アベリオンの大蛇 ※更新停止   作:お稲荷猫

5 / 11
どうして伝わらないの!

 人間達への対応を終えた我は少し離れた場所で待機しているロケシュを始めとした七大部族長の下へと向かう。

 呼び出した方が楽ではあるのだが、天幕の中に人間達を保護している以上、丘陵の内情に関わる話をするわけにはいかない。

 

「待たせたな者共よ」

 

「とんでもございません。白蛇様の命であればいつまでもお待ちいたします」

 

 ロケシュが他の部族長を代表して答える。

 咆哮を受けて気絶していたバザー達も目を覚ましており、他の部族長と同様に頭を下げている。かすかに震えているのはこれから我に叱りを受けるのではないかと恐怖しているのだろう。

 

「ロケシュ、遅れてきた者達へ話は伝えたか?」

 

「はい、バザーを始め、ハリシャ、ヴィジャー共に理解してございます」

 

「うむ、ならば無駄な話をする必要もあるまい。今回の……いや、今までの件についてはこれ以上問いただすことは無い。全ては我の認識不足が招いた事ゆえな」

 

「何をおっしゃいますか!すべては我々の勘違いから始まったこと!白蛇様の責任などとは―――」

 

 直ぐにロケシュが否定のために口を開いた。

 白蛇様に謝罪をさせること自体が無礼であり、あってはならないことだとロケシュを始め、全ての亜人達の意識の底に合った。

 だが、亜人達が我のために良かれと思った行為がまかり通っていたのは事実であり、亜人達に関心も持たず長らく放置し続けていたことは我の失態だった。

 

「ロケシュ、我はお前達の上に立っているつもりなど微塵もなかった。だが、お前達にとって我は無視できぬ存在、いや、支配していると言っても過言ではない存在だったことが良く分かった。これも我とお主らとの誤解が原因だろう」

 

「それは……」

 

「だからこそ、我はここで正式に宣言しよう。我はこの地の絶対的支配者『世界蛇(ヨルムンガンド)』であると。お主達は今までと変わらぬ奉公を我に与えよ、我はお主達の奉公に加護をもって恩を与えよう」

 

 我の言葉にその場にいた部族長達は「ははーっ!」と声を揃えて深々と頭を下げた。

 

「これで我とお主等との認識に齟齬はあるまい。では本題に入るとするが、まずは聖王国に対する謝罪とその賠償に相応しい物の用意だ」

 

「謝罪と賠償ですか……?そのような事はせずとも人間共をただ帰せばよいのではないでしょうか。我々も人間共との戦いで多くの被害を出してきました」

 

 バザーが少し顔を上げて遠慮た様子で進言した。

 人間達との戦闘のほとんどに関わって来たバザーからすれば、こちらも被害を受けている以上、相手に対し謝罪をすることも賠償をすることも必要な物ではないと、こちらから生かして帰すだけでも十分な賠償になると考えていた。

 

「お主がそう思っていたとしても、人間達がそう考えるかは分からないだろう?我はこれ以上人間達と争うことはしたくないのだ。人間達の、そしてお前たちの血が失われるのは我も見たくはない」

 

「バザー、白蛇様の御意思に意見するなど!我々は白蛇様の言う通りにすべきじゃ」

 

「よいよい、バザーの心境からすれば納得しないのも当然理解しておる。ナスレネもそう責めるでない。さて、賠償に相応しい物だが……、人間達は何を欲しがる?食料か、財宝か?」

 

「食料であれば、既に十分な量が確保されております。財宝と言えるかは分かりませんが、藍蛆(ゼルン)洞下人(ケイブン)の採掘局からも鉱石を提供は可能でしょう」

 

 アベリオン丘陵の農業や鉱業に関わるディエルが答えた。

 ゴブリンやオークは他の亜人に比べ数はいるが戦闘力などの面でいれば遥かに低く見られている。

 だが、彼らの本質は他の亜人にはない手先の細かさだ。

 それを活かし、他の亜人では活躍しにくい農業や鉱業を幅広く行い、今や彼ら無しでは丘陵の生活を維持するのは困難になっていた。

 

「ならば賠償は問題あるまい。人間達が納得せずとも、我から与えられる物であればそれを与えるのも良いだろう」

 

「お待ちください、先ほどから賠償の件のみ話が進められていますが、謝罪を行うのはバザーやハリシャと言うことでしょうか」

 

「何を言う。今この丘陵を代表しているのは我ぞ。我に謝罪をさせぬのは支配者と認めていないも同然ではないか」

 

