ファンタジア・レコード外伝 新たな神と傭兵の青年   作:明日田錬武

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第四話 神の愛

 かつて、幻想郷と呼ばれた地があった。今はその名を失いエルドラと呼ばれている。詳細はあえて語らない。

 そのエルドラに一社の神社がある。

 神社の名は月光神社。遠い昔には博麗神社と呼ばれていた場所だ。

 博麗神社は幻想郷がエルドラへとなるに付随し廃れ、廃神社と化した。

 そこへ住み着いたのが後に月光神社の祭神となる化けヤモリの妖怪、レンである。レンは廃神社となった博麗神社で気ままな生活をしていた。

 だがある時、いさな家という一家を助けたことを契機に人々から信仰を得るようになった。

 そして、十分に信仰を受けたレンは正式に廃神社を後継する神となり、元博麗神社は月光神社へと名を変える。

 時は流れ数百年。祭神となったレンとそれに仕えるいさな家は変わらぬ日々を送っていた。

 しかし、そこへ一人の青年が現れる。

 青年の名はルアン・ローランド。異世界線から転移してきた傭兵だ。

 レンといさな家は行く宛のないルアンを月光神社へと受け入れ、そこで新たな生活が始まった。

 ある日、レンとルアンはとある問題を解決するため、ルアンが最初に現れた神社近くの森を訪れる。

 その問題とは、ルアンと共に転移してきた鋼鉄の巨人、ルアンの乗機「F・ブレイブ」の処理だ。F・ブレイブは動力炉に核分裂を使用しており、辺りに放射線を撒き散らす危険な代物だった。

 二人はなんとか動力炉の停止と辺りに散った放射線の除去に成功する。

 そしてその晩、二人は酒を片手に成功を祝うのだった。

 

***

 

