『さあ、4コーナーを回って、直線コースに向きました!
メイショウドトウ、内を通るか? 外へ持ち出すかテイエムオペラオー!
さあ、メイショウドトウが先頭に立つか!
内を突いてメイショウドトウ! メイショウドトウが先頭に替わった!
欧州で戦い抜いたドトウの脚音が響き渡る!
外からテイエムオペラオー! 王者が来た! 王者が来た!
内からメイショウドトウ、外からテイエムオペラオー!
二頭の叩き合い! 二頭の激しい叩き合い!
三番手はファンタスティックライト──いや違う! テヤンデイだ!
今年の皐月賞馬はクラシック馬の意地を見せる!
しかし前は二頭!
メイショウドトウか、テイエムオペラオーか! 競り合う! 競り合う!
やはりメイショウドトウ強い! テイエムオペラオーと渡り合っ、いや!
テイエムが出た! テイエムが出た!
テイエムオペラオー先頭でゴールイン!!
やはり強かった! テイエムオペラオーです!
ガネー賞、愛チャンピオンS、クイーンエリザベス2世Sを含む海外重賞4勝馬、メイショウドトウさえも横綱相撲で破りました!
強い! 本当に強い! まさに敵なし!
世紀末の覇者、テイエムオペラオー!
東京競馬場の大歓声に応えました!
さあ! 決戦の舞台! 有馬記念へ!
…………あれ? メイショウドトウに、アグネスデジタルが近づいて行きますね? 何かあったんでしょうか?』
海外でG1·3勝したメイショウドトウ。例年ならば年度代表馬となったほどの優駿すらも正面から捻じ伏せた世紀末覇王。
もはや、彼を止められるのはただ一頭だった。
『さあ、4コーナーをカーブして直線に向いた
逃げるレギュラーメンバー! 粘るレギュラーメンバー!
外から一気にロードスターリング! アメリカのロードスターリングが来た!
さらにその外から、ウイングアロー! ウイングアローが来て!
さらに外から! ホワイトグリントがやってきたぁ!
さあ、先頭は! 先頭はウイングアローだ!
ウイングアローが先頭で200を通過!
その後ろから! 白馬がやって来た!
外からはホワイトグリント! 交わした! 抜けた! 突き放す!
独走だ! 強い! 強い!
沙藤徹三、ホワイトグリント!
初代王者は、ホワイトグリント!!
ドバイを! ブリーダーズカップを! 世界を制した白馬が! 日本のダートを制しました!!!
月末は! 遂に! 決戦です!!!』
ただ一頭、ホワイトグリント。
圧倒的なパフォーマンスをみせた彼女の姿に、観客は月末の年末の世紀末のレースに胸を高鳴らせた。
ターフの王、テイエムオペラオー。
ダートの女王、ホワイトグリント。
二頭の怪物が、世紀末の終焉、十二月の中山競馬場──有馬記念という名の決戦の地で、ついに相見える。
その決戦の前日、中山競馬場調整ルーム娯楽室には、牌のぶつかる音と、微かに漂う緑茶の香りが蔓延していた。
「まあ、明日の事は明日として、今日は、卓、囲もうや」
ジャパンカップ後、ネトラレのショックに震えるアグネスデジタルに服を噛まれて「ボクのだ!」とドトウの鞍上から引っ張られ、「おーさんをとらないでくださぁぃ!」とボス気質なドトウも逆サイドから服を噛み、大里は二頭の巨体に挟まれて宙吊りになる。
そんな、珍事に見舞われながらも、一ヶ月順調に勝ち星を重ねてきた大里は、先輩として孤立しがちな和多を誘い、麻雀卓を囲んでいた。
「貸し切り状態とはな、なかなか無いわ。ありがたい」
大里のゆったりした声には、部屋にいる5人の顔を見て他の騎手たちが尽く回れ右して逃げ出したことを微塵も感じさせない。
「うーん、レース前に大里師匠とかあ……何か運気が逃げる気がする。明日はエアシャカールに乗るからなあ。暴れ馬のアイツに乗る時に運気が逃げると怖いなあ」
ジャパンカップ後にオグリに性格矯正してもらえたエアシャカールは違うぜ! 目にもの見せてやる!