 思いもよらぬ発言に部族長達は次々と顔を上げた。

 

「待て!皆が何を言いたいかは分かるぞ。だが、謝罪をするのは我だ。お前達では謝罪をするどころか更なる誤解を生むかもしれぬ。余計な偏見を持っているお主等にそのような場を担当させるわけにはいかぬ」

 

 事実を突きつけられ反論もできず、部族長達は残念そうに俯いた。

 ロケシュであればもしかすると……と思ったが、人間達からしても決して良い反応は帰ってくるとは思えない。それに伏兵が隠れていれば殺されてしまう可能性もある。

 ならば我自身が行くのが最適解だろう。

 

 そう思っていた矢先、外で警備にあたっていた亜人が中へと入ってくる。

 

「ロケシュ様、見張りの者より報告が」

 

「今は白蛇様がおなりになっているのだ!後にしろ!」

 

「いや、構わないぞ。報告するがよい」

 

 見張りの者は自身の無礼に気づき、その場に跪いて深く頭を下げるとゆっくりと口を開く。

 

「人間共の軍勢が『門』へ迫りつつあります。おそらく明日には到達すると」

 

「人間共が?数はどれほどきている」

 

「偵察に向かった翼亜人(プテローポス)は約2万とのことです」

 

「白蛇様、2万程度であれば恐れることはありません。すぐに手を打ち……」

 

 ロケシュの言葉を遮るように尾で地面を叩き地面が震えるほどの大きな音を鳴らす。

 

「今までの話を忘れたか!これから相手に謝ろうとしているときに余計な争いをする必要がどこにある!」

 

「しかし、敵はこちらに攻めてきて―――」

 

「我らがあちらに攻め込んだ挙句、捕虜を連れて帰って来たからだ!よいか、絶対に手を出さぬように門を守る亜人に通達するのだ。我らは準備を整え、新たな火種を生む前に向かうのだ!」

 

 興奮のあまり声を荒げていたのに気づき、咳払いをして息を整える。

 

「ロケシュ、我は人間達の対応をする故、後の事は任せるぞ」

 

「かしこまりました、万事抜かりなく」

 

 事の次第を伝えるために再び天幕の中にある寝床へと戻る。

 寝床から少し離れた所には。レメディオスの部下に頼まれ用意させたテントがいくつか設営されていた。聖騎士達はテントの周囲で火を焚きながら、用意された生魚や肉を焼き食事の用意をしている。

 

「食事の用意をしているところ悪いな。レメディオスはおるか」

 

「は、はい!ただいま呼んでまいります!」

 

 気配もなく突然話しかけられた聖騎士は驚いて腰を抜かしそうになっていた。

 

(何もそこまで驚かなくとも……。この姿はやはり人間達には刺激が強いか……)

 

 世界蛇(ヨルムンガンド)の中では小さいと言えども、人間や亜人からすれば我の体はかなり大きい。体を起こせば、目を合わせるために顔をぐっと上に向けなければならないほどだ。それではかわいそうだと思い、いつもは体を巻いて地面に近い位置に顔を置いているのだが……。

 

「遅れてすまない」

 

「よいよい、気にしてはおらぬ。先ほど話を終えた故、お主にも情報を共有しておこうと思ってな。ここに座らせてもらうぞ」

 

 テントや焚火にぶつからないよう、場所を見極めて体を巻く。

 ようやく楽な姿勢になれたと大きく息を吐いた。

 

「要点をまとめて伝えるぞ。今人間達の軍勢がこちらに向かっている。人間達への謝罪をする場としてその機会を利用し、お主等もその時に帰すとしよう。我がその場に赴く故、大きな問題が起きることもないはずだ」

 

「聖王国の軍が!コホン、失礼した。それで謝罪と言うのは……」

 

「言葉の通りだ。お前たちの国を攻撃していたことを謝り、必要であれば賠償も用意する。軍の規模からしてもそれなりの地位に就く者が来ているはずだからな。あちらが余計な真似をしなければいいのだが……」

 

「まさか攻撃するつもりではないだろうな!」

 

「馬鹿を言うな!我も必死に止めておいたわ!だが、不測の事態に陥ればそれも無理があるということだ。ひとまず、お前達も問題を起こさずに静かにしておくのだぞ?」

 

 レメディオスは怪しむような視線を向けるも「承知した」というと、その場から去りテントの中へと入っていった。

 

(まだ話の続きがあったのだが……。まぁよいか)

 

