ホワイトグリントを初戦から逃げさせていたのはこのレースの為です。
『中山競馬場、第10レース。芝2500メートルで行われるのは、グランプリ有馬記念。出走馬は14頭。晴。馬場コンディションは良。20万人。改修された中山競馬場の制限一杯の来場者が見守る中、世紀末最後の日本競馬のレース、グランプリを、有馬記念を制するのはどの馬か? 年間不敗がかかった2頭、覇王か白雪姫か? それとも他の馬か? 向こう直線からの発走、右回りコースを使用します……係員が離れました。さあ、14頭ゲートに収まって
おや…………あっ、回避です。ツルマルツヨシが回避しました。13頭がゲートに収まります』
様子がおかしい。とツルマルツヨシが回避するトラブルのどよめきがあったが、ファンファーレの音と共に静寂が訪れ
『スタートしました! さあ! どの──おお! ホワイトグリントが! 白馬が行きます!』
直ぐに競馬場が震えるほどの驚愕のどよめきに変わった。
(何かやるかと思ってれば──ここで大逃げか。一番やられたくないことをやられた)
(アリだ。アリだな。タフさでテイエムオペラオーに優越するホワイトグリントの持ち味を活かした……ドトウもオペラオーと同じくらい消耗している──負けるか。これは)
竹優を含めた騎手さえも驚愕するなかで、丘部と大里の二人は年季が違った。敗北の苦い味を感じつつも速やかに自分の馬の能力が活かせるポジションに馬を導く
『ホワイトグリント! 先頭! ぐんぐんぐんぐん伸びていく! これは大逃げ! 久しぶりの大逃げを! 世紀末の有馬記念でやるつもりだ!』
【テイエムオペラオーに勝つ戦術を突き詰めましたね。回復力で勝るホワイトグリントのタフさに賭けました。これは見事だ】
長年競馬に携わった実況も解説も流石である。この戦術の有効性をすぐさま声に載せ周知した。
だが
「「「『【え?】』」」」
そんな彼らも、いや、丘部と大里も含めたこの競馬場に居た者もテレビ越しに見ていた者も誰もが驚愕に声を震わせた。
『に、2番手に! 上がっている!』
ホワイトグリントを追いかける栗毛の姿に。
(成功した! 完璧だ。完璧な大逃げだ!)
鞍上の沙藤は、吹きすさぶ風の先頭で確かな勝利の手応えを掴んでいた。
(世紀末覇王、テイエムオペラオー。あの馬の勝負根性と末脚は異常だ。末脚や勝負根性で挑めば、直線で必ず負ける)
だからこそ選んだ、常識外れの大逃げ。
ホワイトグリントの持つ他馬を完全に凌駕する無尽蔵の回復力と、有馬記念までの疲労の積み重ねの差と、何よりも苦痛を糧とするドマゾ。
陣営一体で賭した戦術は、後続を道中で完全に振り落としてのタフ勝負。
(このペースで逃げれば、流石のオペラオーも直線だけでは差せない。激闘をし過ぎて疲れてるからな! このまま逃げ切る! 俺たちが、覇王の首を取る! 勝ってみせる!)
大逃げこそが唯一絶対の正解だと腹を括り、勝利への道筋を確信した。
──その時だった。
ゾワリ、と。
沙藤の背筋を、中山競馬場の冬の寒風とは全く違う、ひどく冷たくて重い悪寒が駆け抜けた。
──背後から、足音が聞こえる。
(……嘘だろ?)
まだ最初の直線だ。2500メートルの長丁場で、しかもこの常軌を逸したハイペースだぞ。
(誰だ!? どの馬鹿がこんな無謀なペースについてきている!?)
いや、振り返るまでもない。
背後から迫り来る、首筋に直接、鋭い牙を当てられているかのような絶対的なプレッシャー。
昨年の有馬記念よりも磨き抜かれた覇気としか呼べないシロモノ。
今年の日本競馬で絶対を示し続けた気配。
それは、このレースにいるただ1頭からしか放たれ得ないものだった。
(テイエムオペラオーッ!?)
常識的に考えれば、差し馬である彼がここで動くはずがない。こんなペースに付き合えば最後に必ず潰れる。
だが、背後に迫る覇王は、近代競馬のセオリーをへし折って、ホワイトグリントに追従してきている。
(なんでだ? 和多! テイエムオペラオーには完全に一か八かになるんだぞ! ホワイトグリントに勝つどころか、大敗するかもしれないんだぞ? 年間不敗を不意にするかもしれないんだぞ???)
あるのは圧倒的な疑問。
あるはずが無かった。
(お前は腹括れないだろ! そんな経験を積んでないだろ! そいつが初めてのG1馬なんだぞ!)
追い詰められて消耗しきった若手騎手。ただただ調教通りに走らせることしか出来ないと、ホワイトグリント陣営誰もが認識していたからこその大逃げ。
(騎手経験がある瀬戸内先生も! 調教助手も! 厩務員も! そして──俺も! お前は付いてこないと確信していたんだ! 年間不敗がかかった状況で大敗するかもしれないイチかバチかに賭けられないと!!!???)
