動物虐待としか思えない内容がありますが、当の動物は喜んでいます。
ホワイトグリントは周りの人間や馬が大好きだ。
お母さんは、これ以上乳吸わないでと何度も嘆いていたけど、とてもとても優しかった。大大大大大好きだ。お母さんがどこかに行ってしまう時には、もうずっと前にお乳貰うのは止めていたのにヒンヒン泣いて泣きとおしたけど、じょーちょーさん(錦田場長)と周りの人間の皆がずっと一緒に居てくれた。
人間の皆はホワイトグリントにたくさんご飯をくれて、お部屋を綺麗にして、痒い所をブラッシングしてくれたりする。人間の言葉はほとんど意味が分からないけど、優しく撫でてくれたり、沢山お話してくれたりする。大好きだ。
柵や壁にぶつかって痛いのを味わおうとすると止められるのは、辛くて寂しくて困るけど。
怪我をしたら駄目だから止めるんだ。と。何度も入れ替わる病院通いの馬ではなく、ホワイトグリントのほかに唯一ずっと一緒に住んでる馬のタマモクロスさんが教えてくれた。
お前を見ているとあいつを思い出すよ。とタマモクロスさんが優しい目でホワイトグリントを見つめる先には、ホワイトグリントのお父さんが居るんだって、ゆいちゃん(牧童)は言っていた。じょーちょーさんもオーナーさんも皆嬉しそうに頷いていた。
人間の言葉は分からないけどニュアンスは分かる。ホワイトグリントは皆がこんなに嬉しそうにする馬に何時か会ってみたかった。
それはそうと、何かにぶつかるのは駄目でも走って苦しいのは皆怒らないんだと気づいてからは走るようになった。坂もひたすら走った。苦しい。ジャンプした。脚痛い。走った。苦しい。ジャンプした。脚痛い。凄い。こんなに痛くて苦しいの始めて。ジャンプした。走った。ジャンプした。走った。ジャンプした。
怪我した。
人間が居るところ以外では走ったりジャンプできなくなった。
それからしばらく経って、人間を乗せる重さの苦しみと走る時の痛みを知り夢中になっていたホワイトグリントはまた新しい人と会った。
ごすずん(瀬戸内調教師)とごしゅじん(沙藤騎手)だ。
ホワイトグリントは、ごすずんとごしゅじんがすぐに大大大好きになった。
ごすずんは初めて会った時、周りの皆に走るのを止めさせられた私を坂路でしごいてくれた。そして何時も厳しい目で鍛えてくれる。よし、まだいけるな。の一言と共に。疲れて苦しくとも、よし、まだ行けるの一言と共に走る時に味わう苦しさ痛み。ごすずんが教え導いてくるやり方はホワイトグリントが自分でやるのとは歴然とした痛みと苦しみを与えてくれた。自分で思う通り走って苦しみ痛むことはホワイトグリントにとってカスになった。だって、物足りないんだもの。
ごすずん、大大大好き。
出会ったばかりのごしゅじんが乗った時に、上手すぎて止まってしまったのは寂しい思い出だ。
だって仕方ないのだ。ゆいちゃんはズシリとした重さを自分にくれるだけじゃなく、走ると身体を揺らして擦れる痛みを存分に与えてくれた。その上、ちょっとヤンチャすると大声を上げて疲れた身体にビンビン響かせてくれたのだ。
なのに、ごしゅじんは違った。ホワイトグリントの揺れに自分の身体の揺れをピッタリ合わせられるので、擦れる痛みどころか重ささえほとんど感じさせてくれなかったのだ。
どれだけ動いても揺らしても、擦れる痛みと、ズシリとくる重さが齎してくれた苦しさが起きない。
絶望したホワイトグリントがぴたりとも動かなくなったのは仕方ない事なのだ。
そんな時に、ごしゅじんが振るってくれたあの一打。
