黄金世代の白雪姫   作:サリエリキキ

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 過酷な畜産業のお陰で人生に豊かさが生まれる。
 畜産業の方々に心の底から感謝しております。
 この話は畜産業を貶す意図も茶化す意図も有りません。


ホワイトグリント産駒列伝~ホワイトスノー~おまけ①

 ホワイトスノーとディープインパクトどちらが強いのか。

 直接対決が無かった最強馬たちゆえに極めて気に成る。

 

 主戦の竹騎手に聞けばいいのに? と思うだろうが、それは止めたほうが良い。

 

「混乱するだろう馬の事を考えろと叱られると思います

 贅沢な話だと自分でも思います。

 同業者に殴られても仕方ないと思います。

 それでも、それでも、分裂して同時にあの二頭に乗ってレースを走りたい。

 今でもそう願います。

 ディープインパクトで追い込みつつ、ホワイトスノーの操縦性と素直さ、を同時に……

 ガツンと来るスピードと、ほとんど揺れずにスムーズな動き。

 あのスピード、あのパワーを同時に

 しあわせです」

 

 

 こんな返答がキラキラと輝く眼差しで返ってくるため、竹優騎手にどちらが強いかを聞かない方が良い。

 どう見てもアブナイ男性になるので絶対に聞かない方が良い

 

 

「どちらが強いか。と言われましても。ね。

 ディープインパクトが得意なのは軽い芝3000、ホワイトスノーが得意なのは重いダート1600ですからね。

 得意な距離どころか馬場さえ違うので、絶対に優劣を競えないのがあの二頭です。

 ただ、あの二頭とメジロガルダンが私が受け持てた馬のなかで最強なのは間違いありません。

 あの三頭が厩舎に居てくれた時は、夢のような時でした。

 え? メジロガルダンの得意なのはですか? 

 重い芝4000ですね。魔王にレコード勝ちした程に絶対勝ちます」

 

 池柄調教師の言が正しいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 生まれ故郷の北野牧場で繁殖牝馬となったホワイトスノー。最初はディープインパクトが居ないことに落ち込んでいたが、春にディープインパクトと交配してからは元気を取り戻し、子供を産み育ててからはすっかり元気溌剌になった。

 他の馬よりも子供を優先する。母馬の生態として極めて正しい姿である。

 

 生まれ故郷。とは場所が違うが同じグループの社大で種牡馬になったディープインパクトのことを忘れてはいないのだが、子供よりも優先度は低いためあまり気に留めなくなっていった。

 第二の馬生を順調に歩んでいたのだ。

 

 ホワイトスノーは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が目を覚ましたその場所は、暗く、息苦しく、ついでに暖かかった。最後のそれは普通なら心地よいが、今の彼にとっては不快だった。

 自分が置かれた状況は分かっていた──欠片も納得がいかなかったが──彼は、ただそこで少しずつ少しずつ体力が戻るのを荒い呼吸をしながら待った。

 その努力が実り、彼はまず目を開けた。暗さから解放された。呼吸も穏やかになり、息苦しさからも解放された。立てるだけの力はないので周りを見渡す。広い馬房の中だ。広くて清潔で寝藁は何時もフカフカ。前まで居た厩舎よりも遥かに高待遇だ。

 欠片も嬉しくない。

 厩舎に帰して! 

 全力で願いながら、こうなった経緯について頭を巡らす。

 ここしばらく、彼の生活環境──下半身事情は最悪だった。

 少ない日は2頭。多い日には6頭。休みの日無しの毎日。

 それが、彼が種付けしている数だ。

 最初の頃は面白かった楽しかった気持ちよかった。

 そう最初の頃は。

 半月で地獄になった。

 死。死が見える。彼は小柄だ。交配となればただでさえ足腰が死ぬほど疲れる上に、2頭は大丈夫でも3頭となれば精が尽きそうになる。4頭にも種付けすると下半身が、いや、股間の周りがスカスカになったような気分の悪さで倒れそうになる。

