ファンタジア・レコード外伝 新たな神と傭兵の青年   作:明日田錬武

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第七話 異界の機械

 かつて幻想郷と呼ばれた地があった。今はその名を失い、エルドラと呼ばれている。詳細はあえて語らない。

 そのエルドラに一社の神社がある。名を月光神社といい、遠い昔には博麗神社と呼ばれていた場所だった。

 そこの重要人物は三人。

 一人は祭神の宵守レン。元は化けヤモリという妖怪だったが、紆余曲折があり月光神社の祭神となる。

 次の一人はレンに仕える巫女、いさな静乃。レンが妖怪時代に気まぐれに助け神となる一因となった一家、いさな家の末裔である。

 最後の一人はルアン・ローランド。異世界線から転移してきた傭兵の青年であり、レンの伴侶である。

 彼らは一見して何の変哲もない生活を送っていたが、その影には大きな問題があった。

 それはルアンと共に異世界線から転移してきた機械、鋼鉄の巨人「F・ブレイブ」の処理である。

 危険な放射線を放つ動力炉を停止させ、周囲の浄化を行ったレンとルアン。

 それから紆余曲折ありながらも人里の河童工房へとF・ブレイブを移送した二人と静乃であったが、そこで些細な口論からトラブルが起きる。

 トラブルの中で静乃の真意を知った二人はそれに応えるべくより深く未来を誓い合うのであった。

 

***

 

 河童の工房。

 そこの作業場には今、一機の巨大な機械が鎮座している。

 それは鋼鉄で出来た巨人だ。右腕と左足を損傷しているが、その他に目立った破損はない。

 河童たちは機体の各所に待機してうずうずと指示を待っていた。機械に目がない。河童とはそういう妖怪なのだ。

「班長ー、まだ指示は来ないんですかー?」

「まだだよー。全く、玄三さんは何をやってるんだか……」

 班長と呼ばれた河童は苛つきながら腕時計を見る。既に配置が完了してから十分は経っていた。

 するとその時だ。

「お前らぁ、待たせてすまんなぁ」

 河童たちは一斉に声の方を見る。そこにはレンたちを応対しに離れていた玄三の姿があり、その後ろにはレンとルアン、そして静乃もいた。

「遅いですよ工房長」

「いやぁ、異世界の話を聞いてたら遅くなっちまってよぉ」

 頭をかきながら玄三は班長の元へと向かう。

「お、配置は完了してるみてぇだな。感心感心」

「工房長待ちだったんですよ」

 班長はため息をつくと機体の方へと向き直る。

「それじゃあ、始めてもいいですか?」

「いいですな? ええと…… ルアンの旦那?」

 ルアンは一瞬だけ暗い顔をした後、「やってください」と言った。

「はいっ! オーバーホール開始! お前たち、機構の記録はしっかりしておけよ! 解体したら復元するんだからな! あ、あとネジの一本でも失くしたら折檻じゃすまないぞ!」

 班長の気合いの入った指示を受け、河童たちは各々の持ち場の部位で作業に取りかかった。

 しかし。

「班長! ダメです、メンテナンスハッチが開きません!」

「何だって!? 電子ハックはかけたのか?」

「そもそも反応しません! 機体駆動の最低限電力すら足りてないようです!」

 左腕の担当をしていた二人組の河童。その一方が叫び、もう一方が何度も電子マスターキーの機械をメンテナンスハッチに押し当てる。

「電力不足? 旦那、あの機体ジェネレータ搭載してるんですよね?」

 玄三が不可解そうな顔をしてルアンにたずねる。

「ジェネレータ…… そうか、TRリアクタの発電は停止したまま。そして補助バッテリーの電力もそこを尽きたのか」

「え? っていうことはあの機体は動かないってことですかい?」

 ルアンは腕を組んで考える。

「うーん…… 外部電源と接続できれば……」

「外部電源、そうか!」

 玄三はポンッと手を叩くとすぐさま手隙の河童に電源装置を用意するように指示する。

「ただ、端子が合うかどうか……」

「そりゃあ、見てみてからの話ですよ。ちなみにどんな型なんです?」

「確か…… うちではA32型って呼ばれてました。円形プラグの中に長方形があって、そのまた中にピンが三本あるんですけど」

「ほうほう……」

 玄三は作業場の壁にかけてあったノートを開いてパラパラとページをめくり、そしてあるページで止まった。

「それってもしかして、こんなやつです?」

 ルアンにそのページを見せると驚きの表情になる。

「これです。まさか同じものがあるなんて……」

「了解っ。おいっ! 電源装置のプラグ型は『ハの四』だ! 間違えんなよ!」

 それからしばしの間、電源装置の用意ができるまで皆手隙になる。その間にレンはルアンの隣に立つと話しかけた。

「よく機体のプラグ型なんて一々覚えているな……」

「そりゃあ、自分の機体ですから。いざって時には自力メンテナンスなんかもしなくちゃですので」

「……大変だな」

 レンは機体を見上げ観察してみた。

 四肢は改めて見ると比較的細目で、よくよく考えるとこの脚部で機体重量を支えきれるな、という感想が出てくる。シルエットは角張っており、特に印象的な部位は頭部の側面から後方にかけて鋭く伸びるアンテナだ。塗装は胴体部は漆黒、それ以外の部位はグレー色に塗られていた。これには一体どのような意味があるのだろうか。

