ファンタジア・レコード外伝 新たな神と傭兵の青年   作:明日田錬武

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第六話 神と巫女

 かつて幻想郷と呼ばれた地があった。今はその名を失い、エルドラと呼ばれている。詳細はあえて語らない。

 そのエルドラに一社の神社がある。名を月光神社といい、遠い昔には博麗神社と呼ばれていた場所だった。

 そこの重要人物は三人。

 一人は祭神の宵守レン。元は化けヤモリという妖怪だったが、紆余曲折があり月光神社の祭神となる。

 次の一人はレンに仕える巫女、いさな静乃。レンが妖怪時代に気まぐれに助け神となる一因となった一家、いさな家の末裔である。

 最後の一人はルアン・ローランド。異世界線から転移してきた傭兵の青年であり、レンの伴侶である。

 彼らは一見して何の変哲もない生活を送っていたが、その影には大きな問題があった。

 それはルアンと共に異世界線から転移してきた機械、鋼鉄の巨人「F・ブレイブ」の処理である。

 危険な放射線を放つ動力炉を停止させ、周囲の浄化を行ったレンとルアン。

 それから二人はF・ブレイブを移動させるために人里の河童たちに協力をあおぎ作業を始めるのだが、そこへある人物が現れる。

 その人物の名は九条鏡華。エルドラを管理する「賢者たち」の一人だ。

 鏡華はルアンへF・ブレイブの技術をエルドラへと提供するように迫り、さもなければ機体を破壊すると宣言。

 F・ブレイブに思い入れのあるルアンは渋々その条件をのみ、技術提供へと協力することに。

 そんな出来事より一晩が経った頃、レンとルアン、そして静乃の三人はF・ブレイブが搬入された人里の河童工房へと足を運んでいた。

 

***

 