 最初4頭に種付けした日、そうなった。そのまま倒れそうになった彼に、彼に、周りの人間のうち白衣を着た人間がうんうん分かってるよという顔をして注射器を取り出す。

 更に酷い地獄が始まる。

 4頭を超える日全てが最悪の地獄となる。

 股間の周りがスカスカになったような気持ちの悪さはそのまま、頭も体も灼熱になったように熱くなり、専用の部屋に居る甘い匂いのする牝馬にぶつけなければ灼熱が解消されなくなる。

 灼熱のまま2頭続けて、馬房に戻り寝藁に倒れ込む。灼熱の余韻、全身の気持ち悪さと戦いながら。

 

 厩舎に帰りたい。

 妻に会いたい。

 前行った沢山走らせてくれた所(北野牧場)に行きたい。

 

 昨日6頭に種付けた彼の願いはそれしかない。

 最初の頃は、否、最初は良かった。最初は妻が来てくれたのだから、久しぶりにグルーミングし、年上の牝馬で学んだように種付け。

 幸せだった。そのままなんどもグルーミングだけして別れてしまった愚かさに彼は泣きたくなった。

 いや、泣いた。

 どうして、一緒に連れて行ってくれと頼まなかったのだろう。

 こんな生活嫌だ。

 

 種付けが無い日々は幸せだった。

 人間の皆は優しくて疲労しきっていた身体を治してくれた。走れるようになった。

 仲良くなれた馬たちも何頭もいた。

 走ろう。走ろう。と誘うと。「ああ! いいな! でも…………少しだけな……出来る限り力を残さないとならないんだ」と返した馬たち。

 

 あの目。 

 あの絶望の目。

 来ないで欲しいと何かに怯えていた目。

 仲良くなった馬たちが、春が近づくたびに絶望していたわけ。

 それを彼は知った。

 

 知りたくなかった! 

 

 

 

 彼──ディープインパクトは社大で種付け数年200頭越え人気種牡馬生活を味わっていた

 

 

 

 今日もまた6頭に種付けしたため、疲れきって体を起こせない。人の声が聞こえるが、そこに顔を向けることしかできない。

 大歓声の中、沢山の馬を友達(竹騎手)と一緒に抜かしていた頃の自分ではあり得ないことに何時も通り絶望した。

 

「そういえば、来年もディープとですか?」

「いえ、来年からは、ホワイトスノーが嫌がらなければ非サンデー血統の種牡馬にします」

「ほう、非サンデーですか? となると、シンボリクリスエス、とか?」

「ははは、(社大所属種牡馬を推薦するなんて)相変わらずお上手ですね。そうですね、シンボリクリスエスとかも良いですね。ロベルト系ですし」

「ふむ、となるとアウトブリード狙いですか。なら、サンデー系でもいいと思うのですが。エルコンドルパサーとホワイトグリントの子ですし」

「そうですね。ただオーナーとも話し合ったのですが、それではかなり不味いだろうと思うのですよ。血の閉塞が」

 

 片方の人が雷に打たれたように固まった気配がした。

 

「あぁ……、やはり、やはりっ! 北野オーナーと錦田さんは、そこを見ておられましたか。セイウンスカイとトウカイテイオーをホワイトグリントに付けると聞いて、もしやと思っておりましたが」

「ええ(半分は好きな馬だからだけど)今は海外から輸入できるのでセントサイモンの悲劇は無いでしょうが──高いですからな」

「まさに、まさにです。高い。高すぎると言いたくなるくらいに。繁殖牝馬は兎も角、種牡馬は保険があってもきつくて仕方ありませんよ。ええ、牧場を賭けたギャンブルをしている気分です」

 

 馬房前で、溜息を吐く牧場で一番偉い人と見おぼえがある人が話している。

 妻が場長さんと懐いていた人だ。懐かしい。

 疲労の極致で顔を上げるのが精一杯だから、顔を合わせられないのが残念だ。

 

「なので、ウチは出来る限りサンデー系を避けます。ですので、来年はサクラバクシンオーにしようと考えとります。アウトブリードですし」

「それは良いですな。非サンデーであれだけ活躍してくれたホワイトスノーのお婿さんに相応しい」

 

