていた。梁の上から下を見下ろすと、そこにはもう誰も居ない。

「全く、挨拶もなしか」

 レンは少し愚痴ると再び梁の上で横になる。腹もまだ満腹なので特にやることがないのだ。

 変化が起きたのは正午を過ぎた頃だった。拝殿の中に誰かが入ってきたのだ。レンは梁から飛び下りてその者の前に降り立つ。

「誰だ。 ……って昨日の」

 そこにいたのは昨晩の一家の父親だった。腕の傷には包帯が巻かれ、反対の腕には抱えるように沢山の果物がある。

「昨晩はありがとうございました。これはほんの御礼です。どうかお納めください」

「まるで神か何かに対する反応だな。私は既に言った通りここの神ではないぞ」

 レンがそう言うと父親はひざまついて頭を垂れた。

「そんなことはございません。私どもからすれば貴女様はまさに神も同然。お陰様で一家は無事、人里に隠していた金も回収できました」

「意外としたたかなのだな」

 レンが呆れ気味に言うと父親が続く。

「実は折り入ってお願い事があるのですが……」

「なんだ? 言ってみろ」

 父親は顔をあげる。

「ここに住み込みをさせていただけませんか」

 思わぬ願いにレンはやや驚く。

「……別に構わんが、知っての通り私は人喰いの妖怪だ。まあ滅多に喰わんがな。そんなものの所に住もうなど物好きを超えて異常者だぞ」

「貴女様が救ってくださらなければ家族は終わっていました。この恩義、我が一族が続く限り返し続けさせていただきます」

「……好きにしろ」

 レンはそう言って拝殿の真ん中で横になった。

「最後に、お名前をお聞きしても」

「レンだ」

「ははぁ、レン様。今日の所はここで失礼させていただきます。明日からは家族も連れて来ますのでよろしくお願いいたします」

 父親は深々と頭を下げると拝殿から出ていった。

「何やら妙なことになったな」

 レンはひとり呟いた。

 

***

 

 翌日からレンの日常は大きく変わった。

 まず騒がしくなった。父親はあの晩の家族を連れて帰ってきたかと思うと「まずはお住まいを整えなくては」といって廃神社の修繕を始めた。

 修繕は一月ほどもかかり、ボロボロだった屋根や壁は真新しいものに見えるほど綺麗に修繕され、誇りが溜まっていた拝殿も輝くほどに整えられた。

 そんな状態にされては、それまでの状態に慣れていたレンとしては気が落ち着かないというものだ。

 次に食事が欠けることが無くなった。レンは人喰いの妖怪であったが、化けヤモリとしての性分か基本の食べ物は虫であった。

 その虫を子供たちが遊びがてら捕まえてきてはレンに献上するようになったのだ。お陰でレンは飢える事が無くなった。

 そして、何故か参拝客が来るようになった。

「おお、この方が権之助が言っていた神様か」

「いや、私は神では……」

 今この時もレンは参拝と称して廃神社に訪れてきた人間を応対している。

「何を言いますか。貴女様は神様と呼ぶ他にありません。貴女様のお陰で、大勢の者たちが救われたのです」

 父親が隣からレンにそう言う。どうやらあの晩にレンが喰らった大男は人里の悪徳借金取りを束ねる者だったようで、あの一家の他にも苦しめられていた者たちが大勢いたという。それらの者たちが感謝の意を伝えに参拝してきたのだ。

「ありがたやありがたや…… 家を守ると書いてヤモリ、貴女のお陰で多くの家があのにっくき悪党から守られました」

「そこまで言われると、悪い気はしないが……」

 レンは少し照れ臭そうに顔を背ける。

「後日御礼の品を持って再び参ります。何とぞ、これからも御加護を」

 そう言って参拝客は帰っていった。そしてレンが息つく間もなく次の参拝客がやってくるのだった。

 

***

 

