黄金世代の白雪姫   作:サリエリキキ

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1999/12/26 有馬記念 その名は── ~②~

『中山競馬場、第9レース。芝2500メートルで行われるのは、グランプリ有馬記念。出走馬は10頭。曇。馬場コンディションは良。20万人。工事が終わったばかりの中山競馬場にて、グランプリを、有馬記念を制するのはどの馬か? 最初で最後に揃った黄金世代か? それとも新世代か? 小回りコースは変わらずに、向こう直線からの発走。右回りコースを使用します……係員が離れました。さあ、10頭ゲートに収まって』

 

 宝塚記念に専門ファンファーレがあって有馬記念に無いのはおかしい! 巫山戯んな東京モン、宝塚開始を有馬から4年後にしておいて、自分たちは直ぐか! そんなJRA内での駆け引きの末に作られたすぎやまこういちの新曲が鳴り響く

 

『スタートしました! ポンと出た! セイウンスカイ出たぞ!』

 

 新しくなった中山競馬場。

「中山巧者を尊重する(サンデー系を易易と勝たせない)」という意向により、直線は短いままコーナーを大きく取った設計。相変わらず、小回りの巧みな馬が有利だ。しかし、枠の有利不利は消えた。特徴を活かしつつ不公平をなくす──そのコンセプトは正しく、そして面白い。

 

『逃げる! 芦毛の逃亡者は逃げる! 最後まで逃げる! 先頭で──ああ、黄金世代が!』

 

 スタートを見事に鼻を切ったセイウンスカイの姿に大歓声が起こり、どよめきとなった。

 

「やっぱり……」

 

 横田は思わず声に出した。

 歯の間から漏れた言葉は、冬の冷たい空気に一瞬で溶けた。

 人でなしのごみ共。相手の弱い所を躊躇わずに突くゲス共。気持ちよく逃げさせてやろうという「人の心」がない連中。

 内心でありとあらゆる罵倒を周囲の騎手へ投げつけるが、その視線は極めて冷徹に、背後の殺気を感じ取っていた。

 

『マークしてます! 全頭、セイウンスカイをマークしています!』

 

 実況の絶叫が、包囲網の完成を告げる宣告のように響く。

 逃げ馬にとって、「逃さない」とマークされることは死を意味する。

 ましてや相手は、一頭一頭が時代を象徴する黄金世代の怪物たちだ。

 右を見れば、世界を獲ったエルコンドルパサーが呼吸を合わせている。

 左を見れば、マーク屋のプライドが乗り移ったグラスワンダーの視線が突き刺さる。

 その後ろには、執念の塊のようなスペシャルウィークの蹄音が迫る。

 そして、セイウンスカイの直ぐ後ろには白い怪物ホワイトグリントがピタリと付けていた。

 

 どいつもこいつも「「「逃さねえ!!!」」」と人馬一体で自分たちを仕留めに来ていた。

 

(……ああ、気持ち悪い。どいつもこいつも、俺とスカイの背中しか見てねえ)

 

 それは、賞賛でも尊敬でもない。

 ただ「この芦毛を逃がせば終わる」という、共通した生存本能が生み出す意思。

 全方位から向けられる、逃げ場のない意思。

 かつてこれほどまでに一頭の逃げ馬を、全頭が揃って、一切の慈悲なく磨り潰しにかかった有馬記念があっただろうか。

 

「……スカイ。嫌な連中だよな、ホント」

 

 横田は、小さく手綱を撫でる。

 だが、その口元には、吐き捨てるような言葉とは裏腹に、勝負師の笑みが浮かんでいた。

 これほどまでに自分たちが恐れられている。

 これほどまでに、この最強世代たちが自分たちを潰すために意思統一している。

 自分たちが強いから。

 

(それならそれで、やりようはある。お前らの計算、全部ぶっ壊してやる)

 

 横田の指先が、わずかに手綱を緩める。

 

『セイウンスカイ! セイウンスカイ脚を速める!』

 

 日本競馬史に金字塔を立てた黄金世代。

 その中で、最も過酷で、最も見栄えが良く、そして最も孤独なのが常に先頭を走る逃げ馬とその騎手である。

 そこで、彼は他の騎手が知れば「あんたが一番人でなしだ」と口を揃える覚悟を固めた。

 

 それをセイウンスカイも是とした。

 

『速い! 速い速い! セイウンスカイ速い! 1000m55.9! 55.9! 芝1000mのレコードタイム(※当時は56.0)より速い! 潰しにかかる! 

