ファンタジア・レコード外伝 新たな神と傭兵の青年 作:明日田錬武
かつて幻想郷と呼ばれた地があった。今は名を変えエルドラと呼ばれている。詳細はあえて語らない。
そのエルドラに一社の神社がある。質素な造りの拝殿と本殿、神職たちの自宅を兼ねた大きめの社務所。そして年期の入った赤い鳥居の上部中央には「月光」の文字が刻まれた比較的新しい額がある。
神社の名は月光神社。エルドラが幻想郷だった時代には博麗神社と呼ばれていたものだった。
博麗神社はエルドラになってから一層廃り、祭神も完全に忘れられ廃神社と化していた。
それを再び興したのが今の祭神である宵守レンとそれに仕える一族、いさな家である。
レンは元は廃神社となった博麗神社に住み着いていたただの妖怪であったが、気まぐれでいさな家を救った事が切っ掛けとなり人々から信仰を得るようになって今ではこの神社の祭神となっている。
レンが祭神となってしばらくした後、元博麗神社は月光神社へと名を変える。それはエルドラが幻想郷との繋がりを絶ち切って独自の道を進むことの象徴でもあった。
時は流れ数百年。月光神社は参拝客に賑わい、レンといさな家の末裔たちは忙しい日々を過ごしていた。
そこへ事件は起きる。
***
月光神社。そこには今日も多くの参拝客が訪れ、レンはそれを拝殿の隅に座って眺めていた。
「レン様。何をされてるんですか」
レンは声の元へと顔を向ける。そこには一人の少女がしかめっ面で彼女を見ていた。
「ああ、参拝客たちを見ていた」
そう言うと少女はもうっ、と言って腕を組んで頬を膨らませる。怒っているようだ。
「今日は人里の唯国さんの赤ちゃんがお宮参りに来る日なんですよ。いつ来るのか分からないのですから、ちゃんと待ってないと」
「まあまあ、そう怒るなよ静乃」
レンは少女、静乃に手を振ってなだめるようにしたが、かえって逆効果だったようだ。
「レン様!」
声を聞いた参拝客たちが何事かと一斉に顔を彼女らへと向ける。静乃はハッと口を押さえ、レンは参拝客たちに対して気にするなと言わんばかりに笑顔で手を振った。
「す、すみませんレン様。つい……」
「いいさ、気になんかしないよ」
静乃ははぁとため息をつくとガックリ肩を落とす。同時に服に取り付けられたアクセサリーの鈴がシャリンと鳴った。
「自分の祭神に声を上げてしまうなんて、巫女失格だわ。私」
「気にするなと言っているだろ」
レンは気落ちした静乃に言った。
いさな静乃。彼女はレンに最初に仕えたあのいさな家の末裔である。
彼女は齢十七で、つい先日巫女の座を親から譲り受けたばかりであった。そして慣れない神事をこなしていく中で少々気がたっていたのだ。故に声を荒げてしまった。
しかし、彼女の言い分も分かる。レンは神としては異例な程フランクなスタイルで、信徒たちの前に普通に姿を現し、そして交流している。これは本来はあり得ないことだ。神というものはもっと厳かで、手の届かないものである。静乃はそう考えているのだ。
「さて、そろそろ行くか。唯国が来る頃合いじゃないか?」
レンは立ち上がって拝殿の外へと向かって歩きだした。
「あ、待ってください!」
その後に静乃が続いていった。
拝殿の外の空は青空が広がる良い天気だった。境内には参拝客がまばらにおり、社務所では静乃の兄弟たちが応対している。
「良い天気じゃないか。今日はきっと何か良いことが起きるぞ」
レンは空を見上げながら言った。
「そうですね。でもレン様、前に同じことようなことを言った日、私のお気に入りの茶碗が欠けちゃったんですよ。レン様の良い予感は何か悪い予感なんじゃないですか?」
「むぅ、失礼な」
レンがそっぽを向いたその時だ。参道を新たな参拝客が上ってきているのが見えた。それは一組の夫婦で、女性の腕の中には産まれたばかりの赤子が抱えられている。
