ファンタジア・レコード外伝 新たな神と傭兵の青年 作:明日田錬武
かつて幻想郷と呼ばれた地があった。今はその名を失い、エルドラと呼ばれている。詳細はあえて語らない。
そのエルドラに一社の神社がある。名を月光神社といい、遠い昔には博麗神社と呼ばれていた場所だった。
祭神は元妖怪、化けヤモリの宵守レン。仕えるは彼女が妖怪時代に気まぐれに助けた一家、いさな家の末裔であるいさな静乃。
そして今、二人の元に新たな人物が加わっている。
その人物の名はルアン・ローランド。異世界線から転移してきた傭兵の青年だ。
ルアンはレンに気に入られ、それは出会った即日に求婚を申し込まれる程であった。
彼はしばらく月光神社での居候生活を過ごした後、レンからの求婚を受け入れ自らの未来を彼女に託す。
そして今、新たな一歩を踏み出した二人の前に一つの問題が立ちふさがる。
それはルアンと共に転移してきた鋼鉄の巨人「F・ブレイブ」の処理であった。
危険な動力炉の停止に成功した二人は、人里にいる河童の技術者にその後を預けることにしたのであった。
***
夜。
エルドラの夜は決して静かではない。それは夜行性の生き物の活動はもちろんとして、夜に生きる妖怪たちの生活が営まれているためであった。
そんな夜に月光神社近くの森の中をいくつかの人影が進んでいる。
先頭を行く二つの影はレンとルアンだ。そしてその後ろに続く幾つかの影は人里の河童たちである。背中には自らと同じかそれ以上の大きさのリュックを背負っていた。
彼らは極力静かに行動することを心がけていた。なぜならば、彼らがこれからしようとしていることはただでさえ目立つことであり、それでいてなるべく目撃者を無くしたい。そんなことだからだ。
不意にパキリと音がして一行は立ち止まる。前にいたレンが振り返ると昼間会った河童が別の河童の頭をボカリと叩いていた。おそらくその河童が木の枝か何かを踏んでしまったのだろう。
「静かにせい、バカモンが」
「す、すいやせん……」
叩かれた河童は頭を掻きながら平謝りする。
叩いた方の河童が無言でレンに頭を下げると、一行は再び暗い森の中を進んでいく。
張り詰めた緊張感の中、森の木々の間を潜るようにしてしばらく進むと目的の場所についた。
注連縄で区切られた区域。その中はつい先日まで強力な放射線によって立ち入ることが許されない危険な場所になっていた。
今ではレンとルアンの行った除染によって外の区域とほぼ変わらない状態になっているが、それでも中へと入るには気が引ける。
一行は音を立てないように注意しながら注連縄を潜り抜け中へと入り、先頭にいるルアンが懐中電灯を点けた。
闇の立ち込める森が淡い光に切り開かれ、ソレの姿を照らし出す。
「お、おぉ……」
照らされたソレを見て河童たちにどよめきが起きた。
「これが、異世界の機械……」
光があらわにしたのは巨木へと腰掛けるように鎮座した鋼鉄の巨人であった。大きさはその鎮座した状態でも一行のそれを倍近く上回る。
「これほどまでのものとは…… いやはや、想像以上とはこの事ですな」
どこか興奮した様子で昼間の河童がレンへと話しかけた。
「こいつを運び出したいんだが…… 今更だがこんな少人数で大丈夫なのか?」
レンは後ろを見て河童たちの数を数える。……全部で六人。どうやってもあのような巨大な物を運べる人数ではない。
「まあ見ててくださいよ」
昼間の河童が合図を出すと他の河童たちが巨人の周りに集まって囲う形になる。そしてあの巨大なリュックの両サイドが開いて、中からこれまた巨大なマジックハンドが出てきた。
「……どういう原理なんですか、あれ。どう見てもリュックに収まりきらない」
