感想、ここすきなど皆さんありがとうございます。頑張ります。
2月から最強クラスがぶつかるのが黄金世代です。
1998年2月15日東京競馬場。
東京競馬場は熱気に包まれていた。
今まで関西でしか見れなかったオグリキャップの愛娘ホワイトグリントが遂に関東に!
そんな報道を目や耳にし、怒涛のように押し寄せた人の数は15万人強。G1フェブラリーステークスを越えていた。
予兆を感じ取っていたJRAは喜びの咆哮と共に、最も近い駅などに案内所を整備しつつ道の整備を自己負担し新宿駅などのハブ駅から臨時バスを用意して積雪の影響を極限まで抑えていた。
それらの手配によってホワイトグリントたちが顔を出す頃のパドックには、安全管理を追求して臨時に作られた3階建て観客席も含めて人が一杯だった。
2番のゼッケンを付けたホワイトグリント。
パドックで生きる芸術を見る女性が大半を占めた人々からは感嘆の吐息が漏れる。
競馬場ではなく美術館を思わせる空気が漂う。
そして、ある馬の登場で美術館から競馬場へと引き戻された。
『9番エルコンドルパサーがホワイトグリントをじっと見て動きませんね』
【馬から見ても美形の要素が詰まった馬ですからね。見惚れるのは仕方ないでしょう】
「いや、見惚れるじゃ済まないよ。思いっ切りおっ勃ててるじゃん股間のアレ」
「そそりたってんな」
「やる気満々だよ色々な意味で」
「ホワイトグリント別嬪だからな」
何をやってるんだという怒りや空気読めという呆れではなく、そういやそうだよねお馬さんだもんねという生温い空気がパドックを僅かの間包まれる。
そして、殆どの馬に不幸なことに直ぐにホワイトグリントのパドック特有の空気に戻った。
「今までホワイトグリントと一緒にパドック回っておっ勃てた馬が居なかったから新鮮だけど、この歳の牡馬としては普通だよな」
「新馬戦以外牝馬限定戦だったからなあグリント。新馬戦の時は他の馬なんか変だったし馬立ちしてなかったから忘れてたけど、普通だな立てるのは」
新馬戦で馬立ちした馬が居ない最大の要因は、今も広がるホワイトグリントを見つめる観客のネットリシットリした視線や感嘆の吐息の籠もる異様な空間に馬が怯えきったからなのだが。
まさか、自分たちのせいだとは悪意のない観客が分かるはずない。
「でも、此処までガン見して勃ててる馬見たことないんだけど私。他の馬は勃ってないし」
「俺も此処まで棒立ちして馬立ちしてるの見たことないな」
逆に言えば、今も広がる異様な空間に屈することなく馬立ちできる。
それこそが、その牡馬の持つ強靭な精神力を示しており、傑出した馬だという証なのだが。
「エルコンドルパサーは、単勝じゃなく、複勝にしようかな」
「パドックで棒立ち馬立ちはな。切らねーの?」
「切らないよ。明らかにモノが違う」
「グリントと渡り合えるのこの場でエルコンドルパサーだけだろうしな」
「グリントとエルコンドルパサーの馬連の低さみろよ。皆知ってるんだ。でも、エルコンドルパサーの単勝は無しだな」
繰り返すが悪意なく馬を追い込んでいる観客に分かるはずがない。
「ホワイトグリントの単勝は1.2倍だから当たってもあんま美味しくないなあ」
「ああ、せめてエルコンドルパサーが」
「「「「棒立ちして馬立ちさせてなきゃあなぁー」」」」
パドックで初めて見たホワイトグリントにエルコンドルパサーが一目惚れして生理現象を発露し、競馬の常識に従って2番人気が確定した頃。
「北野さん、ウチのエルコンドルパサーが申し訳ない」
「いえいえ、襲いかかったりしていないので気にしないでください。生き物の生理現象ですし、ホワイトグリントが牡馬から惹かれるのは自慢になることですから」
「はは、あれ程の美貌馬ですからな。自慢されるのは当然のこと、羨ましい限りです」
馬主席ではエルコンドルパサーの馬立ちを生理現象と片付けた馬主たちが笑い合っていた。
互いの愛馬を最強のライバルと目した故に、欠片も目を笑わせずに。
「しかし、この時期に牝馬のホワイトグリントと一緒にレースを、しかもダートでするとは思いませんでしたよ」
「アメリカはダートの国、経験しておくべきですからね」
