1996年12月12日。
「社大が医療面で業務提携したとは聞いたが、これは凄いな」
1人の調教師が門別町にある北野牧場を訪れていた。場長を待つ間見学していいと言われ、彼方此方見ているが感嘆の思いを込めて見渡す。
「坂路。しかも屋内坂路かよ。それに屋内トラックもあるし、広い直線コースに、砂敷き詰めた馬場。おお、室内プールまであるわ。で、あれが馬の病院か」
牛とか他の家畜も持ち込まれて扱ってるらしいけどなあ大きいわあ。と口の中で独り言ちる。
正直目移りするほどに設備が整っている。何よりも
「この冬場でこの牧草。緑のじゅうたんを造っとるわ」
場内の様々な場所では牧草の育成がビニールハウスを使ってまで行われている辺り、この牧場の本気っぷりを伺わせる。牧草を含めた土の育成こそが馬の生産牧場の骨だ。それも、10年20年をかけた長期計画が必要となるほどのもの。
この北野牧場はそれをしている。
「いや、繁殖牝馬が1頭も居ないとかで皆が相手にしとらんけど、駄目やな。ここなら放牧頼むべきやった。営業かけるのが遅すぎたわ。流石は錦田さんや。てか、こんなもん個人牧場主の身代で作ろうとしたんなら身を崩すでそりゃあ。でも流石や。タマ」
タマモクロスを育てただけある。その言葉を調教師の男は口にできなかった。
男の名は瀬戸内勤。かのタマモクロスをライバルとして見据えて愛馬オグリキャップを調教した男である。
「何というか。ほんまなあ」
思わず苦笑する。
今日ここに来たのも、その名が、オグリキャップの名が焼き付いているからだ。
「もう、オグリキャップに囚われるのは止めてください。か」
助手にあそこまで言わせてしまった。それも一緒にオグリキャップを育て苦楽を共にした助手に。
「わかっとるんやあ」
オグリキャップは種牡馬として失敗した。この容赦ない現実こそが全てを表している。今年も60頭に種付け出来たが、それはオグリキャップの子供だからと買ってくれる人達が居るからに過ぎず。
調教師界隈では露骨にオグリキャップの子を預かろうとしなくなっている。
勝てない。
預託金などの収入があってもその現実は忌避させるに十分だ。
調教師が持てる馬房数は、収入は、馬が勝つ。それだけが保証しているのだから。
オグリキャップの活躍によって吹いて飛ぶような中小から関西の名門とまで呼ばれるようになった瀬戸内には恐ろしく身に染みている。
自分の厩舎の飛躍の理由は唯一つ、地方からオグリキャップが転厩してくれた。それだけなのだから。
「オグリキャップの子は赤字債権か」
今や調教師界隈でそう囁かれるほどにオグリキャップの種牡馬としての名は落ちた。
そんな中でもオグリキャップの子と言うだけで積極的に預かる瀬戸内に対して、知り合いの調教師は純然たる好意で言ってくれる。
オグリキャップの遺産を食いつぶすなと。
「何言ってんのや。あいつはオグリは生きてんのや。生きてるんやで」
でも、シンジケートが近々また解散してしまう。種牡馬としては死んだも同然だ。そんな風に内心が囁く。
その通りだと頷く自分が居る。
「それでも、それでもなあ」
それでも、オグリキャップのシンジケートが解散するという噂を聞いてすぐに購入すると手を上げてくれる人が、ここ北野牧場のオーナーや最初のオーナーである大栗オーナーが居る。
正式に発表されるならば、まだまだ増えるだろう。
それほどまでに、愛馬は、オグリキャップは皆に愛されている。必要とされている。
それが馬としてのオグリキャップであるだけで、種牡馬としてではないだけだ。
自分と同じように。
ふう、と吐息。
「割り切らんとあかんのやなぁ」
周りを見渡し、人こそまばらに見えども馬の姿がほとんど見えない寂しい牧場の光景に、愛馬への女々しい愛着を引きずった男から調教師のものへと思考を切り替えた。
