「さて、そろそろだけど、寂しいな」
「ええ、最後のレースですからね──テイエムオペラオーの」
「ああ、そうだな」
マッチレースに揺れた一年後の有馬記念。北野オーナー夫妻はニシキダクロスがエリザベス女王杯を勝って引退したため、観客として中山競馬場の馬主席に居た
「ジャパンカップは回避しましたからね」
「窶れ果てていたからな。直前回避は当然だよ……まさかBCクラシックを勝った後であれほどテイエムオペラオーが衰えるなんて、シロに勝って最強馬になったあいつが」
何度も同じ意味の言葉を呻いてしまう北野オーナー。愛馬に完勝して日本最強となったテイエムオペラオーの今が信じられなかった。いや、信じたくなかった。
「そうですね。今年だけでも、ドバイシーマクラシック、春の天皇賞、プリンスオブウェールズステークス、エクリプスステークス、キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス、インターナショナルステークス、凱旋門賞、そしてBCクラシック……初めてのダート戦ですら勝ったあのテイエムオペラオーが」
「144ポンド。BCクラシック後の数字は未だに信じられない。世界最高の馬だって海外が認めたんだ……アメリカの最強馬たちも負けたから安心して付けた辺り相変わらずだけどね」
「欧州の方たちは、色々ありますからね」
思わず夫妻揃って半眼になる。
「カルティエ賞年度代表馬をテイエムオペラオーに決定」「日本競馬をパート1にする」「インターナショナル・クラシフィケーションにおいてテイエムオペラオーに144ポンド与える」この決定がアメリカのBCクラシック後に「お前ら植民地人もぶちのめされたか」下されるまで相当ゴタゴタした裏話を知っているがゆえに。
「吉沢さんよく連れて帰られたよなあ」
「一般の方はご存じないですけど、一度誘拐未遂騒ぎさえありましたからねテイエムオペラオーには」
「アメリカの警備員は優秀だよ──警察任せではなく、向こうのプロ雇った辺り吉沢さんたち社大の経験値が透けて見えた。そういうところがウチはまだまだだ」
犯人が捕まらなかったため、犯人不明になっているが、透けて見える。
「あの馬はウチで種牡馬になるべきなんだ!」と最後まで社大と争ったケールモアか、「あんな馬が日本馬なんて間違ってる」と激昂した欧州人か、「ホワイトグリントに勝っただけある。テイエムオペラオー凄いなあ」と感動して欲しくなったアメリカ人か、それともプライドを根こそぎ粉砕された欧州競馬界か。
当然、後者になればなるほど疑いが増す。というか血統表が無ければ種牡馬の意味がないためケールモアはおそらく関係ないだろう……それでも「生産者のプライドが傷ついたためテイエムオペラオーを闇に葬ろうとした」疑いを抱かれているほどこの件は闇が深い。
ウチの期待の種牡馬なんだ! という社大の奮闘が無ければ何があったか定かではない。
「それだけ、テイエムオペラオーが凄すぎたんだがね」
愛馬でないから客観的に北野オーナーは見れる。
今年8個のG1を、それも海外の名だたる賞を獲りつくしたテイエムオペラオーはそりゃあ目障りだろうと。欲しいし、それが無理ならいっそと考える危険人物が出てくるだろうと。
そして、愛馬にそんなことされかけたら激昂して法的に対処するのがオーナーの務めであり、それを完璧に竹曽野オーナーはやってのけたと。
それはそれとして、愛馬が誘拐されるか命が危うかったと知った竹曽野オーナーの激昂は、激昂という言葉を表すものだった。
一時期の馬主席では「ウチんオペば、ファーラップかシャーガーにすっとかぁ!?」と日本刀を片手に激昂する竹曽野オーナーを羽交い締めにして止める岩本調教師を見た。という噂話が、知り合いから聞いた話としてまことしやかに噂されたほどだ。