「お、早速来たぞ」
夫婦は鳥居をくぐり抜け境内に入ると辺りを見回す。そしてレンを見つけると早足で歩み寄ってきた。
「お久しぶりですレン様」
「ああ、久しいな。どうだ? 赤子の様子は」
「お陰様で無事すくすくと育っています」
男性がレンへと頭を下げる。
「まだ私は何もしてないぞ。ここまで健やかに育ったのはお前たちの努力の代物だろう」
「ありがたきお言葉…… ではここからはレン様のお力添えもいただきたいと思います」
男性がそう言うと女性がレンへ赤子を差し出した。レンは赤子を受け取って腕の中に抱く。
「元気な男の子じゃないか。このままなら私が何かしなくても大丈夫じゃないのか?」
レンはいたずらっぽく笑ったあと、静かに眼を閉じて言葉を紡ぐ。
「我が加護の地に生まれいずる新たな命よ。そなたの生に幸多きことを切に願わん。エルドラの地に誓い、我が名にかけて加護を」
すると赤子を包むように淡い光が集まりだし、そして消えた。
レンが女性に赤子を返すと男性は再び頭を深く下げた。
「ありがとうございました」
「私がやってやれることも限りがある。結局のところ子を守ってやれるのは親だ。頑張れよ」
その言葉を聞き夫婦は嬉しそうに顔を見合せ、そして再度頭を下げてから境内を出ていった。
レンは後ろ姿を見届けたあと、呟く。
「家族、か」
「へ?」
静乃はそれに驚いたような反応を見せる。
「私はこれまで独り身だからな。ああいうのが羨ましくも思う時がある」
レンはどこか寂しげにそう言った。
「レン様には私たちがいるじゃないですか。これまでも、そしてこれからも」
「ふ、それもそうだな」
レンはもう一度空を見上げ、そして拝殿へと向けて歩きだした。
その時だった。不意に近くの森からけたたましい破砕音が境内に響き渡り辺りは騒然とする。参拝客たちは何が起きたのかと互いに顔を見合わせて不安そうにしている。
「レン様? 今のは一体?」
「分からん。だが、近いな。見に行く」
そう言い残すとレンは境内を駆け抜け音のした森の中へと入った。
「あ、待ってくださいよ!」
静乃もワンテンポ遅れてそれに着いていき森に消えていくのだった。
***
森の中は驚くほどに静かだった。先程の怪音で森に棲むものがあらかた逃げ出したせいだろう。
レンは辺りを見回しながら森を進む。今のところ静けさ以外に異常は見られない。
「ここではない…… もっと奥か」
「レンさまー。はぁはぁ、やっと追いついた」
そこへあとを着いてきた静乃が合流する。
「なんだ、着いてきたのか」
レンは振り返って静乃の方を見た。
「私も御同行しますよ。何かお手伝い出来ることがあればやらなくちゃですし」
静乃は息を整えながらそう言う。
「そうか。だがやることは無いかもしれんぞ」
「? それはどういう事ですか?」
レンは眼を細め森の奥を睨み付ける。
「なにやら悪い予感がする。戦闘にでもなったらお前はむしろ足手まといだ。着いてくるなら私の少し後ろを歩いてこい」
レンはそう言って再び森の奥へと歩きだした。静乃は言われた通り少し離れた場所からレンのあとに続く。
森を進むごとに次第に異常が表れ始める。
まずは人気の無い森の中に何者かの気配が感じられるようになってきた。恐らくは森に棲む比較的強者、妖怪などが自身の縄張りに起きた異変の確認のためにレンと同じく動いているのだろう。
次に臭いだ。森の奥から鼻につく焦げくさい臭いが漂ってきている。心なしか辺りにもやがかかっている気もした。
そして、「毒」の気配だ。説明が難しいがレンは何か強力な「毒」の気配を感じ取っていた。
「この先に一体何が……」
レンは慎重に、そして早急に目的地を目指して進む。静乃はそれになんとか着いてきている。
五分ほど探し回った結果、レンは探していた場所を見つける。