『テイエムが! テイエムオペラオーが!』
(わかってる。こんな事をすべきでないと)
──い
経験はこんな騎乗したことないと泣いている
『大逃げするホワイトグリントをマーク! 差し馬なのに! 何故!』
(けれど)
──いこ
理性はこんな大逃げ最後の直線で差せる辞めろと絶叫している
『何を考えている和多! いや、和多の手綱は動いていない! テイエムオペラオー自らが走っている!』
(だが)
──いこう
こんな大逃げに付き合えば絶対に潰れる負ける、それも大敗する、年間不敗がかかっている状況で大敗してしまうと本能は悲鳴を上げている。
『大逃げどころか! 逃げ経験さえテイエムオペラオーにはない! 暴走か! 暴走したのか! テイエムオペラオー!』
(でも)
──いこう。
手綱越しで、何時も通りに、相棒は意思を伝えてくれている。
それだけで充分だった。
『あっ! 和多騎手手綱を握って、おさえ──はああああっ』!
──いこう。リュージ。
(────ああ、そうだ)
勝負所だと。ここで行かなければ負ける。と
何時も通りに、未だ若造の自分に教えてくれる。
一緒に勝とうと何時ものように意思を伝えてくれる。
『和多! 追っている!』
──いこう。リュージ。勝ちに、いこう。逃がしたら負ける。追いかけないと負ける。
(信じなくてどうするんだよ。裏切ってたまるかよ)
それ以外に何も要るはずがなかった。何一つとしていらない。
『5年目の若い和多が追って!』
(未熟な、ガキ同然の、経験が、理性が、本能が、なんだってんだ。大敗するかもしれないことがなんだってんだよ)
そうだ。「テイエムオペラオーのリュックサック」とか「所属していただけの運がいいだけのやつ」なんて呼ばれている奴が何を考えているんだ。
テイエムオペラオーに、G1ジョッキーに、男にして貰った奴が何を考えてるんだ。
そんな男が出来るのは一つだけじゃないか。
(乗ってるんだ)
『大逃げするホワイトグリントを! コーナーで抜かしたぁ!』
(乗ってるんだよ)
『何を考えているんだぁっ!』
(オペに乗ってるんだ)
『年間不敗がかかったプレッシャーにおかしくなったか!』
【いや、これは違う】
『え?』
【信じているんだ】
「俺は! テイエムオペラオーの騎手なんだよ!!!」
吠える若い和多はただただ信じている。
テイエムオペラオーが最強だと信じている。
吹き付ける風の音すら置き去りにするような加速。
2500メートルという長丁場、年末最後のレース、スタミナの温存が絶対のセオリーとされるこの大舞台で、和多は常識を投げ捨てた。
ただ愛馬を信じる以外を全て投げ捨てた。
──うん。リュージが乗ってくれるなら、ぼくは無敵さ
そして、テイエムオペラオーは──何時も通りに、無茶苦茶しても自分を信じてくれる相棒と意志を疎通しその能力を発揮した。
【馬を信じて勝ちに行っているんだ。今まで勝っていた何時も通りに】
勝つために。
周りに苛められて笑顔がなくなった相棒を勝たせて、苛められなくさせて笑顔にさせるために*1。
年間走り続けて勝ち続けた疲労困憊の身でも。
絶対の馬たる覇王の力を。
(そうかよ。なら──やるしかないな。グリント。キツイの行くぞ)
──待ってました! ごしゅじんっっっ!
