黄金世代の白雪姫   作:サリエリキキ

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 感想、評価付け、ここすき、皆さんありがとうございます。


1999年12月~②~

 このまま有馬記念回避を決定しようとしていたホワイトグリント陣営だったが──。

 

「テキ、偵察の結果です。連中は疲れ切っています。スペシャルウィークもグラスワンダーもセイウンスカイもエルコンドルパサーも、全力は出せても死力までは出せません。そして、メイショウドトウもナリタトップロードも、菊の頃からそこまで成長していません」

 

 関東まで偵察に出ていた厩務員の帰還により、風向きは速やかに変わった。

 

「そうか。なら、勝てる。勝てるわ。無理をせずとも勝てる……オーナー、前提が変わりました。あのバケモノ連中が死力を尽くせないならば、懸念は払拭されました。有馬記念に出ませんか」

「特別登録は来週ですので問題ありませんが……ダービー馬にして菊二着のメイショウドトウはどうでしょう? 彼を含めた今年四歳の若武者たちは、シロを追い詰めることはできませんか?」

「問題ありません。メイショウドトウは未だ成長途上、グリントと渡り合える域にはいません。他の連中も、菊の頃の力ならば恐れるに足りませんわ」

「なるほど。では」

「勝ち負け、いえ──余程のことがない限り確勝です。ほとんど消耗せずに勝てます。九年前に貰ったグランプリをもう一度貰えるとは。オグリキャップに、ホワイトグリントの親父に、二度も貰えたグランプリを」

「メイショウドトウたち九九世代は、ホワイトグリント達に及ばない。黄金世代は弱まっている。だから、敵はいない。そういうことですか──よろしい、グランプリを貰っておきましょう」

 

 ホワイトグリントが見れば虜になるであろう、サディスティックな笑みを調教師とオーナーは浮かべた。

 

「菊の頃ならば、という注釈は付きますがね。まあ、あれから二カ月、そこまで化けはしませんよ。何より、普通はあり得ませんからな。ホワイトグリントたち九八世代のような、史上最強クラスがひしめき合う世代なんてのは」

「そうなのですか。サニーブライアンたち九七世代も強かったので、そういうものかと」

「九七世代も傑出した世代でした。サニーブライアン、タイキシャトル、サイレンススズカ……彼らは紛れもなく顕彰馬クラス、黄金世代の五頭と同じく日本競馬史上最強クラスです。ですが、そんな傑出した世代が連続するなど、九九世代からも史上最強クラスが出てくるなど──普通はあり得ない。いえ、あるはずがないのです」

「では──」

「ええ。ホワイトグリントのマゾヒズムを充実させ、飢えさせて本番に臨めば、勝ちは揺るぎません」

 

 ホワイトグリントを除いた黄金世代は疲弊している。 それを知った陣営は、愛馬のタフさに愉悦を感じながら、確勝を期して出走を決定した。

 

 勝てる。そう確信して。

 

 

 

 ──そう、普通なら楽に勝てる。普通の年ならば。

 

 

 

 瀬戸内調教師が断言した通り、数年に一頭現れるかどうかという桁違いの強さ、それが顕彰馬である。

 その領域の強さの馬が三年も連続で出てくることなどありえない。

 

 

 

 

 

 

「ようやく引退してくれるか。中長距離だけでなく、マイルやスプリントまで荒らし回った連中が」

「ようやく──チャンスだな」

「ああ、ホワイトグリントとグラスワンダーが出ない春天なら獲れるかもしれん」

「GⅠか。キングヘイローを、ようやくGⅠ馬にしてやれそうだ」

「ウチのステイゴールドが獲るさ」

「はは、言ってろ……しかし、酷い時代だったな」

「ああ、酷すぎた。顕彰馬クラスのバケモンが同世代に何頭もいるなんて、酷すぎた」

「今年のクラシック世代最強のメイショウドトウも来年は海外に行くし、ようやく報われる……」

「ああ……ま、顕彰馬クラスまで成長した馬が現れなければ、の話だがな」

「はは、そんなの有り得ないさ。九九世代からも顕彰馬クラスが出るなんて、有るわけがない」

 