そろそろホワイトグリントを強い馬とぶつけてからの勝ちの味を教えたい。エルコンドルパサー。こいつは間違いなく強い。ぶつけよう。そして、勝とう。関東の遠征練習も出来るし言う事無いな。
そんな陣営のある意味舐め腐った協議を欠片も表に出すことなく、北野は笑顔で語った。
「いやはや、北野さんのように海外を志してくれる方が増えて心強いです。しかし、4戦4勝無敗の大人気な白馬。此処でも1番人気ですな。流石です──困りましたな2番人気のウチが勝ってしまえば、エルコンドルパサーは悪者になってしまう」
笑顔ながらも、俺のエルコンドルパサーの方が強い。という内心を存分に透かす渡辺オーナー。
「はは、もし、そうなればホワイトグリントのお婿さんの一頭が決まりますな」
ピクリ、と渡辺だけでなく、聞き耳を立てていた周りの馬主や生産者が反応する。
「ほう、ホワイトグリントのお婿さんが」
「ええ、競馬とは馬が競い合いより良い血を残そうとしているもの。それを決めるのがレースです。なので、私ども一同はホワイトグリントには、あの子とレースで競い合い勝った馬を優先して種付ける。そう決めたのです。何せ、血統上ほとんどの馬が付けられますので」
「はははは、それは羨ましく浪漫がある話ですなあ。では、ウチのエルコンドルパサーがその優先権を得られるように応援に励まなければ──ところでそうして産まれてきたホワイトグリント産駒は?」
エルコンドルパサーとホワイトグリントの子が欲しいと、エルコンドルパサーの勝利を当然の事とした欲望を笑顔の中に染み込ませる渡辺に対して、北野は絶対売らないよという断固な意思を潜らせた笑顔で断る。
「勿論、オーナーブリーダーとして私が面倒を見ます。産まれた時から所持している牝馬に自分で選んだ種牡馬を付け子を育てレースへ。楽しみで仕方ありません」
「はははは、楽しいですよ。オーナーブリーダーの端くれとして、保障いたします」
「渡辺さんに保障して頂いて楽しみが増しました」
そうやって朗らかに笑い合う馬主席には、そうか勝てばホワイトグリントに種付け出来るのか、そうすれば俺や私の可愛い愛馬の名が上がる種牡馬としての価値が上がる。
そんなギラついた熱気が立ち上っていた。
その頃
(あかん、しくったわ。素直にチューリップ賞か4歳牝馬特別行くべきやった)
パドックを見る瀬戸内は後悔していた。
(映像越しだと分からんかったわ。エルコンドルパサーが此処までとは思わんかった。グリントにそろそろ歯応えある相手と戦わせて勝ちの味を教えてやろうかなんて温いレベルの相手やない!)
軽い気持ちでぶつけてみようなんて考えるんじゃなかった。
なんだアレ。
バランスの良い馬体を覆うしなやかな筋肉だけで飯が食える。
一時的に棒立ちして馬立ちしてはいたが、一人引きが出来るほどの落ち着きと従順さ。
歩様の見事さもどうだ。あの淡々としながらも力強さに満ちたステップ。逃げだろうが先行だろうが差しだろうが追込だろうが出来るだろう。つまりは、どんな展開だろうが勝負に持ち込める。
十年に一頭の馬。
(テツ、逃げは捨てろ。本来のグリントの走りで行け。そうでないと勝負に持ち込むことさえできん。あいつはそれほどの馬や)
瀬戸内はエルコンドルパサーの評価を固めた。
(なんでや。何でクラシックに絡まんただのグレード格付け無し重賞にあんなんが居るんや。おかしいやろ。せめて、G1なら納得したるけど、どうなってんのや。競馬の神はサディストすぎるっ──わしのアホぅ)
エルコンドルパサーの強さに戦慄し神を呪う瀬戸内。
その離れた場所で、
(なんだアレ。
鍛え上げられた鋼みたいな馬体に牝馬の柔らかさを持つなんてどうなってるんだ。牡馬顔負けじゃなくて、牡馬には絶対に出来ない身体だ! 映像じゃ分からなかったっ! 噂以上なんてもんじゃない! 何で身体も成長したからそろそろ重賞タイトル貰っておこうか、という初めての重賞挑戦で、あんな十年に一頭の馬が出てくるんだ。ふざけているだろ。
牝馬限定戦出て牝馬いじめてろよ。競馬の神は何やってるんだよ。俺達やエルコンドルパサーが何したんだよっ──俺のバカが)
エルコンドルパサー調教師三ノ宮は、ホワイトグリントの強さに戦慄し神に嘆いていた。
俺の
返し馬にて