 その名の通り月光が照らす夜の月光神社。拝殿に人の気はなく、昼間の喧騒が嘘のように消え去っていた。

 離れではいさな家が夕食を終え、就寝に向けて動いている。

 だが、そこの縁側にはまだまだ夜はこれからだと言わんばかりの二人がいた。

 レンとルアンだ。レンは盃を片手に崩したあぐらかいて座り、ルアンは正座して両手で持った盃の揺れる水面を見ている。

 レンが盃を煽るとたちまちに酒が乾いて朱色の底が見えた。その様子をどこか緊張した面持ちでルアンが見つめる。

「ハッハッハッ。やはり一仕事した後の酒は格別だな! ……どうした?」

 レンは盃に一切口を付けないルアンを見て不思議そうに聞く。

「いや、その…… 僕の世界線だと、僕はまだ酒を呑めないんです」

「法律的な意味か?」

「ええまあ……」

 ルアンが答える最中にも、レンは盃に次の一杯を注いでいた。既に三杯は呑んでいる。

「郷に入っては郷に従え。ここではお前を咎めるやつはいない。もしそんなやつがいたら、私が伸してやるさ」

 レンはそう言って笑いながらルアンの肩をバンバンと叩いた。その度に彼の持った盃がチャプンと音を立てる。

 ルアンはもう一度盃を見つめ、そして意を決したように煽った。

 口の中に未知の苦味と刺激。そしてどこか遠くから微かな甘味。最後に鼻の奥をツンとアルコールが通る。ルアンは激しくむせた。

「ゲホッゲホッ…… これが、酒……?」

「どうだ? 初めての酒は?」

 レンはいつもよりほんの少しだけ頬の紅くなった顔で、ルアンへと楽しそうに聞いた。

「想像してたよりも刺激的な飲み物ですね。炭酸系のジュースとも違う。不思議なものだ」

「なに、すぐに慣れるさ」

 そう言ってレンも盃に口を付ける。

 ルアンは空を見上げ、今となっては見慣れた月を眺める。

「なんだか夢見てるみたいです。神社の手伝いをして過ごす穏やかな日々。ちょっと前まで戦場を駆けていたのに……」

 レンはその言葉の裏にある意味を察して、気をまぎらわすように彼の盃に次の一杯を注ぐ。

「故郷の仲間たちが気になるのか」

「それはそうです。みんなは僕が戦死したと思っているはずですから。出来ることなら、無事を伝えたい」

「それは、戦場に戻りたいってことか?」

 レンの言葉にドクリと胸が鳴った。

「仲間の元へ戻れば、お前は再び戦場へと戻ることにもなる。お前はそれが望みなのか」

 ルアンは沈黙している。

「ここでの生活が気に入らないか?」

「……そういうわけではないです。ただ……」

「もしかして、罪悪感を感じているのか?」

 鋭くなった目付きでレンがルアンを見た。彼はうつむいて盃へと口を付ける。

「仲間たちは今も戦っているはずです。なのに僕だけがそこから抜け出して、こんな幸せな生活をしている。罪悪感を感じないわけがありません」

 レンはズイッと触れ合うギリギリまで顔を近づけた。酒気の混じった吐息が間を滞留している。

「お前を戦いに戻したくはない」

 レンの真摯な瞳からルアンは目を背けた。

「なんで、僕をそんなに気にかけるんですか」

「それは……」

 レンは少し言葉に詰まる。だが、すぐに続きを言った。

「お前が好きだからだ」

 ルアンの顔が酒とは別の赤さに染まる。

「お前と最初に会った時から感じていたこの想い。初めは勘違いかとも考えた。だが、お前と過ごす内にそれは間違いのないものだと確信した。私はお前が好きだ」

「僕は、貴女が思っているような人間ではないと思います」

 ルアンがそう言うと、レンは彼の頬に手を触れた。

「じゃあ教えてくれ。お前はどんな人間なんだ」

「僕は……」

 ルアンはギュッと目をつむり、絞り出すように答える。

「僕は、愚かな人間です。戦争に巻き込まれて、家族を失って、でもオルフェンズっていう新しい家族を手に入れて。なのに前の家族のことが忘れられなくって、復讐をしたくって! それを紛らわすために戦って、時に仲間を戦いに駆り立てて…… たまたま戦場で出会った家族の仇、それを討つために無茶して仲間を無駄に死なせた」

 ルアンの目からは熱い涙が流れていた。頬に触れているレンの手が涙に濡れる。

「そして自爆に巻き込んで、僕の全部の仇を討った。なのに僕は生きている。今ここにいるのは、ルアン・ローランドという愚かな人間の抜け殻なんです……」

 嗚咽し、肩で息をしながら全てを吐き出したルアン。そんな彼をレンは何も言わずに抱き締める。カタリと音を立てて二つの盃、そして酒瓶が倒れ、縁側に小川を作った。

「レン、さん?」

「辛かったな。もう大丈夫。大丈夫だ」

 レンはそう言ってルアンの髪に指を絡める。

「やっぱりお前は大したやつだ。お前と同い年で同じようなことを出来るやつなんてそうそういないさ」

「僕はもう、誰かに必要となんてされません。ましてや愛されるなんて……」

「それを決めるのはお前じゃない、周りの者だ。そして私はお前を求めている」

 レンはルアンを抱き締めたまま縁側で横になった。

「お前の過去は分かった。確かに愚かだな。だが、それもまた愛おしい」

 レンの酒混じりの芳香がルアンの鼻腔を満たして、彼はゆっくりと落ち着いてゆく。

「復讐を終えて空虚になった。ならばその空っぽのお前を私にくれないか? 私ならその空虚を満たしてやれる。いや、満たしてみせる」

 レンはゴロリと転がり、そしてルアンを押し倒すような姿勢になった。

「過去を知った。今も知った。あとは未来だけだ。私に未来を預ける気はないか?」

 ルアンはしばし黙った。そして、小さく頷いた。

「貴女に、僕を預けます」

 レンの顔はたちまちに明るくなり、満面の笑みを浮かべる。

「そうか、そうか! ははは、それは嬉しいな……」

 レンは今更のようにもじもじと顔を背けた。

「ええと、じゃあ…… その、いきなりで悪いんだが…… 一つやりたいことが……」

 ルアンは不思議そうに頭を傾げた。

「く、口づけを、しても、いい、の、か……?」

 レンの言葉にルアンは更に赤くなって、まるで重度の風邪をひいたかのようになった。

「ど、どう、ぞ……」

 ルアンは真っ赤な顔のまま眼を閉じ、レンになされるままとなる。

 レンは震えながら顔を近づける。そして、

 彼の頬に唇を当てた。

「……え?」

 ルアンは思わずそう呟いた。直接唇同士で来ると思っていたからだ。

「すまん。今更だが、酒の勢いで唇を奪うのはどうかと思ったんだ。だからその、今度シラフの時にもう一度ちゃんとさせてくれないか」

 ルアンはきょとんととした顔を浮かべ、そしてこらえるように笑った。

「な。なんで笑うんだ」

「だって、そういう風に改まって言われると、なんだか可笑しくって」

 ひとしきり笑った後、ルアンは静かにレンの顔を見上げる。

「ええ、待ってます」

 レンは口元でニッと笑みを浮かべると「そうだな」と言う。そしてルアンの上からどいた。

「さて、酒の続きを…… あっ!」

「どうしました…… ああ!」

 起き上がった二人の目の前にあったのは傾いて空になった盃と、倒れて中身が流れきった酒瓶だった。

「こりゃ今日はもうおしまいだな」

「ええ、そうですね」

 二人は顔を見合わせて、それから小さくため息をついて肩を落とした。

 

