黄金世代の白雪姫   作:サリエリキキ

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 感想、ここすきなど皆さんありがとうございます。頑張ります。


北海道へ

「マスコミの多さは人気というけど、多すぎるな」

 

 故障の連絡が入ったその日に、マスコミのフラッシュなどを黒塗りの車で回避してトレセンに入った北野オーナーは、マスコミ除けの護衛の人達に囲まれながら瀬戸内厩舎に入った。

 JRAの手により、隔離というか、マスコミや心無いファンが一歩も入れないように屈強な警備員に囲まれたトレセン及び瀬戸内厩舎は異様な気配を発していたが、企業家やっていると割となれた光景なので気にしない。

 自分の愛馬の状態と、周りの人々の精神状態に比べれば何ほどのものではない。

 

「悪いのは全てウチのシロです」

 

 瀬戸内厩舎応接室に入る前に、北野オーナーは死にそうな顔色で頭を下げる池柄厩務員や沙藤騎手たちに何度もそう言った。

 真っ先に出迎えて謝罪した責任者である瀬戸内調教師からの謝罪は受けた。

 ならば池柄厩務員たちスタッフを責めるはずが無い。

 経営者として、人としての常識と良識である。

 なにより──

 

 なによりバッチリ監視カメラに映ってるからね! 

 池柄厩務員に「大人しくしとれよ」と言われてコクコク頷いた白馬の姿が! 

 ちゃんと手綱を柱に繋がれた白馬の姿が! 

 なのに、ピョンピョン無理な姿勢で飛び跳ねて右前足折った白馬の姿が! 

 その上で、目を輝かせて満面の笑顔で飛び跳ねようとして異音に気付き慌てた皆に制止してもらえたドマゾの姿が! 

 いくら管理責任があれど、これで謝罪された上で責めるのは恥知らずすぎるだろ!!! 

 

 本当にウチのドマゾがすいません。と何度も謝りながら応接室に入る北野オーナーの胃と頭は痛い。

 

 

 

 応接室でホワイトグリントの容態を一頻り説明を受けた北野オーナーは取り合えず安堵する。

 骨折であるが、深刻ではない箇所が綺麗に折れているだけだ。

 大きな体を三本足で支えているので、蹄葉炎を注意しつつ見守らなければならないが。テンポイントやトキノミノルのような三本足で体重を支える痛みやストレスから痩せて別の病気や怪我を誘発することは無い。

 

 ドマゾだから

 

 数カ月は治療に専念することになるが、遅くても夏、速ければ春には復帰できるということだ。

 治療に専念。そう療養すれば、後遺症など無く治る。

 

 これならば、心の大事な線が切れかけているような悲鳴と絶叫の電話をしてきたJRA理事長。

 瀬戸内厩舎の警備を厳重なものにという依頼と併せ、JRAからの電話は全てオーナーにと連絡──専門家が携わる現場である厩舎の邪魔をさせたくない──してから、一時間に一度「どうですか? 引退ですか? 復帰ですか? それとも、まさか、まさかまさかまさかまさかまさか、予後、よごお、う、うわあああああ、そんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんな」という電話をかけてくるJRA理事長も落ち着くだろう。

 ……落ち着いて欲しいなあ。

 神の死を目前とした宗教家のような余裕の無さだが、大丈夫だろうか。

 お陰でこっちは冷静になれたけど。

 

 馬の救急車である専用の馬運車で北海道は北野牧場に運んで療養という以後の段取りを確認したオーナーは、懸念を口にする。

 

「シロ、北海道まで大人しくしとりますかね」

「ははは、決まっとるやないですか────んな、わけ無いでしょう。今でもどこかに折れた脚ぶつけようと虎視眈々と狙っているのに」

 

 他の馬は痛いし命の危険があるから絶対にそんなことしないけど、ホワイトグリントはやるんだよ。だってドマゾだから。

 命の危険よりも痛みの快楽を優先する。

 ホワイトグリントのドマゾっぷりに諦観を越えて、太陽は西から昇って東に沈むという誤った常識に頭を壊された笑顔をする瀬戸内調教師の姿に、北野オーナーはいたたまれない思いと胃痛を抱きしめる。

 

「でしょうね」

「脚を固定するだけじゃどうにもならんので、今は吊るして折れた脚ごとぐるぐる巻きにして固定しとりますわ。トレセンの医師により治療され治療具付けたんですが、初手でダッシュしようとしましたので」

「でしょうね」

「吊るしたままだと血流がアカンことになるので、不味いんですが。あのドマゾが折れた脚どっかにぶつけたり動かす時の痛みを我慢するはずがありませんので、応急でこうしました。

 折れた脚で変なことしないように大人しくさせんと本格的な治療が始められませんわ」

「でしょうね」

「ストレスや痛みで別の病気や怪我を誘発はせんのに、ドマゾだからマトモに治療を受け付けないので秘密を知っとる医師は絶望しとりますわ。これは治療できないのでは……と」

「でしょうね」

 

 治療? 

 療養? 