以心伝心ではないが、沙藤徹三は逃げを捨てていた。
いや、今まで第一優先としていた《レースでホワイトグリントに苦痛を味あわせながら真っ先にゴールする》を墓場へ叩きこんだ。
そして、《全力で走らせ鎬を削りながら脚を溜めて末脚勝負に持ち込む事で、存分に苦しませ痛くさせながらゴールする》という新馬戦時のプランを復活させた。
というよりそれ以外を行う余裕が欠片も無くなった。
ホワイトグリントと渡り合える馬が居てくれればプランが生き返るのに。という寝言を言っていた自分を殴りたいくらいだ。
(これほどなのか。エルコンドルパサー)
強いという噂は聞いていたが、まさか此処までとは思わなかった。
ホワイトグリントに跨り最強クラスの馬の味を知った沙藤は、今までの沙藤ではない。
新馬戦でホワイトグリントを讃えてくれた南田のように、最強クラスの馬の存在感やオーラを感じられるようになっていた
チラリとエルコンドルパサーを見る。
ホワイトグリントの尻をガン見して馬立ちしている所は若駒らしい未熟さがある。と思いたいが、それすらも野性的な強さがあるとしか思えなかった。
文字通り存在感が違う。
紛れもなく最強クラスのオーラを漂わせている。
ぱっと見、一流馬らしい特徴が全く感じられず、スピードタイプなのかスタミナタイプなのか、芝が良いのかダートが良いのか分からないが近寄ってよく見ると分かる。
(こいつ特徴が無いように見えるけど、それは全てがハイレベルで纏まっているからなんや)
器用万能。
それこそがエルコンドルパサーだった。
酷い酷すぎる。
なんだそれ。ほぼサラブレッドの理想じゃないか。
(ウチのグリントはドマゾなだけで、そこまで器用じゃないのに! 狡いやないか! 卑怯や!)
芝だろうがダートだろうが逃げ先行差し追込短距離長距離思いのまま、エルコンドルパサーは全てハイレベルで走ってのける。
そんなエルコンドルパサーを相手にするならば、展開のアヤなんてない。
勝つには、文字通り真っ向勝負して実力で勝たなければならない。
その実力が紛れもなく最強クラスなのを加味した上で。
泣きたいくらいだ。
だが
(なんでこんなんと、クラシックに絡まんレースでぶつかるんやろなあ──全く、困ったもんや)
だが、そう、そうだ。実力で勝たなければならないのなら、実力で勝ればいいのだ。
そして──
(ホワイトグリントは負けてないで)
沙藤は獰猛に笑った。
的羽剛はグラスワンダーとエルコンドルパサーどっちの主戦になるかを秋までに選ぶ悩ましき胃痛の日々に、さらに胃痛の種が増えて頭を抱えたくなった。
的羽には確信があった。グラスワンダーかエルコンドルパサーどちらを選ぶにせよ。選んだ方に乗って選ばなかった方を倒す。
そうすればレースに優勝できるという確信があった──そして、なくなった。
──それ、私のこと知らなかったからでしょう。
新しく増えた胃痛の種ホワイトグリントにそう言われてしまったからだ。
(ああ、知らなかったよ。何でお前さんみたいのが居るんだよ)
エルコンドルパサーに乗って近くを走っているからこそ騎手として良く分かる。
ホワイトグリントはエルコンドルパサーとグラスワンダーの二頭と同格だった。
つまりは、どちらかを選んでレースに乗って選ばなかった方を倒しても、ホワイトグリントと言う壁が確実に居るということだった。
それほどまでに、前を速歩で進むホワイトグリントは強かった。
混じりっけ無しに、自分の騎手人生で最強クラスであるエルコンドルパサーとグラスワンダーと同等の力量を誇っていた。
牝馬なのに。
(牝馬クラシック戦線は無理だな)
何頭かの4歳牝馬お手馬たち。その調教師にホワイトグリントとぶつからない道のりを進言するのは確定した。
ホワイトグリントとレースを一緒にするのは初めてなので、今までは強いという噂を聞いていただけだった。
まさかここまで隔絶しているとは思わなかった。
お手馬たちではどうしようもなかった。
それほどまでに違う。
故障でも無い限り、三冠牝馬になるに違いなかった。
だから逃げようと調教師に進言する。
日々愛馬を勝たせようと厩舎一同で汗水流す調教師に、「勝てません」と進言し逃げさせる。