***

 

 翌朝の日が昇った頃。静乃がルアンの部屋の前にいた。今日の仕事について話すためだ。

 しかし、なぜか中には入ろうとしていない。

 それはつい先日にレンが勝手に部屋に入ったことをルアンに咎められていたからだ。

 ただの人が神を非難するということの是非は置いておいて、確かに年頃の者が異性に部屋へと入られるのは気持ちの良いものではない。それは静乃自身もそうだからだ。

 だが、部屋に入らねば話が出来ない。

 静乃はしばらく考えた後、意を決したように部屋の戸へ手をかけた。

「ルアンさーん。失礼しま…… す……」

 戸を開けた静乃の眼に入ってきたのは深い眠りについているルアン。

 そして、彼を抱いて眠るレンの姿だった。

「キャアァァァァァ!!」

「うわぁぁぁぁぁあ!!?」

 静乃の悲鳴に呼応してルアンが叫び声を上げた。

「なんだぁ…… うるさいな」

 そしてワンテンポ遅れてレンが起き上がりあくびを一つ。

「れ、レン、さま…… な、なんでこんなところにいるんですか!?」

 静乃は信じられないものを見たかのように動揺しながら聞いた。

「なんでって、昨日の晩は妙に寒かったからな。人肌が恋しかったんだ」

 レンは平然と答えるが、静乃はそれに対し更にうろたえる。

「寒かったならお布団を増やせば良かったでしょう! だからってなんで男の部屋で寝てるんですか!?」

「細かいことを気にするんじゃない。若いのに小皺が出来るぞ」

「全然細かくありませんッ!」

 静乃はそこでハッとした表情を浮かべ、ルアンを睨み付ける。

「貴方、まさかレンさまに変なことしてないでしょうね!」

「変なこと? するわけないですよ」

「そうなのか。それは残念だ……」

「レンさまッ!?」

 レンはからかうようにニヤニヤしながら言う。

「いやぁ、それにしても。昨日の夜は情熱的だったなぁ…… 久々に身体が火照ったっていうか……」

 レンのその言葉に静乃の顔は真っ青になった。

「貴方、やっぱり変なことしてるんじゃないですか……」

「ちょっとレンさん!?」

 静乃はガクンと首を下に折り曲げ、そして黙って手元に魔方陣を展開する。収納魔法の陣だ。

「え? 静乃さん……?」

 静乃はルアンに答えることなく魔方陣に手を突っ込むと、中から小振りな日本刀を引っ張り出した。

「不埒なひと。貴方は、私がたたっ斬ります」

「ちょ、ちょっとぉ! 話を聞いてくださいよ!」

「問答無用ッ! 斬り捨て、御免!」

 静乃は正気を失った瞳でルアンを見据え、高々と日本刀を構えて振り下ろした。

「うわぁっ! ……え?」

 振り下ろされた日本刀は、ルアンに当たる直前でレンに止められた。片手で刃を易々と止めたのだ。

「止めるんだ静乃」

 静かな怒気を交えた言葉が静乃へと向けられる。

「なんで止めるんですかレンさま……? この者は貴女を」

「こいつは」

 レンは刃を受け止めた方と反対の腕でルアンを抱き寄せると小さく笑い、こう言った。

「こいつは私の伴侶だ」

「……………………え」

 静乃はあまりの衝撃に言葉を失い、日本刀を取り落とす。

「何を、言っているのか。私にはよく分かりません。なぜその人が、貴女の……」

「私が気に入ったからだ。そして昨日の晩、こいつは私の想いに応えてくれた」

 静乃はゆっくりと二人を見回し、最後にルアンの方を見る。

「本当、なんですか?」

「……まあ」

 静乃はめまいを感じてその場に座り込み頭を押さえた。

「なんてことなの…… 神さまとただの人が、こんなことになるなんて……」

 狼狽する静乃を見て諭すようにレンは言う。

「静乃。お前は少々固すぎる。私は神だ。だが、それ以前に一つの人格を持っている。私に厳格でいてほしいというお前の考えも分かる。しかしだな、神と人との関係というのはもう少しフランクでいいと私は思う」