「このような機械が本当に動いて、そして戦っていたんですね」

 レンは静乃の声で現実に引き戻される。機体の観察に夢中になりすぎていたようだ。

「そうです。僕の世界では」

「それはなんだか怖くて、悲しいことですね」

 ルアンはどういうことか、と言わんばかりに首をかしげる。

「人の形をしたものが戦うなんて、まるで人が戦いのための形をしているって言ってるみたいで、なんだか嫌なんです」

「なるほど…… そういう意見もあるのか……」

 ルアンは今一度、自身の機体F・ブレイブを見て考える。これまでの戦いの意味を、そしてこれからの自分たちを。

「鏡華さんは、この機体の技術を戦争に備えて使うって言ってましたよね」

「ああ、そう言っていた。物騒な話だよ」

 レンは正直なところ、九条鏡華という人物が苦手であった。まるで鏡に映った虚像を相手にしているかのような不確かさ。それでいて時折、強い実体を持った言動が見え隠れする。掴み所がないというのが率直な評価だ。

「僕がこれから起こる戦いからの斥候だというのなら、多分僕にはそれを何とかすることの義務がある。でもその戦いが終わったときには、人の形が戦いから解放されるときだと思うんです。少なくとも、この世界と僕の故郷においては」

「そうでなくては困るものさ」

 レンとルアン、そして彼らの一歩後ろに静乃。三人はF・ブレイブを見つめた。

「大昔の話らしいんですけど、僕の世界でも人型ロボットが空想とされていた時代があって、その時代には人型ロボットはただのロマンだったらしいんです」

「だろうな。人の形は戦いにおいて本来は不合理だからな。……一体全体どのような経緯を経ればお前の世界のような答えに辿り着くのだ?」

 レンは鼻で苦笑した。

「ヴァイス、つまりこういった人型ロボットの起源は僕も知りません。ただ一つ言えるのは、僕の祖先たちが必死になって改良してきた、ってことです」

 どこか惚けているようにすら感じさせるルアンの雰囲気に、レンは始めて陰気的な感情を感じた。それもすぐさま消え去ったが。

「そんな歴史の針を巻き戻すみたいで少し嫌ですが、人型ロボットがただのロマンで終わってた時代に戻れれば、なんて考えたりします」

 レンはF・ブレイブを見つめ想いをはせる。これが戦争などに使われず、一つのモビリティとして使われる未来。それきっと明るい。

「そうだな。やってみるか? 私たちで」

 レンの言葉にルアンは笑顔で頷いた。

「ええ、僕たちなら出来る気がします。そのためにはまず目の前の問題を解決しないと」

 そんな風に会話をしていると作業場の奥から物々しい音と共に四角い機械が姿を現す。縦横一メートル、高さ二メートル程の巨大な機械だ。側面からは一本のケーブルが伸びており、その先端にはルアンが言っていたものと同じプラグが取り付けられていた。

「お待たせしやした。それで、接続口はどこに?」

 プラグ片手に玄三がF・ブレイブの機体の周りをぐるぐると周り始める。

「えっと確か、背面の下の方に」

 ルアンの言う通り玄三は機体背面のバックパック下部を覗き込む。するとそこには取っ手付きのメンテナンスハッチが一つあり、玄三はそれへと手をかけて開いた。中には端子接続口がある。