 中央の調教師たちが黄金世代の引退に安堵したように、九九世代からも史上最強クラスが飛び出すことなど、普通は有り得ないのだ。

 

 

 ──普通は

 

 

 

 

「ホワイトグリントも出走するんだって」

「へえ、黄金世代がついに勢揃いか」

「ホワイトグリントが東京大賞典に回るってのは、やっぱり噂だったのか」

「回避の噂を聞いたJRAの偉い人が失神したなんて話もあったけどな。無い無い、普通は有馬を走るって」

「一着賞金一億五千万だもんな。東京大賞典の八千万とは格が違う。普通は有馬に行くさ」

「ダートはどうしても二流扱いだしね。賞金の差がそれを物語ってるよ」

「黄金世代勢揃いのレース、楽しみだねえ」

「でも、やっぱりホワイトグリントかな。他の連中は疲れてるだろうし」

「どこの厩舎もそこまで自信なさそうだしなあ」

「ドトさんはぁ?」

「ドトさんはね、来年もっと強くなるんだって。だから、応援しに行こうね」

「うんっ、ドトさんがんばれー!」

「……ドトウも凄い馬だけど、成長しても流石に黄金世代には届かないよなあ」

「さっちゃんにそれ言っちゃ駄目よ。ドトウは子供たちに好かれているんだから」

「分かってるよ……しかし、凄かったなあ黄金世代。海外であれだけ暴れて勝ってくれて──こんな世代、もう二度と現れないだろうな」

「そうね。五頭全員が顕彰馬候補なんて世代、もう来ないわよ。敵う馬もしばらくは出ないでしょうし」

「JRAがみんな顕彰馬にしようとしている世代なんてもう来ないわよね」

「だな。来年は、グラスワンダーとホワイトグリントのピークがどれだけ続くかで決まるさ。あの二頭に勝てる馬は、今の日本にはいない」

 

 

 ファンもまた、黄金世代に届く馬など現れないと笑った。それが「普通」だった。

 

 

 

 

 

 ──普通ならば

 

 

 

 

 

 

『ホワイトグリントは万全です』『スペシャルウィークは頑張ってみせます』『セイウンスカイはもちろん逃げます』『エルコンドルパサーはやれます』『グラスワンダーには気合が入っています』『ドトウは好調です。ダービー馬の力を見せてやりますよ』『ナリタトップロードは凄い馬。それを中山でお見せします』

 栗東のある厩舎。一週間後の有馬記念に関するスポーツ新聞を読み耽っている騎手がいた。

 

 ──普通はない

 

「あれ?」

 

 有馬記念の特集で埋め尽くされたスポーツ新聞。ページを割いて紹介される名馬たちの記事を読んでいた騎手の表情が、次第に険しくなっていく。

 

「はぁっ!? 嘘だろっ!?」

 

 怒りのあまり、若き騎手の叫びが響いた。

 

 ──三年連続で顕彰馬クラスが出ることなど普通はない

 

「こんな小さ──いてっ」

「いてぇのは当たり前だリュージ。寝てる馬の近くで大声出しやがって……ああ、起きちまったじゃねえか。落ち着くまで世話しろよ」

「うっす。マサさんすいません──ごめんなぁ」

 

 栗東のある厩舎で厩務員に叱られた騎手が謝り、起こしてしまった「寝てたのに起こすなんて誰だよぉ……あ! リュージ! あそぼ! 撫でて! ブラッシングして! 乗って! 一緒に走ろ!」騎手の姿を見て不機嫌から機嫌超良好へと切り替えて擦り寄ってきた愛馬を優しくなでる。

 珍しい光景だ。厩務員が騎手を丁寧に注意することはあっても叱ることは基本的にない。強く注意する時は調教師を経由するのが普通なのに、この厩舎ではそうではない。

 当たり前のように厩務員が騎手を叱り飛ばしている。

 