 レンの言葉を聞き、静乃は何も答えない。ただ、沈黙したまま立ち上がって部屋の入り口に向かった。

「静乃」

「少し…… 頭を冷やします。レンさまとルアンさんはどうぞ、そのままイチャイチャしててください……」

 そう言い残すと静乃は部屋を出ていった。

「ちょっと静乃さん!? イチャイチャって何を」

「まあいいじゃないか。あいつもこう言ってることだし、イチャイチャするか」

 そう言ってレンはルアンに頬擦りして髪を撫で回した。

「ああ、うう……」

 ルアンは赤くなってされるままになっていた。

 

***

 

 ルアンがレンに愛でられること約数十分。

「さて、今はこの辺にしておくか」

 レンは満足げな表情で立ち上がって伸びをする。

「もう…… お婿に行けない……」

 ルアンは横になったまま恥ずかしそうに顔を隠している。

「私が身受けしてやるってば」

 レンがやや呆れた顔でルアンを見下ろす。

「そうは言っても、限度ってものがありますよ。本当に恥ずかしいんですから……」

 もじもじとしながら起き上がるルアン。

「さあさあ、今日もやることがあるんだ。シャキッと起きな」

「貴女が言うんですか……」

 ルアンがしぶしぶ立ち上がるのを見届け、レンは部屋の外へと出た。そのあとにルアンが続く。

「それで、今日は何をするんですか」

「そうだな…… あ、アレを何とかするか」

「アレ…… F・ブレイブですか」

 F・ブレイブ。ルアンと共に転移してきた鋼鉄の巨人。動力炉から放射線を放つ危険な代物。彼らは昨日その動力炉の停止をしたばかりであった。

「ああそうだ。放射線は止まったが、機体そのものはまだあそこに鎮座したままだ。放っておくわけにもいかんだろう」

「でも、具体的にはどうするんですか?」

 レンは廊下で立ち止まって振り返り、ニィッと笑った。

「私にツテがある」

 それから二人は着替えて荷支度をし、神社をあとにする。

「今どこへ向かっているんですか?」

 神社から続く道をレンについて歩きながらルアンが聞いた。

「人里だ。あそこには技術者がいる」

「技術者、ですか」

 ルアンは内心不安だった。この世界線に来てから分かったことだが、ここはルアンの故郷よりもずいぶんと技術レベルが低い。そんなところの技術者に何が出来るのだろうか。

「お前は河童という妖怪を知っているか?」

「河童?」

 ルアンは首をかしげた。

「聞いたことはあります。緑色の肌で、頭に皿が載ってるとか」

「オールドタイプなイメージだな。この世界の妖怪は大概、人と似通った姿をしている。化けヤモリの妖怪である私がこのような姿をしているようにな」

 ルアンは少々安心する。自分のイメージ通りの河童が出てきたら、正直悲鳴を上げたかもしれないからだ。

「その河童が人里にいるんですか?」

「そうだ。本来河童の多くは妖怪の山という地域に住んでいる。だが、今あの地域は男が禁制らしくてな。男が産まれると捨てられてしまうのだよ。そうして捨てられた妖怪の生き残りが人里に流れてくるんだ」