あの鋭く熱の籠もった響く痛み。
世界に光が差した。ごしゅじんが大大大好きになった。
ホワイトグリントは如何に自分が狭い世界に生きていたか痛感した。
今までしてくれなかった、大好きなお家(牧場)の皆の事が少し嫌いになりそうだった。
そのまま、ごしゅじんを乗せてごすずんの指示により坂路を登ったあの時、鍛えられるという事をホワイトグリントは初めて知った。
タマモクロスさんの教えとは違う、鍛えられることで起きる、今まで走っていた時とは歴然と違う苦しさと身体の痛み。
ホワイトグリントがごすずんとごしゅじんに惚れ込んだことは極々自然なことなのだ。
それからまたしばらく経って、お家を離れて、きゅーしゃ(瀬戸内厩舎)に引っ越した。そこの人達もホワイトグリントはすぐに大好きになった。
ご飯欲しいもっと。とガンガンバケツを鳴らすと「1回で3升でも足りないか。お前は本当にオグリにそっくりだなあ」と優しく撫でてくれるいーさん(池柄厩務員)大好きだ。ガンガン鳴らさなくてもいーさんは、直ぐに御飯くれるけど、ガンガン鳴らすととても幸せそうにしてくれるからホワイトグリントは鳴らすことにしている。
ごしゅじんと比べると物足りないけど、ごしゅじんが居ない時に鍛えてくれるまこさん(西屋騎手)やみっさん(辻元助手)も大好きだ。
馬は、フリートさんと直ぐに仲良くなった。きゅーしゃに入ったばかりの時、早速みんなで走ろうということになった。きゅーしゃの皆で走っていた時、私が一番速いんだと教えてやると言われたので一緒に走った。最初は、フリートさんのほうが速かったけど、お互いに疲れて苦しくて痛くなってからはホワイトグリントが速くなった。が、そんなことはどうでもいい。
それから色々あって、ガブリと噛んでくれたことが大事だ。
あの甘くしびれる痛み。ごしゅじんの鞭とは違った痛みだった。
もっと噛んで、もっと、もっと、もう一度、もう一度噛んで。と何度も頼んだのに、フリートさんは何時も同情に染まりきった目で今度な今は少しでも休め。と言ってグルーミングしかしてくれない。
だから、ホワイトグリントは今度を楽しみにしている。
普段の一日はこんな感じだ。
朝起きると、準備した後最初にごしゅじんが乗ってくれる。ごしゅじんの姿を見ると嬉しくなり、よろしくとペロペロ舐めてしまうのでごしゅじんの顔を涎まみれにしてしまう。
それから、砂か芝のコースを何周か回った後に、坂路を走る。大好きな坂路だ。せっせと走る痛みと苦しみはたまらない。前に、少し身体を傾けたら(*怪我します)もっと苦しくて痛んじゃないかと思って試そうとしたことがある。
ピシリとごしゅじんに鞭で打たれた。
衝撃だった。
痛くない。
絶望だった。
ごしゅじんの鞭が痛くない。
大大大好きなごしゅじんの鞭が痛くない。
痛くないように打ったんだ。怒ってるんだ。ホワイトグリントは悪いことしたんだ。
そういう風に走っちゃいけないんだと分かった。
だから、今は一生懸命ごしゅじんとごすずんの教えてくれる通りにせっせと走っている。
5本走ると、疲れて苦しくて痛くて幸せだけど歩くので精一杯になる。
周りでは、みっさんが「もう無理でしょう。あのミホノブルボンですら4本が限界だったんですよ。しかも、こいつはデビュー前です」なんて悲しいこと言っている。でも
「もう1本ですね。まだ行けます」
「そうか、間違いないか?」
「怪我の心配はありません」
「そうか、お前が言うならそうやろ。よし、行こう」
ごしゅじん、ごすずん、大大大好き!
