拙者ゲ謎を除くと5期と3期、墓場鬼太郎しか履修出来てないのでご指摘、感想どしどしいただけると幸いです。
カラン、コロン、カラン、コロン
煙臭い宿屋の一室で、一人の長駆が胡座をかいて新聞をめくる。
時はかの大戦から11年。戦火は消えども、戦帰りの浮浪者は、日々の銭のため押し売りを、駅のホームでは浮浪児狩りから逃れた孤児が居る戦争の残り物に対し、ついこの間出た雑誌に「もはや戦後ではない」の言葉選びが喜ばれ、ますます腫れ物として扱い、日々を謳歌する日ノ本。
季節は、サラリーマンが袖をまくりハンカチで汗を拭う夏盛り。手に有る湯呑みにはついさっき買った氷が踊る。*1
身の丈6尺*2程の巨体は女だった。蝶よ花よと愛でられた彼女だが、15を迎えてからというものの筍の如くぐんぐんとその身丈を伸ばし、袈裟を来てしまえば男とも見紛う逞しき体躯へと育った。
世は女性解放だ婦人会だという動きもあるが、彼女に至っては男と勝手に勘違いされ、すれ違う人々からぎょっとされるも、普段活動している山間の集落では羨みの視線か、恐れしか向けられなかったので関係のない話だった。
名を「蘆屋」。ミツ、という名こそあれど仕事では名字で呼ばれることが殆どであった。
山に居る時は歩き坊主、街に居る時は興信所として生計を立てているが、蘆屋には裏の顔があった。
祓い屋、妖退治屋、占い屋…人は彼女を「陰陽師」と呼んだ。
いやいやそれはおかしい。女で陰陽道なら「巫女」だろう、と言う者もいる。しかし、彼女が印を結び札を扱う様を見れば、野暮な道理が引っ込んでしまう。
リリリン、と部屋に備え付けられた電話が鳴る。
今の彼女は街の移動興信所エージェント。新聞や雑誌に広告を出し、仕事を募集している。
新聞を畳み受話器を取る。
「はい、蘆屋興信所ですが…人探しですか、分かりました。ご料金や御依頼のお話を詳しくお聞きしたいので、いつ時であれば都合がよろしくて…はい?拙っ、私ですか?私であればいつでもよろしゅうございましてよ。ええ、では午後5時にて、銀座から歩いて4,5分の赤い軒先テントのお店にてお待ちしておりまする、では。…………さて、久々のお仕事ですが、あなたもいかがです?」
受話器を戻した女は虚空に向かって話しかける。誰かが居るようには見えない。しかし、うんうんとにこやかに相槌を打つのであった。
「では、参りましょうか。カフェーですので、甘味を馳走するのも良いかもしれませんね。」
短め文章なら無理なく行けるか…?というスタイルチェンジ。これからも気ままに投稿していきます。
【おまけ】ゲ謎の舞台、昭和31年って?
西暦にして1956年。作中時間の7,8月時点の首相は鳩山一郎。
個人的に気になった時事を月順で挙げていく。
1月―高倉健俳優デビュー。この時期に開催された冬季五輪で日本人初メダル獲得
2月―日本初の週刊誌が新潮社から出版
3月―日本初の(現在と同じスタイルの)スーパーマーケットが福岡で開店
5月―水俣病第一号患者が確認
7月―巨大ロボの元祖『鉄人28号』が連載開始
10月―東急ストア設立。日ソ共同宣言。菅原文太(ワンピの赤犬のモデル)俳優デビュー
11月―ドラマ吹替版『スーパーマン』放送開始
12月―国連加盟。世界初のHDDを搭載したPCが稼働開始。『空の大怪獣ラドン』公開。シベリア抑留最後の引揚者が帰還
この時我らが水木御大はアパートを売り払って3年経ち、紙芝居作家としての仕事も舞い込まないどん底状態だったとか。漫画家に転身するのは翌年、デビューは2年後となる。
なお最初は勘違いをして1951年のことについて調べたが怒涛過ぎたので、活動報告にあげます。気になる方はプロフィールから遡って御覧いただければ。