 後続を潰せる逃げ馬! 

 これがセイウンスカイだ! 

 これが英愛で逃げ切った芦毛の逃亡者だ!』

 

 逃げ切る。

 芦毛の逃亡者セイウンスカイは人馬一体でその意思を咆哮した。

 

 勝つための逃げ馬の走りに、大歓声が起こり、更に大きくなる。

 

『これは追いつけない! 普通なら追いつけない! だが! だがぁ!』

 

 並ならば、否、G1馬という上澄みですら、潰されるか息を入れるかを選択せざるを得ない「強い逃げ馬」の脚。

 

『そのセイウンスカイに付いていく! 

 黄金世代は付いていく! 

 先へ先へ! 

 真っ先にゴールを通れば勝ち! 

 真に強い馬たちでなければ出来ない真っ向勝負だ!』

 

 ──それに対して追走するという選択肢を取れるからこその黄金世代。

 

『間違いない、この世代は強すぎる! 紛れもなく最強世代、5頭の最強馬が揃った!

 新世代は! 99世代は追いかけられるか! やはり、無理かっ!』

 

 

 

 

 竹優は、両足に伝わる重い振動を感じていた。

 秋四走目。アメリカを転戦し、ジャパンカップで死闘を繰り広げてきたスペシャルウィークの身体は、とうに貯金を使い果たしている。

 一歩ごとに、削り取られた魂の欠片がターフにこぼれ落ちるような感覚。

 

(苦しいよな、スペ。……でも、あと少し、あと少しだけ……!)

 

 必死に鼓舞する竹優。だが、その視界の端に映る「白」が、彼の心を折りにきた。

 

『ホワイトグリント伸びがいい! セイウンスカイの横へと早くも上り始めた!』

 

 ホワイトグリント。その馬体からは疲労困憊など微塵も感じられない。

 白馬の煌めきに大歓声が起こる中、竹優は絶望した。

 

(おかしいだろ……何で、まだそんな走りができるんだ!?)

 

 スペシャルウィーク以上の激戦を潜り抜けてきたはずだ。だというのに、ホワイトグリントの息遣いは乱れず、筋肉はレースが今始まったばかりであるかのように、しなやかで強靭な弾力を保っている。

 

 何よりも、笑顔。

 

 満面の笑顔が竹優の心をへし折り、天才の価値観を崩壊させた。

 

(おかしいだろっ!)

 

 タフさとマゾヒズム快楽の差によりホワイトグリントは伸びる。

 限界を超えた同世代の中で、唯一死力を発揮して突き進む。

 

『残り1000! 満面の笑顔のホワイトグリントがセイウンスカイに並んだ! 他の黄金世代は苦しいっ!』

 

(何でそんなに気持ちよさそうに伸びてるんだよ……)

 

 あまりに非常識な白馬に、竹優は自分がその鞍上ではないことも併せて泣きたくなった。

 他の疲れ切り死力を尽くせない黄金世代と同じく。

 

 だが、その死力を尽くせない黄金世代の走りは、他の馬からはレベルの差を示す絶壁である。

 

 

 

 

 

『残り800! ああ、ナリタトップロードとメイショウドトウが遅れたか! もう無理か!』

 

 強い逃げ馬が作る「前に行ける馬だけが残る」先行磨り潰しの展開。そこでは、能力の差が残酷なまでに浮き彫りになる。

 

『黄金世代は未だに伸びている! わずかにエルコンドルパサーが遅れたか! しかし、後続よりは速い!』

 

 能力に劣る馬はついていけなくなるのだ。

 

「メイショウドトウもナリタトップロードも駄目だったか」

「しかたないよ」

「うん、黄金世代は違いすぎる。凄すぎる」

「誰もついていけない」

「最強世代だよ本当に」

 

 黄金世代に勝てる馬はいない。皆がそう理解していたように。

 