そこには既に数人の妖怪たちがいて、木の影から様子をうかがっていた。
「おい」
「あぁん? うおっ、博麗神社の神じゃねぇか。何でこんなとこにいるんだよ」
「今はもう博麗神社じゃないぞ。それよりも、どういう状況なんだ」
レンも木々の間から顔を出して確認する。
そして息を呑んだ。
「なんだ…… あれはッ!?」
そこにあったのは巨人だった。高さはレンたちの倍以上になるであろう巨人が巨木に背を預けて倒れこんでいる。
「うわっ、何ですかあれ?」
追いついた静乃が巨人を見て驚愕の声をあげる。
巨人はよく見ると右腕と左足を欠損しており、そこから時折バチバチと火花が散っていた。
「あれ、機械なんですか? もしかしてロボットってやつ? うわぁ、凄い。初めて見ました」
静乃は少し興奮した様子で巨人を見つめている。
「興味津々なのは分かるが近づくなよ。あんな有り様だが、動き出すかもしれん」
「いや、ありゃ多分動かないぞ」
レンの隣から見ていた妖怪がそう言う。
「なぜ分かる」
「ああいう機械の人形ってやつはたいてい人が中に乗るんだ。あの胴体の所をよく見てみろ」
レンと静乃は言われた通り巨人の胴体への目を凝らす。そこには開け放たれた扉のようなものがあり、巨人の胴体はある程度の空洞になっていることが分かった。それこそ人ひとり程が入れるほどの。
「胴体が開いている。中に人が居たのか。ではその人間は何処に?」
「そこで倒れてるじゃねぇか」
妖怪が指差したのは巨人から数メートル離れた木の下。そこに一人の青年がうつぶせに倒れていた。
「何!?」
レンはそれを見て驚く。
青年はこの辺りでは見かけない顔で、服装も普通ではない。その格好はかつて外の世界に存在した軍隊と呼ばれたものの戦闘服に似ていた。
「なぜ助けにいかないのですか?」
静乃は妖怪にたずねる。
「分からんのか? この辺りの『毒』の気が」
「毒?」
そこでレンはハッとした表情を浮かべ静乃へと振り向く。
「静乃、お前は戻ってこの事を皆に伝えろ。だが、絶対に近づくなとも伝えろ! 早く!」
「は、はい!」
静乃は言われたままに急いでその場から走り去っていく。
レンは再び青年の様子を見ている。ここからでは生きているのか死んでいるのかすら判別できない。
「直接確認するしかないか……」
レンは意を決し青年の元へと駆け出す。
すると巨人の近くを通るわけなのだが、そこで「毒」の正体が判明する。
「うぐ、この毒は!?」
即座な痛みはない。しかし確実に身体を蝕む毒。細胞を原子レベルで破壊していくその毒の名は。
「放射線か!」
レンの叫びを聞いて周りから様子をうかがっていた妖怪たちに動揺が走る。
「放射線だと!?」
「か、神の毒だ。逃げろ!」
妖怪たちは一目散に逃げていった。
「クソッ、誰もいなくなったか。まあいいさ」
レンは悪態をつきながらも青年にかけよって声をかける。
「おい、大丈夫か!?」
反応はない。レンは青年を仰向けにすると今度は揺さぶる。
「しっかりしろ! 返事をしろ! ……!」
青年は短めの金髪に赤縁の眼鏡をかけていた。顔立ちも整っている。そんな余計なことが頭をよぎり、レンは頭を振って意識から押し出す。
するとその時、青年が小さくうめいて薄く目を開いた。
「大丈夫か? 私が見えるか?」
レンの問いかけに青年は答えない。ただ、右腕をレンの方に伸ばして、手で彼女の頬に触れた。暖かい。
「女神、さま、かな。綺麗な、人、だ…… ここは、天国……?」
青年は微かに口元を動かしてそう言った。そして小さく笑う。
それを聞いて、レンはドクリと胸に鼓動が走るのを感じた。初めての感覚だった。
「ここは天国ではない。お前はまだ生きている」
「生き、て……? そうか、僕、は、まだ……」
青年がそう言うとレンの頬に添えていた手から力が抜け、だらりと地面に落ちる。慌ててレンが心肺を確認するが問題はない。気絶したようだった。