「そこの騎士よ。後程、我の部下がお前達から取り上げた武器を返却しに来る故、速やかに受け取るように。よいな?」

 

「し、承知しました!」

 

 体をゆっくりとほどいていき、藁の寝床へと向かう。

 明日の謝罪の内容やどのような姿でもって対応すべきか。

 問題を起こさずに穏便に済ますにはどのように事を進めていくべきか。

 久しぶりに頭を使ったためかそのような事を考えている内に疲れがたまり、我はいつの間にか眠りについていた。

 

 

 その晩、数人の聖騎士とレメディオスは一か所のテントに集まり、白蛇から伝えられた内容について話し合っていた。

 

「本当に無傷で帰してくれるのでしょうか。これも軍を引き寄せるための罠なのでは……」

 

「分からん。あの蛇が本心から言っているのか、こちらを舐めてかかっているのか。何とも言えん」

 

「ですが、団長。こうして武器を返してきたということは少なくとも争うつもりはないのでは?」

 

 レメディオスは元あるべき場所に戻って来た聖剣サファルリシアを優しく撫でる。

 この聖剣を亜人達に奪われた時は絶望と共に、国代々受け継がれてきた国宝ともいえる聖剣を敵に手渡してしまったという屈辱から目の前が真っ暗になっていた。

 こうして手元に戻ってくるとは思ってもらおず、あの蛇が何を考えているのか余計に分からなくなっていたのだ。

 

「団長、しかしこれは不味い状況なのではないでしょうか」

 

「どういうことだ、グスターボ」

 

「信じたくはありませんが、我々は聖王国で死んだものとして扱われているかもしれません。そうだった場合、今回送られてくる軍は我々の仇を打つために送られてきた可能性が……」

 

「それがどう不味いんだ。あの蛇は手を出すことはしないと言ったではないか」

 

 グスターボは本意が伝わっていないことに頭を抱えながらも、こうしたことはいつもの事だと割り切り、回りくどい言い方を止める。

 

「仇討ちに来る軍がただの軍なはずがありません。それも2万の軍勢となれば聖王国の誇る精鋭部隊もついてきているでしょう。そのような部隊を送り出すとなれば聖王女様自らが指揮を執ってもおかしくはないのでは」

 

「カルカ様が!?いや、そんなはずは……」

 

「ないとも言い切れないでしょう。当然、団長の妹君であらせられる神官団団長も。もし軍が早まって攻撃を仕掛けた場合、白蛇が反撃にでてもおかしくはありません」

 

 聖王女であるカルカがこのような相手の土地まで軍を率いてくる可能性は限りなく低い。だが、可能性が0ではない以上、グスターボの言うことが現実となればまさに悪夢だ。ただの亜人が相手ならばまだよいが、あの蛇が相手となれば勝ち目はない。

 

「そんなことになればカルカ様の御身が危険ではないか!グスターボどうすればいい!」

 

「お、落ち着いてください!ひとまず、白蛇に話を通し聖騎士の一人を連絡のために送ることを……」

 

「いや駄目だ!あの蛇はカルカ様の命を奪おうとしているに違いない!密かに送り出すんだ!」

 

「ここは敵地のど真ん中ですよ!聖騎士が一人抜け出したとしても、馬もない状況でどこに展開しているか分からない聖王国軍の下へたどり着くなど困難です!」

 

 カルカの事で頭がいっぱいになっているレメディオスは他の意見も頭に入らず、八方塞がりな状況に苛立ちを隠せない。その時、体を揺さぶったことで腰に付けている聖剣の鞘が鎧とぶつかり音が鳴った。

 その音によって、レメディオスの脳裏に一つの妙案がよぎる。

 

「そうだ……。私にはこの聖剣がある。この剣であればあの蛇も倒せるはずだ」

 

「団長!?あの蛇の力を見たでしょう!そんな無謀なことは!」

 

「万が一あの蛇が生き残ったとしても、これは私が勝手にやったことだと言え。お前達は必死に止めたと言えばあの蛇は生かしてくれるだろう。幸いにもかなりのお人好しだからな」

 

(何を言ってるんだこの団長は!そんな確証もないのに我々にどうしろと!カルカ様の事となるとこの人はどうしていつもこう……)

 

 その場にいた聖騎士達はどうにかできないかと頭を抱えた。とはいえ、こうなった団長を止める術はない。

 聖剣の力が白蛇を打ち倒し、無事にこの地から脱出できることを祈るばかりだ。

 

(あぁ……神様……。どうか団長に加護をお与えください……)

 

 テントを飛び出したレメディオスは白蛇が寝ているのを確認すると、テントに戻って鎧を脱ぎ始めた。

 鎧を着たままでは音が鳴る上、暗殺となれば身軽な方がいいと判断したからだ。

 突然の行動にグスターボや他の聖騎士は目を逸らすも、そんなことを気にせずに身軽になると、音を立てないように慎重に白蛇へと近づいていった。

 

(暗殺など聖騎士として恥じることだが……、これもカルカ様のためだ!)

