東京駅
砂かけ婆と軽口を叩き合ってさらに2日。蘆屋は岩子が居ると目星をつけた哭倉村に向かうため、近場駅への寝台特急車を待っていた。
あれから、失踪事件のピースが揃ってきた。燃やされた手紙に、知り合いの伝手によって下手人は裏鬼道。今は行方をくらましているとのことだが、手紙にあった名前も聞いたことのない村の名前が手がかりとなった。
さらに、この村の実質的な支配者である龍賀時貞とその子孫達、婿息子が経営している大手製薬会社である龍賀製薬。これまでの直感を働かせ、この場所に目星をつけた。
排他的な村で目立った行動をすれば命取りになる。蘆屋自身も、そういった村に足を運び色々とあった経験が無かったわけでもない。
特に
「……?……!……。」
ふと、顔を上げ、自身のヒザ下辺りに視線を浴びせる。虚空に向かって眉を潜め、ほころんで、はたまた目を閉じ、天上に吊り下げられた時計に目を向ける。白の文字盤が夕焼けに照らされ赤く染まり、駅の電気が点くか点かないかの時間に汽笛と黒煙がホームへとやってきた。
「……はぁ」
面倒なことになりました。この汽車に同業者?が乗っているとは。しかし術を直接練っているわけではありませんね。……適当に隠れておきますか。
蘆屋は自身の後頭部に札を貼り付け、折り紙を直角四つ折りにし、千切り取る。正方形の紙片をそのまま小さくした大きさの紙に墨で文字を書き始める。
これは当たりですかね?
心の中でそう留めた蘆屋は、向かいの席に形代を置き、ブツブツと何かを唱えた後、眠りに入った。
次に目を覚ましたのは、駅に停まっている時だった。
「哭倉村ぁ?いくら坊さんとはいえやめといた方が良いよ」
「それは、どういうことでして?」
駅から出て、スーツからどこからか取り出した歩き僧の格好で周辺住民に訪ねていたところ、眉をひそめ首を横に振られた。
「あそこはな、確かに龍賀の社長さんによって立派になった村だがの…何人も行ったやつが帰ってこねぇって話でよ。ここいらの連中はどんな用があっても行かねぇよ」
「はァ」
「確かに坊さんがあの村に行ったっつう話は聞いたことがねえからな…もしかしたらあんたが初めての帰還者になるかもな!」
かんらからからと笑う翁が、団扇を仰ぎながら胡瓜の浅漬を丸齧りする。
「坊さんもどうだい?生臭モンじゃねえぞ」
「では…おや、これは梅と一緒に?」
「おうよ、こいつと塩昆布で夏も怖くねェってもんよ!」
軒先でそんなこともあり、遂に蘆屋は件のトンネル前に着いたのであった。
トンネルを抜けた先に広がるのは、ここまでには無かった電信柱が等間隔で並ぶ道だった。陽の光に木々の緑と青々とした穂が膨らみはじめた稲が照らされ、自然と近代が入り混じったなんとも奇妙な、しかし原風景とも言い表せるなにかが広がっていた。
しかし…
(やはり、ですか。)
引水をする百姓、赤子を背負う女、荷物を運ぶ男……須らくこちらに向かれる視線がどうも厭らしい。獲物を狙う肉食獣のような目をただの田舎老人や男女が向けるのである。この形で女だとは分からないようにしているが、おそらく、肉欲目的ではなく材料としての素養を見ているのだと判断した。
まだだ もう少し またカモがやってきた
見え透いた思惑を浴びながら、木製の錫杖を衝く。
道中に置かれた茶店では、なんとエアコンとアイスキャンデー用の冷凍庫が置かれていた。物珍しさに一本買った。なかなかに悪くない。
「キャーーーーーーーーー!!」
と、劈く女の悲鳴が聞こえる。通りがかったのは、これまでみたどの屋敷よりも一際大きい。なんとなしにヒョイと形代越しに盗み聞きをすれば
龍賀の御老公が、お亡くなりになったとか。