無論のこと、それは噂話であり事実ではない。北野オーナーたちは知らないが、日本刀片手に激昂する竹曽野オーナーと岩本調教師二人に抱きついて止めたのは社大代表と調教助手である。
「そんなテイエムオペラオーが、日本に帰国して追い切りで離されるなんて」
そんな外には決して広まらない内情を振り切りながら、北野夫人は信じられないものを思い返す眼差しで呟く。
誰もが認める日本最強馬、いや、レーティングからすれば世界最強馬となったテイエムオペラオーへの熱狂はすさまじかった。
JCと有馬記念に出ると意志表明した時には、レース後でもないのに、スポーツ新聞ではない新聞の一面を飾るくらいに。
そんな熱狂が遠い日のようなことに感じられる。
「そうだね──戦いすぎたんだろう。競走馬としての寿命が尽きた……ちょうど姿が見えた。ああ……」
「ああ、これは……」
パドックに姿を現したテイエムオペラオーに周りからどよめきが沸き起こる。
失望、悲哀そんな色に染まり切ったどよめきが。
「萎れ切ってるね」
「疲れ切ってますね」
思わず夫妻が同時に声に出すほどテイエムオペラオーは摩耗していた。
海外で全てを敵に回して正々堂々と勝ち続けた。その戦歴が彼をこれ以上無く摩耗させていた。
綺麗な栗毛だった馬体はくすんだ色合いとなり、馬体は痩せて肋骨が浮き出ていた。
疲労困憊の身で食事が満足にできていないことを物語っていた。
誰の目にも、レースを走るどころか競走馬の生活さえ出来なくなっていると分かる姿だった。
「これは吉沢さんが『もう引退させてくれ』というわけだ」
「竹曽野さんも『勝ちは度外視です。最後に彼が走る姿を見に来てください』とおっしゃるわけですね」
「岩本調教師さえ『調教師として恥ずかしい限りですが、調教さえ満足に出来てません。無事で回る。それが私たちの最後の仕事です』だものな。あ、お客さんが」
覇王と呼べぬその姿に──ファンは暖かく拍手した。
条件馬の併せ馬に置いていかれるほど、競争寿命が尽きた覇王に。
それほどまでに海外で戦い抜いて勝ち続けてくれた闘士に。
世界一の馬になってくれた日本最強馬に。
ファン投票一位に応えて最後に回ってくれる意思に。
「『ファンにテイエムオペラオーの姿を見せる』それだけで出てくれてよかったよ、この光景だけでもう十分だ。ファン投票があるグランプリなんだから、姿を見せてあげないと。ファン投票一位が出ないなんて興行として駄目だ」
「……シロちゃんが、フェブラリーステークスを勝ってそのまま引退したこと後悔してるんです?」
「いや、あれでよかった。東京競馬場は一番お客さんが入るから引退式まで沢山の人が居てシロとの別れを噛みしめてくれたから…………『また、ね』なんて題名を付けた引退ポスターを出したJRA*1が……はぁぁぁぁ」
「やっぱり、大変でしたか? JRA」
「うん、大変だったよ。もう二度とやりたくない」
毎日電話してきた理事長と何度か対応しただけの自分さえ疲れたのに、週に一度会社まで来たのを含めてほぼ全てを対応した夫は大丈夫だったのか。と心配する妻に、夫は今までと同じく徒労の吐息を吐き終わりにした。
「東京と中山と阪神と京都で引退式を出来てお客さんが何時も一杯だったんだ。(JRA職員を除いて)みんな笑顔でシロを送ってくれたんだ。それで良いんだよ」
「ええ、楽しかったですね。シロちゃんも牧場でエルちゃんの子供でお腹大きくしながら元気ですし、それに」
言葉をとぎるようにファンファーレが鳴り響いた。
「──レースですね。テイエムオペラオーの最後のレース」
「ああ、最後のレースだ。誰が勝つと思う。私は秋天皇賞を勝ったメイショウドトウの馬券を買ったけど」
「私はマンハッタンカフェとアグネスタキオンにしました」
「ジャパンカップ馬のテヤンデイじゃなくてかい?」
「ええ、とても良い顔をしてましたのと、タキオンはウチの牧場で治療された馬ですので。頑張って、と」
「そうか、さて、どんな有馬記念になるかな」