「うん、まあ、調教師が営業かけに来ないわなあ」
馬が居ない。特に幼駒が居ない。そんな牧場に来る調教師などいない。
調教師の仕事というのはほぼ調整役だ。
馬の調教に関して計画して厩舎所属の騎手や助手や厩務員と調整。
馬主と出走計画を含めたプランの調整。
馬と手が合う騎手を選んでは調整。
牧場やセリ市に出かけて馬主に有望な馬を紹介して調整。
はっきり言って、こんな開場してばかりの繁殖牝馬が居ない牧場の馬などセリ市に出て来なければ絡むことさえない。
特に、ここのオーナーはオーナーブリーダーを志向しているためセリ市どころか育成牧場にさえ今いるただ一頭の幼駒を出さなかったため、調教師界隈では牧場の存在すら知らない者がほとんどだろう。
社大で一時期話題になり日々の日常で埋没して忘れさられた存在が、オグリキャップとホーリックスの子が居ると聞かなければ瀬戸内もここには居ない。
電話で調整した時に、ここの場長から今まで見に来た調教師が居ないと聞いて腰骨が砕けそうになったくらいだ。
もう、生まれてから1年以上経った冬である。この時期に手垢がついてないどころか誰も見に来ていないとはどういうことだ。
書類等は完璧らしいが、そんなこと慰めにもならない。
どれだけ好意的に見ても、その馬は駄馬と判断せざるを得ない。タマモクロス並の逸材という電話越しの場長の熱心な推しも相当疑わしく聞いていた。
いや、本当に、あのオグリキャップとホーリックスの子でなければ、そして北海道に用が無ければ立ち寄ることさえなかった。
「ホーリックスか」
数年前にワシのオグリキャップを負かせたあの牝馬を思い出す。
あのみすぼらしい馬にだけは負けることは無いな。という自分の確信に中指を立てるかのように、あのオグリの豪脚を凌いでゴール板を通過された時には、目の前の壁を蹴飛ばしたぐらいに憎らしかったが、今となっては良い思い出だ。
だって、あの時代は熱かった。さらに熱くなるという希望があった。
「競馬場ってこんなに寂しくなってきてるんですか。やもんなあ」
オグリキャップを駆って安田記念と有馬記念を勝った竹優のつい先日の言葉を思い出す。あの時代、競馬ブームの熱量の時期にデビューし、栄光を掴み続けるあの天才に競馬場はそう見え始めている。
そんなことはないと言ってやる事は出来た。
売上は最高額を更新している。来場者数も最高者数を更新した。大丈夫だ。競馬の熱は冷めていない。それどころか熱くなっていると言うことは出来た。
だが、出来なかった。
「馬会で何度も話し合っとるからなあ」
表面上は最高額を更新し、来場者数も最高を更新したと外向きにはニコニコ顔のJRAも身内だけの席になるとその顔は暗い。何度も会議に呼ばれた調教師の一人としてよく分かる。
上の方に立っているだけに、生産馬の売り上げ減少や大レースに偏りすぎた来客数などから皆先行きの暗さが見えているのだ。
だって、知っているのだから。
だから、身内の席で暗い顔で囁くのだ。
この流れは、ハイセイコーの時と同じだと。
今が競馬ブーム最後の余波だろうと。
これから急速に悪化すると。
「皆必死なんやけどな」
JRAはハイセイコーの時にはやらなかった迅速な対応をした。自動発売機全面導入などのハード面からクラシック追加登録などの制度改革など、競馬ブーム時に問題となった改革をJRAはした。
社大などの生産者も新規馬主を捕まえるために、庭先取引を縮小しセリ市を改革し始めた。
今までのような、他の馬主から紹介された調教師と共にセリ市に初めて入ることが出来る形。人脈が無ければ、購入は勿論入札の席に着くさえ出来ず、落札しても調教師に預けることが出来なく、挙句の果て専門知識を並び立てるような書類を書かせて、新規の馬主を締め出すようになってしまった形ではなく。