そんな内心を欠片も見せることなく竹優は悩ましげな吐息をついた。
「俺は明日有馬乗らないから見学するわ。好きに打ってくれや」
のほほん。
騎手会長として和多に隔意が無い事を見せるナリタトップロードを有馬回避させ、香港ヴァーズで白星付けた流石のベテラン丘部。
「そうですか、なら、俺の勝利を大先輩に見せないと」
(デビュー五年もせずに、この面子……リーディングジョッキー四人と卓を囲むって、どんな罰ゲームだよ。ま、テイエムオペラオーなんてもんに出会えた幸運に比べりゃ、安いもんだな
預託された厩舎の厩舎付きだから乗れるとか有り得ねえよ)
そんな風に思いながら沙藤は場を盛り上げに走った。
「あれ? 丘部さん、マチカネキンノホシ乗るんじゃなかったんですか?」
「回避するかもってさ。いきなりだから鞍がなくなったよ」
──嘘である。
回避の予定などない。
これは、若者の緊張を少しでも油断に変えようとする、老獪な慈愛という名の罠である。
「ま、本番無くても乗鞍はあるから調整ルームにいるんだけどね」
「おぉ、流石は丘部さん。羨ましいなあ」
「何言ってんだ。最近は
「何言ってるんですか。ボクがデビューしてからもずっと第一線で、見本になってくれてるのに」
「優がデビューした時はもう咲いた後だからねえ。あれから10年。もう、50過ぎ。ロートルもロートルだよ。馬主さんには悪いけど依頼断ることの方が多い」
「へえ」
「だから、関東は大里の腕が衆知されて良かったよ。的羽も辞めたしなあ。
まだまだ海老名や横田や柴野は若いからさあ。ベテランの良い騎手誰かいるかって馬主さんに聞かれて困ってたんだ。今じゃ大里紹介すれば良いから楽だ」
「流石、先生」
「やっぱり、師匠はすごいですね」
「師匠だからな。アメリカ牡馬クラシックを日本初制覇。で、BCダートマイルも。加えて向こうの馬でG1含めた重賞6勝。
いや、ほんと、尊敬しかできないですよ。ボクもスペで勝ったけど、ターフだったから、向こうの反応が乏しくて……モナーコスとゴーランでしたっけ、あっちで是非って依頼して貰って重賞勝った2歳馬。
あいつら、来年もクラシック勝てるんじゃないかって期待できるくらい良い馬ですよ。それも、ヨーロッパとアメリカ両方で。本当に羨ましいし憧れます」
「……ありがとうよ」
最近、若手の騎手、それもリュージたちや福長の若い世代はともかく、竹や沙藤や横田という自分と同じくらいの勝鞍持つ連中が、身内の席で先輩と呼んでくれない現実に大里は少し寂しかった。
師匠とか先生呼ばわりしても勝ち譲らない所が特に。
ジャラ、と牌を混ぜる音だけが室内に響く。
和多が慎重に牌を自摸る手元を、四人の視線が、まるでパドックで馬の踏み込みをチェックするかのような鋭さで、しかし慈愛と畜生に満ちた表情で追っていた。
「……あ、和多。その牌、切るんだ? 勇気あるなあ」
自分の発言に手を止めてしまった和多に、丘部がお茶を啜りながら柔らかく微笑む。
「いや、いいんだよ。若いっていうのは、失うものがないってことだからね。……でも、明日のレースはそうもいかないだろう? 日本中の期待を背負って走るっていうのは、積み上げた牌を一瞬で崩されるような恐怖なんだ。僕もルドルフの時は、夜も眠れなかったよ」
「……はい、肝に銘じます」
テイエムオペラオーのレース前に眠れていない和多の返声は少し掠れていた。
助言の形を借りているが、その内容は「眠れてないだろ。お前」という冷徹な透視だった。
「ま、あれだけの馬に乗るんだ仕方ない。俺もサニーブライアンに乗ってダービー出る前日は緊張して緊張して、さあ」
「ダブル役満で麻雀勝って気持ちよく寝てたじゃないですか」
「あ! そうだったな。良く覚えてんなテツ。俺、寝てたわ(笑)。まあ、若い時はそうだったよ。確か、うん、若い時は」
「あ、言い繕った。リュージ、気にするなよ。ボクもサイレンススズカで宝塚走る時に『こんなエゲツナイ先輩と走るなんて、ボクとスズカが何をしたんだよ』って眠れなかったからさ」