ガシャンッ! と、乾いたゲートの開く音が響いた。
『最終コーナー出口! アグネスタキオン先頭に立った! その後ろにメイショウドトウ! 皐月賞以来のレースだが! やはり強い! タキオン強い!』
復活した皐月賞馬の相変わらずの強さに歓声が上がるが、何処か物哀しげだ。
仕方ないのかもしれない、観客は最後尾、何とかついていっている馬を見ていた
『オペラオーは最後尾! 何とかついていって行ってくれている! やはり無理だ! だが感謝したい! 最後までターフに立ってくれた姿に感謝したい』
「無理だったか」
「そうですね」
もしや、を期待した北野夫妻は哀しみを込めて小さな声で呟く。
いや、愛馬を応援しているもの以外の馬主席の皆が出来る限り小さな声で呟く。
窓の傍、調教師と共に直立不動で微動だにせずただ愛馬を見守る竹曽野オーナーの心境を思って。
『さあ! 直線! アグネスタキオン先頭! メイショウドトウ食い下がるが! タキオン先頭! 強い! 新時代の扉を開けた世代はやはり強い!』
大観衆の視線が、完全に前へと移った。
無理もない。勝負は今まさにそこで決しようとしているのだ。限界を超え、最後尾で喘ぐかつての覇王の姿から目を逸らすのは、哀れみで見まいとする競馬ファンとしての優しさでもあった。
「よくやった」「もういいんだ」という同情や感謝の視線すらも前へ流れ、テイエムオペラオーは文字通り、大観衆の意識から消え去った。
世界から取り残されたように。過去の馬になったように。
だが。
(……)
視界がぼやけ、脚が千切れそうなほど重い中。
テイエムオペラオーは気づいていた。痛いほどに感じていた。
どれだけ離されても、どれだけ無様な姿を晒しても、絶対に自分から視線を外さない者たちがいることを。
馬主席の窓の傍と検量室前。
先頭を駆け抜ける新時代の輝きになど一瞥もくれず、直立不動で、ただただ己の姿だけを網膜に焼き付けようと見つめ続ける竹曽野オーナーと岩本調教師と厩舎の皆の、祈るような熱い眼差しを。
そして何より、自分の背中で。
追うこともせず、ただ己と一緒に走れる最後の時間を噛み締めながら、「無理しなくていい、ありがとう」と声を震わせている……けれど、世界中の誰よりも自分を「最強」だと信じて疑わない、相棒の温もりを。
(みんなが前を見ても。あの人たちだけは、ぼくを見ている)
自分を信じ、共に世界と戦ってくれた者たち。
彼らがまだ、自分を見ている。
ならば、自分が最後尾にいる理由などなかった。
燃え残った
追いさえしない相棒に対して、テイエムオペラオーはハミを噛んだ。
いこうリュージ
無心だった。
ただオペに応えた。
そう和多騎手は何時までもあの瞬間を振り返る。
『え?』
実況の口から、プロらしからぬ間抜けな声が漏れた。
だが誰も責めない責めるはずが無い。誰もがそうしたのだから。
無理もない。視界の端、先頭争いを映すテレビカメラのフレームの外から、常識では考えられない速度で突っ込んでくる影があったのだから。
『お、おおお!? 大外! 大外から猛然と追い込んでくる馬がいる!』
同情と悲哀と熱狂に包まれていた中山競馬場が、異様なざわめきに揺れる。
最後尾から、中山の直線を脚を溜めた中団の馬たちを次々と置き去りにしていくその走りは、誰の目にも競争寿命が尽きた馬のものとは到底思えなかった。
『嘘だろ!? まさか! テイエムオペラオーだぁぁぁっ!!』
悲哀のどよめきが、ひっくり返るような地鳴りの絶叫へと変わった。
馬体がガタガタでも、肋骨が浮き出ていても。その心臓と魂に宿る闘志だけは、一切摩耗していなかった。
(オペは、オペなんだよ)
和多は、手綱から伝わる強烈なハミの感触に、ただ無心になった。
勝つ気だ。この相棒は、どれだけボロボロになっても、競争寿命が尽きても、まだ自分たちで勝とうとしている。
(オペは、テイエムオペラオーなんだよ! 最強なんだ!)