『やはり違いすぎた! 黄金世代は誰にも届かない領域にある!』

 

「やっぱり黄金世代は強すぎる。海外でも勝っただけある」

 

 理解して、誇って。

 

『桁が違い過ぎるっ!』

 

「しかたないよ。黄金世代の覇権は誰も崩せない」

 

 諦めて。

 

『誰にも勝てないっ!』

 

「ちょっと──つまらない、ね」

 

 僅かに、ほんの僅かとはいえど──冷めた。

 素晴らしいレースに熱狂しながらも冷めた。

 

 

 

「「「「「……え?」」」」」

 

 ──それを、たった1頭の走りが覆す。

 

 

 

 

 

「おいおい」

 

 黄金世代。あの分厚い壁に敗れ去った馬は何頭いるか?

 言うまでもない。この一年間、サニーブライアンが去ってからの日本の馬、その全ての馬だ。

 

 ならば、今。

 今、視界の端から影を置き去りにして駆け上がっていく、あの日本の馬は何だ。

 

(決まっている。黄金世代の傑物たちと同等、あるいはそれ以上に「強い」んだ)

 

「あいつが同世代か。……一生、メイショウドトウには付いて回るな」

 

(『リュージの馬』なんて、認めるんじゃなかったな)

 

 自嘲気味に呟く。だが、これもまた仕方ないことだ。俺が跨ったところで、あの馬は真に魂を燃やして走ることはない。

 サニーブライアンが俺以外では魂を燃やさないように。

 

「ま、無理はするな。一歩でも前へ、少しでも上の順位を目指そう、ドトウ。お前はまだまだ成長出来る」

 

 叩き上げの意地。

 サニーブライアンに巡り合うまで、デビューしたばかりの若手よりも依頼も勝鞍も少なかった叩き上げの意地。

 そんな、一般家庭からこの鉄火場へ身を投じた騎手として、大里は眼前の「最善」へと深く手綱を握り直した。

 

 

 

 

 丘部はナリタトップロードの追いを緩めた。

 調教師に進言しよう。良い馬ではあるが最強ではないナリタトップロードには、もっと戦える相手を──そう思った瞬間。

 

(え……?)

 

 大気を震わせる地響きが、丘部の思考を白く塗り潰した。

 視界の端を、猛烈な勢いで掠めていく栗毛の背中。

 

(こいつは──)

 

 その瞬間、全身の産毛が逆立った。

 

 ──競馬に絶対はない。

 

(こいつは、この「支配」の気配は)

 

 ──だが、シンボリルドルフには絶対がある。

 

「ルド……ルフ……っ」

 

 絞り出した声は、震えていた。

 視界の先、自分と共に「絶対」を証明しつづけたシンボリルドルフの影が、栗毛の馬の姿を借りて跳ねている。

 だが、その背に跨っているのは、自分ではない。

 自分よりも遥かに技術の劣る、御し方も、呼吸の合わせ方も知らないような4年目騎手の若造だ。

 

(……ちくしょう)

 

 初めてG1馬に乗った若造は、自分がどれほど神聖な領域に触れているかも知らずに、ただ夢中で手綱を動かしている。

 どれほどの馬に自分が巡り会えたのか知らずに、ただ懸命でいる。

 騎手人生で一頭巡り会えたならば奇跡──絶対の馬に今、自分が乗っている奇跡に自覚がない。

 

(なんでだよ)

 

 かつて、騎手生活17年目の自分がシンボリルドルフと巡り合い共に辿り着き、そして二度と戻れないと諦めたあの高みに。

 あの若造は無自覚なまま、いとも容易く、光に包まれて立っている。

 

(預託されただけなんだぞ。お前は、ただ、そいつが預託された厩舎の所属騎手──それ、だけ……で)

 

 厩舎に依らないエージェント方式を日本に導入した丘部にとって、それは、言葉にできないほど残酷な景色だった。

 

 なによりも

 

(今でさえ、ルドルフの域にいるアイツは──未だ成長出来る。今よりも強くなる)

 

 その現実が丘部の心身を大きく揺さぶった。

 

 成長期の終わりに黄金世代という強敵たちと、先行磨り潰しというこれ以上ない力勝負に臨めた栗毛の馬は大きな覚醒をする。

 