 ルアンは赤子が捨てられる様子を想像し、自分の故郷の惨状と重ね合わせて暗い顔になる。

「……なかなかこの世界も殺伐としてますね」

「なあに、これでも安定してきた方さ。この世界線が出来た当初はもっと酷いものだったらしいからな。詳しいことは私もよく知らんが」

「なるほど…… それで、なんでその河童に会いに行くんですか?」

「河童は技術者集団なんだ。それも超一級のな。レベルでいえばお前の故郷に匹敵するかもしれん」

 ルアンは驚愕する。本当にそんなレベルの技術者がいるとは考えられないからだ。

 そして、そこからレンが何をしようとしているのかを考える。

「その超一級の技術者たちに会って、僕のF・ブレイブをどうするんです」

「決まっているだろう。解体処理さ」

 その言葉にルアンは立ち止まった。

「どうした?」

 ルアンはうつむいていた。振り返ったレンが歩み寄ると不意に顔を上げ、その両肩を強く掴む。

「な、なんだいきなり!?」

「解体処理は、止めてください」

「はあ?」

「あの機体は、僕の思い出なんです」

「だがしかし、アレは……」

 ルアンの眼には強い意思が籠められていた。普段のルアンとは全く違う。

「あの機体と戦った日々、それは仲間との日々。それを解体するなんて、僕は了承できません」

 レンは困った顔をしてルアンから視線を背く。

「……分かった。解体は止めよう」

「本当ですか!」

「だが、少なくとも場所は動かさなければいけない。そのためにも河童らの協力が必要だ」

「分かりました」

 ルアンはレンの肩から手を離す。それにレンはホッとした表情を浮かべた。

「では急ごうか。あんまり遅くなると夜になってしまうぞ」

「はい」

 レンは振り向いて小走りで道を進み始め、ルアンがそれを追いかけた。

 

***

 

 人里。そこは字の如く人の里。主に人間はここに住んでいる。一部の例外を除いて。

 そんな人里だが、実のところ人間以外もかなりの数が住んでいる。しかも堂々と。これは幻想郷だった時代にはあり得ないことだった。こうなるに至った経緯を語るには、時間が足りないので割愛しよう。

 レンとルアンは人里に入るとまずは大通りを進んだ。

「へぇ、こんなに人がいるところもあったんだ」

「まあな」

 すれ違う人々、流れていくもの、その全てにルアンは興味津々そうだった。

 ある程度進んだところでレンが脇道に入る。

 そこは大通りと比べて薄暗く、人の気もない。ルアンはえもいわれぬ緊張感を感じた。

「本当にこの先に、河童がいるんですか」

「そうだ。今は人と妖怪の融和がかなり進んではいる。だが、それとは別に河童とは人見知りな連中なんだ。だからこういう人の少ないところを選んでいるのさ」

 二人がしばらく進むと一軒の建物が目についた。レンはそこで立ち止まる。

「ここ、ですか」

「ああ」

 レンは戸を軽く数回叩いた。しかし返事はない。

「反応がないですね」

「おかしいな」

 レンが取っ手に手をかけて引くと鍵がかかっていないのか開いた。中から重いオイルの臭いが漂う。

 二人が中に入るとそこは家ではなく何かの工房のようであった。機械設備がところ狭しと配置され、その様子からここが周りとは異質な場所であることを感じさせた。

「おーい」

 レンが声を出すとカツカツと奥から誰かが歩いてくる音がした。

「ほいほい」

 軽快な返事と共に現れたのは水色の作業服を着た一人の男だった。

「おや、どなたかと思えばレンさまじゃないですか」

 男はレンを見るなり軽く会釈をする。

「久しいな」

「で、なんの御用です? ……それと、そちらは?」

 男はレンの隣に立つルアンをやや警戒した目で見た。

「こいつは私の伴侶だ」

「はんっ!?」

 男は目を見開いて驚き、そして再度ルアンを見る。

「ま、まあ良いんじゃないですか……」

「これからいう用件もこいつ絡みでな」

「と、言いますと?」

 レンは腕を組んで難しい顔をした。

「こいつは異世界線からやって来たものでな。一緒にとある機械も転移してきたのだよ」

 すると機械という単語を聞いて男の目が輝きを宿す。

「ほう…… 異世界の機械、ですか」

「そいつをとりあえずは移動させたいのだが…… ここに置いておくことは出来るか?」

 男は大きく頷いた。

「ええもちろん。うちは機械関連ならなんだってお引き受けしますよ」

 そこでレンはルアンの方を見た。

「と、いうことだが、お前は良いか?」

 ルアンは建物の中を見回して、頷く。

「良いと思います。設備も問題なさそうだし」

「だとさ」

 それを聞いた男はガッツポーズをすると嬉しそうに言う。

「いやぁぁ、異世界の機械に関わることが出来るなんて…… 俺は実に運がいい。それで、その機械はどこに?」

「うちの神社近くの森だ。昼間に運び込むとなると目立ちすぎる。夜の内にここへ持ってきたい」

「わっかりました。後ほど何人か作業員を連れて向かわせていただきます」

 男があまりにも上機嫌なので浮かれすぎて何か問題を起こすのでは、とルアンは少々不安になった。

「ああ、では頼むぞ」

 そう言い残すとレンは一足先に建物を出ていく。残ったルアンは男へ不安げに言った。

「……変なこと、しないでくださいよ」

「変なこと? まさか、大丈夫ですってば。多分」

 ルアンは不安を払拭出来ないまま、レンを追ってオイル臭の満ちた建物から抜け出した。

 

***

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