コレだけでも胃が痛いが、今からのレースに比べればマシだ。
(さて、どう戦うか──絶対に逃げ馬じゃないし、もう逃げてくれないよな)
まだ若い沙藤の背中には「逃げたらエルコンドルパサーに勝てん」とデカデカと書いていた。
逃げてくれたら最後の直線であっさり躱して勝てたのに、何て可愛げのない後輩なのだろうか。
(なんで今まで逃げてたんだろうな)
何かあるのだろうが、他所の陣営の事だ気にしても仕方ない。レースに敵に集中する。
的羽の見るところホワイトグリントの一番凄まじい所は体幹の確かさだった。
あの確かな体幹を全力で行使したらどれ程の切れと持続がある末脚をもたらすのかと、敵でなければ激賞したくなるほど素晴らしい。
それ以外にも鍛え上げられた肉体や、歩様の見事さが表すバネの柔らかさ。
主義を捨てて「お前、そいつ寄こせ」と若手の沙藤に言いたくなってしまうほどの馬だった。
そして断じて逃げ馬ではなかった。
(差しか先行か。他馬と駆け引きしながら脚を溜めてスタミナ温存して、末脚勝負──親父譲りだな)
何度かやり合ったあのオグリキャップと同じ事をしてくるかもしれない可能性に、的羽は頭が痛くなった。
大人気だったし、一人の騎手としては好きな馬だが、敵手としてはオグリキャップほどキツイ相手は早々いなかった。
不屈。能力を併せ持ったその二文字通りの馬と戦うのはキツイ。
不屈を体現したオグリキャップに勝てる馬で何度か勝ち、それ以上に負け、そのオグリキャップで2度G1を獲ったことで、情緒がかなり不味いことになった竹優ほどではないが、色々と心に来る思い出だ。
(ま、オグリキャップの事は忘れよう。精神力は間違いなくあるが、あそこまで不屈なわけ無いし──しかし、キッツいレースになるな)
間違いなく厳しいレースになる。
牝馬クラシック戦線を「ホワイトグリントには絶対勝てないので戦わずに逃げましょう」と進言しなければならない馬と戦うというのはそういうことだ。
逆に言えば的羽が勝てる馬でホワイトグリントに挑める機会はクラシック期には無い。
そういう意味でもエルコンドルパサーのような勝てる馬で挑むのは胃が痛くなり
(面白い。面白いじゃないか)
それ以上に胸が高鳴る。
この機会を逃せばホワイトグリントに勝てる馬で挑めるのは最低冬まで伸びる。
ならば、ここで仕留める。
仕留めるためにエルコンドルパサーを駆る。
(そうだ。それが騎手だ)
強い馬に乗るのを望むのが騎手である。
強い馬に乗ってレースに勝つのが騎手である。
乗った馬を少しでも前の位置へ進めるのが騎手である。
(エルコンドルパサーと一緒に勝って、ホワイトグリントに敗北を教えてやる)
的羽剛は騎手だった。
『さあ、9番エルコンドルパサーがゲートインし、これより偶数馬がゲートインします。注目の圧倒的1番人気ホワイトグリントが今──ああっ!?』
白馬の初めての動作に15万人の大観衆が起こすどよめきの中、ホワイトグリントは今から何が起こるかを悟り動作を続けた。
「グリント──お前」
馬の本能が教えてくれる。
『ほ──ホワイトグリント武者震いだ! 父オグリキャップと同じく、そしてハッキリとした武者震い』
走るのが大好きな本能が。
「そうか、わかるかグリント」
一番速く走りたい本能が。
『これから始まるレース。共同通信杯は重賞レースです。言葉は悪いですが、クラシックに絡まずG3グレードが積雪のため消されたただの重賞レースです! ですが、G1馬ホワイトグリント初めて武者震いしました!』
競走馬として熟した経験が。
信頼する鞍上の緊張が。
初めての感覚を教えてくれる。
「ああ、そうや」
自分と同等かそれ以上の馬が居ると。
「──速い馬が居るで」
この日、ホワイトグリントは初めてレースに挑む。
後年『黄金世代最初の激突』『コンドルVS白雪姫』『飛翔と疾走の戦い』『G1でやれよお前らG1で』『レースの格が不足しすぎていたレース』
そう呼ばれるレースが始まろうとしていた
なお、的羽騎手はこの時期お手馬ではなかったエリモエクセルに乗せられてホワイトグリントに挑まさせられます。エース級の騎手ですからね。仕方ないのです。
来週は忙しいので、次回は少し遅くなる予定です。