ラムタラ騒動について
ラムタラに絡めて日高具体的に何をしたのかと質問頂けたので、感想返しと同じ内容を乗せます
日高の「ラムタラ騒動」の裏側では、庭先取引における「条件付き販売(抱き合わせ)」や、セリ市での「サクラ行為(価格操作)」といった、不透明な商売が横行していました。
1. 信頼を裏切った「ラムタラ税」の実態
例えば、庭先取引では「ウチのサンデーサイレンス産駒が欲しいなら、ラムタラの仔もセットで買え」と、期待馬を人質に取るような形で、走る保証のない高額なラムタラ産駒を馬主に押し付けていました。
また、日高軽種馬農協が主催するセリ市でも、「目当ての馬を落札したければ、ラムタラ産駒にも入札しろ」といった圧力をかけたり、生産者同士が結託して仲間内の馬の価格を不当に吊り上げる「サクラ」が常態化していました。
こうした「あくどい商売」の数々は、馬主たちに「ラムタラ税」とまで揶揄されるほどの憎しみと怒りを植え付け、結果として「日高の馬は敬遠される」という自業自得の事態を招きました。以前から存在していた悪習が、ラムタラという巨額の案件を機に極大化したことで、もはや取り返しのつかない信用失墜へと繋がったのです。
2. 「産地振興」という名の共倒れ
さらに救いがないのは、この弊害が馬主だけでなく生産者自身にも及んだことです。 ラムタラのみならず、ウォーニングやコマンダーインチーフといった高額輸入種牡馬の資金回収のため、「産地振興」という名目で、地元の零細牧場に拒否権のない形でシンジケート株を割り当てました。その重圧は凄まじく、多くの牧場が連鎖的に経営破綻に追い込まれました。
作中で「最低限の付き合いに留めた賢明な牧場しか生き残れなかった」と記したのは、まさにこの凄惨な歴史を指しています。
3. 社台グループによる「信用の再構築」
この腐敗した状況を打破したのが、社台グループが作り上げたセレクトセールでした。 彼らは商売において「当たり前の透明性」を導入しました。
入札の厳格化: 馬主資格を持つ者のみが入札できるようにし、身内による「サクラ」を排除。
クリーンな取引: 有力馬を人質にした「条件付き販売」を一切禁止。
ホスピタリティの近代化: 調教師の紹介から煩雑な書類手続きの代行まで、事務員を介して簡略化。
これにより、馬の購入を「店先での買い物」のようにシンプルかつ信頼できるシステムへと変貌させたのです。
結論
信用を得るために「当たり前の誠実さ」を貫いた社台が、あくどい商売に手を染めた日高を駆逐した――。これこそが、現在の日本競馬における購買システムの礎であり、日高の没落と社台の天下を決定づけました。
厳密に書くと一冊の本になるのでかなり端折りましたが、こんな流れです。
そして、社台は種牡馬を絞るのです(ああ、無情
日高からは「引退したら、ラムタラをホワイトグリントに付けてください」という打診がありますが、北野オーナーはこれを明確に拒絶しています。
その理由は、大きく分けて三つです。
第一に、錦田場長の「あの馬は良い種牡馬にはならない」という相馬眼を信頼していたこと。
第二に、当時の日高に蔓延していた取引慣行への、強い違和感と嫌悪感です。
北野オーナーは社大グループとは業務提携を結ぶほど親密ですが、日高とは徹底して距離を置き続けています。これは感情的な敵対心ではなく、「信用に値しない相手とは深入りしない」という、極めて常識的な経営判断によるものです。
「真面目な牧場を救うことはできなかったのか」というご意見もいただきました。 確かに、日高の中にも誠実に馬づくりに励む牧場は存在しました。しかし当時の状況は、そうした個々の誠実さが正当に評価される構造ではなかったのです。
不透明な流通: 庭先取引を前提とした閉鎖的な市場。
不適切な会計: 帳簿に載らない札束が飛び交う、税務当局すら把握しきれない現金取引の横行。
不明瞭な価格形成: 基準なき価格設定がマネーロンダリングの温床となる懸念。
コネ至上主義: 縁故がなければ良駒に辿り着けない不健全な現実。
こうした歪んだ循環の中で、新規馬主は「客」として扱われず、誠実な生産者ほど埋没していく。だからこそ、馬主たちは海外へと活路を求めました。対価と商品が対等に交換され、条件が明示される「まともな市場」を求めて。その結果がマル外(外国産馬)の隆盛です。