「それで勝った優が言っちゃ駄目だろ(笑)」
ははは
「はは、そうですか。皆さんすごいですね」
はははと笑う周りの騎手全員が、自分が眠れていないコンディションに不安があることを見透かしている戦慄で、和多は小さな声を絞り出すので精一杯だった。
「有馬記念、年末かぁ。今年は春に色々ありましたねえ」
竹の一言に、大里がため息を漏らす。
「……まあな、こうして笑って卓を囲めるのも、俺たちが大丈夫だったからだしな」
華やかな重賞戦線の裏側で、不祥事という底なし沼に足を取られ、ターフに二度と戻れぬ場所へ去っていった人たちの顔が、和多の脳裏に嫌な現実味を持って浮かび上がる。
それから、大半の関係者に腫れ物扱いされ、激減した体重と共に。
最年長の丘部が、まるで自らの傷口に触れるかのように、深く、重い溜息をついた。
「……本当になあ。騎手会長として、自分の無力を突きつけられた思いだよ。すまないなあ、リュージ」
丘部が、絞り出すような声でポツリと漏らした。
その目は、手元の牌ではなく、何か遠くの、直視したくない汚れを見つめているようだった。
「公営ギャンブルに関わる者として、あってはならないことだ。不公平な騎乗、八百長紛いの疑惑……。あんな事があったのは……僕の力不足だ」
「……お、丘部さん、頭を上げてください。もう、何度も……」
寝不足も相まって余裕なく切羽詰まっている和多を見て、一瞬目を鋭くさせる周りのベテランたち(特に頭下げてる騎手会長)を見た沙藤は戦慄した。
なんて悪い人たちなんだ!
この人たち孤立してるリュージを慰めながら少しでも弱点探る盤外戦術してやがる。
竹、大里、丘部、卓を囲んでるベテラン騎手たちはド畜生だ。
「まあ、そういうなよ。わかるよ。今のお前の気持ちが。俺もグリント乗ってるとさあ。色んな目で見られてさあ。で、思ったんだ……ああ、コイツにもっと早く乗れたらなあって何度も」
全力で乗らなければ。
そう考えながら乗るようになった
「いいなあ、二人とも、特にリュージは」
竹が、万感の思いを乗せながら乗った。
「僕の乗るシャカールなんて、隙あらば僕を振り落とそうとしか考えてない。それに比べて、オペラオーはなんて健気なんだろうね。君がどんな指示を出しても、彼はそれを正解にしてくれる。……彼が君を信じている分、君が彼を裏切った時の落差は、想像もしたくないけれど」
「……裏切るなんて、そんなことは」
和多の指先がわずかに震え、積もうとした牌が鳴る。
「わかってるよ、誰もそんなこと思ってないさ」
大里が、労るように和多のコップに茶を注ぐと、和多は一気に飲み干す。
どう見ても追い詰められていた。
(このくらいで追い詰められるなんて、本当に精神的にも体力的にも消耗してるなあ。しめしめ、シャカールでやりようがある……これ以上は公営ギャンブルの公平に問われるから切り上げよう)
トップジョッキーたる盤外戦術を竹優は発揮しつつ、話を変えた。
「ドトウもデジタルもそうですけど、最近、本当に日本馬が海外で勝ててますね」
竹優が盤外戦術のやり方を学んだ師匠らしく、速やかに応える和多の消耗に満足した大里。
「だよな。ホワイトグリントから始まって、シーキングザパール、タイキシャトル、そして、黄金世代たち……いやはや、最初のジャパンカップでボロ負けしてから20年でこんな。
ドトウとデジタルには脚向けられないよ」
2頭により宙吊りされた程度では鞍上手放さない真正騎手大里の発言に対して、近代競馬生き字引の丘部は万感の思いを込めた
「あれだけ遠かったのになあ、ここまできたよ
かつては海を越えることさえ無謀と言われ、挑んでも世界の背中すら拝めない時代が長く続いた。
ルドルフと向かって退けられたあの頃、見上げた壁の高さに絶望していたよ。
ルドルフの敗北から10年。
……フジヤマケンザンまでの10年、日本馬は海外遠征さえしようとしなかった。
そんな10年が過ぎ、黄金世代たちを含めた日本馬の飛躍に変わった。