「これですかい?」

「はいそこです。あ、本来はリアクタのスターター用なんでシステムを少し変えないと…… レンさん」

「ん? どうした」

「作業に参加してきてもいいですか? コックピットからのソフトウェア的操作は僕じゃなきゃ出来ないはず」

「うーん…… まあいいんじゃないか」

「ありがとうございます」

 ルアンはそう言うとF・ブレイブへと向かって歩きだした。その後ろ姿をレンと静乃が見ている。

「ルアンさん。なんだか少し楽しそうですね」

「好きなんだろうな。ああいうのが本当に」

 ルアンは胴体に着くと開きっぱなしになったコックピットを覗き込んだ。中には一人の河童が座っておりコンソールとキーボードを相手に苦戦しているようだった。

「ええと、そもそも電源ボタンは…… これか? いや、反応しない。それとも……」

「あわわ! やたらめったらに押さないでください!」

 適当に押されていくボタンに我慢できなくなったルアンが声を上げた。

「ヒュィッ!?」

 河童はルアンが覗き込んでいたことに気づいていなかったらしく、すっとんきょうな悲鳴を上げる。

「だ、誰だぁ!? ……って、確かこの機体の」

「そうですよ。僕の機体を適当に弄らないでください。コックピットからの操作は僕がやりますから」

「あ、ちょっ」

 ルアンはそう言って河童を半ば追い出す形でコックピットへと乗り込むと、慣れた手付きでシステムを再起動する。

「非常用バッテリーからOS再起動、電力供給システムから外部リソースを選択、電流電圧問題なし、各部へと通電開始」

 ルアンが機体を再起動させると頭部バイザーの奥から青いモノアイの光が点灯、同時に欠損した右腕と左足から火花が散り河童たちがあわてふためく。

「だんなぁ! 火花が出てますよ!」

 玄三の叫びで慌ててシステムを切り替えるルアン。

「しまった! ええと、ダメージコントロールを手動で…… 右前腕部と左足の下腿部への電力供給を強制停止。これでどうです?」

 すると散っていた火花は収まり、河童たちは胸を撫で下ろす。

「収まりやしたぁ、これでメンテナンスハッチが開きますね?」

「そのはずです。一応こっちからも操作します」

 ルアンはメンテナンスシステムから機体各所の状況を確認する。やはりどの部位も眼に見えないところで甚大なダメージを負っていた。

「やっぱりどこもボロボロだ…… ハッチ解放します」

 ルアンの操作を受けて機体の各部に設けられた整備用のハッチが次々と開いていき、そこへ河童たちが群がるように集まって分解、解析作業を始めた。

「作業開始しました! もう電源を落としても大丈夫です!」

 班長の声を受けてルアンはコックピットを除く機体への電力供給をカットした。コックピットを残したのはソフトウェアの確認とコピー作業のためだ。

「旦那、これを」

 いつの間にかコックピットの前に玄三がおり、ルアンへと何かを渡そうとしている。

 手を伸ばしてそれを受け取ると観察する。どうやらメモリースティックのようだ。

「これは?」

「ソフトウェアをコピーするためのメモリですわ。容量はかなりあるんで移せるはずですぜ」

 こんな小さなメモリに機体を駆動させるためのシステムを全て移せるのだろうか。ルアンは心配になりつつもコックピット側面のアクセスポートにメモリを差した。そして今更だが、端子の規格が合っていたことに少し驚く。意外と技術進化というものはある程度の類似性を持つのかもしれない。

 システムがメモリを認識するとルアンは再び驚いた。こんな小さいメモリの容量が機体システムを全て入れてもまだ余裕があるほど大きかったからだ。

「凄い容量ですね、これ」

「河童の技術の最先端ですからな」

 ルアンはキーボードを叩いて機体システムのコピーを始める。容量はあるといってもやはりコピーする情報量が多く、完了までの時間はそこそこあった。

「これはしばらくかかりそうです」

「それじゃあ出てきてまた休憩でもしますかい?」

 玄三の誘いにルアンを首を横に振った。

「外に出てオーバーホールの手伝いをします。僕の機体なのに全部他人に任せっきりにするのは少し不安なんで」

 ルアンはコックピットから出てくると機体の状態を確認する。損傷していた右腕と左足は優先的に胴体から外され、地面に置かれて更なる分解作業が進められていた。

「速いですね。これも河童の技術がなせる技ですか」

「技術もそう。でももっと根本にあるのは機械をいじりたいっていう熱意ですわ」

 熱心に分解作業へと集中する河童たちを見て、どこかに悲しさを感じながらも感心する。

「オーバーホールを手伝うって言いましたが、これじゃかえって邪魔になってしまいそうですね」

「まあ全部が全部順調にいくわけがないんで。何かトラブルが起きたときに対処してもらうってわけでお願いしやす。それと」

 玄三は作業場の隅でつまらなそうに作業を見ている二人へと声をかけた。

「お二方はどうします?」

「休憩室にいっていいか?」

「あ、では私も」

 レンと静乃は休憩室へと行きたいようだ。古典的なイメージだが、女性というものはあまり機械に興味がないようでこの場にいても楽しくないらしい。

「どうぞどうぞ。冷蔵庫の中のものは勝手に取っていいですから」

 玄三がそう言うと二人は足早に作業場から去っていく。

「さてさて、我々はここで作業を見届けますか」

「そうですね」

 ルアンと玄三は分解されていくF・ブレイブを眺める。ちょうど頭部が取り外されるところであった。

 

***

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