「気絶しただけか。しかし、この巨人と毒。どうしたものか……」
レンは鎮座した巨人を見つめながら言った。するとその時。
「うお、本当に巨人だ」
「本当だ。静ちゃんの言ってた通りだ」
声がして視線を下げるとそこには何人かの人間たちが巨人のそばにいた。
レンは走って駆け寄ると集まっていた人間の一人を張り倒す。
「馬鹿者!! 静乃に近寄るなと言われなかったのか!」
「れ、レン様!?」
人間たちはレンの姿に驚く。
「で、でもレン様。毒って言ったって俺たちゃ何も感じませんぜ」
「放射線の毒が人間に感じ取れるものか! ああ! もういい、ここまで来てしまったのだ、最後まで付き合え。今すぐ戻って静乃から注連縄を貰ってこい。そして、ここに他の者たちを絶対に近づけさせないように言え。その後お前たちは急いで竹林の永遠亭へと向かって治療を受けろ。いいな、これは神からの命令だ!」
「は、はい!」
人間たちは足早にその場から立ち去っていく。残されたレンは青年を担いで巨人から離れた位置に横たえた。
「この者は一体何者なんだ…… あの放射線の中にいても特に毒を受けた様子はない。ただの人間ではないのか」
レンは静かに眠る不可思議な青年を見下ろしていた。
***
しばしの時が過ぎ、レンは人間たちが持ってきた注連縄を巨人の辺り一帯に張り巡らせる。レンの力と縄の力で放射線の封じ込めるためだ。
作業を終えた人間たちに再度治療を受けるように釘を刺した後、レンは青年を抱えて月光神社へと戻っていた。
「お帰りなさいレン様。 ……その人は?」
レンを出迎えた静乃は青年を見て言う。
「ああ、ただいま。あの巨人のそばに倒れていた者だ。お前もさっき見ただろう」
「あ、あの人ですか。大丈夫なんですか?」
「心配ない。気絶しているだけのようだ」
レンは腕に抱えた青年の顔を見る。
「不思議なやつだよ。あんな高濃度の放射線の中にいたのにほとんどその影響を受けていない」
「放射線を? 意外と神か何かだったりするんですかね」
「さあな。なんにせよ、この者が目覚めて話を聞くまでは分からんさ」
レンは静乃に手当ての準備をさせ、青年を神社の離れに連れていった。
簡易的な手当てを終え、青年を布団に寝かせる。いまだに目覚める気配はない。
「……お前は一体何者なのだ。何処から来て、何のために。そしてあの巨人は……」
レンは静かに寝息をたてる青年の隣にあぐらをかいて座る。
『綺麗な人だ』
青年の言葉が頭をよぎり、触れられた頬に手を当てる。
「綺麗、か」
あの時の感覚、あれは一体何だったのだろうか。レンは今までにあのような鼓動を感じたことはなかった。
「無事に目覚めてくれよ」
レンはそう言うと座ったまま眼を閉じて眠りについた。
***
熱い。
まるで蒸し焼きにされるかのような熱さが全身を包んでいる。
身体が動かない。頭のてっぺんからつま先までが自分の意思に反して言うことを聞かない。
熱い。熱い。熱い熱い熱い熱い熱い。
熱い。
「ハッ!」
青年が目覚めると全身を焼いていた熱さは消え失せ、代わりに柔らかい暖かさに包み込まれていた。
自分は何をしていたのか。頭が混乱して頭痛がする。
辺りの状況を確認しようと見回すがボヤけて何も見えない。眼鏡をかけていないようだ。
よく分からないまま手当たり次第に手を伸ばすと馴染みのある感触。いつもかけている眼鏡だ。
青年は眼鏡をかけて再び辺りを見回す。
……知らない場所だ。年期の入った木造建築の中だということは分かった。下に視線を向けると自分の身体に布団がかけられている。
「ここは……」
青年が横へと目を向けると、そこには一人の女性。座ったまま眼を閉じ、寝ているようだ。
その顔を青年は知っている。
「あの夢に出てきた、女神様?」