それからは(人間の身体で馬と一緒に数時間ほぼ休みなく調教した疲れを取るために倒れ伏す)ごしゅじんと別れて、お水を飲んで食事してからプールに行く。プールは好きだ。潜ると苦しいから。でも、勝手には潜らせてもらえない。最初の時、慌てて引き揚げられた。大変だったらしい。
だから、何か大きい物に吊るされるようになった。「小型とはいえ、クレーンなんて持ち込んで良いんですか」「500kg近い動物を何とかするんや。専用器具含めてOKでたわ」みっさんが何か疲れてたけどごすずんはニコニコだった。
専用器具で吊るされた後、せっせと泳ぐ。
吊るされている時には上から引っ張られるような素敵な気持ち悪さがあるのに、プールに入ると無くなるのがホワイトグリントには不満だった。
だが、そんなことはどうでもいい。
プールの一番大好きな時と比べれば、たいしたことは無い。
まだかなまだかなと思いながら、疲れて動かすのが大変になって来た脚の辛さを存分に味わうようになるころ。
「よし沈めろ」
ごすずんの素敵な一言と共にプールに沈む。
大好きな時だ。
疲れてしんどい所に、息が出来ない苦しみが叩き込まれる。
幸せだ。
そのまま、大好きな時を存分に味わう。
「上げろ」
ごすずんの意地悪な一言と共にプールから上げられてしまう。
でも、直ぐに息が出来ない状態から解放された身体が全力で空気を取り込むときの苦しみ痛みで塗り替わる。
やっぱり、ごすずんは最高だ!
だから、ホワイトグリントは自分では決してこういうことをしないようにしている。
こんなにうまくできないと確信しているからだ。ごすずんのくれる大好きな時を汚したくないのだ。
「ええ、感じや。産まれついての心肺能力がさらに磨かれとる」「そうですね。機械の数値もいいですね」ニコニコのごすずんに対して、何か痛ましい物を見るような目でホワイトグリントを見るみっさん。
みっさん、疲れているのかな。
こういうのを何度か繰り返してからプールから出る。
それからは、お水飲んで御飯をたくさん食べてから(仮眠とって)ツヤツヤしたごしゅじんに乗ってもらってウッドコースを走る。
ウッドコースは脚への痛みの響きが芝やダートと比べて少ないから、ホワイトグリントはそこまで好きじゃない。でも、吹き抜ける風が疲れ切った身体にほどよい痛みを与えてくれるのは好きだ。
そして、ウッドコースでは一番好きなことがある。
ピシリとごしゅじんの鞭が振るわれる。
痺れるほど甘く鋭い痛み。たまらない。素晴らしい。疲れ切って自然と歩いてしまいそうになっていた身体が動いてくれる。さらに苦しくて痛くなる。良い、本当に良い。
ウッドコースでは、ごしゅじんはよく鞭を振るってくれる。だからウッドコース自体は好きじゃなくとも、ウッドコースでの調教はホワイトグリントは大好きだ。
それからはきゅーしゃに戻ってお水飲んで御飯をたくさん食べてから休む。
休むのは大切だ。
疲れ切った身体から、疲労が引いていく時の痛気持ちよさがたまらないのだ。
今日は、笹針の先生が来ないのが哀しくて辛いけど、いーさんのマッサージで抜けていく疲労の痛気持ちよさで十分ホワイトグリントは幸せだった。
「他の馬の倍以上の時間、それ以上に濃密な質と量鍛え込まれてケロリとしてるとはなあ」
「ああ、こいつはモノが違うよ本当に」
「可哀想になるけどな。特に水に沈める時は辛いわ。ブクブクと出てた空気の泡が、段々少なくなってるのに上げないのは心にくるで。先生にまだ上げないんですかって何度泣きついたとっ!?」
「まあ、機械でちゃんと測ってるし、こいつは喜んでるし、信じ難いほどの調教効果やし……あー、割り切ろうや」
「まあ、割り切れ、いや無理、いや、だけど……うん割り切ろう、割り切るわ。それはそうと、調教の厳しさにドン引きしたウチの厩舎の馬からグリントが引かれているのが問題やで。グリントの近くに居たら、自分たちもグリントみたいにされるって怯えて竦んで、皆周りから遠目に見るだけになってしもうた。もうフリートしか相手しなくなっとるわ。グリントは気にしとらんけど、馬は群れる生き物なんやから、もうちょい」
「併走は問題ないからって後回しにしすぎたか」
「入ってきた時は別嬪さんっぷりに大人気やったんやけどなあ。他の厩舎の馬は近寄らすことできんし、どうしようか」