 ニコニコという言葉が聞こえてくるような会話だ。人間の言葉の意味は分からないがニュアンスは分かる。二人は楽しそうで嬉しそうだ。

 何故か自分にとって欠片も嬉しくない事を話していると本能が絶叫しているのに首をかしげていると、話が変わっていた。

 

「ところで──トウカイステージの事ですが」

 

 びくりと、あまりの情念が篭った言葉に全身に怖気が走った。

 

「そちらからも説得していただけませんか。今年中、そう、2007年の内に引退して種牡馬になるという道を取るべきなのです彼は」

「あの、吉沢さん、彼はまだ3歳で、無敗で皐月賞を取ったばかりで」

「そこが重要なのです!」

 

 背筋が戦慄く

 

「サンデーが行き渡った時代に無敗! 無敗のクラシック馬! 早めに結果を出した牡馬! サンデーの血脈に勝った完全な非サンデー! 否! 主流から離れたアウトブリードの牡馬!!! 

 三冠を取っても血統が血統です。今年のうちなら、400万で組めるでしょう。そう! 

 中小牧場の方々でも三冠馬が何とか手の届く値段で組めるのです!!」

「……吉沢さんは彼が三冠を取れると?」

「口惜しい限りですが、社大グループの3歳牡馬に彼に敵う馬はいません。いえ、古馬を含めてデビューしている馬に敵う馬はいません。それほどの怪物です(*ダイワスカーレットはまだ疑問視されていた)

 事故でもない限り三冠を取るでしょう。

 あれ程の怪物をトウカイテイオーの子として世に出した競馬の神のサディストっぷりを一時期嘆きました。

 ですが、今は違う。

 繁殖期に入り、種牡馬としての価値を見定めた今は違うのです!」

 

 脚が勝手に震える。

 

「競馬の神は我々にあれ程の馬を与えてくれました──彼は来年の春には200頭、いえ、300頭を超える牝馬に種付けすべきなのです。

 サンデーサイレンスを薄めるために!」

「はあ」

「なのに、未だ、シンジケートについて内町オーナーからは検討しますとしか言葉を頂けていない! 加えて、引退後の購入は拒否されてしまいました! 

 由々しき事態です! 日本競馬の危機です! サンデーとその系譜が大成功しすぎ! 飽和した血統に頭を抱え! 薄めようとしたウォーエンブレムなどのやらかしにより血尿が出るほどに追い詰められた日々!」

 

 こほぉぉっ、凄まじい呼吸音を伴う息が届かないように祈る。

 

「そんなところに、ノーザンダンサーが父母父父でネイティブダンサーは母父父父のヘロド系牡馬! バイアリータークの末!! 

 そんな無敗の非サンデークラシック牡馬!」

 

 おぉ。偉い人の感極まった声が聞きたくないのに聞こえてしまう。辛い。とても辛い。人間みたいな手が欲しい。

 

「神は我々を救いました。

 ならばその前髪を掴まなければなりません! 幸運の女神に後ろ髪は無いっ!!!」

 

 そこが限界だった。

 余りの恐怖と疲労により、意識は薄れた。

 

 来年も会えるだろう妻に早く会いたいなあ。と願いながら

 

 

 ──因みに再来年引退するトウカイステージは80株80頭制限の1株100万円、くじ引き一人最大2株までの条件となった。中小牧場と付き合いのある内町オーナーが、中小牧場でも買って付けて欲しいと願い、この値段と条件になった。

 ──つまり、トウカイステージは多くても種付け数は一日2頭か3頭で、種付けしない日もあるのだ。だから、疲労困憊で寝藁に倒れ伏すなんてことは決して無い。

 ──ああ無情

 

 

 

 

 

 次の年、春になっても妻は来なかった。

 どうしたのだろう。

 身体が悪いのだろうか。

 不安と悲痛を繁殖期の地獄の中で噛み締める。

 