すると女性はパチリと眼を開き、青年と視線が合う。
「あ。う。お、おはようござい、ます?」
たどたどしくも青年は女性に挨拶をする。
「ああ、おはよう。身体の調子はどうだ?」
女性は凛とした口調で青年に答える。
「えっと……」
青年は上体を起こして女性へと向く。そして腕を伸ばしたり曲げたりして身体を確認した。
「動け、ます。貴女は? そしてここは?」
「私は宵守レン。ここ、月光神社の神だ」
「レン、さん。……え? ここの神……? 本当に、女神様?」
青年はレンに驚きの表情を向ける。
「まあそんなところだ。お前は神社の近くの森で倒れていた。不可解な機械の巨人と共にな」
「機械の巨人? ああ、F・ブレイブのことですか。あれは僕の……!」
青年は固まって言葉に詰まる。
「どうした?」
「僕は、F・ブレイブで戦って、そして……」
青年の動悸が激しくなる。そして頭を抱えてうずくまる。
「僕は、僕は。死んだはず……!」
「おい、落ち着け」
レンは青年の頭に手を置き撫でた。
「まだ混乱しているようだな。詳しい話はまた後で聞こう。それまでゆっくり休め」
「……はい」
レンは立ち上がって部屋を出ていこうとした。するとその時、思い出したかのように立ち止まって青年の方へ振り向く。
「そういえば、名は何と言う?」
「ルアン。ルアン・ローランドです……」
「ルアン、か」
レンは戸を開いて部屋から出ていった。残された青年、ルアンは息を整えて再び布団に横になる。
「僕は一体、どうしたんだ」
ルアンはそう呟いた後、目を閉じてもう一度眠りについた。
***
再びルアンが目を覚ました時には既に夜中だった。彼は布団から出て立ち上がるとややふらつきながらも部屋を出る。そうして離れの中をしばし探索した後、玄関から外に出た。
外は明るかった。ルアンが天を見上げるとそこには大きな輝く星が一つ。
「セカンドムーンにしては大きいし明るい。もしかしてここは……」
その時。
「眼が覚めたようだな」
レンの声がした。ルアンが声の方を見ると境内の中央にレンがたたずんで同じく星を見上げていた。
「どうだ、調子は?」
「ええ、まだふらつきますがなんとか」
ルアンはレンの元へ歩み寄り隣に着く。
「あれは、もしかして月ですか?」
「そうだ。そんな珍しいものでもなかろうに」
ルアンは首を横に振る。
「僕の故郷には月はありません。代わりにセカンドムーンという人工衛星が浮かんでいます」
「月が無い? お前は一体何処から来たのだ……?」
レンはルアンを見つめる。
「それは、これからお話します」
レンとルアンはしばらく月を見上げた後、拝殿に入って話し始めた。
「まずは何から聞こうか…… お前は何処から来た?」
「僕はこの世界線とは別の世界線から来ました。おそらく……」
「別の世界線? しかしどうやって」
「多分、緊急脱出用の転移魔法システムが座標バグを起こしてここへ」
「なるほど……」
レンは腕を組んで考える。
「では次にお前自身について教えてくれないか。お前は何者だ」
「はい。僕はオルフェンズという傭兵団の傭兵です。僕と一緒に見つかった機械の巨人がありましたよね。あれに乗って戦っていました」
「あれか」
レンはあの巨人を思い出す。鎮座した状態ですらレンの背丈をゆうに超える大きさだった。あんなものが戦場で戦っている世界なのか。
「あれは僕の世界ではヴァイスと呼ばれています。僕の乗っていた機体はF・ブレイブ、正確にはそのカスタム機です」
「そうか。しかし、なぜお前とその…… F・ブレイブはこの世界へ? 緊急脱出システムの不調とお前は言っていたが」
ルアンは顔を伏せて答える。
「僕は戦闘中、敵に追い詰められ自爆をしました。その時、脱出用として試験的に搭載していた転移魔法システムが故障して、デタラメな座標に転移してしまった。ということだと思います」