ルアンは若干動揺しながらレンにたずねる。
「さあな。収納魔法の応用じゃないか」
レンはさほど興味がないようでそっけなく答えた。
そうしている間にも、河童たちはマジックハンドで巨人の各部を掴み持ち上げ始める。そして巨人の巨体が僅かに浮いた。
だが、それ以上に上がることはなくその場から動いてはいない。
「どうしたぁ! 気合い入れて持ち上げんかい!」
昼間の河童が活を入れるように怒鳴る。もはや先程までの隠密行動が無に帰すような騒がしさだった。
それでも巨人は動かず、持ち上げようとしている河童たちの顔に大粒の汗が滲み出す。
「ダメです、重すぎて動きません」
「気合いだっつってるんだろうか!」
「じゃあ手伝ってくださいよッ!」
思わぬ反論に昼間の河童はうめき、リュックからマジックハンドを出すとしぶしぶ作業に参加した。
「うんっ! あ? うおっ! うりゃあぁ!!」
しかし、河童一人が増えたところで状況が変わるわけもなく、相変わらず巨人は不動のままだ。
「参ったな…… やはりこの人数では動かせんか。後日また河童を集めて……」
レンが両腕を組ながらそう言った時だった。
「お困りのようね」
女の声がした。レンとルアンは辺りを見回し、驚いた河童たちが作業を中断したため巨人がズンと音を立てて地面にめり込んだ。
そして、レンとルアンの前にフッと一つの鏡が宙に現れた。背丈ほどもある大きな鏡だった。
その鏡に女の姿が映ったかと思うと次の瞬間、鏡面からニュッと腕が出てきてルアンは腰を抜かした。
「ヒィヤァァッ!」
情けない声を上げ、ルアンはレンの影に隠れる。
「ふふふ、そんな驚かなくてもいいじゃない」
女の声は鏡から聞こえてくる。それから腕だけだったそれは続いて頭が顔を出し、やがて全身が出てきた。
女だ。毛先だけが紫色の金髪で、紅い瞳と洋服。そして黒いボロボロのマントを羽織った女がそこに現れた。
「久しいわね、レン。最後に会ったのはいつだったかしら?」
女はレンへニコリと微笑みかける。
「さてな、私はあまり記憶力が良い方ではない」
レンはぶっきらぼうに答えた。
「あらら、もうちょっと愛想よくしてほしいわね」
簡素なやり取りの裏でルアンがレンの影から恐る恐る女を見ていた。
その視線に気づいた女はルアンへと顔を向け、またもにこやかに笑みを送る。
「こんばんは」
「ヒッ。ど、どうも……」
ビクビクと怯えながら答えるルアンに対し、女はクスクスと口元を隠しながら笑う。
「貴方がそうなのね。異世界線からの来訪者っていうのは」
「一応、そ、そうなるみたい、です」
「そして……」
女の声が急にトーンダウンしたかと思うと、目付きが鋭くなりルアンを睨み付ける。
「この異物を持ち込んだ犯人」
レンはルアンをかばうように一歩前へと出る。
「こいつが転移してきたのは偶然だ。そして、これが一緒に付いてきたものまた偶然。ルアンに悪意はない」
「悪意がない、では済まされない事柄もあるのよ」
女はどこからか取り出した扇子で顔を扇ぎながら続ける。
「例えば、この機械の動力炉」
レンはその言葉に驚く。
「見ていたのか」
「そりゃあ、私もこの世界線を管理する賢者の一人ですもの」
女は扇子をパチンと閉じて、持っている方と反対の手のひらにパチパチと当てる。
「貴女たちの初期対応はたしかに完璧だといえるわ。でも、これが転移してきた場所がここじゃなくて、人里だったなら?」
「ッ……」
レンは反論できなかった。あの放射線を撒き散らす巨人が仮に人里に現れていたら、一体どのような被害を出していたことか。
「まあ、過ぎたことはいいとして、私が話したいのは今後の事」
「……何が言いたい?」