 その夏にウォリックと再会し絶望した。

 元気溌剌なウォリックに比べて、萎れきった自分は到底勝てない。

 

「グランドナショナル勝っただけあるわ。あの馬体、現役そのままだよ」

「ああ、信じられねえよ。種牡馬の身体じゃねえ」

「グランドナショナル勝った褒美に、とオグリたちに会いにか。いやぁ、頼み込んで途中で一時的に来てもらって良かった。目の保養だわ」

「やっぱ、40頭制限かなあ」

「それと、馬術や乗馬で普段から乗ってるからだろうなあ。アイツはまだ現役なんだよ」

「俺らにしてみれば意味わかんねえけどな。こいつが40頭制限は駄目だろ」

「しかも、制限した数は英王室の牝馬で囲ってやがる。汚いよ」

「その上で、馬術引退しても40頭制限と発表したのだから言葉も無いわ。偉い人の我儘よ」

「ああ、馬産関係者にここまで非道な事するなん……お、おい、ディープ、あんなに会いたがってたお前さんの為に来てもらったのに。どこ──」

 

 情けなさと悲嘆のあまり涙ぐみながらウォリックの前から逃げた。

 

 妻に会いたい。一緒に走って鍛え直したい。

 

 なのに、会えなかった。

 

 

 

 

 

 次の春も妻に会えなかった。

 なぜ? 

 どうして? 

 どうしてこんなことに? 

 疑問と絶望を胸に、繁殖期ただひたすらに腰を動かして疲労困憊で寝藁に倒れ伏す日々を送る。

 

 秋、毎年来てくれる友達が来てくれた。何時も傍にいる人間は嫌いになったけど、友達は大好きだ。

 

「いやぁ、久しぶりだなディープ」

 ひんひん

「はは、嬉しそうだなぁ。俺も嬉しいよ。ほら、雪菜も」

「ああう」

 ひんっ

「おぉ、雪菜もディープも仲良いなぁ。やっぱり雪菜は優しい馬が分かるんだな」

「そうねぇ、スノーちゃんも雪菜と仲良かったし……あら、プイくんどうしたの?」

 ひんっひんっ

「乗って貰いたいんだろうな……ちょっと頼んでくるわ」

 

 乗ってくれた友達は小さい子供を抱えていたから全力ではなかったけど、久しぶりに友達と走れて幸せだった。

 疲れきって走れない日々を経て、もう、大歓声の中、友達と一緒に走ったときのように走れない身体になったと痛感してもしあわせだった

 

 妻には会えなかった。

 

 

 

 

 

 次の春も妻は来ない。

 来ない。

 来ない。

 来ない来ない来ない来ない来ない来ない来ない来ない……なんで??? 

 

 疲労と疑問で一杯で、馬房で寝藁に倒れ伏しているとき感極まった人の声がした。

 

「ウォーエンブレムがまさか種付けできるなんて……奇跡だ」

「あぁ、今年は5頭。もう諦めていたのに、まさか、追加できるなんて」

「インブリードを一度試してみたいからって、まさかホワイトスノーを相手に出来るとはな」

「ウィンターウィークみたいな例外除いてトコトン非サンデーとは、面白いじゃないか。北野さんとこは良いライバルだよ」

「だな。しかし、馬から見てもホワイトスノー美人さんなんだな。歓声上げるウォーエンブレムなんて初めて見たよ……似たような馬は絶対に無理だけどな」

「大柄白馬だものね。栗毛で小柄の方が沢山いるわ……無理」

「好みの馬しか駄目な馬って本当に厄介だ」

「皆がプイみたいな優等生ならなぁ」

「あぁ、ディープインパクトは違うよ。作業みたいに割りきってくれる。毛色歳体格関係なし、種牡馬の見本だよ。ありがたいこった」

「今年はちょい落ちの1発900万。だけど見てろよ。来年は間違いなく上がる。今年の夏から産駒がデビューしたら変わるさ」

「あぁ、間違いなくな。育成でも産駒の褒め言葉ばかりだ。今年も200頭越えだけど、大半が俺たち社大の馬だ。もっと種付け依頼すべきだったよ皆。二、三年もすりゃ、900万の内に付けるべきだったって、誰もが言うだろうよ。で、高い金払って付けに来るさ」