夢物語だった世界が、今や手の届く当たり前として目の前にある……長く乗っていると、こんな奇跡も見られるんだな」
ふぅ、と丘部は息を吐いた。
「凱旋門賞も近いな。ホワイトグリントが走らなかったのは残念だが」
「親父のオグリキャップがアメリカ遠征断念した敵討ちがありましたし、何よりも彼女の血がアメリカよりですので、先生もオーナーも欧州興味なかったんですよ。
今年フランス走ろうとしたのも、フランスが熱心に誘ったからで、流れてもオーナーも先生も欠片も気にしてませんでした。
……ここだけの話、女王陛下のお誘いなければ去年もアメリカ行くつもりでした」
「うん、そうだろうね。凱旋門にこだわりある人少ないからな*1*2そういう意味でもこだわりある馬主さんたちの、ルドルフかメジロマックイーンあたりが面白かったかもね」
「ひょっとしたら、リュージが凱旋門一番乗りするかもですね」
「だよな。そしたら、どうします丘部さん」
「そしたら、ルドルフの血を引いた馬での凱旋門賞制覇を追うよ。夢は叶えるものだからね。
まあ、後何年も現役続けられないと思うから俺以外の騎手が夢を叶えてくれるかもな」
「丘部さん……」
「しんみりするなよ。
もし、実現したら、俺以外の騎手がルドルフの血を引いた凱旋門賞馬乗っていても、一ファンととして「夢を叶えてくれた」「ありがとう」と大喜びするだろうからさ。そしたら、年甲斐もなく泣きながら抱きつくような醜態晒すかもなあ。そんときゃ笑ってくれや(笑)*3
……リュージ、どうしたの? 手が止まってるよ」
「あ、そういや、テイエムオペラオー来年どうするの? 海外行くって噂聞いたけど、凱旋門は? (海外経験のあるボクを乗せて)出来れば走って欲しいな」
「あれだけ強い馬だからね。(海外経験のある俺を乗せて)走ってほしいな」
「ですねえ。グリントはアメリカ優先したし(海外経験のある俺を乗せて)走って欲しいな」
「だよな。ドトウは来年もアイルランド行く予定だけど、凱旋門は迷ってる。テイエムオペラオーはどうするんだろ。イギリス行くのは聞いたけど」
「いや、その、僕もイギリスを考えている以上に詳しくは聞いてないです」
「凱旋門賞行くなら俺を乗せろ」そんな目をする、ドトウを優先する上でリュージの馬だと諦めている大里以外の騎手から和多は全力で誤魔化した。
内々の席でオーナーと調教師が
「周りが圧かけてきてるし、社大が協力してくれるし、行かないか? 黄金世代が道作ってくれたし、生産牧場には俺の分の賞金を分けるし……本当に周りの圧が」
「ああ、勝ちすぎたな。瀬戸内先輩も海外行くなら手伝ってくれるって言ってくれてる……行くか海外。はぁ、国内もっと走りたかったな」
「俺もだ。だが、仕方ない。周りの圧が、な」
「ああ、凱旋門どうする? 古い人たちが期待してるぞ」
「なんか、世界一のレースらしいな。正直、競馬発祥の地のイギリスの方が良いと思うんが……お、欧州にしては賞金高かじゃなかね。……ん、一応登録しとっかね」
「頼む……ま、最初はドバイだG1ドバイシーマクラシック。手数料要らないし」
「だな。賞金高いしな……ドバイみたいなレースが他にあればな」
そんな、妥協の末の凱旋門登録なんて言えるわけがない。オーナーが競馬発祥の地であるイギリスの方に惹かれてるなんて言えない。
特に、当たり前のように「和多くん、海外もよろしくな」とオーナーが乗せてくれようとしている所を。
オペを譲りたくない。だから、「いやあ俺を乗せて行くんですよ。応援してください。ハハハ」なんて言えるようになるのに、あと十年は欲しい。
……これで制覇したら、俺どうなるんだろ。みんなにこれ以上嫉妬されるのキツイんだけど(※焼け切って嫉妬なんて些事になります)
「そ、そういえば、今年のクラシック馬はどうでした? 皆さん」
あまりのプレッシャーに、和多は悲痛な思いで話題を逸らした。自分には縁のなかった栄誉。だが、目の前のトップジョッキーたちをヨイショするには絶好のネタだ。
ヨイショさせて。悲痛な思いで。