レンと女との間の緊張感が高まっていく。周りで見ていた河童たちがその場からすぐにでも退散したくなるほどに
「単刀直入に言うわ。この巨人の技術、この世界線へと渡しなさい」
「それは!」
レンの影にいたルアンが前に出て女と相対する。
「あの機体には機密が満載している。その技術を渡すなんて…… できるはずが!」
「やらないなら、破壊するわ」
その言葉にルアンは大きく動揺を見せた。
「してほしくないでしょう? だってあの巨人は貴方とその仲間たちの思い出、なんですものね」
ルアンは圧倒的に不利な状況と女の煽り口調に対し唇を噛むしかない。
「解析作業は人里にある河童の工房で行わせる。……さっきから黙っているそこの貴方たちのところよ」
思わぬ話の振り方に河童たちはどよめいて互いに顔を見合わせるしかなかった。
「そこまで運ぶのは私がやってあげる。移動させるなら早いうちに、そう思っているんでしょう?」
「……何から何までお見通し、ってわけか」
レンはそこでチラリとルアンの方を見る。相変わらず苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「で、どうするの? 破壊する? それとも技術を提供して最低限残す?」
女は閉じた扇子の先でルアンを指す。
「……一つ、聞かせてください」
「何かしら?」
ルアンは意を決した顔つきで、こう言った。
「貴女は、この技術を使って何をする気ですか」
「戦争よ」
女は即答した。
「確固とした証拠はないわ。でもね、私は近々大きな問題が発生すると感じ取った。それは異変なんか可愛いレベルの、もっと大きな問題。それはきっと、戦争と呼ばれるものになるわ」
「貴女の感覚で……!」
「私は世界線間の観測も行っている。そこで起きる『揺らぎ』にこのごろ顕著な変動が確認されているわ。貴方が転移魔法でこの世界線へと来たのもその『揺らぎ』が導いたから。私に言わせれば、貴方は今後に起きるであろう動乱の斥候も同然なのよ」
女はキッと歯ぎしりする。
「今度は負けられない、次はもうない、だから出来ることは全てやる。どんなことでも…… そのために、貴方の巨人の技術が必要なのよ」
ルアンは一文字に口を閉ざしたまま女を見つめている。
しばらくして、諦めたかのようにため息をつくと「どうぞ」とだけ言った。
「交渉成立、ね」
女は指をパチンと鳴らした。すると巨人の真上に巨人と同じほどの大きさの鏡が現れ、その鏡面へと巨人を飲み込んでしまった。あとには何も残っていない。
「もう河童の工房へと転送したわ。今頃工房は大騒ぎ、かもね」
巨大な鏡も夜の闇へと溶けるように消え去る。それを呆然と見ていた河童たちはハッと意識を覚醒させると、一目散に森を駆け抜けていった。残されたのはレン、ルアン、そして女。
「さて、今晩のやることは済ませたわ。私はこれでおいとまさせて……」
「待ってください」
召喚した鏡へ入ろうとしていた女をルアンが呼び止める。
「何かしら」
「名前も素性も分からない相手に、大切なものを預けるのは気が引けます。教えてください、貴女は誰なんですか」
女は少し考える素振りを見せた後、ニヤリと笑みを浮かばせて答える。
「私は九条鏡華。鏡の妖怪であり、この世界線『エルドラ』を管理する賢者たちの一人…… これで満足かしら?」
「ええ、まあ」
「そう、じゃあ」
鏡華は鏡の鏡面へと手を触れるとそのまま飲み込まれるように鏡へと入り、やがてその鏡自体も音もなく消えてしまった。
そうして他に人がいなくなり、静けさを取り戻した森の中でレンとルアンはただ立っていた。
「……戻るか」
「……はい」
やるべきことを失った二人は暗い森の中を歩きだし月光神社への帰路につくのであった。
***