しかし、既存構造を守ろうとする守旧派は、それらマル外の出走を制限し、既得権益を死守しようとしました。マルゼンスキーの持込馬問題や、オグリキャップを阻んだクラシック登録の壁。これらの制度改革を拒んでいた中核こそが、当時の日高を含む旧体制の勢力でした。
(※JRAについては、作中の通りの「売上と客入りの増加」だけを信仰する組織です。現在、ウマ娘などの新しい要素を積極的に取り入れているように、市場が拡大するならば改革を受け入れる柔軟性を持っています)
対して当時の日高は、変化よりも現状維持を選び、外部の成功を脅威と見なして硬直化していきました。ジャパンカップという「巨大な外圧」がなければ、自浄作用すら働かない状態だったと言わざるを得ません。
結局、一度すべてが焼き払われるような破綻を経験しなければ、どこが誠実で、どこが腐敗しているのかさえ判別不能なほどに事態は深刻でした。
当時の公的機関ですら、再構築のために一度切り離すことを是としたほどです。
皮肉なことに、史実においても、そして作中の未来においても、日高を救うのは最大のライバルであった社台グループです。
セレクトセールが成功し、社台が市場を独占しかけていた時期、日高はラムタラ騒動と馬主からの信用失墜によって連鎖倒産の危機に瀕していました。その際、吉〇氏はあえて日高産の馬を買い続けました。
「社台が買うなら、日高の馬はまだ大丈夫だ」
その無言のメッセージが市場に安心感を与え、日高の崩壊と日本馬産地の弱体化を食い止めたのです。
正道を歩むライバルに追いつこうとして、黒い手段に手を染め、自滅し、最終的には、そのライバルの「日本馬産地そのものの未来を考えた」自分たちより遥かに上の視点の合理的判断によって生き延びる。
これほど皮肉な結末は、そう多くありません。
セリの透明化、オープンな市場の成立、新興馬主の台頭、マル外馬のクラシックおよび天皇賞解放、一口馬主クラブの興隆。
これらはすべて、ラムタラ騒動によって旧体制が弱体化した後に進んだ、日本競馬の近代化の一側面です。
ラムタラ騒動は、日本競馬の閉鎖的な空気を緩和し、現代日本競馬への流れを決定づけた転換点でした。
だからこそ、作中時間軸では現在進行系で燃え盛っているこの出来事は避けて通れませんが、正面から描きすぎれば、それは競馬物語ではなく「裏社会の物語」になってしまいます。
そして何よりも、「リアルな因果応報(ざまぁ)」を書くことは、私自身が気持ちよく物語を書くことには繋がりません。
そのため本作では、この前書き以上に日高を掘り下げることはいたしません。
ホワイトグリント陣営の距離の置き方から、「最近、改革に反対する人はいないらしいですね」「そうなんだ」程度の扱いに留まります。
最後に、北野オーナーがラムタラを拒絶した、三つ目にして最大の理由を記します。
──ホワイトグリントの父オグリキャップは、日高の生まれでした。オグリキャップは、日高の馬なのです。
「日高の宝」であるはずの彼に対し、なぜ当時の日高はクラシック出走を支持せず、むしろ道を閉ざしたのか。その答えは、あまりに救いのないものです。
伝統的血統ビジネスの否定: 「安馬」の快進撃は、日高有力牧場が進めていた「高額血統至上主義」の価値を根底から打ち砕くものであった。
聖域の死守: 地方出身という「余所者」が、中央競馬の権威であるクラシックの序列を乱すことを頑なに拒んだ。
嫉妬と排他性: 没落寸前の誠実な零細牧場から突如として怪物が現れたことへの反発。
ただ溜息しか出てきません。
「日高のオグリキャップの娘にラムタラを」という人も居ますが、「それにもかかわらず、オグリキャップのクラシック出走を支持しなかったばかりか、その道を閉ざした」その事実を前に、北野オーナーはそのような人物には会うことさえしません。
史実でオグリキャップという「日高の宝」さえ排除した人々を思うとき、滅びるには滅びる理由があるよなあと痛感します。 好き勝手に振る舞い、周囲を敵に回し、自滅して見放され……。
最後には、自らが否定しようとしたライバル社大の「高度な合理的判断」によって救われる。
現実とは、かくも残酷で、そして、物語よりも遥かに雄弁です。
圧倒的なリアルの前では、リアリティを演出しようとした虚構など、塵芥同然なのかもしれません。
オグリキャップの生まれ故郷のような誠実な牧場は生き残っている辺り、競馬の神はサディストですが良識があります。