(いま、一歩一歩ごとに強く──より強くなっているように)

 

 丘部が震える心と身体で最善の追いをする先、栗毛の馬は躍動する。

 

 一完歩、一歩ごとに、その走りを洗練させながら、黄金世代の熟練を食らい尽くしながら。

 

 覇者の威風をより強く纏った。

 

 

 

 

 

 

(ここまでか)

 

 エルコンドルパサー鞍上海老名は悔しさを噛みしめながら認めた。

 衰え。

 そして、2500という距離をセイウンスカイという長距離G1制覇逃げ馬を追いかけた消耗。

 それらが合わせて来ていた。

 

 5着、エルコンドルパサーの順位としてはあり得ない順位だが、衰えたエルコンドルパサーにはコレが限度。

 故障させるわけにはいかない。

 頑張ろうとするエルコンドルパサーにもう良いと

 

 ドドド

 

(え?)

 

 だから

 

(去年のJCのホワイトグリント? 凱旋門のモンジュー?)

 

 その圧力は

 

(いや、アイツラより──上っ! 上だとっ!?)

 

 黄金世代にも、今年度凱旋門馬にも勝る圧力は、黄金世代の騎手たちも黄金世代の馬たちにも慮外のものだった。

 

(衰えたとはいえ、エルコンドルパサー、を)

 

 エルコンドルパサーがわずかではあるが、まるで怯えるかのように耳を倒したのに気がついた。

 14年前の有馬記念で、シンボリルドルフに怯えたカツラギエースのように。

 

(こんな奴が、いたのかっ!)

 

 後ろから1頭、自分たち黄金世代を目標に上がって来る馬がいること、そしてそれがどの馬なのかを悟った。

 

(菊花賞までとは別物っ!)

 

 無論、易易と勝ちを譲る気はない。だが、海老名とエルコンドルパサーは感じた。

 それまでのレースの中でもまったく経験したことのない、薄ら寒くなるような威圧感を。

 

 たった2カ月で「よくいる強豪馬」から「王者」へと成長した栗毛の馬から。

 

 このレースで「覇者」を纏い始めた栗毛の馬から。

 

(バケモノがっ!)

 

 ──叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 熱狂しつつも冷めた観客──故に、その光景は、ただ一頭、黄金世代ではない栗毛の馬が伸びてきた光景は。

 

『【え?】』

 

 実況と解説さえもが驚きの声をマイクに乗せた光景は。

 

『あれ、は?』

 

 後世の人々が「当然だろ。だって彼なんだから」と誇りを持って断言する光景は。

 

『て、テイエム!? ……テイエムだ! テイエムきたぁ! 残り400! 中山の直線前! 黄金世代に食らいつ──いやあ、いやあ』

 

 当時の人々には驚愕であり

 

『追いついたぁ! エルコンドルパサーに追いつきながらも! 更に! 更に! 伸びる! ──抜かす! 黄金世代に勝るっ!』

 

 なによりも熱狂させた。

 

『遂にきたぁ! 1年以上誰も敵わなかった黄金世代に!』

 

 ほぼ新人の若手の騎手と共に、真正面から最強世代に挑む姿が熱狂された。

 

『若き鞍上を背に!正面から闘い勝たんとする馬が!』

 

 弱小チームのエースが黄金世代の覇権を叩き潰して王冠を被らんとする姿は愛された。

 

『黄金世代を撃ち落とす馬が遂に出たぁ!』 

 

「黄金世代はお互い以外には敵が居ない」と諦めて冷めた人々に「ここに黄金世代に勝てる馬が居る! 僕だ!」と叫んだ闘士。

 

『闘士が!』

 

「日本競馬史上最強馬は誰か?」2020年にJRAが行ったアンケートで7割を超える票を集めた日本競馬史上最強馬。

 

『本当に強い馬が!』

 

 中山競馬場に。否、日本競馬に……そして──

 

『テイエムオペラオーがやってきたぁ!』

 

 ──世界の競馬場で響き渡り、日本馬でありながら勇者ダンシングブレーヴのレーディングを初めて超えた覇王の歌が開幕した。

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