 夜になると流石に参拝客は途絶え、廃神社に静けさが戻る。拝殿の隣の離れでは一家が夕飯を囲んでいる。

 レンは一人、拝殿の屋根に登って月を眺めていた。

「なんだか凄いことになってきたぞ。むげには出来んが、私はただの妖怪だ。何の御利益もない。これからどうしたものか」

 彼女がため息をついたその時だった。彼女の隣に背丈ほどもある大きな鏡が宙に現れ、その中から一人の女が出てきた。

「こんばんは。神様」

 女は金髪に赤い洋服をまとい、全身に鏡のアクセサリーをつけていた。

「これはこれは。人里の賢者じゃないか。名前は……」

 女はニコリとレンに微笑んだ。

「九条鏡華ですわ」

 九条鏡華。彼女はこのエルドラの共同管理者たち、通称「賢者」の一員である妖怪だ。

「ああ、そうだそうだ。で、その鏡華さまがこんな矮小な妖怪に何のようだ?」

「そう謙遜しなくても良いわ。今宵は貴女に提案があって来たのよ」

「提案?」

 レンが怪訝そうに鏡華を見つめる。

「そんなに警戒しないで。単刀直入に言うなら…… 貴女、本当に神様になってみる気はない?」

「……は?」

 レンは理解できないという顔をする。

「貴女は十分に信仰を得ている。あとは体裁を整えて儀式をすれば、貴女は晴れて正式な神となれるわ」

「私には、神など荷が重い」

「あらあら。でもこのままじゃ、折角の里人たちからの信仰が無駄になってしまうわよ」

「そもそも、この廃神社の神はどこへ行った。私が今受けている信仰は、元々はここの神に向けられるべきもののはずだ」

 レンがそう言うと鏡華はクスクスと口元を隠しながら笑った。

「ここの神はとっくの昔にいないわ。それこそ、このエルドラが幻想郷と呼ばれていた時からね」

「なにっ」

 鏡華は屋根に腰を掛けて月を見上げる。

「貴女はこの神社の名前を知っているかしら?」

「さてな。私がここに来たときには既に荒れ放題で、名前などが分かるものは何も残っていなかった」

「ここはね。元は博麗神社と呼ばれていたの」

 レンはその名を聞いて目を見開く。

「博、麗……! まさか」

「そのまさか、よ。ここはかつて幻想郷の結界の要だった」

「そんな場所がなぜこんな有り様に?」

「必要無くなったからよ。幻想郷がエルドラになったときにね。でもあんまり荒れ放題にさせておくのも気が引けていたのよ。前任者の八雲紫に申し訳ないと思ったし。だから、貴女にはここの後釜を頼みたいの」

「私はただの化けヤモリだ。そんな由緒正しき神社の後釜など……」

「貴女は特別なことをする必要もなく、ここに存在するだけでいいの。今まで通りね」

「……私は何もせんぞ」

 鏡華はニヤリと笑った。

「交渉成立、ね。ああそうだ。折角神になるんだから、そばに神職を置かなくちゃね。誰が良いかしら」

「それなら私に選ばせてもらえないか」

「心当たりがあるの?」

「まあそんなところだ」

「そう、じゃあそれは貴女に任せるわ。では、また近々……」

 鏡華はそう言い残すと鏡の中に入っていき、その鏡も溶けるように消えていった。

 

***

 

 翌日。レンは拝殿の中央にあぐらを組んで座り、思考を巡らせていた。

 神になる。その言葉が頭をぐるぐると回り続けている。言葉としては簡単だが、その意味は重い。

「……レン様?」

 レンはハッとして思考の世界から戻ってくる。目の前には両手いっぱいにコガネムシを捕まえたあの男児がいた。

「すまない、少し考え事をな」

 男児はコガネムシをザルに投入するとうやうやしくレンの前に差し出した。

「今日のお昼です。どうかお納めください」

 自力で食事となる虫を捕まえてきたレンには他人から与えられることに抵抗があった。しかしそれもかつてのこと。ここ最近はこうして食事を献上されることにも慣れてきた。

「いつも悪いな」

 レンはザルを受け取る。そしてそこから逃げ出そうとしていた一匹のコガネムシをつまむと口に放り込んだ。男児はそれを興味深そうに見ている。

「美味しいですか?」

「ああ、カリカリしてて旨いぞ。お前も食べるか?」

 レンはそう言ってコガネムシを持って男児に差し出した。

「え。いや、その……」

「ははは、冗談だ」

 彼女は差し出したコガネムシを自分の口に入れて舌でコロコロと弄くる。そしてじたばたと口の中でもがくコガネムシを楽しんだあと奥歯でパキリと噛み潰した。

「そういえばお前、名前はなんだったか」

「はい、いさな権太です」

 男児、権太は答える。

「そうだったそうだった。なあ権太、実はお前に相談したいことがある」

 レンがそう言うと権太は起立してピチリと固まる。

「俺が出来ることでしたら」

「まあそう固くなるな。簡単には言うとな、私は本当の神になることになりそうなんだ」

 それを聞いた権太は驚いた表情を見せる。

「昨日の晩に九条鏡華が来てな。この神社の祭神をやってくれ、って頼まれたんだよ。おかしいよな、私はただの化けヤモリなのにさ」

「いえ、レン様は神様になるにふさわしい人だと思います」

 レンは照れ臭そうに笑った。

「そう言われると悪い気はしないな。まあなんにせよ、その話を受けることにしたんだ。そこで身近に神職を置くことになったんだが…… 私はお前の一家を神職に選びたいと思っている」