馬主資格を持てば入札できるようにし、落札価格で購入した馬をちゃんと渡し、調教師を紹介し、住所や名前を書けば済むほどに書類を専門の事務員を介することで簡易化しようとしている。
店先での買い物のように馬を購入するのを簡単かつ信用できるものにしようとしている。
「間に合わなかったんやけどな」
それらの改革が結んだセリ市、セレクトセールと名付けられる予定のセリ市は再来年に創設される予定だ。
オグリキャップの子目当てで入って来た新規の馬主を、結果的に締め出した後に出来てしまう。昨日応対してくれた社大の担当者の嘆きが耳に残る。
前から馬主に興味があった人たちは兎も角、オグリキャップに惹かれて「ちょっと馬主やってみるか」と軽い気持ちで来てくれた人たちが来てくれなくなった後にシステムが完成してしまう。ああいう人達は二度三度ときてくれないから初回で捕まえなければならないのに。そんな嘆きを思い返す。
いや、それもこれも何もかもがこれから訪れる競馬界の冬の時代にとっては些事だろう。
「スターが居ないんや。目を奪われて自分と重ねさせて心から応援したくなるそんなスターが居ないんや」
それを、ハイセイコーブームが消えたトラウマに怯え嘆き絶望しオグリキャップに救われた競馬界は分かっている。
オグリワンのようにオープンを勝っただけで新聞の一面を飾れたほどにデビューしただけで話題になってくれたオグリの子達には、オグリキャップの名声という下駄を履かせて貰えることもあって皆大いに期待していた。かつてのカツラノハイセイコ再び、と。
そして、日々小さくなる情報媒体の扱いと同じく期待は小さく失望に代わった。
オグリの子は駄目なんですね。馬会の役員の一人が会議の席で涙に咽んだほどに。
このままスター不在ならば、馬会は数年以内に何としても新たなスターを作り出そうとするだろう。
そして、そのスターは一時的には人を集めてくれるだろう。好かれるだろう。だが、そこで止まる。それが瀬戸内にはわかってしまう。
スターホースを手掛けた一人の調教師として何よりも必要なものがその馬には欠けてしまうと分かってしまう。
その馬は、愛されはしないだろう。
かつてのハイセイコーのようには。
そして、オグリキャップのようには。
ああ、そうか──
「お前が居ないとこんなにも寒くなるんやなあ。オグリ」
心の底では種牡馬としてのオグリキャップを見切っていても、独りで繁殖牝馬のいない牧場にまで来てしまった訳を瀬戸内は理解した。
寂しいのだ。
ドドド
紛れもなく三冠の器(菊花賞のスーパークリークに勝てたかどうかは心の中の別の棚にしまい込んでいる)だったのに、つまらないルールにより栄光を抱かせられなかった憤激も。
宿命のライバルであるタマモクロスに二度敗れ、鞍上を一度だけの約束で交代する無茶を強いてなお復仇を果たしてくれて初めてG1調教師台に立たせてくれた歓喜も。
中小の未熟な自分たちの腕と一生懸命すぎる故に何度も起こしてしまった故障に対する無念も。
日々の業務を圧迫する大量の電話や手紙に対して悲鳴を上げながら事務員をそろえて何とかした苦労も。
その間隙を縫うように、馬会から許可を貰って24時間密着取材などという愚行をした馬の事を何一つ知らない連中(と許可だした馬会)に対する殺意も。
骨膜炎に苦しませ衰えた気迫の身でそれでも出さざるを得なかった有馬記念。あの時の安堵を含めた様々な感情も。
ドドドドドドドド
全てが今の寂しさに繋がっている。
ドドドドドドドドドド
そうだ、あいつは、オグリキャップは──
「ん?」
馬蹄の音?