 ──三年連続で日本競馬史上最強クラスが続出することなど普通はない

 

「で、なんだ、大きな声出して」

「あ、これ見てくださいよマサさん。この新聞、こいつのことをこんなに小さく書いてるんですよ。酷すぎるでしょ。こいつはクラシック馬なのに!」

「おお、そうだな。そうそうない絶好調で二冠間違いなしと挑んだ菊を、丘部と大里にしてやられて外回りを強いられ、脚を余らせたどっかの騎手のせいで一冠しか取れなかったが──紛れもなくクラシック馬だわな。なあ、デビュー四年目にして、ウチ初めてのクラシック馬と一緒にクラシックジョッキーになれたリュージぃ」

「うっ……い、いや、次は負けませんよ。たとえ大里先生であっても」

 

 騎手の父と兄が厩務員であり元々顔見知りであることもあるだろうが、何よりも厩舎所属騎手だからだろう。

 文章だけ読めば当てこすりとも思えるような言葉であっても、好意的な笑みが含まれているため、遠まわしな激励である。

 それほど厩舎のスタッフに騎手は可愛がられ、一生懸命に応える関係がある。

 

 ──クラシック期にベテランたちによるG1レース畜生仕草による洗礼を浴び、人馬一体で膨大な経験値を積み、才能を覚醒させながら絆を深めるなど、普通はない。

 

「たりめえだ。次はやられんな。オーナーさんに「あの二人にあんな騎乗されたら仕方ない。騎手も馬もよく頑張ってくれた」なんて言わせたことを恥と思え。

 レースじゃ、若手だろうがベテランだろうが関係ねえ。同じ騎手だ。結果出さねえと依頼なくなるぞ」

「はいっ」

 

 ひんっ

 

 気合を入れた騎手の返答に呼応するように鳴く厩舎初のクラシック馬。その様子に厩務員が優しく笑った。

 

 ──日本競馬史上最高峰の資質が、菊花賞の後の鍛錬で、厩舎外の誰にも知られぬうちに開花しているなど。菊花賞の時とはもはや別物になっているなど、普通はない。

 

「お前ら、本当にいいコンビだな。……まあ見せてみろ。おお、確かに明らかに格下扱いだな。菊でも三着だったのに、ドトウの五分の一、トップロードの半分も記事がねえ」

「でしょう! あり得ないですよ。アイツらより、いや、黄金世代の連中よりも、こいつの方がずっと強いのに! なあ!」

 

 ぶひんっ

 

 ──だが、1999年12月。20世紀における世紀末の年を目前としたこの時は……「普通」ではなかった。

 

「だな──ま、悪いことじゃないわな」

「え? 悪いことじゃない。こんな扱いがですか? コイツには、他の厩舎から偵察さえ来てないんですよ。腹立つでしょう」

「は、つまりはコイツに油断してるってことじゃねえか。記者だけでなく、他の厩舎からも低評価されてるってのはありがてえことだ」

「あ……ああ、なるほど!」

 

 不敵に笑う厩務員に、騎手も理解の笑みを返した。

 

 ──当時、ホワイトグリントの勝利を誰もが疑わなかったこの1999年12月は、後世ではこう語り継がれることになる。

 

「ありがたいことに、こいつは菊で力を使い切れなかった分、余力は十分だ。京都大賞典を勝ったおかげで、ステイヤーズSを使う必要もなく、二カ月間みっちり仕上げられた。万全だ。

 目にもの見せてやれ。

 同世代だけじゃない、黄金世代のバケモノたちにも、こいつを低く見た全ての連中にも──。

 こいつの、テイエムオペラオーの強さをな」

「おう、勿論やって見せますよ。なあ、オペ」

 

 ひんっ

 

 

 

 ──日本競馬史上最強馬が、覇王の歌を歌い始める瞬間()であった、と。




 新章にして最終章の名前は――『覇王の歌』です


 忙しくなるので次回は遅くなります。
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