「今年は俺はクラシックは穫れなかったからねえ。個人的にはテヤンデイが面白いな。本当に面白い。田柳は良い馬育てたよ
……俺に良く依頼する割にあんな良い馬に俺を乗せなかったあたり、調教師になってから先輩への態度がなってないけどね(笑)」
丘部が漏らした「テヤンデイ」の名に、竹騎手がふっと口角を上げた
「イナリワン思い出しますよ。うん、あの怖さそっくり。なんで皐月賞抜かされたんだろ。
勝ったと思ったのになあ」
「確かに懐かしいな。柴野(叔父)が極端だから乗りにくいと言ってたイナリワンそっくりだ。気性が凄い。調教ちゃんとしてるのにプッツンする馬だ。さっきはああ言ったが、依頼されても俺は乗らないなあ(笑)」
「あれ? 辛先輩は凄く可愛くて良い馬だって」
「最初のクラシック馬だからな。夢中になるよそりゃぁ」
「テツも分かるだろ。最初のクラシック馬の欠点は欠点に見えないんだよ」
「ああ、確かに。欠点なんてどうでも良いですからね。あったとしても個性ですよ*4」
「ただ、ジャパンカップ3着入ってくれたお陰で、今年の日本牡馬クラシック馬は弱いとか言われなかったから、ホッとしてるというか。
……ダービー馬と菊花賞馬が13着と14着だものなあ」
あと一歩で乗り替わりの危機だった竹は遠い目をした。
そんな竹に対して丘部は何度も頷いた。
「12着から16着の最下位を今年のクラシック世代が独占だからな。皐月賞馬テヤンデイが意地を見せてくれなきゃ、日本クラシック馬が弱い扱いされてたよ。
アグネスデジタルが居るから決して世代弱いとは言われないけどね……まさか、日本調教馬が、アメリカクラシックの一つとって、他2つも3着以内とは……そういやさ、大里」
「はい?」
「有馬出ずに一昨日の東京大賞典出て勝ったけど、良くオーナーさん認めたねえ。あの人、グランプリ欲しがってたのに」
「2500は長いと言ったら、まあ、納得してくださいました」
「アグネスの馬にこれからは優先して乗ってくれ」「メイショウさんは、まあ、あの人は、仕方ない。でも、前のジャパンカップのようなことは」「ところでデジタルは欧州走れそうか? 乗るよな」etc.etc。当たり前のように先の予定を確保どころか、アグネスの主戦にされそうだったことを、寡黙さで巧く回避出来た事をサラリと誤魔化す。
(賞金を国立循環器病研究センターなどに寄付する家族を愛し、ゲンを担ぎ、勝負所では一切妥協しない良いオーナーさんなんだが。だからこそデジタルの鞍上を最優先にしてくるのが、また……俺も優先したいけど、他にも依頼が)
「重賞で大里に乗鞍ないの? よし、先んじて確保!」レベルの売れっ子になった大里は、ふと思う。
良い馬乗りたいから人気騎手になりたいと思ったけど、なったらなったで大変だな。楽しい──ありがとうサニーブライアン。
自分をスターダムに乗せてくれた愛馬へ感謝しながら茶を飲み干すのだった。
「そういや、テツは?
牝馬2冠獲ったじゃないタマモクロスの娘で」
「ニシキダクロスですか。良い馬ですよ。距離長くなると頑張り過ぎるからオークス無理でしたが、なかなかです」
「タマモクロスもG1ホースの父か。そういや、南田が泣いてたよ。先こされた、タマモクロスは俺がG1馬の父にしたかったのに。おめでとうタマモクロスって」
「南田さんのところのキタノクロスは良い子ですからねぇ。まさか、ボクに朝日杯貰えるとは思わなかった♪」
「はは、優は幸せ者だな本当に。そういや──」
有馬記念前日の騎手たちの夜はこうして更けていき、別れた。
部屋で寝転んだ沙藤徹三は安心した。
リュージとテイエムオペラオーに集中していて、こちらの注目は浅い。
ならば、勝てる。と。
(((テツの目、コロス目だった。何かやる気だな。これで絶対的な1番人気と2番人気の鞍上は掴めた──それを加味して乗れる……リュージは勿論、まだまだ若いなテツ)))
竹、大里、丘部、三人のベテランに見抜かれている事を知らぬまま。
いまだ。
沙藤徹三が