 人里。

 文字通り人間たちの住む里。そこは一見するとなんら変わりない生活が営まれているように見えた。

 しかし、大通りから離れた裏道の河童工房では大騒ぎが起きていた。

「お前らぁッ! もっとキビキビ動かんかいッ!」

 怒声を上げる河童と、それを受けてあわてふためきながら作業をする河童たち。作業場はまさに喧騒をぶちまけたという表現がピッタリな程荒れていた。

「おぉい! 追加のクレーンはどうしたぁ!? あんなもん一台じゃ動かせんぞ!」

 リーダー格の河童、玄三がまたも怒声を上げるとそれに合わせて河童たちが行ったり来たりを繰り返す。

 この大騒ぎの原因は玄三の目の前にある一機の機械であった。

 鋼鉄で出来た五メートル級の巨人。これが一晩の内に工房のど真ん中でドンッと鎮座していたのだ。

 事情を知っている河童は玄三含め六人しかいない。ゆえに大多数の何も知らない河童たちは、起きてきたらいきなり工房に巨人が現れていたという状況だ。

「玄三さんッ、だいたいこのバケモンは一体何なんです!?」

「いいから黙って作業場へと運ぶんだよッ!」

 玄三は質問してきた河童を追い返すと両腕を組んで巨人を見上げた。

「全く、聞きてぇのはこっちだってのによ……」

 右腕と左足を欠損しているが、ほぼ人の形を保っていた。これが高度な技術で造られたものだというのは一目で分かる。

「まあ、解析してみるしかねぇか」

 するとそこへ二台のクレーンが到着し、ワイヤー先のフックを巨人へと引っかけた。

「よーし、引き上げろッ!」

 玄三の指示で二台のクレーンが動き出す。昨晩は六人がかりでも動かなかった巨体がゆっくりと吊り上げられ、移動を開始した。文明の利器とは凄まじいものである。

「おっし、そのままそのまま……」

 順調に作業場へと向けて移動していると、玄三は後ろから声をかけられた。

「なあ」

「ぁあ? こっちは今忙し……」

 玄三が振り替えるとそこにいたのは。

「すまん。一応作業を見学させてほしくてな」

 レンだった。その後ろにはルアンと静乃の姿もある。

「うぇっ、レン様!?」

「おっと、驚かせてしまったか」

「すみません、お邪魔します」

 ルアンが軽く会釈すると玄三もそれに返す。

「はっはっ、まあいいですよ。ええと…… レン様の旦那さん?」

 玄三がそう言うと不意に彼は鋭い視線を感じる。ドキリとして辺りを見回すとその視線の主は静乃だった。

「まだ旦那じゃありません。それに私は認めません」

「は、はぁ……?」

「静乃」

 レンは静かに、そして怒気のこもった声で静乃の名を呼ぶ。

「いい加減に認めたらどうなんだ?」

「それでも私は……」

「まあまあまあ」

 不穏な空気をかき消すように玄三が割って入った。

「それよりも、皆さんあれを見に来たんでしょう? もうちょっとしたら作業場に着きますんで。それまでお茶でも」

 玄三は近くにいた河童を一人捕まえると耳打ちし、それから三人を別の部屋へと手招いた。

「あんまり綺麗じゃないですが、勘弁してください」

 そう言って案内した部屋はどうやら河童たちの休憩室のようだった。くたびれた三人がけソファーが二つとテーブル、壁には年期の入ったテレビが備え付けられ、なぜか冷蔵庫が三台もあった。

「お好きな所へどうぞ」

 玄三に進められ三人は各々ソファーへと座る。レンはドカリと真ん中に座り、その右に静乃が静かに座る。そしてもう一つのソファーへと座ろうとしたルアンをレンが制止して手招く。

「どうした? こっちに座れよ」

 レンは自らの左のスペースを軽く叩いてルアンを呼ぶ。しかし、ルアンは静乃の貫くような視線を気にして苦笑いするしかない。

「ん? あ」

 レンは静乃の様子に気がつきズイッと顔を寄せた。

「……そろそろ本気でいい加減にするんだよ」

「それはこちらのセリフです。レンさまもいい加減にしてください」

「何だと」

 静乃の言葉にレンはカチンと来た。

「ルアンさんを大変気に入っていらっしゃるようですけど、神である以上立場というものを考えてもらわなければいけません。第一に……」

「第一に?」

「人間は神よりも早く死にます」

 その言葉を聞いた瞬間、レンは無言で立ち上がり静乃の目の前に立つとその頬をおもいっきりひっぱたいた。

「あ……」

「え……」

 玄三とルアンはその瞬間を目撃して固まる。

「……黙れ」

 静乃はすぐには状況を理解できなかったのか、はたかれた頬を押さえレンを見上げた。

「レン、さま……?」

「お前の一族には世話になってきた。それこそ数えきれない程にな」

 レンは怒り心頭といった様子で静乃を見下ろす。

「だがな、だからといって何を言っても良いと思ってもらっては困るのだよ。これは私の考えだ。私の気持ちだ。私の愛だ。それを否定する権利は誰にだってない。無論、お前にもだ」

 静乃は黙って聞いていたが、やがて肩を震わしながら涙をこぼす。

「何で、レンさまはそんなに自由なんですか。なのになんで、私はこんなに我慢しなくちゃなんですか」

 レンはその反応に逆に驚いた。

「私だって、もっと自由にしていたかった。でもご先祖さまから代々続く栄誉ある仕事だからって我慢してきました。遊びたいのも、面倒くさいってのも、全部圧し殺して。なのに」

 静乃はうつむいてその目尻から大粒の涙がしたたる。

「酷いです。酷すぎます。こんな仕打ちってないですよ。私は一体何のためにこんなに我慢してきたんですか」

「静乃……」

 静乃の感情の吐露は続く。

「だいたい、ルアンさんだけが大事なんですか。今まで仕えてきた私のご先祖さまたちは大事じゃなかったんですか」

「そんなことは」

「じゃあなんで! 今さらになって人間を好きになったりしたんですか!」

 答えはレンの中になかった。ただ本当にルアンと出会い、それが運命的であったとしか言いようがなかった。

「私はレンさまを敬愛しています。親愛しています。砕けた言い方を許してもらえるなら、大好きです。それこそレンさまの血を引いていたかったぐらいに……」

 巫女や神主といった神職が仕え先の神の血を引いているというのは珍しい話ではない。それゆえ静乃にとってレンの血を引いていないというのはある種のコンプレックスとなり、彼女のフラストレーションを加速させる一因となっていた。

「……神として存在するだけでいい。鏡華はそう言っていたのだがな」

 レンは神となる切っ掛けとなったあの晩を思い出す。あの時、気まぐれに人間など助けなければこんなことにはならなかったのだろうか。長いいさな家の歴史の中で静乃だけが異端なわけではないだろう。きっとこれまでも気づいていなかっただけで、他にも静乃と同じような思いをした者がいたはずだ。一家を見捨てて不幸の連鎖を始めないべきだったか、はたまた神に成る話など乗らないべきだったか。