和多は無心のまま、ただただ相棒と共に勝つために追った。
『テイエムオペラオー! 凄まじい末脚! 直線だけで最後尾から! 届くのか!? いや、前を呑み込む勢いだ! テヤンデイとマンハッタンカフェを抜かした!』
先頭で粘り込みを図るアグネスタキオン。それに食い下がる、メイショウドトウ。
新時代の輝きと、同世代の意地のぶつかり合い。そのさらに外側から、すべてを薙ぎ払うかのような覇王の最後の覇気が殺到する。
『残り100! タキオン伸びた! そして! ドトウを抜かして! 大外から一気に覇王がテイエムオペラオーが飛んでくる!』
誰もが目を疑い、誰もが顔をくしゃくしゃにしてその名を絶叫した。
限界を超えて、最後の力を振り絞った最強馬の名を。
『並んだ! タキオンとオペラオー! 並んで……ゴールイ──ーン!!!』
最後は完全に横並び、首の上げ下げだった。
大観衆が固唾を飲んで見守る中、電光掲示板に「写真」の文字が灯る。
永遠にも感じられる長い沈黙の末──一番上に点灯したのは、誰もが今日、そこにあるはずがないと認めていた数字だった。
2001年、有馬記念。
勝ち続け、燃え尽きた。
その馬は、もう終わったはずだった。
過去の馬へとなったはずだった。
お前はなぜ走れたのか。
『最強馬』
その最後の直線に、人は夢を見た。
『お、オペラオーだ! テイエムオペラオーが勝ったぁ! アグネスタキオン初めて抜かされたぁ!』
大歓声が響き渡った
『勝った! 勝ったぁ……こんな、こんなぁ』
実況の涙声が響き渡る
『に、二年間、二年間負けませんでしたぁ。世界でみんな敵に回して、逃げを選ばざるをえなくとも、囲まれても、体当たりされても、勝ち続けてくれました。負けたとみんなが思っても勝ってくれました。
ここ中山でもっ。さ、最後の力を振り絞ってくれました。最後まで勝ってくれました。
テイエムオペラオーは! 覇王は!
最強っ! 最強のまま! ターフを去ります!』
誰もが大歓声を上げるなか、テイエムオペラオーはゴール板を過ぎてすぐに、動かなくなった。
1分。疲れているんだろうとみんなが歓声を上げ続ける。
2分。歓声に戸惑いが混じる。
3分。大歓声はどよめきに変わる。
テイエムオペラオーが動かないだけじゃない。
泣いている。
誰の目にも泣いている。
微動だにしないテイエムオペラオーの上で和多騎手がただ慟哭している。
──まさか
最悪を想定して沈黙してしまった大人たち中で、一人の子供の透き通る声が競馬場で響いた
オペラオー
無事か大丈夫かではなく「やっぱりテイエムオペラオーは最強なんだ」そんな喜びの声が
オペラオー
その声に誘われたように大人も子供も呼び始める
オペラオー
微動だにしないテイエムオペラオーに呼び掛ける
「オペラオー」
「オペラオー」
「オペラオー」
何時しかそれは──
オペラオー! オペラオー!
『あ、ざわめきが』
──コールとなった
オペラオー! オペラオー!
『中山競馬場で11年ぶりにコールが響き渡ります。あ──テイエムオペラオー、良かった……紛らわしいんだよぉリュージ』
実況が笑う
オペラオー! オペラオー!
ひん(泣きっぱなしじゃないか。しょうがないなあリュージは。ぼくが居ないと駄目なんだから)
コールで意識を取り戻し疲れ切った身で、相棒を慰めるために馬は自ら検量室前へ向かう
オペラオー! オペラオー!
「やってくれたのか。本当に。リュージぃ、オペぇ」
ゴールと同時に膝から崩れ落ちた調教師はただただ涙した
オペラオー! オペラオー!