レンは苦い顔をする。自爆、その言葉が引っ掛かったからだ。
「まだ若いのに、自爆を強いられるような戦場に……」
「ええ。でもそうするしか道はありませんでした。僕は戦争孤児です。オルフェンズには同じような境遇の者が多くいました。皆団長たちに助けられ、進んで戦場に出ました。仲間を、家族を守るために」
レンの心は酷く締め付けられた。ここエルドラもかなり劇的な経緯を経て誕生した地である。しかしそれもかつての話。レンが生まれるより前の話であり、本格的な戦いなど遠い話だと思っていた。それが別世界線の話とはいえ、こうして目の前に姿を表した。その事実にレンは目を背けることが出来ない。
「僕は戦場で家族の仇を討つために戦い、そして死んだ。はずだったんです。でも生き残ってしまった。僕はこれからどうすれば……」
レンはルアンに歩み寄ると黙って彼を抱き締めた。ルアンはそれに驚いた表情をするも、すぐに安堵の顔になる。
「お前は頑張ってきたんだな。でも、もういいんだ。ここではお前を戦いに駆り立てるものはない。ここで静かに暮らせば良い。私が面倒をみてやるさ」
「しかし……」
「お前は嫌なのか」
レンの瞳がルアンを映す。
「いえ。そうではないです。ただ、僕なんかが戦い以外の、安心できる生活をするなんて許されるのか。それが分からないんです。元の世界に残された仲間たちはまだ戦いの中にいるはずなのに……」
レンは首を横に振ってそれを否定した。
「お前はお前だ。お前は運が良かったんだ。その運を捨てるな」
「……はい」
レンはルアンの髪をわしゃわしゃと撫でる。
「よしよし。良い子だ」
「止してください。子供みたいな扱いをするのは」
そう口で言いつつも、ルアンの表情はとても安堵したものだった。
その姿を見て、レンはルアンと最初に出会った時の感覚を再び感じる。そしてその感情の正体を理解した。
「なあルアン」
ルアンは顔を上げてレンの目を見る。
「何ですか?」
レンはここまで来て少しためらい、そして意を決したように口を開く。
「私に婿入りする気はないか」
***
「………………へ?」
ルアンは案の定というか、理解できないという顔をしている。
「だから、私と。け、結婚する気はないかと聞いているんだ」
レンは声を震わせながら言う。今さら恥ずかしくなってきたようだ。
「……え、それって。でも、ああ、うう……」
ルアンも言葉の意味をちゃんと理解したようで顔が赤くなっていく。
「ぼ、僕たち知り合ってから一日も経ってないんですよ!? それなのに、け、結婚って……!」
「それは、これから分かりあっていけば良いだろう!」
レンは半ばやけくそになりながらルアンに迫る。
「初めてなんだ…… こんなにも何かを愛おしいと感じるのが。私は、お前が欲しい!」
レンの圧に圧され、ルアンは真っ赤になった顔を背ける。
「返事、少し待ってください。考えさせてください……」
そこでレンはハッと我に帰る。そして抱いていたルアンの身体を解放すると二、三歩後ずさりした。
「す、すまない。私は何を」
「いえ、いいんです。僕も誰かにこんなにも求められたのは初めてなので」
ルアンは顔を伏せながらもどこか嬉しそうに言った。
「今日はもう遅くなってしまった。離れに戻って寝るんだ」
レンはそう言い残すと先に拝殿から出ていった。
一人になったルアンは胸に手を当てる。まだ鼓動が高鳴っている。抱き締められた時の温もりと柔らかさがいまだに感覚として残っていた。
「レンさんと、結婚……」
真正面からぶつけられた好意。それへの耐性を持っていないルアンは正直なところ、結婚に対する答えは既に出ていた。
しかし、それを妨げるものが。
「僕なんかが、幸せになって良いのだろうか……」
ルアンの頭によぎるのは、やはり故郷の仲間たちのことだった。