「レンさん」

 ルアンの呼び声で思考から現世へと引き戻された。

「静乃さんの気持ちも分かりました。なぜこれほど僕とレンさんを近づけさせたくないのか」

 ルアンの言葉をその場の皆が聞いている。

「確かに僕は神様の伴侶なんて器じゃないと思います。今の僕は空っぽの空虚です。でもレンさんはその虚ろな僕を選んでくれた。だから僕は未来を預けることにしたんです」

 ルアンは静乃を真っ直ぐな眼で見つめる。

「静乃さん、僕はレンさんに見合うような人間になってみせます。時間はかかると思います。それでも、どうか見届けてくれませんか」

 静乃は鼻をすすり、目元の涙をぬぐい、上目遣いでルアンを見た。

「本当に、レンさまは幸せな方ですね。こんなにも想ってくれる人ができたなんて。私はきっとこのまま一人……」

「静乃さんにだって大切な人はできますよ。必ず」

 静乃は顔を上げ微かに笑う。

「もう、認めます。月光の巫女としてお二人のご婚姻を。だから約束してください。どんなことが起きようとも、決して離れないと」

 その言葉にレンとルアンは互いに顔を見合わせた後、深く頷いた。

「ええ、もちろん」

「もとよりそのつもりだ」

 それからレンは膝立ちとなって静乃を優しく抱き締め、頭を撫でる。

「さっきはすまなかった。……痛かったか」

「はい、痛かったです。とても……」

「どうか赦しておくれ、静乃。お前の気持ちに気づいてやれなかったことも」

 静乃の瞳から再び大粒の涙があふれ、こぼれ落ちる。

「赦します。赦しますから。だからどうか、約束を守って私の分まで幸せになってください」

「お前の幸せはお前のものだ。これまでの分はこの先で必ず補てんしてやる。そしてこれからはお前も幸せになるんだ」

 やり取りを横から見ていたルアンは神と巫女という関係を超えた二人にどこか疎外感を感じながらも、その光景の美しさに心を揺さぶられていた。

「……お取り込みは終わりましたかな?」

 不意に休憩室の入り口から声がして三人はそちらを見た。そこにはいつの間にか離席していた玄三が手にしたお盆に急須と人数分の湯呑みを乗せて立っていた。

「こちらの移動作業はもう少しで終わりそうですわ。茶を一杯飲むくらいの時間です」

 玄三は誰も座っていないソファーへと腰かけお盆をテーブルに置くと各々の前に湯呑みを配置する。そしてテーブルの隅に置いてあった電子ケトルのスイッチを押した。

 ケトルはほんの数十秒で水を沸かして電源が切れた。ルアンはそれを見て驚愕する。

「え、もう沸いたんですか」

「ええ、早いでしょう? うちら河童は水に関わる技術が特に秀でてましてね。こういうものは得意なんですよ」

 玄三はそう言いながら急須へと湯を注ぎ入れた。少しすると辺りに茶のわびさびた香りが漂い始める。

「そろそろですかな」

 急須を手にしてそれぞれの湯呑みに茶を注ぐ玄三。量もぴったり四人分で無くなった。湯の量を適正に入れることは茶を入れる時において重要なことの一つである。これもまた玄三の河童としての能力がなすことか。

「さて、皆さんどうぞ」

 三人は先に湯呑みを手に取ると静かに口をつけた。しかしただ一人、茶の熱さに小さく悲鳴を上げたものがいた。ルアンだ。

「何をしてるんだい?」

 レンは呆れた表情でルアンを見る。

「いや、すみません。お茶というと冷たいものしか飲んだことがなかったので、感覚が違って……」

「おや、では冷めたやつに変えますかい?」

 そう言って玄三は冷蔵庫を指差した。

「いえ、せっかくいただいたものですから。このままで」

 ルアンはもう一度湯呑みに口をつけ茶をすすった。今度は温度の違いに気をつけて。

「……ホットでも美味しい」

「お茶っていうのはもともとホットですからねぇ。はっはっはっ」

 玄三は湯呑みに口をつけるとものすごい勢いで飲み干してしまった。ルアンは信じられないものを見た時の顔をしている。

「熱く、ないんですか?」

「ん? ああ、熱いっちゃ熱いですが、こうやって飲めないほどじゃあござんせんよ。まあ、妖怪ですから」

「はぁ、妖怪、か」

 妖怪。人知を超えた不可解な生き物。こうして目の前で普通に話し、普通の見た目をしているのに人間とは全く違う。

「妖怪って、不思議だなぁ」

 そう言ってルアンは再び湯呑みへと口をつけるのだった。

 

***

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