ドドドドドドドドドドドド
聞きなれた一頭の馬が走る音だ間違いない。
違うのは力強さだ。一頭の馬が出すには腹に響く、地響きさえ起こしているようかの音。並の力強さではない。こんな力強い馬蹄の音は、騎手をしていた時も、いや、調教師の時だって、あいつ以外には──
何時の間にか目を閉じて俯いていた顔。
それを引きはがすように上げさせ目を見開き体ごとそちらに向ける。
そこには──
「シローシロー!? もう駄目。もう駄目だからっ。プールから上がって直ぐこれ以上走っちゃ駄目ぇ!!?? 人来てるしっ!? からだ、体がもたないよっ!!?? 私もっあんたもっ!?」
丁度向こう側のトラックコースに、ウッドチップを散らしながら走る白馬が、血走った眼で咆哮する娘をしがみつかせるように乗せて爆走する白馬が居た。
「しろ、い、うま。白馬、やと……」
白馬。珍しい白馬だ。美しい。思わずコースの柵に身を乗り出すほどに美しい白馬。それだけで客を呼べると確信する純白の白。産まれてから二年は経っていないだろうまだ幼さが見える体をした美しい白馬。
「ちょ、聞いてんのシロ!? 止まんなさい。いい加減止まんな──」
「ぶひっ」
「鼻息で応えて加速してんじゃねーよ!? このアホんだらぁぁぁ」
なのに、遠目でもわかる凄まじい体つきをしている。
「あんた分かってんの!? 外面よくしてお行儀良くしないといけない日に、どんだけ泳いで走ってんのか。分かってんの。もう──」
「ふひんっ」
「だから走んなぁぁ!? 預かってくれるかもしんない先生来てんだから、走んのやめろぉぉぉ!?泥だらけになるだろうがぁぁぁっ!?」
胸やらトモやらのボリュームが凄まじく良い。
一見すると牡馬にしかみえないが、此処に居る幼駒は牝馬しか居ないのだから牝馬だろう。いや、牝馬だ。
幼いのに筋骨隆々の馬体を踊るように走るその姿は、色気がある。としか言うことが出来ない。
筋肉のボリュームに目が行くが、全身のバランスに女性らしい丸みがある。グラマーと呼ぶべきだ。
そんな、馬体が皮膚を際立たせる白毛に覆われ疾走することで、牡馬ならばむしゃぶりつきたくなるほどの色気を発している。
だが、それなど競走馬として些細なことだ。繁殖に入ってからの事でしかない。
「きさんっ!? ええ加減にせんと、もう青唐辛子やらんよっ!? あれ、馬が食べちゃだめなのに、あんたの好物だからわざわざ量計って食べさせてやってんのにっ!?」
「ひんっ」
「よし、わかったね。さあ、とまれ」
「ひんひんっ」
「かわい子ぶって一度速度落としてから、加速してんじゃねぇぇっ!? かわい子ぶんなら、人が乗ること覚えたら人が乗らんとっ!?」
「ぶほっ」
「人が乗らんとテコでも動かなくなる前に戻んなさいよぉ!? 人の重さ背中に乗せる(苦しみの)味覚える前のっ!?」
「ぶひっ」
「トコトコ付いてきたあの可愛げにかえってこいゃぁぁっ!?」
まだまだ成長の余地を十全に残しながらも、一切バランスを崩さずに疾走しているその姿。重心の移動が今一つで騎乗経験はあれど調教経験が無いと一目で分かる姿勢の娘を乗せて疾走するだけでなく、絶叫させている。
揺れていないのだ。サラブレッドの疾走という人に激しい揺れを与えるはずの行動なのに、経験が浅い娘が絶叫という自由を可能とするほどに揺れていない。
何という体幹。
何というバランス。
そして、何よりもただの荷物と化した人一人背にしたこの時期の幼駒とは信じられない速さ。
此処には幼駒はオグリキャップとホーリックスの子しか居ない。その両親から受け継げた産まれついての類稀な資質と育成の素晴らしさを物語る馬体と脚。
騎手として調教師して相当数の競争馬を見てきた瀬戸内には断言できる。
モノが違う。
テスコガビー
「──―お」
かつて最強牝馬と呼ばれた名馬の幼い時期と良く似たその体に、心の中で連想した単語は全身を震わせ涙を滲ませる瀬戸内の口からは出てこなかった。
「あ!? まて、あそこ、先生居るっ!? だから止まれええええ!?」
「ひんっ」
「ちょ、頭下げんなぁぁぁ!? その走りはまだ子供のあんたの体にキツいい、いっ」
だって、あの足はあの走りは
あの頭を低くして重心を下げて沈み込むような走りは
揺れないバランスを維持したまま、余りの加速に、幼駒の身でありながら鞍上に口を閉ざさざるを得なくさせたあの脚は
「お、おぉ、おぐ……」
妹のオグリローマンには無かった脚だ。
子のオグリワンたちに受け継がれなかった脚だ。
もう、二度と目にすることが出来ないと諦めてしまった脚だ。
ドドドドドドドドドドドドドドド
今、コーナーを曲がって目の前の直線に差し掛かった脚は
「オグリキャップ、よぉぃ」
シロ「疲れ切った身体に人の大声が耳に響いて痛気持ち良い」