「ありがとうな。ありがとう。絶対に勝てないから、無理しないでっ、ただ回ってくれればいいってっ……ごめんなあ。ごめ、ありがとうオペ」
直立不動の姿勢でありがとうと滂沱しながらオーナーは言い続けた
オペラオー! オペラオー!
北野夫妻も一緒にコールする
オペラオー! オペラオー!
馬主席でも負けた悔しさを噛みしめながらコールする
オペラオー! オペラオー!
子供のように泣きっぱなしの騎手を乗せてゆっくりとしか歩けない馬を讃える
オペラオー! オペラオー!
世界を制し世界最強馬となってラストランの有馬記念を制した覇王の歌をみんなが歌う
かくて、覇王は凱旋した。
「お……お、おぺはぁっ……オペは……テイエム、オペラオー……なんで、すうっぅあっ。おぺはぁ、テイエムオペラオーなんで……すっ」
インタビューの時でもこれしか言えずに泣き続けた相棒を背に。
この日を限りに『第三次競馬ブーム』は突如として終わる。
2001年に、売上5兆1千億円、入場客数1700万人という最高記録を達成した日本中央競馬は、その翌年に売上4兆2千億円、入場客数1400万人というホワイトグリントデビュー前近くにまで急落する。
翌年からも、メジロ初のダービー馬メジロガルダンとゼンノロブロイの死闘などである程度ブレーキがかかったのに。徐々に確実に下がっていくようになる。
テイエムオペラオー最後の走りを見たファンたちは、あまりにも見事な『第三次競馬ブーム』という夢の終わりを見届けたと競馬場から去ってしまったのだ。
「パート2の極東から、本場たるパート1国への下克上」黄金世代から始まった熱狂は、「最強世代と戦い抜いて強くなった世界最強馬が日本から出て、海外の主要レースを総なめにし、自国をパート1へと押し上げて最強のままターフを去る」という、これ以上ないほど美しく、完璧な大団円を迎えてしまったからである。
JRA理事長ですら「職務放棄ではないかと自分でも思うんですが……仕方ないなあと思ってしまうんですよね。見事すぎる幕切れでしたから。まさか、ドバイとイギリスの主要レースと凱旋門賞とBCクラシックを同年一頭で制した馬が日本から出てくれるなんて……私どもにさえ夢のような時間でした」そう苦笑いしてしまうほどに。
続けて「『目を奪われ自分と重ねさせて心から応援したくならなければ、スターホースにはなれない。共感されなければ愛されない』瀬戸内先生がおっしゃった通りですわ。私どもJRAは次のスターが来るまで頑張るだけですよ」そう笑ったJRA理事長の瞳には力強さがあった*2
何人もの人が「次のスターが来るのは長くなるだろう」と言った。
何人かの人が「ハイセイコーからオグリキャップまでは13年、オグリキャップからホワイトグリントまでは8年、10年くらい頑張ればスターが来てくれるさ……きっと」と強がった
少なくない人が「ハイセイコーにしてもオグリキャップにしてもホワイトグリントにしても物語が凄すぎた。そんな物語を継げるのはどんな馬だよ」と暗い声で呟いた
誰もが長くなると思った日本競馬冬の季節。
だが、それは
『ホワイトスノー! 強い! 白馬が母と同じく! 新馬戦を圧勝しました』
思いもしないほど早く明けた。
「三冠牝馬に巡り合いました」トップジョッキーが新馬戦勝利インタビューで焼け切った眼差しで笑うほどの馬によって。
『悠々とバレンティア! 引退レースも何の問題もありませんでした! デビューから全勝のパーフェクトホースがターフから去ります!』
『ラストランに敗北しましたが、間違いなく彼は偉大です! 4代目が待ち遠しいトウカイステージです!』
『ウィンターウィークはダートを去ります! 己こそが最強だと! 記憶にも! 記録にも! 刻み込んでっっっ』
『最後に遂に捕まりました! ビャクウン! 色々ありました! 色々逃げました! 白い逃亡者は次の馬生へと行きます!』