 それ以前の問題として、あのドマゾは、折れた脚をさらに傷めつけようとしてるよ。

 

 だって、痛いの気持ち良いから。命に関わっているのに。

 

 ス、と二人仲良く天井に目を向ける。

 ホワイトグリントが言う事よく聞く馬だから、と柱に繋いで一時的に目を離してしまった池柄厩務員を責める気は欠片も無い。

 器具を取ってくるために、馬が逃げたり暴れたりしないように柱に繋く。馬の育成に携わる人として当たり前のことをしただけだ。

 ちょっとばかり、いや、ドマゾという有り得ない特性を持つ馬が馬鹿なことしただけだ。

 天井を見上げる二人の脳裏にあるのは一致する。

 なぜ? どうして? どうしてドマゾなの? せめてマゾなら。マゾなら怪我の恐怖よりも痛みの快楽を優先しなかっただろうに。

 ドマゾだから怪我の恐怖よりも痛みの快楽を優先してしまう。

 だってドマゾだから。

 苦しい事や痛い事が大好きで、そのためだけに生きているから。

 折れた脚を痛めつけるなんて今までに無い機会を逃そうとしないドマゾだから。

 そんなことしたら死ぬという本能の悲鳴を快楽で塗りつぶしたドマゾだから。

 骨折の快楽により命の危険を脳裏から消したドマゾだから。

 

 このままでは死ぬ。命よりも痛みの快楽を優先して死ぬ。

 

 脚が折れたサラブレッドが早期に治療出来なければ死あるのみだ。

 四本脚で歩けなければ死ぬ。サラブレッドとはそういう生き物だ。

 だから、ドマゾがやろうとしているより大きな痛みの為に折れた脚を痛めつけるのは死しか待っていない。

 故障して亡くなるサラブレッドの儚さ。それは理解していたが。

 ドマゾであるがゆえに治療した脚を痛めつけて死ぬなどというのは理解できないししたくない。

 治るのだから、治療して大人しく療養すれば治るのだから。

 だが、人間がどうこうしてもホワイトグリントというドマゾサラブレッドには響かない。

 

 なので──

 

「切り札を使いましょう」

「ですね。切り札を使いましょう。オグリのところまで運べばアイツが何とかしてくれます。オグリですから」

「そうですね。オグリキャップですから」

 

 ──オグリキャップ(お父さん)に任せることにした。

 馬のことは馬に任せる。オグリキャップが娘の怪我を気にしないわけがない。何とか言い聞かせてくれるに違いない。

 他にも師タマモクロスも居るし、春の交配の為に彼女も年始早々来日している。大丈夫だろう。

 本当は放牧がてら会わせるサプライズするつもりだったが、こうなっては彼女の存在が頼もしい。

 

 だから、頼む。ホワイトグリント。

 北海道までは、何としても暴れないでくれ。

 

 いや、絶対に暴れさせない! 

 

 

 それはそうと「アルブルクがどうのこうの」と熱心に誘われるドバイを断るのが少し憂鬱なオーナーだった。

 ドバイ走らせたかったな。

 

 

 

 

 

 

 ホワイトグリントは不満だった。

 何故? どうして? 

 ただそれだけが頭を巡る。

 ガタゴト揺れる箱──馬運車──の中で首以外はピクリとも動かせない固定された格好で吊るされる。

 

 その気持ち悪さと、血脈が滞る感覚と、縛られる痛みは素晴らしいが。

 

 物足りなかった。

 

 ふぃぃぃんっ(ああ、ゴメンね。私の右脚。ジンジンが素敵だよぉ。なのに、おあずけしちゃって。でも、もっと素敵な痛みをくれるって信じてる)

 

 うっとりとした目を折れた右前脚にそそぐ。

 素敵だった。

 あの爆発したような痛み。

 直ぐにそれ以上を求めようともう一度ジャンプしようとして、慌てたいーさんたちに止められたのが悲しくて辛くて溜まらなかった。

 それから、ずっと強制的に大人しくさせられた。

 今も素敵なジンジンとした痛みがあるが、この折れた脚を壁にぶつけたらどうだろうか。

 いや、地面に叩きつけてもいい。それもいい。それが良い。

 このジンジンした素敵な痛みがある脚が、地面にぶつかる。

 

 ああっ! なんてっ! なんてっ素敵っっっ! 

 

 想像するだけで全身が震える。

 期待に震える。

 

 飛ぶ! 意識が飛ぶ!! 間違いなく新しい領域に達する!!! 

 

 ひぃぃんっ(待っててね私の右脚。ダッシュするから。先ずはダッシュするから。この箱から降ろす時には一度拘束が外れるの♡その時こそ、私に新しく素敵な領域を味合わせてね♡♡♡)

 

 何時も大人しくするが今回は違う。

 人の力では私は止められない事を私は知ってる。

 つまりは降りる時に! 私の! クライマックスが始まる!!! 

 

 

 

 止まった。

 光が差す。

 漸くついたのだ。

 ああ、待ちきれない。

 解放されるのが待ちきれない。

 拘束をはずされた時に、人間さんに怪我させないようにしないと。

 ジャンプ。

 そうジャンプしよう。

 ぴょんと人間さんの手から離れながら痛み♡

 それから走り回ろう。

 ダッシュだ。ダッシュして走り回るんだ。そしたら♡♡♡

 

 あぁ、明るい光。新しい領域へ

 

 そうすればどれだけの痛、み、が……

 

 

 

 

 

 間違いなく、馬としての競争能力どころか命さえ失う予定を立てた、快楽で理性が焼き尽くされたホワイトグリント(ドマゾ)

 だが、その命よりも快楽を優先する思考は、目の前、観音開きに開いた先の見覚えのある家にいる存在により強制的にとまった。

 だって、そこには

 

 

 

 そこには

 

 ひんっ(怪我だけはするなと何度も言ったのに)

 

 怒りで震える

 

 ひんっ(あなたって子は本当にっ。自分の体を何だとっ)

 

 葦毛馬が三頭

 

 ひんっ(お前という奴は、怪我をすると周りが悲しむのが嫌だと言っていただろ。なのに)

 

 そこに居た。

 

 

 

 

 

 お父さん! お母さん! タマモクロスさん! 

 

 大大大大大好きな三頭が見たことが無いほど激怒する姿に、ホワイトグリントの中で速やかに優先順位が切り替わった。

 

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