テイエムオペラオーコンビの心境を解説と同じく見透かしたサディストは躊躇わずに責め立て、マゾヒストは完璧に応えた。
このまま先頭を譲らずにゴールするというガンギマリ戦術を、至高のサディストとマゾヒズムの絆は可能にさせる。
『あ! あぁ! そして、ホワイトグリント抜かし返したぁ! なんと最初のコーナー途中! 満面の笑顔の白馬が内に切り込みながら抜かしたぁ! まだ始まって600メートルも走っていないぞ!』
【信じられない。お互いにこのまま決着をつけるつもりか】
ホワイトグリントの無尽蔵のタフさとドマゾを信じ、逃げて削り落とそうとする沙藤。
ただ己の相棒、テイエムオペラオーの絶対的な強さを信じ、真っ向から叩き潰そうとする和多。
『て、テイエム! テイエムオペラオーも! またしてもホワイトグリントに並びかける! ──っ! 抜かしかえしたぁ!』
【そんな、こんな抜かし抜かされレースなんて。今まで一度しか、いや、あの有馬記念ですら】
『後続との差がみるみるうちに開いていく! 5馬身、6馬身……いや、もっとだ!】
そんな鞍上と一心同体の馬たちは、先頭で抜かし抜かされしながら真っ先にゴール板を抜けんとする。壮絶な力勝負を展開していた。
『後続以下の馬たちは、まるで別のレースを走っているかのようだ! 完全に2頭だけの世界に入っている!』
それは有り得ない光景だった。
近代競馬。
逃げ先行差し追込などの戦術が確立された近代競馬においてあるはずがない光景だった。
逃げ馬二頭が死力を尽くすのではなく、本質的に逃げ馬ではない二頭が先頭を駆け決戦する。
前起きたのは23年前。
それ以前もそれ以降も起きたことがない光景だった。
23年前が日本競馬史上惟一無二の光景だった。
──今日この日、世紀末最後の日本競馬のレースを除いて
『これは、これはっ!』
「天馬、ああ、天馬が」
「おじいちゃん? どうしたの?」
「ようやく惟一無二じゃなくなったか」
23年前中山競馬場にいた男が涙する。
未だに「日本競馬史上惟一無二」と言われていたレースを思い出して
『圧倒的な! 一番人気と二番人気による! 他馬を慮外にした!!』
「テン、ポイント。新聞にあんな、大きく」
「おばあちゃん?」
「かかれてたのに、ねぇ」
23年前中山競馬場にいた女が涙する。
未だに「百年経っても起こらないであろう日本一の名レース」の名を恣にするレースを思い出して
『逃げ馬だけでなく! ほかの馬さえ完全に無視した戦い!』
「日本にもこんなレースが……あったんだな」
オーナーと競馬場によりレースを開催できたアメリカでは、二頭だけのレースがあったから今まで有った。しかし、国営になると同時にルールで規制され、起こらないとされ、これから先に実際に消えたレースだった。
二頭だけでなく複数が絡むと、アメリカですらヨーロッパですら近代ではこんなレースはなかった。
圧倒的な一番人気と二番人気が、お互いに勝つ以外を慮外として抜かし抜かされながらゴールを目指す。
そんなレースは何頭もの馬が同じレースを走るならば絶対に起こらない。
そんな事をすれば、一番人気と二番人気であれど負けるから絶対にありえない。
連戦する馬が消えて固定ローテーションが成立し、マイラーやスプリンターと目された馬が長距離を走らないのを是とするようになるほど、近代化し、洗練され、競走馬がアスリートとなりつつある20世紀末まで、日本でも23年間も絶対に起こらなかった。
外厩が席巻し、調教師の意味が腕利きのマネージャーやスポーツ監督に近くなり、カラ馬で一着入線するように馬が完全にアスリートと化し、騎手の仕事がアスリート化した馬の邪魔や負担にならないのが第一となり、一戦一戦に集中するために年間の中長距離重賞を全て完走する馬さえ奇跡になったこの有馬記念以降。
日本現代競馬では絶対に起こらなくなった。
ただ馬の速さを比べ、ただ騎手が馬を信じて乗り、ただ先頭を奪い合う。何処までも熱くて何処までも野性的で大自然の色しかないただの競走。それを打ち消し続けて300年以上経つ競馬では──絶対にありえない。
──故に、そんな絶対をひっくり返すのは神話と呼ばれる。
『1977年以来の! テンポイントとトウショウボーイによる神話!』
ここに神話は再臨した。
そんな競走をしてもレースに勝てる一番人気と二番人気の優駿がそろい、人馬共に「絶対に負けない」と意思を併せ、後続を離しながら先頭で抜かし抜かされをやって、2500を走り切る。
二度と起こり得ないと言われ、二度と起こらない神話が。
後に「あの世紀末の有馬記念こそが日本競馬の近代と現代の境目であった」と呼ばれる神話が。
うわああああ!
目の当たりにした人々が。
都市のなかの競馬場で、そして、日本全国、アメリカや欧州やドバイのテレビの前で、何人もの人々が驚き興奮して叫ぶ。
人工の都市に突如として起こった野性的な大自然の熱い物語にただ叫ぶ
『再び! ふたたびぃ! ホワイトグリントが抜かすぅぅ! マッチレースだ!』
テンポイントのファンだった名実況が涙声で叫んだ
『そしてぇぇ! テイエムが抜かし返したあ! 後続は10馬身以上離した!
間違いない! トウショウボーイとテンポイント以来のっ! 一番人気と二番人気による「お前にだけは負けない」抜かし抜かされの! 他馬を無視した一騎打ち! 逃げ馬でない2頭が行う! 最初から最後までの一騎打ち!』
──何かが起こる
『今年最後のレースは!』
──それを期待し溢れんばかりの観客が集まり
『世紀末最後のレースは!』
──それを待望して世界一馬券が売れる
『再び起きたありえない神話だ!!』
──それが
『西日が照らす中での有馬記念は!
覇王と白雪姫の! マッチレースだぁぁぁっ!!!』
それこそが──有馬記念である
『1977年 有馬記念』は動画サイトで見れるので是非見てください。今見ても、とてつもないとしか表せないレースです。