『ジークフリート! ジークフリートだ! 最強とは何なのかをオルフェーヴルたちに叩き付けました! 本当に、父とどちらが強よかったのか!』
『アリスワンダー! アリスワンダー! 何時も通りに強い! 何時も通りにウイニングランをせずに馬主席に駆け寄ります! 勝ったよと! ですが今日が最後です!』
『勝った! 勝ったぞロワイヤルプリンス! そしてそのまま逃げていく! レースが終わっても追ってくるジェンティルドンナから逃げていく! 助けてくれる係員たちのところへ逃げていく! 最後の最後までロワイヤルプリンスはロワイヤルプリンスだ!』
『稲妻が走ったぁ! 中東の地ではこの馬に勝てるものなどいない! アルブラク! 中東の守護、しん、あ、これは、だめだった。失礼しました。中東でのアルブラクは強い!』
『敗れましたが、チャンピオンは最後までチャンピオンでした! ホワイトステイシスを誰もが褒め称えます! さようならホワイトステイシス!』
『三冠馬三頭を打ち破った! 日本で初めて引退後カムバックした時には色々言われました! 病魔退散のために、賞金無しの特例でジャパンカップただ一戦を条件としたカムバック! だが強い! ラストグリント引退した時より強い! また会おう! ターフは何時でも君を待っている!』
オグリキャップとホワイトグリントの血と物語を継ぐきょうだいたちによって。
自らの産駒たちが『最強きょうだいによる第四次競馬ブーム』と呼ばれるものを起こしたことをホワイトグリントが知ったらどう思うだろう。
自らが『史上最高の名繁殖牝馬』『間違いなく永遠に抜かされることが無い。否、抜かされてはいけない記録』『母親になってからが本番』と呼ばれていることを知ったらどう思うのだろう。
勿論どうでも良い
ホワイトグリントは、子を育て、孫やひ孫たちと交流し、父を見送り、母を見送る。そんな、あまりにも家族仲が良すぎる変な馬として過ごした。
ホワイトグリントは、「さあ、今日はちょい重い物着とるかならあ」と老いた自分を限界ギリギリかつ絶妙に責め立ててくれる
そんな日々を楽しく幸せに過ごした。
33歳で亡くなるその前の日まで過ごしたのである。
走るため、ただ走るために、また一頭のサラブレッドが生まれる。ただ人の娯楽のためだけに生まれ、走らなければ容赦なく葬られる。
そんな我が子の運命を知りつつ、母馬は人を信じてその身を委ね、仔馬はやがて成長してただ走る。師のため、騎手のため、馬主のために。
だから、生産者は願う。速く走れと。調教師は鍛える。無事で走れと。騎手は尽くす。より前の位置へと。
1995年3月15日に産まれたそんな白い仔は
遠い未来でも、映画やアニメやゲームやロボットの名や擬人化などで何時までも語り継がれて皆を笑顔にさせる物語となった。
主な勝ち鞍:阪神3歳牝馬ステークス、桜花賞、オークス、CCAオークス、パシフィッククラシックステークス、秋華賞、エリザベス女王杯、安田記念、ヨークシャーオークス、天皇賞(秋)、有馬記念、川崎記念、ドバイワールドカップ、ブリーダーズカップクラシック、ジャパンカップダート、フェブラリーステークス。
通算成績:26戦21勝(G1・15勝・jpn1・1勝)2着5回連対率100%
受賞:JRA年度代表馬、エクリプス賞年度代表馬、JRA最優秀3歳牝馬、JRA最優秀4歳牝馬、JRA最優秀4歳以上牝馬、JRA最優秀5歳以上牝馬、エクリプス賞最優秀ダート古牝馬、エクリプス賞最優秀3歳牝馬、JRA最優秀父内国産馬、JRA顕彰馬、アメリカ殿堂馬、イギリス殿堂馬(※繁殖牝馬として)、オーストラリア殿堂馬(※繁殖牝馬として)、ニュージーランド殿堂馬(※繁殖牝馬として)、フランス殿堂馬(※繁殖牝馬として)、オスカー主演女優賞、世界マゾヒスト連盟名誉馬、他たくさん