 

 

(それでレメディオスは何をしに来たのだ……。殺気があふれ出しているが……)

 

 レメディオスから溢れ出す殺気に我もすっかり眠気が消え失せていた。

 もしこれがバレていないと思っているのであれば、あまりのお粗末さに笑うことすらできない。いや、そもそも聖騎士が暗殺というのはどうなんだとも思ったが、彼女なりの考えに従ったが故の行動なのだろう。

 

「レメディオス、止めておけ。お主が手を出せば、我も手を出さねばならぬ。それは本意ではない」

 

 目を閉じたまま突然口を開いた我に驚いたのか、剣を抜こうとしていた手もその場で固まり、この一帯だけ時が止まっているかのようだ。

 

「貴様、起きていたのか」

 

「今までは寝ていたぞ。暗殺に来たと言うならその殺気を鎮めておくべきだったな。改めて忠告しておこう。お前の剣で我を殺すことはできぬ。その剣をしまい、おとなしく帰るのだ」

 

「貴様がカルカ様に害をなす可能性がある以上、剣を抜かずに引き返すなど騎士としてあるまじきことだ。それにこの剣で倒せないとも限らないだろう!たとえ死んでも譲ることはできない!」

 

「いや、貴様の剣も実力も我には……、まぁよいか。そこまで言うなら一度我を斬ってみるがよい。いや、お主の満足が行くときまで斬るがよいぞ。我はこのままじっとしておこう」

 

 言葉に警戒しつつも、レメディオスは腰に付けた剣を抜いた。

 他の聖騎士が持つ剣とは明らかに雰囲気が違うが、この天幕の内側に我に挑むことができる者が存在していないことは確認できている。つまり、その剣であっても我に傷をつける事さえできないのか確定していることなのだ。

 

「その言葉後悔しないことだな!」

 

 レメディオスが言葉を発すると同時に、剣に神聖な光が宿り、その刀身の倍近くまで光が伸びる。

 

(ほう……、特殊なスキル……。いや、剣のアビリティか?我の記憶にもないが……、いやそう言えば闇小人(ダークドワーフ)から聞いたことがあったな)

 

 そんなことを考えているうちに、レメディオスは剣を頭上に掲げ全力で振り下ろした。

 剣に宿っていた光が振り下ろす軌跡に従うように我の首をすり抜ける。

 テントから顔を覗かせていた聖騎士達も攻撃が直撃したのを見ると、かすかに感嘆の声を漏らしていた。

 

 だが当の本人であるレメディオスは目を見開いていた。

 攻撃が直撃したはずの白蛇はそれまでと変わらぬ穏やかな呼吸を続けており、目を開いて赤い瞳をレメディオスに向けたからだ。

 

「その攻撃は無意味だぞ。その攻撃は善なる者には効かぬからな。とはいえ、我が悪であっても無意味だがの?」

 

 レメディオスは剣を持つ手を震わせながら後ずさる。

 

「亜人達を率いて聖王国を攻撃しておきながら、悪の位相ではないだと!」

 

「確かに悪いことだとは思うが、我が命じたことではないからの?さて、手を出したからには報いをうけねばのう」

 

「なっ!先ほど好きに攻撃しろと!」

 

「そうだな。好きに攻撃しても良いとは言ったが、手を出さぬとはいっておらぬぞ?」

 

「くっ、この悪辣な蛇が!私を殺すがいい!」

 

 記憶で目にしていた光景に興奮し舌を震わせながら鋭い鳴き声を鳴らす。

 

「これが記憶に言う『くっ、殺せ!』だのう。だが、我はそのような事では満足せぬぞ?覚悟するがよい!」

 

 この後、レメディオスは白蛇が思いつく限りの『いたずら』を受けることになり、テントから顔を覗かせていた聖騎士達は謎の攻撃により一人残らず気絶することになったという。

 

(乙女の秘密を覗き見するような阿呆はお仕置きだぞ?それにしても……、良い光景だった……)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。