 権太は目を輝かせてレンにひざまづく。

「本当ですか!? ありがたき幸せ、これからも尽くさせていただきます!」

「だが権太、お前は本当にそれでいいのか? お前には他にやりたいことはないのか?」

 レンの問いかけに権太を首を横に振る。

「レン様に助けてもらわなければあの晩に終わっていた命です。それを助けてもらったならば、レン様にお仕えするのが道理というもの」

「ふっ、お前は幼いのにしっかりとしているな」

 レンは目を閉じ、そして開く。そこには覚悟が宿っていた。

「よし、私の神職にはお前の一家を選ぼう。これからもよろしく頼む、権太」

「はい!」

 その晩、レンは一家へ神になること、そしてその神職に一家を選ぶことを伝えた。

 

***

 

 数日後、レンは拝殿の中央に立っていた。拝殿は質素ながらも飾り付けが施され、普段と違う空気が満ちている。

 レンの後ろには一家の姿があった。皆、レンと同じ土色の和服に身を包み静かに正座している。

 そしてレンたちを挟むように拝殿の両側に見知らぬ者たちが何人もいる。彼らはここの近辺に住む神や妖怪、そして人里の人間たちだ。

「お待たせしたわね」

 声と共に拝殿の中に鏡が現れ、その中から九条鏡華が出てくる。その手には小ぶりな手鏡が握られていた。

「さて、始めましょうか」

 鏡華はレンの前へと歩いていく。そして前に着くと同時にレンは彼女にひざまづいた。

「今日はこのエルドラにとって重要な日となるわ。永らく空いていた博麗神社の座、それが再び埋まる日…… 今日という日を迎えたことを私はとても嬉しく思っている」

 鏡華は優しく微笑むとレンの手をとって立ち上がらせる。

「さあレン。宣誓して、貴女の神となる決意を」

 辺りがシンと静まりかえる。皆がレンを見ている。レンは自らの胸に手を当て、口を開いた。

「私は、たまたまこの神社に住み着き、そしてたまたま一家を救った。そしていつの間にか信仰を得るに至った。全ては偶然によって導き出された結果だ。だが、私はこの信仰をむげにすることは出来ない。こんな化けヤモリの私とて情のある生き物だ。だから、私はここに宣言する」

 レンは周りを見回す。そして深く息を吸い、吐き、再び口を開く。

「私は、この神社の祭神となり、この地を守る」

「その言葉に偽りは無くて?」

「ああ」

 レンは力強く答える。

「よろしい。では、これを貴女に授けるわ」

 鏡華は手にした手鏡をレンに手渡す。

「その鏡が貴女の依代となるものよ。それに貴女の存在を移すの。出来るわね」

 レンは手鏡を両手に持ち、そこへ自らの意識を流し込むイメージをする。

 十秒ほど経ったとき、レンは強烈な疲労感に襲われて倒れかける。それは手鏡がレンの存在と一体化したことの証であった。

「無事に出来たようね。その手鏡は貴女の依代、貴女自身ともいえるものになった。大切にしなきゃダメよ」

 レンはよろめきながらも手鏡を一家の元へと持っていくと父親、権之助に手渡す。

「……頼む」

「お預かりします」

 権之助は手鏡を茶色の布で厳重にくるみ木の箱へと入れてそっと蓋を閉じた。

 それを見届けたレンは再び鏡華の前に立つ。

「……おめでとう。これで貴女はこの神社の神となった」

 鏡華はにこやかに笑みを浮かべ手を差し出す。レンもそれに応え手を差し出して、二人はかたく握手を交わした。

「この場にいる皆様! ここに、一柱の神が生まれました! そして元博麗神社の新たな門出です! この歴史的瞬間に、彼女の誕生に、喝采を!」

 鏡華の言葉に続き拝殿にいる皆が盛大な拍手を送る。それは神も、妖怪も、人も、別け隔てなく贈られる祝福であった。

「レン、貴女に私から贈り物を」

 鏡華はそう言うと鏡の中から一枚の封筒を取り出してレンに渡す。

「これは」

「貴女の名字よ」

 レンは封筒を開き、中に入っている紙を開いた。そこに書かれていたのは。

「宵、守?」

「そう、宵守。宵守レン、これがこれからの貴女の名よ」

「宵守、レン。これが、私の名」

 レンは噛み締めるように復唱する。

「宵守の由来は、ズバリのことヤモリよ。最初はヤモリにちなんで家守、にしようとも思ったの。でもそれじゃあ捻りがないでしょう? だから少し変化させて宵守にしたの。夜に守る。まさに貴女にピッタリだと思わない?」

「ああ、ほんと。ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」

 その晩、元博麗神社では盛大な宴会が開かれた。それはこの場所においては数百年ぶりの宴会であった。

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