「はは、種牡馬として買い戻すのに50億超えたけど、すぐに元は取れそうだな」

「ああ、淡々と付けてくれる上に受胎率も悪くない。不受胎だと全額返還することになるからな……はぁ、種牡馬がみんなディープみたいな奴ならなぁ」

「あぁ、早死にしたエルコンドルパサーやエンドスイープはまだしも、エリシオにドリームウェルあまつさえウォーエンブレム」

「止めろよ。気が滅入る……はぁ、最大手と言っても内実はサンデー系の利益を輸入に突っ込んで失敗してサンデー系の利益で穴埋めの自転車操業だからなウチ」

「ホワイトグリントみたいな超名牝で認識壊れてる馬主さんやファンが多いけど、馬産は基本失敗だよ」

 

 周りの人の言葉に聞き覚えのある響きがあった。

 

 妻に会えなかった。またまたまたまたまた会えなかった。

 

 

 

 

 

 次の春も妻はまだ来ていない。

 あの頃は良かった。

 優しい優しいボス(オグリキャップ)と妻。と他の優しい馬たち。

 白い毛色がちらほらしていた皆で楽しく走った群れ。

 この群れこそが自分の居場所だと確信していた。

 暖かな日々。

 

 回顧して逃避しながら注射打たれてひたすらに腰を降り、寝藁に倒れ伏す。

 人の声がした。

 

「まさか、種牡馬供用初年度のJRA通算勝利数と総獲得賞金記録でサンデー越えるなんて」

「JRA2歳新種牡馬の勝馬頭数の新記録もだぞ。3歳になっても結果出し続けている。マルセリーナが桜花賞! クラシックだぞ初年度から!」

「まさか、ここまで……サンデーの後継はディープで間違いないな」

「ああ、間違いない。サンデーが亡くなった時に上から下まで絶望したけど、良かったなぁ」

「良かったよ。本当に。トウカイステージやビャクウンやジークフリートみたいなサンデーが一滴も入ってない牡馬も新しく出てきたし、ディープの子の牝馬たちのお相手も国内で何とかなるな──制限されてるか、引退したらする予定らしいが」

「アレは愚策だよ。馬主さんがそうしてるとはいえ、何で制限してるんだろうなあ。人気あるのに」

「メジロガルダンみたく晩成より長距離馬と思われてたから、500万円120頭スタートとは違うのにな」

「何でだろうなあ。種牡馬は種付けしてナンボだろ? 今の技術なら200頭は何の問題もなく交配可能なのにどうして?」

「種牡馬の様子をオーナーが見たいからか? だから、少しでも元気な姿を見せたいのか?? いや、繁殖期は元々会わせられないし」

「感染症になる可能性があるからな。だから会えないのに制限……どうしてだ?」

「種付けすればするほど儲かるし、何よりも強い馬が産まれる確率が上がるのに。金持ちの考えることは分からないわねえ」

 

 人の言葉が分かれば暴れたくなる気配が漂っている気がする。

 しかし、疲労しきった身体では暴れることなんて出来ない。

 

 妻に、会えない。

 そもそも白い毛色を見ない。

 白い毛色はどこへ??? 

 

 

 

 

 

 

 逃げたい。

 でも逃げられない。

 柵は高く頑丈で壊せないし、何よりも外は怖い。

 エサも少ないし、危険な獣も居るのが見ればわかる。

 ボス(オグリキャップ)ならともかく、僕ではどうしようもない。

 護ってもらえているんだ。

 ぼくはしあわせなんだ

 

 毛色なんてどうでも良い。どうせ白色じゃないんだ。ひたすらに腰を動かして出して寝藁に倒れ伏す。

 

「春の時点で今年もリーディングサイアー間違いなしか。凄いよ。本当に凄い」

「種だけで購入代金の50億は稼いだ。余裕だな、馬力が違うよ。2位北野牧場に一頭当たりの賞金額完敗とか言われたり、メジロガルダンにサイアー脅かされた。だが、これからが反撃の時だ」