そんな人間の会話を枕言葉にして休むホワイトグリントは日々幸せだった。
そんな幸せ一杯な日々をホワイトグリントが過ごしていると、いーさんに引かれてガタガタ揺れて素敵な振動を与えてくれる箱に乗った。家からきゅーしゃに来る時に乗ったものだ。
この箱は好き、激しい振動と凄い轟音が合わさって素敵な気持ち悪さを長い間くれるから。
なのに、今回は直ぐ止まってしまった。
残念だ。
人が沢山いる所に来た。こんな沢山の人、初めて。何かネットリとした空気が漂っている。
ネットリして、苦しくて重い感じがする。ここは
ふひんっ。
良い所だ。ホワイトグリントは確信した。周りの馬たちは気分が悪そうなのが可哀想だけど、ホワイトグリントにとっては良い所。
いーさんに引かれてゆっくりと歩く。
そう、かなり前までは人が乗らないと身動きしないホワイトグリントだったが、それは過去の話。
知った人間が引いて連れて行ってくれるのは、良い所ばかりだと分かってからは大人しくついていくようになったのだエヘン。
「綺麗」
「ああ綺麗だな」
「……勝てるかな」
「勝てるよきっと」
「うん、綺麗なだけじゃない。あの体」
「あの精神力」
「ああ、オグリキャップと」
「ホーリックスの」
「ああ、あの二頭の子だ」
周りの人間の目がギラついて熱いくらい。他の馬は、ここ嫌出して、お家に帰して、ヤダヤダ出して、気持ち悪いよ吐きそうだよ、ネットリネットリしてるっヤダっ、と言っているけど、ホワイトグリントにはそのネットリが気持ち良い。
「あ、騎手の人達が」
「もう、そんな時間なんだ」
「白馬ちゃんに夢中だった」
「仕方ないよ。うん、仕方ない」
「こんな、こんなに綺麗だもの」
大大大好きなごしゅじんが他の騎手たちと出てきた。直ぐに傍に行こうとするホワイトグリントだが、いーさんに止められたので大人しく遠目で観察する。
一番大切な所。
そう、手に持つ鞭を。
ひんっ。
周りの馬に乗る騎手たちの鞭が柔らかいことに気付いてホワイトグリントは優越感の鼻息を漏らした。
あれでは痛くない。
いや、勿論ごしゅじんが振るえば話は違う。最初に出会った時に浴びた一打は素晴らしかった。それからも素敵だった。流石はごしゅじんだった。
だが、もう、それに満足出来なくなっただけだ。
だって、知ってしまったのだ──
ふひひぃぃんっ。
うっとりとした目をごしゅじんが持つ鞭にそそぐ。
あのしなやかさあの硬さ。素晴らしいの一言だ。
何か、皆がとても疲れ切った顔でばん馬のような重種馬に使うのかと特注許可を貰うのに苦労したと言っていたが、人間の言葉がホワイトグリントに分かるはずが無い。だが、大好きな周りの皆が自分のために頑張って素晴らしい物を用意してくれたのは分かる。
それだけがホワイトグリントには嬉しい。
そして、あの鞭がごしゅじんの手によって振るわれるときの鋭く重く、そして長く響く痛み。
「うわ、表情変わらないのに。目が」
「うん。輝いてる」
「綺麗。本当に綺麗」
「宝石。ううん、宝石なんかじゃ無理」
「うん。生きてなきゃ無理だよ。あんな煌めいて……大好きなんだ」
「うん。騎手の人が大好きなんだ」
「だから、こんなに綺麗なんだ」
素敵すぎる。
そして、ごしゅじんじゃなきゃダメなのだ。
まこさんやみっさんにもやってもらったが、足りてなかった。
響きが足りない、重さが足りない、鋭さが足りない、何よりも痛みが足りなかった。
コレごしゅじんのと、みっさんが握っていたのを咥えてごしゅじんに持っていったホワイトグリントを誰が責められるだろうか。
人を傷つけてはいないけど暴れて悪い事したかなと不安になったが、今、近づいてくる大大大好きなごしゅじんもみっさんもその時ニコニコしてたから悪い事ではなかったのだろう。
『あ、ホワイトグリント進んで屈んで騎手を迎えます』
【凄いですね。この歳の競走馬がちゃんと騎手を迎えるなんて】
ごしゅじんが背に乗ってくれた。なら、先ずは一打がくる。
心待ちにするホワイトグリントだが何時もの一打はなかった。手綱からは、後でなという意志が伝わってきたので、ホワイトグリントは????? としながらも素直に従う。
ホワイトグリントはごしゅじんに対してとてもとても素直なのだ。
だって、ごしゅじんは何時も素敵な苦しみと痛みをくれるのだから!