「全くだな。ウチから産まれたジェンティルドンナも桜花賞勝利した。アイツはモノが違う」

「あのバケモノ白毛一族にも勝てるさ。

 一口100円のハルウララ産駒と一口10万円のホワイトグリント産駒を満口2万で募集を目玉にクラブ開設なんて、エゲツナイことして客とシェア喰いまくった北野オーナーにやられてばかりいられるか」

「メジロガルダンを私たち売らずに自分のところで種牡馬にしたメジロの岩岬さんも流石ね。今年のG1だけでも春天と札幌とマイルチャンピオンシップ持っていかれたけど、これからよ」

「『サンデー系が覇権取った時代の非サンデーなら通じる。だから、ウチは彼ら彼女らを基にしてサンデー以外の選択肢を作る』言葉通りに結果出し続けている錦田さんの北野牧場と、メジロにかなりのレース食われたが、社大ファームの本気はこれからだっ」

「これからだ。これからが本番だ」

「ええ、これからがディープが本当の意味で輝くときよ」

「ああ、ディープインパクト王朝が始まるんだ」

 

 みんな幸せそうだ

 人間はとても幸せそうだ。

 自分とは違って、自分とは違って、自分とは違って、自分とは違って、自分とは違って、自分とは違って、自分とは違って

 

 プツン

 

 猛烈に腹が立ってきた。この状況に至らしめたであろう存在に対して! 

 身を捩り、立ち上がる。まだ種付けが100頭ちょっとの今ならまだ自力だけで立ち上がれる! 

 

  ヒィーン!!! (反逆だ!!!)

 

 天に向って雄叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 それから彼は変わった。

 薬を打たれ発情した状態で、発情した牝馬を目前としても──プイ

 世話をしてくれる人間に懇願されても──プイ

 御馳走沢山食べさせても──プイ

 好みと思われる大柄な牝馬でも──白毛じゃねえ! プイ!! 

 

 彼は、ディープインパクトは、一切種付けしなくなった。

 

 

 

 

 

 

 ディープインパクト種付け拒否!!! 

 

 リーディングサイアー(稼ぎ頭)が突如として種付けしなくなったと連絡を受けた社大代表吉沢氏は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で絞め殺される鶏のような悲鳴を上げて崩れ落ちた。

 

「走る馬を見る方法? んなもんねぇよ。俺もわからねぇから、ひたすら買って集めて走らせてるんだ。だから買え。とにかく馬買ってガチャ回せ! 少しでも確率良い良血ガチャ回せ! で、当たりを厳選しろ!! 結果出した種牡馬を当たりの牝馬含めた沢山の牝馬に付けろ!! で、馬売って買って施設整えて研究して従業員に金払ってガチャ回せ!! 

 とことんガチャ回せ!!!」

 初代からしてこんな事を言っている馬産ガチャ狂社大に、ガチャ回す種銭稼ぎ頭兼排出率向上種牡馬が消えるという嘗てない危機が訪れた。

 

 

 

 社大史上最大の危機と呼ばれる。ディープインパクトの乱が始まったのである。

 





 自然交配しか駄目なサラブレッドって大変ですね。


 7000万円で売ったディープインパクトを、結果出した良血なので51億円で買い直して「よしっ! ガチャ回すぜ!! 過度のインブリード除けよ!!!」と所持している繁殖牝馬に付けるのが社大です。
 馬産に魂を売り飛ばしたガチャ狂。それ以外の何者でもありません。

 その上で人脈構築・設備更新・スタッフ高待遇・各種研究に死力を尽くしたから日本競馬生産界の覇権取ったんですよね。真のガチャ狂です。
 今回も馬産家として何も間違ったことしてませんでした。

 まさか、相手の性癖を破壊しつくし惚れこませ忘れられなくさせるホワイトグリント系譜なんてのが出て、プイくんの種牡馬生活でファンブルし続けるなんて。
 哀しいなあ
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