「それじゃあ先生、勝ってきます」
「おう、行ってこい。今日が、お前さんのクラシック獲りのスタートや」
(これは駄目だな)
そんな声に推されてホワイトグリントを走らせる沙藤徹三は、返し馬と待機所で他の出走馬を確認して確信した。
(弱すぎる)
ホワイトグリントと比べて、周りの馬は一段どころか二段くらい弱かった。全力どころか7割くらいの力を使えば楽に勝ってしまえる。
そして、そのことは周りの騎手たちも十全に分かってしまったのだろう。ほぼ全員が2着狙いに腹をくくってしまっている。
なら楽勝だろボーナスステージだ。と慢心すべき状況であるが沙藤にとっては頭が痛いことだ。
(不味い。楽に走らせれば、レースでグリントを痛くさせられない苦しくさせられない)
プランはあった。全力で走らせ鎬を削りながら脚を溜めて末脚勝負に持ち込む事で、存分に苦しませ痛くさせながらゴールするという陣営で決めたプランが。
そして今、プランとして死んだ。
ホワイトグリントと伍せはしなくとも渡り合える馬が居なければプランが成り立つわけがない。
プランには、ホワイトグリントが傑出しすぎて渡り合えるような馬が、この場所は疎か同世代に居るか定かではない。という事が見事に抜けていただけだ。
ホワイトグリントを鍛えるのが楽しすぎて見事に抜けてしまっていただけだ。
鍛えて強くしすぎてしまっただけだ。
これではホワイトグリントに、レース=楽なもの=苦しくも痛くもないもの=つまらないもの=嫌い。としか思わせることが出来ない。
(どうしよう)
何事も最初が肝心。
初めてのレースで嫌いだと思ってしまえば、痛くて苦しくないものだと見切ってしまえば、ホワイトグリントの事だ。レースに対して情熱をこれから先に抱くことが無く、レースで本気で走らなくなってしまうだろう。そんな時間があれば鍛えて叩いてとハードトレーニングに勤しむようになってしまうだろう。
そうなれば競走馬として終わりだ。
『緑に染まるターフを走る真っ白な馬ってこんな……』
【ええ、そうですね。歩様も見事です。調子の良さを物語っていますね】
『えっ……ええ、ええ、その通りです。7番ホワイトグリントがゲートに向かいます』
【他の馬たちも向っていますね。10番ラヴラヴラヴと11番ニホンピロテイトも調子がよさそうです。流石は1番人気と2番人気です。いえ、失礼しました。現在2番人気と3番人気です】
『はい……ふぅっ、失礼しました。お恥ずかしいことに7番ホワイトグリントだけを見てしまっておりました。実況として誠に申し訳ありません。5番トーヨーチーター、少し逸れていますが、大丈夫のようです。ゲートに向かっています』
この類まれな資質を持つ馬は、初めて白毛でレースに勝った馬で終わる。珍しい1勝馬で終わる。
間違いなくクラシックを獲れる器なのに。
デビュー時の現時点で自分が乗って来た馬の中で最強なのに。
(本当にどうしよう)
とてもとても胃が痛い。
思わず天を仰いだ。
間違いなくホワイトグリントはここに居る馬の中で隔絶してしまっている。
普通に、道中控えて直線ゴーで勝てる。楽勝だろう。お客さんみんな喜ぶだろう。
楽すぎてレースが嫌いになるホワイトグリントと、騎手である自分を含めた関係者にとって欠片も嬉しくないが。
どうすればいい。
どうすれば。ホワイトグリントを苦しめられる。痛くさせられる。
内出血するまで鞭で打つか。却下。それでは鞭の痛みにだけ喜んでしまいレースが要らなくなる。
他の馬に体当たりするか。却下。これもレースが要らない。そもそも失格になる。
他にも色々と頭に浮かぶが、どれもこれもレースが要らない。
もはやレースでの勝ち負けではなく、いかに愛馬を苦しませ痛くさせるかに思考がシフトした沙藤徹三。
どうすれば
どうすれば
『沙藤騎手、ずっと天を仰いでますね』
【それほど、乗っているホワイトグリントが素晴らしいんでしょうね。いや、本当に素晴らしい。こんな馬体そうそう見れない】
『手塩にかけて育てたとのことですからね。デビューが感無量なんでしょうか』
【そうでしょう。元騎手としてよく分かります。これほどの馬を育て主戦として競馬場へ。後は勝つだけですよ】
どうすればいい。
どうすればグリントを苦しめ痛めつけられるんだ。
真っ当にレースをすれば、苦しめられない痛めつけられない。
真っ当に──
(なんだ)
そうか。そういうことか。
(真っ当にレースしなければ良い事じゃないか)
ぱっ。と視界に光が差した。
そういうことだ。そういうことでしかない。俺はホワイトグリントを苦しませて痛めつけながら真っ先にゴール板を通れば良いんだ。
それだけのことだ。
何を考えていたんだろうか。
『7番ホワイトグリント。ゲートインしました』
「ひんっ」
ねえねえ。目の前で閉まった扉に頭ぶつけて良い? とっても痛そうなの。と手綱越しで意思表示してくるホワイトグリント。
ゲート訓練で出血するまで頭ぶつけてしまう愛馬を止めることなど、何度もゲートに一緒に叩きつけられながら調教して普通に出れるようにした沙藤徹三には造作もない事だ。手綱を少し引いて、これからもっといいことがあるから落ち着きなと伝えて大人しくさせる。
(俺は何を愚かしい考えをしていたんだろうな)
まるで、普通の馬でレースをするように考えてしまっていた。
そんなことはないのに。
今自分が乗っているのはホワイトグリントだ。
紛れもなく自分が乗った競走馬の中で最強の愛馬。
痛みや苦しみが大好きという愛すべき個性を持つ愛馬だ。
愛馬の個性を加味すること此処まで鍛え上げることが出来たのに、いざ本番で普通扱いした己の浅はかさはホワイトグリントに対する裏切りに等しい。
(ホワイトグリントに相応しいレースをするんだ)
その愚かさは悔いてはならない、騎手としてレースで愚かさを打ち払えば良いだけの事だ。
今からするレースは周りから呆れられるか怒られるか何よりも引かれるだろうが関係ない。
(そうだ。例え周りに何を言われようが気にすることは無い。俺はただ、ホワイトグリントを苦しめて痛めつけて気持ちよくさせてやりながら真っ先にゴール板を通るんだ)
そうか。
この割り切り。
今までの自分にはなく、一流騎手達だけが持っていたものだ。
これこそが最強馬に乗る騎手に必要なことなんだな。
沙藤は騎手としてまた一つ自分が進んだと確信した。
調教師や騎手を虜にし、狂わせてこその名馬である(震え声